ハードオンの楽しい思いつき集   作:ハードオン

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リューサンやる。


10話 土井中村青年団 その2

「アニエスちゃんも本当にええ子なんじゃぞ!」

 

「んだべ、あの若さであれだけの腕があるんだ、ありゃ凄え」

 

「いや……、アニエスちゃん、二千歳だって言ってたべ」

 

「見えねえよな……」

 

「森人?は長生きなんだと」

 

「異人さんは凄えなあ」

 

「んだべ」

 

「あの弓の腕を見たか?ありゃ達人なんてもんじゃねえ、銃より遠くを狙って百発百中、威力は銃以上と来たもんだ」

 

「一度弓を借りて引かせてもらったけんども、儂には引けんかった。アニエスちゃんは力持ちじゃな」

 

土井中村の猟師集団がアニエスを褒め称える。

 

まあ、アニエスは二千年間森と共に生きたいわゆるエルフだ。

 

現代の猟師も優秀だが、弓一本で熊より獰猛なモンスターを狩っていたマジモンのモンスターハンターエルフには敵わないだろう。

 

そんな猟師達とアニエスの出会いは、こんな感じであった。

 

 

 

×××××××××××××××

 

 

 

「クソ……、歳はとりたくねえもんじゃなあ……」

 

猟師達のリーダー、本田光夫(78)は、そうひとりごつ。

 

若い頃は良かった。

 

四十代の男盛りの頃は、山の悪路も物ともせず、猟師として培った経験と目で、遠くの熊や鹿を狙い撃ち、一撃で急所を穿ち、仕留めた。

 

しかし、今はどうだ?

 

山に入れば足腰が軋む。

 

目は老眼で霞む。

 

筋肉は衰え、銃の反動が若干きつくなった。

 

昔は一撃で仕留められた獲物も、皆で協力せねば仕留めきれなくなってきた。

 

身体の衰えは猟師としての経験でカバーしているが、それもいつまで保つか……。

 

若い衆も、数は少ないが育ってはきている。

 

いっそ、引退するのも手か……。

 

そんな言葉が頭をよぎる。

 

「……ふん、何が引退じゃ。儂は日和らんぞ。生涯現役じゃ」

 

自分に言い聞かせるように言う光夫。

 

実際、若い衆はいるが、数が少ない。

 

自分が引退すれば、その穴を埋める人はいない。

 

もし、自分が引退して、戦力が減ったせいで、人が傷つくようなことがあれば……。

 

光夫はそれを恐れていた。

 

第一、猟友会は儲からないのだ。

 

ジビエ肉も殆ど売れないし、皮や剥製なんて全く欲しがる人はいない。

 

増え続ける害獣を雀の涙程の報酬金で狩る、命懸けのボランティアである。

 

そんなことに付き合ってくれる若者はいない。

 

光夫はそれをよく理解している。

 

今の若者は、スマホやらテレビゲーム?やらで外に出ずに遊び、たくさん勉強をして、良い大学に行き、パソコン?なるもので仕事をするらしい。

 

野山を駆け回って遊び、中卒で猟師になった自分には想像できない世界だ。

 

光夫は、それが悪いことだとは思わない。

 

事実、息子も都会へ出た。

 

しかし、実際問題、獣は増えている。

 

猟師が減ったからだ。

 

誰かが狩らねばならない。

 

山から下りてくる獣は人に害をなす。

 

そうでなくても、獣が増え過ぎれば、山は壊れる。

 

人間がやらねばならないのだ。

 

光夫は、それを、生涯の使命だと思っている。

 

だが、時々、頭をよぎる。

 

自分がやってきたことは無駄ではないのか、と。

 

例え、過疎化が進む土井中村を守ったとしても、この広い日本全体には何の影響もないのではないか、と。

 

全ては自分の自己満足なんじゃないか、と……。

 

 

 

今日も、全盛期より大分衰えた身体に鞭打ち、山に入り、指揮を執った。

 

大きなヒグマがいるらしい。

 

夏の熊は、食料がなくなって、人里に下りてくることが多い。

 

熊が人を襲う前に、仕留めねばならない。

 

「足跡じゃ……」

 

大きな熊の足跡。

 

地面の凹み具合から、二百五十キロを超えるオスの大物だと分かる。

 

これは、不味い。

 

本州のツキノワグマなら、鉈で追い払っただの、投げ飛ばしただの言われるが、ヒグマは格が違う。

 

人間よりでかい、鋭い鉤爪を持つ二百五十キロの化け物。

 

格闘技では、体重が軽いやつと重いやつで階級が違うのはご存知だろう。

 

ライト級のボクサーはヘビー級のボクサーに普通は勝てない。

 

ならば、二百五十キロの筋肉の塊に、人間が勝てるだろうか?

 

無理に決まっている、勝負にならない。

 

そんなものが人里に現れたら……。

 

「始末せにゃならん……」

 

光夫は、早足で歩いた。

 

他の猟師達のサポートもあり、ヒグマは発見した。

 

が、しかし……。

 

「クソ、狙いがつけられん!」

 

遠いのだ。

 

もっと近付くしかない。

 

慎重に、慎重に……。

 

そう指示していたが、若い衆が転んで、大きな音を立ててしまった!

 

『!!』

 

不味い、気づかれた!

 

「撃てえええ!!」

 

『ガアアッ!!!』

 

駄目だ!光夫はそう思った。

 

皆が集中している時ならまだしも、浮き足立っている今は、銃弾が殆ど当たらなかった!

 

「しくじったっ……!!」

 

『ガァァァァァ!!!!』

 

ヒグマは雄叫びを上げながらこちらに向かってきた。

 

逃げないのだ。

 

まさか、このヒグマは銃のことを知っている……?

 

他所の猟師が仕留めきれなかった個体なのだろうか?

 

ならば、殺される前に殺そうとしてくるのも理解できる。

 

光夫はそう考えた。

 

即座に次弾を装填し、ヒグマの身体に弾丸をぶち込む!

 

『ガアアアアアアアッ!!!!」

 

しかし、弾丸は、姿勢を低くして突撃してくるヒグマの頭蓋に当たった。

 

「チィッ!!!」

 

ヒグマの頭蓋は強靭だ。

 

猟銃の弾丸をものともしない。

 

「儂が囮になる!若いのは逃げろ!」

 

「ミツさーん!!!」

 

「こっちじゃ、熊公ーーーッ!!!」

 

他の猟師達とは別の方向へ走り出そうとする光夫。

 

しかし、狂えるヒグマの方が倍速い。

 

死んだな。

 

光夫は覚悟した。

 

その時。

 

「伏せてください!」

 

この場に似つかわしくない、美しい女の声がした。

 

光夫は困惑した。

 

山の神の声だろうか?

 

兎に角、どの道死ぬのだ。

 

一縷の望みにかけて、指示通りに伏せてみた。

 

すると、風切り音。

 

老眼で視力は落ちたが、猟師として鍛えられた光夫の動体視力は、かろうじて光の矢が飛んで来たのを見た。

 

『ガ、ア……』

 

飛んできた光の矢は、強靭なヒグマの頭蓋を「貫通」し、ヒグマが倒れ臥すと、矢は光の粒子になって霧散した。

 

「お怪我はありませんか?」

 

そして、山の木々の枝を足場に、猿か何かのように移動してきたのは、金髪長耳の異人の少女であった。

 

見れば、独特の装飾が施された豪奢な弓を携えている。

 

光夫は、自分を救った光の矢の主はこの少女であると確信した。

 

「お嬢さんが、助けてくれたのか?」

 

「ええ、実は、私も故郷では狩人をやっていまして。この国の狩人の腕を見たかったので、こっそり貴方方について来ていたのです。しかし、危なそうだったので、手を出してしまいました。すみません」

 

「いや……、助かった、本当にありがとう」

 

光夫は素直に礼を言った。

 

男としてのプライドよりも、こっそり跡を尾けられてきたことよりも、助けてもらえた幸運に感謝した。

 

山は弱肉強食の世界だ。

 

さっきまで、自分は死んでもおかしくなかったのだ。

 

「私は、この土井中村に引っ越してきたヨロイ・レイジの嫁、森人族のアニエスです」

 

鎧……、思い出した。

 

このご時世に態々引っ越しそばを打ってきた若造だ。背も高く、顔も良かったし、礼儀もなっていたので覚えている。

 

「儂は本田光夫じゃ」

 

「ミツオさん。老齢にも拘らず、人里を守るために獣と戦う貴方方猟師は素晴らしい方々です。森に敬意を払い、狩りの獲物にも敬意を払う。狩人として最も重要な、自然への感謝を忘れていません」

 

「おお……」

 

光夫は感動した。

 

この若い女は、自分の人生を認めてくれたのだ。

 

貴方のやってきたことは無駄ではなかったと、そう言ってくれたのだ。

 

「そうか……!そうか!儂のやってきたことは、無駄じゃなかったと言ってくれるのか……!」

 

「ええ。この山には少々獣が多い。貴方方のような優秀な猟師がいなければ、獣達はたちまち人里に下りて、人に害をなすでしょう。人を守るために戦う貴方方は素晴らしい。誇ってください」

 

「ありがとう、ありがとう……!」

 

 

 

×××××××××××××××

 

 

 

「もう、あの時儂は泣いちまった。儂らのやってきたことは無駄じゃなかったと言ってもらえて、儂がどれだけ救われたか」

 

「んだな」

 

「儂らはいつも、こんな田舎の村を守るだけの猟師なんざ要らないんじゃないかと思っとった」

 

「んでも、アニエスちゃんは褒めてくれんだ、誇れる仕事だと、褒めてくれんだ」

 

「旦那さんも気のいい人だし、山歩きも上手かったのう」

 

「んだんだ、熊を捌くのも上手いし、荷物も一人で三人分持ってくれたからの」

 

 

 

土井中村青年団は長話をする……。




火傷してしまった。

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