魔法を大っぴらに使うと、由紀が驚いてしまうかもしれない。
現実に即したものを使って欲しい、と言うことに。
俺は弓を持って、バイクで先導する。
「む」
ゾンビが三体。
弓を射る。
『グア』
『ギャ』
『ガァ』
短い声を上げて倒れていくゾンビ。
由紀は……、何が起きているか分かっていないようだ。
おやおや、車が道を塞いでいるな。
バイクを停めて、魔法で鍵を作り、ギアを弄って、押して退ける。
む、倒れた電柱だ。これを魔法をあからさまに使わずに退けるのは面倒だ。
迂回しよう。
ああ、この辺りはゾンビが多いな。
遠隔で焼き払うか。
そんなことを繰り返していると、すっかり夕方だ。
だが、到着した。
指を弾いて門を開く。
「わー凄い!勝手に開いたよ!」
あー、そうだな、自然に魔法を使ってしまった。
言い訳しておこう。
「最新技術のセンサーがあってな、俺が来ると自動で開くんだよ」
「凄いんだねー!」
さて。
「慈、車はここに停めろ」
「あ、車庫があるんですね」
「ああ。ここはいつも使う車用の車庫だ。地下には大きな駐車場もある」
車を停めさせて、と。
「あらかじめ言っておくが、この家の門の中と裏山は結界で守られていて、ゾンビは侵入してこない。だが、逆に言えば、門から出たら知らんぞ、ということだ」
由紀以外にそう伝えると、全員が了承の意を示した。
取り敢えず、リビング的な一室に通すか。
「由紀……!あんた生きてたのね!鈍臭いからとっくに死んだものだとばっかり!」
と、貴依が由紀に駆け寄る。
「あ!たかちゃん!もー!たかちゃんはまた学校サボってたねー!」
「は?あんた、何言って……」
「貴依、少し良いか?」
貴依に由紀の事情を説明する。
「……そう、なの。分かったわ。私も由紀に合わせるわね」
圭と美紀にもそう伝えておいた。
そして。
「るーちゃん……?」
「りーねぇ!」
「るーちゃん!!!良かった……、本当に良かった!」
「りーねぇ、真凛にぃにがね、助けてくれたの」
「真凛君……、本当に、何とお礼を言ったら良いか……!」
「気にするな」
感動の再会、か。
「だがまあ、お前達の親兄弟なんかは助けられなかったぞ。気がついたらこんなことになっていたんだ。悪いな」
「そうか……。それは……、まあ、仕方ないって」
「……ええ、真凛君が何でもできるとはいえ、そこまでは」
胡桃と悠里は、既に身内の生存を諦めていたようだ。
「……明星君、本当にお金持ちなんですね」
と慈。
「館は魔法で作ったが、金もないことはないぞ。まあ、この状況では金など正に、ケツを拭く紙にもなりゃしないがな」
「食料の備蓄を、その、厚かましいかもしれないけれど、分けてもらえないかしら……」
「食料などいくらでもある。心配はいらない。他にも服や化粧品、生理用品も作るから、あとでうちの連中に付き合って、服の採寸やら何やらを済ませておけよ。基本的に何かあればあそこにいる女を頼れ」
「……ありがとう、明星君」
「馬鹿、真凛さん、だ。その方が可愛らしい」
「も、もうっ!可愛らしいって何ですか!先生ですよ私は!」
『晩御飯アンケート開始』
シルキーがスケッチブックにハリフキダシでそう書いて現れた。
「誰?」
由紀が首を傾げる。
「うちのメイド長だ。料理が得意だが無口なんだ。困ったことがあればこの女に言うように」
「メイド長!偉い人?」
「あー、まあ、そうだな」
「偉いんだ!メイド長ってカッコいいなー!」
『(#`ε´#ゞ 照れるぜっ!』
「お名前は何ですか?」
『シルキーです』
「よろしくお願いします、シルキーさん!」
『よろしくm(_ _)m』
シルキーは客が多いから、仕事が増えて嬉しいらしい。
こいつはテンションが高い時、絵文字を無駄に使うからな。
表情筋は一切動かないが、文面から喜びが伝わってくる。
胡桃が冷蔵庫を見る。
「あのさ、電気はどうなってんの?」
「魔法で無限に生み出されているが……。ああ、いや、あの冷蔵庫は電気で動いている訳じゃない。あれはマジックアイテムでな、備え付けの紙に必要な食品名を書いて冷蔵庫に貼り付けると、その通りのものが冷蔵庫内に生成されるんだ。名付けてダグサの大冷蔵庫」
「何だよそれ……、反則だろ」
「まあ、かなり複雑な魔法陣を刻んであるな。レベル的にはフラガラッハ並の貴重さだ」
「いや……、例えが分かんねえよ」
「あー……、伝説の魔法の剣と同じくらい貴重で……、値段をつけるとしたらスパコン並だな」
「へえ、それは凄えな。……スパコンがいくらくらいなのか分かんないけど」
「………………」
「な、何だよその目は!ば、馬鹿だと思ってんのか?!ふ、普通はスパコンの値段なんてわかんないからな?!」
「千億くらいだ」
「うわ、高っ?!」
「だが、ランニングコストがゼロで、ありとあらゆる食品が無限に得られるなら、買っても良い額だろう?」
「……確かに、個人では無理だろうけど、国とかの規模で考えれば、それくらい払ってでも食料問題を解決させたいって国はあるかもな」
「まあ、この冷蔵庫は古い作品だからな。今作ればコストは三分の一に抑えられるだろう」
「それなら買っても良いって人がいるかもなー」
そんな話を胡桃としていると。
「んー、るーちゃんは何が良いー?」
「カレー!」
「カレー!カレーかあ!良いね!カレーにしよう!」
『了解( ̄^ ̄)ゞ』
「ああ、シルキー、ついでにトンカツも揚げておいてくれ」
『イエッサー、ボス』
なんだこいつテンション高えな。
「あ、あの、私は手伝った方が……」
と、悠里が名乗り出るが。
「いや、悠里。このシルキーの料理の腕は三つ星シェフ以上だ。かえって邪魔になるかもしれないから手出ししない方が良い。お前はるーちゃんと一緒にいてやれ」
「そうなのかしら……?まあ、分かったわ」
悠里が退がる。
「るーちゃんと由紀には甘いの、俺は辛口で、他は中辛で良いな?」
「うん、大丈夫だよ」
と由紀。
さて、カレーは煮込むのに時間がかかるからな。
「その間に録画しておいたプリキュア見ようね、るーちゃん」
「え?プリキュア放送してんの?」
胡桃が尋ねてくる。
「いや、ゾンビパンデミックが起きなかった並行世界から持ってきたDVDだ」
「へ、並行世界……?SFかよ……」
「俺に不可能はあんまりない。因みに、他の並行世界にお前らを連れて逃げるのは無しだぞ。それをやると世界の均衡が崩れ、局地的な時空崩壊が起きる可能性が高いからな」
「お、おう、なんかヤバいことが起きるんだな」
晩飯だ。
ノリに乗って五種類くらいのカレーを作ったシルキー。
俺は辛口ポークカレーに揚げたてトンカツを乗せたカツカレーにしておいた。
食事の必要はないが、貴依から、家主が食べないと皆が食べづらいと言われ、最近は食事をするように。
久々の満腹感は心地いいな。
「はーい、るーちゃん、手と手を合わせていただきます!」
「いただきまーす!」
「いただきまーす!」
何故か由紀も手と手を合わせて小学生のようにいただきますと言ってきた。幼児退行しているな。
味覚も幼児退行しているのか、甘口がいいと言ってきた。いや、元から辛いものが苦手なのか?まあ、その辺は良いか。
胡桃は確か陸上部だったな。食事量も女にしては多めだ。中辛ビーフカレーにトンカツも乗せて大盛りだ。
悠里と慈はバターチキンカレー、圭がシーフードカレー、美紀が中辛キーマカレー、貴依は辛口ポークカレーを選択。
全員、評価は、今まで食べた中で最高とのこと。
まあ、シルキーは各国の家庭料理から、本格フランス料理、和洋中何でも完璧に作れるからな。
シルキーの独自研究により生み出された究極の配合のスパイスは、市販のカレーの数段上を行く出来だ。
おっ、カツ美味えな。
サイコパス大魔導師の学院生活をそのうち書きたい。