「いやいや、ルシアちゃんも本当に良い子なんだ」
肉屋の親父がルシアを褒める。
「ルシアちゃんはいつも手伝ってくれるからなあ」
八百屋の親父がルシアを褒める。
「今時珍しい、良い子だよ」
魚屋の親父が褒める。
ルシアは純粋なだけで、特に飛び抜けて善良と言う訳ではない。
しかし、子供の頃から、銀狼族の次期族長としてしっかりと躾けられてきたので、知恵もあるし、力も強い。
そんなルシアと、商店街の人々との出会いは、こんな感じである。
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後藤茂(58)、土井中村商店街の肉屋の主人だ。
そして、田村浩一(72)、八百屋。
渡辺哲也(64)、魚屋。
三人は、道の真ん中で立ち往生していた。
「「「どうすんべ……」」」
朝、仕入れに出かけて帰って来たら、道の真ん中でトラックが横転していたのだ。
「誰だ、こんなところで!」
「何だか知らんが、横着して近道しようとした他所のトラックが居眠り運転でひっくり返ったそうだぞ」
「おい、どうすんだ?せっかく仕入れた商品が腐っちまうぞ?」
「でも、他に道はねえしよお……」
ほとほと困り果てた三人は、立ち往生していた。
「なあ、お巡りさん、このトラック、早く退けてくれよ!」
「そう言われましても、ここは何分田舎なもので、あと五、六時間は……」
「そんなにか?!」
「ああ、店どうしようか」
「魚が……」
「大型のトラックですから、大型のクレーン車とレッカー車を呼ばなくてはならないんです。でも、そう言う大型の作業用車両は田舎にはなくてですね……」
「いや、お巡りさんは悪かねえよ。悪いのは居眠り運転なんかしてた馬鹿だ」
「トラックの運転手は入院しました」
「免許取り消しにしちまえ!全く……」
そう言って困り果てる三人。
そこに……。
犬耳、尻尾に毛の生えた獣のような手足。丈夫そうな布の服を複数の革のベルトで固定してある服を着た、美しい少女が現れたのだ。
そう、ルシアである。
「おはようございます!」
「「「お、おう」」」
ルシアのその奇特な格好に、おじさん三人はどう反応すれば良いか分からなかった。
「何だ……?」
「あれだ、最近若者の間で流行ってるこすぷれ?とか言うやつだろ?」
「でもあれ、本物じゃないか?動いてるぞ?」
「本物だよ、コスプレじゃないよ!」
「「「お、おう……」」」
おじさんは発想力が貧困なので、目の前の少女について分かることは何もなかった。
まあ、真っ当な大人なら、異世界から来た他種族です、などと、普通に考えて信じられないだろう。
「私は銀狼族のルシア!土井中村に引っ越してきたのばっかりなんだ!よろしくね!」
「「「お、おう」」」
「それで、何やってるの?」
「ああ、俺達は土井中村の商店街で働いててな。仕入れして、帰ってきたら、このトラックに道が塞がれててな」
「そうなんだ」
「ああ……、このままじゃ折角仕入れた品物を腐らせちまう」
「肉屋さんは大変なんだね……」
「ああ……、ん?」
茂は疑問に思った。
あれ、俺、肉屋なんて言ったっけ?と。
「なあ、えっと、ルシアちゃん?何で俺が肉屋だって分かったんだ?」
「え?家畜の血の匂いがするからだよ?」
「そんなに臭いか俺……?」
「そっちの人は八百屋さんで、あっちの人は魚屋さんかな?」
「「え?」」
何で分かったんだ?と疑問に思う三人。
「匂い?そんなに匂うか?」
「うーん、犬なら分かると思うよ」
「となると、お嬢ちゃんが犬ってことになるんだが」
「私は狼だよ」
「そ、そうか」
そう言う設定なのだろうか?
「まあ、兎に角、今は困ってるんだ。だから、お嬢ちゃんとは遊んであげられな……」
「あのトラックを退かせば良いんでしょ?」
「……そりゃそうだが」
「分かった、退かすね」
そう言って、トラックに駆け寄るルシア。
「お、おいルシアちゃん、危ねえぞ!」
「えい」
「「「………………は?」」」
トラックは、目の前のコスプレ少女が「持ち上げた」。
「お巡りさん、これ、どこに置けば良い?」
「は……?あ……、あ?えっと、道路の端っこに……?」
「分かった」
ズン、と地面が揺れる。
トラックが地面に降ろされた音だ。
「「「んんんんんー?」」」
「ねえ、肉屋のおじさん」
「お、おう、何だ?」
「商店街に行ってみたいから、ついて行って良い?」
「お、おう、良いぞ?」
「やったあ!」
茂は少し考えて……。
「え?あれ?この子、本物の物の怪?」
結論に至った。
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「いやあ、あれはたまげたなぁ。だけど、ルシアちゃんは力仕事を手伝ってくれるし、良い子だぞ」
「旦那さんも金持ちだしなあ」
「良いことだろ、あの旦那さんになら、俺達のルシアちゃんを任せられる!」
「アウレーリアさんも良い子だべ」
「んだなぁ、こんな爺婆の話し相手になってくれてなあ」
「差し入れもしてくれるしのう」
年寄りがアウレーリアを褒める。
アウレーリアは、特に年寄りだから優しくしよう、などとは思っていない。
ただ、千八百年間も生きたアウレーリアは、生まれて、死ぬ、人の営みを面白く思っているだけだ。
老人の話に付き合うのも、純粋に楽しいからだ。
人が生きて死ぬ、それを知的好奇心の赴くまま観察している。
それがアウレーリアだ。
そんなアウレーリアと、村の老人達の出会いはこんな感じである。
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「診療所まで歩くのは、ちょっと辛いねえ。歩くのが大変だわ」
武田ウメ子(84)、年金暮らし。
夫に先立たれ、今は一人で、一人で住むには大きい家で暮らしている。
ウメ子婆さんは持病に高血圧があり、定期的に診療所に行って検診しなければならない。
もっとも、検診の後は、大体同じような理由で診療所に来ている年寄りの茶飲み仲間達と茶をしばくのだが。
「でも、運動しなきゃ駄目よねえ……。寝たきりになったりしたら、娘に迷惑がかかるものねえ……」
ウメ子婆さんの娘は、少し遠くの街で暮らしている。
たまに、孫と曽孫を連れて会いに来てくれるので、ウメ子婆さんはそれがとても楽しみだ。
ウメ子婆さん的には、曽孫が中学生になる頃まで生きていられたら良いな、と思っている。
そんなことを考えつつ、老人にしては元気よく歩くウメ子婆さん。すると……。
「あら、何かしら……?」
緑色の人型に出会ったのだ。
緑色の人型は、膝の下まで土に埋まっており、腰から生えた蔦のようなものが蠢いている。
近付いてみると、それはそれは美しい、黄緑の肌と髪の女性だった。
「あらあら……、天女様かしら……?」
歳をとると、大抵のことでは驚かなくなるものだ。
それに、ウメ子婆さんも伊達に長生きしていない。
悪意ある存在なら分かる。
しかし、この、目の前の緑の美女は、おおよそ悪意というものがなく、確かな知恵を秘めた瞳をしていた。
「私は花人族のアウレーリアよ。天女様ではないの、ごめんなさいね」
「そうなの……。何をしているのかしら?」
「私は、貴女達に分かりやすく言えば、植物の精のようなものよ。だから、土に埋まったり、太陽の光を浴びたり、水を飲んだりすることが好きなの。でも、一番好きなのは、知識を蓄えることだけどね」
「あらあら……、アウレーリアさんは木霊さんなのね」
「ええ、そうよ。最近、旦那と一緒にこの村に引っ越してきたの。よろしくね」
「ええ、ええ、私は武田ウメ子です、よろしく、アウレーリアさん」
「ウメコさんね。ウメコさんはどこへ行くの?」
「私はこれから診療所に行くのよ」
「ふうん、診療所には医学書はある?」
「先生は医学書が好きだから、たくさん持ってるそうよ」
「そうなの!私、本を読むことが好きなの、医学書を見せてもらいたいわ!私も診療所について行って良いかしら?」
「良いわよ、行きましょうか」
そして、割と肝が座ってる老人達に受け入れられ、そのまま流れでお茶会に参加するアウレーリア。
なお、診療所の先生は腰を抜かした。
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「アウレーリアさんはとっても良い子よ、とっても物知りで、お話も面白くて」
「家事も手伝ってくれるし、差し入れもくれるしのう」
「旦那さんも男前で素敵な人だったわ」
土井中村青年団の長話をする……。
レベル上げ、好きな人は好きですよねー。
俺は大嫌いです。