「グロリア殿も良きおなごじゃ」
「んだな」
「あの剛剣、おなごにしておくのが惜しい」
「儂がもっと若ければ、無理矢理にでも婿殿ごと養子にしとるんじゃがな……」
「それに、龍のおなごとは縁起が良かと」
島津重久の示現流剣術道場の面々がグロリアを褒め称える。
龍人族のグロリアは最強の戦士だ。
本来ならば、魔法によって身体能力が強化され、魔法の使えない日本人ごとき、素手で縊り殺せるのだが、グロリアはそれをしない。
グロリアは粗野で豪快な女に見えて、その実、あらゆる武技を習得し、兵法まで学んでいるのだ。
グロリアは、「武」に対しては誰よりも真摯なのだ。
そんなグロリアと示現流剣術道場の出会いはこんな感じである。
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島津重久(86)は満足していた。
薩摩国で生まれ、示現流を修めた重久は、自分がどこまでいけるかを徹底的に試した。
ある時は新陰流。
ある時は一刀流。
ある時はタイ捨。
あらゆる流派に喧嘩を売った。
看板を奪えることもあれば、叩きのめされて追い出されたこともあった。もっとも、叩きのめされた時には、必死に修行し、やり返しに行ったが。
そして、日本各国を巡り歩き、あらゆる武技の使い手と戦った。
ある時は無手。
ある時は槍。
ある時は銃。
飛行機が普及すると、なけなしの金で海外に飛び、西洋剣術の使い手から軍隊格闘技の使い手まで、幅広く戦った。
島津重久の人生とは、正に闘いそのものであった。
しかし、齢五十の頃には、歳相応の落ち着きも出てきて、どこか長閑な田舎で小さい道場を開こうと、土井中村にやって来たのだ。
齢五十の頃には、諸国の漫遊も大体終わっていた。
この頃にはもう、戦っていない流派はなく、あとはのんびり。後進に道を譲ろうと考えていた。
武道業界における島津重久の名は、悪名も名声も半々といったところだが、海外にまでその名を轟かせ、ついたあだ名が「リアルサムライ鬼島津」であった。
そんな重久は、是非にうちの道場に来てくれという各国のラブコールを無視して、半分隠居気分で土井中村に来たのである。
若い頃、諸国を漫遊していた頃はまるで金などなかったが、老齢になり有名になると、何かと金が手に入った。
故に今は、特に金に困ることもなく、小さな道場でゆっくりと子供達やちょっと運動がしたい程度の大人達に剣術を軽く教え、一部のガチ勢に本気で指導し、のんびりと暮らしていた。
正直、これ以上、自分が成長することはないと思ったのだ。
アサルトライフルやサブマシンガンには勝てないかもしれないが、基本的に、自分は誰にでも勝てると思っていた。
剣の道を極めた、とまでは言わないが、ある種の到達点に達した、成長限界だと。
しかし、重久のその考えは覆されることになる。
ある、夏の日である。
子供達に熱中症で倒れないように水を飲むように指示して、自分は座禅を組んでいた。
「邪魔するぜ」
「なっ、なんだ?!」
「化け物だ!」
「何者だ!」
突如、道場から悲鳴が上がる。
重久が目を向けると、そこには。
「示現流剣術、シマヅ・シゲヒサ……、一つ手解きを頼みてえ」
物の怪がいた。
同時に、武人として極限までに鍛えられた重久の勘が囁く。
この物の怪は、今までに戦って来た何者よりも強いぞ、と。
「カカカ……!」
瞬間、重久は、己の血が沸き立つのを感じた。
久方振りに、本気で戦える相手だ。
「俺は龍人族の戦士長、グロリアだ。この世界の剣技を俺に見せてくれ……!!」
「良かとよ、やろう、やろう」
竹刀を構え、打ち合う。
するとよく分かる。
この物の怪は何と強いのか!
本物の戦場で練り上げた剛剣。
一手一手が女とは思える剛力、受けた手が痺れる程の強烈な一撃。
踏み込み鋭く電光石火、しかし組み打ち足払い蹴り技と技量もあり柔軟、読みも勘も恐ろしく、正に龍が如くである。
重久は思う。
この物の怪女の技を盗めば、自分はより高みへと、剣の極致へと近づける、と。
この歳で更に武人として成長ができるとは、重久にとって、これ程嬉しいことはなかった。
数十分の打ち合いの末に、互いの竹刀がへし折れ、今日のところはこれで終わろうと思った。
「シゲヒサ、だったな。示現流剣術、素晴らしい。とても参考になった」
「グロリア殿、礼を言うのはこちらじゃ。儂も久々に血が沸き立つ思いだった。ああ、剣とはこんなにも楽しいのかと、忘れていた何かを思い出せた気がする」
「また来ても良いか?」
「いつでも来い」
剣豪、島津重久。
人生最後の目標は、グロリアから一本取ることになりそうだ。
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「ありゃ強かぞ」
「本来の得物は大太刀じゃろうな」
「旦那殿も強か」
「嶺二殿は妖斬りの武士じゃ、人ォ斬るんは不得手じゃ言うとった」
「異国で妖斬りやっとったんじゃな」
「レイラちゃんとベータちゃんも良い子なのよー」
「そうなのよ、うちの孫と遊んでくれてねえ」
「おやつをくれたり、勉強を教えたりしてくれるのよ」
婆さん達がレイラとベータを褒める。
レイラとベータは、日々を特に何も考えずに生きている。
善良という訳ではないが、下心や悪心はない。
危害を加えられればやり返すが、コミュニケーションは普通に可能であり、子供や老人には優しくするくらいの分別はある。
そんなレイラ、ベータとの出会いは、こんな感じである。
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数少ない土井中村の子供達、山岡孝太郎、海老名俊輔、市川春人(11)は仲良し三人組。
日曜日の昼、暑くなってきた夏の午後。
三人は、お互いに近所に住んでいるので、集まって遊びに行くことに。
少ない小遣いと、水鉄砲、お母さんに持たされた麦茶入りの水筒を持って、外へ。
そろそろ始まる夏休みを楽しみに思いながら、土井中村の公園……、というには遊具が少なくてボロいやたらと広い公園(?)に遊びに行くのであった。
まあ、大体、数少ないクラスメイトの友達は、家の手伝いをしているか、この公園にたむろしているかのどちらかなので、公園に行けば大体誰かはいる。
テレビゲームをやることもあるが、この村の子供達は豊かな自然に触れながら外で遊ぶのが好きだったし、大人達もそれを推奨していた。
夏なので、みんな近くの海で遊ぶか、山に虫取りに行くかという選択肢もあるのだが、今日は公園で水遊びをしたい気分だった。
「わー!すげー!」
「おもしろーい!」
「きゃー!」
孝太郎は、いつもより盛り上がっている公園を見て、どうしたのかな?と思った。
この村の数少ない子供達が集まって、何やら騒いでいるのだ。
楽しいことなら自分も混ぜて欲しい。
孝太郎達は、男の子にしてはとても素直で、遊んで欲しい時に混ぜて欲しいとちゃんと言える子供だった。
「何やってんの?」
「鳥のねーちゃんと水のねーちゃんが遊んでくれるって!」
「?」
はて、鳥と水のねーちゃんとは誰のことだろうか?
休みの日なら、ねだれば大人達も遊んでくれる。
しかし、普段遊んでくれる大人の中に、鳥と水と呼ばれる人はいなかったはずだ。
孝太郎達は訝しんだ。
「どんな人?」
「鳥のねーちゃんは鳥で、空飛ぶの。水のねーちゃんはスライムで、水なの」
「うーん、分かんない!見に行こうぜ、俊輔、春人!」
「「おー!」」
公園に入ると、その名の通り、鳥と水のねーちゃんがいた。
両腕が鳥の羽で、猛禽のような脚を持つ女と、全身がスライムでできた女。
それを見て、孝太郎達は。
「「「すげーっ!!!」」」
大いに喜んだ。
「物の怪ウォッチじゃん!」
「物の怪だ!」
「おもしれー!」
基本的に、十歳といえば、日曜朝のスーパーヒーローの存在を信じ、お化けの存在を信じ、テレビアニメやゲームの世界はきっとどこかにあると信じていてもおかしくない、そんな年頃だ。
その上、田舎の土井中村では、あまりコンピュータネットワークも普及しておらず、村の子供達はスレていなかった。
「ねーちゃん達、誰?」
「私はレイラだよ。最近この村に旦那さんと引っ越してきたのー。よろしくねー」
「私は、ベータ。引っ越してきた」
「レイラねーちゃんとベータねーちゃんだな!俺、孝太郎!よろしくな!」
「俺は俊輔!」
「俺は春人!」
「うんうん、よろしくねー」
「よろしく」
孝太郎達は嬉しかった。
テレビアニメは本当のことだったのだから。
やっぱり、モンスターや物の怪はいるのだ。
「なあ、ねーちゃん達、暇なら一緒に遊んでよ!」
「いいよー」
「うん」
「じゃあ水遊びしよう!」
「いいよー、水魔法、あんまり得意じゃないけど、使えない訳じゃないしー」
「私は得意」
孝太郎達は水鉄砲を撃った。
「冷たーい、お返しだー!『ウォーターボール』!」
「『ウォーターショット』」
どこからともなく、水を出してぶつけてくる二人のねーちゃん。
「魔法だ!すげー!」
「もっとやって!もっと魔法見せて!」
「良いよー、『クリエイトアイス』『ウインド』『クリエイトゴーレム』」
「『イリュージョン』『ライト』『サウンドボム』」
孝太郎達、子供達は感動していた。
魔法だ。
魔法が見れたのだ。
「すげーっ!おもしれーっ!」
昼間はその調子でずっと、鳥と水のねーちゃんと遊んでいた。
「そうだ!ねーちゃん達、うちで晩御飯食べてきなよ!うちのかーちゃん、いつも作り過ぎちまうからさ!」
「良いよー」
「うん」
孝太郎は、自宅に二人を案内して……。
両親が腰を抜かしたのは、また別の話である。
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「最初は驚いたけど、外国人さんなのに言葉も上手で偉いわあ」
「大変に学もあるみたいで、うちの孫の勉強も見てくれるし、息子と夫の政治の話にも付き合ってくれるし、良い子だわ」
「旦那さんの嶺二さんもとっても素敵な人で……」
土井中村青年団は長話をする……。
高校時代あれほど勉強したはずの確率や順列組み合わせを全く覚えていなかった件。
何だっけ、階乗して……、階乗して……、どうすんだっけ?