「おー、デッケエな!持って帰るぞ!テメエら、働け!」
虎の男……、バグネル大佐は、指揮を執って、シーサーペントという怪物の一部を回収した。
それも、兵士達が泳いで、海面に沈んでいくシーサーペントの胴体を剣でぶつ切りにして、ガレオン船の甲板に投げてよこしたのだ。
何故、一メートル程の刃渡りの刃物で、直径二メートルはあるであろうシーサーペントの胴体を両断できるのか。
何故、恐らくは数トンはあろう肉の塊を水中で持ち上げて浮上できたのか。
全ては謎であるが、少なくとも、亜人は物理法則が通用しない相手であることは理解できた。
「はい、どうぞー」
魔法使い、狐の女性、ゾラ中佐から、春巻きのようなものを渡される。
「これは?」
「シーサーペントよ?」
「?!人間が食べて良いものなのでしょうか?」
「平気よー、シーサーペントは全種族共通で食べられるものよ?」
「わ、分かりました……」
万一のことを考えて、医療班がこっそりと動く。
食べるのは、私を含めて、使節団のうち、三分の一の人間だ。
こんがりきつね色に揚がった春巻きの断面には、青白い肉と白いチーズのようなとろりとした何かが入っている。
ナイフを入れた感覚は、うなぎのような肉質だ。
恐る恐る口に運ぶ……。
「……あれ?普通に美味しい?」
味は、外国産のうなぎのような感じだ。旨味や脂身は少なく野性的で、少々弾力がある。春巻きの皮自体は、パリッとしていて、小麦の香りが強め。チーズはスモーキーな匂いが人を選ぶが、許容範囲内の臭みだ。
普通に……、普通に美味しいんだが?
大事をとって、少量だけいただいて、その後経過を見たが、身体に異常は見られなかった。
そして、しばらくして、獣の国「ベスティエ」と呼ばれる地の港へ到着した……。
ベスティエの港は、大航海時代のような、木組みの足場が、大量にあった。
しかし、よく見てみれば、木製の足場は全く劣化が見られず、隙間なくぴっちりと木材が並べられており、上に乗っても抜群の安定感で平らだ。
「おお……」
見たことのない極彩色の海鳥が空を飛び、空を飛ぶ大陸が遠目に見え、日本の港とは少し違う潮の香りが漂う。
沢山の亜人で賑わっている港には、野次馬と、恐らくは軍隊と思われる、革鎧の人々が待ち構えていた。
私は、船から降りて、前に立つ、一際鎧が豪華な、金色の羽を広げている軍人に挨拶をした。
「日本国、外務大臣の河内次郎です」
「ベスティエ陸軍大佐、鷲獅族のグルガリオ・ヤトラキだ」
握手は……、しないようだな。
握手という文化がないのかもしれない。
ヤトラキ大佐は、背中に黄金の鳥の翼と、肉球のある金色の毛が生えた手足、そして、猛禽のような金色の縦に割れた瞳孔の瞳を持っている。
黒いマントに赤い鎧を身に纏い、兜を小脇に抱えている。腰の両側には、湾曲したサーベルを一対、帯刀している。
ヤトラキ大佐は、バグネル大佐とゾラ中佐と少し話した後に、私達に言った。
「俺は、王から貴様らの護衛を命じられた。要人護衛用の部隊も数十人連れてきたから、安全は保障してやる」
高圧的な言葉だが、態度は軍人然としており、隔意や差別的な視線は感じない。
ただ単に、敬語という文化がないだけのように感じられる。
「貴様らの案内役は貴族であり、軍人でもあるこの俺が最適だと判断された。とりあえず、王都まで移動するからついてこい」
「は、はい」
「その、ここは?」
「転移門だ」
ヤトラキ大佐は端的に答える。
黙って歩くヤトラキ大佐についていった先は、石造りの建物だった。
パルテノン神殿のような、彫刻がされた石の壁に、柱があり、亜人達が並んでいる。
「転移門、ですか?」
「お前達人間の言葉では、空港が近いだろうな」
「飛行機のようなものに乗って移動を?」
「いや、魔法で転移する」
転移……、ワープ?
「俺は空間魔法学は初歩しか知らないから、詳しい原理の説明はできん。ただ、ここには、各都市に繋がる扉があるとだけ知っていれば良い」
なんて事だ、そう来るか。
各都市を一瞬で移動できるならば、飛行機や車なんて必要ない!
そりゃあ、移動手段が馬でもおかしくないな……。
後進国などとんでもない、各地にワープできるなら、物流面の発達は凄まじいだろうな。
しかし、安全面はどうなのだろうか……?
「転移門は数十万年以上の間、誤作動や事故がなかった。安全だ」
な、成る程……?
そして、一瞬で王都に移動した私達は、そのままヤトラキ大佐の案内の下、城内に通された。
外務大臣として、仕事の関係で外国に行ったことが何度もあるし、色々な国の城を見てきたが、このように常識の範囲外の大きさの城には度肝が抜かれた……。
おかしいだろう?!
あまりにも大き過ぎて、天辺が見えない!
ウィンザー城の数倍の大きさは確実だ……。
白亜の石でできているようだが、どう考えても自重で崩壊するだろうに!
外見は病的なまでに白い。
門も、壁も、屋根も、全てが真っ白の、尖った屋根が特徴的な城だ。
明らかにトン単位はあるであろう、白い金属の門が開き、中に案内される。
そして、城内を数キロ程歩き、玉座の間へ。
壮年の男だ。
長い白髪は長さだけでなく量も凄まじく、顎髭と相まって、まるでライオンのたてがみのようだ。
獣の白い毛の手足と尻尾、金色の瞳。
整った顔は威厳に満ちており、神様だと言われても納得できるような、まさに偉大としか言いようのない風格を感じる。
服装は、革や布の服だが、金糸の飾りや刺繍、漆黒のマントが、王であることを言外に伝えてくる。
あまりの迫力に、私は言葉を失っていた……。
「……人間よ、何の用だ?」
「はっ?!し、失礼しました!私は日本国の外務大臣、河内次郎でございます!」
「そうか……。ならば我も名乗ろう。我の名は、ライオネル・レオンハルト……、このベスティエの王である。すまんが、今回の転移の件で我は忙しい。端的に用事を言え」
……ここは、世辞やおためごかしを言う場面ではないな。
「日本と亜人国家の間で、友好条約を締結したいと考えています。主権・領土の相互尊重、相互不可侵、相互内政不干渉。これを中心に、細かな内容については……」
手元の文書を読む。
「その文書をよこせ」
「は、はい」
文書を渡そうとすると、見えない何かに引っ張られるように文書を奪われる。
そして、ライオネル王は、文書を軽く捲ると、見えない何かで文書を突き返してきた。
「……ふむ」
たったの十秒ほどの出来事だった。
「良いだろう、友好条約とやらに異存はない」
「は……?し、しかし、後で撤回されたり」
「我に二言はない。他には?」
く……、や、やり辛い!
「その、日本の大使館の設置などは……?」
「大使館……、貴様の国の人間の駐在を許せと?」
「は、はい……、不可能でしょうか?」
「大使館とやらの運営資金を払えるのか?」
それは……、確かに、亜人国家の金銭はないし、手に入る予定もない……。
だが、大使館を設置しない訳にも……。
「日本国については、少し学んだ。だが、日本国の文化はまだしも、技術は欲しいとは思わんな」
「そ、それは……」
「どうやら、地球には、我々亜人にとって価値のあるものがあまりないようだな」
「……大使館の設置については、考え直させていただきます」
無理、か。
「む……?いや、それは構わんが。大使館とやらの運営資金は、日本円で数億円程度のものであろう?その程度の端金ならくれてやる。王都に大使館とやらを設置するが良い」
「は……?ええと、借金をしろと……?」
「借金?馬鹿を言うな、たかが建物の運営費と食費、そして小遣いをくれてやる程度で、借用書などわざわざ作るものか。我がそこまで狭量に見えるのか?」
「い、いえ!とんでもございません!し、しかし、一方的に借りるばかりでは……」
「構わん。亜人国家は、そちらの国で言う、ベーシックインカムを導入しているのだ。数人人が増えたところで誤差だ」
ベーシックインカム?!
なんて豊かな国なんだ……。
石油でも出るのだろうか?
「既にアメリカ国とやらには、大使館を作ってやった。日本国にもくれてやる」
「わ、分かりました……」
「他に用は?」
「条約についての詳しい内容は……」
「グルガリオと話せ。彼奴に全て任せると伝えてある」
「は、はい」
「他に用は?」
「あ、有りません……」
「では、部屋に戻れ」
「あ、その、滞在期間はどれくらい……?」
「好きにしろ。百年でも千年でもいれば良い」
「ありがとうございます……?」
「他に用は?」
「もう大丈夫です、失礼します……」
「うむ」
どうするか……。
大使館の土地と建設費、大使の諸経費を全額負担の約束……。
しかも借金なし。
政治的には大成功かもしれないが……。
ヤトラキ大佐と、日獣友好条約について煮詰めて、三日間の会談。
獣国と日本語表記されるベスティエは、関税について全てこちら側の要求を飲んだ。
何を考えているのか全くわからない……。
関税は適正な価格にしたとは思っているが、一言も下げろと言わずに、逆にベスティエ側は大して関税をかけずに、ハイスピードで話が終わった……。
まあ良い、上手くいったなら、素直に喜んでおこう。
私の外務大臣としての仕事はここまでだ。
どうやら、他にも亜人の大国が五つあり、その他にも大国内に小国があるような形になっているそうだが、他の国とはEUのように密接な関係にあるらしく、それぞれの国から外交官が現れ、友好条約にサインをしていった。
帰国して、報告をし、大使館の人員を選定しなければ……。
シャンフロ、ギスオンはいつ読んでも面白いなあ!
異世界食堂、異世界居酒屋、異世界料理道の三点が個人的になろう系グルメ小説のトップだと思う。