俺の名はトムソン。
サングリア王国南のホブ村の木こりだ。
妻には先立たれ、息子は独り立ちしちまって、肩の荷が下りたような、寂しいような、だな。
そんなある日、俺は、村に見かけない男を見かけた。
ギラギラとした瞳の、ボサボサの長髪の男だ。
睨むような目付きと背中まで伸ばした髪、白いコートのような服。
野盗の類か?いや、単独だし、武器も持ってねえ。
それに、困ってるみてえにそこらをふらふらしてやがる。
うーむ、何もんだ?
一応、声をかけておくか。
「ん、こんちわ」
お、挨拶してきやがった。
なんだ、割といい奴なんじゃねえのか?
……話を聞いたところ、カナガワ?の大学院にいた、とか。
大学院!凄えな、学者様じゃねえか。
学のない木こりと比べりゃ大したもんだ。
見たところ二十歳そこらだろうに、若いってのに凄えなあ。
だが……、どうやら学者として食っていくのはできなくなったんだとよ。
詳しく聞けば、異世界から来たとか。
ガキの頃、お袋から聞いたことがあるな。
こことは違う世界からやってきた勇者様が、悪しき魔王を倒した、って話。
ってこたぁ、勇者か?
違うのか。
だが、レアスキル持ちだって言ってたし……、やっぱり勇者様なんじゃねえのか?
まあ、良いか。
困ってんなら部屋くらい貸すぞと言ってやると、キョトンとした顔で。
「え、マジっすか?いやあ田舎はあったけえなあ。ありがとうございます」
とか言ってやがった。
良く分からんが、若えんだから周りを頼っても良いんだぞ?
すると、ただじゃ泊まれねえ、みたいなことを言って、うちの籠を持って町外れに向かって行った。
そして、一時間もしねえうちに、抱えるほど大きい籠をリバートラウトで一杯にして帰ってきやがったんだ。
こいつぁ、驚いた。
恐らくはレアスキルでどうにかしたんだな。
しかし、詳しく詮索しねえ方が良いだろうから、聞きはしねえが。
そして、その夜は、俺の知っている範囲でこの世界のことを教えてやった。
ああ、そういや、名前を聞いてなかったな。
名前は?と聞いてやると。
「道長慎吾……、いや、この世界じゃもうその名は名乗れねえな。うーん、ガキの頃のあだ名が信号機だったから……、シグナルだ。シグナルと呼んでくれ」
そうか。良く分からんが良い名だ。
シグナルは、その後、精力的に動いた。
次の日、シグナルは俺より遅く起きると、
「おはよっす、早起きっすねー」
と軽く挨拶して。
それから。
「ちょっと働いてきます。あ、籠、暫く借りて良いっすか?」
と言ってきた。
まあ、安物の籠だ、貸してやるぞ。
飯はどうするんだ?と聞くと。
「いや、そこまで面倒見てもらうのは流石にアレでしょ、自分で何とかしますよ」
料理できんのか?
「いや、あんまできないっすけど」
よし、じゃあ俺が教えてやる!
なあに、安心しろ、俺の料理スキルは2はあるからな!
「スキルが2ってのはアレっすよね、スキルには1から5までのレベルがあるって言う。2なら大体家庭料理くらいって感じすかね」
まあ、そうだな。
「あー、じゃあ材料はこっちで用意しますわ」
気にするなよ、遠慮すんな!と声をかけてやると。
「いやあんま貸し作るのもアレですし」
と、言い残して出かけて行った。
……昼。
シグナルの兄ちゃんはどうしてんだ?休憩がてら兄ちゃんを探す。
知り合いに聞いて回ってみると直ぐに見つかった。兄ちゃんは目立つからな。背も高いし、目付きはギラギラ、髪は女みてえに長え。
……うちの村は少しばかり規模がデカイからな。まあ、二百人くらいはいるんじゃねえか?
だからよ、小さいけど市場もあるんだ。
シグナルはそこで、昨日と同じく、籠いっぱいのリバートラウトを売っていた。
「いやー、ネトゲとかでやったことはあるけど、これ、実際やるとなんかアレだな」
「おっ、こんなに脂の乗ったリバートラウトが60ゼニー?安いじゃないか」
「あら本当、三匹頂戴?」
「こっちには五匹くれ」
……売れてるみたいだな。
シグナルの兄ちゃん、商売スキル持ってたのか。
一頻り売り終えると店仕舞いして、今度は村長の家に向かった。
「アポなしだけどファンタジーの村長にアポ取る必要もねーよな」
何だ?アポって?
そうやってシグナルは、朝は魚を売って、昼は村人に話をして過ごしている。
顔はちょっとばかし恐いが、緩い雰囲気から特に警戒もされず、村に馴染んでいた。
村長に商売分の税も納めたらしい。
そして、一週間後。
マントや革袋と言った旅道具を買い集めたシグナルは。
「明日には出て行きますわ」
と、言った。
そうか、寂しくなるな……。
「まあ、縁があればまた会えるでしょうよ」
何かあれば、この村に戻ってきて良いんだからな。
釣り人としてやっていけるぞ、兄ちゃんは。
「はは、そうっすね、それも良いかもしれない。でも、俺にもやりたいこととかありますから」
そうか……。
「今まで、ありがとうございました」
ああ。
頑張れよ、兄ちゃん。
よく、異世界で酷い目にあう主人公がいますが、逆に良い思いをする主人公がいても良いと思いました。