新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第十四話です。

『三日月夜空』視点。


三日月夜空の周辺

 遠夜市の外れにある錆びれた古本屋。

 昔からある馴染みのそこは、何十年もそこにあって未だに潰れていない。

 私の家から徒歩数分で付く。子供のころから本を買いに訪れている。

 たまったポイントは三ケタを超えるだろう。

 そんな古本屋で、私は土日にバイトに来ている。

 別に学生のバイトなら、街中のコンビニや綺麗な本屋の方が若者っぽくていいだろうと誰もが思うだろうが、そこに私の考えがある。

 ここは俗にいうリア充がやってこない。この付近の顔なじみや、小さいガキどもしかやってこない。

 なので私としては、リア充の客相手に応対しなくて済む。それにここの店主である親父は割とフリーな性格をしている。

 小さいころから知っていて、パチンコや競馬で勝ったらおやつをくれる。今でもポテチやチョコレートを私にくれる。

 ちなみにその貰ったおやつは、マリアの餌となっているのだが。

 

 七月上旬。

 今日も、大した客も来ないこの本屋で、私は無愛想に本を読んで店番をしている。

 こんなんで金を貰っているのかとか文句を言われても仕方ないが、店主がそれでいいというのだからいいのだろう。

 それに店主いわく私は"看板娘"らしいからな。まぁ中身はあれだが容姿にはそれなりに自信があるのでな。

 ただ座っているだけでも絵になるとのことだ。正直どうでもいい。

 その言葉に甘えて、私は一人本を読む。だが……その本を楽しんでいるほど心に余裕はない。

 あくまで仕事だからそれに集中すべく考えないようにはしているが、私は今非常に焦っている。

 

 そう、私の青春の復活に……とてつもないイレギュラーが割り込んできたからだ。

 

 あの女……柏崎星奈の出現だ。

 あの肉まん女が、まさか小鷹に近づいてくるとは思わなかった。

 正直関わらないようにしていたが、あっちから変に関わってきた。

 どうしてあの女が小鷹に親しく接してきたかはわからない。考えすぎかもしれないが……嫌な予感がする。

 早く私が動かないと取り返しがつかなくなるような、とにかく胸が痛むんだ。

 どうしてかははわからない。けど……痛いんだ……心が。

 

「……くそっ。思い返すだけで胸がむかつくっ!」

 

 思い出さないようにしているが、やっぱりあの瞬間が頭に勝手に映り込む。

 

-----------------------

 

「悪い! 柏崎、その……後日時間ができたら話を聞いてくれ!」

 

 そう悪びれながら、小鷹はその場を去った。

 先々日の放課後、隣人部で私が調子に乗ったあの日。

 小鷹は私たちのくだらない争いに嫌気をさして、途中で部活を放棄した。

 その瞬間に追えばよかった。だが理科の挑発に対して乗ってしまい、あの後もゲームを続行したのがそもそもの間違いだった。

 なんとかゲームを終わらせた後、後輩二人を置き去りにして外へ出たら。

 小鷹を発見したものの、隣にいらんやつが一緒にいた。

 

「じゃあね、羽瀬川くん……」

 

 小鷹に手を振る柏崎。

 なんとも親しげに、小鷹に対して笑顔で見送りをしていた。

 どうして貴様が、小鷹と一緒にいる。

 私はあいつがいなくなった途端に、感情を抑えきれず柏崎に噛みついた。

 

「貴様っ! こんなところでなにやってるのだ!?」

 

 そう私が牙を剥くと。

 柏崎は、まるで興味もないというくらいの、ゴミを見るような目で私を睨んだ。

 

「……あなた……誰?」

 

 冷徹に私にそう問う柏崎。

 その質問には意味がないことははっきりとわかる。

 一応聞いておこう。念のために聞いておけばいいかという、その眼が私は気にいらなかった。

 

「私が誰だろうと貴様には関係ないだろう……」

「……そうね。くだらない質問だったわね……三日月夜空さん」

「……貴様」

 

 どうやらこいつは私を知っていたようだ。

 だがそんなことは関係ない。光栄でも何でもないからな。

 問題は、なぜお前が……あの男と。

 

「ごめんなさい。私もう帰らないといけないのよ。あぁ心配しないでいいわよ? 私……"あなたには"なんの興味もないから」

「いちいち癇に障るやつだ。……それはよかった。ならば、私の部活の部員であるあいつにも興味はないはずだ。だから近づかないでもらおう」

 

 私がそう反論すると、柏崎はそれを鼻で笑うように言い返してくる。

 

「あら、ずいぶん勝手な物言いね。羽瀬川くんの彼女さん?」

「うっ……。そ、そんなんではない! 部活の仲間だ!」

「な~んだ。じゃあ別に彼があなたの所有物でもなんでもないじゃないのよ。あなたはバカなの? それともあなたの作った部活は部長が部員を所有物として扱う不当な条件でもつけてんの?」

「ぐっ! そんなのではない! 貴様はリア充だ。リア充は私たちを笑う、だから一切近づかないでもらう!!」

 

 どうにもむきになりすぎている。なぜだ? そこまで熱くなる必要がどこにある。

 確かにこいつは私にとっては気にいらないを通り越して、消したい人間だ。

 富や名声で人を動かし、権力を使って人を蔑む。そして多数の人間に囲まれリア充ライフを送っている。

 貴様みたいなやつは爆発すればいいんだ!! そんな奴の考えだ。小鷹を騙して捨てるに決まっているのだ!!

 小鷹はこんな女には靡かない。だってあいつは……あの男は私の……。

 

「……なるほど。確かにあなたの……隣人部だっけ? からしてみれば……私は"最大の敵"みたいなものね」

「わかっているではないか……」

「……じゃあもし、あなたの大切な羽瀬川くんがリア充になったら、彼も隣人部の敵になるの?」

「なっ!?」

 

 そう、意地クソ悪く星奈はニタリと笑って私に言った。

 その言葉に対し、その顔に対し、私は尚更嫌悪感を抱く。

 この女はきっと、私たちを蹴落とすために、力を使って小鷹を……。

 それだけは……やらせない!!

 

「貴様ーーー!!」

「そうなったら、あなたはどんな顔をするのかしらねぇ? あはっ、ちょっとあなたに興味湧いちゃったかもね」

 

 そう冷徹な瞳と、凍えるようなその笑みを浮かべて。

 柏崎は指を自分の口に付けて、魔女のように一言を私に向けて言い放った。

 

「だったら……私が羽瀬川くんをリア充にしてあげよっかな~」

「こっ……この魔女が!!」

「あっはっは冗談冗談。三日月さんって面白いわね~。……いや、"あなたと彼が揃うと"……より面白いわね」

 

 そうやって、自分で納得するように何かを呟いた後。

 柏崎は最後に、こう言い残してその場を去って言った。

 

「"見定めて"あげるわ。あなたたちの……残念な青春滑稽劇を……」

 

-----------------------

 

 見定める……。あの女は何を言っているんだ。

 私と小鷹を、面白おかしく観賞しようとしている。

 まさ……か……。いやそんなはずはない。

 あの女が、私と小鷹の友情に入りこむ道理がどこにある。

 あいつとの友情は私たちだけの物なのだ。だから……けして他の連中に知られるわけには……。

 

「呼ばれて飛び出て……ジャジャジャジャ~ン!!」

 

 私が考え事をしていると、後ろからやかましい大声が聞こえてきた。

 誰が来たかはわかっているが、一応振り向くことに。

 

「やぁよぞにゃん~。駄目だよ本ばかり読んでいたら。ここは本屋であって本を読む所じゃない、買う所だよ?」

「……」

 

 そう楽観的に言って、裏口から入ってくる人物。

 同じ聖クロニカの先輩にして、この本屋でバイトをしている"大友朱音"だ。

 私にとっては……"比較的心を開ける希有な人物"。そして……"あの女"の側近だ。

 かつて私にとって"大切な家族だった"。その女の大親友。

 

「……遅刻。店長に言いつけますからね」

「あっはは悪いねぇ。でも遅れたのは私のせいじゃない。君の"お姉さま"が仕事を私に押し付けたからだ。ツケはあいつにツケといてねぇ~」

「……」

 

 それを言われて、私は無意識に不機嫌になる。

 まぁもともと私は無愛想で不機嫌なんだがな。

 私の……お姉さま。いや……"姉だった"女。

 その女は聖クロニカ学園の生徒会長。そして向かいにいる朱音先輩は副会長。

 その姉だった女と朱音先輩は幼馴染で大の親友。私も小さいころから何度か遊んでもらっていたことがある。

 そして私の家庭に悲劇があった後、姉だった女と離れ離れになった後も時より私に会いに来てはあいつの状況を教えてくれた。

 だがこの人は情で私に無理やりあいつと会わせようとしたことは一切なかった。

 それは、この人なりに私の気持ちを考えてくれていたからだろう。

 そんなこんなでこの人とも長い付き合い。私がこうして歪みきった後でも、この人の前では比較的歪む前の自分を保つことができる。

 

「って……君が入学してからまだ"ヒナ"とは一言もしゃべっていないんだっけ?」

「あぁ、正直話すことはなにもありません。話したいとも思いません。というか顔も会わせたくありません」

「そこまで言ってみせるか。まぁでも……それは君の家庭の問題だ。そこに奴の親友ごときの私が無理を通すのは野暮というもんだからね」

「まったく……あなたには世話になってばかりだ……」

 

 そう、私は自然に笑みを浮かべる。

 こんな風に、自分を偽ることなくさらけ出せるのはこの人に対してだけだ。

 友達……とはまた違う関係だが。正直言って頼りになる人物だ。

 学校ではあの女の傍にいるからあまり近づけないが、こうしてバイトで会った時には……募る話をさせてもらっている。

 

「よぞにゃ~ん。イケメン紹介してよ~」

 

 私はバイトを切り上げようとしているのに、それを邪魔するように私に声をかけてくる先輩。

 なので私は、皮肉交じりでこう返した。

 

「この友達もろくにいない私にそんな拾い顔を持ち合わせているとお思いで?」

「う~ん。でも最近、男の子と一緒にいる所をちょくちょく見かけるけど? あれは君の彼氏かい?」

「うっ……」

 

 男と一緒にいる。おそらく小鷹の事だろう。

 この人といい柏崎といい、あいつと私はそんな風に周りに思われているのか。

 あまり目立たないようにしているつもりなのだが……。

 

「あいつとは部活仲間で、そんなんじゃないです。それに私はたまに熱さを見せてくれる友情を重んじる男がタイプなんで、あいつはどうも冷めきってるヘタレだし」

「そうなのか。まぁなんか学校でも評判悪そうだしねぇ。私としては、そういう風には見えないけど。むしろあの金髪くんはかっこいいと思うなぁ」

「……そう言ってくれると、正直うれしいです」

 

 つい、本音が流れるように口から出てくる。

 そうやって毎日本音を言い合える友達がいたら、こんなにも心地よくなれる物なのだろうか。

 そうだな……早くあいつとの無くした日々を、取り戻して……。

 その流れに乗るように……どんどん無くなったものたちを……取り戻し続けて。

 

「……あいつに……伝えておいてもらえますか?」

「え? なにを?」

 

「……もう少し、待っててほしいと。取り戻すものを取り戻したら……必ずあなたのところに話をしに行くと」

 

 そう、私はあいつへの伝言を朱音先輩に手渡した。

 それを聞くと、彼女は満足そうに眼を細めて、そして笑った。

 

「そっか。じゃあ伝えておくから」

「……はい」

 

 その言葉に、私はまた、自然に笑みをこぼした。

 

ピロピロピロ~♪

 

「おっ、お客さんだ。ついでだし最後に店番してよぉ。私あっちで着替えてくるから」

「ちょっと……。これじゃ残業だって……」

 

 そう店の奥に行く朱音先輩に私は文句を言おうとしたが、私はその来客を見て言葉を止めた。

 その客……もう夏に入るというのに熱そうなゴスロリ服。おまけに黒だから太陽光浴びまくり。

 そして眼は赤と青のオッドアイ。最初は病気なのかと心配していたが、その兄から聞いた限りではカラコンでかっこつけているだけ。

 そう、その客とは……羽瀬川小鳩だった。

 

「……うげっ!」

 

 そのうげっ! は何を意味しているのだろうか。

 小鳩は私を見て、そう唸った。

 あぁそうだ。確か部活ではこの少女に対しても私は容赦をしていなかったな。

 内心では嫌われてしまったのか、まぁ今はお客だ。丁重に扱おう。

 

「いらっしゃいませ~」

 

 そう私が笑顔を作ると、小鳩は恐ろしい物を見るように怯えて本棚に隠れた。

 あの、私は別にあの男のように凶悪な笑みを浮かべたわけじゃないんだけど。

 なんというか……ちょっとだけ小鷹の気持ちがわかったような気がした。

 ただ笑っただけなのに怖がられる……こういう気分になるのか。

 

「……ごほんっ! なんもしないから……買いたい本を探せ」

 

 そうぼそりと小鳩に言うと、小鳩は小さく首を縦に振った。

 そして、本を探すがどうやら見当たらないらしい。

 困り果てて、小鳩は恐ろしげに私の所へちょこちょこやってきて。

 

「……く……鉄のネクロマンサーの……オフィシャルガイドブックっておいて……ます?」

 

 どうにも慣れない敬語でそう聞いてきた小鳩。

 あぁ、そういえば最近発売したよな。

 この古本屋には置いていないが、街中のツ○ヤとかにはあった気がする。

 

「……申し訳ありませんお客さん。それは当店では置いておりません」

 

 私はいつもの声のトーンでそう丁寧に説明した。

 なんともシュールな光景だっただろうか。

 こう、他の店舗を進めるというのはあまり店員としてやってはいけないことだが。

 

「……スメラギ、街のツ○ヤとか行ったらあるんじゃないか?」

 

 そう、彼女にこっそり教えてあげると。

 

「は、恥ずかしくて行けへん……」

 

 そのぼそりと教えてくれたカミングアウト、私はとても共感を覚えてしまった。

 そうだよなぁ。隣人部なんかにいるやつが街のツ○ヤに一人でなんて行けないよなぁ。

 私はどうして気付いてあげれなかったんだろう。仮にも隣人部の部長だろ? 察しろよ!!

 

「……お前も、立派な部員だ」

「なんか……ぜんっぜんうれしくないのは気のせいばい?」

 

 そう小鳩は私に尋ねる。

 大丈夫、気のせいだ☆。

 だが、どうしようか。ここは曲がりなりにも本屋だ。だったら……お客のニーズに答えてこそ百点満点だな。

 

「……はぁ。だったら発注をかけておくから。この紙に氏名と住所を書け」

 

 そう言って、私は一枚の白紙を小鳩に手渡した。

 無い商品は取り寄せるしかない。この本屋ではそういうこともやっている。

 時間はかかるが。街のおしゃれ本屋に行けないのならそうするしかない。

 

「え、えぇの?」

「あぁ、届いたら伝えるから。その時になったら金を持って来い。あ、前金で百円はいただいておく。ドタキャンは勘弁だからな」

 

 そう私は比較的やさしく小鳩に説明し、その紙を受け取った。

 

「あ……ありがと……ございます」

「ふふっ。百点満点だ」

 

 ビビりながらも感謝を述べる小鳩に、私はそう褒めた。

 するとなんとも嬉しそうな顔で、店を出た小鳩。

 まったく、中二病に侵されていなければ素直で可愛いんだがな。

 

「……よぞにゃん優しい~。店員の鏡みたいだ」

「あ、朱音先輩!」

 

 後ろから今までの光景を全部見られていたらしい。

 私は思わず顔を赤らめる。

 

「そういう一面を素直に出せれば……百点満点なんだけどな」

「うっ……私の"口癖"を。わ、私は今日はあがらせてもらいますから! お疲れ様です!!」

 

 そう恥ずかしそうに、私は店を後にした。

 

-----------------------

 

 翌日。

 今日の放課後も、羽瀬川小鷹は部活に来なかった。

 今部室にいるのは私と理科だけ。

 私は昨日の本屋で見せた一面などまるで表に出さずに、いつもの無愛想夜空に戻る。

 

「あっれぇ? 羽瀬川先輩今日も休みですかぁ。まったく無責任ですねぇ~」

 

 理科が愚痴るように、小鷹に対して悪評を口にする。

 そして、私にだけ見せる凶悪な本性を表にして、私に話しかけてくる。

 

「んで? なにがあったんよ夜空ちゃんよぉ~? 間違いなくてめぇ関連だろぉ?」

「……」

 

 その問に対して、私は答えることなく本を読んで黙りこむ。

 

「ったくそのだんまりも飽き飽きなんですよ。あぁでも確か僕達がトモポンでくっだらない喧嘩してたらあの腐れ金髪がいじけて出て行ったんでしたっけ?」

「……」

「んもう~。だめだめだめよぉ~。そんなことで出ていったら対戦系のゲームなんて出来やしないんですって。あぁ、ああいうKYな部分が幸いして、友達少ないのかもしれませんね。ヒヒ……ヒヒヒヒヒ」

「……少し黙れ、このクソメガネが」

 

 どうにも耳障りになってきたため、私は重い声色でそう理科に言い放つ。

 この女は……リア充じゃないだけあの肉まんよりマシだが、その枠内では自分が一番優秀だと思い込んでいる。

 世間で評価されている天才だと? 所詮はそれだけだ。それ以外に貴様に価値なんてないんだよ、志熊理科。

 

「にしても、ちらっと見えたんですけど。小鷹先輩、あの金髪クソ雌豚と一緒にいましたよねぇ~」

「……」

「あれ? 今ひょっとして表情歪みました? あっははなるほど。夜空先輩も乙女なんですねぇ~」

「志熊理科……貴様……」

「やっぱりかわいいじゃないですか。ジェ・ラ・シー……ってやつですかぁ!?」

 

 その言葉で私は限界に達し、読んでいた本を理科に投げつける。

 理科はそれを間一髪でかわし、そしてバカにするような顔で私を見る。

 

「いやいや危ないですねぇ~。そんな本気にならないでくださいよぉ。僕はこれでも先輩を応援してるんですよぉ~?」

「そんなものはいらん! あの女に、小鷹を好きにはさせない!! 絶対にだ!!」

「あらら……こりゃ、結構マジかもしれませんねぇ」

 

 つい私がその信念をぶちまけると、理科は私を測るような目で睨んだ。

 その後も、しゃべくり倒す理科を無視し続ける私。

 

「夜空先輩~。さっきはおちょくってすいませんでしたぁ~」

 

 とか言いながら私の方へ近づいてくる。

 あぁもう、頼むからマジで死んでくれないからこいつ。

 正直うるさくて頭が痛くなってくるんだが……。

 

「先輩~。これ見てくださいよ~」

「なんだ……ぶっ!」

 

 そう理科が無理やり私と読んでいる本の隙間に割りこませたのは、なんとも如何わしい本の一ページだった。

 それを無理やり見せられた私は、読んでいた本の角で理科の頭を思いっきり叩く。

 

「いった~い!! 何するんですかぁ?」

「貴様こそ何をするのだ! あんな……破廉恥な……あぁもう!!」

 

 怒ったら逆効果なのはわかっている。

 だが……あぁ腹立つ! 小鷹もこいつもあの女も!!

 全部が全部、イライラするイライラするぅぅぅぅぅぅぅ!!

 

「あれれ? やっぱり夜空先輩ってこういうの苦手なんですか?」

「あぁ、そんな男が女と……あぁ~。とにかくそういうのは苦手なのだ!!」

「あらあら典型的な型物タイプ。中身はゲスなのに型物、超珍しいですねぇ~」

「理科~? これ以上言うなら本気で殺しにかかるぞ~?」

「エッチなのはいけないと思います! なんてかわいいですよ夜空先輩~」

「よし今殺すここで殺す絶対殺す!!」

 

 私はそうめちゃくちゃな形相を浮かべ、部室にあった椅子を理科に振りかぶる勢いで迫る。

 そんな私を見て、撫でるように私を説得する理科。

 

「あぁもうわかりましたって! 理科が悪かったですよ。でも……本心はどうなんですか?」

「な・に・が!?」

「なにって……ナニですよ~。家じゃ羽瀬川先輩を想像してオ○ニーとかしてらしているんでしょ?」

「ぶっーーーーーーーーーーー!! し……してるわけないだろ!!」

 

 私は理科の言ったとてつもない単語を聞いて思いっきり噴き出した。

 その私の反応を見て、理科はきゃっきゃと笑った。

 

「いやぁもう純情で可愛すぎます夜空先輩~☆ 理科、襲っちゃってもよかですか~?」

「私、貴様を本気で殺してもよかですか~☆」

「いやいや冗談冗談。でもさ……あれだけ仲良さそうだと疑っても仕方にないですよ。正直もうヤり済みなんじゃないですか?」

「や、ヤってない!! それにこれからも……あいつと……そんな行為なんて……」

「そうですかぁ。だったら……理科が狙っちゃいましょうかね~」

 

 そう、冗談ながらも小鷹を狙うと口にした理科。

 その理科に対して、私は先ほど以上に睨みつける。

 すると、今度こそ理科はおちょくるでもなく、本気で怯んで見せる。

 

「うっ……」

「……私をおちょくったりするのも正直目障りだがやめてもらいたいが……それ以上に」

「な……なんです?」

「……小鷹には……余計な事をするな」

 

 そう、凄むように理科に迫る私。

 正直、そこまで私が本気になるのは自分でもよくわかっていない。

 あいつとの失った友情を取り戻す。それは確かだ。それで、邪魔をされたくなかったからか。

 考えすぎか。こいつには一切関係ないというのに。

 

「……こりゃ……遊びでやるにしては……覚悟がいりそうですね」

 

 そう、何かを呟く理科。

 その後、またも通常モードに戻ってこんなことを言いだしてきた。

 

「夜空先輩~。理科、考えてみたんですよ~」

「なにをだ?」

「夜空先輩の方も、羽瀬川先輩に嫉妬させてみるのはどうでしょうか~?」

 

 そう、なんとも頭の悪そうなことを言う理科。

 あいつを嫉妬させて気をこちらに向けさせるって……いやそりゃ無理だ。

 それは要するに、私が男を捕まえて小鷹の前でラブラブ見せろってことだろ?

 無理です! あいつとでさえラブラブなんてできないのに、適当な体目的のリア充男子見つけて靡けなんて絶対に嫌だ!!

 

「そんな……この学校のリア充男子どもと触れ合うのは私の矜持が許さん!!」

「そういうとは思っていましたが。先輩、この部活にもう一人男がいるのお忘れでは? それもとっておきのイケメンが」

「……あっ」

 

 理科に言われて、私は思い出すようにそう口を開いた。

 そして噂をすると、隣人部の扉が開き、その人物が入ってくる。

 女顔の男部員……楠幸村だ。

 

「ごぶさたしております。おくれてもうしわけございませぬ」

「いえいえ、ちょうど白馬に乗った王子様を待っていた所ですよ幸村くん~」

 

 そう幸村に笑顔を見せる理科。

 そして、扉の方へと向かっていき。

 

「幸村く~ん。夜空先輩が元気なさそうなんで、男の子として励ましてあげてください~」

「……わたくしがですか?」

「はい~。立派な日本男児たるもの、傷ついたか弱い女の子一人泣かせておくのを見逃すのは厳禁ですよぉ~」

 

 そう都合のいいことを幸村に押し付ける理科。

 私は別に傷ついているわけでもか弱くもない!

 

「おい貴様! 何を勝手にっ!!」

「それじゃあ、美男美女の会話を邪魔すると悪いので……理科はドロンさせていただき~ます☆ さよお~な~らぁ~」

 

 そう気分良く、理科は部室から退席した。

 おいおい、この大した面白くもないぼーっとした男を一人私の所に置いて行くな。

 こいつと二人とか正直何していいのかわからんのだが? 話がはずみそうにない~。

 

「…………」

「…………」

 

 ほら~。変な沈黙流れちゃったではないか~。

 こいつと何を話せばいいのだ~。誰か教えてくれ~。

 

「わたくし……りっぱなだんじとして、かよわいおんなのこをはげまします!」

「あー、がんばってくれー」

 

 おそらく私のことを言っているのだろうが、私は何も思うことなく他人事のように幸村を応援する。

 そんな幸村は、その気になって私の隣にやってくる。

 顔も近い。だが……う~ん、どうして何も思わないのだろうか。恐ろしいくらいこの男を意識することが無い。

 確かに顔もイケメンよりだし、性格はナヨナヨしているがそういうのが乙女心をくすぐることだってあるはずなのに。

 なんだろうなぁ~。どうしてもこいつを男だと思うことができない。

 

「よぞらせんぱい。なにか困ったことでも」

「あぁ、じゃあコーヒー淹れて」

 

 私がそう頼むと、幸村は素直にコーヒーを淹れた。

 やっぱりこいつ扱いやすいな。その気にさせればなんでも言うこと聞いてくれるし。

 

「どうぞ」

「ありがとう。あぁそうだ。ちょっと部室掃除して」

「かしこまりました」

 

 そう私が指示を出すと、幸村は素直に掃除を開始した。

 すっごい、なんでもやってくれる~。なんでも言うこと聞いてくれる~。

 私は最高の装備品を手に入れたようだ。これからもコキ使い倒してやろう。

 

「……うまいな」

 

 幸村が淹れてくれたコーヒーを飲み、思わずそう呟いた。

 コーヒーを淹れるのもうまいし、隣人部には無くてはならない存在だな。

 これからも、私たちのために動きまくってくれよ、楠幸村くん☆

 

「よいしょ……よいしょ……」

「……」

 

 ……な~にやってるんだろう私。

 こんなひ弱な後輩一人に威張り倒して、人を道具のように扱って。

 そんなことやってていいのか? 幸村は私をはげまそうと、女の子のために男を見せようとしているのだぞ。

 その気持ちを……踏みにじって。そんな優しさを……嘲笑っていいのか……?

 

「……私も、手伝う」

「え? そんな、そこですわってゆっくりなさっていてください」

「……いや、後輩に対して先輩がのんびりしていては格好がつかないのでな」

 

 そう、私は箒をもう一本取り出した。

 そして、幸村と一緒に部室の掃除を始めた。

 

「……お前、まさか教室でもそうやってコキ使われているのか?」

「いえ、めっそうもございません。むしろわたくしになにもやらせてくれません」

「……」

「わたくしはひよわで、かよわいと……くらすめーとはわたくしになにもやらせないように、えがおでふるまっています」

 

 そう、幸村は悲しそうに言った。

 丁重に扱われている。みんなに愛されている。そう思えてもいいくらい、みんながこいつのことを好きなのだろう。

 だが、それがみんなの優しさなのかと言われれば……それを肯定することはできない。

 なにもやらせない。なにもさせない。それは……幸村にとってはなにより辛いことだったのだろう。

 

「だから……わたくしはうれしいのです。よぞらせんぱいはわたくしになにかをさせてくれる。わたくしをたよってくださる。このぶかつのひとたちは、わたくしを一人の男としてみてくれている」

 

 やめろ……やめてくれ。

 その言葉一つ一つが、私の心に深く深く突き刺さる。

 私はどこか心の底で、この男の事を軽く見ていた。

 女っぽいと……オカマだと。弱弱しいと、使いやすいと。

 そう思っていたんだ。だけどそいつは何も疑うことなく……ただ私が、自分を頼ってくれていると。

 そのことが、とてもうれしいなって……。

 

 そんな風に……思ってくれていたんだな……。

 

「うっ……うぅ……」

「せんぱい?」

 

 思わず私は泣いてしまった。

 幸村の事もあるが、今までの小鷹の事やあの肉まんの事も全部ひっくるめてだ。

 どうして、こうなってしまったんだろう。どうしてこんな風に思う自分ができてしまったのだろう。

 十年前は……こんなんじゃなかったのに。けして他人を……そんな風に思うことなんてなかったのに。

 もっと、色んな人の良い所を見ようとしていたはずなのに……。

 どうして……こんなことに……。

 

「ご……ごめん幸村……わた……し……」

「……」

 

 私がそう泣きじゃくると、幸村が私の傍までやってきた。

 そして、こんな小さな私を……強く抱きしめてくれた。

 

「あっ……」

「泣かないでください、せんぱい……。もしもなにかかなしいこととか、こわいこととかありましたら……なんなりとわたくしをたよってください」

「……ふっ……男の子(おのこ)だな……幸村」

 

 そう、私は初めて……幸村を男として意識した。

 だが……それと同時に……。幸村にとってきっと残酷な真実になるであろう……。

 彼の底を暴くような……とてつもない衝撃が私を襲った。

 

「……えっ?」

「……どうかされましたか? せんぱい」

「……幸村……お前」

 

 私は……抱きしめてくれた幸村の感触を通じて、その違和感を感じ取った。

 これが……男の身体か……。それにしては肉つきが――とにかく違和感を感じる。

 胸も、かすかに膨らみがあるし。それが体にあたって、自分と……"自分の過去"に直結させる。

 かつて親友に……"男と偽った"自分を思い出すように。

 

「……そんな……そんなことって」

「よぞらせんぱい……かおいろが……」

 

 幸村の心配を耳にして、私はハッとなる。

 そしてすぐさま幸村から離れて、その動揺を彼に見せないように振舞う。

 

「あっ……あり……がとな。なんというか、お前はもう立派な男だ」

 

 その言葉を私は口にした時、心がとても痛んだのを覚えている。

 とても痛かった。幸村をそうやって褒めるたびに。そういう存在だって扱うたびに。

 私は……とても痛みを感じた。

 

「さようですか。げんきになられたようでよかったです」

 

 そう、優しく声をかけてくれる幸村。

 そんな幸村に対して、私は出来る限り動揺を伏せて。

 優しげに、幸村を部室から出て行くように促す。

 

「ちょ……ちょっと一人にしてくれ」

「よろしいのですか?」

「あ……あぁ。お前のおかげで元気になった! お前のような後輩を持てて、私はとてもうれしいぞ!! 百点満点だ!!」

 

 そう私が褒めると、幸村はぱぁっと明るく笑みを浮かべた。

 

「あ、ありがとうございますせんぱい。それでは……またあした」

「あぁ……また……明日」

 

 お互いにそう言って幸村は去っていった。

 そう、明日から私は……幸村への見方が変わるだろう。

 だって……知ってしまったんだ。知るべきではない……あいつの"秘密"を……。

 その触れてはならないであろう真実を、最後に私は口にして、その場で崩れ落ちた。

 

「――女……の子……?」

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