アンドレ・ペレイラ。
国連事務総長。
59歳、ポルトガル人、男性。
彼は、流暢な英語で、マイクに言い放った。
『では、亜人大陸についての会議と答弁を始めます』
そう、ここはニューヨークのマンハッタン。
国連の総会である。
各国の代表達は、とてもこの場に相応しい態度とは思えないくらいに騒いでいる。
それもそのはず、「亜人」が来たからだ。
……三ヶ月前、突然、太平洋上に大陸と、もう一つの月が現れた。
その大陸には、軌道エレベーターが生えた中世後期ほどの街があった。
まあ、もちろん、埒外のことである。
誰もが唖然とした。
取り敢えずと調査団を派遣しても、見えない壁により大陸には侵入できず、飛行機は見えない壁にぶつかって墜落した。
そして、戦闘機ほどの速さで空を飛ぶドラゴンが世界中を飛び回り、新大陸から人工衛星らしきものが多数発射されると、新大陸は沈黙した。
そして三ヶ月後、件の魔法使い、鎧嶺二のSNSにて、新大陸は、亜人の大陸であると発表……。
まあ、もちろん、誰もが理解を拒んだ。
確かに、各国は、自国の放ったスパイから、日本の土井中村に悍ましい人外が住んでいて、魔法という怪しげなもので人間を改造していることは知っていた。
だが、そんな悍ましい人外が三億もいる国があると聞き、各国は理解することを放棄した。
今回は、国連の要請から、亜人大陸からの六人の外交官が現れた。
しかし、本来は、亜人などという得体の知れないものと会うなんてごめんだった。
それが、民族の違い、肌の色の違いで差別し合う殆どの人間の総意であった。
幸い、この国連総会に来ている代表者達は、表立って人種差別をすることはないが、心の奥底では、他民族を見下している代表者も少なからず存在している。
事実、中韓の代表者は、露骨に差別的な目線を隠そうともしていない。
中華思想から、亜人などという得体の知れない化け物は見下していいと思い込んでいるのだ。
白人の国、アメリカや欧州も、肌の色どころか、人間ですらない亜人の存在には度肝が抜かれてしまう。
中東国家の代表者達の差別的な目線も顕著である。彼らが信じるイスラムの神の理に反する人外は悪だからだ。
そんな差別的な視線の中でも、亜人国家の代表者達は、実に堂々とした態度で自己紹介をした。
『ベスティエ代表、猫人族のスピカ・クーベルメでございますにゃ』
猫の耳と尻尾、縦に割れた瞳孔を持つ、灰色の髪の女が言った。
『ウルフェンロア代表、星水族のメルドネシア・クインテッサ・イル・ベドラギカでございますわ』
真っ黒なコールタールに黄色い眼球が多数、灰色の肌をもつ、人間の女の形をしたスライムが言った。
『ティルナノグ代表、蜻人族のアリラリ・ベコンです』
トンボの羽、甲殻に覆われた手足、複眼と、エイリアンのような口を持つ男が言った。
『アクアレギス代表、魚人族のスルジャヤ=ヤー・マルですヨ』
青い肌、手足に鱗、水掻き、耳の代わりにヒレのある男が言った。
『ネクロニア代表、首無族のアンドレイ・クルシオンである』
首を小脇に抱えた、首無し男が言った。
『ドラゴニア代表、炎龍族のガンデンツァ・グシオンだ』
赤い鱗のある手足、爬虫類の尻尾、羽、角を持つ男が言った。
何とも恐ろしげな、人外達である。
亜人達の主張は、亜人大陸とその排他的経済水域における主権についてのことだった。
また、バリアを張っているので、他国は侵入不可能であることも言った。特に、しつこく船や飛行機で突っ込んでくる、中韓とロシアについては、名指しで忠告をしてきた。
『ふざけるな!人間でもない化け物の主権など認めるか!』
中国はこれに対して、このように返した。
『無主地占有により、我が国の領土にするのだ!』
と、前回の国連総会で無主地占有を認めないと宣言したはずの中国代表が、亜人大陸を明渡せと「宣告」してきた。
『話にならないにゃあ……、お前馬鹿にゃ?ウソつきは政治家に向いてないにゃ』
ベスティエ代表は正直者だった。
『な、何だと?!貴様!!!』
『私は、あらかじめ、我々の勇者様から話を聞いてあるにゃ。その話によると、勇者様のデモンズネストも認めていないらしいにゃ?』
『やはり、あの、国際テロリストの鎧嶺二の関係者か!』
『現在進行形で異民族を虐殺している中国共産党の方がおかしいにゃ!勇者様も、私達亜人国家も、この地球とかいう世界なんて簡単に滅ぼせるにゃ!だけど、私達は、文明的な生活をする知的生命体にゃ!武力での解決ではなく、対話での解決を目指したいにゃ!なのに、そちら側から交渉を打ち切るなんて考えられにゃいにゃ!』
『ふん!分からないと思っているのか?そちら側の国の技術力は把握している!街中で馬を走らせるような後進国など、国連軍の相手にならない!軌道エレベータもハリボテだ!』
『はぁ?……あー、軍事衛星ってやつを見て、勘違いしちゃったかにゃ?中国は色々な国のお下がりの兵器や劣化コピーをたくさん持っているみたいにゃけど……、そんなものでベスティエに勝てると思ってるのかにゃあ……。人間って、なんでいつも亜人に勝てると自信満々で思ってるんだろうにゃあ……?』
『中世レベルの非文明的な野蛮人が国などと馬鹿げたことを言うな!亜人とやらは即刻大陸から出て行け!』
『なんでお前らにうちの国をやらなきゃならないにゃ』
『地球にあるものは地球の人間のものだ!』
中国の代表は大暴れした。
それもそのはず、太平洋のど真ん中の大陸が欲しくてたまらないからだ。
太平洋のど真ん中の大陸があれば、アメリカへの侵攻も容易になり、排他的経済水域も激増するからだ。
何としてでも、亜人大陸を奪い取りたい中国は、攻勢に出ている。
亜人国家の代表者達は、これを見て、明らかに落胆している。
この世界の人間達も、対話ができないのかと、がっかりしているのだ。
前の世界でも、亜人達は、人間に対して対話で解決しようと交渉を試みていたが、人間側は裏切るか交渉を打ち切るかのどちらかだった。
『我々を国家として認めないという国は、中国の他にありますか?』
ティルナノグ代表が言った。
ざわつきながらも、中東系イスラム国家、中国と韓国、南米、アフリカ諸国などの一部国家が、亜人国家を国家として認めないと声明を出した。
欧州、アメリカ、日本、ロシア辺りは様子見で、即答はできないと言葉を濁した。
『はい、分かりました。では、そのような国家とは、我々は交渉しません』
『何だと?!』
騒つく各国の代表を無視して、亜人の代表達は言葉を続ける。
『我々は、この世界の各国の歴史書やインターネットから情報を集め、その結果、この世界の人間は非常に好戦的で危険な存在であると考えています』
『同族に核ミサイルなどという大量破壊兵器を使う、異民族を虐殺する、奴隷にする。そんなことをつい数百年前までやっていたそうではないか』
『確かに、我々も、数万年前は多数の氏族に分かれて戦争をしていたが、この世界の人間はつい最近まで残虐な行為をしていたらしいな』
『さっきも言ったけど、私達亜人は、核ミサイルや原子力空母なんてものより強い兵器がたくさんあるにゃ。それでも、侵略をせずに対話をしたいと言っているにゃ?なのに、最初から交渉のテーブルにつかないような奴らはもう知らんにゃあ』
『我々を認めない国家についてハ、国交をしませン。そもそも、勘違いしているようですガ、我々は食料自給率モ、必需品の生産モ、全て自国内で可能でス。国交をする意味がないのに国交について話すと言うことハ、歩み寄りの姿勢であり、こちら側の善意であることに留意して下さイ』
『つまり、まとめると、私達は国交をせずとも、三億の民を養えるのですわ。それでも国交を結ぼうとするのは、この世界にいきなりやってきたものとして、最低限のマナーを果たそうとしているだけのことですの。ですから、最初から交渉のテーブルにつかない国家については、「知りません」わね』
何様のつもりだと声が上がる議事堂を、冷たい目で見つめる亜人代表ら。
そのまま、亜人代表達は、言いたいことを言い、質問に答えて、「宣告」を無視して帰っていった。
その後、遠い未来で。
この地球の歴史家達は、皆口を揃えてこの会議が時代の割れ目だったと言った。
ここで、亜人を受け入れられるかが、その国家の行く末を左右した、と……。
ギルド物語2、ドラゴンが強過ぎる。