「銀」
「何?真凛?」
「そろそろ二年経つぞ」
「へ?何が?」
元勇者、現ユートピアの銀板級冒険者、三ノ輪銀とは私のことさ!
……冒険者にはお約束通りランクがあり、下から白磁、黒曜、鉄板、銀板、金板、白銀となっている。
銀板級冒険者と言えば、プロ級ってこと!
最初の頃は真凛に頼りきりだったけど、今は自分で働いて、お金を稼いでいる。
真凛に相応しい女にならなきゃな!へへへ……❤︎
「だから……、二年経つぞと言っている」
「んー?あー!私が来て二年ってこと?!お祝いしてくれるの?」
「いや……、祝いはするが」
「やったー!真凛最高ー!」
真凛、優しいし、頭もいいし、強いし、カッコいいし……!
私、真凛のこと、大好きだ!
……で、でも、本人には恥ずかしくて言えない。
「その、だな、二年経つぞ?」
「?」
だからなんなんだろう?
二年も何も、私はずっと真凛のそばに居たい!……なーんちゃって!!実際にはそんなセリフ言えないけどねー!!
で、でも、本心はそうなんだからな……?
わ、私、真凛のお嫁さんにしてほしい……❤︎
「……無意識のうちに答えを出すことを躊躇っているのか?兎に角、契約通りに動くからな、俺は」
すると、真凛は私の目を真っ直ぐに見つめた。
「三ノ輪銀」
「は、はい」
「ユートピアで失った二年間を過ごした後に、お前は決めることになっていたはずだ」
「な、何を……?」
「元の世界に戻るか否か、をだ」
元の、世界に……。
………………。
「……そう、だったね。そう言う約束だった」
本音を言えば、考えないようにしていた。
分かっていたよ、そんなことはさ。
「でも、決められない、決められないよ!」
元の世界で、大切な家族と親友達と過ごした日常も、忘れられない。
けど、ここ、ユートピアで、大好きな真凛と一緒に過ごした日々だって、捨てたくない……!!
「元の世界に戻るか?」
「嫌だよ……、ずっと真凛のそばに居たい」
「ユートピアに留まるか?」
「家族に……、友達に会いたい」
「ふむ……、では、定期的に家族や友人と会えて、ユートピアで俺のそばにいる、と言うことか?」
そ、それは……、そんなこと……。
「できるの?」
「俺に不可能はない……、と言いたいところだが、お前に許可を取る必要がある」
「許可……?」
なんの、こと?
「まず、お前の両親と弟。これはいい。突然会いに行っても問題ないだろう。もっとも、偽物扱いされるかもしれないが」
「うん……」
「もう一つ、お前の親友の乃木園子についてだが……、あれは殆ど死んでいる。しかしまあ、意識はあるから問題はない」
「待っ、ちょっと待った!園子が殆ど死んでいるってどう言うことだよ!!!」
そんな、どう言うことだ?!
「ああ……、勇者システムには『満開』と言うシステムがあってな。それは、自らの身体の一部を神樹に捧げて、一時的に戦闘能力を強化するものだ」
「園子が、それを使った、のか……?」
「ああ、何度もな。お陰で、身体機能の殆どを失い、寝たきりの生活を送っている」
「そ、んな……!そんなことって!」
園子は……、園子は、リーダーとして人一倍頑張ってくれてて……、向こう見ずな私をいつも窘めてくれて!普段はおっとりしてるけど賢くて……、優しくて……ッ!!!
なんで、なんで園子がそんな目に遭わなきゃならないんだ!!!
「ん……、ああ、知らないのか」
「何が……?」
「神樹はな、もう限界なんだよ」
「限、界……?」
どう言う、ことだ……?
「今現在、四国の外側は全て滅んでいる」
「……そんな」
「見ろ、神樹の領域の外だ」
タブレットを見せる真凛。
そこには、真っ赤に染まった空と、量産されるバーテックスがあった。
「こ、れは……ッ!!!」
「神樹に守られた領域は、まやかしの平和がある。しかし、神樹が人々を騙すのももう限界だ」
神樹様が、私達を、騙していた……?
「そもそも、真に神なる者ならば、自らの創造物くらい、対価を要求せずに救えて当然だと俺は思うが……、神樹は弱い。穢れなき乙女を贄として欲しているのだ」
穢れなき、乙女……。
生贄……!!!
「許せない……!!!神樹は、私達を、勇者みんなを生贄にしてるんだ!!!」
「平たく言えばそうなる。四国全体の人々という大を救う為に、穢れなき乙女数人という小を切り捨てている」
騙されていた!
騙されていたんだ!!!
「じゃあ、園子は、神樹のせいでもう、身体が……」
「ああ、神樹の力で生かされてはいるが、心臓も止まっているし、手足も殆ど動かないし、片目も見えない」
「ちく、しょう!畜生!何だよそれ、何だよそれぇっ!!!」
何で、何で園子が!!
「落ち着け」
「あう……」
抱きしめられる。
「お前が喚いても事実は変わらない。受け止めろ」
「……うん」
「そして次、鷲尾須美は……、記憶を失った。それと、両足の麻痺」
「……ッ!!!」
須美までも……っ!!!
「失ったのは勇者になってからの記憶全て。つまり、お前のことも覚えていない。そして今は車椅子生活だ」
「そんな、そんな……っ!!!神樹は、どこまで……、どこまでっ!!!」
「お前のことを覚えていないから、会いに行っても意味はない。どうする?」
どうするって……!!
「せめて、須美の記憶を元に戻せないのか?!」
「その場合、魔法で須美の脳を弄くり回すことになるが、お前はそれでいいのか?」
魔法による記憶の植え付け……、人体改造に等しい。
そんなの……っ!
友達の身体を改造してくれなんて、言えないよ!!
「……いや、駄目だ。そんなの、駄目だ」
「ならばどうする?お前の知る鷲尾須美はもういない」
「う……」
「泣くか?それも良いだろう。ほら」
胸を貸してくれる真凛。
う……。
「うわあああああん!!!須美いいい!!!そんなのってないよ!!!須美いいい!!!」
「……落ち着いたか?」
「……うん」
私が泣き止むまで、抱きしめてくれていた真凛。
久し振りに本気で泣いた気がする。
「須美には、もう……」
「お前と須美本人が許可するなら、当時の記憶を植え付けることも可能だが……、嫌ならば構わない。どうする?須美に会うか?」
「……うん、会いたい」
「では、後で会わせよう」
「その前にさ……、神樹が限界って……、やっぱり、世界は滅ぶのか?」
「ああ、滅ぶ」
「そんな……」
「安心しろ、お前の家族と友人、そして現勇者は拾ってやる」
家族は助けてもらえる……。
「やっぱり、バーテックスに負けるんだ……。私のやってきたこと、無駄だったのかな……?」
「さあな。少なくとも言えることは、お前は家族や友人の為に命を賭して戦った本当の勇者である、と言うことだけだ」
そっか……。
「銀、お前はとても良い子だ。必要以上に思い悩むな」
「うん……」
「さあ、お前の友人と家族に会いに行こうか」
「うん」
明日、午後から、家族に会いに行くことになった……。
ある日の午後。
学校は夏休みの頃くらいらしい。
それくらいの日に。
私は、二年ぶりに家族の住む家へと向かった。
「………………」
「どうした?」
「いや……、なんか、緊張するって言うか……」
「俺がついてる」
うん……。
「で、でもほら、絶対に怪しまれるだろうし」
「お前が、お前の死に関わる事象の改変は、人々の記憶操作になるから嫌だと言ったんだろう」
「で、でも……」
「全く、仕方のない奴だな。何かあっても俺が守る。例え偽物だとなじられて追い出されても、慰めるくらいはしてやる。安心しろ」
「う、うん。分かった……」
「よし、では行くぞ」
真凛は、うちのチャイムを鳴らした……。
「はーい」
……お母さんの声だ。
「あら?貴方は……、どちら様ですか?」
「明星真凛。大魔導師をやっている者だ」
「は、はあ?」
「今日は、三ノ輪家の者に会いたいと言う人間を連れてきた」
「は、はあ……」
「銀」
「うん……」
私は、お母さんの前に出た。
「そ、んな……、嘘……?!!!」
「お母さん……」
「銀……、銀なの?」
「うん……」
「貴女、死んだはずじゃ……」
「そこは俺が魔法でどうにかした」
「魔法……?」
あ、これ話が拗れるやつだ。
「兎に角、入るぞ」
勝手に部屋に上り込む真凛。
強引だ……。
「お前が銀の父親か?」
「な、な……?!!!」
「銀が話があるそうだ」
「銀……、本当に銀なのか?」
「……お父さん、お母さん、久し振り」
「銀!!!」
お父さんに抱きしめられた。
「ほう?偽物だとは言わんのか?」
「自分の娘なら、見れば分かるさ……」
「お父さん、お父さん!!!」
「ああ、銀……。どうしてとは聞かない。けど、また会えて嬉しいよ」
「ほら、鉄男、金太郎……」
お母さんが弟の鉄男と金太郎を連れて来る。
鉄男は随分大きくなった。
金太郎はもう、歩けるようになっている。
「て、つお、金太郎……」
「ねえ、ちゃん?姉ちゃんなの?」
「誰?ねーちゃん?」
「鉄男!金太郎!」
……家族との再会。
みんな、私のことを疑わずに、優しく抱きしめてくれた。
本当に嬉しいことだと思う。
改めて、自分がどれだけ恵まれているか、理解した。
一日、家族みんなで過ごして、それから……。
「銀、行くの……?」
「うん……。この世界には、私の居場所、ないからさ」
「そんなことないわよ!銀はうちにいていいの!」
「でも、私は一度死んでる訳だし……。安心してよ、お母さん。今は、真凛のところで元気にやってるんだ。それに、また帰って来るから」
「……分かったわ。必ずよ、必ず、また会いに来てね」
「うん!」
家族に礼を言って……。
次は。
「園子のところ、だな」
「行くぞ」
真凛に連れられて、大赦の方へ。
「お前はだ、はがっ」
「な、何を、ぐあっ」
「侵入し、いぎぃ」
痺れる魔法で、真凛が大赦の人達を無力化する。
「こっちだ」
千里眼で園子の位置を割り出してそこへ移動。
「この部屋だ」
そこには……。
「誰……?」
「園子……」
「ミノ、さん……?!!!」
「園子ぉ!!!」
「ミノさん、そんな、嘘、だって、あり得ない……」
「園子、私だよ、三ノ輪銀だよ。信じてもらえないかもしれないけど……、蘇ったんだ」
「嘘、嘘、嘘だよ!だって、だってミノさんは!」
涙を流し始める園子。
ああ、そうだ。
きっと、私の死んだ後に。
私のいなくなった穴を埋めるために、必死に頑張ったんだな……。
「ごめん!園子がこうなったのも、全部私のせいだ!」
「やめ、てよ、ミノさんは……」
「話は聞いてる。満開で、私の分まで戦って、身体が……。ごめん、私が死んだせいで……」
「やめてっ!」
叫ぶ園子。
「園子……」
「……ミノさんのせいじゃ、ないよ。ミノさんは、何も悪くないもん」
「園子、あの」
「本当に……、本当にミノさんなの?」
「ああ……。私が、三ノ輪銀だ」
「ミノさん、こっち、来て……」
「ああ」
私は、園子の片手をとった。
「あはは、ミノさん。駄目だよ……。久し振りにお手手を繋いでも、感覚、ないんだ……」
「ごめ……」
「謝らないで」
強い目で言う園子。
「ミノさん……。何で、ここにいるのかは分からないよ。けど、また会えて嬉しい」
「でも……、私のせいで園子は!」
「ミノさんのせいなんかじゃないよ。私は、私の意思で戦って、こうなったの。ミノさんが悪いとか、そんなのじゃないよ」
「……分かった」
じゃあ。
園子を抱きしめる。
「頑張ったな、園子。偉いぞ」
「ミノさん……、ミノさあん!うええええええん!!」
園子は、語った。
私がいなくなってからのことを。
どれだけ、寂しかったのか。
辛かったのか。
「うん、うん……、辛かったな、頑張ったな……」
「ミノさん……」
「なあ、園子。聞いてくれよ。私、最近、冒険者をやってるんだ」
「冒険者……?」
「ああ!毎日とっても楽しいんだ!だからさ、園子も……」
「私、は、駄目だよ。こんな身体だもん」
「大丈夫!真凛さんがなんとかしてくれるよ!」
それでも、真凛なら、真凛ならなんとかしてくれる!
「死霊術式であれば、擬似的に動かすことは可能だぞ」
「何で死霊術なんだ?!」
「この肉体は死んでいるからな。回復魔法の範囲ではない」
「ってことは、組織代替か……。それでも、百パーセントとは言わずとも、真凛の腕なら六十パーセントは……」
「まあ、六割なら戻せるだろうな。そんなことをするより新しい身体を作る方が早いが」
「だってさ、園子。治るから、一緒に来てよ、な?」
「本当、に?」
「そうだよ、真凛に任せておけば大抵は何とかなるんだ」
「で、でも、お役目が」
「そんなのどうだって良いだろ?お役目なんかより、園子の方が大事だ。なあ、園子」
「私と一緒に行こう?」
「ミノさん……」
「だってさ、園子は今まで頑張ってきただろ?世界の外側だって知ってるんだろ?!もう良いじゃんか!真凛にお願いすれば助けてもらえるよ!須美だって、助けてもらえるんだよ?また、三人でさ……」
「良いの、かな」
「良いんだよ!大赦も神樹も、もう限界なんだよ!一緒に逃げよう?なあ?」
「……うん、そう、する。ミノさんがいてくれるなら、お役目なんて、『どうだっていい』や」
園子ちゃんは「お役目」より「友達」の方が大事だもんね?