1話 来訪者
「男性保護委員会の者です。ご同行願えますか?」
「やだ」
この男、社会不適合者也。
二階堂健。
別世界からの来訪者である。
彼には欠点があった。
著しく、社会性やコミュニケーション能力、協調性というものが欠けているのである。
言いたいことをはっきり言う、自分で考えて行動する、などと言えば聞こえはいいが、自己中心的で唯我独尊、アクの強い男であった。
最近の彼と言えば、就職面接で面接官を逆にいびり倒して、圧迫面接では密かに録音した音声を社名付きでネットに公開。
職質を受ければ、「任意同行でしょ?俺はついていかないから」と言い放ち、合コンをすれば、「言っておくけど俺はそんなに稼ごうとか思ってないから、金目当てで寄ってきても無駄だよ?」と言う。
所謂DQNと肩がぶつかって絡まれると、「おっ、いい度胸してんねぇ。俺、二十年くらい古武術やってるけどプロにはならないように調整してるからさ、アマなんだよね。さ、殴り合おうか」と。
まあ、そんな男である。
そんな男が、男性の数が極少数の社会に、不思議な奇跡で送り込まれたら?
「やだじゃないですよ!男性が一人で外を出歩くなんて駄目です!!」
「俺の行動を他人に制限されたくはないんだけども。……チッ、ネット繋がらねえ、何でだ?」
「あの!男性の方の一人歩きは」
「うるせーな、ガキじゃねえんだぞ。一人歩きくらいするわ」
「襲われたらどうするんですか!!」
「ぶっ飛ばす」
こうなる。
「何を言っているんですか!男性なんて女性が本気を出せば簡単に組み伏せられちゃうんですからね!確かに、体格は良いみたいですけど、強い女性が来たら終わりです!」
ここで、僅かな異変に気付く。
まるで男より女の方が強いような物言いに引っかかったのだ。
「……は?何言ってんだテメー」
「ああ、やっとこちらを向いてくれましたね……。あの、私、男性保護委員会の男性保護官、因幡宇佐美と申します」
健の鋭い眼が光ったように見える。健は宇佐美をじろじろと眺めた。
身長150cm程、小動物オーラを醸し出す優しげな女。二十そこらで、顔は整っている。アイドルと言っても納得の見た目だ。
そして、彼女の何と言っても目を引く特徴は白髪と赤い瞳だ。
まるで。
「因幡兎?」
「うう、貴方までそう言うんですか?私、子供の頃から周りの人にうさちゃんうさちゃんって揶揄われてきて……。馬鹿にされないように男性保護官にまでなったのに!」
はてさて。
目の前の兎はどうでも良いが、聞き慣れない言葉が出てきたことに疑問を覚える。
「男性保護官?」
「え?ま、まさか、知らない訳じゃないですよね?」
「知らねーよ」
「し、知らないんですか?!……じゃ、じゃあ、説明しますね、男性保護官とは」
「あー、あー、いい、面倒いから。それより、ネット繋がんねえんだけど、なんか知らねえ?」
「ネットに繋がらない?……そのタブレットが悪いのでは?」
「はぁ?アッポルの正規品だぞ?」
「アッポル?オレンジではなく?」
「んあー?」
食い違う、のだ。
ボタンを掛け違えてような感覚。
何かが違う。
街を見回す。
男はいない、見たこともない看板。ロースンやフェミマのような見慣れたそれらとは全く違うコンビニ。
好奇の視線。
違う。
と、そう確信した。
ここは、二階堂健のいた街じゃない。
ひょっとすると、世界そのものが……。
「いや、馬鹿らしい。ドッキリかなんかだろ。オラ、バレてんだからネタばらししろや」
「ええっ、何のことですか?」
「はぁ、近年のテレビやユウチューブのモラル低下はここまで来たか。いいか、もう一度だけ言うぞ。帰らせろ」
「は、はい、お家はどこですか?警護させていただきますね!」
「ついてくんな、場所を言え」
「い、いえ、そう言う訳には……」
「まずここはどこだ?どっからこんなセット持ってきた?」
「ここは大和県伊丹区3丁目ですよ」
「はぁ?何だそりゃ。だからよ、ドッキリは」
「ドッキリじゃありませんよ!男性にドッキリなんてしたら逮捕ですよ?!」
「チッ、あー、そうかよ」
健は、兎女を無視してずんずん進んで行く。
「ま、待ってください!」
兎女はぴょんぴょんと後ろからついてくるが、それを無視して、進む。
「ふえぇあ?!お、男の人?!しかもワイルドイケメン?!!」
「な、何あのイケメン!ストーキングしよ」
「告白しよ」
「レイプしよ」
しかし、女達が立ち塞がる。
「……退けよ」
「いやーちょっと一緒にお茶しませんか?」「ひ、一目惚れです!付き合って下さい!」「道に迷ってるのよね?私が案内するわ!」「私のお婿さんにならない?優しくするから!」
「……あ"ァ?」
エキストラか?と思うが……。
「いや、この量のエキストラを雇って、街の一角を改造してまで俺にドッキリするか……?トゥルーマン・ショーじゃあるまいし……」
自分一人にこんな壮大なドッキリを仕掛けることにメリットはないだろう。
それなら、そもそも違う世界に来たと言う説が浮上してきたな、と思った。
「退がりなさーい!男性保護官です!!近付かないで!!」
「兎、うるさい」
「んなっ?!う、兎じゃないですー!!」
「……お前、男性保護官とか言ったな。この世界の警察みたいなもんか?」
「ふぇ?そ、そうですね、公務員ですし」
公僕ならば、頼るのも良いかと思う健。基本的に他人に貸し借りは作らないが、公僕相手なら、普通に頼るのはおかしくないと思ってのことだ。
「そうか……。正直に言うと、迷った。うちに帰りたいんだが」
「はい!お家の住所を教えてくれますか?」
「東京都渋谷の三丁目……」
「は?え?と、東京都?ってどこでしょう?」
「……ここは日本だよな?」
「ええ?日本?違いますよ、ここは扶桑皇国です」
「……あー」
頭を抱える。
最悪の予想が的中。
「……俺は、そうだな。ちょっと……、根無し草になっちまったみてえだ」
「そ、それは、どういうことですか?」
「家も金もねえ、着の身着のまま放り出されちまった、ってことだ」
「そ、そ、そ、そんな!!つ、つまり、身元不明男性……?!レベル五の事例?!!ちょ、ちょっと待ってください!もしもし、本部ですか?!身元不明男性を保護しました!!至急応援を!!!」
「……で?何か分かったか?」
「い、いえ、何分、前例がない事件なもので」
「ふむ……、いや、そりゃそうだろうよ。俺だって、違う世界から来ました、なんつったら信じねーよ」
「いえいえ!二階堂さんのことは信用しています!事実、付近の監視カメラには、二階堂さんが霞の中から現れる姿がありましたし……、何より、男性の言葉を疑うだなんて!」
「そうかよ」
健は、手元の資料を見る。
文字が読めるのは助かった、などと思いつつ、資料をめくる。
男女比は女性数十人に対して男性一人。
近年流行の頭の悪いライトノベルみたいな世界だ、と。
「はぁー……」
頭を抱える。
「そ、その、心中お察しします……」
「うるせえよ、思ってもいねーこと抜かすなや」
「そ、そんなことないです!私は本当に、二階堂さんが心配で……」
「……そうなのか。じゃあ、ありがとよ」
健と言う男は、基本的に他人を信頼していない。しかし、人間の中にも、他人を心配したり、心から愛することができたりする人がいると知ってはいる。
この、因幡と言う女は、そんな、所謂「いい奴」なんだと理解する。
「宇佐美、お前いくつだ?」
「二十四歳です」
「俺とタメか。まあ、そうだな、仲良くしてくれ」
「……!、はいっ!!」
こういう人間は敵に回さない方が良いと判断する健。
それに、よく見ればいささか頼りないが、良い女だ。別にそこまで好みではないが。
「取り敢えず、その、男性保護委員会?ってところで、俺の世界への帰る方法を探してくれるんだろ?」
「はい!全力で探しますから、安心してくださいね!」
「じゃあ、それまでに仕事探して、住む場所も探さねえとな。今晩の飯もどうすっか、な……。まあ、公務員様に頼れば、ちょっとくらい金がもらえんだろ」
「え?い、いえ、二階堂さんには補助金と住居が国から支給されますよ?」
「は?」
「二階堂さんの前の世界での生活レベルは、この世界では違法です。何ですかワンルームマンションで補助金もなし、バイトしながら求職中って。男性にそんなことをさせるなんてあり得ませんから!」
鼻息を荒くして詰め寄る宇佐美。
「お、おう」
「もう大丈夫ですからね!私達が守りますから!」
……トントン拍子で話は進み、6LDK二階建ての庭付きの一軒家に案内される健。
「何だ、ここ」
「はい、二階堂さんには、今日からここで暮らしてもらいます」
「……広過ぎんだろ、掃除が面倒くせえ」
「?、あ、そうですね、男性保護官が同棲し、常に保護するので、掃除などは男性保護官に任せていただければ」
「はぁ?」
「こちら、男性保護官のリストになります!経歴もあるので、今週中に選んで下さいね!」
「……はぁ?」
「で、ですから、男性保護官を選んで、同棲してもらう決まりで……」
「ふざけんな、何だそりゃ。ワンルームで良いし、仕事も探すわ。一人暮らしで問題ねえよ、ガキじゃねえんだぞ!」
「そ、そう言われましても、規則なので」
「……チッ、あー!クソが!宇佐美!」
「は、はい?」
「お前で良い」
「………………へ?」
「同棲するならお前が良い」
すると、宇佐美は。
「は、はひぃ?!!」
顔を赤くして、倒れた。
ノッポのマッチョと小動物系のちっこい女の子の組み合わせって良くないすか?