赤バッタのとんでもない筋力による押さえつけが、ふっと消える。
それもそのはず、赤バッタは、首が切断されていたからだ。
断面から、赤褐色のゲル状血液が溢れ、俺の上着を汚す。
「こ、れは……?」
俺が困惑している、そこに。
「ぜんぜぇ〜!!!よがっだでずーーー!!!」
何か、柔らかいもの。
そう……、女が抱きついてきた。
甘い、石鹸の匂いがする女だ。
大人の女のような香水の香りとは違う、ガキのような溌剌とした匂い。
「お前は……?!」
こいつは、まさか……?!
「私です、先生。貴方の助手の、スミです!スミロドンの、スミです!」
馬鹿な……。
そんなことがあり得るのか?
目の前にいるのは、俺が散々やり込んだソーシャルゲームの、『ジュラ娘!ダイナミックダイナソー!』のメインキャラ、スミロドンのスミだった。
そう断定できるくらいの見た目……、少なくとも、コスプレなんかじゃない。
コスプレの完成度じゃない。
確かに、ジュラ娘本編では、アニメ調の低頭身キャラクターだった。
だが、ここにいるスミは本物の人間と同じ姿をしている。
アニメの2Dキャラクターが、3Dの現実世界に変換されて出てきたとしか思えないような、コスプレを超えたコスプレの姿をしているのだ。
俺は思わず、スミの獣耳を掴んだ。
「きゃん!」
このコリコリとした軟骨……。
本物の、獣の耳だ。
太陽に透かしてみれば、毛細血管も確認できる。
「先生……。初めて、触ってくれましたね。画面越しじゃなく、初めて、私の身体を……」
スミは、俺に抱きついて、頬擦りをしてきた。
女を抱いたことも、擦り寄られたことも多々あるが、高校生くらいの女にこうされたことはかなり久しぶりのことなので、俺は戸惑った。
「あ……、ええと……」
「言いたいことは分かります。でも、私は、『貴方の』スミですよ」
俺の?
俺がソシャゲ内で育成して、絆レベルを上げて、たくさん可愛がったスミなのか?
「俺が、育成した、ということか?」
「はい!貴方が育ててくれた、貴方のスミですよ!ほらっ!」
スミの左手の薬指には、ゲーム内で手に入る最上級のアクセサリー……、『ラブの指輪』が嵌まっている。
俺は、全キャラの絆レベルをマックスにして、更に指輪も贈っているのだ。
「だ、だが……」
「2021年の12月でしたよね?指輪を贈ってくれたのは。私の次には、ティラさんに贈ってましたね」
……合っている。
確かそれくらいだ。スミの次に、ティラノサウルスのティラに指輪を贈ったのも、合っている。
俺は、ソシャゲの内容をツブヤイターに投稿したりもしないし、他人にも喋っていない。
ソシャゲのキャラクターにいつ何を与えたか、その順番は?そういうことを知っているのは、世界で俺だけだ。
ソシャゲの運営?ダウンロード数が国内だけで二千万回行ってる覇権ソシャゲで、運営が一々、いちユーザーのことを見ているか?
しかし……、俄には信じられない。
だが、あのクソ鳥と、俺がここに若返った姿でいる事実もあるし……。
うーむ……。
俺がそう悩んでいると、スミは俺の手をとった。
俺を立たせたスミは、指を絡める握り方、所謂恋人握りをした。
「スミ?」
「先生、早く行きましょう!私達の『ひみつきち』へ!」
ひみつきち……、だと?
まさか……!
俺は、スミに案内された先へと行った。
五キロほどだろうか?
歩いた先には……。
「は、ははは!やったぞ!これがあれば、何とかなる!」
『ひみつきち』があった。
ひみつきち、とは。
ジュラ娘は、タワーディフェンスゲームなのだが、その防衛対象となる物のことだ。
このひみつきちと言うものは、設定資料集での正式名称を、始まりの人類の名をとって『オロリン』と呼ばれる移動基地。
電車を四、五列ほど横につなげたくらいの車両を、フレキシブルに動く無限軌道で動かす。それが、電車のように何列も繋がっている。
中は、ジュラ娘を解析して作り上げた『生産プラント』や、ジュラ娘と先生の私室、食堂や風呂などになっている。
そもそもの設定が、プレイヤーの分身である考古学者の『先生』が、2121年の未来世界で開発された時空間転移技術により、ジュラ娘達の生息する『ダイノワールド』の調査に訪れ、その際に謎の侵略生命体である『エボリネーター』との戦いに巻き込まれていく……、と言った内容。
つまりこのひみつきちは、未来技術による産物という訳だ。現代ではこんなオーパーツは当然存在しない。まあ、南極探索隊の移動基地をモデルにしたみたいな話が資料集にあったのは見たが。
そして……、プラント。プラントが動けば、衣食住の問題はすべてクリアする!
「スミ、プラントは動いているか?!」
「動いてますよ?いつもと同じみたいです。トロさんが大丈夫だって言ってました」
トロさん……。
頭ん中お花畑のジュラ娘の中でも、数少ない知能派、トロオドンのトロだな。
トロオドンは、「もしも恐竜が絶滅しなければ、この恐竜が人間のような知的生物に進化していたかもしれない」と言われるような、知能の高い恐竜だ。
そんなトロは、ひみつきちの管理維持を担当している設定だった。
そいつが大丈夫だと言うなら、希望が持てるな。
………………ん?
「……トロも、いるのか?」
俺は、スミに訊ねた。
「え?はい、みんないますよ?」
みんな……?
俺がそう思った、次の瞬間。
「先生ーっ!」
「うおおおおおあ?!!!」
空からいきなり、女が降ってきた!
飛行タイプのジュラ娘か?!
そしてその声に釣られて、秘密基地の中からゾロゾロとジュラ娘が現れ……。
「「「「先生!お帰りなさい!」」」」
瞬く間に、百数十人ものジュラ娘に囲まれてしまった。
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