『三日月夜空』視点。
授業が終わり、時刻は四時を過ぎたところ。
学校は放課後。学生たちは下校するなり部活に専念するなり、それぞれの時間を過ごしている。
時は五月の中ごろ。
私、三日月夜空はこの放課後、図書室にて読書をしている。
テスト勉強などがない日は、大抵この図書室にいる。
図書室は良い。静かだ。そして本がいっぱいある。
教室では騒がしいやつらもここにはいない。だから落ち着く。
あまり他の人と関わりたくない私にとってはうってつけの場所だ。だから私はここにいる。
「おい、あの人って……」
私が図書室にて六月に入ったばかりの新刊を読み漁っていた時。
なにやら入口の方でひそひそと声が聞こえてきた。
私がその方向を見ると、そこには噂の転校生がいた。
――羽瀬川小鷹。
この学校につい一ヶ月前に転校してきた、濁った金髪の鋭い目つきの少年。
その出で立ちの影響か、転校してきてはすぐにやばい奴が来たと噂が広まり、結果この学校でぼっちとなってしまった少年。
この二ヶ月、少年は必死にこの学校で打ち解ける努力を繰り返したが、一向に友人ができることはない。
それどころか「カツアゲされそうになった」だの、「襲われそうになった」だの。噂はさらにマイナスを辿る一方。
そんなことで大丈夫か転校生? と……本来の私ならば心配しないだろう。
だが、羽瀬川小鷹という人間に対しては……少しばかり事情が異なる。
「……はぁ」
羽瀬川は図書室に入るなりため息をついた。
またいつものかと、諦めが混じったため息だ。
まぁ何もしていないのに、ただ姿を見られただけで根も葉もない噂を立てられたのではやってられないよな。
気持ちはわかるよ。私も貴様の同類なのだから。
「…………」
私は数分、本を読むふりをしながら、羽瀬川小鷹を観察していた。
読んでいたのは漫画小説。世間一般ではライトノベルといったところか。
その間にも、他の生徒は羽瀬川小鷹を指さしては、関わらない方がいいと離れる始末だ。
人間最初の印象が大事だというが、こうもわかりやすい失敗例を見たのは生まれて初めてだ。まるで漫画みたいだな。
最も、"わざと"その道を選んだ私には、彼を同情する資格はないのかもしれないが……。
――だが、羽瀬川があの調子では……何も変わりはしない。
なにも変わらない。あいつも……私もだ。
腐った世界は壊れない。壊してもくれない。
早く……何か手を打たない……とな。
「……うん?」
遠目で、出口の方でちらりと人影が見えた。
なんだ? 誰を見ている?
私は何度かその影をちらりと見る。するとその影は顔を出しては隠れ、隠れては顔を出している。
そして何分かその様子を見ると、その人物が目を向ける対象がなんとなくわかってきた。
見られているのは……羽瀬川小鷹だ。
どうしてそう隠れるようにして見るのか、まぁ……気持ちはわかるが。
だが気にいらんな。他のやつもそうだが、人を見かけで判断しては、変に祭り上げるのは。
これだからリア充共は。そういった環境を知ろうともせず、「かわいそう」などと思ってもいない言葉を着飾ることしかできんやつらめ。
「……ちっ」
私はそう舌打ちをし、本をバタンと閉じてその本を本棚に戻す。
さりげなく出口の方へ、そしてさりげなく図書室から出る。
そしてその人影を通り過ぎた所で、後ろを見遣る。
顔はよく見えなかったが、男子生徒の制服を着ている。
茶色の混じった少し伸ばした短髪の男子生徒。
私に見られている事など知らず、少年は何度も羽瀬川を見ては、隠れを繰り返している。
他の生徒はそんなやつのことなどお構いなし、気づいてもいないようで見ていない。
「……そこでなにをしている?」
「ひゃ!?」
完全に油断しきっている所で、私が少年に声をかける。
すると少年はなんとも可愛らしい声で驚いた。
こう、あまり他の生徒に注意するほど私は人間できてはいないのだが。というかあまり知らない奴と接したくもないのだが。
「そうやって、不幸な人間を観察して楽しいか?」
勝手な決め付けもいいところだが、そう私は少年に対し苦言する。
すると少年は私の言葉に反応するように、ゆっくりとこちらを向いた。
「……?」
その少年の顔を見て、私の脳内でクエスチョンマークが光る。
なぜクエスチョンマークか、エクスクラメーションマークではない所がミソだ。
どうしてか、それはその少年の顔がなんとも……女みたいな顔だったからだ。
「……あの」
少年は口を開く。
なんというか、これも一種の美少年……と例えてもいいのだろうか。
いや、美少年というか美少女? でも男子生徒の制服を着てるから美少年? いいやもうどっちでもいいや。
その少年が口を開くと、今度たじろいたのは私の方だった。
だめだ。そうやって言い返そうとするな。やっぱり知らない奴に話しかけるなんてしなければよかった。
相手は顔も整っている美少年だ。きっと友達の多いリア充に違いない。
「これはいわゆる、売り文句というやつでしょうか?」
「ちがうわ」
何を言い出すかと思えば突拍子もないことを言ってきた少年。
咄嗟にツッコミをしてしまった。てかあんな売り文句があるか。ネガティブすぎるわ文句が。
その後また少年は黙ってしまった。表情は怒るでもなく怯えるでもなく、のほほんと無表情で平和的オーラを醸し出している。
だがそんなのほほんに見つめられても私の怯えは止まらない。なにせ相手は話したことのないやつだからだ。赤の他人だ。怖いよ人間怖いよ。
「えぇと、そちらさまは?」
「人に名前を聞く時はまず自分から名乗れ。常識だぞ」
と、私は強がって見せた。
強がって見せたものの、少し偉そうに振舞いすぎたか。
これで相手が先輩だったら失礼だ。あまり名を売りたくはない、羽瀬川みたいに。
むしろ私と同じ立場にいて噂されてため息で済ませられる羽瀬川はすごいな。私が思っている以上にすごいやつなのでは?
「もうしわけありませんでした。わたくしは"楠幸村"と申します。一年です」
その少年はそう名乗った。
一年か、助かった。後輩ということは先ほど私が偉そうにふるまったことに不自然はなかったということだ。
にしても、幸村とは……。最近の親は子供の名前に対してとてつもないこだわりを見せることがあるというからな。
まだDQNネームとまではいかないだけマシか。だがその乙女チックな容姿に幸村はちょっと合わない気が。
「そうか。私は三日月夜空。二年だ」
「三日月夜空……先輩ですか。よいなまえですね」
褒められちゃった。自己紹介しただけなのに褒められちゃった。
別に嬉しいわけじゃない。褒められたからといってどういうわけでもない。
「そうか…………」
……さて、ここからどうしようか。
褒められたことに対して「ありがとう」でも言えばいいだろうか。
だがその後の話題づくりが思いつかない。どっちも黙りこんで終わってしまう。
あ~あ、だからいやなのだ。こういうのめちゃくちゃ辛い、この間がなによりの地獄だ。
相手はまだひ弱そうなオカマ野郎だからまだいいが、これがリア充版羽瀬川小鷹みたいのだったら私完全に終わっていたぞ。
このまま変に連れ込まれてアウトだったぞ。だから男は嫌なのだ。というか男以前に人全体的に嫌なのだ。
どうする……。"トモちゃん"を使うか。あれをやれば大抵の人は気味悪がって退却する。
この少年も人並み以上の感性を持っているのなら、私の奇行に気味悪がって逃げるはずだ。よし……。
「わたくし、りっぱなにっぽんだんじをめざしておりまして……」
はいー人並み以下の感性でしった! 終わったねトモちゃん!!
その容姿でりっぱなにっぽんだんじっておい、ギャグか? それギャグなのか?
日本男児というより大和撫子が充分にお似合いだ。男子だが、男の娘だが。
でも待てよ、普通に考えると男は女扱いされるのは嫌なはずだ。だとするとやっぱり普通なのかこいつは。
「なのでこの聖クロニカさいきょうをうわさされる羽瀬川先輩に、おとこのなんたるかをおしえてもらおうとようすをうかがっているのですが」
と、幸村は先ほどの行動の意味を私に全て話した。私は何も聞いていないのに。
「それならお門違いだと思うが……」
「そんなことはありません。なんでもてんこうしてにかげつでこのがくえんのちょうてんをとったというではありませんか。くらすめーとのなんにんかからそうおききしましたよ?」
「そんな根も葉もない噂を信じてここまできたのか……?」
私がそう尋ねると、幸村は語らずともと言った感じで無表情のまま。
どうやらこの楠幸村、普通……ではなさそうだ。
羽瀬川小鷹をストーキングしていれば立派な男になれる……か。やはり見た目だけでは話が変な方へと進むのだな。
しかたない、ここは私が上手く説明して誤解をといてやろう。
「あの男は外見だけだ。あぁやって弱い奴ほど見た目を固めるものだ。実際にあいつが生徒をカツアゲしたり、グラウンドで乱闘騒ぎを起こしたという実態を目にしたのか?」
「うわさでは……」
「いや噂じゃなくてな。あいつは外見だけで中身はお前が思っているような立派な日本男児ではないぞ。そんな噂を信じるくらいなら自分で立派な日本男児になれるよう考えた方が時間効率がいい」
「またまたごじょうだんを」
「冗談なんて言ってないんだけど……」
私がああ言えば、幸村がこう言う。
だめだこいつ、何言っても存在が平和すぎて跳ね返されるや。頭の中がお花畑だ。
したらどうするか、どう言えばこいつを納得させられるのやら。
「……そもそも、お前はどうしてそう立派な日本男児にこだわる? お前みたいなやつが好みのやつだっているだろうし。結構モテるのだろう?」
「いえ、このままではなっとくがいきませぬゆえ」
「どうして?」
「わたくし、いじめにあっているのです」
そう幸村の言葉を耳にした時、私の心がぴくりと動いた。
「いじめ?」
「はい……」
「……そうか」
思わず、私はそう言葉を返し納得してしまった。
いじめ……か。気にいらない、気にいらないな。
そうやって弱い奴を釣りあげて見せ物にして、安全な所で嘲笑っている畜生は……。
本当に気に入らない。リア充以上に爆発してほしい。
「つまりお前は、そいつらを見返してやりたいと思っているのか?」
「…………はい」
そう、のほほんとしていた幸村の声が、少しばかり強さの入ったものに感じた。
現状に甘んじることなく、脱却しようとしている。
今までこの私が思うことのなかったこと、今になって努力しようとしている事。
それをこの男は、ずっと昔から……耐え続け抱き続けていたというのか。
自分の身に置かれた腐った現状からの脱却を……。柵への反逆を……。
「……」
思わず、私は悔しいと思ってしまった。
こんなひ弱な少年でさえ強くなろうと努力しているのに。
私ときたら、そういった事柄を全て諦めてきた。
悔しい。そして憧れるよ。楠幸村、お前のその奥底に潜む熱い心にな。
人はみかけによらない。こういう結論に至るのなら、困ることはないのにな。
「……そうか、応援しよう」
「ありがとうございます。先輩」
今私のこの口から出た言葉に嘘偽りはない。だが……。
お前が先を進むのに羽瀬川小鷹が必要というならば、私にとっては不都合だ。
お前にはやらない。楠幸村、お前に羽瀬川小鷹は"やらない"。
あの男が変えるべきは私なのだ。奴には、そうするだけの理由がある。
あの男は私と共に堕ち、私を変えるためだけにこの学校に居続けるのだ。
そうとも、私をここまで"堕とした"罪滅ぼしはきちんとしてもらう。責任はとってもらう。だから……。
「あんな見かけだけの男に頼らずとも良い。私が……協力してやろう」
「え?」
そう私は卑しく笑って見せた。
悪いな幸村。腐った現状から解き放たれるのは貴様じゃない、この私だ。
羽瀬川小鷹に近づく虫は私自ら葬ってやる。悪く思うなよ。
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下校時間となり、生徒全員が家に帰らなくてはならない時間になった。
今日は面白い奴にあった。まぁ仲良くする気はない、適当にあしらって遠ざけるがな。
「お~いそこの迷える子羊ちゃんや~」
「……」
「お~い、無視するなよよーぞらく~ん」
なにやらベンチでだらけながら私に話しかけてくる不審なシスターがいる。
私は頑なに無視しようとするが、どうにもしつこいようで何度もそう私の名を呼ぶ。
私はため息をつき、仕方なくそのベンチの方へと足を向けた。
「なにか用ですか? "高山ケイト"先生殿?」
「にゃはは。やっと反応したよこの根暗女め」
「悪口を言いに呼び止めたならさっさと帰りますが?」
「まぁ待てよ。ちょっと横に座れって」
そう言って、この学校のシスター――高山ケイトはこちらへこちらへと手を招く。
シスター服から見える銀の髪は光り輝き、そして若いながら大人びた表情は美少女よりも美人といった雰囲気を醸し出している。
この教師、まだ十五という若さでこの学校の教職員をしている。
聖クロニカ学園はカトリック系のミッションスクール。ここでのシスターの役割は神学や倫理の授業、ミサなどの宗教行事などを専門としている。
そして、迷える生徒らの相談だ。そんなやつに呼び止められる私は、さぞ問題児なのだろう。
「どうよん? 友達の一人や二人はできたのかい?」
「作る気などない」
「ったく、去年の秋から孤立し気味の君を見てきたが、どうしてこうぶれまくって歪みまくって、変わることがないのかね」
「あなたには関係ない」
そう心配してくれるケイトを横目に、私は冷たい態度を取る。
「そう言うなよ。私らは君のような弱い者の味方だよん。これも神のお導きってね」
「なにが神だ。そんなものいるわけがない」
「おいおいこの学校で神様否定しちゃだめぜよ。って……それだけ君を歪ませた何かがあるのかね」
「……」
そうおちゃらけて私に接してくるケイト。
普通の生徒ならばこんな私を放っておくものだろう。それでもこうへばりつくように接してくるのは、仕事としてなのだろうか。
そしてケイトの言う言葉の数々の中には、私の触れられたくない部分が時より含まれている。
だから嫌なのだ。人の不幸に笑顔で首を突っ込んでくる奴は……。
「……話は変わるが、なんか最近調子よさそうじゃね?」
「なにがだ?」
「例の転校生だよん。な~んか彼を見る目がいつもの君じゃない気がするんだが……」
「……気のせいだ」
「なに? ああいうのがタイプなの? 金髪染めそこなった悪ぶった感じの、同族意識でも感じちゃってるわけ?」
「……別に、ああいうのはタイプじゃない」
そう、づかづかと私に踏み込んでくるケイトを、私は言葉少なくあしらう。
だがあまりにもしつこすぎるし、羽瀬川小鷹の話題を出すのは反則すぎる。
それに、貴様に何がわかるというのだ。
同族意識だと? 本当に……虫唾が走る言葉だ。
「それにあの金髪は"地毛"だ。何も知らない連中がヤンキーだのなんだの、ウザすぎるんだよ」
「へ~え。そりゃ悪かったね。てか……なんで知ってんの?」
「……あ」
この時、私は思わずそう声を漏らした。
思わず口を滑らせたと思った。怒りが混じっていたのか、言葉の選択を間違えた。
「……ハーフ、って聞いたが」
「らしいね。でも……ふふ」
「なんだ?」
「君が誰かを庇うのは本当に珍しい。何か……隠しt」
そうケイトが言い終わる間際、私はケイトに迫るよう顔を近づける。
そして気迫の表情でその言葉をせき止め、私は禍々しい表情で、重い声を張り上げた。
「な……なんだい?」
「シスターだかなんだか知らないが、これ以上……私を探ろうとするな。貴様には……私は変えられない。私も貴様によって……変えられるつもりなどない」
「……どうしたのさ、焦ってんの?」
「ぐっ……」
そうケイトに尋ねられ、私は苦い表情を浮かべ歯と歯を強く噛みしめた。
もう口を聞くだけ無駄だ。なので私は鞄を持って立ち去る。
そうだ。高山ケイトではだめなのだ。この教師も本心から私とわかり合おうとなどしていない。
こんなやつに、私を理解できるわけがない。理解などされて……たまるものか。
――リア充がっ!!
「……なにかあったら、いつでも相談にはのるからねぇ~ん」
「……」
「って聞いてねえよ。どうにも……ワケアリみたいだねぇ」
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そうだ。もうこんな寂しい思いをするのは嫌だ。
失うだけは嫌だ。失うくらいなら……なにもいらないんだ。
――だが、それでも。
もし失ったものを取り戻せるのだと……したら。
もし堕ちた私に、這い上がるチャンスがあるのだと……したら。
――選ぶしかないじゃないか。
失ったものを、得ることのなかったものを、全部根こそぎ手に入れられる道を。
だがその道を与えるのは神などではない。そんな偶像になどに助けを求めたりはしない。
羽瀬川……小鷹。
お前しかいない……お前しかいないよな。
ここまで堕ちた私を、救える存在は。
だから小鷹、お前が私を変えろ。
私もお前を……孤独から救ってやる。
「――お前には、私がいればそれでいい……そうだろ? タカ……」
にじファン時代のを見直した結果、やはり8割方書きなおしが必要と判断したので更新は遅めとなっております。もうしわけありません。