新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第11話です。

『三日月夜空』視点。


CONNECT~三日月夜空の気持ち~

 隣人部を設立して早くも一か月ほど立とうとしている。

 同級生の小鷹の他に後輩が三人+子供一人が入り、顧問とまでついており私は正直驚いている。

 部活を創設し、成果という成果は十分に出している。軌道は波を描いているのだ。

 だが、私にとってその成果とは正直小さいものだ。私の心は未だに満たされていなかった。

 表向きは友達作りの部活、だがそんなものはあくまでスローガンなだけであって、部活に入った目的など個人個人違うものだろう。

 ぶっちゃけると、部長の私にすらこの部活には本当の狙いが存在する。

 私はこの部活で失ったものを取り戻す。そのために私は動き出したのだ。全てから逃げ出したこの私が……。

 

「……今日は誰もいないか」

 

 私は一人部室に入り、誰もいないことを確認し小説を開く。

 少し前の私ならば、エア友達のトモちゃんとお話をして自分を満たしていたのだろうが、今は正直トモちゃんと話す気分ではない。

 その時の私には『希望』すらなかった。だからエア友達というヘンテコな趣味を作り自分を保っていた。

 だが今の私には『希望』がある。そう、隣人部という希望が……と、私は今嘘をついた。隣人部はあくまでその希望を逃がさないための枷なのだ。

 私にとって本当の希望とは、"羽瀬川小鷹"なのだ。

 実は私はあいつのことを"知っている"。だがやつは私のことを知らない。

 いや、"気づいていない"……と言った方が正しいだろうか。

 あの時授業でコンビを組まされたあの日、いや……あいつがこの学校に転校してきたあの日から。

 絶望だらけの世の中にあきれ返っていた私に、変革の狼煙があがったんだ。

 

-----------------------

 

 かつて、こんな私に大切な言葉をくれた人がいた。

 私が生きる上で大切にしようと決めた言葉。

 今では、その言葉には価値などないだろう。だが、どんなことがあっても私にとってのその言葉は、人生を変えてくれた言葉だった。

 そう、私の母がくれた言葉。その母が私にとって大切な存在だった時にくれた。とても美しかった時にくれた言葉。

 

 ――友達百人なんてできなくてもいいから、百人分大切にできるような本当に大切な友達を作りなさい。

 

 ……ある日、その言葉をくれた母は変化した。

 自身にとって大切な存在に逃げられ、捨てられ、心を闇に閉ざしてしまった。

 母と父が離婚をした。私がまだ幼く物心ついたその時に。

 離婚寸前、母親と父親の喧嘩が耳に残るくらい毎晩毎晩行われた。

 父親に縋りつく母親、あの大切な言葉をくれたとは思えないくらいに、惨めで見るに堪えない姿だった。

 そんな母親でさえ、父親は大切にしようとした。だが、すれ違いを繰り返すうちに、その愛は冷めていった。

 何度か父は私に言った。「あんな母さんでも好きか?」と。

 一方的な愛に囲まれ満足しているだけの母親。愛を訴えるだけで愛を与えることを知らない母親。

 自分だけが愛されて当然だと謳う母親。そんな惨めな女に等々、父親は愛想を尽かして別の女の所に逃げた。

 その逃げた先の女というのも、また皮肉な話だった。

 

 その女は、母にとっての……たった百人分大切にできたたった一人の親友だったからだ。

 

 あの言葉を私に言った母親が、その友達に裏切られた。

 友達に全てを奪われた。略奪された。とても大切な存在を根こそぎ持っていかれた。

 母は絶句した。絶望に支配された。もう何もかもが信じられなくなるくらいに、母親は変貌した。

 毎日毎日、その友達と捨てた父親、そして父親に付いて行った"私の姉"について悪口を言う日々。

 慰謝料を貰う度に、どうにもいえない顔をする度。私はそんな女でも大切な母親だから、私は見捨てられなかった。

 何度も父親に、こっちに来いと言われた。姉からも声をかけられた。だが私は揺れなかった。

 あの言葉をくれた母親が、このままで終わるはずがないんだ。そうだ、私はあの言葉を否定したくなかったんだ。

 だから私は母親を信じることにした。私が元に戻してやる。絶対にあの言葉を、本物にしてやるんだって。

 

「お母さん。元気出して……。今日はお母さんのために、ご飯を作ったんだよ」

 

 ある日私は、母を元気付かせようと必死に料理をした。

 これで少しは元気になってくれればと、思ったのもつかの間だった。

 母はその私の気づかいに対して、当てつけのつもりかと詰られ、包丁で刺されかけた。

 親愛なる母に殺されかけた。驚くことに、その時私は涙一つ流さなかった。

 驚きが勝ったのだろう。泣くことを通り越して何もかもが壊れた。あまりのショックなのか、その時から私は料理ができなくなった。

 それからも私は落ちぶれる母を見続けた。観測し続けた。その結果……見るたびに身震いを感じるようになった。

 こんな生き物にはなりたくない。奪われて落ちぶれ、こんな存在にしたことを悪びれもしない"女という存在"を、私は嫌悪するようになった。

 ある日から、私は女であることをやめようと思った。ずっと男のような格好をして、男になりたいと願うようになった。

 誰かを救えるヒーローになりたい。そんなことを思いながら、友達を作ろうと頑張ったが、男っぽいという理由か私を避ける子供が多かった。

 友達もろくにできないまま、数日が過ぎていく。

 

-----------------------

 

 私と小鷹は10年前、"親友"同士だった。

 転校初日に見た時は「嘘だろ……」と思ったが、あのくすんだ金髪を忘れるはずがない。

 十年前に多人数のガキに絡まれてたあいつを助けたのが羽瀬川小鷹との出会いだった。

 それはまさしく運命の出会いだったよ、当時の私は非常にひねくれ者で、女なのに女っぽくしようともしない、男勝りの女の子だった。

 無駄に正義感が強く、喧嘩も強かったから同姓の子からは遠い目で見られ、異性の子にすら恐れられた。

 つまらない毎日に嫌気をさし、たまたまいじめられていた金髪の同い年の子供がいたから、正義の味方気取りで助けてやった。

 

「弱いものいじめはやめろ!」

 

 私はそう言って意気揚々と現れ格好つけた。ここでいじめられているやつを助けてやればカッコイイと思った。感謝されて当然だと思った。

 だけど、その時そいつ、助けた私をどうしたと思う。"殴り返して"きたんだよ。

 助けてやったのにそいつは私を殴ってきた。

 予想外の行動に、私の目が点になった。

 恩を仇で返すとはそのままの意味だろう、そしてそいつは……小鷹は私にこう言った。

 

「俺は弱いものじゃない!!」」

 

 私に向ってそう言ったそいつの顔には覇気があった。私にそう言われたことは、多人数から殴られること以上に辛かったことを物語っていた。

 その言葉を聞いた時、私は笑った。笑ってこう返してやった。「上等だ!」って。

 弱くないというなら証明してみろ。口だけでなく行動でな。

 私はそういう気持ちで小鷹と殴りあった。

 自分が女だということを本当に忘れるほどに、男の子同士のガチの殴りあいを演じてやった。

 それを見ていた多人数のガキどもが、無視をするなと私たちに向かってきた。

 だが私と小鷹はそいつらをたった二人で返り討ちにしてやった。こいつと二人なら10人の相手にでも勝てる。その時はそう思えた。

 そいつらを返り討ちにした後も、私は小鷹と殴りあいを続けた。

 死闘の末、結果はドロー。お互いに倒れ青春ドラマのようなセリフを吐いた。ドラマの主役になったような気分だった。

 

「はぁ……お前強いな」

「ふぅ……ふぅ……。あぁ、お前こそな」

 

 そんな会話を繰り広げながら、互いの実力を褒め合う。

 それから数分後、二人しかいなくなった公園で、私はそいつと話をして見ることに。

 

「……ごめんな、助けてくれたつもりだったんだろ?」

「あぁ、だが"オレ"の一方的な押しつけだ。お前からしたら嫌だったようだし」

 

 お互いに先ほどの事を謝り合う。

 この時、私は自分の事をオレと言った。女の子ではなく、男の子としてそいつに接することを決めた。

 格好も男の子っぽいし、なにより女としてそいつを見たくはなかった。

 もし間違った感情を抱けば、あの母みたいになってしまうのではないかと思ったからだ。

 だから、間違いたくはなかった。そして、そいつにも……変な感情を抱いてほしくなかったから。

 

「俺、羽瀬川小鷹って言うんだ。君は?」

「……オレは」

 

 そいつに名乗られ、私は口ごもった。

 三日月夜空と、名乗ってもよかったが、どうやってもそれは女の名前だ。

 今の自分はその名を名乗れない。だから、私はなんとか誤魔化すように名乗った。

 

「ごめん、自分の名前……あまり好きじゃないんだ」

 

 その言葉は、誤魔化すと同時に少しばかり本心が入っていた。

 なにせこの名前は、あの惨めな母がくれた名だからだ。

 あの母親に付けられた名前をこの時使いたくないと思ったのは真だ。

 

「そっか。じゃあ……君の事をなんって呼べばいいんだ?」

 

 そう、小鷹が訪ねてくる。

 何と呼べばいい、何と呼ばせればいい。

 この私に対して心を開いてくる、この優しい少年に嘘をついていることを悩みながらも。

 だが、それを自分の優しさだと正当化しながらも。

 私は悩んだ末に、こう名乗る。

 

「……ソラ」

 

 それが、十年前の私のあだ名。

 それを聞いて、小鷹は目を輝かせて私の名を呼ぶ。

 

「ソラ……か。かっこいいじゃん」

「か、かっこいい?」

「うん。だったらそうだな、俺のこともあだ名で呼んでもらおうかな。だったら……」

 

 そう悩み、少年はその名を名乗った。

 私にとって、唯一無二の大切な名を。

 私の心に刻まれた、私にとっての希望の名を。

 私はその名を忘れない。その存在を忘れない。

 ずっと、一緒にいたいと願ったその時の気持ちを忘れない。

 今でも、頭の中で浮かぶその名は……。

 

「――タカ!」

 

 その後私は小鷹に似たものを感じ取り、次の日からは仲良く遊ぶ友達同士に発展した。

 昨日の敵は今日の友とはこのことだ。あの言葉は嘘ではなかったのだ。

 そして私にとって初めての友達。この日から私の見る世界はガラリと色を変えた。

 楽しかった。本当に楽しかった。あの日々が、あいつと共に過ごしたあの日々が。私にとっては宝で、それは夢のようで……。

 夜空という名前の通り暗闇にとらわれていた私に朝が来て、その太陽がどの光よりも神々しかった。

 そんなある日のことだ。

 私がタカと親友になって数ヶ月経ったある日、遠夜市の高台で。

 少しだけ、私は己の本質の少しをさらけ出そうと努力をした。私は母からよく言われていた大事な言葉を小鷹に送ったのだ。

 

「小鷹、オレの母さんが言ってた。友達百人なんてできなくてもいいから、百人分大切にできるような本当に大切な友達を作りなさいって。たった一人だけでもお互いのことを誰よりも大切に思える本当の友達がいれば、きっと人生は輝かしいものになるだろうって」

 

 かつての母が言ってたその言葉こそ、私の生きる上で欠かせない原動力だった。

 今では、あの女が言うにはもったいなさすぎる言葉だ。あの汚れた口からは言ってほしくない言葉だ。

 私にとっては大切な言葉と同時に、私を縛る呪いの言葉。

 こんな私にもいつか、本当の親友ができると信じていた。だからこそ、この時ばかりはこの言葉に従うことにした。

 この時の私は神様を信じていた。神様は奇跡を起こすって信じて、私は奇跡への軌跡を描き続けていた。

 その言葉が、あの母親がくれたたった一つの贈り物が、何かの結果になってくれればと願った。

 あんな母親でも、私に何かを残したのだって証明したかった。その想いでいっぱいだった。

 そんな私の願いに、神様は答えたのか……神様は本当に奇跡を起こしてくれた。

 羽瀬川小鷹という存在が、奇跡の代弁者の如く私にこう言ってくれた。

 

「だったら俺は、ソラのことを百人分大切にするよ。百人……いや、百万人でも百億万人でも、世界中が敵になっても、俺だけはお前の友達でいる」

 

 ……心が震えた。

 泣きそうだった。けどそれ以上にそう言ってくれる小鷹への恥ずかしい思いが勝った。

 当時子供だった私に、本当の悲しみを感じることはできなかったんだろう。だがそれは、心に深く届いた。

 この少年が、羽瀬川小鷹が私の失ったもの全てを埋めてくれる。

 だから、何があってもこの少年だけは信じようと決めた。だって、こんなにも私の事を大切に思ってくれるのだから。

 願いはかなった。奇跡は起こった。私は最高の親友を……百人分の友達を作ることができた。

 こいつがいれば私には怖いものはない。もう何も怖くない、怖くはない。

 

「タカ……大好き!!」

「ちょ……苦しいよソラ~」

 

 これからもずっと一緒だと、ずっと親友だと。

 そう、思わずにはいられなかった。だが……。

 

 後に思い知ることになる。その時は永遠ではなかったと。幸せだった時間は突如として途切れた。

 

 それはなんの予兆もなしに、小鷹は私の前から姿を消した。

 

 姿を消す前の前日、小鷹が私に何かを言いたそうにしていたのを思い出した。

 

「明日、学校が終わったらこの公園に来てくれ!! 大事な話があるんだ!!」

 

 ある日、少年は私に言った。

 当時の私にはその言葉の重みを理解できなかったのだろう。

 私自身も、いい機会だと思い自分が女であることを明かそうとした。

 

「だったら、オレも大切な話をタカにする!!」

 

 この少年に対して、嘘をつき通すことに限界を感じた。

 こいつにだけは嘘をつきたくないって、私の心の罪意識が限界に達したのだ。

 全てを明かそう。私の悩みも、悲しみも、本質も全てを……。

 だけど恥ずかしくて行けなかった。あいつとの約束を果たすことができなかった。

 その時の躊躇が、一瞬の弱さが命取りとなった。

 その私の弱さが、どのような結果を引き起こすかも知らず、小鷹は結果として私の前から姿を消した。

 私はすぐさま察した。大事な話とはきっとこのことだったんだって。

 

「羽瀬川さん? 確か昨日引っ越したわよ~」

 

 違和感を感じた日、私は少年を探し回った。

 そして得た答えがこれだった。あの少年は、私に別れを告げずに引っ越してしまったんだ。

 この時、私は全てを理解した。理解せざるを得なかった。

 

「どうして……だったらそんなもったいぶらないで……早く言ってくれればよかったじゃ……」

 

 私は悔やんだ。自分の弱さを。

 

「嫌だ。お前がこの街からいなくなったら……オレは……私はどうすればいいんだ」

 

 何度も何度も後悔を口にした。

 寂しさを口にした。だがその寂しさを埋めてくれる存在は……もういない。

 だが、弱くはありたくない。これであの母みたいになりたくはない。

 小鷹は言おうとしてくれたんだ。それを拒否したのは私。

 だが、それを認めたくない。あいつがいないと何もしたくない。

 

「タカ……羽瀬川……小鷹。あ……あぁ……あああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 公園で一人、親友の名を叫び、言葉にならない涙を流した。

 私をこの絶望の街に一人置いていった親友。

 百人分大切にしてくれると、約束してくれた。だが、あっさりと約束は砕かれる。

 絆という鎖は引きちぎられる。そのことに関して、私は憎しみを抱く。

 親友に対しての膨大な愛が、膨大な憎しみを生む。

 歪みたくないと思うほど、自分が歪んで行くのがわかった。小さかった私にすら少し感じていた小鷹への"愛"が、その時初めて"憎しみ"へと変わった。

 でもその弱さを認めるのが嫌で、全部を小鷹のせいにした。

 親友に自分の弱さを全てなすりつけた。小鷹は知らずとも、私の中ではそうすることでしか自分を保つことができなかったから。 

 その経験が私の中でくっついて剥がれなくて、何かある度にその事を思い出して唇を噛み殺した。

 忘れたくても忘れられない、あいつへの友情が、愛があふれ続けているのに。それがすべて憎しみに変わっていく度に自分が壊れていくのがわかった。

 

「こんな思い、二度としたくない」

 

 私は何度もそう言った。言うたびに思った。

 まずは小鷹のことを忘れよう、そうすることで前に進めるのだと自分の中で念じ続けた。

 中学に入って、コスプレやネットラジオのような痛いことに走ったのを今も覚えている。

 あの時以上のトラウマを生み出せば忘れられるのだと思ってやったことだ。過去の亡霊を消そうと私は何度も一人で葛藤し続けた。

 ろくに友達も作らず、私は容姿がよかったのか近づく男も多かったが全部それをにらみ返して遠ざけた。

 同姓の子たちなどもってのほかだ。女は全てを奪う醜い生き物。誰もかもと話さず、私は一匹狼を貫き続けた。

 全ては"あの日"があったから。親友を作ったことで自分の中に生まれた深い傷。それが私に青春という二文字を遠ざけ続けていた。

 だけどあの日を忘れることができれば、でも忘れることができなかった。

 どうして小鷹が私の中から消えない! どうしてタカは私の中で居座り続ける!! やめろよ!! お前は私を置き去りにしたくせに!! なんで……なんで……。

 

「なんでお前は、私の中で笑い続けてるんだよーーーーーーーーーーーーー!!」

 

 その笑顔が怖かった。

 そのほほ笑みは間違いなく親友への優しいほほ笑み。だけどその時の私にはなによりも怖いものだった。

 

「ふざけるな! 笑うんじゃねぇよ!! 私をこの街に置き去りにしたくせに!! 私を裏切ったくせに……裏切ったくせにぃぃぃぃぃ!!」

 

 その叫びが、どれほど醜いものだったかを自覚している。

 その言葉の一つが、私の嫌悪する母親と"同じ物"であることを、思い知らされて私はさらに泣きじゃくった。

 そうか、こんな気持ちなのか。裏切られるとは、見捨てられるとは。

 あいつはその笑顔で私に傷をつけた。その笑顔があったから私はここまで堕落した。ここまで悩み、狂うのならあの日なんてなければよかった。タカと出会わなければよかった。

 私は泣いた。それでも諦めたくなくて抗い続けて、その度に一人でむせび泣いた。

 あいつを忘れようとやらかして、やらかして……。

 最終的に私が下した結論は、"諦める"ことだった。

 あの日を忘れることも、親友を作ることも、青春することもリア充になることも……全部まとめて"諦めてやった"。

 その度に私はあの母に近づいて行くのがわかる。だが、もう暴走した感情を止める術が見当たらない。

 人は一人だって生きていける。ウサギは一匹だとさびしくて死ぬというがあれは嘘だ。

 隣に親友がいることでなにも怖くないと言ったあの日の私に変わり、今度は一人でいればなにも怖くないと言う私が生まれた。

 

「もう怖くない、友達ができないのなら自分の中で作ればいいじゃないか、有能な人間が生き残るというなら全ての欠点を補え、私一人が完璧になればいいんだろう? タカ……そうなんだろ? そういうことなんだろ? あは……あはは……」

 

 笑いが止まらなかった。

 不安定で不完全な私が初めてまともに出せた結論、唯一諦めることなくたどりつくことができた結果だ。その結果が"諦める"ことというのがまた皮肉な話だ。

 私は家に帰ればやりたいこともなかったので、勉強だけしていた。結果として今のクラスでは成績トップだ。

 どうだ? 友達がいなければ賢くなれるんだよ、この野郎。

 その他、元々喧嘩も強かったので運動神経もよかった。様々な部活にもスカウトが来たが全部断ってやった。

 そいつらは私が目的ではなく、私の能力が目的だったからだ。魂胆がバレバレなんだよくそが!!

 私は容姿もよかったので、近づく男が多いのも変わらない。

 でも容姿だけで中身は見てない、しかも体目的で狙ってるに違いない。

 そう前提で考え続けた結果、性知識が疎くそういう単語を聞くと顔が赤くなる。けど関係ない!!

 

「一人だけど関係ない!! 友達が欲しければトモちゃんがいる!! 勉強もできるし運動だってできる!! 不自由なんてなにもないんだ!!」

 

 聖クロニカに入ってすぐの私は、毎日そう心の中で叫んでいたっけか……。

 すぐそばにいるリア充を睨みながら、自分は一人でもあいつら以上の存在なんだって。

 

「……もう、全部がいやだ」

 

 そうぼそりと呟く。それはもう、数え切れないほどに。

 

-----------------------------------------------------------

 

「う……うぅ」

 

 私はゆっくりと目を覚ました。どうやら寝てしまっていたらしい。

 気がつくと読んでいたラノベの今開かれているページがぐしょぐしょに濡れている。

 私は夢を見ながら泣いていたらしい。

 まるで走馬灯のような夢だった。私の愚かな人生を物語るような夢だったよ。

 そして正面には、羽瀬川小鷹がソファーに座りながら鼾をかいて寝ていた。

 

「変な夢を見たのはお前のせいだったのか……」

 

 私は寝ている小鷹に文句を言うように呟いた。

 隣人部を作って一か月、いろんな事があったが未だに小鷹は私が"ソラ"であったことに気づいていなかった。

 確かにあの時私は男を偽っていたが、こうも気づかないと、こいつはあっさりと親友のことを忘れてしまったのかもしれない。

 私は忘れたくても忘れられなかったというのに、人生の八割以上私を支配し続けたくせにこの男は……。

 隣人部を作ってお前と一緒にいる時間を大幅に増やしたのに、とんだ気苦労に終わってしまったようだ。

 神様の奇跡なんて嘘っぱちだ。一度起こしても二度は起こさない。

 でも、これでようやくあの日を忘れることができるのかもしれない。

 本人と再会し、その本人が親友を忘れていると知ってしまえば。長年呪縛に苦しんでいた私でさえ呆れ返ってしまう。

 

「本当に……ありがとう。そしてさよなら……」

 

 ふと、私はおもむろに立ちあがる。

 そして、寝ている羽瀬川小鷹の上にまたがり。

 何を思ったか、私の両手が小鷹の首へと向かっていく。

 この夢のせいか、この男への歪んだ感情のせいか。

 自覚と無自覚が合わさりながら、私は別れの言葉を一方的に言いながら……。

 

 私は、小鷹の首を絞めようとする。

 

「……タカ。お前なら……わかってくれるだろう?」

 

 と、私がかつての少年に同意を求めたその時。

 奇跡は、二度起こった。

 

「……友達百人なんてできなくてもいいから、百人分大切にできるような本当に大切な友達を作りなさい……か」

「!?」

 

 一瞬、私の中の時が止まった。私の動きが突如として止まった。

 あまりの衝撃に私は握力を失った。小鷹が突然、あの日私が送ったあの言葉を口にした。

 どうして……? なんでその言葉を……。

 その瞬間、私の頭の中が真っ白になった。

 

「う……うぅん……」

 

 小鷹がゆっくりと目を覚ます。

 だめだ。この衝撃が離れない。驚愕の表情を崩すことができない。私は固まった状態のまま、起きる小鷹をただただ見つめていた。

 

「……なにしてんだお前!?」

 

 小鷹が自分の上にまたがっている私を見て、驚くように飛び起きた。

 今自分はどんな顔をしてるんだろうか、おそらく予想もできないだろう。

 小鷹と目が合って数秒、ようやく私の中の硬直が解けた。

 

「はっ! な……なんだ?」

「いや、お前がどうしたよ? その手はなんだ? 俺の首を掴んでいるが……」

「え? わ……私は……何を……」

「なんか信じられないものを見たような顔して……もしかして俺って寝顔も怖いのか? あまりの恐さに俺を"絞め殺そうと"したんじゃ……。これじゃおちおち寝てもいられねぇな……」

 

 そう困ったように小鷹は言った。

 絞め殺す……? 私が……小鷹を?

 その事実を感じると、私は顔を真っ青にしてすぐさま小鷹から離れた。

 

「ご、ごめん! 部室に入った途端狂暴なライオンが寝ている物とばかり」

「なに!? 俺の寝顔は幻すら相手に写すってのか!?」

 

 そう咄嗟に冗談を言うと、小鷹は心外とばかりにそう口にした。

 信じられないものを見た……か。 

 小鷹の言うことは正しかった。実際に私は信じられないものを見ていたのだから。

 小鷹は覚えていたのだ。あの日を……。

 この男は、ただ私に気づいていないだけだった。たったそれだけだった。

 覚えていてくれたんだ。私がずっと忘れられなかったように、小鷹も私のことを覚えていてくれた。

 驚愕の後、私の中で嬉しさと悲しさが暴れだしていた。だけどあの時と同じく、恥ずかしさがそれに勝る。

 

「ね……寝顔も怖かったらそりゃ、だよなぁ……」

「ん? 何言ってんのお前?」

 

 私は動揺を隠し切れていないようだ。言葉もろくに選べない。

 だがこれはチャンスだ。この十年間こいつがどう思っていたのか。

 欠片一つでもいい、私と小鷹の過去が結びつくこのチャンスを生かす他なかった。

 逃げるな三日月夜空! 今こそ立ち向かう時なのだ!!

 

「友達百人なんてできなくてもいいから、百人分大切にできるような本当に大切な友達を作りなさい……って」

「あぁ、もしかして寝言言ってたのか俺、恥ずかしいな」

「その言葉は……どうしたのだ?」

 

 私は必死の思いで平常心を保つ。

 ゆるむ口元を必死で固くする。いつもの無愛想を貫くため唇をこれでもかというくらい噛みしめた。

 

「あぁ、俺の親友が言っていた言葉なんだ」

「親友!?」

「んだよ? 俺にだって親友くらいいたよ、失礼なやつ」

 

 今の"親友!?"は、"お前親友いたのか?"という意味ではない。

 かつての私を未だに親友と呼んでくれることが驚いたからだ。

 

「す……すすすまない。そうかそうか、そりゃあまた……最高の親友だったんだな」

「そうだ。俺の最初にできた最高の親友だ。その言葉もそいつのことも片時も忘れたことはねぇよ、忘れられるわけがねぇ」

 

 ……やばい、泣きそう。

 まるで十年間悩みに苦しんだことが、全てひっくり返されそうなくらいに。

 あの街からいなくなってからも私の事を忘れることなく覚えていてくれた、彼への優しさに対して。

 

「そ……そう……か、ははは、お前ってリア……うぅ」

「夜空、お前本当に大丈夫か?」

「だ……大丈夫だ、問題ない」

「そうかよ、ネタで返せるなら問題ないな」

 

 問題ないわけないだろ! 今にも即倒しそうだわ!!

 今にも、全部を明かしたい。だが……それはできない。

 それは……したくない。だって……。今の私は……。

 

「だけど心残りが一つあってなぁ、俺はそいつとずっと友達でいることができなかった」

「ど……どうして……だ?」

 

 結末は知っていたが知らないふりを決め込んだ。

 今の私は三日月夜空、ソラじゃない!!

 

「ある日親父の都合で町を離れることになっちまったんだ。それでそいつに別れの挨拶をしようと思ってたんだけど、結局できなかったんだ」

「そりゃお前、薄情なやつだな」

 

 この皮肉は、私の本心から出た言葉だった。

 少しは私を置いて言ったこの男に、反論をしたかった。

 すると小鷹は、そのことに対して否定することなく正直に自身の思いを口にした。

 

「そうだ。俺は薄情なやつなんだよ。あの日のことがしばらく頭から離れなかった。ぶっちゃけ今でも俺の中で残留思念として残り続けている」

 

 どうやらこいつ自身も、あの日のことで悩み続けていたらしい。

 それを聞いた時、一方的に小鷹にあたった自分を恥じんだ。

 タカ自身も、辛かったはずなのに……。

 私自身にも非があったというのに、私はバカだ。大バカだ。

 

「ソラっていうやつなんだけど、今はたしてどこでなにやってるんだろうか、今もこの町にいるのだろうか……」

「…………」

「できれば、もし神様ってやつが奇跡を起こしてそいつと再び会うことができるなら、そいつに一言謝りたいんだ。そいつは多分俺のことを許してくれはしないだろうが、それも全部俺のせいだ」

「そんなことは……ないと思うが。きっと……そいつはお前を"許してくれている"はずだ」

 

 小鷹のその言葉に、私は弱弱しく答えた。

 それは明らかに、私の本心から出た一言だった。

 小鷹は私のその言葉を聞いて、笑ってこう返した。

 

「慰めのつもりか? なんつうかお前って、たまにいいやつなんだよな」

「そ……そんなことは!」

「あぁ……まるで……」

 

 小鷹は何かを言いたそうにして、でもそこで言葉を区切って止めた。

 そして鞄を肩に背負って部室の出口の方へと向かう。

 部室を出る間際、小鷹は私の方を振り返り笑った。

 

「ありがとよ、俺の自慢の親友を、"最高の親友"って言ってくれて」

「あ……あぁ」

 

 とうとう私の中で限界が来たみたいだ。

 また明日とも言えず、言葉が出ないまま固まった表情で小鷹を見送る。

 そして姿が見えなくなった後、私の緊張の糸が切れた。

 

「……う……うぅ、なんだよタカ、覚えていてくれたんだ。私のこの苦悩は……無駄じゃ……なか……った。隣人部を作ったことも……お前が転校してきた時に感じたあの想いも……けして……無駄じゃ……なか……った」

 

 一人部室でさびしく、ひっくひっくと嗚咽を漏らす。我ながら恥ずかしい、こんな泣き方をしたのはいつ以来だろうか。

 よかった。この一か月小鷹を信じ続けた結果がこれだ。

 私はどうやら、神様の奇跡からも逃げ出そうとしていたらしい。けど逃げなかったからこそ、神様は奇跡を二度起こした。

 ようやく始まるんだ。私が大切なものを取り戻す物語が。

 このくだらない十年間にさよならしてやる。私を縛っていた腐った青春に……私は反逆する。

 私はあの女のようには……母のようにはならない。

 大切な親友を、手放しはしない。

 

「待ってろ小鷹……お前と私、二人揃って無くしたものを取り戻す時はきた。私とお前の青春はこれからだ。これで私たちはリア充だ!!」

 

 私は一人叫んだ。

 誰も聞いていなくてもよかった。これは自分に対して言ったのだから。

 私の絶望の時間はここで幕を閉じる。ここから始まるのは三日月夜空のリア充物語だ!!

 そう、私は再起を誓った。私の物語はスムーズにハッピーエンドへと向かうはずだったのだ。

 

-----------------------

 

 そう、あの女が……羽瀬川小鷹に近づかなければ。

 あの女……私にとっての最大の敵。

 

 柏崎星奈が……現れなければ……。




この話はにじファン時代に一番人気の高かったストーリーです。
ほぼ全話を一から作り直している今作の中では、前作の文章を多く流用しています。そこに最新刊の要素や多少の改変を施しております。
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