ピザーラの方が美味いかも?
でもコスパは良い。
民宿『勇者』の説明を軽くしよう。
まず、従業員用の部屋を除いて、客室は十部屋。
民宿にしてはデカすぎるが、面倒なので民宿と言い張っておく。
三階建てで、客室は一部屋十畳ほど。
部屋のレイアウトは、シングルベッド二つと木製のクローゼット、小物入れ、そして金庫。ランプと、冷蔵庫、コンロ、内線電話。トイレとシャワー室は別々にある。
普通では?と思われるかもしれないが、これは全部魔導具である。
冷蔵庫は氷系の魔法で冷やされており、コンロも火魔法、ベッドには安眠できるように、若干の回復魔法がエンチャントされている。部屋そのものにもエアーコントロールの魔法がエンチャントされており、いつでも快適である。
ネットも繋がるが、流石にこれは魔法関係ない。テレビもあるが、これも魔法は関係ない。
それと小物に、中身がなくならないティーポット、無限に水を吸うタオル、無限にクッキーを生成するお菓子箱、なくならないティッシュ、トイレットペーパー、開くとアメニティグッズが無限に出てくる棚などなど。
因みに、家族用のもうちょっと広くてベッドが多い部屋も二つある。
風呂は大きめの浴場が男女に分かれて一階にある。
それと、食堂、書庫、受付、倉庫、従業員部屋。
あとは、メイドが基本的には八人ほど常時滞在していて、頼めば大体なんでもやってくれる。
例えば、服を洗濯したいと言えば、魔法でその場で洗浄するし、夜中に呼びつけてマッサージもOK、アイロンがけから子守、夜食のルームサービス、チェスの相手、何でもやる。
ただし、性的なサービスは駄目だ。法律的に。メイドのサービスは、法律に違反しない程度の範囲で何でもやってくれるのだ。
食事は朝晩、昼も言えば出す。
メニューは、地元のジビエ、魚介、野菜を中心に、基本洋風に。
旬の熊肉とか美味いぞ!
さて、説明はこれくらいにして。
「民宿勇者、開店しますー!」
開店した。
初のお客さんは二十人だ。
さて、メイドが受け付けする。
「南裕太様、涼子様夫妻ですね」
「「えっ、名乗ってないのに……?」」
「受け付けの任を賜っております私には、リードシンクの魔法がダウンロードされております」
「は、はあ」
「お二人は観光目的で、害意はないようですので、宿泊を許可します。料金は、お一人様当たり六千円になります」
「あ、はい」
「お支払いを確認いたしました。お部屋は二階の101号室になります。こちらが鍵です。鍵をなくされた場合など、問題がありましたら、内線にお電話を頂けますと幸いです」
「あ、ありがとうございます?じゃ、じゃあ、行くか、涼子」
「え、ええ」
「次の方」
流石メイド、つつがない。
そつなくこなす。
「山田親太朗デす」
「中国共産党工作員、李涛様ですね」
「ナ、何を言ってイる?!!」
「本民宿において、悪意のあるお客様は、宿泊をお断りさせていただいております。お引き取りください」
「キ、貴様!」
「お引き取りください」
「わ、私ハ日本人だ!」
「お引き取りください」
五分後、工作員は諦めて帰っていった。
「オ、覚えていろ!」
んー、やっぱり、リードシンクをダウンロードさせておいて正解だったな。
これなら任せても平気だろう。
さて、動画でも撮り溜めておくか……。
×××××××××××××××
俺はフリーランスのカメラマン、南裕太。
今日は、妻の涼子と一緒に、旅行に来た。
土井中村という、北海道南部の田舎だが、最近、話題のユウチューバーが民宿を作ったと聞いて、宿泊してみることにしたんだ。
元々、田舎町に旅行することは多かった。
何分、俺自身も田舎で生まれ育ったから、長閑な雰囲気と綺麗な空気のあるところにはよく行くことにしている。
貯蓄はあまりないのだが、数ヶ月に一度、国内の民宿に泊まるくらいなら、さほど痛い出費じゃないし、若いうちに妻との思い出をたくさん作りたいと思って、色々な田舎町を回っている。
それに、こういう田舎でこそ、いい写真が撮れたりもするんだ。
半分仕事だよ。
妻も、フリーランスのデザイナーで、ペンタブレットを持ち歩いているので、どこでも仕事ができるといえばできるしな。
さて、やたらと無機質で人間とは思えないメイドさんにもらった、西洋風の鍵で、指定された101号室のドアを開く。
「……おお!」
民宿と言っておきながら、部屋の中身は完全に洋風だった。
ホテルとはまた違う、異国情緒とも違う、異世界的な……、悪く言えば古めかしい雰囲気の部屋だった。
「あら、結構広くて、良い部屋じゃない」
妻は気に入ったようだ。
「さてと、何があるかなーっと!」
「ああ、はしたないよ、涼子……」
「何よー、良いじゃない!こういう民宿の冷蔵庫の中にある、ちょっと高いジュースが無性に飲みたくなるものなのよ!」
まあ、一理あるのかなあ?
「……あれ?この冷蔵庫、コンセントがない?」
え?
「あれ?!でも、中身が冷たい?!!」
「おいおい……、見えないところにコンセントがあるだけだろ?」
「そ、そうよね。中身は……、あら!オレンジジュースとりんごジュース、この村のお神酒もあるわよ!しかも無料!」
む。
村のお神酒はちょっと興味あるな。
夜にいただこう。
「無料なんだし、もらっちゃいましょ!はい、貴方の分」
「あ、ありがと」
……あ、百パーセントだ。
「あら?何か書いてあるわ。何々……、食品関係は衛生法から異世界的なものはお出しできません、予めご了承ください、ですって」
成る程?
確か、ここの経営者は異世界に行って帰ってきたとか。
まあ、そんなこともある、のか?
「……あら?え?あら?」
「今度はどうしたんだ?」
「そ、その、今、冷蔵庫から取り出したジュースがね、補充されてるみたいなんだけど……?」
「え?」
「ちょ、ちょっと見てて?まず、ここに一本あるわよね?」
あるな。
「取るわよ?」
なくなった。
「そして、一度冷蔵庫を閉めてから開けると……」
「あ、あれ?!補充されてる?!」
ど、どうなってるんだこれ?!
「と、取り敢えず、貴重品を金庫に入れよう」
「え、ええ、そうね」
理解を放棄して、金庫を開ける。
「注意書きがあるわ。ええと……、魔力紋読み取り式金庫。貴重品を入れる前に金庫に触れて下さい、ですって」
「魔力紋って何だよ?」
「さあ……?指紋みたいな?」
ま、まあ、部屋の鍵が閉まれば問題ないだろう。
取り敢えず、ノートパソコンなんかをしまっておく。
「じゃあ、村の観光に行かないか?」
「ええ、そうね」
そう言うことになった。
土井中村は、山と海に面した広い村だ。
畑も多いし、村は全体的に清潔だ。
そう言えば、昼ご飯がまだだったな。
出かける前に受付のメイドさんに尋ねる。
「あの、この辺でオススメの定食屋とかありますか?」
「こちらの町内マップをご覧ください。ここが漁師御用達の定食屋、ここがラーメン屋、ここが蕎麦屋、ここがカフェになっております。また、商店街には、立ち食い可能な軽食の販売や、弁当屋も存在しています。お申し付けていただければ、我々が軽食を作ることも可能ですし、カップ麺なども無料で提供致します。出前専門の寿司屋などもありますが、原則、お客様による食品の持ち込みは禁止させていただいております」
「え?サービス良過ぎない?」
「恐縮でございます」
「ま、まあ、今回は定食屋に行くよ」
「案内の者をお付けしましょうか?」
「い、いや、大丈夫です」
そんなこんなで定食屋へ。
「あ、良かった、定食屋は普通ね」
「はいよ、いらっしゃい!」
元気の良いおばさんに招き入れられる。
「見ない顔ねえ、旅行の人?」
「あ、はい」
「あらあら、この村、特に何もないけれど、ゆっくりしていってね!メニューはこれね!」
メニューは……、多めかな?
海鮮丼、刺身定食、魚介フライ定食、煮魚定食、焼肉定食、唐揚げ定食、角煮定食、焼きそば……。
どれも良さそうだけど、俺は今回は。
「じゃあ、俺は海鮮丼で」
「私は魚介フライ定食を」
「はいよ!大盛り?」
「「あ、いえ、中盛りで」」
「良いのかい?大盛り無料なんだよ?」
「その、あんまり食べられる方じゃなくて」
「まあ、良いのよ!今の時代、少食の人も多いものね!海鮮丼一丁、フライ一丁!」
キッチンに注文を伝えたおばさん。
「お二人はご夫婦なの?」
「あ、はい」
「あら!新婚さん?」
「ええと、今年で三年くらいですね」
「まあ、良いわねえ!どこから来たの?」
「長崎です」
「遠くから来たのねえ。やっぱり、鎧さん家を見に来たの?」
「あ、いえ、別に鎧さんは関係ないですね。ただ、こういう長閑なところの民宿が好きで……」
「若いうちは旅行とかした方が良いわよねえ。お仕事は?」
「フリーのカメラマンです」
「まあ、そうなの?なら、許可なく鎧さんを撮っちゃ駄目よ。魔法でカメラを壊されるわよ」
「そうなんですか?」
「そうなのよ!全く、マスコミの人達には困っちゃうわ!許可も取らずに勝手に写真を撮って、あることないこと何でも書くんだから!」
「気をつけます」
あ、ご飯がきた。
ええと、小鉢に白菜の浅漬け、豆腐とわかめの味噌汁、海鮮丼はマグロ、サーモン、エビ、いくら、ウニと豪華!これで八百円って安いな!
「「いただきます」」
「はい、召し上がれ!」
「「……美味しい!」」
やっぱり、海が近いだけあって、魚介が新鮮で美味しい!
大満足だ!
……大盛りにしても良かったかもしれないかな?
うーん、現代ダンジョンローファンにしたいのだが、道のりは遠い。