「もし、いいかね?」
初めて見る人型兵器を見上げて、お祭り騒ぎになっているネリアポリスの群衆。
その人の波が、モーゼよろしく割れてゆく。
数人のスーツを着込んだ護衛を引き連れてレメゲトンに声をかけたのは、白髪混じりの中高年男性。
その男は、高級なオーダーメイドらしきダークスーツに、赤いペイズリー柄のネクタイを合わせた装いで、髪はポマードでオールバックにされていた。
口髭を蓄えたその面相には、古樹の年輪が如き皺が刻まれており、眼光は鷹のように鋭い。
周りの街人達は、その男の姿を見るや否や、萎縮と尊敬の入り混じった態度で小さくなる。
荒くれ者の湾岸作業員も、年端のいかぬ子供達も、皆、その男に敬意を抱いているようだった。
ダニエルはその男を見て、有力者であることに気がつく。
また、それだけでなく、自分と似た匂いがする人間であることもすぐに分かった。
即ち、暴力を「使う」人間であるということ……。
暴力によって「使われる」チンケなチンピラ風情とは訳が違う、「本物」の存在。
『ミスター、何とお呼びすれば?』
ダニエルは、レメゲトンを跪かせながらそう訊ねた。
「レオナルド・エスポジートだ。ドン・エスポジートと呼んでくれ」
男……、レオナルドはそう返す。
ドン(首領)の意味するところは……。
『なるほど、《その手》の組織か。実に良い!』
『マフィア』……。
犯罪者でありながらも、地方の有力者である存在と言うことだ。
「雇われたいのかね?」
『ああ、雇われたいね。アンタなら俺を上手く使ってくれるだろう』
「よろしい。契約について話そう」
その瞬間、レメゲトンの胸部が割れるように開き……。
「良いね、茶でも飲みながら話そうか」
現れたダニエルが、不敵な笑みを浮かべた……。
エスポジートファミリーの本拠地たる屋敷は、「クラシカル」という言葉が似合う、古風で品のある洋館だった。
その客間に通されたダニエルとニアは、なんと、引き続きドンであるレオナルドが直接応対している。
普通、ドンは傭兵の相手などしない。
言わば社長であるドンが、派遣社員に過ぎないダニエルと、直接契約の話などするだろうか?
まあもちろん、小さな企業ならそれもあり得るかもしれないが、エスポジートファミリーはそうではないと、この大きな屋敷と使用人の数を見ればバカでも分かる話だ。
これが意味することは一つ。
ドン・エスポジートは、このダニエルという男のことをそれだけ重く見ているということになる。
そして、その判断は間違いではない。
『マギアメイル』……。
祖を、土塊を人型にして戦わせる『ゴーレム』という魔法人形とし、近年注目されている『錬金術』と、従来の魔法を組み合わせて作られた、全く新しい超兵器。
錬金術の学理から生み出された機械的機構による、スムーズかつパワフルな動作。
要するに、数理的かつ科学的な機構……、歯車、ピストン、モーター、火薬……それらの生み出す効率的な出力。
革新的な魔法技術……、『魔石回路』による、機体制御。
魔法生物であるスライムを使った特殊なショックアブソーバーにより、二足歩行兵器のデメリットを受けないその安定性。
それらに、モンスターの外殻であるレアメタル……『魔法金属』を装甲として使用して造られた、くろがねの巨人である。
野戦砲や戦術級大魔法をも防ぐ装甲に、人の器用さと、時速にして150kmを超える最大速度、更には、人体故の走破性……。
その強さは、戦史が変わっただの、一体いるだけで並みの戦場をひっくり返すだのと言われているが、それは過言ではない。
そして、そんな超兵器は、高価で希少であった。
このヴェリタ王国には、合計で五百機も存在しないだろう。
そしてそれらは、この国の中枢や国境に配備されており、このような周りに海しかない南のネリアポリスには数機しかいない……。
マギアメイルの廉価版にして、作業用のゴーレムである『マギアウォーカー』はあれども、それですら超高級品。
そもそも、車ですら大卒の初任給の数十倍はする時代なのだ。
武闘派の会社で、マギアウォーカーに多少武器を載せたものが一台あれば、それだけで一目置かれるようなこの世界で、マギアメイルを抱える傭兵を手に入れるということは、かなり大きな利点になる。
エスポジートファミリーにも、マギアウォーカーが八台あるのみ。戦力的には、それでやっとマギアメイル一体と戦いになるかどうかと言うレベル。
それ故に、ボスであるドン・エスポジートが直接出てきているのだ。
「それで、いくら欲しい?」
「あんたが適切だと思う額を払ってくれればそれで良い。払えない時は、鋼材やレアメタル、モンスターの死骸や木材などでも良い」
「……何に使うのか聞いても?」
「ん、ああ……、実はあの人型兵器は、まだ完全じゃなくてな。本来なら、もっと多くの武器や追加装甲がある予定なんだ。それを作りたい」
「ふむ……」
ドン・エスポジートは、ダニエルの言葉に嘘がないことはすぐに分かった。
同時に、ダニエルという男は、つまらない虚言を弄するよりも、武力で真正面から叩きのめす『凄味』があるとも感じ取る。
それだけでなく、五十六年に渡る人生経験から、こういったタイプの男は、扱いさえ間違えなければ誰よりも心強い味方になると確信できた。
このネリアポリスにはマギアメイルのパーツを造る工場などないのに、どうやってパーツを造るのか?という疑問を飲み込みつつも、ドンは、韜晦せずに直截的な言葉を吐いた。
「一月に百万リール(百万円)出そう。モンスターの討滅を依頼した時は、その死骸の所有権もそちら持ちだが、死骸の優先的な購入権をこちらに欲しい。そして、資材が必要ならばこちらで可能な限り集めておく。抗争などでマギアメイルを稼働させた時は、その時の経費と特別報酬も別途支給。……これで良いかね?」
「素晴らしい。その条件ならいくらでも働こう」
ドンは、ダニエルと握手をして、契約を結んだ。
「……では早速だが、東の山でモンスターの間引きを頼めるかね?我々のマギアウォーカーは、この前にはぐれジャイアントと戦って破損しているのでね」
「了解した」
そして、ドン・エスポジートの期待は、いい意味で裏切られた……。
きょうは、カレーをたべました。