次は、フランスのアンヌマリーとかいう女だ。
溌剌とした雰囲気の、若くて元気な女だな。
実は、結構やんごとないご家庭の子らしく、おてんばながらも気品に溢れる美女だ。
師は『七つ牙』のグランスだが、グランスは他の牙流についても詳しいからな。アンヌマリーの装いは、『四つ牙』のものに近い。
即ち、黒いドレスだ。肩出しのノースリーブ型で、スカート部分の裾が広いもの。
レース部分は『牙流』特有の模様である『七天』という、七角形を組み合わせたパターン模様になっている。
それ以外は何も持っていないのは、牙流として正しいな。
牙流は肉体変成系の術式の大手だ。
つまり、身体の形が変化するから、余計なものをごちゃごちゃ着込んだり、ものを持ったりしないのが基本だ。
とは言え、あの女は、オシャレ面も考えているらしく、シンプルめなイヤリングと腕輪も付けているんだが。
まあ、あのアクセサリーは、見たところ、魔石を埋め込まれた魔法増幅器で、しかも『変形』の付与魔法がかけられてるから、邪魔にはならないはずだ。
『牙流(ガーロード)』の『七つ牙』の対軍魔法『王噛(アゴラ)』……。
『一つ牙』の決闘魔法『殴神(ザンバ)』、『二つ牙』の狙撃魔法『奥咬(ザムド)』、『五つ牙』の攻勢防御魔法『応擤(リガン)』……。
『四つ牙』の絶対防御魔法『黄守(バレン)』、『三つ牙』の対城魔法『桜上(ワズム)』、『六つ牙』の領域展開型魔法『扇髪(ビルス)』……。
それらを一般化すると言うが、何を見せてくれるんだろうか?
「設定変更をお願いしますわ」
職員にそう言ったアンヌマリー。
「はい、何にしましょう?」
「ビル街でお願いします」
あ、設定変更?
このグラウンドはね、魔法がかけて空間拡張されてるけど、その他にも、街やジャングル、砂漠なんかに環境を変えることができるぞ。
「行きますわよ!」
ん……、ああ、そう来るか。
手首から飛び出した骨。
骨には、神経繊維のロープが繋がっている。
ビルのコンクリートに着弾した骨の杭は、変形してコンクリートを掴む。
脚の部分変化。バッタに。
思い切りジャンプ。
神経繊維のロープを引っ張る勢いと、バッタの足のジャンプ力。
双方を合わせると、音速程か。
そのまま、空中でコウモリの羽を背中に生成。
滑空しながら、指の骨を音速で飛ばす。
その他にも、肺腑を変化させて、火炎や吹雪を吐いたり、酸液を飛ばしたりする。
他にも、下半身を虎の胴体に変えてケンタウロスになり地面を走り、尻尾を蛇にして毒息を吐かせる。
背中から蜘蛛の脚を生やして、背中の脚でビルに登りつつ、両手足の骨を飛ばしたり。
やりたい放題だ。
究極の完全生物みたいなノリだが、単なる魔法使いだな。魔導師には勝てない。
そもそも、『牙流』の凄い点は、自分の肉体を複製して、それを贄にして発動する儀式魔法ってところだから。
それと、肉体のパーツから意味のある概念を抽出するところとか。
例えば、『一つ牙』の『欧神』は、拳から概念を抽出して、打撃という概念を相手にぶつける魔法だ。
その威力は、月が音速の数千倍で落ちてくるくらいの威力がある。しかも連射可能。
概念的な打撃であるからして、余計な破壊は行われず、ただ、月くらいの質量を持つ拳で、音速の数千倍で殴ったという結果のみを持ってくるぞ。
だが、そこまではまだできないだろうな。だから、肉体変成か……。
まあ、確かに、肉体の変成を行う戦闘術は『牙流』が開祖だから、間違ってはいないと言えばそうだな。
古い時代、変身魔法は、肉体を組み替えることが危険だとみなされていたんだ。
別の存在に変じれば、別の存在になってしまうという迷信が長らく信じられ、死霊術と同じような禁術に指定されていた。
けど、それを、戦闘に使えるくらいに洗練したのが『牙王』だった訳だな。
『牙王』は偉大な戦士であり王であり、禁じられた変身魔法に挑んだ研究者でもある訳だ。
さて、質問タイムだ。
例によって、フランスの首相が質問を始めた。
「大変素晴らしかったです。ですが、胴体や頭は変身しないのですか?」
と、問いかけ。
ふむ、尤もだ。
それは……。
「はい、現状は、脳の変身はできませんわ」
と答える。
「厳密には、変身することそのものは可能です。けれど、獣の姿に変身すると、知能も獣並みになってしまうのです」
理由を続けて言うアンヌマリー。
そう、これが、変身魔法が禁術とされていた理由だ。
獣に変身したら戻れなくなる。
まあ、その辺は、単なる『魔法使い』には不可能ってだけの話で、訓練を積んだ『魔導師』ならば、変身しても知性を失うことはない。
前にどこかで説明したかもしれないが、魔法使いってのは、単に魔法を「使って」いるだけ……。
魔法使いができるのは、物理法則を多少書き換えることだけなのだ。
一方で魔導師は、自ら魔法を編み出すような研究者であり、また、物理法則以上のことができる存在を指す。
例え太陽並みの熱量を出せてもそれは単なる魔法使い。魔導師なら、例えば、炎と言うものの概念を抽出して、あらゆる物を燃やす炎という概念的なものを出す。
魔法使いというのは、どこまでいってもプレイヤーにしか、ルールの中で何かをする存在にしかなり得ないが、魔導師になればゲームマスターになれる。ルールを作る側に回れるのだ。
と、そんな説明をアンヌマリーがした。
「なるほど……?人間の魔導師はいないのですか?」
フランスの首相が訊ねる。
ふむ、それは……。
「俺以外には存在しない。ああ、いや、あちらの世界にはいたが……、この地球には存在しないな」
と、俺が答えた。
うん、舐めるな。
たかが数年の修行で魔導師になれる訳ねーだろ。
いや、俺はなれたけど。
それは自慢じゃない、単に俺には才能があったってだけの話だ。世界で一番ぶっちぎりの才能がな。
ただの人間が魔導師になるなら、いくら才能に溢れていたとしても、百年近くはかかるだろう。
延命の術式を覚えたり、延命のための薬剤を集めたり……、そういうことをやる必要もあるだろうから、人の身で魔導師になるのは大変に困難な道だと言っておく。
「ふむ、よく分かりました。では、要するに、全身を変化させるのは非常に難しい魔法である、と。そういう認識でよろしいですね?」
首相が言った。
「はい、そうなりますわ。ああ、でも……」
アンヌマリーは獣の耳を生やし、「半獣人」のような姿になった。
へえ、可愛いじゃん。
俺、嫁が全員人外だから、人外じゃないとイマイチ興奮しないんだよね。
もふもふ手足の犬っ子っぽい姿になったアンヌマリーは、マスコミ連中にめちゃくちゃ撮影された。
今、ツブヤイターを見たら、『コスプレ魔法』とかいうハッシュタグができてた。
人間さあ……。