土井中村町内会。
町ではないので、町内会は「土井中村青年団」という名で、平均年齢56歳のメンバーによって運営されている。
メンバーは商店街の面々を中心に、農家と鍛冶屋、医者、猟師と漁師など。
活動内容は特にないのだが。
精々、集まって茶をしばく程度であり、特に、過疎化を何とかしよう!だとか、より良い暮らしを!と言ったような熱い意思はないのだ。
皆、大体、村の子供は少ないけどいるにはいるし、外から平和な田舎暮らしを求めて引っ越してくる家族もいるし、なんだかんだ言って大丈夫なんじゃない?くらいに考えている、楽観的な集団である。
次に一度の会合は、基本的に、平和な会話で数時間で終わるのが普通だったが……。
今回は、違った。
「いやー、鎧さんとこの子はみんな面白いねえ!」
肉屋の親父が言った。
「みんな、見た目は変わってるけど良い子ばっかりだ!」
魚屋の親父が言った。
「本当にねえ、うちの商品もたくさん買ってくれるし!」
豆腐屋のばばあが言った。
そう、今の土井中村では、最近引っ越してきた若い家族、鎧一家の話題でもちきりなのだ。
「鎧さんとこの旦那さんは本当に良い男だわ!今時の子とは思えないくらいに気配りもできるし!」
実際、鎧嶺二は近所に引っ越してきてから、古典的に引っ越しそばを持ってきた。しかも手打ち。自分で手作り。
それもそのはず、高校生の頃に異世界転移して以来、十年間異世界で過ごしたのだ。
大人の引っ越しの際の挨拶など知らない。
なので、ネットで調べて、しかも、「田舎だから古典的な引っ越しそばがベストでは?」と言いながらそばを打った、という頭のいい馬鹿。
実際に引っ越してきてそばを持ってきた住民は一人もいない。皆、簡単な挨拶とタオルくらいのものだ。
本気でそばを打った馬鹿はいない。
だが、何故か良い子扱いされている。
謎である。
「イルルちゃんがの、でっかくてのー」
「そうじゃぞ、最初の頃は米男はもう腰抜かして驚いどったのう」
「そうじゃて、物の怪じゃー、言うて、島津さん呼んでこいー、言うて!」
「なんじゃなんじゃ!おまんらも物の怪じゃあと言うとったろ!和夫なんてションベン漏らしとったわ!」
「漏らしとらんわ!」
「いーや、漏らした!臭かった!」
「米男、そりゃ和夫の加齢臭じゃ!」
「わはははは!」
実際、ここの住民は穏やかだが、馬鹿ではない。
全長三メートルを超える巨大な蜘蛛女、空飛ぶ鳥人間、狼人間などを見て、老人達は大層驚いた。
驚いて腰をやった。
だが、そんな物の怪達は、何故驚いているのか分からない、くらいの気持ちで、普通に挨拶をしてきたのだ。
例えば、農家の佐川米男、タエ子夫妻(76歳)とイルルのファーストコンタクトはこんな感じであった。
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八本の脚でザクザクとアスファルトの上を歩くイルル。
そして、道を歩く佐川夫妻。
「んん……?婆さんや、儂、老眼が進んだかの……?物の怪が見えるぞい?」
「私にも見えますよ爺さん」
「「………………」」
「ひ、ひえええ!物の怪じゃあああ!婆さん助けとくれえええ!」
「あら……、どうしましょ、爺さん……」
周りの農家、和夫と三郎もガチビビリで腰を抜かした。
「そ、そうじゃ、島津さんを呼ぶんじゃ!」
「助けてけろー!儂は食っても美味くなかよー!」
ガチビビリであった。
しかし、イルルは基本的に、人間に見られると、人間は自分をモンスター扱いして殺しにかかってくるのが普通。
もしくは、このように怯えられるのが普通なので、特に何とも思わなかった。
人間は差別してばかりなので、まあそんなものだろう、くらいに思っていた。
それに、イルルが調べた限りでは、「拳銃」や「ライフル」程度ではイルルの常時発動型の魔法防御を抜けないので、何も怖くはなかった。
なので。
「こんにちは、私はイルル。蜘人族よ」
と、普通に挨拶をした。
これは、鎧嶺二が、「田舎だからご近所付き合いとか大事だと思う。人に会ったら挨拶くらいはしとけ」と言ったからである。
「あら〜、こんにちは、佐川タエ子です」
普通に挨拶を返されて、少し驚くイルル。
「イルルちゃんは山の物の怪かい?」
「物の怪?まあ、そんなところかしら」
「ひええ、やっぱり物の怪じゃああ!土蜘蛛じゃあ!」
「土蜘蛛ねえ……」
確か、妖怪とか言うこの国のモンスターだったか、などと思い出すイルル。
「山から何をしに来たんだい?」
「私は外国から来たの。旦那が大きな仕事を終わらせた後に、上のやっかみでクビにされたから、旦那の故郷である日本の田舎で隠居しようって」
「んまあ、そうなの、大変だったねえ」
「って言うか、旦那が挨拶に来たでしょ?ヨロイって男よ、会ってない?」
「んああ!鎧さんとこの子かい!確か、鎧さんとこの嫁さんは異人さんだって言ってたわねえ」
タエ子婆さんは……、ボケてはいないのだが、何となくぼんやりしている。
その上、学もない。
この北海道のど田舎で生まれ育ち、一度も外国人に会ったことはない。
異人さんならそんなこともあるかー、くらいに考えている。
「爺さんや、異人さんに挨拶して!ほら、立って!」
「く、食わんか?」
「人間って美味しくないもの。何も食べるものがないなら食べるかもしれないけど、基本的には人間と同じものを食べてるわ」
「ん?そうなのか?」
米男爺さんもボケてはいないが、アホだった。
人間食わないなら良いんじゃね?くらいに思ったのだ。
「生け贄とかとらんか?」
「要らないわよ、そんなものより野菜をちょうだい?旦那がここからもらってきたトマトって野菜が美味しかったわ」
「う、うちの野菜を食ってくれたんか?!」
「ええ」
米男爺さんにとって、自分の野菜を美味しく食べてくれるなら、異人だろうが物の怪だろうが全く構わなかった。
米男爺さんは、今のご時世、好き嫌いする子供や、余分に作った料理、もう満腹だからと残す人、様々な要因で野菜が食べられずに捨てられてしまうことを知っていた。
それを、消費者から直接、「美味しかったからまたくれ」と言われるのは、米男爺さんにとって何より嬉しい言葉だった。
特に最近は、テレビにて、「写真を撮った後は食べずに捨ててしまう料理」の話を聞いて、米男爺さんは大変に心を痛めていた。
「あ、ああ、ありがとう、ありがとう、蜘蛛の異人さん!儂らの野菜を食べてくれてありがとう!」
「え?何で泣いてるの?怖……」
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「イルルちゃんはええ子じゃぞ、妖術で畑仕事の手伝いもしてくれるしのう」
「ええ子じゃ、余った野菜あげれば喜んでくれるからのう」
「好き嫌いせずに何でも食べる子じゃ、今時珍しいわ」
土井中村青年団は、暇つぶしに畑をゴーレムで耕したり、収穫の手伝いをしてくれるイルルを、大変な働き者の良い子だと褒め称えた。
実際、イルルのゴーレムはオートで動く手抜きの土人形に過ぎないし、イルル本体は汗水垂らして働く農家達を眺めながら、漫画を読んでだらけているだけなのだが、農家達は頑張ってるとカウントしている。
イルルからすれば、あの程度のゴーレム操作は呼吸レベルの労力なのだが。
「他の子もええ子ばっかりじゃぞ」
「んだべ」
「だべな」
土井中村青年団は長話をする……。
おぼーん。