『三日月夜空』視点。
7月の中旬
気がつけばもうすぐ夏休みか、時の流れは早いものだ。
我々学生にとって夏休みといえば普通に考えればとても楽しみなものだ。
勉学、遊び、思い出づくりと多くの友達と過ごすその時間は人生でとても大切なものになるだろう。
まぁ……私には関係のないことだが。あぁまったくもって関係のないことだ。
なんだ夏休みって、学校がないだけのただの暇な毎日ではないか。
一人で家で勉強とか本とか読むだけのただの無駄な時間ではないか。
夏休みも冬休みもゴールデンウィークも、私にとっては苦痛の時間でしかないのだ。
リア充のみんなも、夏休みという牢獄を一度でも味わってみるといいよ。てか味わえ。
「あれ? 本日は部員が少なくないかな?」
終業式の数日前。珍しくケイトが部活の様子を見に来てそう口にした。
というにも当たり前だ。今日は私と幸村の二人しかいない。
理科は溜まっていた仕事があるため来ておらず。マリアは知らん。小鳩は小鷹が来ないと大体来ない。
そして、肝心の小鷹は……また"あの女"との用事が原因で部活に来ていないのだ。
「あぁ。うちの部活はひねくれ者が多くてな」
「そりゃわかっているが。まったく結束力があるんだかないんだか、少しずつマシになってきたかと思いきや今日みたいに集まらず。隣人部の理念はどこいったね?」
「理念とはあくまでもそれを目標と掲げている項目にすぎない。この世の全てが理念にしたがってばかりではない。理念が必ずしも現実になるなら、みんな不満など抱いてはいないだろう」
「へぇへぇ~。いつもの屁理屈ごくろうさん」
ケイトの言葉に対して私がそう答えると、なんとも投げやりに返してきた。
というより、なんだかちょっと機嫌が悪そうにも見える。
最初に部活を作り始めた時とは、ケイトの私を見る目が異なっている。
「……ユッキー。今日はちょっと席をはずしてくれるかな? 人数もろくにいないんでね、部長と顧問の二人で部活の事を話をしたい」
そう、幸村に席をはずすように言う。というかユッキーっていつのまにあだ名に……。
素直な幸村は、それをあっさりと了承し、今日の所は家に帰っていった。
あいつだけは部活に加入してから一度も休んだことが無かった。その真面目さは認めざるを得ないだろう。
真面目……故に素直すぎる。だからこそ、どうしてあんな嘘を……。
「さてとよーぞらくん」
「わざわざ幸村を追い出してまで、なんの話だ?」
「いや別に。君の青春滑稽劇に終わりが見えそうにないんでね」
そう、つまんなそうに言うケイト。
だからどうしたというのか、わざわざ二人っきりになって言うほどの嫌味でもないだろうに。
それに……貴様に私の青春がどこに行きつこうが関係のないことだというのに。迷惑な心配だな。
「くだらん。てっきりもう少し隣人部らしく部員をまとめろと説教されると思ったが」
「まぁその説教の一つもしたいんだが……。私としては君自身は評価するに値する人間だと思っているよ。だからこそ……ねぇ」
もったいぶるような言い回しのケイト。
評価するに値するか。その言い方は上からすぎるな。見下されているようで嫌な気分になる。
だが、どうにもこいつの眼は……私の心を覗いてくるような目だ。
「だからこそ……なんだ?」
その目がいやだったから、私はその問に対しての答えを求めた。
「……そろそろ、"隠しごと"とかやめようよ」
そうケイトが言うと、私は一瞬ばかり、硬直してしまった。
隠しごと。そう私に言うこの女の心理とは何なのか。
嫌な予感がする。かといって、この女に対しての誤魔化しや、事をうやむやにしようとすると更に罰が飛んできそうだ。
「……隠しごと?」
「おかしいんだよねぇ。君と小鷹くんの間柄……絶対におかしいんだなぁ」
「……ははっ。茶化すようなことを言うな。私があいつに淡い恋心を抱いているとでもいうのか? 私だって男を見る目くらいはある」
つい、笑顔を"作りすぎた"だろうか。
誤魔化すつもりはない。だが、それ故に完璧に誤魔化し過ぎた気がする。
その反応を見たケイトは。いよいよ私の核心に入りこんでくる。
「そんなんじゃないでしょ? それは目に見えて分かりすぎるし……そんなわかりやすい感情なら、君は彼に対して"あんな目"を向けるはずがないでしょ?」
「……どういう……意味だ?」
「……"憎しみ"だよ」
そうケイトが断言した瞬間、私はおぞましい物を感じたかのように表情が真っ青になった。
憎しみ……そう、ケイトは言ったのか?
私が……小鷹を憎んでいる? 私にとって、誰よりも大切な存在を……?
「……ふざけたことを言うな。どうして……私があの男を憎まなければならない!!」
「あら? 予想以上の焦りようだねぇ? 顔色悪いよ?」
「ケイト……貴様」
思わず私はケイトを睨みつける。
やめろ。これ以上赤の他人である貴様が、私たちの友情に足を踏み入れるな。
あの男との十年前は私自身で取り戻す。誰の手も借りないし、誰も巻き込みはしない。
それは私の使命だ。私が……回帰するための必然的な……。
だからこそ、なぜあいつを憎む必要があるんだ。
「できれば聞かせてもらえないかな? この学校で出会う以前に……君たちに何があったのかを」
「……青春小説の読み過ぎだろう。あの男と私はこの学校で初めて会ったのだ。そうやって人を見て楽しんでいるのはいただけないな」
私は焦って歪んだ表情を戻し、平然とそう答えた。
そうだ。"羽瀬川小鷹と三日月夜空"はこの学校で初めて会った。
そして初めて会った二人には欠けているだけだ。十年前の……大切にするべき宝物をだ。
十年前の二人と今の私たち。二つが揃ってこそ……私たちは完璧になる。
「……そっかい」
私のその反応に対して、ケイトはとてもつまんなそうに答えた。
そして、諦めた感じで、扉の方へと足を向ける。
そうだ。私に構うな。貴様のそのおせっかいは、私の絶望を嘲笑う物でしかない。
と、扉を開けて直後、ケイトは言い残すように私に向かって。
「……よーぞらくん。"悲劇のヒロイン"を気取るのは……そろそろ終わりにした方がいいかもよ?」
「……なに?」
「今の君は、誰かに救われる価値もないつまんない女の子だ。間違えないように間違えないようにと無駄にあがき、困ったことがあっても近くにいる誰に頼るでもない。その意地が、自分にとって真に大切な存在を苦しめている事にも理解できず、無自覚に……独りよがりを続けている」
「……その、目障りな口を閉じろケイト」
「おや? 伝わらなかったかな? 不幸なのが自分だけだと思ってんじゃねぇよクソ女が」
その瞬間、私は戦慄した。
流し目に私を睨みつけたその時のケイトには、とてつもないほどの感情が宿っているのがはっきりとわかった。
私が誰かに向ける敵意などでは比べ物にならないくらい、それはおぞましく、怖いものだった。
「……そんな君でも、強がれない一言を送ろう」
「……」
「今の君では……"柏崎星奈"には万に一つの勝ち目もない」
「な!?」
「彼女の歪みは……君以上だからねぇ」
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終業式の日。
つまらない行事を終え、私たちは放課後部室に集まった。
今日の議題は、夏休み中の部活をどうするかである。
「まぁ運動系や文科系も、夏休みはちゃんと学校に来て部活をやるのだろう。なので我々も部活をやることにする」
という、他がやっているから自分たちもやろうという理由で私がそう提案した。
部活の連中はというと、かなり呆れた目で私の方を見た。
だが、部長がそういうなら仕方がないだろうと、後半諦めた目でそれを承諾し。
「まぁ理科達にとって楽しい夏休みなんてものは存在しないに等しいですからねぇ。そもそも友達いないのにどうやって楽しい夏休み送るというのか」
「心にグサりとくる言い方だが、そういうことだ」
「あのですね夜空先輩。それを偉そうな顔で肯定するのはやめてもらいます? 仮にもあなたこの友達作ろう会のリーダーでしょう? こんな無様な夏休み送る羽目になったのもあなたがまともに部活を指揮しなかったからでしょうよ」
そう、ほとんどの責任を私に押し付ける理科。
いつものように気にいらない私への嫌味口。だが、今日はどこか正攻法な言い方だった。
他の連中がいる時は仮面を脱げないからだろうか。そして理科の言葉に小鷹はうんうんと頷いていた。
小鳩や幸村、マリアはノーコメントだった。くそう、部長は大変だな。
「夜空の不甲斐なさはおいておき、友達が少ないからとかじゃなくて、普通に部活として集まってやるべきことをやろうぜ」
「うぐ……。小鷹め、私を差し置いて仕切るな」
「さっすがは小鷹先輩ですねぇ」
そんな小鷹に対して、少しだけ私を皮肉るように褒める理科。
というか、この女……いつもまにか小鷹とここまで距離を縮めていたのか。
貴様みたいな人を見下す天才が、小鷹に対してなにをたくらんでいるんだ。
思えば、こいつや柏崎以外も……なにやら小鷹に対して好意が集まりつつある気がする。
妹の小鳩はさておき、マリアも最近小鷹に弁当を作ってもらったとか言って、あいつをお兄ちゃんと呼んで慕っている。
幸村も……表上は男子としての憧れだが……あいつの秘密を考慮して考えると、どうにもそれ以上の気持ちが横切って仕方がない。
なぜだ。どうしてこうなってしまったんだ。
なにかがおかしい。最初は私とこいつの失ったものを取り戻すために、この部活を作ったはずだ。
それを部活の継続やなんやと広げていくうちに、小鷹と私がどんどん離れていっていないか?
この男にとって最も隣にいるべき私が、一番離れた所に追いやられていないだろうか。
なぜだ。どうして? どうして私が仲間外れになっていくんだ?
私の何がいけなかった。救われるべき私がどうして今になっても救われない。
感動の再会から数ヶ月だぞ? 正体を明かさないからか? 正体を明かしていればもうとっくの昔に取り戻していたのか……。
いや、それだけはできない。なぜなら、そうするにはもう私は手を汚し過ぎたからだ。
きっと拒絶される。だから、自分から正体を明かすことはできない。
だがそれでも、あいつの親友であった私が……どうして柏崎や理科に勝てないんだ。
どうして、私だけが遠くへ離れて行ってしまうんだ。
小鷹……どうしてお前は……私を見てくれないんだ……。
「……夜空?」
「……はっ! な、なんだ?」
「いや、なんつうかめっちゃ怖い顔で俺を睨んでるから。俺また何かしたか?」
そう小鷹に言われて、私は我に返る。
怖い顔で睨むか。まるで……私がこの男を憎んでいるかのように。
――憎しみだよ。
「憎しみ……」
「夜空?」
「な……なんでもない!」
心配する小鷹に対して、私は即座に否定した。
そうだ。私がこの男を憎む道理はない。
私が憎しみを抱くことなんて、ありえないんだ。
コンコンッ!!
と、会議中に部室の扉が誰かにノックされた。
この部活に来る人間と言えば、あとはケイトくらいか。
ケイト……か。先日のことがまだ頭から離れない。
不幸なのが自分だけだと思うな。そう言った彼女の目が忘れられない。
前からなんとなく察していた。だがケイト……貴様に何があった。
貴様は……私の心に何を見たんだ。
「誰だ?」
「……きっとケイトだろう」
小鷹の問いに、私はそう決めつけ扉の方へ向かう。
いや、今だけは忘れよう。あいつの言葉など、気にしていても仕方がない。
そう思って、私が扉を開けると。
――そこには、いてはならない存在が立っていた。
「隣人部っていうのは……ここね?」
そう、無垢な笑顔を振りまきそう尋ねる女。
作られたかのように美しい金髪。他の女子を寄せ付けない程の美貌。
外国の血が入っているかのような、名前負けした綺麗な蒼の瞳。
そう、私にとって……絶対に相容れない存在。柏崎星奈だった。
「!?」
私は条件反射で扉を思いっきり閉めようとする。
だが柏崎は、閉まろうとする扉を力づくで押し返してきた。
もうすぐ追い出せる。だが、柏崎は無理やり入ってこようとする。
「貴様……何の用だ!?」
「野暮用。あなたには関係ないんで……」
そうにこっと笑うと、柏崎は無理やり隣人部の部室へと入ってきた。
まるで女神が降臨されたかのように、入口付近で輝かしいほどの脚光を浴びる柏崎。
そんな彼女を見て、私と同じように嫌な顔を向けたのは理科と幸村だった。
「……忙しい中失礼したわね。まぁすぐ終わるから」
そう、他の連中などまるでいない者のように扱って。
柏崎は小鷹の方へと向かっていく。
正直私は力づくで追い出すことも考えた。だが、状況が状況だ。
この場で変に暴力をはたらいて、小鷹に不信を与えてはまずい。
そう、柏崎は私にとって最悪な状況下で、いつもの横暴を行おうとしていたのだ。
「おい柏崎。今部活の会議中で……」
「別にすぐ終わるから安心しなさいよ。それに直接用事を伝えるのにメールアドレスの一つも教えないあなたが悪いんでしょ?」
「うっ……。でもお前のメールアドレス、なんか学生内で高値で売られてたぞ」
「あんなのはくだらない連中のやるくだらないことよ。私にとっては不便なんで、特別に私の電話番号とアドレスを教えておいてあげるわ」
そう、一方的に小鷹の携帯を取って、自分の連絡先を打ち込む柏崎。
最近見ないうちに、どうしてお前がそこまで小鷹と仲良くなっているのだ。
最初の連絡先が……あの女だと。すぐにでも、貴様の携帯を壊してやりたいところだ!!
おかしい、おかしいおかしいおかしいおかしいおかしい!!
だってあいつは隣人部とはなんの関係もないやつだ。それがどうして、どうして私たち以上に……私以上に小鷹と密接になっているのだ!!
「はい、これで何かあったら気軽に連絡取れるわね。わざわざこんなところまで足を運ぶ必要はないし、便利じゃん~」
こんなところまでと、無自覚に吐き捨てる星奈。
貴様ここをどこだと思ってる。敵陣の真っただ中だぞ。
周りを見渡すと、理科が小言でなんかヤバいこと呟きまくっているし、幸村は刀の置物を素振りしているし。
小鳩は怖い物を見るような顔を浮かべているし、マリアは鼻くそほじってるし。
あいつを受け入れているのはぶっちゃけ小鷹だけだ。だが面倒なことに、小鷹はここの中心人物。
「あ、あぁありがとう。それで要件って?」
「あぁそうそう。前にあなた。私のパパに挨拶しに行くとか言ってたじゃない?」
「ぶっ!」
その柏崎の発言には、私も噴き出さざるを得なかった。
他の連中もだ。理科の眼鏡のレンズにひびが入り、幸村は素振りしていた刀の置物をタンスに叩きつけて壊した。
どういう……ことだ。なぜ、小鷹が柏崎の家に挨拶なんて。
「このあいだパパに話したら、夏休み中なら時間作れるから一度家に来なさいだって。なんかパパも会いたがっているみたいだったわ」
「そうなのか?」
「だから来る時は私に言ってね」
「おう」
待て待て待て待て。
なんだこの流れは、おかしいだろ。
そんな、これではますます小鷹が私と離れて行ってしまうだろ。
「な、なんで小鷹が柏崎の家に行って、ち、父親に挨拶などするのだ!?」
この感情を抑えきれなかったのか、私は身を乗り出しつい口に出してしまった。
その私の反応を横目で見ると、柏崎はやっぱり私の存在など最初からいなかったかのように無視して。
「というわけだから羽瀬川くん。あぁせっかくだし、あなた夏休みは遊ぶ友達とかいないんでしょ? 明日私の買い物に付き合ってくれない?」
なにがなんだかわからずこんがらがっている私たちを尻目に、柏崎は自分勝手に話を進めていく。
「で……でも部活が」
「そんなもん用事が優先されるのは当然でしょ? あなたは家族旅行の日に野球部の練習を優先するの?」
「うっ……。ま、まぁそうだよな」
「でしょ~。部活なんて律儀に出なくても、人は勝手にリア充になっているでしょうよ。集団に頼るのは……情けない屑だって証明している証拠よ」
そう、この物質の真っただ中で、星奈は人目を気にせずべらべらと言いたい事を言いまくる。
私は自然と拳を握りしめていた。ははっ……まずい、気をゆるむとこいつを後ろからぶん殴りそうだ。
と、私は椅子の方へ眼をやると、理科がノートパソコンを持ちあげ。
そして、柏崎を後ろからノートパソコンで殴ろうとしていた。私はすぐに理科の傍に駆け寄り止めに入る。
(理科! なにをしている!?)
(この女……殺すっ!!)
(我慢しろ!! 私だって我慢している!!)
もう他のやつらは限界だった。
この女は、自分と自分の認めた物以外は、自分の世界に存在していないんだ。
自分が世界の中心にいて、他のやつらは自分の礎としか思っていないのだろう。
なるほど、ケイト……貴様が言ったことが少しだけ理解できた。
この女の歪みは私以上……か。ははっ、言えている。
育ちが良すぎて感覚が歪みに歪んでいる。幸運の星の元に生まれた女神。
こんなやつに、私が万に一つの勝ち目もないだと……。そんなこと、認めてたまるか!!
こんな人の気持ちの一つも理解できない女が、無自覚な悪意で私たちを……小鷹を貶めようとしている。
小鷹の傍にいて、本当に小鷹の傍にいるべき私の価値を……。
憎い……憎い憎い……憎い憎い憎い憎い!!
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い肉肉肉肉肉ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!
「……悪い、明日はさすがに部活を優先する」
そう、小鷹は少し不機嫌そうに言った。
「なんでよ?」
「部活の一員としての役目がある。それに柏崎、今の発言……一つだけ俺は聞き捨てならない部分があった」
「……」
「集団に頼ることは屑なんかじゃない。どうして……そんなこと言ったんだ? しかも……わざとらしくこんな場で……」
小鷹は、けして柏崎に夢中で私たちの事を見ていないわけではなかった。
ずっと私たちのことを意識していた。その言葉を言った直後、私にアイコンタクトを送ってきたからわかった。
みんながこの女に対して我慢できずにいたのもわかっていたんだ。だからこそ、この場は隣人部の部員として、柏崎に反論した。
私は、ちょっとだけうれしかった。
「ちょっと……言いすぎたわね」
「……わかってくれればいいんだ」
「……ま、"期待してる"から」
そう吐き捨てて、柏崎は部室から去って言った。
なんとか、脅威は去ったか。まさか私たちにとって、最大の敵となるあいつが敵陣に突っ込んでくるとは思わなかった。
しかも、とてつもないわだかまりを残す始末。あの女はやっぱり……放っておいたらまずい。
そして小鷹。柏崎とのその話……詳しく聞くべきことなのだろうが……。
……さすがに、部活の権限を使って家庭事情を曝くことは……やってはいけないだろう。
自分の家庭の事を知られたくない気持ちは、私が一番良く知っている。だから……。
今思えば、私はこんなにも落ちぶれてしまっていたのか……
つらい現実から目をそむけ続けた十年間、そしてその原因を作ったのがかつての親友の裏切りであることを私は認めたくはなかった。
その結果小鷹は私の元へ戻ってきてくれた。完全な状態ではなかったが奴は私の前に姿を現した。
これは私がやつを見捨てなかった結果だと思っている。信じ続けることで神様は奇跡を二度起こしたのだ。
小鷹がこの学校にやってきたことが隣人部の創部に繋がり、色々あれどこの数ヶ月はとても濃い時間を過ごしたと思っている。
小鷹以外の連中は隣人部に必要ない……といえば実は嘘になる。あいつらが離れることはこの日常の崩壊につながる。
そして私の親友はこの日常に満足している。私はそれを壊したくはない。
隣人部の崩壊、それだけはなんとしても避けたかった。隣人部は今の私と小鷹を、ソラとタカ繋ぐただ一つの架け橋。
集団で群れているだけ……例えこの部活が……そうだったとしても。
その居心地を、私は失いたくはなかった。
「小鷹」
目の前で座っている小鷹にふと声をかける。
「どうした?」
こちらの目を見据える小鷹。
なんだか恥ずかしかったが、私は勇気を出して言った。
「ありがとう、私にこの日常を作るきっかけを与えてくれて……」
……遠まわしに真実を言ってしまったかもしれない。
だけど小鷹の返事はなかった。恥ずかしいのか頭をボリボリ書いている。
そんな小鷹を見て、私は思わず小さく笑ってしまった。
果して今ので真実が伝わってしまったのか、いや……気づくはずがないな。
あの時の私は、男気のある少年だったのだから。
「……まったく、お前のそのたまに見せるしおらしさっていうの? 心にグッとくるから腹立つ」
「なっ……どういう意味だ!?」
「心外だと思うなら、少しは普段の最低発言を直せ」
そう私に苦言を述べる小鷹。
その瞬間、さきほどまで殺伐としていた隣人部の空気が、暖かい物になった。
理科が思わず笑う。幸村も、小鳩やマリアも笑った。
その瞬間だけは思わず、私も温かさを感じていた。
――待っていろ小鷹。
柏崎なんかに貴様を惑わせたりはしない。
この私が……貴様に最高の青春を与えてやる。
だから……お前が私を――。
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――なぜだろう、あの時もあの時も小鷹のそばには柏崎がいた。
私が小鷹のためになにかをする度に、やつは私の想いを根こそぎ奪い取って行った。
私のやることが全て裏目に出て、どんどん小鷹は私にかまってくれなくなった。
柏崎だけじゃない。理科も。幸村も。小鳩もマリアもケイト先生も。小鷹小鷹とうるさかった。
私はそいつらよりも自分の気持ちを伝えるのが下手だったから、いつもほかのやつらに劣っていた。
あいつらばっかり小鷹と話して、あいつらばっかり小鷹と楽しく、あいつらばっかり……。
私が用意した舞台を乗っ取って、めちゃくちゃにして……
小鷹はあいつらに奪われてゆく、柏崎に……"肉"に奪われてゆく。
憎いなぁ……とてつもなく憎い、憎くて憎くてしょうがない。
憎いよ、憎い……憎い憎い憎い肉い肉い肉い。
小鷹を想う度に、小鷹への愛が膨れ上がるたびに憎しみも大きくなる。
強大な『愛』という感情を抱けば抱くほど、強大な『憎しみ』という感情も生まれ出る。
約束したのに、「百人分大事にしてくれる」って言ってくれたのに。小鷹と私は気付かず通り過ぎていく。
お前がいなくなったら私には何が残るというのだ? 何も残らないじゃないか。
小鷹にとっての百人分大切な親友は私だけだというのに、こんなにも小鷹を想う私の気持ちは空回るばかりだ。
嫌だ。そんなの嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
せっかく再開したのに、この世界に絶望しながらも私は待ち続けたのに……
ようやくお前と、会えたのに……
そんなお前がまた、私の元から去っていく。
そんなお前が、誰かに奪われる。
私という親友に、気づかずまま……。
「全てが"なかったこと"にされてしまう……」
なんとかしなければ、なんとかしないと。
もうあんな思いはしたくない、だから私は取り戻す。
この"愛"が"憎しみ"に変わる前に……。