円環世界のマギアレコード   作:鎌井太刀

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「人の思いが神を創り、悪魔を創り、そして全てを創るのです」


第Ⅰ章 円環都市<神浜市>
第一話 教会での目覚め


◇◆◇◆◇

◇『レコードNo.2521792M』◇

 

 

 

『次は見滝原中学校で生徒、教師多数が突如失踪した事件についてです。現在事件と事故両方の線で捜査されていますが、未だ何の手掛かりもなく、捜査は難航している模様です。また現場の校舎には不可解な痕跡が多数発見されており――』

 

 誰もいない無人の校舎の中で、校内スピーカーから同じラジオニュースが延々と壊れたように流されている。

 黒髪の少女は首を傾げながら、このおかしな空間を進んでいく。

 

「アッレー? なーんで誰もいないのー? 今日休みだっけ?」

 

 少女は普通の平日の日に学校に来ていた。そのはずだ。

 休みだという連絡は受けていない。けれども現実としてこれまで誰とも顔を会わせていなかった。

 

「ン?」

 

 わけもわからないまま黙々と廊下を歩いた先に、やがて一人の少女がしゃがみ込んでいる姿を発見した。

 ようやく人の姿を見つけることができ、黒髪の少女は内心喜びながら、その雪のように白い少女へと話しかける。

 

「どうしたのキミ。こんなとこ座り込んで。うちの生徒じゃないみたいだけど」

 

 違う学校の制服を着た少女は、顔を俯かせたまま懺悔する。

 

「私はたくさんの人を殺したの」

 

 それは罪の告白だった。

 

「結果としてたくさんの人を救ったけど、それでも私には重すぎて、立てないの……」

「ふーん、よくわかんないけど。でっかい荷物持ってるってことかなぁ?」

 

 少女の言っている事は、難しくてよくわからない。

 重いとはいうものの、少女は手ぶらで何も持っていないように見える。

 

 けれども、まぁ、重いと言うのなら、取るべき手段は一つだ。

 

「ンー、じゃあ! 私が半分持ってあげよう!」

「え……?」

 

 

「だから、一緒に行こう!」

 

 黒髪の少女に手を引かれ、座り込んでいた白い少女は、ようやく立ち上がる事ができた。

 

 

 ――――これはとある魔法少女たちが、共に導かれた時の記録。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 ――――<教会>主聖堂。

 

 

(ここは……どこだろう?)

 

 私が目覚めると、そこは教会の中だった。

 見上げれば、ステンドグラスが色取り取りの光を複雑に輝かせている。

 

 天井にある窓枠全体を見上げれば、先ほど見た女神様が描かれていた。

 抽象的ではあるものの、私が死に際に見た彼女の姿とよく似ている。

 

 どうやら私は、祭壇のような台座の上で横になっていたらしい。

 ステンドグラスの絵と合わせると、あたかも女神様に抱かれているような構図に見える。

 

 満身創痍だった私の体には傷一つなく、朦朧としていた意識も今ははっきりとしていた。

 あの世というには妙に現実感があり、五感も全て正常なままに思える。

 

(……でも私は『円環の理』に導かれて、確かに消滅したはず)

 

 あの優しげな女神様によって、呪われた因果から救済され、私の魂は輪廻の輪から解脱……消滅したはずだ。

 その『円環の理』に導かれたはずの私が、何故こんな場所にいるのか、さっぱり分からなかった。

 

「――お目覚めになりましたか?」

「っ!?」

 

 突如掛けられた声に反応して、私は祭壇から転がり落ちるようにして立ち上がった。

 

 完全に油断していた。

 声の方へ顔を向けると、そこには修道服を着た女性が立っている。

 

(……誰? シスターさん……かな?)

 

 真っ白なプラチナブロンドの髪に、全てを見通すかのような深い瞳。

 柔らかく微笑みながらこちらの様子を気遣う様子は、さほど信心深くない者でも彼女が聖職者である事を疑いはしないだろう。

 

 彼女は最初に声を掛けて以降、静かにこちらの様子を窺っていた。

 私は意を決して、この教会の関係者であろう彼女に声を掛ける。

 

「……すみません、ここはどこなのでしょう?」

「ふふっ。どこもなにも、ここはご覧の通り教会の中ですわ」

 

(……そういう事を聞きたいわけじゃないんだけど。はぐらかれた……のかな?)

 

 返答に困る私の様子が可笑しかったのか、シスターはくすくすと小さく笑う。

 その茶目っ気のある笑みに嫌な感じはしないものの、何だかからかわれているな、と思った。

 

 初見では生真面目な印象だったのだが、意外とお茶目な一面がありそうな……中々癖のある人物のようだ。

 彼女は一頻り笑うと、ごほんと咳払いをして会話を仕切り直した。 

 

「疑問も多々あるとは思いますが、応答は担当の方が来られるまで今しばらくお待ち下さい。

 ……ところで紅茶はお好きかしら? 待っている間、よろしければお茶に致しましょう。丁度私も休憩時間ですので」

 

 シスターからの唐突なお誘いだったが、私はそれに頷き、了承する事にした。

 私は最早、何が分からないのかすら分からないというレベルで現状に理解が追い付いていないのだ。

 一周回って、焦ってもあんまり変わらないと開き直っている心境だ。

 

 最大の疑問は「私自身何者なのか?」という事なのだが……果たしてその担当の人が答えてくれるのだろうか?

 

「それでは移動しますので、付いて来てください」 

 

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

 

 ――――<薔薇園>裏、教会事務所。

 

 

 私はシスターに案内されて、聖堂から休憩所へと移動した。

 立派な佇まいの教会から少し外れた離れが、事務所として使われているのだと道中で教えてくれた。

 

 その事務所にあるテラスからは、一面の薔薇園を眺望する事ができた。教会が丘の上にある立地のため、高低差から遠くまで見渡す事ができる。

 

「これは……凄く綺麗ですね。あれ全部、薔薇の花なんですか?」 

「ええ、教会の裏は薔薇園になっているの。ここからだと良く見えるでしょう?」

 

 シスターの言葉に私は頷いた。確かにこれは思わず自慢したくなるほどの物だ。

 話によれば、あの薔薇園はシスター達も時折手を貸してはいるものの教会とは別に管理者がいるらしく、ここから反対方向に入場門があるらしい。

 

「ここは見晴らしも良いし、結構な穴場なのよ? 事務所は基本的に関係者以外立ち入り禁止だから、この眺めは普段私達で独り占めしちゃってるの」

 

「他の人には内緒にしてね」と笑みを浮かべて、シスターは秘密にするよう口に人差し指を当てた。

 私は苦笑してそれに頷く。

 

(……たぶん、私に気を使ってくれたんだろうな)

 

 こんな風にぶっちゃけた話をしてくれたのは、恐らくだがシスターの配慮なのだろう。

 先ほどから警戒心の抜けない私の緊張を解そうという心配りなのだと思う。

 秘密を共有する事は、打ち解ける材料として中々手っ取り早い手段だし。

 

 それにこの薔薇園も掛け値なしに素晴らしい物だ。

 花の種類には詳しくないが、花弁のグラデーションがここまで色鮮やかな物だとは思わなかった。おまけに香りも良く、嗅いでいると落ち着いた気分になる。

 

 考えてみれば、元よりこの身は既に死んだようなものだ。

 何故か生きているように動けてはいるが、この場所がいわゆる『あの世』のような場所だと、薄々と理解はしていた。

 

(……もう失う物は何もない。だったら、これ以上何を怖がる必要があるんだろう? そう考えると気も楽かな)

 

 シスターがテーブルに茶器を用意している間、私は改めてテラスからゆったりと薔薇園を眺める。

 しばらくすると、作業の手を止めないままシスターが私に世間話をするように話しかけてきた。

 

「知ってるかしら? 中世ヨーロッパではその美しさと芳香から『人々を惑わすもの』として、薔薇は教会によってタブーとされていたんですって。そう考えるとこの光景もちょっと面白いと思わない?」

「……かつての禁忌(タブー)が、今では教会の裏に堂々と広がっているから、ですか?」

「そう、変わるのはいつだってそれを受け取る人間の意識なのよ。

 あなたが『この世界』をどう受け止め、活かすのかも全てあなた次第」

 

 シスターは大人びた顔で語ると、小さく苦笑した。

 

「……なんて、ちょっと説教臭かったかしらね。ごめんなさい、貴女みたいな若い子を見るとついね」

(この人、いったい何歳なんだろう?)

 

 見た目は私よりちょっと年上くらいの、十七、八歳くらいのお姉さんに見えるのだが。若い子呼ばわりは若干違和感がある。

 とは思いつつも、真正面から尋ねるほどの勇気は持ち合わせていなかった。

 

 それに……気のせいかもしれないが、私の直感が「この人を怒らせたらかなりヤバイ」と告げている。

 それを無視して突撃するのは、勇気ではなく蛮勇という物だろう。

 

「おーい、織莉子(おりこ)ー! ナビの子に連絡入れといたよー!」

 

 私がシスターの対応に困っていると、事務所の奥からカソック姿の中性的な人物が現れた。

 右目に大きな黒い眼帯を付けているのが特徴的だ。胸元には十字架ではなく、指輪のように小さな環が提げられている。

 

 シスターのプラチナブランドとは対照的な艶のある黒髪をショートにしており、服装もあって二人が並ぶ姿はとても絵になった。

 中性的な姿のため遠目では一瞬男性かとも思ったが、近くで見ればボーイッシュな女性であることがすぐに分かる。

 

 彼女はシスター(『オリコ』さんと言う名前らしい)に何事かを報告した後、初めて私の存在に気付いたように目を瞬かせた。

 

「……ン? おお、新入りの子も目覚めたんだね。いやあよかったよかった! 中々目覚めないからどうしたもんかと思ってたよ! こんな事は初めてだからね。あの時の慌てる織莉子の可愛らしさと言ったらもうっ、とてもじゃないが筆舌に尽くし難いほどだよ!」

「も、もうキリカったら、何を言ってるのかしら……お客様の前で余計な事は言わないのっ」

 

 ボーイッシュな彼女は『キリカ』さんと言う名前らしい。

 シスターオリコは突然惚気始めたキリカさんの口を塞ぐと、私に聞こえないようにするためか小声で叱った。

 

(よく聞こえてるんですが……指摘するのは野暮ですかね)

 

 仲の良い二人を微笑ましく思いながら、私はキリカさんに尋ねる。

 

「あなたが『担当の人』なのでしょうか?」

「ン? ああ、違う違う。私はここで牧師の真似事をしてる者さ。キミの担当者はさっき呼んだばかりだから、もう少し時間がかかるね」

「……そうですか」

 

 自分では焦っていないつもりだが、そうでもないようだ。

 自分の立ち位置が不明瞭過ぎると、こうも落ち着かない物だとは思わなかった。

 

「先に私達の自己紹介をしておこうか。私は(くれ)キリカ。人呼んで『愛の伝道師』とは私の事だよ」

「私は美国織莉子(オリコ)。この教会の管理を任されているわ。一応ここの責任者です」

 

 不安が顔に出ていたのだろうか、二人は私に自己紹介をしてくれた。

 初対面の私に、とても親身になってくれているのが分かる。

 

 どうしてそこまで優しくしてくれるのか、その理由はいまいち分からないけど。

 

(オリコさんに、キリカさんか……悪い人達ではなさそうだけど)

 

 教会の責任者ということは、オリコさんの方が偉いのだろうか?

 まあ彼女にはどことなく保護者の様な雰囲気があったので、別に驚く事ではない。

 

 シスターよりも牧師の方が偉いのではないかとも思ったが、この教会、キリストさんとは関係がなさそうだし。私自身宗教関係に興味はないので、あまり深く聞くつもりもなかった。

 

(……あと『愛の伝道師』は、冗談か何かなのかな?)

 

 本人を見ていると割と本気の様にも思えるため、下手な事は言えなかった。

 

(さて、と。次は私の番か……何から話したものやら)

 

「私は――」

「ちょっと待った」

 

 記憶喪失の件について正直に話そうと思い、口を開いたのだが、キリカさんに止められてしまった。

 どうかしたのだろうと首を傾げると、彼女は得意気な顔を浮かべて人差し指を左右に振る。

 

「キミの自己紹介にはまだ早い。担当の子がまだ来てないからね。その時に紹介して貰った方が、キミも二度手間にならずに済む。楽しみはそれまで取って置こうじゃないか」

 

 そんなものかと納得しかけた私だが、オリコさんがくすくすと笑いながら訂正する。

 

「騙されちゃダメよ。キリカは面倒臭がりだから」

「それはひどい誤解だよ! 私は『織莉子以外の事』に極力頭の容量使わないようにしてるだけ! 面倒事を一度に済ませて何が悪いのさ!」

(…………えー)

 

 つまりそれは、二度も自己紹介を聞きたくないという意味だろうか。

 おまけにその理由が、その、なんと言うか。

 ……キリカさん、オリコさんの事が大好きなんだなぁ、と少しばかり遠目になってしまった。

 

 別にそれに関してとやかく言うつもりはないのだが、目の前でぶっちゃけられた私は、果たしてどんな反応をすれば良いのだろう?

 

「貴女は紅茶にお砂糖、何個入れる?」

(そしてオリコさん、完全スルーしてこっちに話し掛けてくるのは……ちょっとキリカさん、そこで私を睨むのは理不尽過ぎませんか?)

 

 キリカさんは拗ねた顔でオリコさんの袖を引っ張った。

 なんだか母親に構って欲しい子供か、あるいは雨の日に捨てられた仔犬のようにも見えたが、流石に口にするのは憚られたので、私は口を噤む事にした。 

 

「……その子には聞いて、私には聞いてもくれないのかい?」

「今更聞くまでもないことよ。キリカの好みはお砂糖三つにジャム三杯。シロップみたいにあまーくするのが好きなんでしょう?」

「織莉子はまたそーやって私を子供扱いするんだ……」

 

(なんだか二人の世界が出来てる……すごく居辛い)

 

 二人の事はもう放っておいて、私は紅茶に入れる砂糖の量について考える事にした。現実逃避とも言う。

 紅茶に砂糖をどのくらい入れればいいのか、私の知識にはない。

 飲んだ記憶も残っていないが、もしかすると以前から紅茶とは縁のない生活をしていたのかもしれない。

 

(とはいえ、キリカさんの真似をするのも危険だし。私はそこまで甘党じゃない……と思う)

 

「……私は砂糖一つでお願いします」

「ふふっ、わかったわ。ミルクもあるわよ?」

「じゃあ少しだけ」

 

 ミルクは折角なので入れて貰う。例え砂糖の量が少なかったとしても、今回は少し苦いくらいで丁度良いかもしれない。

 いちゃつく二人を見ながら飲む紅茶は、案の定というべきか砂糖一杯で十分な甘さだった。

 

「ここに来て最初に織莉子の淹れた紅茶を飲めるだなんて、キミは三千世界一ラッキーな子だよ」

 

 砂糖とジャムで埋まりほとんどシロップと化した紅茶を美味しそうに飲みながら、キリカさんはしみじみと言う。

 我が道を征くというか……中々ロックな感じのする牧師さん(?)だ。

 確かキリストさんの方だと神父も牧師も男性しかなれなかった気がするけど、ここはどうやら違うみたいだから問題ないのだろう。

 

 そうやってしばらく薔薇園を眺めながら取り留めのない雑談を三人でしていると、突然キリカさんの耳がぴくりと反応し、テラスの入り口の方へと視線を向けた。

 

「……どうやら到着したみたいだね」

 

 遅れて私も足音に気付く。

 視線の先に現れたのは、一人の魔法少女だった。

 

 彼女は和服のような魔法少女衣装を着ていた。腰には鞘に納められた刀らしき物を提げている。

 一番近いイメージは新選組の隊服だろうか。空色の羽織を颯爽と纏う姿はとても恰好良く思えた。

 腰まで届くほどの黒髪は後ろで尻尾のように一纏めにしており、真っ直ぐに伸びた背筋は彼女に凛とした雰囲気を与えている。

 

 彼女は真っ直ぐ私の目の前まで歩いて来ると、私の前にその右手を差し出した。

 

「――ようこそ、(ことわり)に導かれし魔法少女よ。ここは『円環世界』。女神様の御座します場所にして、私達魔法少女の楽園だ」

 

 彼女の手が握手を求めての事だと気付き、慌てて握り返す。

 するとどうやら正解だったらしく、にこりと微笑んでくれた。

 

 真面目な顔をしていると鋭い印象を受けるが、笑うと桜の花のように可憐な印象へと変わった。

 

(なんだか大和撫子な感じがする……『先輩』かな?)

 

 私なんかよりもずっと大人な雰囲気だ。

 実際私よりも年上だと思う。身長も私より拳一つ分高いみたいだし。

 

(そうなるとここにいる人達、全員私よりも年上になるのかな?)

 

 自身の正確な年齢すら覚えていないが、多分中学生くらいだったと思う。私が大体十四歳くらいだとすると、彼女は十六歳かそれ以上に見えた。

 

「……と、お決まりの挨拶も済んだ事だし、まずは自己紹介といこうか。

 私が君の担当となる『先導者(ナビゲーター)』の天津(あまつ)千里(ちさと)だ。チサトでもセンリでも好きに呼んでくれ。

 かなり待たせてしまったようで申し訳ない。早速だが君の名前を教えてくれるかな?」

 

 千里先輩はそう言って、私に自己紹介を促した。

 すると脇で私達を見守っていたキリカさんが茶化すように言う。

 

「そうそう、わざわざこの子の自己紹介は、キミが来るまで待ってて貰ったんだからね! 是非とも面白可笑しく頼むよ!」

「もうキリカったら……気にしなくていいわよ? 普通に名前言うだけでも構わないから」

「なんと、そこまで待たせて貰ってたのか。すまないな」

 

(なんだろう……すごく言い辛い雰囲気)

 

 何だか妙な期待が三人から寄せられている気がする。

 残念だけど、その期待には応えられないのが心苦しい。

 

「えーっと名前といいますか……そもそも私には以前の記憶がないのですが……これは普通の事なんでしょうか?」

「ン?」「え?」「ほう?」

(…………え?) 

 

 千里先輩は眉を僅かに上げ、教会組の二人は驚いたような顔をしていた。

 その反応に私も驚く。てっきりここに来るのは皆、私のような状態だとばかり思っていたからだ。

 

 というか、記憶喪失の件は言おう言おうと思って後回しになっていたから、これまで言うタイミングがなかったのだ……と内心で言い訳しておく。

 

「……本当に何も覚えてないのかい?」

「魔法少女の事、魔獣の事、そして『円環の理』の事は覚えています。私が女神様に救済されてここにいることは理解しています。でもどうしてそうなったのか、理由までは覚えていません。私はどうしてここにいるのでしょう?」

「さて、な……」

 

 千里先輩は腕を組んで考え込んだ。

 

「良ければ、君の最後の記憶を教えてくれないか?」

 

 私は覚えている限りの記憶を話した。

 どこかの街で魔獣と戦っていた事。

 力尽きて女神様と出会った事。

 

 常識的な事は忘れてはいない様だが、『私自身』についての記憶が一切失われている事。

 家族はいたのだろうか。何を願って魔法少女になったのか。自分自身の事が一つも分からなかった。

 

 私は記憶にある中で一番印象的だったスカイツリー並の巨大な魔獣についても話したが、千里先輩はそもそもスカイツリー自体を知らない様子だった。

 珍しいなと思いながら、確かスカイツリーの高さは「ムサシ」で634mだったはずだから、あの魔獣の大きさも大体600m超えくらいだと伝えた。

 

「なるほど東京タワーの約二倍か……それは凄いな。魔獣もそのスカイツリーとやらも」

「えーっと、スカイツリーって確か結構前に出来てましたよ?」

「……なるほど、君は私よりも後の時代から来たのだろう。そんなに年は離れてないとは思うが……私が活動していたのは丁度西暦2000年の節目だった。そのスカイツリーは私がここに来た後に作られたのだろうな」

「え……と?」 

 

 ちょっと、何を言ってるのか理解が追い付かない。

 混乱する私に、先輩は苦笑しながら解説してくれた。

 

「この【円環世界】はな、過去と未来全ての魔法少女が最後に導かれる場所なんだ。だから君の生きた時代と異なる時を生きた魔法少女たちが数多く存在する。とはいっても、同じ『都市』ならそれほど生きた年代に差があるわけじゃないが」

(……どうやら私は、色々と非常識な世界に来てしまったらしい)

 

 この世界の時間軸が色々とおかしいのは分かったけど、過去と未来がごちゃ混ぜになるのなら、魔法少女達がどういう順番でこの世界に導かれて来るのかさっぱり分からない。

 

(それこそ、あの女神様に聞かないとわからない……のかな?)

 

 スカイツリーの件然り、ここでは私の中にある常識が通用しない場面が幾つもありそうだ。注意しなければそのうち何か失敗してしまいそうで怖い。

 

「話が逸れたな……恐らくだが、話を聞く限り君の記憶はその魔獣に『食われた』のだろう。魔獣に感情を奪われ、魔力を失った魔法少女の例もある。君の場合、感情ごと記憶を食われてしまったのではないか?」

「あの……別に感情がなくなったとか、そういう感じはしないのですけど」

「ふむ、自覚症状はなしか。私から見れば、君はこの状況で少し落ち着き過ぎている気もするがな。とはいえ魔獣以外に今のところそれらしい理由もないし……まぁ時間をかけて調べていくしかないだろう。幸いこの世界の魔法少女にとって、時間だけはたっぷりあるからな」

 

 先輩は安心させるように私の頭を撫でた。

 なんでだろう? 撫でやすい頭だったのだろうか。

 

(……あの、これすごい恥ずかしいのですが)

 

 どことなく嬉しそうな先輩の邪魔をするのも気が咎め、口には出せずに黙って撫でられていると、横ではオリコさん達が魔獣について話し合っていた。

 

「ふーん? 魔獣って奴にはあんまり詳しくないんだけど、結構厄介そうだね」

「種類はそんなに多くないみたいだけど、数と見境のなさは魔獣の方が厄介みたいね」

「質の代わりに量が増えたって感じかー。その子の話からすると例外っぽいのも結構いそうだけど」

(なんだろ? 魔獣と何かを比べてるみたいだけど……)

 

 私が疑問に思っていると、千里先輩は何か思い付いたのか、私を撫でるのを止めてぽんと自らの手を合わせた。

 

「……ああ、そうだ。君の名前だけなら分かるかもしれない」

「え?」

 

 私が頭に疑問符を浮かべると、先輩は板状の物体を私に差し出した。

 それは何だかとても見慣れたフォルムをしている物体だった。

 

「これを使うんだ。先導者(ナビゲーター)の役目の一つは、このアイテムを新たな魔法少女へ渡すことなんだよ。これがないとここでの生活に不便だからね」

(というか、これは……)

 

「……スマホですか、これ?」

「似たような物だ。【マギアフォン】……略して『マギホ』だ。使い方は君の言うスマホとほぼ同じだと聞いている。私よりも君の世代の方が馴染み深いかもしれないな」

(確かに、私がこちらに来る前にはこれが主流だったと思う)

 

 私はしげしげと薄い長方形の板を観察する。

 大きさも重さも、私の知るスマホそっくりの代物だ。

 

「私達のソウルジェムは既に消滅している。この『マギホ』はソウルジェムの代わりとなる新しい変身アイテムだ。まずはこれに君の魔力を登録しよう。そうすれば君専用になり、他の者が使用できないようになる。……魔力の使い方は覚えているかい?」

 

 不安そうにこちらを窺う千里先輩。

 流石にそこまで忘れてはいない。自転車の乗り方と同じか、むしろ呼吸するように使えてこそ魔法少女だろう。

 

「大丈夫です。やってみます」

 

 私は言われるままに魔力を込める。すると画面の裏に魔法陣が浮かび上がった。魔法陣はマギホの裏に薄っすらと文様を刻むと、そのまま光を失っていく。

 どうやらこれで登録できたらしい。

 

「次に魔力を込めて本体を起動させる。この魔力がパスワード代わりにもなってるんだ。気になるようなら普通のパスワードも設定出来るから、後でやっておくといい。そしてホーム画面から君の魔法少女としての情報が記載されている所までタップして……っと、これだ。ここに書かれているのが、恐らく君の名前だろう」

 

 千里先輩の説明のままに画面を操作していくと、何だかゲームのプロフィールみたいな画面が出てきた。

 私の魔法少女姿のアバターがデフォルメ気味に表示されている脇に、なんだか色々と表示されている。

 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

【ユーザー名】来栖 蒔苗(くるす まきな)

【魔法少女名】未設定

【位階】Lv.1

【SP】100/100

【GP】0

【汎用魔法】

 強化 Lv.0

 治癒 Lv.0

 

【固有魔法】

『???』

 

【特殊装備】

 なし

 

【特記事項】

『???』 

 

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 ――【ユーザー名】来栖 蒔苗。

 

「……<来栖蒔苗>。これが私の名前……かな?」

「ああ、そうらしい。改めましてようこそ、『マキナ』」

「はい、ありがとうございます。千里(センリ)先輩」

 

 私が愛称っぽい方の名前で呼ぶと、千里先輩は「可愛い後輩が出来て私も嬉しいよ」と再び頭を撫でてくれた。

 

(……頭撫でるの、気に入ったのかな?)

 

 千里先輩はそのまま『マギホ』についての説明を続ける。

 

「マギホはソウルジェムと同じように指輪形態にすることもできる。基本的には肌身離さず持ち歩くようにすること。かなり頑丈だし、無くしても魔力登録してあれば魔法で呼び戻す事も可能だから、紛失したり壊れたりといった心配は基本的にしなくても平気。だけどあまり粗末に扱わないようにね」

 

 外見は私の知るスマホと同じだが、中身は完全に似て非なる物のようだ。普通にソウルジェムよりも便利に思える。

 私がそんな事を考えていると、千里先輩は忠告するように言った。

 

「かなり頑丈だとは言ったけど、変な使い方はしないでね。いつだったか日常的に盾替わりに使うようなアホが居たけど、別に壊れない訳じゃないから、そこは勘違いしないように。壊れた場合は何も出来ない上に、そういう事情だと代わりを用意されるのはかなり後回しになるからね。一週間は行動不能になると見ていいだろう。だから大切に扱うようにしてね」

「はい、大切にします」

 

(その発想はなかった……面白い事を考える人もいるんだな)

 

 逆に言えば、盾として使おうと思えるくらいには頑丈という事だろう。別にやるつもりはないけど、いざという時に役立つかもしれない。ソウルジェムと違って壊れても致命的じゃないというのは嬉しい。

 

 私達魔法少女の剝き出しの弱点ともいえるのが『ソウルジェム』だ。

 それがなくなったという事は、弱点がなくなりより強くなったようにも思える。

 

(……あれ、私って結構血の気の多い人?)

 

 この世界に来てまで、いまだに戦う事を考えていた自分に驚く。

 最後の瞬間も一人で魔獣達と戦っていたし、記憶を失う前の自分はかなりの戦闘狂だったのかもしれない。

 

(うわぁ……それは嫌かなぁ)

 

 そう考えると、何だか思い出さなくても良い気がしてきた。

 内心頭を抱えていると、千里先輩はようやく私の頭から手を放した。

 その顔がどことなく名残惜しそうなのは、多分気のせいだろう。

 

「とりあえず移動しようか。いつまでも教会のお世話になるわけにもいかないし」

 

 そう言って千里先輩は、オリコさんとキリカさんに向かって深く頭を下げた。

 

「早速ですがこの都市を案内しに行ってきます。お二人には感謝を」

「いえいえ、これが私達の務めですから……それではマキナさんもお元気で」

「短い間だったけど、また遊びに来るといいよ。愛の伝道師として、恋愛相談はいつでも受け付けるからさ!」

「はい、ありがとうございます。余裕が出来たらまた遊びに来ます」

 

(キリカさんの恋愛相談……オリコさんの惚気話を聞かされる未来しか見えない……)

 

 短い付き合いで既にそう確信できるキリカさんは、やはりロックな生き方をしてると思う。

 

 私は千里先輩の後を追うようにして、教会を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……中々面白そうな子がやって来たわね」

「気になるのかい?」

「そういうキリカも随分と気に入ってたじゃない? 普段は新しい子の相手なんて全然しないのに」

「……あの子、昔のキミにちょっと似てる気がしたからね。この私がそう思うんだから、不思議な子だよ」

「ふふっ、なるほどね。そういう事なら私も嫉妬せずに済みそうかしら」

「なんだい、織莉子は心配性だなぁ。私はキミが望むならどんな場所だって行くし、どんな事だってするよ? ――それこそ神サマが相手だろうともね」

「……大丈夫、私達の願いは既に叶っているわ。女神様に感謝こそすれ、今更叛逆する気もないわ」

 

 

 

「――あの子の幸せも、この世界で見つかるといいわね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 




【MEMO】
『美国織莉子』
 <魔法少女おりこ☆マギカ>に出演。救世のため、とある少女を殺害する。
(架空)贖罪のため、現在は円環世界でシスターをやっている。
 今では魔法少女達の良き隣人、良き相談相手として毎日キリカと楽しく過ごしている。最近はケーキの神様と大の仲良し。稀に振舞われる教会特製ケーキは隠れた名品として密かな人気がある。

『呉キリカ』
 <魔法少女おりこ☆マギカ>に出演。オリコLOVE勢。オリコのためなら神だって殺せる。
(架空)円環世界でも変わらずオリコの手伝いをしている。女神様については、オリコと一緒の世界へ導いてくれたことに感謝している。
 ちなみに好感度で表すと、オリコ>>>>(越えられない壁)>女神様>>>>>>その他となる。オリコを別枠にすれば一番女神様を信奉している。精神的にも成長しているが、基本的にオリコ至上主義なのは変わらない。

(架空)『マギアフォン(マギホ)』
 ソウルジェムに代わる円環世界特有の魔法少女変身アイテム。多機能であり円環世界の必需品。専門店に行けば他の端末に移行することもできるが、神浜市においてはスマホ形態の物が主流。
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