わん。
僕は、そう。
レムリアに住む、とあるコボルト。
お城から遠くの、六番街に住んでる。
六番街の55番地、オーメルストリートの三軒目。
そこが、僕の家だ。
レムリアは良いところだ。
前の集落みたいに、獲物が捕れなくても、お金があれば飢えないし、食事は美味しいし、お酒も飲めるし、拳闘も見れる。
何より、人間の街みたいに、馬鹿なコボルトだからって、足元を見られたり、馬鹿にされたりしない。
僕は、僕達は、それだけで、とても嬉しい。
毎日、ちゃんとした仕事があって、毎日、お給料がもらえて、毎日、食事ができる。
雨も風も通さないしっかりした住処と、寒さを凌ぐ毛布、食料を蓄える冷蔵庫と、綺麗な水、着るものもある。
浴場に行けば身体は綺麗になるし、病気になってもお医者さんがいる。
下水道は、汚れた水を捨てても嫌な臭いをしないようにしてくれる。
週に二日は休みがあって、祝日にも休める。
お祭りなんかも年に何回かある。
レムリアは、本当に良いところだ。
至高の王ジン様は、遠目で一度見たくらいだが、とても尊敬している。
王様のお陰で、僕達の生活が楽になったからだ。
でも、王様を見れるのは、お金持ちの、学校に行っている子供や、お城の近くの一番街に住むことを許された人達くらいだ。
たまに、視察?と言って、グラース様と街を見て回ることもあるらしいけれど、お城から遠い六番街に来てくれたことはあまりない。
くぅーん。
人間の街みたいに、差別されることはないけれど、僕達、弱いコボルトと、上位種の皆様の間には、確かに格の違いがある。
コボルトは、どんなに強くても、人間の大人くらいまでしか強くなれないし、魔力だって、賢さだって、人間にすら敵わない。
僕達は、弱いんだ。
でも、そんな弱くて馬鹿な僕達に、新しい生きる道を用意してくれたのが、王様だ。
僕達は本来、粗末な石の武器で、小さな動物や虫を捕って食べて、穴倉やあばら家、廃村で、なんとか生きてきた。
まあ、身体が、人間の子供並の大きさだから、食べる量もそんなに多くないし、家族みんなで協力して生きているから、何とかなってきたけど。
そんな僕達が、毎日、美味しいご飯とお酒、そして、たまの娯楽が楽しめるのは、王様のお陰だ。
さて、そんなことより朝だ。
農家の僕は、朝日が昇る頃には起きる。
少し眠いが、一番下の弟がポンプで汲んできた水で顔を洗って、目を覚ます。
ああ、そうそう、この辺りは木の家が多いけれど、どれも広めだ。
なんでも、王様が、コボルトは家族が沢山いることや、家族や親戚で固まって暮らすことを知っていたからだそうだ。
やっぱり、王様の目の付け所は違うなあ。
と言う訳で、広めの家に家族全員で身を寄せ合って暮らしている。
僕の家では、お父さんとお母さん、兄弟姉妹が僕を含めて七人だ。
本当は十人いたんだけど、昔、病気や飢えで三人の兄弟姉妹は死んでしまった。
でも、レムリアに来てからは、どこの家でもそう言う話は聞かなくなった。
子供が死なないのは良いことだ。
……さて、食事にしよう。
「お母さん、朝ご飯は?」
「ソバの実のお粥よー」
いつもの、である。
ソバと言う植物の実を、牛の乳と水で煮たものだ。
ほのかに甘くて、お腹に溜まるから、幸せな気持ちになれる。
何せ、集落で暮らしていた頃は、お腹がいっぱいになるという経験がなかったから。
それに、甘いものもなかった。
薪も無駄にできないから、温かいものも食べれなかった。
そもそも、朝に食事ができることもまず無い。
食前に、祖霊に祈りを捧げて、食べ始める。
「おいしー」
「ああ、弟、こぼしてるこぼしてる」
「おかわりー」
賑やかに朝食を済ませたら、仕事だ。
僕達の仕事は小作民……、地主さんの土地を借りて、そこを耕して、野菜や穀物を作る仕事だ。
因みに、冬の、植物が実らない時期は、雪かきや工場なんかで簡単な作業をやらせてもらったりしている。
王様が言うには、例えコボルトでも、貴重な労働力になるんだそうだ。
強くて偉大な王様の下で働けるなんて、幸せだ。
さあ、仕事だ。
地主のヘルハウンドさんの元に行って、点呼をとり、仕事を始める。
仕事は決して楽じゃないけれど、この国のみんなの食べ物を作る大切な仕事。
それに、成果が出るか分からない狩りを一日やるのとは違って、働けば確実に、銀貨一枚はもらえる。
半分は冬の蓄えになるとしても、それでも一日三食食べるには困らないだけのお金がもらえるんだ。
この国では、一食食べるなら銅貨十枚はほしい。
しかし、税金や、沢山いる兄弟姉妹、お年寄りを養っていくには、少し足りない。
なら、どうするか?
それは簡単。
安いものを買えば良い。
一食銅貨十枚、というのは、ちゃんとした飯屋に行ってのことだ。
安い材料を買って、自分の家で作れば、もっと安くできる。
それに、昼ご飯は地主さんが食べさせてくれるので、節約にもなる。
今日も、朝に頑張って働いた後は、食事を出してもらった。
日替わりのスープ……、今日は豆とニンジンのトマトスープだった。それに加えて、パンプーシュカ。それに干し肉ももらえた。
お腹を膨らませた僕達は、午後も沢山働いた。
夜は、お母さんが買ってきた食材で料理を作る。
仕事が終わる時間は五時前くらいだ。
暗くなる頃には仕事は終わりだ。
時間、というのは、一日を二十四で分けた、時の流れの目安らしい。
五時になると、鐘が鳴るから分かる。
あと、高いけど、時計も売っている。
でも、時計なんて、偉い人くらいしか使わない。
さて、晩御飯は、スープとパンだ。
基本的に、レムリアの食事はスープとパン。裕福な家庭なら、これに肉や魚、サラダが追加される。
スープには、クズ肉のソーセージが輪切りにされたものと、ジャガイモ、キャベツが沢山入っている。味付けは塩とハーブだ。
それに、パン屋で買ってきたのであろう、ふかふかのパンをお供に食べる。
パンはとても安く、一個で銅貨二、三枚。クズ肉のソーセージは、腕の半分くらいの長さと太さで銅貨六枚くらい。
「ああ、美味いなあ、美味いなあ。こんな美味いもの、昔は食べられなかった」
お父さんが美味しそうにパンを頬張る。
確かに、コボルトは、滅多にパンなんて食べられなかった。
肉だって、狩りが上手くいった日にしか食べられなかった。
普段は、木の実や果物のようなもの、弱いモンスターや動物の肉、野草なんかを食べていた。
パンなんて、今までは数えるほどしか食べたことがない。それも、黒パンだったし。
こんなに簡単に白パンが手に入るなんて、本当に僕達は恵まれている。
さあ、明日は休みだ。
拳闘を見に行こう。
でも、魔人やモンスター娘から見たら理想の王。