理性というものは、恥や外聞を取り繕うためにあるものではない。
元来、理性とは、行動結果を予測して今現在の行動を変える判断能力を指すのだ。
要するに、女子高生と自衛隊。
双方共に、ここで撃ち合っても無意味だと確信があった。
だから、退いたのだ。
暴力を行使する存在、「暴力装置」は、使った際の結果を予想した上で使うべきだ。
暴力を濫用すれば、その先には破滅しかない。
故に、最後の最後、ギリギリ限界まで暴力を使わない方法を模索するのが暴力装置が持つべき理性……。
今回の場合で言えば、どちらが先に撃つかは関係なく、一度引き金が引かれればどちらかが死ぬまで続く殺し合いをするしかないと理解していたために。
勝っても負けても、得るものはなく多くを失うと理解していた為に、双方共に退いたのだ……。
女子高生チームは、赤町駅に暫定的な陣地を作り、警戒体制を布く。
自衛隊も駐屯地で全兵士が防衛陣地を築く。
そして数時間の膠着の後に、自衛隊側から一人の中年が歩いてくる……。
その中年は、髪もボサボサ、髭も伸ばしっぱなしの汚らしい男で。
だがそれでも、人好きのする笑顔を浮かべた、人当たりの良さそうな人間であった。
「俺は赤町駐屯地の交渉役、乃木康太三曹!交渉しようぜ、そっちも一人出してくれ!」
その呼びかけに応じて、大男が一人、駅から出てくる……。
「「んぎぎぎぎ!だーめーでーすー!」」
否、人影は三人。
巌のような筋肉に覆われた巨軀、日本人離れした深い堀のある眉間には、罅割れのような皺が寄っている。
そんな強面の巨漢。
……と、それにひっついている、二人の女子高生。
ふわりとした華やかなロングヘアと、スポーティに引き締まった肢体の美少女。
それと正反対の、のっぺりとした黒髪に毛先が跳ねた髪型をした、陰気な雰囲気の細身の少女。
その二人が、大男の腰に抱きついている。
しかし大男は、それを介さずにずんずんと前に進み、言った。
「杉之浦女子高生コミュニティの交渉役、皆川環介だ」
「そ、そうか……」
自衛官の男、乃木は微妙な顔をしてそう返した。
「こちらの要求は、杉之浦女子高生コミュニティに在籍する人間の家族を回収することだ。それ以外は何も求めないし、何も提供しない」
「それは分かった。だが、少し話が……」
「何も提供しない、というのは、情報提供もしないということだ。対価がなければ、こちらは動かない」
「待て待て。こちらとしても、守るべき市民をまともかどうかわからないコミュニティにいきなり渡すことはできんよ。まず、そちらは何者なんだ?」
「コミュニティについて詳しい話なんて、できないに決まっているだろうに。何を言っても『戦力が把握』されてしまう」
「おいおい!そんなつもりはない!何で争う前提なんだよ?」
「うちのコミュニティは既に、他のコミュニティの襲撃を受け、多数の死傷者を出したことがある。他のコミュニティ……特に戦力が高そうなところと交流はしない」
それを聞いて、頭に手を当てて五秒。
指先で後退しつつある生え際をペタペタと突く乃木は、口を開いてこう言った。
「それじゃ、情報交換ってのはどうだ?うちは赤町駐屯地。スキルのお陰で銃器がまだ使えて、戦える人員は百五十人程度。民間人も同じくらいの人数を保護している」
なるほど、と軽く呟いた環介の方も、同じように答えを返す。
「こちらは杉之浦女子高校。人数は数百人で、現在はコミュニティの安定化に伴い人数を増やしている。近所の畑やプランターでの作物栽培により、食料供給に余裕がある」
「ああ、そういうことか。つまりは、食料生産に成功したから、コミュニティの人数を増やそうとかそんなものか。それなら理解できる。人を増やしても養えるってことだな?」
乃木ももちろん、素人が土の中に種子を埋めただけで作物ができるとまでは思ってはいない。
だが、今の世の中では「スキル」というものがある。
植物を育てるスキルでもあるのだろうと当たりをつけた乃木は、環介の言葉をすんなりと受け入れた。
「人員の食事だけは確実に確保できる。防衛力はこれから集まる人員次第だが……、まあ、防御のための陣地はあるし、何より『銃器』は圧倒的なアドバンテージだ」
今のこの世界では、銃器を作るためのインフラが止まっていて、銃器は非常に貴重だった。
モンスターには『パラダイムシフト』による事象変化で、あらゆる『文明』が急速に劣化しつつある今、稼働する銃器というものはとてつもなく貴重だ。
今や、インターネットはほぼ全てのデータが消失し、銃器は部品が歪み動かなくなり、人工衛星は軌道から外れて焼け落ちた……。
数千年、人類が築いたあらゆる文明の消失、『文明棄却』……。
偉大な先人、知識の巨人達が築き上げた高い視点(パラダイム)が、地の果てまで落とされたということ。
つまりこれから、地球人類は石器時代からのやり直しを強いられている……。
その、石器時代のこの世界で、銃を持つのは非常に大きな意味を持つ。
銃器を持つ為の工業力……、スキルの力も含むとして、それを持っていることの証明になるのだ。
石器時代となったこの世界で、繊細な武器である銃器を組織的に「運用」できる組織は、強大なものであろうと少し考えれば分かること。
故に乃木も、それを理解しているからこそ、慎重な発言をする……。
「とりあえず、希望する民間人のリストや……例えばその、民間人に会いたがっている人の手紙なんかはないだろうか?こっちももちろん、駐屯地で匿っている民間人にこのことを伝えるが、本人が希望しないなら……」
「それは理解している。しっかりと、手紙や写真を用意しておいた」
「写真……だと?!」
写真。
カメラも、この世界では使えなくなって久しい文明の利器だ。
こういったものが使えるのは、『パラダイムシフト』後に文明の利器を新たに作り直した……、新しい製品であるということに他ならない。
無論、壊れたものをサルベージするスキルなども当然あるのだが、そういった貴重なスキルの使い手は、インフラ維持のために働かされるのが常。
カメラなどという「ぜいたく品」を直すような酔狂な人間はいないはず……。
そんな考えが、乃木の脳内に駆け巡った。
だがしかし、それを飲み込んで、笑顔を作って乃木はこう言ったのだ。
「分かった、うちの上司に見せてくる。結果は夕方までには出すから、ここで待っていてくれ」
と……。
明日、俺の誕生日じゃん。
もう一年過ぎたの?怖……。