取り敢えず、王家からもらった馬車に乗って、移動。
王様が最も信頼しているという、フェッソ伯爵の領地に行く。そこで訓練だそうだ。
フェッソ伯爵は、王様の恩人で、お医者さんをやっていた人らしい。
南の土地を開拓して、そこで砂糖を作って、それを売って稼いでいるとか。
それと、優秀な騎士団を持っていて、それでかつて聖王国と呼ばれていた島に遠征を繰り返して、古代の魔道具や魔法を発掘して帰ってくるらしい。
パーティメンバーのみんなの話では、成り上がり者と裏では呼ばれているみたいだけど、事実、今一番稼いでいる貴族だとか。
私はほら、単なるオタクですから?
けーざいとかりゅーつーとか、そういうのは分かんないよ?
でも、ファンタジーで高価なものの代名詞の一つ、お砂糖を作っていると言われると、あー、凄いんだなー、って思うかな。
「でも心配ですね……。南の開拓地はモンスターが多いらしいですから……」
「はっ、何言ってんだ?人外の大陸に行けば、モンスターなんてうじゃうじゃいるよ!」
まあ、あれだね。
移動中、めちゃくちゃ暇。
本当にやることがないから、嫌でも会話する羽目になる。
陽キャのイザベルさんはめっちゃ話しかけてくるし、聞き上手のカリーナさんも話を聞きたいって言うし、シンシアさんも喋りはしないけど話は聞いてるみたい。
「へえ、学生?凄えなー」
「アッ、その、いえ、その、日本、私の国では九年間は必ず学生をやらなきゃいけない決まりで」
「はぁ?!九年も学生?!なんだそりゃ?!」
「ひゃい?!」
「九年間、全ての国民が学生を……?!」
「異常。国力があり過ぎ」
え?え?なんで驚いてるの?普通だよね、変なこと言ってないよね?!
「おまっ、嘘だろ?そんなの、メリカ王国以上の大国じゃねえか!」
「えっ、その、だって、学校がないとどこで勉強を習うんですか?」
「そりゃあ、おめえ……、親とか、師匠とか……、貴族なら家庭教師がつくらしいぞ?」
そ、そうなの?
「勇者様は、その、学校?というところでどのようなことを習ったのですか?」
カリーナさんに質問される。
「アッ、その、そうですね、数学とか、国語とか、理科とか、社会とか、英語とか……、なんか、そんな感じのです、はい」
「そうですね、では……、数学はどのようなことをやりましたか?」
「アッ、そうですね、まあ、二次関数とか、確率とか、図形の証明とか……、ですかね」
「二次関数?!」
えっ何?
「凄い。そこまで理解できるなら、教養人として貴族の食客になれる」
とシンシアさん。
「エッ、いやそれは無理ですよ私馬鹿ですし」
「……では、国語とは?」
「あー、そうですね、文字を習ったりとか、詩とか古文とか、文学を読んで作者の気持ちとか考える感じの、アレですね」
「文学と古文書の解読まで嗜むのですか?!!」
「いや、解読とかそんなに凄いやつじゃないですよ、その、最初から読み方が決まってて」
「それはつまり、古文書の完全な解読方法が民に周知されていると?!」
「驚愕。日本とは、国民全てを学者にでもするつもりなのか」
いや、そんな凄くないです。
「……他には何を?」
「そうですね、理科では、火がなぜ燃えるのかとか、星座のこととか、生き物の仕組みについてとかを習って、社会では歴史とか地理を習います、後はちょっと外国語を」
「れ、錬金術と天文学と、医学と歴史、地理、外国語も習うのですか?!」
「異常」
え?ええ?
普通なんだけど……?
むしろ、ファンタジーなんだから、貴族学校とかないの?
「あの、勇者様。貴女はもう、この世界で学者としてやっていけますよ?」
「いえその、無理です」
「教養ある女性はモテる」
「アッそうですか」
いや、私、普通……、ってか成績は悪い方なのに。
そんな話をしながら、馬車に揺られて……。
………………。
馬車めっっっちゃ揺れる!!!
お尻痛い!!!
×××××××××××××××
今回はピトーネが来ている。
タバコを吸いながら、勇者モニタを見て談笑する。
「ふーん、やっぱり教育の水準はあっちが上ね」
「そりゃあな」
日本だぞ?
腐っても先進国だ。
「人外国家では、最低五年間だものね」
人外国家にも、義務教育らしきものは導入してあるが、それでもやはり、学校は比較的富裕層向けである。
キセルから紫煙をくゆらせ、考えるそぶりを見せるピトーネ。
「……ん、まあ、そうね。でも、この辺りの問題は時間が解決してくれるわ。それに、義務教育をそんなに長くしてもあまり意味がないし」
「確かにな」
何故なら……。
「やっぱり、人間とは根本的に違うのよね。基本的な学力を身につけて将来に備える、よりも、あらかじめ将来を決めて、無駄な教育を省く方針の方が、人外では普通よね」
「だが、それでは、あらかじめ決めてある将来の通りにならなかった場合どうする?」
「そのために社会福祉を充実させてるのよ。働き口はいくらでもあるわ」
ふむ。
人外種族。魔族の特徴として、種族格差が大きい点が挙げられる。
黒人と白人の差なんてものじゃなく、下位種と上位種で、知能も腕力も体格も魔力も技能も、格段に違うのだ。
確かに、下位種でも上位種に匹敵し得る、突然変異的な存在もいないこともない。
しかし、それはほぼないと見ていい。
つまり、例えるなら、下位種のコボルトは、あらゆる点で上位種のフェンリルに敵わない、と言う感じだ。人間性?人格?それの優劣は判断基準がないからなんとも言えねえだろうが。
コボルトなら、どんなに努力しても、筋力知力ともに人間より少し低いくらいにしかならない。
故に、最初から学者や研究者のような知的階級を目指すことがない。最初から身の程を知っているのだ。
逆に、フェンリルならば、鍛えれば人間の十倍以上の筋力、知的階級として申し分ない程度の知能、魔法関係の職業に就ける程の魔力がある。
だから、飛び級して大学に行く奴も結構いる。
故に、だ。
上位種を中心に、勉強がしたい奴だけやれば良いんじゃねえのか?って方式が、人外国家の基本方針になる。
最初から賢くなれない種族は、勉学に励ませるよりも、職業訓練をさせるようになっている。
まあ、しかしだ。
ちゃんと、種族ごとに議会に席があるから、下位種の議員がいない訳じゃねえよ。
言ってしまえば歪な平等って感じかね?
「まあ、データもあるけど、基本的に上位種は、どこでも大学通いが当たり前で、エキドナ族やデーモン族は博士課程を修了する学生がかなり多いわ」
ほう、どれどれ……。
「おぉ、凄えな、四十パーセント以上が博士号持ってんのかよ」
やべえなエキドナ族。
「でも、平均教育レベルを上げるのも国力の向上に繋がるのは確かなのよねー、あー、色々考えなきゃー」
「たまには休めよ。お前の代わりは探すのが面倒だ」
「えー、ひっどーい!そこはお前の代わりはいないんだー、って言うところでしょー?」
「俺がそんなことを言うと思うか?」
「思わないわよー。……でも、まあ、今日は癒されに来たんだから!」
俺の隣に来て、絡みついてくるピトーネ。
「そうかよ。勝手に癒されてろ」
「ええ、勝手にするわ❤︎」
この歳になって勉強ってのは辛いなあ。
若い頃にもっとちゃんと勉強しておくんだった。