ミッチェルさんは、どうやら、陸上が趣味で、アフターファイブや休日は短距離走の練習をするのが好きだったそうだ。
ミッチェルさんは34歳で、最高タイムは百メートルを13.67秒。
これは、まあ、結構足が速い人くらいの、常識的なレベルだ。
しかし、魔力操作を覚えたミッチェルさんが新たにタイムを測定すると、何と、百メートル11.44秒までタイムを縮められたらしい。
百メートル11.44秒がどれほど凄いのかと言うと、ムサイン・ボルテの世界記録が9.5秒、日本人女性トップの短距離走者のタイムが11.21秒。
つまり、スポーツ選手並と言うことになる。
これを知った英国トップタブロイド紙、WENは、これをスクープとして大々的に報道した。
タイトルはこうだ。
『Magic is real:Japanese hero is real』
デカデカと見出しに俺の写真とレイレイの名が載って、インタビューの詳細と、ミッチェルさんの身体能力が向上したこと、魔導具を譲渡されたこととその性能について書かれていた。
文脈から興奮が伝わってくるような内容で、「世界の革新」「新世界」「新たな人類」などと大層なことが書かれている。
WENはタブロイド版と電子版両方を同時に発売しているので、イギリスの内外にこの内容は伝わり、「Magic is real」が世界中で叫ばれ、ツブヤイターのトレンドのトップに躍り出た。
確かに、世界中に俺が認知されたが、まだ信じていない人が殆どだ。
中卒ユウチューバーという社会的信用がない立場も、更に信憑性を減らしている。
しかし、アメリカのテレビ局は俺を、近年売り出し中のスーパーユウチューバーとして、米国テレビ局のNTC(ニューヨークテレビチャンネル)の看板トーク番組である『The midnight show』に招きたいと連絡があった。
The midnight showと言えば……、確か、現在の司会者は元コメディアンのアラン・オブライエンで、有名人にちょっと過激な質問やら、プライベートな恋愛事情やらについて聞き出すトーク番組だな。
鋭い風刺をしたと思えば、たまに真面目なコメントをして、基本的にはふざけている番組だが、大人気だそうだ。
ついでにアメリカを観光する為に、長めに滞在したらどうか、と提案されたので、受ける。
動画の撮り溜めは二、三週間分くらいあるので、しばらくアメリカの観光をしようか。
実際、アメリカに興味はある。
一度は行ってみたかったしな。
嫁は連れて行けないが、まあその辺は仕方がない。
さて、大人しく飛行機に乗って移動するか。
『渡航目的は?』
『仕事と観光』
『滞在期間は?』
『三週間』
『宿泊先は?』
『決めていない』
『仕事なのに、宿泊先を決めていないのですか?』
『ああ。だから、まず最初にホテルを探すよ』
『……帰りの飛行機のチケットは?』
『まだ買ってない』
『……ご職業は何を?』
『ユウチューバー。今回はアメリカのテレビに呼ばれた。これが招待状』
招待状を見せる。
『……確認しました。まあ、良いでしょう、入国を許可します』
怪しまれたが、どうにかなった。
無事、アメリカに入国。
明日、テレビの収録がある。
軽く観光して、夜はデモンズネストに転移して寝る。
さて、アメリカで朝食を済ませる。
うっわ!
このドラマでよく見る台形の紙パックに入った中華、脂っこいなあ!こんな味なのか!
そりゃ太るわ。めっちゃ脂っこいもん。
味も濃い。
ジャンクフードって感じだな。
まあまあ美味いんじゃねえの?
勇者時代、食い物がなくて人の死体食ったこともあるから、それと比べたら何でも美味いけどな。
テレビスタジオで受付してと。
さあ、収録スタートだ。
『やあ!スーパーユウチューバーさん!私はスーパー司会のアラン・オブライエンです!』
元気良いな。
『こんにちは、Mr.オブライエン。俺はユウチューバーで元勇者のレイジ・ヨロイだ』
『あー……、ユウチューバーにしては、元気がないようですが?』
『長い戦いを経験して、他人に愛想を振りまく機能が壊れちゃったみたいだな』
『成る程、それなら仕方ありませんね。軍人にはよくあることと聞きます。では、早速ですが、魔法を見せていただくことは?』
『構わない。今この場で貴方の血液を沸騰させるとかどうだ?』
『ははは、それはとても恐ろしいです。そうですね、私の思う魔法は、ディスティニーランドのような万能の力です。則ち、光が舞うステッキを振って、質量保存の法則を無視して食べ物を出したりすることですね』
『ははあ、それはそれは。ステッキとはこのようなものかな?』
適当に魔法で木の棒を生み出す。
『オー、でも、ここまではマジック、手品の領域ですよ?それくらいのステッキなら袖に隠せます。質量保存の法則を無視できますか?』
挑発するような台詞だ。
『こうですかね?』
七面鳥の丸焼きを出す。
『オー!素晴らしい!……確かに、食べられます!これ、編集じゃありませんよ!』
七面鳥にナイフを入れ、肉を食べた司会。
スタッフが横から七面鳥を下げる。
『異世界でも七面鳥はご馳走なのですか?』
『異世界は、地域や人種によって大きく違いますが、俺を呼んだ王国ではご馳走扱いでしたよ。まあ、王国に食べさせてもらった記憶はありませんがね』
『あー……、本題に入りましょう。それで、勇者とは?私は一応、ルードオブザリングは見ましたが、あんな風に、旅の仲間と共に邪悪なモンスターとそれを率いる魔王と戦うのですか?』
ふむ。
『まず、誤解があるな。モンスターは人を殺したり犯したりするが、邪悪ではない。そういう生き物なんだ。そして、モンスターの頂点に立ち、無軌道に暴れるモンスターを指揮できるのが魔王なんだ』
『では、魔王との戦いは生存競争のようなものだったと?』
『そうだな。魔王は、世界をモンスターの支配する楽園へと作りかえようとしていた。だから戦った』
『しかし、貴方は異世界の人間に酷い目に遭わされて、亜人の為に戦ったと聞きます。何故ですか?』
『少なくとも、亜人達の国はまともだったからな』
『異世界の人間はまともではなかった?』
『異世界の人間はクズばかりだった』
『しかし、貴方も人類だ。同じ人類を助けようとは思わなかった?』
『アンタ達アメリカ人だって、同じ人類であるイスラム教のテロ組織と仲良くしてないだろう』
『それは……、テロ組織だからです』
『そうか。だとすると、異世界の人間は皆テロ組織だな』
『と言うと?』
『まず、奴隷制度。そして人身売買。異民族の虐殺。他国への侵略。少年兵の洗脳。身分制度。麻薬の流通。それらを神の名の下に行なっている』
『それは……、恐ろしいですね』
『こんなことがあった。地獄のような王国から逃げ出してすぐの話だ。俺は、道端で人攫いに捕まった少女を助けた』
『素晴らしいことです。貴方は良いことをした』
『その少女は、五年後に俺の元に現れた。どうしたと思う?』
『それは、お礼を言いに来たのでは?』
『違う。王国の依頼で俺を暗殺しに来たんだ』
『……それは』
『あの少女は、王国に洗脳された。俺に一度会ったことがあるなら、近付きやすいだろうと王侯貴族は考えたらしい。立派な暗殺者になって帰ってきた少女に寝込みを襲われたよ』
『……その少女はどうなりましたか?』
『自殺した。任務に失敗したら自殺するように命令されていたらしい』
『……どうにも、ならなかったのですか?』
『ああ。あれは駄目だな。薬で心を壊されていた。最後に、王国に洗脳され、命令されたことを吐いただけでも奇跡だ』
『………………』
『また、こんな話がある。王国から逃れ、逃亡生活を送っている頃の話だ。とある村に匿ってもらった。久々に屋根のある建物でベッドの上で眠れたし、生の野生動物の肉や虫、雑草以外を口にできた。しかし、夜に異変が起きた。何だと思う?』
『……分かりません』
『簡単な話だ。罠だったんだ。夜中、煙と熱に驚いて飛び起きると、俺の借りた家屋に火が放たれていた。村の住民達は、松明を持ち俺を現地の騎士に密告し、女子供ですら石を投げてきた』
『……そして、どうなりましたか?』
『逃げた。また、草むらの上で眠り、動物の生き血を啜って、虫や雑草を食う生活に逆戻りだ』
『………………』
『そして、亜人の国にたどり着いた。亜人達は、確かに悪い奴もいるが、概ねは優しかった。少なくとも、対価を払えば正当な権利が得られた』
『亜人の方が、相対的に、人間よりまともだったと?』
『その通りだ』
『……そのあと、人間の国とはどうなりましたか?』
『ああ、奴らは、俺が魔王を倒すくらいに強くなった頃には、擦り寄って来たよ。美辞麗句を並べ立て、取り込もうとしてきた』
『それは……、酷い。同じ人間とは思いたくない』
『まあ、その後は基本的にハニートラップの嵐だったな。でも笑える話だが、命令系統もガバガバでその上、命令されている女も簡単に金で転ぶんだ。だから、昨日までベッドの上で股を開いてきた女が、次の日はナイフを持って寝室に入ってくることが多々あったんだよ』
『いえ、その、笑えないです』
『まあ、魔王を倒したくらいの頃には、俺は大分疲れていたからな。ハニートラップだの暗殺だのじゃ心は動かなくなっていた』
『それは……、その、大変なことでしたね。逆に、何か明るい話題はないのですか?』
明るい話題ねえ。
今ちょっと101のアイツ、運び屋、将軍の協力者としてウェイストランドを駆け巡り、フォールアウト体系のあらゆる技術と技能を得た究極のウェイストランドワンダラーが、部下チームとコンパニオン連れてハルケギニアに転移する話書いてるんだけどもうすでに設定からして無茶苦茶で草も生えない。