フェッソ伯爵の屋敷は、流石に王城よりは小さかったけれど、ご飯はそれなりに美味しいし、思ったより快適に過ごせた。
王城とは違って、ゴテゴテした飾りのない、シンプルながらも品がある館は、調度品や家具なんかもそういうデザインで、ともすればヨーロッパの高級ホテルのようで快適だった。
ってか、野営とかやった上で考えると、屋根があるとか壁や床があるってだけで凄い贅沢なことなんだよね……。
木造建築だろうと何だろうと、外で寝るよりはマシだよ、本当に。
次の日、朝ご飯をいただいた後は、街を見て回ってみたらどうかと勧められて、外へ。
正直言って気乗りしない。
王城も昔のヨーロッパみたいに、そこら辺に汚物を捨てるから臭かったし、正直言って見るものはないし。
歴史的な建造物とかがある訳じゃないし……、例えあったとしても別に見なくても良いかなあ、って。
でも、館にいてもやることないしね。
一人で行こうと思ったら、イザベルさんが心配だからついてきてくれるって。
イザベルさんは優しいなあ。
「勇者サマは童顔だからなあ、子供と思われて人攫いに攫われそうだ」
「いや、私まだ十四歳ですし」
「は?アタシは十三の頃にはもう冒険者だったぞ?」
あ、そっか。
昔の日本でも、十二歳くらいで元服……、一人前と認められたらしいからね。
つまり、この世界では私も子供じゃいられない、という事だね……。
「あー、そうですね、私の国の人はみんな童顔なんですよ」
「はは、そりゃ可愛らしくて良いな」
目的もなく街を歩く。
んー?
思ったより臭くない?
「この街は臭くねえなあ?」
「アッ、そうですね、何ででしょうね」
「帰ったら伯爵サマに聞いてみるか。さて、行きたい場所がねえならアタシに任せてくれないか?」
「アッハイ」
「取り敢えず、武具屋で勇者サマの装備を揃えよう」
「アッ、でもお金」
「ははは、安心しろって!王家から金貨三百枚、ドーンと貰ったからな!」
おお!
……金貨三百枚っておいくらぐらいですかね?
「あの、その、私の住んでいた国とはお金の単位が違うから分からないんですけど、金貨三百枚ってどれくらいなんですか?」
「どれくらいって……、んー、そうだな……、人一人が一生働かないでも暮らしていけるくらいだな」
んー、何億円、ってくらいかな?
「大体、腹一杯飯を食うんなら、銅貨十枚、二十枚くらい必要だな。それで、銅貨百枚で銀貨一枚、銀貨百枚で金貨一枚だ」
大体、銅貨一枚で百円くらい、か。
「この金は勇者サマの支度金だ。これで、勇者サマの装備を揃えるんだよ」
「あ、ありがとうございます」
「ははは、アタシに礼を言うなよ」
武具屋に来た。
お約束というか何というか、看板には剣と盾のマークが。
因みに、場所についてはコミュ力の塊であるイザベルさんが、通りすがりの人に聞いて調べた。
つよい。
「邪魔するよ」
「お、お邪魔します」
扉を開けて中に入ると……。
お、おおお!
凄い!
武具屋だ!
木製のマネキンに飾られた鎧、壁に掛けられた武器、安売りの剣が傘みたいに無造作に置かれている。
ファンタジーだ、ファンタジーだよ!
「おう、女の冒険者か?珍しいな」
カウンターの前に座っているおじさんが声をかけてくる。
「よく言われるよ」
女の冒険者はあまり多くないらしい。五人に一人とかそれくらいなんだって。
それも、前衛をやる女冒険者はもっと少ないらしい。
私は店の中を見て回る。
恐らくは量産品と思われる、樽にごちゃっと入れてある剣。樽にはインクで銀貨十枚と書かれている。
うーん、つまり、安物の剣でも銀貨三十枚はするんだ。
三十万円くらいかな?
「やめときな、そういう剣は鋳造ものの安打ちだ」
と、隣からイザベルさんが話しかけてくる。
なんでも、ここの剣は、混ざり物の多い屑鉄を鋳造という形式で作っている安物で、すぐにダメになってしまう上にそもそもろくに斬れないらしい。
壁に掛けられている高そうな武器は……、ピンキリだけど、銀貨百枚から金貨五十枚くらいかな?
………………あ。
よく考えたら、この世界の言葉や文字って英語じゃん!
何で喋れるし、文字が読めるんだろう?
……転生特典かな。
×××××××××××××××
「よお、ご主人様」
今日はマルテーロが来ている。
ドワーフ族の頭目の女だ。
ドワーフ族と言うのは、鍛治仕事が上手いらしいな。
魔法と『武器庫』で理想的な金属を創造できる俺には不要だが。
一般的にドワーフの作った剣は高値で売れるそうだ。
だが、精密機器程に器用な訳でもないからな。
いずれは廃れるな、鍛治は。
「……人間の鍛冶屋ってのはこんなもんなのか?」
サンプルに買ってきた、人間国家の平均的な鉄の剣を検分するマルテーロ。
マルテーロは戦士ではあるが、鍛冶屋としても一流だ。
エンチャントも多少使えるようになり、魔剣を作れるとのこと。
魔剣はかなり希少で、エンチャントが一つついているだけでも金貨十枚は下らないそうだ。
エンチャントの数が増えれば、倍々に金額が増えていく。
「鉄も不純物だらけで、焼き入れも下手くそ、重心も滅茶苦茶だ」
俺も、人間国家の鉄の剣を軽く振ってみる。
そして解析魔法をかける。
曲げようと力を入れるとへし折れた。
「……ふむ、確かにこれは駄目だ」
「だろ?」
マルテーロは自分が作ったという剣を見せてくる。
「……ほう?」
解析すれば分かる。
「ジパングでの修行は上手くいったようだな」
「へへへ、やった!」
マルテーロは二十年くらい前から、ジパングの刀鍛治屋に修行しに行っていた。
どうやら、修行は成功したらしい。
「硬い鉄と柔らかい鉄の組み合わせと、折り返し……、焼き入れも良くできている上に、重心も整っているな」
だが……。
「しかし、生産性は低いだろう。量産品はもっとコストダウンしなけりゃ駄目だぞ」
「そりゃ、数打物はもっと品質を下げて生産量を上げるけどよ、俺達は職人なんだ。あんまし半端なモンは売れねえよ」
職人、か。
面倒だな。
「下らんプライドを持つのは結構だが、やがては精密機器に負けるだろうよ」
「そう、かもな。でも、それでも鉄を扱うのはドワーフ族だ。俺達もどんどん進化していくぜ!」
それで?
「いや、普通に酒飲みに来ただけだぞ」
「そうか」
「これだ、アルカディアのウイスキー!ケイオーン三十年!」
ケイオーンはアルカディアでも有数の酒造メーカーだ。
それの三十年ものとなると、八千ユニコはするだろう、かなりの高級品だな。
「ふへ、ふへへへへ、大枚はたいて買ったんだぁ……、美味いぞこれは!」
だろうな。
「ご主人様も飲もう!」
注がれる。
「ん、ありがとよ」
さて、味は……。
「……ほう!」
こりゃあ良い!
ヘスペリスのユグドラシルでできた樽で三十年もの間寝かせた至高の一品だ。
流石に伊達じゃねえな。
元の世界のウイスキーよりも美味いなこれは。
こちとら愉快な傭兵なもんでね、酒はよく飲んだんだよ。
リットルで数ドルの安酒から、ほんの一口で何百何千万の高級品まで色々と口にしてきたが……。
こっちの世界の酒は、あっちの世界とは違った材料があるからな、また違った味わいがある。
ヘスペリスで妖精達が作った高級ブドウのワインなんて、元の世界でも一本でうん百万ドルで売れるであろう出来だ。
「この独特の風味は、ユグドラシルの樽か」
「最高のシングルモルトだあ……、おいひい……」
「いや、驚いた。このレベルは地球でも中々お目にかかれないぞ」
「あびゃー」
「これは良いな。確か、四十年寝かせるのと五十年寝かせるのも作ってあるそうだな。何本か買おう」
「あれ?『武器庫』から出せるんじゃ?」
「出せるが……、経済の活性化の為に、この世界で買えるものは極力買っているぞ」
「そうなんだ」
そりゃそうだろ。
今はもう、戦闘以外で『武器庫』を開くことも殆どない。
流通網も建築も学問や芸術も発達過渡期である今、俺が手出しすることはない。
今の社会のレベルなら、工場を建てたり、インフラを拡張、整備したりすることも可能だからな。
俺の仕事といえば、予算配分の大まかな指示や各国の指導者との打ち合わせ、新法律の制定などだ。
もう、昔のように、家を建てて炊き出しをして、分身して教育する必要もない。
……まあ、たまに、各国に戦術論などの特別講師として行くこともあるが。
工学や芸術、料理、銃器の取り扱いや格闘技の心得もあるからな、それを教えることもたまにある。
さて、まあ、そんなもんだ。
勇者はどうかな?
んー、魔剣の勇者編長引きそう。
異世界侵略編をちょっと書きたいんだけどなー。
冒頭の傭兵がこの世界を征服する話は前置きだからとっとと終わらせたけど、今思えば駆け足すぎたかもしれない。
冒険できなかった分を異世界侵略編でやる予定。