「ヒット」
銃弾が、雪の降る空を切り裂き、遠くの空き缶に風穴を空ける。
「うーん、こんなもんかなー」
「もっと撃っていいよ、どうせ、弾丸はその辺にいっぱい落ちてるし」
「どうせなら、食べ物がいっぱい落ちてればいいのにねー」
「そうだね」
私は、ユーと一緒に、雪の降る戦場跡にいる。
「旅人さんも撃ってみる?」
「いやー、遠慮しとくよ。俺は争い事が苦手でね」
そして、私の隣で本を読むこの人。
マオ、と名乗る謎の男性。
ブラウンのコートと赤いズボンをはいた、白髪の、ハンサムで背の高い男の人。
何者なのかはよく分からないけれど、食べ物や飲み物を分けてくれたり、色々な知識を教えてくれたりする。
「銃は苦手だが、これはそこそこにできるよ。見てな……、『MA』」
その瞬間、青白い光の塊が、鋭い矢になって、弾丸ほどの速さで飛んでいった。
かこーん。
ユーのライフルと同じように、遠くに置いてある空き缶を、光の矢が貫いた。
「凄い……!」
そう、マオ……、旅人さんは、魔法が使えるのだ。
「これが魔法の基礎、マジックアローだよ」
「お、教えて!旅人さん!どうやるの?!」
「うーん……、魔法を使うには、回路を開かなきゃならないんだよね。その為には、長い時間修行するか、一瞬で済むけどかなり痛い思いをするか、あとは、まあ……」
「あとは?」
「セックスをするか」
「セッ……?!?!!!」
えっ?!
「ちーちゃん、せっくすってなぁに?」
「黙っててユー!」
「ひどい」
「あ、ごめん」
「おすすめなのはやっぱりセックスかな。一番手っ取り早いし」
「う、え、えっと、私みたいな可愛くない女と……?」
「チトちゃんは可愛いけど、それとは関係なしに、それが一番簡単だって話だよ。長い間修行するか、一度死ぬような思いをするか、それとも……、って話」
う、うーん……。
別に貞操とかそういうのは、あんまり気にしてないんだけど……。
「修行するとどれくらい……?」
「まあ、最低でも五、六年くらいかな?」
「痛い思いすると……?」
「まあ、五、六割はショックで死ぬかな?」
ううー……。
五、六年先、私は生きていられるだろうか。
五、六割の確率で死んだら元も子もない。
やっぱり、その、するしかないのかな。
「どこか、二人きりになれる場所でなら……」
「まあ、それは今すぐに決めるべきアレじゃないからね。そもそも、可能な限りお助けするので……」
「うん……」
いくらこの人がいい人でも、いきなり貞操を捧げろと言われても困る……。
顔が良くてもお腹は膨れないし……。
男の人は……、ってか、男の人について語れるほどの知識はないんだけど、おじいさんは「甲斐性のある男の人を選びなさい」って教えてくれたのは覚えてるかな。
うーん、甲斐性……。
「よーし、そろそろ食事にしよう。今日は豚汁にうどん入れよううどん」
「うどんー!」
………………。
「旅人さんってさ、私達に恵んでくれるのって、どうして?」
実は、ユーとの旅の途中、人に会ったのはこれが初めてじゃない。
おじいさんと住んでいた集落にもそれなりに人はいたしね。
でも、どこにも、この人みたいに余裕を持った人はいなかった。
むしろ、それどころか……。
重くて邪魔なライフルを持ち歩くのは、つまりそういうことだ。
そんな中、私達が食べたことのない、恐らくは古代の人達が食べていたようなものを、何で……?
「いやそんなん美少女には優しくするでしょ」
美少女?
「……仮に、私達がかわいいとしても、それでお腹は膨れないんだよ?」
「俺は美味しいものを食べるのが好きだけど、最悪食べなくても平気だしねえ」
「よく分からない……、どうして?理由もなく恵んでもらえるのは、その、怖い」
これは本心。
本当に怖い。
多分、戦っても勝てないっていうのもある。
ユーはライフルの扱いが上手いけど、旅人さんはそんな次元でどうにかなる人じゃないと思う。
「うーん、例えばさ。チトちゃんは本を集めてるよね?」
「う、うん」
「本は食べられないよね?」
「でも、知識は、食べ物より大切な場合もあると思う」
「それと同じさ。俺にとっては、かわい子ちゃんの笑顔は食べ物よりずっと大切ってこと」
う、うーん……。
よく分からない。
例えば、ちょっと口に出すのは悔しいし、ユーが調子に乗りそうだから言いはしないけど……。
ユーは、私にとっては家族で、目先の食べ物なんかよりずっと大事な存在だと思ってる。
家族なら、食べ物より大事に思っていても理解できる。
けど、この人は他人だ。
本当に理解できない……。
私がそう思っていると、旅人さんは悲しそうな顔をしてこう言った。
「……嫌なんだ。君達は良い子だ、救われてほしい。辛いことなんてしなくていい、守ってあげたい」
「何で……?私達、そんな風に思われるようなこと、した?」
「たくさん、見てきたんだ。今まで、たくさん。君達のような良い子が、死んでしまうところを……」
死……。
死、か。
死んでしまう、ところ。
死ぬということは、動かなくなる、冷たくなる。
いなくなってしまうということ。
戦いが始まって……、おじいさんみたいに、知っている人がいなくなる……?
「死ぬと、いなくなると、寂しい?」
「そうさ、いなくなると、寂しい。俺は寂しがりやなんだ」
……納得はできない。
けど、少し理解できた気がする。
私も、こうして親切にしてくれた旅人さんがいなくなるのは、悲しいと思う。
悲しいのは、嫌だ。それは分かる。
「さ、おいで。食事にしよう」
「あ、うん……」
まあ……、気まぐれでも何でも、食べ物がもらえるならそれで良いのかもしれない……。
食事をした。
今日も美味しいものがたくさん食べれた。
その、食事の最中に、ふと、こんな話題が出てきた……。
「それにしても、この調子だと滅亡の原因は戦争か?」
旅人さんがそう言った。
私は、その、戦争という言葉を知っていた。
おじいさんを失う原因、人と人との争いのことだ。
「何で、昔の人は戦争なんてしたんだろうね?」
ユーが言った。
言いながら、豚汁の最後の一杯を掠め取って。
「あー!」
「ははは、世界の縮図って感じだね」
「え?」
「つまり、さ。一人分しか食べ物がないのに、人が二人いたらどうなる?ってことさ」
ああ、そうか……。
「奪うために、戦うしかない……」
「悲しいけど、そういうことになるね」
旅人さんは、悲しそうにしていた。
「でもね、本当なら。人間が手を取り合って力を合わせれば、一人分しかない食料を増やしたりできたかもしれないんだ」
「でも、そうならなかったから、こんな風になっちゃってるんだよね?」
ユーが言った。
その通りだ。
旅人さんの言葉は……、そう、本で読んだ「理想論」というものだと思う。
私がそう指摘すると、旅人さんは怒るでもなく、はにかんでこう返してきた。
「そう、その通りだよ。じゃあ、もう一つ覚えておくといい。その綺麗事を、理想論をどれだけ達成しようとするかが、『人間性』というものだ……、とね」
「人間性……?」
「ああ、『humanity』、人を人たらしめる縁さ。これだけは失ってはならない」
「理想を追い求めるのが、人間の正しい在り方?」
「ある意味ではそうなるだろうね。人間の在り方を、正しいとか正しくないとかと俺が決めるべきことではないが……。少なくとも、理性は理想を求める心の働きだ。人間らしさを失い、亡者へと堕ちれば、手のひらには何も残らない……」
「難しい……」
ユーがダウンした。
「難しい話じゃないさ。人間らしく生きることの素晴らしさは、君達も既に理解しているだろう?」
「「えー?」」
「良いかい?人間は、極論を言えば、食事ができて排泄していれば、それだけで生きていけるんだ。だが、それは人間の生き方じゃない。それは、わかるよね?」
「「うん」」
「つまり、生きるのに関係のないことだ。無駄なことをして、それを楽しみ、生き甲斐を見つけること……」
「無駄なこと?」
「ああ、何でも良い。チトちゃんは、本を読むのが好きだよね?日記も書いている。俺から色んな話も聞いている……。それって、生きるのに必要?」
「まあ……、いつかは役に立つかもしれないけど……」
「ユーリちゃんもそうだ。狙撃をしたり、俺と歌を歌ったり、それって生きるのに必要かな?」
「うーん、必要ないけど、できなかったらつまんない。つまんないのはやだなぁ」
「そういうことさ、やりたいことをやるんだ。ただ生きるだけじゃなくて、なるべく楽しいことをして生きなきゃね」
そんなことよりおなかがすいたよ。