「とりあえず、七魔帝全員が彼女を作れば、他の魔人さん達も彼女を作りやすいんじゃないかしら」
ベアトリクスがまたなんかアホなことを言った。
「………………」
それを、無表情で見つめる暁人。
「ねえ、あなた?他の七魔帝とは仲が良いの?」
「お前が知る必要はない」
「悪いの?」
「お前が知る必要はない」
「……何で話してくれないの?そんなに仲が悪いの?」
「知ってどうする?」
「旦那様の交友関係の把握も妻の務めでしょ?」
「結婚した覚えはない」
「じゃあ結婚しましょ!」
「嫌だね」
誤解のないように言っておくが、リリムのベアトリクスは、そんじょそこらの女優を鼻で笑えるくらいには美しい。
暁人がただ単に女に靡くようなタイプではないだけだ。
「そうだ!あなたに昼食を作ってきたの!魔界の食品をふんだんに使った自信作よ!はい、どうぞ!」
暁人は底冷えするような目で、料理を床にぶちまけた。
「……う、うわああああん!!!酷いわ、酷いわぁ!!何もそこまでしなくてもいいじゃない!!!」
そして、暁人はベアトリクスの顎を持ち上げて……。
「おい」
この男は……。
「え……?(あ、まさかキス?料理よりもお前を食べたいぜ!みたいな?!)」
「床の掃除をしておけ」
「………………え?」
「掃除だ、二度同じことを言わせるなクズが。掃除用具はあそこにある」
まあ……、腐れ外道である。
ベアトリクスが泣きながら床の掃除をしている最中、暁人はパソコンで仕事をしていた。
暁人の仕事は裏社会での調整役である。
すなわち、やり過ぎた悪の組織を潰し、図に乗った正義の味方を始末する……。
裏の業界では、「区切りをつけるもの」という意味合いで『ピリオド』と呼ばれている。
世界中のあらゆる組織が、『ピリオド』の訪れを恐れ、『ピリオド』を慮る……。
ある種の調停者の役割を演じる「駒」の指し手なのだ。
そして、その役割から、実は、他の魔人達と仲は良い。
しかし、ベアトリクスに「俺は魔人達と仲が良い」などと言えばめんどくさそうなので教えないというだけの話である。
「なんとなくめんどくさそう」くらいの理由でベアトリクスのような超弩級の美人にこのような仕打ちをするのだから、その精神構造のおかしさは推して知るべし、だ。
……まあ、ベアトリクスもベアトリクスで、先程の料理は魔界の食品を使っている。魔界の食品、すなわち媚薬成分だ。つまり媚薬を盛ってきたのだから、食べないのはある意味正解なのである。
更に付け加えて言うと、暁人は某暗殺一族のような訓練を受けた経験があるので、媚薬どころか大抵の薬品が効かないのだが。
つまり、ベアトリクスの料理を警戒している警戒心、プラス、なんとなく嫌だと言う勘から、あのような真似をしたのだ。
さて、調停者『ピリオド』である暁人は、基本的に忙しくはない。
当たり前だ、調停者が忙しいと言えば、それは末法の世だと言うことになる。平和な世界ならば、暁人の仕事は基本的に副業がメインになる。
副業?株やFXなどはもちろんのこと、調停者としての名義貸しなんてこともやっている。
例えば、敵対組織同士の講和に仲介役として出向いたりなど、仕事はいくらでもある。
別にワーカホリックとかではないし、むしろ普段はゆっくりしたいと考えているので、そこまであくせくと働きはしないのだが。
そもそも不労所得で生活可能だし……。
因みに、今朝はヤクザの抗争で5、6人死人が出たが、湯後洲ではいつものことなので何も問題はない。平和である。
酷い時はビルが吹っ飛んだりするが、今日は平和だ。
「あ、あの……」
掃除を終わらせたベアトリクスが、暁人に話しかける。
「何だ」
「掃除、終わったわ」
「そうか」
暁人は、視線すらやらずにパソコンをいじる。
「ね、ねえ!何してるの?」
笑顔で擦り寄るベアトリクスだが……。
「仕事だ」
「ぶへぇ」
画面を見せないように屋敷内のトラップが発動、ベアトリクスはすっ転ぶ。
「いったぁい……」
「………………」
「……ねえ、どうしてこんな酷いことするの?私、可愛くない?」
「見た目はいいんじゃないか」
「じゃあ、性格?どこが駄目?」
「お前の性格を把握するほど付き合いが長くない」
「それなら、お互いのことをもっと知り合いましょう?」
「何故だ?」
「何故って……、私はあなたが好きなの。恋人になりたいの!」
「下らん……」
「下らないって……、なによ、それ!独りぼっちは寂しいでしょう?!」
激昂するベアトリクス。実に感情表現が豊かな女だ。
「それは弱者の理論だ」
「人間って……、ううん、人間だけじゃなくって、魔物娘も、みんな弱い生き物よぉ!」
それを聞いた暁人は鼻で笑いつつ……。
「なら、俺は人間じゃない」
そう言った。
魔人とは、人ならざるもの。
愛を唾棄し、情も無く、漆黒の心を持つもの。
この言葉を聞いて大きなショックを受けるベアトリクス。
ベアトリクスの周りには、情欲と愛が常にあふれていたからだ。
冬の夜空のように凍えた心の持ち主ならば、我が身で暖めてやることはできるはずだ。
しかし、そもそも、心がないならば?
最初から、胸の中に、熱く燃える心臓ではなく、また別の、恐ろしく、悍ましい何かが詰まっているような化け物は?
ベアトリクスは、愛が通用しない存在に初めて対峙し、恐怖した。
だが……。
「……じゃあ!それなら!私があなたを人間にしてあげるわぁ!!!」
だからこそ、哀れに思った。
だからこそ、救いたいと思った。
だからこそ……、手を差し伸べた。
「そうか、好きにしろ」
「っ……!!」
しかし、その答えは、「無関心」であった……。
いっそ、「余計なことをするな」と怒鳴ってくれた方が気が楽なのに。
彼は、自分に、これっぽっちも興味がないのだ。それを自覚して、ベアトリクスは涙を流した……。
「おい」
「……ひっく、えぐ、何?」
「うるさいから黙っていろ」
泣くことすら許さない。悪魔かな?
今、帰還勇者の続き書いてます。