※『三日月夜空』視点。
革命の転校生
――広大な空が見下ろしている外の景色を、いつも私は見つめている。
そうやってその"空"は、人の気持ちなんて考えずに、ただ能天気に私達を見下ろしている。
それはただ平等で、それはただ無情で、己の役割をきちんとこなしてそこに存在している。
そんな空を、その空が見下ろしている景色を……私はいつも見つめている。
学校の授業中、休み時間。他の生徒が友達とおしゃべりをしたりしている中で……私はずっと上の空。
机に伏せて寝ていたり、暇なら本を読んでいたり。
私の目に映るその世界は、そんなつまらない……腐った世界。
初めに言っておくが、私はそこまで落ちぶれていない。
勉強もそれなりに出来て、クラスの順位もいい。
運動もそれなりにできるし、自分で言うのもなんだが容姿も完璧だと思っている。
ここまで書けば、誰もがそれを"リア充"と思うだろうが現実はそう甘くはなかった。
そう……私、"三日月夜空"は、"友達が少ない"。
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五月の半ばに差し掛かったある日の朝。
新しい学年、新しいクラスでの生活が始まって一ヶ月ほど過ぎたこの季節。
私はこの、聖クロニカ学園の高校二年生。この学校にはもう一年ほどいることになる。
クラスの前から二列目あたりに座っている。別にただ、そこに座るように書かれていたから座っているだけ。
誰かの隣になりたかったとか、誰かと一緒のクラスになりたかったとか、そんなことを考えたことなどない。
無論、こんな自分なんかと一緒のクラスになりたいとか、もっと近づいて仲良くして見たいなどと思う生徒も、考えた所でいないだろう。
私は無駄なことは嫌いだ。だって無駄なのだから。与えられている限りある時間を捨てているだけだ。
もっとも、そんな限りある時間という空間が、つまらなく……居ずらくてしかたがないんだけど。
私は毎日学校に登校してきては、鞄から教科書やら本やらを取り出しそれを読む。
誰かと話をするとかはしない。せいぜい会話をしても先生や行事的な内容での受け答えだけ。
他の人みたいに、学校が終わったら……とか。休みどうする……とか。テストはどう……とか。
そんな会話は無に等しい。だって……それは私にとって無駄なのだから。
どうして私がこのような考えに至っているか。というか、そこから脱却しようとしないのかというと。
私には友達がいないから。その友達を……作ろうとしないからだ。
ただそこに与えられている腐った世界に浸り……満足しきっているからだ。
完璧な人間などこの世にはいない、人間必ずしも欠点があるというものだ。
勉強が出来る反面容姿が悪かったり、容姿が良い反面社会性が欠けていたり。
そして私という人間に該当する要素は後者。
こんな私の容姿は他の人に言わせるならば腰まで伸びた長い黒髪が良く似合う清楚な雰囲気の美人だ。
だがそんなものは他人が見て勝手に思い描いた印象であり、私の本性は……男勝りで根暗で口が悪い。
そして……自他共に認めるほど"最低"だと言うことだ。
どうも昔から女っぽく振る舞えなく、男の子がするような格好ばかりし、並大抵の男になら喧嘩でも勝っていた。
そういう頼りがいのある女は大抵同姓にモテるという話を聞いたことがあるが、私の社交性の無さから同姓すら寄りつかない始末。
長所と短所が喧嘩してしまっているような感じで、そして私自身それを気にしたことなどない。
そんな欠点など、直そうと努力したことなんてない。
直すどころか、あらゆることから逃げ続けてきた。
逃げて、やらかして――そして、諦めてしまったのだ。
「今日転校生が来るって話だけど……」
「遅いよね。初日から遅刻とか大物なんじゃない?」
「楽しみ、女子かな? 男子かな?」
と、周りの生徒は今日来るという転校生の話題で持ちきりだった。
転校生も罪深いな。姿も素性も知らない人たちに変な期待だけ抱かせて、初日だと言うのに気がつけば三時間目だ。
それでひょっこり現れて、なんとか場を和ませて、昼休みにでも人気者を演じるつもりなのか。
お前のリア充生活が今日から始まるとでも言うのか、まったく……お気楽な話だ。
だが、私には関係ない。私はそんなやつと触れ合うつもりなんかない。
だって興味がないから。そいつがどれだけできるやつでも、モテるやつでも。私には関係ない。
突然目の前に現れた奴が、突然私のこの腐った世界を壊してくれるなんて……希望なんて抱かない。
だって、かつて私に希望を与えた奴は……私の全てを壊して去っていったのだから。
この腐った世界を作った愚か者は、何も言わずに私の目の前から消えていったのだから。
そうやって私の気持ちを……弄んだのだから。
『だったら俺は、※※のことを百人分大切にするよ。百人……いや、百万人でも百億万人でも、世界中が敵になっても、俺だけはお前の友達でいる』
そんな言葉を着飾って……そんな嘘だけを残して。
ガラガラガラ!!
と、私が過去の思い出に浸っているその時、教室のドアが勢いよく開いた。
教室の生徒と教師がざわつく、この一連の流れの衝撃には、上の空であった私でさえも思わず反応してしまった。
そしてそんな生徒と教師、そして私を含めた全ての者の注目を一つに集めたのは……。
皆が噂をしていた――"転校生"だった。
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今から十年前。
ある日の夕暮れの公園。当時まだ幼い子供だった自分。
その当時も、私には友達と呼べる同世代の子がいなかった。
その時はどちらかというと目立たない方の人間だった。口数も少なく、子供たちの輪にも入っていこうとしなかった。
そう、まさしくその姿は孤高だった。他人が嫌いで、他人が怖くて。
一人でいる空間が好き。そう、私は一人が好きだった。
それだけ自分に自信があった。他人と群れなくても一人で何でもできる自信があった。
私は喧嘩も強かった。性別は女だが、子供同士なのだからその当時なら大きな違いはでない。
そんな私を女の子だと気づく子供も少なかった。私はどっちつかずの……孤高な一匹狼。
こんな私でも、その時には味方がいた。私のお母さんだ。
お母さんはこんな私を心配してくれた。他の子が敵でも、お母さんは私の味方だった。
優しくて綺麗なお母さん。当時の私でも、お母さんなら信じることができた。
まぁ、今となっては……。いや、その話はやめておこう。
そんな一人ぼっちの幼少時代。変わる兆しもないその日常。
そのある日の夕暮れの公園で、一人の少年がいじめられていた。
今でも覚えている。その少年の髪の色は……その時の夕日にも似た……"濁った金髪"だ。
まるでそれは染めたような。金色に染めるのを失敗したような色合いだった。
まだ年端もいかない幼い少年が、このように髪の毛を染めていたら、他の人には不快に見られることは明確。
大人たちが少年に抱く視線を鵜呑みにした、悪意を知らない少年たちによるいじめ。
その金髪の少年はそれに抗っていた。必死に抵抗していた。
けしてやり返さず、我慢していた。その眼だけは、強く相手を威嚇していた。
その眼は例えるなら……"鷹"のような。ただそこに用意された答えだけを射止めるような……そんな眼をしていた。
「なんだあいつ、やり返さないのか?」
そんな眼をするその少年を、私は気にいらないとただ見ていた。
単に喧嘩で勝てないからやり返さないのか、もしそうなら……ただの弱虫だ。
こんなものは……弱い者いじめだと。
「まったく、しょうがないな」
私は座っていたジャングルジムを降りた。
めずらしく私は、誰かを助けてやろうと思った。
助けてかっこつけたいなと、そう思った。
そしてそれが優しさだと思った。だから私は……そのいじめをしているガキどもに向かっていった。
「おいお前ら」
「んだ? 邪魔すんなてめぇ!!」
そう反論したガキのうち一人を、まずは思いっきり一発ぶん殴った。
「ぐあ!」
「おいリョウくん! なにすんだてめぇ!?」
そう聞かれたので、私はかっこつけてこうはっきりと答えた。
「弱い者いじめはやめろ」
その一言に、いじめていた少年たちは愚か、私の後ろにいる金髪の少年も眼を見開いていた。
我ながら恥ずかしいことだが、この時ばかりは……自分に見惚れていた。
素直にかっこいいと思った。いじめられている子供を助けて、まるでそれはヒーローみたいで。
「なんだよてめぇ! かっこつけんな!!」
「ボキャブラリーが貧困だな。幼稚園からやり直せ」
そう決め台詞を吐くと、いじめっ子の少年が私に向かってくる。
「何言ってんだてめぇ! ふざけんな!!」
「頭が悪いって言ったんだ!!」
そう私も、反撃に向かおうとすると。
むくりと、私の後ろで無様に倒れていた金髪が立ちあがった。
ようやくやる気になったのかと、私が後ろを振り返ったその時。
ボカッ!!
この結果に関しては、私も予想ができなかった。
なんとそのいじめられていた少年は、いじめてきた相手を殴るのではなく、助けようとした私を殴ってきたのだ。
これには私も目が点になる。唖然とする。言葉が出ない。
何が起こったのだろうと頭で自己処理する。
「……俺は」
そう少年は何かを言いたそうにして、今にも泣きそうな顔をして……。
「俺は……弱い者じゃない!!」
そう少年は私に向かって叫んだ。
その瞬間私は気づいた。私がかっこ良いと思って行ったその行為が。
いじめを助けることが善意だと思った私の判断が……この少年を傷つけたのだろうと。
きっと多数の子供にいじめられることよりも、誰も味方がおらず一方的にやられることよりも。
この私に言われた一言が……他のどのことよりも少年の心に響いたことだろう。
「……ははは」
だがそんなこと、私からしたらどうでもいい。
当時の私からしたら、ただ単にその少年を助けようとしたんだ。
だからこそ許せなかった。だから私も、その少年に牙をむけた。
「上等だこの野郎!!」
無論、いじめっ子に加担したわけではない。
これは私個人の喧嘩だ。他のやつらなど知らない。
これは私とその少年の喧嘩なのだ。これは私が決着をつけねばならないことだった。
だが当然いじめっ子どもはそれに気に食わず、私達に向かってくる。
「「邪魔をするな!」」
私とその少年は、無我夢中でそのいじめっ子を撃退した。
邪魔をする者は全て殺すと言いたげな、そんな気迫を発しながら。
この二人っきりの空間を大切にしながら、思いっきり喧嘩した。
言葉には出ない。拳が全てを語るその数分間。
次第に互いに立てなくなり、公園の砂場に転がる。
そして互いに目が合う。この時にはもう私達は、敵対する者同士ではなかった。
「はは……やるな」
「お、お前こそ……」
その瞬間、私とその少年は親友となった。
まるでどこかの青春ドラマを演じているみたいだった。
拳で語り互いを理解する。この当時の私にだって……その程度の事が出来たのに……。
いつ頃からだろうか、そんなこともできない。理解しようともしてほしいとも思わなくなったのは。
その少年が私の目の前からいなくなったときだろうか。両親の仲が冷め始めた時だっただろうか。
全てがやけになってやらかしていた時期からだっただろうか。
そして……全てに諦めてしまった時だろうか。
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ガラガラガラ!!
その教室の扉が勢いよく開いた音で、私の意識が現実へと引きもどされる。
そしてそこから現れる転校生を見やる。
その転校生、少し黒く濁った金髪の少年。
目つきが悪く、まるでそれは……全てを威嚇する"鷹"のような鋭い目。
遅刻したせいなのか焦り、声を荒げて低くなっている。
それら全ての要素が合わさったせいなのか、クラスの生徒達は一瞬で凍りついた。
まるで自分の学校にとんでもない不良が現れたと言わんばかりの、関わったら大変なことになると思わんばかりの視線を少年に送る。
授業をしている先生も怖がっている。先ほどまでの転校生への皆の期待が、意外な形で裏切られることとなった。
そして少年は名乗る。自らの名を……。
「て……転校生の……羽瀬川小鷹です」
その一連の流れには、この私でさえ圧倒された。
本人が狙ってやったのなら見事すぎるくらいの威圧感。だがもし偶然ならそれは自分の容姿とこの状況を呪うしかないだろう。
言わずともわかるが、その転校生……初日から誰も話しかけてはくれず、変に関わろうとして失敗しまくっていた。
転校初日からデビュー失敗。私から言わせれば最悪の出だしだ。いつもならば終わったなと、おめでとう非リア充とでもエールを送るだろう。
――だが、私はその少年に対して、他の生徒とは違う感情を抱いていた。
「羽瀬川……小鷹……」
その少年の姿、そして名前。
この瞬間、私の内から光が見え始めた。
これは希望と言うのだろうか。全てを諦め、絶望しきっていた私に芽生えた……かすかなる希望。
「羽瀬川小鷹……羽瀬川小鷹……」
私は何度もその名を口にした。
その名前を呼ぶとワクワクする。高揚する。閉ざされた扉が、開きそうな気がする。
何度も何度もその名を口にする。そして……少年を見つめる。
他の生徒が絶対に見ようとしないその少年を、私はずっと見つめる。
「……羽瀬川小鷹、お前は」
思わずそう、口にする。
その少年に対して、こんなおかしな期待を寄せてしまう。
いつもならバカみたいな話だと笑ってしまいそうだが、その希望といった言葉や、青春といったものにこの時は不変を抱かなかった。
――羽瀬川小鷹。
お前なら……私のこの世界を壊してくれるのか……?
お前なら……この腐った世界から私を救いだしてくれるのか……?
私のこの目に映る……真っ暗な空間を、お前なら光で灯してくれるのか……?
いや違う、それは疑問形ではない。――確信だ。
この少年なら壊してくれる。この腐った世界を。
お前が私の目の前に"もう一度"現れたということ、それは奇跡以外の何事でもない。
この時私は、先ほどまで浮かべていた仏頂面をやめ、自然と笑みがこぼれていた。
これから始まる"再生"に、"再会"に……わくわくを感じれずにはいられない。
本当につまらなかった。
毎日が生きている心地がしなかった。
私は自分を騙していた。生きていると、そう嘘をついていた。
でも私は生きてなどいなかった。死んだ方がマシなつまらない人生を送っていた。
腐った世界に満足していた。満足せざるを得なかった。
全てに妥協していた。全てに甘えてのうのうと生きていた。
自分の殻にこもり、もっと楽しいはずの先にある景色を……怖いと見ようとしなかった。
そんな自分が……愚かで仕方がなかった。
「だが、そんな日常は今日でおしまいだ。そうだろ……?」
そう自分に言い聞かした。
自分と、自分が作り出した存在に言い聞かした。
そして……過去の大切な思い出にも……そう言い聞かした。
今日から始まる。今日から私の青春は始まる。
三日月夜空はもうすぐリア充になる。あいつが転校してきたことで、それは絶対的なものになる。
そうだろ? ――タカ。