帰りたいー!!!
The midnight showが放映された次の日。
俺はまだ、アメリカにいた。
毎朝、ドーナツ屋でクソ甘いドーナツを二つと、クソ苦いコーヒーを一杯楽しんだのちに、ニューヨークの公立図書館で、日本では手に入らなかった本や論文の類を好きなだけ読んで、昼はデカいハンバーグとコーラ、そして、図書館の閉館時間になると、デモンズネストに帰って寝る。
一週間ほど、そんな生活をしていた。
だがまあ、この図書館の目ぼしい本には全て目を通したな。
今日からは普通に観光するか。
そうだ、夜中に飛行魔法で空を飛び、エンパイアステートビルを撮影するのも良いかもしれない。
『強盗だ!金を出せ!』
『キャーーー!!!』
『助けてーーー!!!』
ふむ。
動画の内容は変更だ。
題して、『銀行強盗倒してみた』で行こう。
俺は、私服の鎧とマントで、人だかりをかき分けて前に進む。
『何があった?』
『立てこもりだ、銀行強盗が人質をとって、銀行の中に!すでに二人撃たれたらしい』
とのことなので、銀行のドアを普通に開く。
もちろん、一斉に銃弾が飛んでくるが、時間停止で弾を受け止める。
『……ジーザス』
度肝を抜かれて狼狽える強盗達。俺は空中に静止した弾丸を手で払いのけると、ゆっくりと挨拶した。
『ハロー、ナイストゥーミューチュー。神に祈れ、悪党共』
『う、撃て!』
『おっと、そりゃ駄目だ』
テレキネシスの魔法で銃を取り上げて、へし折る。
『な、何なんだお前は?!!』
『ユウチューバーさ』
『う、動くんじゃあねえ!!!』
おっと、人質の首にナイフを向けている。
『動かないとも』
『そのまま動くなよ……!おい、早く殺せ!』
ナイフを持った強盗の一人が近づいて、俺の喉にナイフを突き立てた。
『ひ、ひひっ、お前が悪いんだぜ!……あ、ああ?!』
ナイフは弾かれた。
『はい残念。それじゃあ、ナイフも没収だ』
ナイフを魔法で取り上げて、折る。
『は、はひっ、ひぃ!!』
『どうする?素手で強盗してみるか?』
『に、逃げろ!敵わねえ!』
「『チェーンバインド』」
光の鎖で拘束する。
『あああっあっ』
五人の強盗は完全に無力化された。
俺は、銀行員に、半日もすれば拘束が解けるから、早く警察を呼んだ方がいいと助言して、帰ろうとする。
その時。
『まっ、待ってくれ!』
人質の男に話しかけられた。
ん?
よく見ると、この男は……。
『Dr.ビザー……、スコット・ホールデンか』
スコット・ホールデン。
イギリス出身の人気俳優。
最近は、マーベラスコミックの映画化版シリーズの、『Dr.ビザー』に主役として抜擢された。Dr.ビザー2の撮影も近々予定されているらしい。
Dr.ビザーとは、米国で大人気の漫画雑誌、マーベラスコミックの看板ヒーローの一人だ。
あらすじはこうだ。
三十二歳という若さでアメリカ最大の大学『ユークリッド大学』で教授になった若き天才、『トーマス・ビザー』は、ある日、全く新しいエネルギーを発見した。
そのエネルギーは、どんな生物、物質、空間にも宿り、大きな力を発している。トーマスは嬉々としてそれを論文にし、学会に発表したが、学会には認められず、ついにはインチキ呼ばわりされ、学会から追放された。
失意のトーマスは、教授をクビになり、恋人にも振られた。どうにか、手元に、その新しいエネルギーを感じる測定器は残ったが、他はもう何もなかった。
それでも諦めきれず、少ない金をやり繰りして、測定器片手に世界を回って、個人的に研究をしていた。
そんなある日、イギリスにて、異様なエネルギー量を発する男を発見する。
トーマスは、その男を夢中で追いかけた。すると、気が付けば、森の中にある城に来ていた。
困惑するトーマスは、異様なエネルギー量の男に話しかける。
その男は、大魔導師マーリンと名乗った。
マーリンは言った。「お前が見つけた新しいエネルギーとは、マナのことだ。マナは魔法の力、万物に宿る」と。
トーマスは、自分の学説が正しかっとことを証明するため、自ら魔導師への道を進むことにした……。
って感じか。
最初は、研究の為に学んでいた魔法だが、天才的なトーマスの頭脳をもってしても、奥が深く、トーマスは魔法にのめり込んでいく。
そして、魔法を学ぶうちに、その力の大きさと危険性を知り、悪魔や悪の魔法使いについて知ると、自分の学説を証明することよりも、無辜の人々をこの力から守りたいと考えるようになる。
そして、魔法使いヒーロー、Dr.ビザーとなり、悪魔や悪の魔法使いと戦っていく、という内容だ。
マーベラスコミックの中でも、かなり初期の方に作られたヒーローだな。
他に看板ヒーローと言えば、キャプテンマーベラス、アルジュナ、スチールナイト、ギガス、ウルフマン、それとキングオブソロモンとグレートファイブ、カオスエッジ、トリトン、ジャックポット辺りが有名だろう。
さて、俳優であるスコットは、俺に何の用だろうか?
『君のことは知っている。本物の魔法使いだ』
『それで?』
『魔法を教えて欲しい』
ふむ。
『何故だ?』
『これはオフレコなんだが、今年は、マーベラスヒーローが大集合して、最強のヴィランズと戦う映画、アドベンチャーズ・ワールドウォーの撮影が予定されている』
ふむふむ。
『僕は、Dr.ビザー役で出演する予定だ。今回は大作になる。だから、何か新しいことを取り入れたいんだ。例えば、本物の魔法とか』
『撮影に協力しろと?』
『もちろん、監督にかけあって、賃金も渡す』
『うーん』
『なあ、頼むよ。僕はDr.ビザーなんだ。映画を観る人達の期待に応えたいんだ』
『ああ、いや、それは構わないが、俺はあと二週間しか滞在できないんだよ』
『二週間で、僕をどれだけ鍛えられる?』
『一般人にとって、地獄のような特訓をこなせば、まあ、映画のDr.ビザーの三分の一くらいにはできると思う』
『じゃあ、そうしてくれ。例え三分の一でも、Dr.ビザーに近付いて、監督にそれを証明できれば、みんなが君の価値に気付くはずだ』
『それで?』
『僕がDr.ビザーに近付いたことを証明して、みんながそれを認めれば、マーベラスコミックから正式にオファーが来ると思う。そうすれば、労働ビザで半年から一年はアメリカに居られると思う』
ふむ。
『俺には、ユウチューバーとしての活動がある』
『もちろん、拘束時間は限りなく少なくするし、なんなら、映画の撮影の裏側を撮って、ユウチューブに投稿してもらっても構わない』
ふむ?
『まあ、半年くらいなら良いぞ』
『ありがとう!』
『じゃあ、早速、訓練するか。ハリヴッドスターなんだから、広い私有地くらい持っているだろ?そこに案内しろ』
『分かった。ペンシルベニアに広い別荘がある』
『どっちだ?』
『え?ああ、あっちかな?』
『飛ぶぞ』
スコットを引っ張り、空を飛ぶ。
『うわあああーーー!!!』
『生きた心地がしなかった』
『あの程度でへばると、これからの修行で精神崩壊するぞ』
『そんなに?』
『厳しくやるんだろ?食事排泄睡眠なしで二週間修行だ』
『死ぬんじゃ?』
『魔法で死なない様にしてやる』
スコットは、やってしまったかもしれない、という様な顔をしている。
いや、本気で訓練しろって言うから。
あと三十話くらいで亜人国家の大陸召喚。
だが、そこから先は何も考えていないんだ!