リニス、拾われる
……『アリシア!……ああ、アリシア!大丈夫、貴女はきっと、私が……!』
……『そんな、プレシア……、なんてことを……!』
……『ふん、もう契約は終わりよ、消えなさい』
……『待って!それじゃあ、フェイトは……!!』
……『出て行きなさい!!』
……『あ、ああ……!!』
……『ジルマ・ジルマ・ゴンガ!』
魘されていた女性が、部屋の隅のベッドで目を覚ます。
「………………はっ?!」
「よー、目、覚めたかい?」
そこに、どこか間延びした、緩い声。
「ここは……?それに私は、消えた筈じゃ……?」
辺りを見回す女性の声を無視して、少年が話しかけた。
「君、名前は?」
「へ?あ、えっと、リニス、です」
「そっかぁ、リニスって言うのか!素敵な名前だな!……リニス、俺と付き合ってくれないか?!」
「え?ええっ?!そ、そんな、急に?!!」
困惑するリニスの手を強く握り、少年は叫ぶ。
「一目惚れなんだ!絶対幸せにするから!な、良いだろ?!」
「ちょっ、ちょっと、ちょっと待って!待って下さい!」
相手は少年とはいえ、このように強く求められたのは、リニスにとって生まれて初めての経験だった。思わず、頬が熱くなる。
リニスは改めて、少年を見やる。
黒髪黒眼、凛々しい顔つきだが生気のない目、少年にしては高い身長……。雰囲気はどこか気怠げ。服装は黒いジャケットに白のズボン。
目つきと雰囲気が死んでいること以外は、特に嫌悪感が湧かない。まず、お友達からなら……、などと言う考えが頭をよぎる。
「……いや、違う、そうじゃないですよ!」
「愛があれば年齢なんて!ってか君、人間じゃないじゃん、年齢なんて尚更関係ないじゃん!結婚してくれ!」
「け、けけけけけ、結婚?!そ、そうじゃなくって、ここ、ここはどこなんですか?!」
「俺の家だよ」
「どうして、私はここに?」
「消えかけてたから、拾った」
「……何で、助けてくれたんですか?」
「んなもん決まってる。……可愛いからだ!!」
「な、なぁ……?!」
畳み掛けるように言う少年。
「猫耳……!猫耳だぞ!人外娘だぞ!最高だぞ!!!」
「………………は?」
「その上尻尾まである!猫尻尾!可愛い!可愛い!!可愛い!!!」
「………………えっと、その」
「俺は君みたいな人外娘が大好きなんだーーー!!!」
告白。思いの丈を伝えるように。
「……は、はぁ」
「昔、名探偵ホームズってアニメがあってな……。それ以来、俺は人外少女にぞっこんlove。君みたいな人外娘しか愛せない身体になってしまったのだ」
リニスは確信した。
……「ひょっとしてこいつ、変態では?」と。
そんなリニスを他所に、少年の告白は続く。
「俺の夢は人外ハーレムでな。その気になれば生命創造くらいできそうな気がしないでもないが、失敗したらマジモンのモンスターが産まれるやもしれんからな。残当だな。そもそも女の子を作れるようなセンスがない」
「えっと、その」
「分かってる!分かってるさ!惚れる要素がないってんだろ?!でも、俺はこう見えてものスゲー魔法使いなんだよ?凄くね?惚れて!……俺、実は天空聖者ってやつでな?ほら見てくれ、『ジジル!!』」
ジジル、と少年が唱えると、何もないところから突然、華やかな薔薇の花束が現れた!
「……え?こ、これは……?!」
リニスが驚愕するのも無理はない。今発動された魔法は、ありえないものだったからだ。
召喚魔法にしては、魔法陣らしきものが一切ない。つまり、この少年は、花束をその場で創造したと言うのだ。
質量保存の法則に真っ向から喧嘩を売る、完全な、御伽噺の中の出来事のような魔法である。
「い、今の、どうやって……?」
「だぁから、魔法だよ、魔法。言ったろ、俺はものスゲー魔法使いなんだって」
そう言うと少年は、手渡した薔薇の花束から一輪、薔薇を抜き取って、呪文を唱える。
『ジルマ・マジーロ』
するとどうだろうか。薔薇の花はみるみるうちにその姿を変え、純金の指輪になったではないか。
『マジカ』
そしてその指輪は、ひとりでに宙に浮き、リニスの薬指に収まった。
「………………?!」
意味不明だ。
少なくとも、自分の知る魔法とは全く別の何かだ。リニスはそう思った。
「でもさ、マジな話、道端で消えかかってたってことは、行くところないんでしょ?俺のものになってくれても良くない?」
「確かに、行くところは、もう……」
リニスは思い出す。
元主人の、プレシア・テスタロッサの狂った行いを。自分の子供のように大切にしてきた少女、フェイト・テスタロッサを。
なるほど確かに、自分にはもう出来ることなど何一つないだろう。
しかし、だからと言って、割り切れるものではないが。
「取り敢えず、さ、君は俺の使い魔ってことになったんだよ」
「そう、みたい、ですね?」
「俺のものになったんだよ」
「えぇ、いや、まあ」
「俺と結婚してるんだよ」
「いやいやいやいや!」
押しが強い!と思いながらも、リニスは思案する。
プレシアは、フェイトは。自分が消えた後どうなったのか。色々な考えが頭の中に思い浮かび、そして巡る。
そして結論。
「まあ、分かり、ました。貴方に拾われたのは確かです。使い魔としてお仕えしますね」
リニスは、少年に仕えることにした。
元より、主人がいなければ存在できない使い魔という身。
理由はさて置いても、拾ってもらった命。恩返しのために働こうと、そう決めた。
「いやったぁぁぁ!!!」
両手を高々と上げて大喜びする少年。
目は死んでいるがテンションは大盛り上がりだ。
「彼女ゲットォ!!!!」
「で、ですから、その、恋人になった覚えは……」
「頼むよ」
「それに、その、まだそういうのは早いんじゃないですか?」
少年は、同じくらいの年頃の子供と比べても些か発育が良い。だが、それでも、少年だ。
惚れた腫れたには早過ぎる年頃ではないか、とリニスは指摘した。
『マージ・マジーロ』
すると、今度はどうしたことだろうか。
またもや、少年は、聞き慣れない呪文を一つ唱えると、少年の姿はみるみるうちに変化して、青年となっていた。
「これでどう?」
「げ、幻術魔法ですか?」
「いや、変身だけど」
じゃあ、何か?肉体の構成を瞬時に変化させたのか?と、リニスは、本日何度目か分からない驚愕を感じた。
「この姿の方が好きってんなら、このままでいるけど、どう?」
「あ、いえ、だ、大丈夫です」
何が大丈夫なのかは自分でもよく分からなかったが、取り敢えず大丈夫と口にしたリニス。
「じゃあ、戻るわ」
またもや同じ呪文を唱えると、先ほどまでと同じく、目に生気のない少年に戻っていた。
「戻るん、ですね」
「そりゃあ戻れるよ。ってか、リニスってショタコン?」
「え?」
「俺のような美少年にしか興奮しない人?」
「い、いや、違いますけど?!」
リニスはただ、子供の姿が基本の姿だと思ったから、戻って欲しいと言ったのだ。ショタコンではない。しかし……。
「本当の年齢はおいくつなんですか?」
「ん?えーと、今は九歳だな」
今は、とは?どことなく引っかかる言い様だったが、リニス、これをスルー。
「でも、年齢はどうでも良くない?俺、天空聖者だし」
天空聖者……。先ほども口にしていた言葉だ。
「天空聖者、とは?」
「え?うーん」
と、少年は、少し考える素振りを見せて。
『ドーザ・ウー・ザザレ』
魔法を唱えた。
すると。
「………………はっ?!こ、ここは?」
景色は変わり、陰鬱な、恐らくは地下と思われるところに転移していた。
「ここは冥界。俺の私有地だ」
「冥界って……」
それは、その、神話などで語られるあの冥界だろうか。確かに、おどろおどろしい雰囲気の場所だが……。
しかし、まあ、そういうこともあるだろうと、半分思考を放棄して納得したリニスに、更なる驚愕が襲いかかる。
「それで、俺の正体なんだけど……」
「え、は……?!」
『天空聖者スタージェル……。人の時の名を、七星北斗。絶対神より強い男だ。よろしくね』
「う、うーん」
光り輝く人型の魔神の姿を目にしたリニスは、驚きのあまり、静かに昏睡した。
カーレンジャーかカクレンジャーが一番好きです。