ハードオンの楽しい思いつき集   作:ハードオン

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ご要望があったので、昔に書いて放置したものをリサイクル。


旅人終末旅行 その2

「ヒット」

 

銃弾が、雪の降る空を切り裂き、遠くの空き缶に風穴を空ける。

 

「うーん、こんなもんかなー」

 

「もっと撃っていいよ、どうせ、弾丸はその辺にいっぱい落ちてるし」

 

「どうせなら、食べ物がいっぱい落ちてればいいのにねー」

 

「そうだね」

 

私は、ユーと一緒に、雪の降る戦場跡にいる。

 

「旅人さんも撃ってみる?」

 

「いやー、遠慮しとくよ。俺は争い事が苦手でね」

 

そして、私の隣で本を読むこの人。

 

マオ、と名乗る謎の男性。

 

ブラウンのコートと赤いズボンをはいた、白髪の、ハンサムで背の高い男の人。

 

何者なのかはよく分からないけれど、食べ物や飲み物を分けてくれたり、色々な知識を教えてくれたりする。

 

「銃は苦手だが、これはそこそこにできるよ。見てな……、『MA』」

 

その瞬間、青白い光の塊が、鋭い矢になって、弾丸ほどの速さで飛んでいった。

 

かこーん。

 

ユーのライフルと同じように、遠くに置いてある空き缶を、光の矢が貫いた。

 

「凄い……!」

 

そう、マオ……、旅人さんは、魔法が使えるのだ。

 

「これが魔法の基礎、マジックアローだよ」

 

「お、教えて!旅人さん!どうやるの?!」

 

「うーん……、魔法を使うには、回路を開かなきゃならないんだよね。その為には、長い時間修行するか、一瞬で済むけどかなり痛い思いをするか、あとは、まあ……」

 

「あとは?」

 

「セックスをするか」

 

「セッ……?!?!!!」

 

えっ?!

 

「ちーちゃん、せっくすってなぁに?」

 

「黙っててユー!」

 

「ひどい」

 

「あ、ごめん」

 

「おすすめなのはやっぱりセックスかな。一番手っ取り早いし」

 

「う、え、えっと、私みたいな可愛くない女と……?」

 

「チトちゃんは可愛いけど、それとは関係なしに、それが一番簡単だって話だよ。長い間修行するか、一度死ぬような思いをするか、それとも……、って話」

 

う、うーん……。

 

別に貞操とかそういうのは、あんまり気にしてないんだけど……。

 

「修行するとどれくらい……?」

 

「まあ、最低でも五、六年くらいかな?」

 

「痛い思いすると……?」

 

「まあ、五、六割はショックで死ぬかな?」

 

ううー……。

 

五、六年先、私は生きていられるだろうか。

 

五、六割の確率で死んだら元も子もない。

 

やっぱり、その、するしかないのかな。

 

「どこか、二人きりになれる場所でなら……」

 

「まあ、それは今すぐに決めるべきアレじゃないからね。そもそも、可能な限りお助けするので……」

 

「うん……」

 

いくらこの人がいい人でも、いきなり貞操を捧げろと言われても困る……。

 

顔が良くてもお腹は膨れないし……。

 

男の人は……、ってか、男の人について語れるほどの知識はないんだけど、おじいさんは「甲斐性のある男の人を選びなさい」って教えてくれたのは覚えてるかな。

 

うーん、甲斐性……。

 

「よーし、そろそろ食事にしよう。今日は豚汁にうどん入れよううどん」

 

「うどんー!」

 

………………。

 

「旅人さんってさ、私達に恵んでくれるのって、どうして?」

 

実は、ユーとの旅の途中、人に会ったのはこれが初めてじゃない。

 

おじいさんと住んでいた集落にもそれなりに人はいたしね。

 

でも、どこにも、この人みたいに余裕を持った人はいなかった。

 

むしろ、それどころか……。

 

重くて邪魔なライフルを持ち歩くのは、つまりそういうことだ。

 

そんな中、私達が食べたことのない、恐らくは古代の人達が食べていたようなものを、何で……?

 

「いやそんなん美少女には優しくするでしょ」

 

美少女?

 

「……仮に、私達がかわいいとしても、それでお腹は膨れないんだよ?」

 

「俺は美味しいものを食べるのが好きだけど、最悪食べなくても平気だしねえ」

 

「よく分からない……、どうして?理由もなく恵んでもらえるのは、その、怖い」

 

これは本心。

 

本当に怖い。

 

多分、戦っても勝てないっていうのもある。

 

ユーはライフルの扱いが上手いけど、旅人さんはそんな次元でどうにかなる人じゃないと思う。

 

「うーん、例えばさ。チトちゃんは本を集めてるよね?」

 

「う、うん」

 

「本は食べられないよね?」

 

「でも、知識は、食べ物より大切な場合もあると思う」

 

「それと同じさ。俺にとっては、かわい子ちゃんの笑顔は食べ物よりずっと大切ってこと」

 

う、うーん……。

 

よく分からない。

 

例えば、ちょっと口に出すのは悔しいし、ユーが調子に乗りそうだから言いはしないけど……。

 

ユーは、私にとっては家族で、目先の食べ物なんかよりずっと大事な存在だと思ってる。

 

家族なら、食べ物より大事に思っていても理解できる。

 

けど、この人は他人だ。

 

本当に理解できない……。

 

私がそう思っていると、旅人さんは悲しそうな顔をしてこう言った。

 

「……嫌なんだ。君達は良い子だ、救われてほしい。辛いことなんてしなくていい、守ってあげたい」

 

「何で……?私達、そんな風に思われるようなこと、した?」

 

「たくさん、見てきたんだ。今まで、たくさん。君達のような良い子が、死んでしまうところを……」

 

死……。

 

死、か。

 

死んでしまう、ところ。

 

死ぬということは、動かなくなる、冷たくなる。

 

いなくなってしまうということ。

 

戦いが始まって……、おじいさんみたいに、知っている人がいなくなる……?

 

「死ぬと、いなくなると、寂しい?」

 

「そうさ、いなくなると、寂しい。俺は寂しがりやなんだ」

 

……納得はできない。

 

けど、少し理解できた気がする。

 

私も、こうして親切にしてくれた旅人さんがいなくなるのは、悲しいと思う。

 

悲しいのは、嫌だ。それは分かる。

 

「さ、おいで。食事にしよう」

 

「あ、うん……」

 

まあ……、気まぐれでも何でも、食べ物がもらえるならそれで良いのかもしれない……。

 

 

 

食事をした。

 

今日も美味しいものがたくさん食べれた。

 

その、食事の最中に、ふと、こんな話題が出てきた……。

 

「それにしても、この調子だと滅亡の原因は戦争か?」

 

旅人さんがそう言った。

 

私は、その、戦争という言葉を知っていた。

 

おじいさんを失う原因、人と人との争いのことだ。

 

「何で、昔の人は戦争なんてしたんだろうね?」

 

ユーが言った。

 

言いながら、豚汁の最後の一杯を掠め取って。

 

「あー!」

 

「ははは、世界の縮図って感じだね」

 

「え?」

 

「つまり、さ。一人分しか食べ物がないのに、人が二人いたらどうなる?ってことさ」

 

ああ、そうか……。

 

「奪うために、戦うしかない……」

 

「悲しいけど、そういうことになるね」

 

旅人さんは、悲しそうにしていた。

 

「でもね、本当なら。人間が手を取り合って力を合わせれば、一人分しかない食料を増やしたりできたかもしれないんだ」

 

「でも、そうならなかったから、こんな風になっちゃってるんだよね?」

 

ユーが言った。

 

その通りだ。

 

旅人さんの言葉は……、そう、本で読んだ「理想論」というものだと思う。

 

私がそう指摘すると、旅人さんは怒るでもなく、はにかんでこう返してきた。

 

「そう、その通りだよ。じゃあ、もう一つ覚えておくといい。その綺麗事を、理想論をどれだけ達成しようとするかが、『人間性』というものだ……、とね」

 

「人間性……?」

 

「ああ、『humanity』、人を人たらしめる縁さ。これだけは失ってはならない」

 

「理想を追い求めるのが、人間の正しい在り方?」

 

「ある意味ではそうなるだろうね。人間の在り方を、正しいとか正しくないとかと俺が決めるべきことではないが……。少なくとも、理性は理想を求める心の働きだ。人間らしさを失い、亡者へと堕ちれば、手のひらには何も残らない……」

 

「難しい……」

 

ユーがダウンした。

 

「難しい話じゃないさ。人間らしく生きることの素晴らしさは、君達も既に理解しているだろう?」

 

「「えー?」」

 

「良いかい?人間は、極論を言えば、食事ができて排泄していれば、それだけで生きていけるんだ。だが、それは人間の生き方じゃない。それは、わかるよね?」

 

「「うん」」

 

「つまり、生きるのに関係のないことだ。無駄なことをして、それを楽しみ、生き甲斐を見つけること……」

 

「無駄なこと?」

 

「ああ、何でも良い。チトちゃんは、本を読むのが好きだよね?日記も書いている。俺から色んな話も聞いている……。それって、生きるのに必要?」

 

「まあ……、いつかは役に立つかもしれないけど……」

 

「ユーリちゃんもそうだ。狙撃をしたり、俺と歌を歌ったり、それって生きるのに必要かな?」

 

「うーん、必要ないけど、できなかったらつまんない。つまんないのはやだなぁ」

 

「そういうことさ、やりたいことをやるんだ。ただ生きるだけじゃなくて、なるべく楽しいことをして生きなきゃね」

 

 




そんなことよりおなかがすいたよ。

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