「完治おめでとう」
「ええ!」
「付いて来い」
三人の悪魔っ子を引き連れて、医務棟から出る。
三人には、屋敷に備え付けて置いてあるフリーサイズの下着を着せて、適当なワンピースも着せた。
サンダルを履かせて、外套を着せて外に出す。
「あ、あの……、治ったら出て行けということかしら?」
ニコレットが不安そうに尋ねてきた。
「ん?ああ、いや、移動するんだよ。ここは医務棟だから、本棟に行くんだ」
「本棟……、って、どれだけ広いのよ?!」
外に出た瞬間叫んだニコレット。
「あまり陽に当たると良くない、ついてこい」
「わ、待って賢者さん!」
そして、本棟にて。
「わあ……!」
「これは……!」
「凄いな……!」
驚きの声を上げる悪魔っ子達。
あまりにも広い玄関に、上品な調度品。それは、煌びやかな成金趣味とは違い、気品のある控えめな装飾。一見地味に見えるが、見る人が見れば分かるものばかり。
三人とも、『分かる』側の人間らしく、屋敷の品の良さを感じていた。
「いや……、本当に見事な屋敷ね!正直、宮廷よりも洗礼されていると思うわ!」
「ニコレット様……」
「……メナス、もう良いじゃない」
「しかし!」
「良いのよ」
「……分かりました」
そんな話をしているうちに、リビングに着いた。
このリビングは、暖炉と、落ち着いた雰囲気の家具が特徴だ。普段からここでくつろいでいる。
俺は、紅茶を淹れて、高級クッキーを出す。
「あら、ありがとう」
「そんな、私にまで……」
「ああ、ありがとう」
さて……。
「確か、南の方で戦争をしているんだったな」
俺が口火を切った。
「っ……」
ニコレットが、辛そうな顔をしている。
「いや、詳しくは知らんがね、俺の下僕がそう言っていてな。で、だ……」
俺は紅茶を一口、口を湿らせる。
「恐らく、察するところ、戦争に負けて逃げてきた貴人であるとお見受けするが」
「……そうよ」
ニコレットが絞り出すかのような声で言った。
「魔族の国に、人間がいきなり攻めてきたの。アガスティアの兵達は精強よ、でも、宣戦布告もなしに行われた、人間の国の突然の奇襲で大打撃を受けて、皆散り散りに……」
へえ、亡国アガスティア、ねえ。
「いや、知っての通り俺は転移者なんでね。こっちの世界の都合は分からんよ。それで、ニコレットは貴族なのか?」
「いいえ……、私は王族よ。魔王ヴァルフリート・デル・カーバインの娘、ニコレット・デル・カーバイン……」
なるほど、王族だったか。
「ほう、お姫様か。頭でも下げようか?」
「やめてよ、賢者さん……。むしろ、頭を下げるべきなのは私の方よ。でも、王族として軽々しく頭を下げることはできないんだけどね」
と、軽く笑うニコレット。
「ふむ、で、どうする?」
「……どうもこうもないわよ。近衛騎士達が必死になって私を逃してくれて、それっきり。お父様も討ち死になさったらしいし」
ふむ……。
「失礼」
俺は一言断って、スマホに連動した屋敷内の放送スピーカーに接続する。
『ギラ、リビングに来い』
すると、五分ほどでギラがリビングに来た。
ギラの姿を見た悪魔っ子達の顔は、驚愕で歪んでいた。
「まさか……!最果ての黒龍?!赤毛赤目の黒い龍……、間違いないわ!」
「ああ、紹介しよう、こいつはギラ。察しの通り最果ての黒龍だそうだ。今は俺の下僕をやっている」
「そんな……!最果ての黒龍を、使役、したというの……?!」
驚いている三人をよそに、俺はギラに話を聞き出す。
「ギラ、南の戦争はどうなった?」
「ふむ、悪魔族は北西に移動したが、殆どは念入りに殺されたようだ」
「そんなっ……!」
ニコレットが悲しみの声を上げる。
「だが、他の魔族は殆ど逃げておったわ。おお、そうだ、そう言えば、悪魔族がそこらで何者かを探しておったな」
「……みんなは旧都ウルズへ移動、悪魔族は恐らく私を探している……?」
ふむ……、そうだな。
その辺のコピー用紙とペンを持ってきて、言った。
「手紙を書いたらどうだ?ギラに届けさせるから」
「い、良いの?!」
「構わん、ただ一つ条件がある」
「条件……?」
不安そうにこちらを見つめるニコレット。
「お前ら、ここに住め」
「えっ……、い、良いの?!」
ん?
「置いてもらえるならずっとここにいるけど……?」
え?
「逆に聞くが、帰りたくないのか?」
「帰る場所はなくなったわよ……」
「いや、旧都ウルズ?とやらに行かなくて良いのか?」
「え?ああ、そのね、既にお兄様から連絡があったの。お父様は既に討ち死になさり、今は王子であるお兄様達が指揮を執っているらしいの」
「待て待て、どうやって連絡した?」
「魔法よ?《遠話》って言って、特定の人に一方的に声を届ける魔法があるの。《遠話》に必要な髪の毛は、あらかじめお兄様達に渡しておいたし」
「お前はその、《遠話》って魔法で連絡を取り合っていたのか?」
「いいえ、私は《遠話》を使えないもの。一方的にあっちから連絡が来てるだけよ」
そんな感じなのか。
使い勝手悪いな……。
「聞いた限りじゃ、悪魔族は大きく数を減らして、ほぼ国体をなしていないわ。お兄様達は、私を探すための偵察隊を一応出しているみたいだけど、そんな余裕も殆どないみたいなの」
ふむ……。
ニコレットは言葉を続ける。
「お兄様達は、他の魔族と旧都ウルズに撤退したけど……、もう一度人間が攻めてきたら終わりよ。でも、魔族もかなり抵抗したから、人間側の再侵攻はほぼあり得ないらしいわ。しばらくは富国強兵に努めるそうよ」
それは分かった。
だが……。
「何で、お前らはここにいたいんだ?」
「だって、最果ての荒野から移動なんて、自殺行為よ?」
「じゃあ何でここに逃げてきたんだよ」
「追っ手に追われるうちに仕方なく……。本当はもっと護衛とか、馬車とかもあったのよ?でも、追っ手やモンスターにやられて……」
ふーむ?
「じゃあ、ここから出してやると言ったら、出て行くのか?」
「……その、ね?あっちに戻ったら、確実に政略結婚の道具だしね?」
「ここに残ったら俺しか相手はいないぞ?」
「え……?いやいや、賢者さんは私達の裸を見たんだから、責任を取って娶ってくれるのよね?」
「は?」
「え?」
んーーー????
「そういうもんなのか?」
「そうよ!乙女の肌を何度も見ておいて、責任を取らないなんて言わせないわ!」
そういうノリなのか。
うーん。
「俺はさ、あんまり他人を信用できないんだ。多分、結婚とかしても、うまく行かないと思う」
「良いわよ、別に。だって私達は、貴方に、信用できる証拠をまだ見せてないもの。でも、貴方は、この一ヶ月、私達の面倒をしっかり見てくれたわよね?それをもって、私達は、貴方が信用できると思ったわ」
ふむ。
「だから今度は、私達が貴方に信用してもらう番よ!」
そう言って、三人に真名を預けてもらった。
自分の平穏な生活のためなら無表情で親をも殺すタイプの主人公、好きだけど一般受けしない。
なお、作者は普通に親と仲良しなので邪推はNGだぜ!