『三日月夜空』視点。
隣人部を作ってから、約三週間経過した。
始まった当初は部員探しでずいぶんと手を焼いたが、気がつけばもう四人だ。
友達作りの部活、自分で言っておいてバカらしいものだが、そんな部活にだって存在理由がある。
今日は土曜日だ。
土曜日は普通に部活をやる。といってもとくに何をするというわけでもないが。
というか部活を作ってから活動という活動をしていないな。そろそろ何を言われるかわかったもんじゃない、早く次の手を撃たないとな。
部活には私と小鷹、そして頭のいかれた天才一人とナヨナヨした弱弱しい男が一人。
よくまぁここまで集まったなと正直驚いているが、個性あふれる面子を束ねるのは難しそうだな。
小鷹はもとより、他の二人に私の青春の再生を邪魔されてはかなわない。
これは私と小鷹の問題であり、他の二人はまったく関係のないことだ。だから……邪魔だけはさせない。
小鷹との青春は……私だけのものだ。
「おはようございま~す」
そんな本日、私の次にやってきたのは理科だった。
この学園が誇る天才。そんな良い扱いでよいしょされているこの女もまた、隣人部の部員だ。
この部活に入ったのは、私への恩返し……というのは表上にすぎない。
私はこの女に見返りを求めたわけではないし、この女が勝手に恩を返しに来ただけ。
最も、内心何を考えているかはわからないがな。
「おや? 夜空先輩だけですかぁ?」
「あぁ、小鷹は別用で今はいない」
「そうですかぁ~。だったら……余計な作り笑顔する必要はないようですねぇ~」
そう理科が悪い笑みを浮かべると、勢いよく部室の椅子に座る。
そして私の方を見て、挑発するような態度で言葉を向けた。
「しっかし夜空ちゃんよぉ。どんな感じよ、失ったものとやらは取り戻せそうなのか~?」
そう口調をガラリと変える理科。
これがこの女の本性だろうか。小鷹と話している時はこのような荒れ具合は身を潜めている。
外見は至って真面目な眼鏡をかけた秀才、もとい天才だ。とてもいい子といった、そんな褒め言葉が似合う。
だが本心はこれだ。私に対しては作り笑顔を浮かべていても牙を向けている。それは空気で伝わってくる。
しかしまぁ、後輩にため口を聞かれた所で元々この女には興味がない。なので全く気にはならないことだが。
「あぁ、順調とだけ言っておこう。最も貴様には全く関係のないことだが」
「んだよ吊れないですねぇ。僕はこれでもあなたの作ったくっそくだらない部活の貴重な部員なんですよぉ? 友達作りとか公言してるなら少しはスキンシップくらい取ったらいかがです? 孤独で可哀そうな三日月夜空ちゃん」
「……」
そう、私の反応をチラチラ伺う理科。
悪いが私は安い挑発に乗るつもりはない。
「にしても……羽瀬川小鷹ですか。"あんなの"に価値があるんですかね。この学校にとってはいるだけで害になる存在でしょうに、確か南の方に悪ばかりが集まる高校があるって耳にしましたが、そちらに転校なさった方がよろしい気がしますが」
「……本人の前で言えもしないことを次々と」
「あはは。言うだけ無駄でしょうに。無駄は無価値です。この部活ように存在自体が無駄無駄。だから……あんたも羽瀬川小鷹も変わることはできない。変わろうとするだけ……無駄な行為だ」
笑いながら、理科はつまらなそうにそう口にした。
それを聞いて、私という人間はどう思ったのだろうか。
理科の言葉を借りるなら、無駄な言葉だと思う。
この天才は論理が大嫌いだ。合理的に当たり前のことしか愛すことができない。
だから頑張れば変われる。努力すれば事が成せる。奇跡は起こる。といった綺麗事に虫唾が走るのだろう。
故に私たちを笑う。嘲笑う。下に見て、自分の今の立場に満足している。
私からすれば、非常につまらない人間だ。つまらない女だ。
まるで、この学校の頂点にいる"あの女"の同類ではないか。
「ふん。人を見下すのが好きな奴だな。まるであの……"柏崎星奈"みたいなやつだ」
「……あぁ?」
私がその人物の名前を出すと、理科が少しだけ怒りを露わにした気がした。
「僕があんな優秀なだけの金髪の雌豚と同類だぁ? あんな小さい箱の中で満足してるだけの雑魚とこの僕を一緒にしてんじゃねぇぞ!!」
「……ふふ、その怒りに意味はあるのか? 志熊理科」
「なっ……! 夜空てんめぇ……」
挑発してばかりの割に、相手の挑発には簡単に乗ってしまうようだなこの女は。
悪口の言い合いなら私には勝てないようだ。頭の中で記録しておこう。
と、理科は少し怒りで顔を歪ませながら数秒、落ちつくようにやんわりと笑みを浮かべる。
「……はぁ、理科としたことがずいぶんとくだらないことで怒ってしまいました」
そう自分で反省して、無理やり怒りを押しこむ。
だが、その周囲に放つオーラからは、トゲトゲしており空気に圧力をかけている。
そんな理科は、話を反らすように向かいのソファーの方を見て一言。
「時に夜空先輩、あのソファーで寝ている"おこちゃま"は誰ですか?」
理科が目線を向ける先に寝ている幼女。
私がこの部室に来る前からいるのだが、起きたらめんどくさいから黙っておいたのだ。
こんな言い争いをしていても、一向に眠りから覚めそうにない、スヤスヤと眠っている。
「あぁ、高山マリアだ。この部室の表上の住人だ」
「高山……。あぁ、"スケープゴート"の妹か」
理科はその名字を聞いて、あの女であろう人物の別名を言って納得する。
「スケープゴート?」
「はい。今もちょっと遊んでいる最中なんですけどねぇ。これですよ」
そう言って理科が持ち前のタブレットを私に見せる。
そのディスプレイに表示されていたのは、可愛い女の子のキャラクターと、ポップな雰囲気のネットオセロのゲームだった。
「"白黒大戦ぶら☆ほわ"。可愛い女の子のアバターと特殊なルールで人気のネットオセロですよ」
それは私もネットの広告で見たことがある。
中身は普通のオセロだが、勝って得たポイントを使って萌え美少女のアバターを勝ったりコスチュームしたりして遊ぶこともできるらしい。
そのキャラクターも人気イラストレーターや人気の声優さんを起用しており、ただのオセロゲームではあるがそっちに目を配るユーザーが多い。
課金要素も僅かで、完全実力主義が売りのオンラインネットオセロだ。
私はタブレットを持っておらず、携帯もガラケーのため手をつけたことはない。
「ほう、それとケイトがどう関係ある?」
「それは話すと長くなるので無駄な所は割愛させてもらいますが。単純に私のところに直接勝負をしかけにきたあのシスターを、私は完膚なきまでにフルボッコにしてやりました。あはっ☆」
と、理科は勝ち誇ったような笑顔でそう言った。
確かケイトは大のオセロ好きで、その実力もかなりのものだ。
私も何度か無理やり勝負させられたが、適当に相手をするつもりがいつのまにか本気になり、何十回やった中で数えるくらいしか勝てたためしがない。
そのぶら☆ほわも、確かあのシスターは上位ランカーだったはずだ。そんなのを叩きのめすということは、やっぱり頭だけはいいようだな。
「なるほど。スケープゴートはケイトのハンドルネームということか」
「そういうことです。少ない頭で良くわかりましたね夜空先輩」
最後にまた余計に一言付け足した後、理科はタブレットを操作し始める。
よほど私の事が嫌いなのか気に食わないのかは知らないが、発言するたびに喧嘩腰だ。
正直武力で黙らせてもいいのだが、相手の権力が勝る。変に手を出すと学校側から何を言われるかわからない。
そしてオセロをやりながら、理科は静かな瞳でこう口にした。
「ふふ。夜空先輩、人間とオセロって似てると思いませんか?」
「……というと?」
「人間誰にも白と黒があって、安全な位置を取ろうと躍起になっている。笑えますねぇ」
「……」
理科のその言葉は、単に他人を見下す発言だろうか。
だが、それがただの中傷には思えない。どこかでこの女は、時には自分すら罵倒しているように感じる。
頭が良すぎて評価され過ぎているからこそおかしくなっている。そう思っていたが、どうにも違うようだな。
だからこそなのか、この女に対してどこか熱くなれないのは。
そう、この女も……人生に対して絶望したくなるような……そんな背景がある気がする。
「ん……うぅん」
そんなことを思っていると、ソファーに寝ているマリアが目を覚ました。
むっくり起きて、目をこすり周りを見渡し始めたではないか。
あぁ、まためんどくさいことになるな。生意気なお子様は扱いに困る。
「むにゃ? つい気持ちよくて寝てしまったのだ」
「ふん、ずっと寝てくれていてよかったのにな」
呑気なお子さまに対して、私は不機嫌な態度でそう皮肉を言う。
ただでさえ近くにはめんどくさい後輩がいるのだ。そこにめんどくさいクソガキが絡むと私の気分がさらに悪くなる。
今日はサボればよかったな。なんで部活に来たんだろうか。
「むー。夜空、お菓子くれなのだ」
「今週の分はもうあげただろうが。明日バイトだからその時にまた貰ってきてやるから我慢しろ」
「えー、使えないなぁ。お菓子くれなきゃ夜空がこの部屋にいる意味がないのだ」
「あ~。これだからクソガキは腹立つんだよ……」
未だにこの部屋が自分のものだと思っている呑気なマリア。
そろそろ、教育してやった方がよかでしょうか。
「マリア。もうこの部屋は貴様だけのものじゃない。この部屋は隣人部の部室になった」
「そんなの認めないと言っているのだ!!」
「認めるも認めないも力無き貴様には関係のないことだ。この部屋の所有者である貴様の姉には了承を貰っている」
「んにゃ! 私はあのババアからこの部屋を管理するよう申し使っているのだ。だから私が駄目と言ったら駄目なんだぞ!!」
ああいえばこういうマリア。
ただ学校にいるだけのクソガキがよくもそこまででかい顔ができるものだ。
かといって武力行使してもいいが、そうしたら隣にいる白衣を着たムカつく女に何言われるかたまったものじゃない。
ほら見ろ。そう思った矢先マリアに悪戦苦闘している私を見て、理科があくどい笑みを浮かべている。
「ふふ~ん。なんか子供に冷たくないですか? 子供の言うことにむきになって……夜空ちゃん可愛いですねぇ」
「おっ! 夜空がこんな幼女に対してむきになってるのだ! 大人げないなぁ夜空は~」
「貴様ら……皆殺しにするぞ」
だめだ。こいつらと一緒にいるとどうにかなってしまいそうだ。
抑えろ私。何か楽しいことを考えるんだ。
「……んで、眼鏡の人は誰なのだ?」
「あぁ、そういえば自己紹介はまだでしたねぇ。自分は志熊理科と言います。よろしくお願いしますねマリアちゃん」
「む~。なぁなぁお菓子くれなのだ」
理科はマリアに好意的に接すると、マリアにお菓子を求められる。
「お菓子ですかぁ。まぁあるっちゃあるんですけどねぇ」
そう少し困ったように理科が言うと。
白衣のポケットの中から、飴を一つ取りだし。
ニコニコ笑って、それをマリアに手渡す理科。
「どうぞ。理科はそこの無愛想なお姉ちゃんと違って優しいんですよぉ」
「イラッ☆」
「ありがとなのだ~。本当に理科はこの無愛想なうんこ夜空と違ってやさしいのdいででででで!!」
あまりにも調子のいいことを言うので、私は等々マリアの頬をつねった。
するとマリアは泣き顔で文句を言ってくる。
「なにするのだうんこ夜空!!」
「あぁ!?」
「ひぃ!!」
つい本気で幼女を威圧する私。
だから、そんなことしたら理科の思うツボなのに。
「も、もう知らないのだ! これからは理科にお菓子をねだるのだ!!」
そう拗ねて、マリアが貰った飴玉を口に含むと。
徐々に、その顔が真っ赤に染まっていく。
そして、身体を思いっきり跳ねて高い叫びをあげた。
「ぎゃああああああああああああああああ!!」
いったい何があったのか。
理科の方を見ると、理科があららと困ったような顔をした。
「まぁそれしかなかったんですよねぇ。試作品でもらったスーパー刺激十倍キャンディ。舐めれば眠気がさっぱり、ちなみに数時間は口の中に辛さが残りますので」
「う……うえええええええええええん!!」
なんということか、理科は子供に与えるべきではないお菓子を与えて悪びれもしていない。
マリアはそのキャンディの刺激に耐えきれずその場に吐きだし、そして泣き叫び部室から出て行ってしまった。
私も私だが、理科……恐ろしい奴だ。
「さてと、騒がしい子供はいなくなりましたっ☆ あぁ夜空先輩、常に眠そうにしているあなたにもお一つあげましょう」
「いらんっ!!」
そう言って私にその衝撃キャンディを投げつける理科。
当然私は食べるつもりはない、が……なんかの悪戯に使えそうなので一応貰っておこう。
そんな私の考えを踏まえると、この女と私が仲良かったら学校中で悪さばっかりしてそうだな。
まぁそんな日は来ないだろう。私はこの女と仲良くするつもりはない。
私は……女が大嫌いだからな。
数分後、部室の扉が開いた。
マリアが帰ってきたのだろうか、とも思ったが……どうやら違った。
入ってきたのはこの部活の四人目の部員、楠幸村だった。
「おはようございます。せんぱいがた……」
「あぁ、おはよう」
相変わらずのっぺりとした雰囲気で、礼儀正しくやってくる幸村。
この男もなんというか、女みたいだから嫌いだな。
そうやって弱弱しく振舞って、助けてもらってばかりいるやつは特にな。
「おはようございます楠くん。夜空先輩と二人じゃ話が盛り上がらない所でした~」
「……」
我慢しろ私。
もうこの女の言うことは川のせせらぎとでも思え。
幸村もせめて、こんな私の心を晴らすくらいのことをやってくれ。
「そうですか。おくれてもうしわけございません。はらをきってわびるしょぞんです」
「いや、この部室で事件沙汰はやめてくれ」
「さようですか。ときに夜空せんぱい、お客様がおみえになられてますが」
お客様?
幸村はどうやら誰かを連れてきたようだ。
マリアのことか? でも騒がしい声は聞こえてこない。
もしや新たな入部希望者か? もうこれ以上はいらないぞ。
そんな色んな事を私が思っていると、その人物が部室に入ってきた。
輝かしい金髪のツインテールをした。なぜか目の色が片方ずつ違う小さな少女。
そのゴスロリの格好も相まってか、何かのキャラのようなそいつは、隣人部に現れた。
私は、その少女を知っていた。
「……お前は」
「……」
そう、そいつの名前は羽瀬川小鳩。
まったくもって似ていないが、あのヤンキーの妹だ。
「あらあらこの部活にはずいぶんと奇妙なのばかりがやってきますねぇ。夜空先輩の変人オーラに引きよせられるように……」
「志熊理科。これ以上言ったら本気で殺す」
さすがにこれ以上は理科相手に容赦はできそうになく、とりあえずそう宣言だけしておく。
だが怒ってばかりはいられないな。小鷹の妹が、兄を探してこんなところまでやってくるとは。
ずいぶんとあの兄に懐き過ぎではないかと思う部分は多々あるが、奴の家族背景を思い浮かべればこの子がどれだけあの男を必要としているかがわかる。
まだこんなにも幼く、父親が海外に行って家におらず、母親はもうこの世いないんだ。
同情はしないが、気持ちくらいはわかってあげたい。私にだってそういう情はあるんだ。
「ど、どうした……の? こんなところまでお兄さんを探しにきたのかな?」
似合っていないのはわかっているが、小さな女の子にいつもの態度はしてられない。
私は苦々しくそう見繕いながら、小鳩に接していく。
「うっ……。ククク、あぁそうだ。我が下僕がこのちんけな場で世話になっているというのでな、迎えに来てやったところだ」
そう、小鳩はくろねくを真似たレイなんちゃらのキャラになりきって答える。
あぁもうこれが無ければ面倒見のいいやつなんだけどなぁ。これがめんどくさいんだ。やっぱり欠点は出てくるものだ。
だがそこでめんどくさがってはいけない。子供のやることだ。大人は認めてあげるもの。
「そうか。お兄さん思いの優しい妹さんだね。まぁつまらないものしかないけど、お兄さんが来るまでゆっくりしてなさい」
私は優しく小鳩を部室まで誘導してあげる。
小鷹め、まだ用事が終わらないのか。早くこの可愛い妹さんを迎えに来てやれ。
癪だが私も含めてこの部活の捻くれた連中に囲まれたら、ただでさえアホなこの妹がさらにアホに育つぞ。
「おやおや夜空先輩。先ほどのマリアちゃんに比べるとその子にはずいぶんと優しいのですねぇ」
「うっ……。まぁ、"小鷹の妹"だからな」
「なるほど……はぁ!?」
さりげなく私がそう説明すると、理科は疑ったような目で小鳩を見て驚愕する。
あぁそうか。こいつが小鷹の妹だってことを知らないのか。まぁ初めて会ったのだからしょうがないか。
そして当たり前の反応だ。あの眼つきの悪い兄貴の妹がこれだもんな、信じたくないのは気持ちとしてはっきりとわかるさ。
理科はどうにも苦い表情を浮かべて、一言こう呟く。
「羽瀬川先輩……悪い人じゃないとは思ってたんですけどね……」
「いや、ガチらしいから。攫ってきたとかじゃないから」
今にも信じられないと言わんばかりに理科が小鷹を悪者にする。
だがこいつは正真正銘羽瀬川小鷹の妹。
それをもう一度説明すると、理科が眼鏡を曇らせて頭から湯気を出した。
「……んんっ!? いやいや遺伝子上おかしいでしょうが、あの人類の悪い顔を寄せ集めしたような男の妹がどうしてこんなお人形さんみたいな可愛い子になるんですか!? 攫ってきたか拾われたかしないと不可能でしょうが!!」
「言いたい事はわかる。羽瀬川小鷹の妹がこんなに可愛いわけがないとか言いたいのだろうが、そこは言うときりがないからやめるぞ」
「ぐっ……。くっそあの人工的な髪の色といい羽瀬川家は研究材料の集まりなのかぁ? 気になって仕方ねぇっつうんだよ!!」
最後に口調を崩して、理科は一人で色々と計算しだした。
しばらくそこで悩んでいろ。正直貴様がいると子守り一つできやしない。
「さて、天才バカは黙りこんだし。すまないな小鳩、コーヒーくらいしか出せないんだけど」
「う……。クックック。我は小鳩ではないぞ」
「あっ……あぁ済まなかった。えぇと確か……ナパ・キャットワンチャイ?」
「適当やないかい!!」
私がそう聞くと、小鳩はやたらとキレのあるするどいツッコミを私に浴びせた。
ずいぶんと洗礼されたツッコミだ。あの兄あってこの妹ありと言ったところか。
適当に言った名前を否定した後、小鳩は得意な口上で自身の真名を口にする。
「我は深淵をも支配する偉大なる闇の王、レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌であるぞ!!」
「そうかそうか、あまりにも長くて覚えられないんだ。なんとか覚えるようにする」
「クックック」
私が話を合わせると、小鳩はご満悦のようで調子を取り戻した。
「それで、煌さんは学校がお休みなのにもかかわらずに、お兄さんを探しにこの学校にわざわざやってきたのか?」
「そうだ。最近我が眷属が部活だ部活だと帰りが遅いんじゃ。だから最近の我の供物がいんすたんとばかりで……」
「……そうか」
その話を聞くと、私は少しばかり申し訳無くなった。
一方的に小鷹を部活に引き込んだのは私のエゴだったとして、そのおかげであいつが家に帰る時間が遅くなっている。
配慮が足りなかったか。だが小鷹も小鷹だ、一言あれば早めに帰すものを……。
家で一人早く帰ってテレビを見るのでは寂しいはずだ。そうだ、一人は寂しいんだ。
こんな小さな女の子なら……尚更な。
「……すまなかったな。お兄さんを部活に誘ったのは私だ。今度から早めに帰すようにする」
「……」
私がそう謝ると、小鳩は満足した……ようにも思えなかった。
どっちかというと、そこまで言わせるつもりはなかったみたいに、遠慮をしているようにも思えた。
「……ねぇ、一つ質問してもよか?」
「あ、あぁ。どうした煌さん」
少し間を開け、小鳩はレイシスの口調を閉じて私に質問してきた。
だがあの兄と違って標準語でもない。その口ぶりだと九州の方の方言か。
レイシスのしゃべり方を聞く限りでは標準語もしゃべれなくは無さそうだが、前に小鷹は九州に長くいたとか言っていた。
その時のしゃべり方に慣れてしまったのか……。
「……うち、いくつに見えちょる?」
「ん? どういう意味だ?」
「……やっぱりかい」
私の反応を伺うと、小鳩はとても残念そうな表情を浮かべた。
いくつに見えるという質問。ませたガキにしては大人扱いをしてほしいという意味だろうか。
と、その質問を踏まえて私はあることに気付く。
小鳩はこの学校の通行許可書を首からぶら下げていない。確か部外者がこの学校に入るためには入口で許可書を貰わなければいけないはず。
それに、小鳩が仮に"小学生"だったとして、お兄さんに会いたいという理由で学校に一人通すだろうか。
以上の事を踏まえて考えると……答えは一つしかなかった。
「……まさか、お前この学校の生徒なのか?」
そう私が尋ねると、小鳩は首を縦に振った。
ということは、小学生だと思っていたのは間違いだったということか……。
「……高等部……じゃないとしたら中等部か。中学生……か」
「……なんか、とてもがっかりさせた?」
「……発育悪いな」
「うっ……」
私を心配するように顔色を伺ってくる小鳩に、私は悪口半分でそう答える。
そうか、中学生だったか。ということは余計な心配は不要だったな。
我ながらバカだ。中学生相手に子供をあやすような態度まで取って。
だったらもう、必要は無さそうだ。
「んで? 中等部の貴様がなんのようだ?」
「うっ……」
私が態度をいつもの調子に戻すと、小鳩は軽く怯んだ。
どうにも強く出過ぎか? いやいやこれが私の通常営業だ。
だから問題ないのだ。私はただ普通に接しているだけだ。
「……まぁ、小鷹ならもうすぐ来る。だから待っていろ」
「く……ククク、ならば遠慮はせぬぞ」
「あぁ、というかその口調はあれか? 中二病ってやつか?」
「ぐふぉ! ちゃちゃちゃうわ!!」
私が痛い所を突くと、小鳩は焦ったようにそう否定する。
いやいや中学生でそのしゃべり方なら百点満点で中二病だ。確定だよ、否定のしようがない?
まぁ中二病にかかっている奴が中二病だと指摘されるのは恥ずかしいことこの上ないがな。それは私だって覚えがある。
「しかし一人勝手に中二病で盛り上がるのは構わないが、仮にも私たちは学校の先輩だぞ? その態度は失礼じゃないか?」
「あ……。す、すすすすみません……でした」
私が至極全うなことを小鳩に言い放つと、小鳩は怯えながら、言葉を震わせながらそう謝った。
う~ん、どうにも大人げなかったか。もう少し寛大に振舞った方が先輩としては好かれるのだろうか。
私としては理想の先輩像を描くつもりはないが、相手は小鷹の妹だ。
ということは、丁重に扱ってやるのが私としての情だろう。
「しかしお前もこんなところまでやってくるやつだ。きっとクラスでも馴染めず浮いた存在なのだろう」
「うぅ……。なんでそんなことがわかるんじゃ……」
「いや、なんとなく。可愛いだけが正義じゃないからな、いくら人形のように可愛くてもその痛さはぶっちゃけ引くぞ」
「いうぅぅ~」
まずい、いじめすぎたか。この中二病、今にも本気で泣きそうだ。
どうにか手を撃たないと、ここで年下泣かせたら周りの連中の視線が痛い。
「さすがはよぞらせんぱい。こうはいあいてにもようしゃのないそのふるまい、きょうしゃのきわみです」
「ヒヒヒ。大人げねぇわ夜空ちゃ~ん。ほんと上司にはしたくないタイプの人間ですねぇ~」
「……」
手を撃つ前に、すでに視線は悪かった。
幸村と理科の後輩コンビから蔑まれ、私は頭を抱える。
せっかくここまで兄を求めてやってきたこの痛々しい妹に、私がしてやれることはないだろうか。
ここまでボコボコにしておいてあれだが、いくら女嫌いの私でもこの小さな子にくらいは優しくしてあげたい。
中等部。聖クロニカの中等部か……だったら。
「おいスメラギ」
「ひっ……。す、スメラギ?」
「あぁ、お前が自分で名乗ったんだろ? 自分の名前くらい誇りを持て」
「く、ククク! そ、その通りだ!! その通り……ご、ごめんなさい」
「もういいわめんどくさい。無理に敬語とか使わなくていい、なんだか後輩に無理強いしているみたいで心が痛くなってくる」
そう私は謝りながら、一枚の紙を小鳩に手渡す。
それは、隣人部の入部届けだった。
それを見て、小鳩は首をかしげる。
「な、なんじゃこれは?」
「お前、兄貴が家に帰ってくるのを待つのが嫌なのだろう? だったら兄と一緒の部活に入ればいい」
私は小鳩に、部活に入ることを提案した。
そうだ。家に一人でいるのがいやなら家にいなければいいんだ。
中等部の生徒が高等部の部活に入ってはいけないという規定はない。ので、こいつは隣人部に入ることができる。
それに、妹なら問題はない。むしろ小鷹としても、妹を近くに置いてられるし安心できるだろう。
「え……ええの?」
「何を、決めるのはお前だスメラギ。嫌なら入らなくてもいいし、入りたいなら入ればいい。少しは周りに流されるだけでなく、こういう小さな選択くらいはきちんとしたらどうだ?」
「……」
私がそうキツめに言うと、小鳩は少し悩む。
あぁ悩め。この部活に入るということは、自分の今の現状を認めざるを得ないことと同義だ。
そして変革を求める立場になるということだ。今の自分の孤独を認めたくないならばこの部活を否定すればいい。
少なくともこの部活の連中は、それぞれが変革を求めている。変わることを求めている。
今の自分に置かれている腐った青春に対し、反逆の狼煙を上げる覚悟を持った連中だ。
だからこそ、来いよ羽瀬川小鳩。お前もこちら側に来て、変わる努力をしてみればいいさ。
「……ありがとう……ございます。夜空……先輩」
「むず痒いな。ということは入部するということだな……」
私が言うと、小鳩は首を縦に振った。
その返事だけで充分だ。お前は立派な選択をした。私からだが賞賛を送らせてもらう。
「手を出せ、スメラギ」
「え?」
「握手だ。これから青春を共にする仲間としてのな」
我ながらなんとも臭い台詞だ。
だが時には、この熱さも必要だろう。
建前上、私は隣人部の部長なのだからな。
「……よろしく、おねがします」
「あぁ、百点満点だ」
そう手を差し出す小鳩。
そんな小鳩に対し、私も握手で返した。
そして私は、手に握っていた何かを小鳩に手渡す。
「……飴玉?」
「プレゼントだ。これでも舐めて落ちつけ」
「あっ、その飴玉」
理科は何かに気づいたようにそうぼそっと呟く。
小鳩はそれに気づかないまま、ちょっと笑みを浮かべてその飴玉を口に頬張った。
そして、空高く跳ねるように叫びを上げた。
「んぎゃあああああああああああ!!」
そう、その飴玉はさっき理科にもらった悪戯用の飴玉だ。
この三日月夜空が、後輩を導く心優しき先輩だと誰が言った。
私に変な苦労をさせていた分のお返しはさせてもらう。
「はっはっは。後輩は先輩に弄られてなんぼなのだ」
「うぐぐぐぐぐぐぐ。やっぱり……気にいらへん……」
そう苦々しい表情で私を睨む小鳩。
そして数分後、小鷹とケイト、そして逃げたはずのマリアまでもが部室へとやってきた。
まず最初に小鷹が、小鳩の存在に気づく。
「小鳩、お前どうしてここに……」
「クックック。我もこの部活とやらに入ることにした。よろこべ眷属よ」
そう小鳩に言われ、何がどうわからず小鷹は目が点になった。
これまでのいきさつを説明すると、小鷹は疑うような眼差しで私に訪ねてきた。
「お前、俺の妹まで騙して部活に入れたわけじゃねぇよな?」
「そんなことはしない。今回はちゃんとお前の妹が選んだことだ。後ろの二人も立派な証人だ」
そうとだけ私が説明をすると、小鷹は煮え切らない物を感じながらも、無理やり納得した。
その後、ケイトがなにやら理科を睨みつけた。
「おい博士ちゃん。なんかうちの妹に変なもんあげたそうじゃあないか~?」
「あぁ申し訳ありませんねぇ。あなたの妹が卑しくお菓子を求めて来たので、ぽっけに入ってた適当な物を渡しただけなんですけどねぇ~」
ケイトに追及され、理科は笑みを緩ませずに嫌味ったらしくそう答える。
そういえばこの二人仲が悪かったな。あの高山ケイトが唯一手を焼いた人物、それが理科だ。
やはり、出来すぎくんは心に穴を開けている物なのだな。
「ったく、今日の所は許してあげるよ。この借りはネットオセロでつけてやる。"ウルトラアンハッピー"さん」
おそらくケイトが言ったそのネームは、理科のネットオセロのハンドルネームだろうか。
なんという人生クソ食らえなハンドルネームを設定したのやら、日曜日の朝が泣いているぞ。
しかし……顧問も入れて七名。ずいぶんと個性あふれるメンバーがそろったものだ。
友達を作る部活――隣人部。わずかな間でここまで大きなものになるとは。
「ふっ……」
私は思わず笑みを浮かべる。
当初の目的とは大きく外れたが、仮面を被ったままここまで大きな集まりを作れたことに笑いが起きて仕方がない。
全ては私の腐った青春を破壊するための偽りの部活。それはまさに、オセロの白と黒のように。
私の新たな色が、今まで私を染めた悪しき色を染め上げなおす。そして全てがクリアになったら、私は……失った友情を取り戻すのだ。
「どうした? 珍しく笑って……」
そう尋ねてくる小鷹に、私は優しい口調で、こう返した。
「あぁ、嬉しいのさ。ただ……嬉しいんだよ」
そうだ、嬉しくて仕方がない。
小鷹が私の、手の内にあることが……。
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三日月夜空。失った友情を取り戻そうとするその少女。
彼女は十年前に失った。大切な日常と、その日常を共にした親友を。
崩壊した家庭に絶望していた彼女にとっての、唯一の光だったその親友の存在。
失うべくして失ったわけではない、それは神の悪戯によって奪われたのだ。
だから夜空は憎む。己から全てを奪う物を、大切なものを奪おうとする全てのものを。
「なぁトモちゃん。私はようやく取り戻す時が来たんだ……」
誰もいない静けさが増す教室。
そこで、彼女はいないはずのものに話しかける。
そうだ。彼女にはいないのだ。この歓喜に満ち溢れる感情を伝えられる存在が。
だからこそ彼女は想像する。己の全てをさらけ出せる存在を。
故に彼女は騙す。己を騙す。大切な存在を騙す。
そして押しつける。自分が奪われたその重みを、悲しみを……親友という立場を使い。
「十年前。"私と羽瀬川小鷹は親友だった"。切っても切れない関係だ。私にとってのあいつは……希望の光だ」
その真実を、誰にも渡したくはない。そう少女は願うだろう。
大切な親友を、親友である存在は全てが自分のためにある。自分のためになくてはならない。
それが間違いであろうが、友情という言葉に意を唱えるものであろうが。
それを全て正当化しなくては気が済まないのだ。じゃなければ、少女は不幸の星の元に生まれるはずがない。
「この私の気持ちを……あいつに伝えたら……あいつはわかってくれるだろうか」
夜空は静かな声(うた)でそう尋ねる。
その願いを、彼女にとってのたった一つの希望を。
そんな彼女の希望を、この時……一人の不規則が偶然にも……聞いていたことをただ知ることなく。
「……あの女と……羽瀬川小鷹が親友?」
そう、夜空の知られたくない真実に到達してしまったその少女は、その真実を反復させる。
何度も何度もそう口にした。そして、そのことに対して何度か自問自答を繰り返す。
結果的に、少女は何度も同じ答えにたどり着く。
「……友情なんて、くだらない」
そう呟いて、その少女はその場を去っていった。
だが興味が湧いた。その友情に、どれだけの価値があるのかを。
だから少女はこの時、自らの足で動くことを決めた。
柏崎星奈はこの時、三日月夜空にとって"最大の敵"になった。