年が明けた。
亜人国家が地球に召喚されて約一年が過ぎた頃。
日本、アメリカ、イギリス、EU、インド、タイ、台湾、ロシアなど、一部の地球国家が、亜人国家を正式に承認し、国民の出入国の受け入れを始めた……。
つまりは、国交が正式に成立って訳だ。
もっとも、許されているのは亜人の観光者の受け入れのみだが。保安上の問題から、まだ地球人が亜人国家へ足を踏み入れることは許されていない。
俺の予想だともっと揉めるものだと思っていたし、事実、中国は国連で『亜人排斥法』などというふざけた法律を通そうとしたりした。
しかし、イギリスとフランス、アメリカ、更にロシアまでもが拒否権をぶっ放すという異例の事態が起きて、なかったことになったのだが。
確かに、冷戦期やスエズ危機の時にはボカスカ拒否権をぶっ放してきたアメリカ、ロシア、イギリス、フランスだが、一つの議題に対して四カ国が拒否権を発動させると言うのはよっぽどのことだ。
それほど、中国の亜人排斥法が世界的に見て馬鹿らしいってことだな。
つまり、地球世界の内、利益を重視する連中は皆、亜人国家の味方って訳だ。
それもそのはず、亜人国家の技術なら、先進国の抱えるあらゆる社会問題を簡単に解決できるからだ。
ゴーレムはあらゆる単純労働力の代替となる。
リビングドールやホムンクルスは介護やサービス業の代替となり、更に人口の減少にも効果がある。リビングドールやホムンクルスは、作者の設定にもよるが、人間と子を成せるのだ。因みにうちにいるメイドホムンクルスも妊娠機能がある。
魔石技術はあらゆるエネルギーの代替となり、もう一つの月の月面に街を作っている亜人国家の技術は宇宙開発による領土問題の解決も考えられるだろう。
あらゆる国が欲するものを、亜人国家はいとも簡単に提供できると言うのだ。
労働力、人口、領地、エネルギー。あらゆるものを、だ。
未だに亜人だから差別しようなどと考える、ある種の信心深い方々は、亜人から完全無視されている。
亜人の心情では、俺以外の人間はもう信用ならないという気持ちも大きいらしい。
つまりは、あっちの世界で月を落として世界を破滅させた愚かな人間と同じなんじゃないのかと思っている亜人も少なくないのだ。
このようなハンディキャップを抱えながら、どうやって亜人国家に媚びるのか、見ものだな。
それはさておき、国交が始まり、亜人の観光客が日本、アメリカ、ドイツ、イギリス、フランス、イタリア、インド、タイ、台湾などの一部の国家への観光旅行を早速始めたそうだ。
一流のデザイナーがデザインした雑誌に、英語で各国の文化や風景を一流のタレントが紹介するビデオなどが大量に亜人国家に送りつけられ、それを見た亜人達は観光する気満々になった。
そう、外貨の問題である。
今、亜人国家は、魔法技術の公開で各国から外貨を荒稼ぎしてしまっている。
だから、各国は、その流出した外貨を少しでも亜人から搾り取りたいのだ。そして、あわよくば、市場に流れた金が欲しい。
亜人に対するおもてなし合戦による、外貨の奪い合いが、今始まる……!
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バラジュエナ〜東京間を繋ぐ国際フェリー、『蘇我三号』は、人外国家の魔法技術を試験的に導入した魔導船である。
流石に、内燃機関からの脱却は、まだ技術的に不可能だったが、風を操り気象の影響を軽減する、既存の装甲の数倍の堅牢さを誇る船体、水棲魔物に襲われにくくなる魔除けを搭載した……、らしい。
我らが勇者様の言では、日本の技術力は、予算の無さに反してそこそこに高いとのことだった。
事実、魔法を覚えて一年で、亜人国家の百万年前程の技術力に追いついたと言うのだから、日本という国家の技術力の高さが伺える。
まあ、亜人国家の技術力は近代に入ってからブレイクスルーがあったから、その辺は大体百まん年前って言っても微妙な感じかもな。
ああ、そうそう、申し遅れた。
「えーと、人狼族のガンドル・ケファロさん?」
「はい、ガンドルです」
「パスポートを拝見しますね……、はい、大丈夫です。良い旅を!」
「ああ、ありがとう!」
俺の名はガンドル・ケファロ、百五十四歳。
バックパッカーをやっている。
バックパッカーとして旅をして日記を書いて、アフェリエイトブログやブルノックというSNSで広告収入を得て生活している。
自慢じゃないが、ブログランキングではトップ100に入るくらいには人気なんだぜ?
「よお、ガンドルだ!今日は、我らの勇者様の出身地である日本の東京の下町と言うところに来ている!」
滞空型魔導カメラで撮影しつつ、動画投稿サイト『アドバンシア』に投稿する旅動画を生放送する。
同時に『ロロウ動画』にも投稿しているので、カメラにはコメントが絶えず流れている。
《よお!》
《ガンドル!》
《流石はガンドル、行動が早い!》
おお、視聴者数は上々だな!
三十万人もいるぜ!
「まずはここだな、雷門!この赤いやつ、夜には火を入れて光らせるらしいぜ。昔の日本で使われていた照明器具らしいな」
クールな漢字で、雷門と書かれた提灯という照明器具。
かなりでかい。
「この両脇が、風神雷神という神の像らしい。エキゾチックだぜ……」
ん?
「うお……?!」
「狼人間か……?」
「でけえ……」
ふーむ?
「どうやら、日本人からすると、俺の姿は珍しいみたいだな。目立ってるぜ」
写真を撮ったり撮られたりする。
《人種差別とか大丈夫か、ガンドル》
「いや、今のところ、露骨に差別されたりはしてないぜ。むしろ、ビビられてる感じだな」
遠巻きに眺められてるだけで、直接的に何かをされたりはしていない。
あまり好戦的じゃないのかもな?
とりあえず、ブログとブルノック用の観光自撮りをして、移動だ。
「実はな、この浅草では、飯が色々美味いらしいんだよ!この仲見世通りって言う通りに、いろんな土産屋が沢山あるんだと。俺は朝から何も食ってねぇぜ!あとは分かるな?」
さあ、行ってみようか!
「雷おこし……?なあ、あんた!」
「はいー?ってあらあら!亜人さんね!うちの店も亜人さんが来るほど有名になったのねえ、嬉しいわあ!」
「お、おう。なあ、婆さん、この雷おこしってのはなんだ?使うと雷が出る魔導具とかか?」
元気な白髪の婆さんに聞いてみる。
「あはははは!やだわぁ、雷おこしはお菓子よ!お米を使った、サクサクした甘いお菓子なの」
「ほう!じゃあ、一つくれ!」
「はい、二百円ね」
「はい……、ってたったの200ドグラマ?!やっす!!」
元気な婆さんから雷おこしを買う。
さて、色々買って移動して、仲見世通りの外で食べることにした。
「さくっ」
んお。
《どうだ?》
「えーっとだな、食感はネクロニアのパザンに似てるんだが、味は甘くて、穀物の味がするぜ。うんうん、ウメェな!」
《パザンってネクロニアの魔人街とかで売ってるアレか》
《パザンと違って甘いのか》
「おう、ふんわりとした優しい甘さで、お土産にピッタリって感じだぜ」
次。
「ここは大福ってのが美味いらしい。よくわかんねえけど、餅っていう生地で煮豆の甘いペーストを包んだものらしいぜ。これもたったの200ドグラマ!馬鹿みてえにやっすいな!」
さて、味は……?
「もぐ」
んおお!
「これすげーウメェぞ!もちもちしててほんのり甘い餅と、舌触りの良い豆の甘いペーストが美味いぜ!ティルナノグの菓子みてえな優しい甘さの……、素材本来の味を活かしてるやつだな!」
《想像がつかないな》
《豆の甘いペーストか》
《ベスティエにはない料理だな》
「大福ウメェー!もう一個買おう!」
おっと、次は。
「これだ、芋羊羹!」
《察するところに、芋のペーストを成形したデザートか?》
「正解!五本入りで600ドグラマ!……おほぉ!これもウンメェぜぇ!」
次ー。
「おっ、これは手ぬぐいだそうだ。柄が日本の伝統的な模様らしいぜ?一枚買っておこう」
次。
「これはおかきっていう菓子らしいな。さっきの餅を揚げたものらしいぜ?」
《甘いのか?》
「いや、おかきはしょっぱいらしい」
どれどれ?
「さくっ」
おおお……。
「さくっ、さくっ。これは病みつきになるな……。香ばしくてサクサクで美味い!」
次。
「これは人形焼と言って、人形の形をした小麦の生地にさっきの豆の甘いペーストを包んで焼いた柔らかなケーキだ。味は……」
うん!
「まあ、当然に美味い!」
次。
「今度はアイスモナカだ!クリームを凍らせたアイスを、薄い生地で挟んである!」
これも……!
「んんー!冷たくって美味いぜー!」
だが、どれも安くて小さいのばかりだからな、ガツンと腹に溜まるもんを食いてえ!
「よーし!今日は一日食べ歩きだぜぇ!!!」
巻き起こせ正義の!
ハーリーケーエーン!!!!!!