新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第20話です。

『三日月夜空』視点。


溺れゆく黒騎士

 ――とある一国に、とても美しいお姫様がいた。

 黒のドレスがよく似合う。黒で着飾った綺麗な黒の姫。

 その姫は大勢の民から愛された。だが、その姫は民を愛そうとはしなかった。

 結局は自らの名声や富、そして美しい自分が目的で近づいてくる物ばかりと、拒絶を繰り返す姫。

 汚い大人のやり方を見てきた彼女は、幼いころからその性格にゆがみが生じていた。

 まだ幼かった姫は、けして目の前にあるであろう一粒の光に目を移そうとはしなかった。

 

 そんなある日の事。

 姫はある日家出をした。初めて見る外の景色。

 ずっとお城に閉じ込められていたために、その外の景色は新鮮だった。

 だが、その全てを映し出す広大な青空の下で行われていたのは、卑劣な行いの数々。

 自らの国の民たちは、上が下をけなして威張る者たちばかりだった。

 情などそこにはない、あるのは力と利益だけの繋がりだった。

 見兼ねた姫は、自分の立場など考えずに弱気民を助けようとした。

 だが加護の無い姫は、初めての外では力なき子供でしかない。

 襲われそうになる姫。そんな姫を、突如現れた少年が助けた。

 自分と同じくらいの、まだ幼い少年。

 当然大人たちには勝てない。だが、傷だらけになりながらも姫を守る。その心はくじけなかった。

 姫と少年は隙を見て逃げ出す。そして誰もいない裏の路地へ。

 

 姫は尋ねた。なぜ自分なんかを助けたのかを。

 少年は答えた。君こそ誰かを助けようとしていた……と。

 だから、自分が動かずその場で黙って見ている事が耐えられなかったと。

 

 ――自分は、弱い物じゃないから……と。

 

 初めて、その姫が他者に心を許した瞬間だった。

 この少年なら信じられると、友情をはぐくめると思った。

 この時友情に飢えていた姫は、自らの素性を隠しその少年と友達になった。

 一国の姫であることも、女であることも隠して……。

 初めて出来た大切な親友。だが、それは長くは続かなかった。

 夕方になり、城の配下が姫を見つけ、捕まえ城へと戻す。

 少年とろくな別れ方もできずに、たった一日で……その友情は幕を閉じた。

 

 ――それから、数年の月日が立った。

 

 姫は国を変えるため、自らの立場を顧みずに、戦場に立つことを決意した。

 女であることを微塵も感じさせない程の剣さばき。漆黒の馬に乗れば無双が如く敵陣を葬り去った。

 いつしか姫は、"黒騎士"と湛えられ。同じ国の戦士たちの間では英雄となった。

 そんなある日。敵の国の一人の騎士と戦場で出会う。

 黒とは逆の白い馬に乗った若き騎士。黒騎士と対を成す"白騎士"との出会い。

 剣が交わる。互いに一歩も譲らぬ駆け引き。

 その中で、互いの剣が顔を覆っていた鎧を砕いた。

 その瞬間、互いの目が合った。その時、黒騎士はあまりの衝撃で動けなくなった。

 

 ――その白騎士の正体が……かつて自分の親友だった少年だったからだ。

 

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 夏休み、週末のバイトの日。

 店長が休みの日に、私はこの古本屋でバイトをしている。

 といっても来る客など大体決まっており、子供には適当に、大人には率直な対応をしていればいい簡単な仕事だ。

 店長いわく、私は座っているだけで仕事になっているらしいからな。お言葉に甘えて本を読みながらの仕事だ。

 社会人をナメるなと言われても、文句は言えそうにないな。

 

「よぞにゃ~ん。休憩の時間だぞ~」

 

 そう、後ろから同じ学校の先輩であるバイト仲間の大友先輩が私に休憩を言いに来た。

 休憩といえど、この時間が休憩みたいなものだが。

 

「そしたら、レジお願いします」

「はいよ。ところで今日は何の本読んでたんだい?」

 

 そう、大友先輩は私が読んでいた本に興味を抱いてきた。

 普段ならそっけなく返す所だが。この人に対してはそうもできない。

 

「あ~。"黒騎士伝説~ザ・ダークナイト・レジェンド~"。その最新刊ですよ」

「黒騎士伝説か……」

 

 今読んでいるこの本、実はあまりやる気を起こさない私が、この店に特設コーナーを作る提案をしたほど私が熱中している本だ。

 黒騎士伝説。副題はザ・ダークナイト・レジェンド。

 古今東西あらゆる本を読んできた私にとって、今最もマイブームになっているシリーズだ。

 人気ラノベ作家、黄泉比良坂氏が描いた王道ファンタジーライトノベルだ。

 その第一巻発行からあらゆる所で評価され、いつのまにか爆発的な人気を得た大ヒット作。

 最初はよくある王道テンプレかとバカにしながら手をつけたが、気がつけば一日中読み返していた。

 王道というテンプレではないお約束を順守しながら、綿密に組まれた設定の数々と絶妙な伏線の張り方、そして読者をひきつける展開の作り方。

 その中でも特に"友情"というテーマに的を絞った、ファンタジーでありながらも人間ドラマの深いこと。

 とにかく、この私が語ろうものなら一日使っても足りない程、ものすごい面白い作品なのだ。

 

「主人公である黒騎士メアの心理や生き方が儚いながらも真っ直ぐで、その敵である白騎士ラインハルトとの絶妙な関係が……もう先が気になって仕方ないんですよ。早く五巻発売しないかなぁ~」

「あっはっは。ずいぶんと楽しく語るね。珍しいにゃ」

「うっ……」

 

 そう大友先輩に言われ、思わず顔が赤くなる私。

 こうやって、好きな本に対する率直な感想を誰かに語ることなど、普段の三日月夜空からすれば考えられないことだろう。

 今目の前にいるのが小さい時から付き合いのある人物で、題材になっているのが私の大好きな本だからという一致が招いた奇跡とも言うべきことか。

 まぁ、私がこんな楽しそうに本の話をしたって、得する奴などいないだろうが。

 

「……先輩もぜひ読んでみてはいかがですか?」

「君がそこまで語るのだから面白いとは思うんだけどさ、その一冊一冊が終わりのク○ニクル並みに分厚いんじゃ読んでる途中に寝ちゃうよ」

「一巻はまだ300ページくらいだったんだが、二巻でいきなり倍の600ページ。最新刊の四巻では900ページでしかも上巻だからな……」

 

 そう私は苦笑いをする。

 確かに黒騎士伝説(略称:ざだない)は人気作だが、本の分厚さが読む人を選ぶとも言われている。

 だがそれでも多くの人気を博しているのは、その作品の出来があってのことだろう。

 

「そういうのはアニメとかになったら見てみるよ」

「ふっ……。先輩は甘すぎる。そういうもののアニメ化で誰が一番楽しめるかと問われれば原作読者。そういう原作を知らないにわかに限って、この作品は駄作などと口にする。まこと愚かの極みなのだ」

「なるほど。逆に原作読者ほど実写化を叩くと言われているが君はどう見る?」

「考案するまでもない。そういうものの実写化は望んで行われているわけではない。業界の権力者による圧力、原作者は断れない状況下で承諾しているのだ。原作者にとって守りたい物をその業界の人間が知る由もない。人気の作品が多方面で通用するなんていうのはいつの世の話だ? そういう世の人間が二次元と三次元の表現の違いを理解できていないから実写化という駄作が生まれる。作品の良さを理解できないからそういう考えを通そうとする。アニメの美少年キャラをジャ○ーズ使ったら喜ばれるとかアニメの美少女キャラをA○B使ったら再現できるとかそういうのは虚妄だ幻想だ! 二次元が好きな連中と三次元が好きな連中の感性を一緒くたに考えて良い作品ができるものか。だからこそ原作ファンがそういうのを叩く。作品を一番理解しているのは偉い人でも業界のやり手でもない、その作品を支えてきた一人一人のファンだそれを思い知ってから博打を打てぇぇぇい!!」

 

 なんという長台詞、私はここまで熱くしゃべるキャラじゃないはずなのだが。どこぞのK1だ私は。

 そんな私の熱の入った長台詞を聞いて、大友先輩はクスクスと笑った。

 

「……なにがおかしい先輩」

「ふふっ。そういう面が、他の人に惜しまなく出せるといいなと思ってね」

「……」

 

 そう言われて、私はどうにも言えない気持ちになった。

 確かに、自分の趣味を誰かに楽しく語ることに抵抗さえ抱かなければ、いくらでも話の種はある。

 この私の読書という趣味は、誰かと繋がるための趣味ではない、誰かを拒絶するための趣味だ。

 誰とも話さず本を読んでいれば自分の世界に閉じこもれる。誰かが本の内容を聞いて来ても、けして相手が理解できないような本を読んでいれば下手に話が弾まない。

 私にとって読書という趣味はそういう役割を持つ。そんな私が読書の素晴らしさを語ること自体が、ビブリオマニアには侮辱と捉えられても仕方ないことだろう。

 

「……休憩入ります」

「はいよ。さてと仕事だ仕事だ」

 

 特に反応を見せずに休憩に入った私を、先輩は何も触れずにいてくれた。

 彼女は私とは違う世界にいる。だが、私の気持ちを考えて触りない対応を取ってくれる。

 そのことに対して多少の申し訳なさはある。だからこそ、もう少しだけ待っていてほしい。

 もう少しで、全てに決着がつきそうなんだ。だから……。

 

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 翌日、部室にて。

 今日は小鷹は用事があるらしく、部活に来ていない。

 あいつが部活に来ないということは妹も来ない。なのでよく顔を合わせる三人での部活となった。

 特に決まったことはせず。幸村はぼーっと、私は読書、そして理科はパソコンでゲームをしている。

 さきほどからパソコンから漏れる。悲鳴と絶望にも似た叫び声が聞こえてきて若干迷惑千万だが。

 いったい理科は、何のゲームをやっているのだろうか。

 

「……少しゲームの音を下げろ」

「あぁ、それはすいませんでしたねぇ」

 

 そう私が寄って注意をすると、理科は軽く謝って音量を下げた。

 その際に画面に見えたのは、浜辺の海で鮫に食われている集団の絵だった。

 いったい何のゲームをやっているんだ。予想外の絵に少々興味を抱いた。

 

「……なんというゲームだそれは」

「おや? 他人の事には興味を抱かないあなたが珍しい。これはシャークラッシャーという理科も制作に関わったマニアックゲームでしてねぇ。海に泳ぎに来た客を鮫で食い殺すゲームなのです」

「……お前というやつは、とことんろくでもないやつだな」

「それをあなたが言いますかぁ?」

 

 私がそう感想を漏らすと、理科は皮肉交じりで応戦した。

 さすがに気持ち悪い画面を見せられ意地になるほどの気力はなかったので、特に会話が発展することも無かった。

 

「時に先輩。その本はさてはざだないの最新刊では?」

「……知ってるのか?」

 

 理科は私の読んでいた本を見て言った。

 本日も私の愛読書は、この黒騎士伝説だった。

 さすがに800ページは超える量。一日で読みきれるものではない。

 今人気の高い本だけに、理科も知っていたか。

 

「あぁ、そうだが」

「それ面白いですよねぇ。理科も最近噂を聞いて購入しまして、まだ二巻に入ったばかりなんですよ」

「そうか……」

 

 そう理科が話題を引っ張ろうとするが、私は半分強引に投げやりな答え方で話題を切った。

 昨日みたいに、この作品の良さを語れば、こんなつまらない時間が多少は楽しくなっただろうに。

 だが、この女と黒騎士伝説を楽しく語ろうとする気持ちなど、私の中には無い。

 

「……なんか先輩って、ざだないの黒騎士メアに似てますよね」

 

 理科は突然、私が黒騎士伝説の主人公である黒騎士メアに似てると言ってきた。

 黒騎士メアは、一国の姫様にしてノワール騎士団の騎士長。多くの民や騎士たちに慕われているカリスマ的な存在だ。

 自らの国を変えるために自身の命すら惜しまない。と……私とは正反対の人間性だが。

 ……しかし、私がその作品にハマるのは、そのメアの生い立ちが原因なのかもしれない。

 特に彼女の、過去に親友だった人物が敵に周ってしまったという場面だろうか。

 そういう部分に、私は深いシンパシーを感じてしまった。だから、私は黒騎士メアを応援したくなってくる。

 

「……似てるか?」

「はい、まぁ確かにあっちは多くの人たちに慕われてて先輩とは真逆ですけど」

「……」

「でも……先輩の本質が、どこかそんな気がして。本当はとても優しくて、不器用ながらも他人を引きつけるような……」

 

 そう、理科がさびしそうな目で、私に訴えかけるような声色でそう言った。

 そんな彼女の言葉に、私は答え方を迷った。

 本当は優しくて、人を引き付けるような……。

 そう思われている事に、どう答えていいかわからなかった。

 

「……なんてね。すいませんね、変な理想を押し付けて」

「……あぁ、迷惑だ」

 

 そう私が憮然とした態度で答えると、理科はほのかに笑って見せた。

 そしてまた、それぞれが好き勝手なことをやり始める。

 時刻が十時を回ったところで、突如理科が部活動の提案をしてきた。

 

「……今から、皆さんでプールに行きませんか?」

 

 突拍子もない提案だった。

 今から、それも先ほど海でたくさんの客が鮫に食われていた絵を見せられた後だというのに。

 こいつ、どんな感性を持っているんだ。死にたがりなのか?

 

「……死にたいなら一人で勝手に死ね」

「えぇ……。プールに行きたいって言っただけなのに~」

 

 私の反応を見て、理科が苦々しい顔で答えた。

 

「しかも今からって、お前はどうしていつも急なんだ?」

「善は急げと偉い人が言うではありませんか。それに確か市営の竜宮ランドの割引が今日までなんですよ、今から帰って支度すれば1時のバスに間に合いますし結構遊べると思いますよ」

「……いや、でも」

 

 理科はさっそく行動に移す気満々だが、私はめんどくさくて仕方がなかった。

 この時期で割引だ。プールにはたくさんの人が集まっているだろう。

 リア充という集団に小さな魚が紛れ込むかのような滑稽な行動。疲れがたまって明日は寝込むかもしれない。

 かといって、めんどくさいで断るのも部長っぽくないしな。

 

「……めんどくさいなら別にいいですよ」

「ちっ……。わかったわかった。じゃあ一旦解散だな」

 

 私は仕方なく、午後の部活動をプールにすることを承諾した。

 理科は割と本気で喜んでいた。幸村はいつも通りだからわからん。

 

 ……幸村……幸村?

 

 ――あ。

 

「ん? どうしました先輩。幸村君を見て」

「……当然、この三人で行くんだよな?」

「え? 当たり前でしょ? 幸村君も用事とかありませんよね?」

「ありませぬが」

 

 そう、幸村は淡々と答えた。

 だとすると、誰かをハブく理由はない。というかそんなことしたら変な空気になるからあまりしたくない。

 だが、そうすると皆でプールに行く上で、幸村の存在がかなりやっかいになる。

 だって、幸村は……。

 

「……何か困ったことでも?」

「まぁ、かな~り困ったことがある」

「え? 男の人に肌を見せるのが恥ずかしいとか?」

「まぁそれもあるが……」

 

 そう、私が答えると理科が首をかしげた。

 幸村か。どうするかな……。

 幸村は"男"だ。だから普通は着替えをするとき、男子更衣室に入ればいいのだ。

 しかし、一人こいつを男子更衣室にいれるわけにはいかない。

 それが、個人的に"自覚"が無いなら尚更だ。

 

「……幸村、ちょっとお前のスマホを貸せ」

「はい、どうぞ」

「?」

 

 私は幸村からスマホを借りた。というか他人にスマホを躊躇なく貸せるってすごいな。

 そしてそのまま一人部室の外に出て、幸村のスマホから"ある人"に電話をかけた。

 その人物は私自身があったことのない全くの他人だ。だが、幸村をそういう所に連れて行くとするならば、話を通しておかなければならない。

 電話をすること数分、相手方は事情を察したようで、スムーズな会話で幕を閉じた。

 その後、私は部室に戻ってきて。

 

「幸村。一度家に帰ったら、お前の"母親"にプールに行くことを伝えて、母親から水着を受け取って来い」

「わかりました」

 

 そう、特に不思議がることも無く、幸村は私の言うことを素直に聞く。

 これで安心か。だが、その私の不自然すぎる行動に、理科が容赦なく食いつく。

 

「……いったい誰に電話をかけたんですか?」

「気にするな。私事だ」

「……幸村くんの家族とは絡みがあるのですか?」

「いや、会ったこともない」

 

 そうそっけなく私が返すと、理科がジト目で私を睨む。

 

「……何か隠してるな」

「……」

「……ちっ」

 

 私が無言を貫くと、理科が軽く舌打ちをした。

 今回ばかりは、幸村を尊重して、下手なことは口外できない。

 実際、先ほどの相手方も、意味深な言い方をしていたからな。

 触れてはいけない事情があるのだろう。そこにズカズカ入りこむほど、私は探究心が高くはない。

 

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 こうして午後一時。

 私たちは竜宮ランド行きの市営バスがあるバス停へと集まる。

 竜宮ランドは施設が整っているここらのプールの中では大型施設なのだが、なにせバスに乗って四十分という立地条件の悪さが足を引っ張り経営状態はかなり悪い。

 普段はあまり人がいないと聞くが、今日は違った。

 この夏真っ盛り、まして割引キャンペーンということもあってか、バス停にはたくさんの人々が並んでいた。

 この人の多さ。まずい、胃の中のものがせり上がってくる。家でラーメンなんて食べてくるんじゃなかった!!

 

「せ……先輩。顔色が……悪いですよ」

「お前も……な」

 

 私も私なら、理科も理科でかなり苦しそうにしていた。

 そういえばこいつも人ごみ嫌いだったな。なのによくプール行こうだなんて言いだしたな。

 

「あぁ、もう理科の中からありとあらゆるものが飛び出そうです。先輩が男だったら私の全てを受け止めてとか叫びをあげていた所なのに」

「お前など塵の一つも受け止めたくはない。って……気持ち悪いんだからツッコミをさせるな」

 

 そんな気分の悪くなるようなやり取りをさせられ、私は更に気分を悪くする。

 だめだ。このままバスに乗ったら絶対にやらかす気がする。

 

「幸村……。酔い止め持ってるか?」

「ありません」

「理科は?」

「ないです。こういう場面を想定していなかったもので……」

 

 酔い止めはない。ということは我慢しろということか。

 だが、今からトイレに行く時間もないだろうし……。

 

「アノー? コレデヨケレバツカッテクダサーイ」

 

 突如、私の前にいた誰かが話しかけてきた。

 見たところ外人だ。薄い金髪のショートカットの色白の女性。

 見た目は大人っぽく、だがまだどこか幼さを残した。少し眼つきが鋭い美人。

 その外人が、私と理科に酔い止めを渡す。

 

「あ、ありがとう……ございます」

 

 私と理科は素直に酔い止めをもらって、それを飲み込む。

 これでプールまでは持ちそうか。

 それにしても、綺麗な外国人だな。言葉は片言だが、日本に来て日が浅いのか。

 

「すいません、助かりました……」

 

 私はそうお礼をし、お辞儀をした。

 すると外人は、表情を一つ変えず、そのまま前をむいた。

 

「いやぁ助かりました。親切な人っているんですねぇ」

「そうだな……」

 

 そんな会話をしていると、バスがバス停に到着。

 当然この人数では、バスの中もきっつきつになる。

 人ごみに揉まれ、そこで必死に吐きそうになる私。

 この人ごみでは本を読んで回避することもできない。逃げ場もない。最悪に近い。

 

「はきそうですかせんぱい? びにーるぶくろならよういしてきましたが」

「だ、大丈夫だ幸村。こんな民衆の前で吐くほど私は無様ではない」

 

 幸村の心遣いに感謝をしながら、そう手をかざす私。

 こんな所で吐いてたまるか。一生の恥だ。

 

「ちくしょうこんな地獄を見るとは思わなかったぜファック。僕がこんな凡人どもの中心ではがゆい思いをしなければいけないとは侮辱に等しいんだよ」

「素が出ているぞ理科。私も我慢するから貴様も我慢しろ。立派な社会人なのだろう?」

「うっ……。ったりめぇだくっそが」

 

 仮面が崩壊しそうになる理科を煽てながら、バスに揺られること数分。

 あともう少しという所で、私は口を押さえて苦しそうな表情を浮かべた。

 そんな苦しそうな私を見かけて、一人の女性が話しかけてくる。

 

「ダイジョウブデスカ?」

「あ、あなたは……?」

 

 それは先ほど私に酔い止めをくれた外人だった。

 

「ヨロシケレバ、アノセキツカッテクダサイ」

「で、でもあなたが座っていたんじゃ?」

「ニホンノヒトハ、コマッテイルロウジンニセキヲユズルトキキマス」

「私が老人だと言いたいのか……?」

 

 外人からすれば日本の文化を比喩に出したつもりなのだろうが、私はまだ若い。

 と、そんなこと言っているほど余裕はないらしい。

 席は一つ。だが酔っているのは私と理科の二人だ。

 

「……ありがとうございます。理科、あの席に座れ」

「え? でもいいんですか?」

「いいから。空いた席にずうずうしく座るほど私は欲に目がくらむ先輩ではない」

「……」

 

 あえて私は、理科に空いた席を譲った。

 これでいい。変に情けない姿はあいつには見せられない。

 ……だが、どうしてそんなことを……思うのだろうな。

 

「エクセレント。トシシタニヤサシイニホンジンデース」

「そんなことはないがな。これは優しさではない、矜持だ」

「キョウジ……デスカ?」

「あぁ、ただの強がりだ」

 

 そう尋ねてくる外人に、私はそっけなく答える。

 たかが一人の歪んだ学生の矜持が、外人に理解できるかといえば微妙な所だが。

 

「ソウデスカ……。なるほど、"お嬢様"が目をつけるわけだ」

「……え?」

「……オー。キョウジ? チョットワカリマセーン」

 

 一瞬だけ、この外人の目の色が変わったように思えた。

 そしてかすかだが、私たちに見せない一面をのぞかせたかのように感じた。

 なんだ? 考えすぎか。酔いすぎたか、きっとそうに違いない。

 そうこうしている間に、私たちは市営の竜宮ランドへ到着。

 バスから降りて、幸村の肩を借りながら施設の中へと入っていく。

 

「あぁ苦しかった。来て早々なんだがもう帰りたい」

「それだと来た意味が無いでしょうよ……。次こういう所に来る時は公共機関なんて使わなくてもいいように、転移装置でも開発してやる」

 

 そう新しい目標を作り意気込む理科。

 頼んだぞ。二十二世紀の科学は貴様の手にかかっている。

 と、建物の中に入っても人がいっぱい。これではバスの中と大した変わらないじゃないか。

 大した儲かっていない所が捨て身の半額キャンペーンを行った結果なのだろうか、普段より人がいっぱい来たようだな。

 人を選ぶか金を選ぶか、神様は残酷だ。常に二者択一を迫ってくる。

 二頭追う物には一頭も与えない。そうやって上から見下ろして嘲笑っているのだ。

 

「じゃあ……。それぞれ個人個人更衣室で着替えて、着替え終わったらここに戻ってくること」

「わかりました。理科と先輩は女子更衣室に、幸村くんは男子更衣室ということで」

「……」

 

 理科が何一つおかしいことなく言ったその言葉に、私は苦い顔をする。

 一応、幸村には忠告しておくか。

 

「幸村。ここで真の漢を目指すお前に、部長からアドバイスをくれてやろう」

「なんでしょうか?」

「真の漢たるもの、同性だろうとむやみに肌を見せてはならない。普通は逆だと思うだろうが、自分の肉体美を見せびらかすような野郎は二流だ」

「なるほど、りょうかいしました」

「あと、変な視線を感じても気にしないことだ。それでも居たたまれなくなった時は……無理に着替えようとするな。その時はただ座って休んでいろ」

「……わかりました」

 

 そう、らしくない忠告と助言をして、私は理科と共に女子更衣室へと向かった。

 その最中、またも理科が私に詰め寄ってきた。

 

「……やけに、幸村くんの事を気にしているようで」

「そんなことはない。私はいいようにからかっているだけだ」

「……そう……ですか」

 

 何か言いたそうにしていた理科だが、野暮と判断したのかこれ以上何かを言ってくることはなかった。

 そして更衣室。隣り合わせのロッカーが開いていたため私と理科はそこで着替えをすることに。

 人前で着替えか。あまり他人に素肌を見せることすら抵抗を覚えるというのに……。

 小鷹もいないというのに、最近の私は何かがおかしい。

 また、諦めたとでも言うのか。諦めているとでも……。

 どうしてここで引こうとする必要がある? せっかく、全てを取り戻せる手前まで来ているのに。

 なのに、どうして私は……こんなにもむきになっているんだ。

 むきに、大した好きでも無い後輩どもと一緒に夏休みを過ごして。まるで仲がいい友達のように……。

 

 ――もしや、揺らいでいるのか。

 

 小鷹との過去に決着をつけるために、あいつらを犠牲にしようとしている事を。

 今になって……私はためらっているのではないだろうな……。

 だとしたら、今の私に何が起こっているというのだ……。

 

「先輩? せんぱ~い?」

「な、なんだ?」

「いえ、ぼーっとしてたんで。考え事ですか?」

「……あぁ」

 

 そう私が呆けて答えると、理科はどうにも言えない表情で私を見る。

 その後、私は着替えをしようとするのだが。

 今度は隣から、また理科の視線を感じる。

 

「……今度はなんだ?」

「いえ、なんつうか……プロポーション? がいいなぁ~と思ってね」

「……くだらん」

「ちっ……。あぁ~いいですねぇ、美人でスタイル抜群な人は細かいことに気を配らなくて。僕みたいに大した可愛くもなくて常識も欠けていて出来ることと言ったら開発くらいの科学バカには、到底敵いっこないですよ」

 

 何をそんなに怒っているのか、いつもの嫌味とはまた違った、苦し紛れな言い方に私は戸惑った。

 まぁいいや。こいつが自分にコンプレックスを抱こうが、私に悔しさを抱こうが、関係のないことだ。

 そうだ……関係のないことなんだ。

 そして互いに着替えが終わり、更衣室から出る。

 家にあったのがこの赤い水着だけだった。去年だか授業の一環で買わされた奴だ。

 私としては肌を露出させなくてもいいフルボディの水着が良かったのだが、カタログにそれがなかったため仕方なくこれにした。

 一方理科はビギニかワンピースかで迷った末に、ワンピースにしたといってその水着を着た。

 そして、男子更衣室に入った幸村だが……。

 私としては特に違和感なく、だが理科にしては若干戸惑ったような反応の、女物の水着を着て現れた。

 

「似合いますか? せんぱい、しぐま殿」

「……あぁ、すごいな、男なのに女物が似合うなんて。今の時代貴重な人材だ」

 

 そう、私は作ったように幸村を褒める。

 後は細かいことに気にさえしなければ、と思った矢先。

 

「……幸村くんは、女装趣味でもおありで?」

「いえ、母上からこの水着を渡されました」

「ぶっ! あ……あなたの母親は、む……息子に女物を着せる趣味でもあるんですか?」

 

 そう戸惑いながら幸村に聞く理科。

 普通ならそういう反応だろうな。幸村のキャラもそうだが、好き好んで女物の水着を着る男性がどこにいようか。

 これが幸村のような美人ならギリで通用するからいい物を、それじゃなくても人の感性がそういう非常識を嫌うのが当たり前だろう。

 だが、幸村は何一つ思わず母上の言葉を信じて、そして女物を着たのだ。

 そんなやつがどうして、今も"騙されていられる"のだろうか……。もしくは……この子自身が望んでいて……。

 

「とにかく行くぞ。くだらないことを気にしていても仕方がない」

「いやいやくだらないことって……」

 

 半場強引にこの話題を終わらせ、私達はプールへと向かった。

 だが、人が多すぎて泳ぐどころの騒ぎではない。これでは集団混浴風呂だ。水に浸かっておしまいだ。

 まずいな、このままじゃプールの中で吐きかねない。正直今も我慢しているのだ。

 

「……やっぱり来るんじゃなかった」

「あらら先輩。提案しておいてなんですが、理科も後悔しています」

「わたくしはとくになにもおもっておりませぬゆえ」

 

 すっかりプールに対し拒絶反応を見せている私と理科。そして何も考えていない幸村。

 プールに来て泳がず、気持ち悪い思いをして帰るというのも非常に残念なことだな。

 民衆はこのような思いをしてまで一時を涼みたいのか。それなら家で扇風機の目の前にいた方がまだましだ。

 どうする……。隣人部の部長としてこのまま無様に終わらせるのも……。

 周囲を見ても、減ることのない民衆の集まり。と、その中で私の目がある人に止まった。

 

「ん?」

 

 左斜め前のベンチに、一人の女性がいた。

 薄い金髪の美人。そう、さきほどから私たちを何度も助けてくれた外国人の女性だった。

 確かにあのバスに乗っていたということは、あの人もプールに用があるということか。

 と、その人がなにやら男達三人と何かを話している。

 なにやら柄の悪そうな男たちだった。なんというか見ちゃいけないような光景だった。

 

「まさか絡まれているのか……」

 

 そうだとしたら危ない、だが……どうやらそうでもなさそうだ。

 何かをお願いしているようだ。その彼女のお願いに、少し腰が引けている男たち。

 そして男たちが反対側の方へと向かった。いったい何が始まるというのか。

 私がその男たちを目で追って、反対側を見ると。

 そこには、予想外の人物がいた。

 

「なっ!? あいつは……?」

 

 つい私が驚いてしまう。

 そう、そこにいたのは……綺麗な金髪をした無駄に胸が大きい女。

 そうだ。柏崎星奈だった。なぜあいつが今日このプールに。

 そして、そんな柏崎に近づく男たち。

 そんな光景を、反対側から双眼鏡で観察をする外国人の女性。

 なんだ? 何が起こっている? まさか柏崎……見ず知らずの外国人にも恨まれているのか……?

 

「あれ? どうしました先輩?」

「い、いや……。ちょっと気分が悪い、あっちの方で休んでいる」

「え? だったら理科達も……」

「お前たちは遊んでいろ。せっかくプールに来たのだ。時間がもったいないだろう?」

 

 そう優しく言葉をかけ、私は理科達がいる場所から、あの女性のいるベンチがある方へと向かう。

 どういうわけがあるかはわからん。だが、男を色眼で操り罪の被らない所で誰かの不幸を観察するような奴など。

 私なら……黙って見てはいられない。

 

「あの!!」

「ん? オー、ヨイツブレジョシコウセイデース」

「誰が酔い潰れ女子高生だ!! じゃなくて……先ほどなんか柄の悪い男たちに何か頼んでいなかったか?」

「ノー。ワタシ、ニホンゴワカリマセーン」

「わかってるだろ!! じゃなかったら酔い潰れなんて言葉知ってるわけないだろ!! その……何があったかはわかりませんが……。ああいうのは……その……」

「……」

 

 なんという滑稽か。元から他人を注意できる器なんてないくせに、見ず知らずの他人の行動に正義感なんて見せるからこうなる。

 一方、あっちのほうで柏崎と男たちが互いに言い合っているのが目に付く。

 必死に言葉攻めで抵抗する星奈に、男たちが若干後ずさりしながらも、膝を震わせている柏崎を見て笑っていた。

 正直、いつもならあの高飛車が痛い目を見ている姿だ。すがすがしくも思える光景だろう。

 だが……なぜだ。なぜなんだ!! どうして私はあのようなことをいけないことだと思ってしまっているのだ!!

 

「……」

「あれ……あなたが仕掛けたことですよね?」

「……」

 

 なにやら私の話も聞かずに、黙ってあの光景を覗き見している外人。

 なんというか、少しだけ腹が立ってきた。

 私が双眼鏡を奪ってやろうと、そう手をだそうとした時だった。

 その男に襲われかけている柏崎の所に、存在してはならない奴が現れた。

 

「……え?」

 

 私は目を見開いた。

 そう、そこに現れたのは……小鷹だったからだ。

 

「な……なん……で……?」

「……」

 

 驚愕の眼差しで柏崎と小鷹を見つめる私。

 そうか、今日のあいつの用事とは……柏崎とプールに行くことだったのか。

 そういえば前には親に挨拶に行くとか言っていたし……まさか、そんな……。

 

「……ドウシマシタ?」

 

 私の異変に気づいて、声をかけてくる外人。

 だが、そんな声も、私には届いていない。

 

「あ……あぁ……」

 

 急に、胸が締め付けられるような気がして、胸を抑える私。

 苦しい……痛い。痛い痛い……。

 あの光景を見続けていたら、私の大切な物が消えていくような……。

 もう、先ほど私が抱いていた正義感などどこかへ行ってしまったように。

 今湧きあがるのは……嫉妬で渦巻く柏崎への悔しさだった。

 なんで……いつの間にお前は……私のいるべき場所を!!

 そんなことを思っていると、顔が怖い小鷹に怯えて、男たちが後ろを向けて立ち去ろうとする。

 そう、小鷹が柏崎を守った。無意識にだが……彼は柏崎を守ったんだ。

 それを見て、私は更に嫉妬をする。

 

「く……くそ……くっそぉぉぉ……」

 

 なんという無様、見るに堪えないゴミのような姿になり果てているだろう。

 こんな思いなんて、抱きたくなかった。

 どうして……。いつのまにお前は……そんなにも遠く。

 私を置いてけぼりにして……どこまでも先へ行ってしまう。

 

 私を見捨てて……お前という奴は……。

 

「小鷹……タカ……。ぐっ、殺す……殺す殺す殺す殺す殺す!!」

 

 今、自分でも何を言っているのかわからなくなるくらい、病む私。

 居ても立ってもいられない。あのままあれを見続けていたら、私は壊れてしまいそうで怖かった。

 私を置いて遠くへ行ってしまう小鷹。私から全てを奪おうとする柏崎。

 そのまま私は俯いて、先ほどいた場所へと戻ってくる。

 

「……小鷹」

 

 そう、彼の名を口にして、遠くにいる彼を見る。

 すると、せっかく手を引こうとしていた男たちを柏崎が挑発したのか、男たちが躍起になって柏崎を襲おうとしていた。

 その光景を見て、私は何を思ったのか。

 このまま男たちに襲われて、痛い目にでもあってしまえと……そんなことでも思ってしまったのか。

 だとしたら……もう私は……おしまいだ。

 

「……あっ」

 

 そんな男たちの腕を、小鷹が掴んで睨みつけた。

 その後、周りを見渡し何かを言った後、あっさりと引く男たち。

 周りの客の目を感じて、耐えかねたか。そう小鷹がし向けたか。

 そしてなにやら、調子づく柏崎を睨みつけている。

 小鷹は……星奈に怒っているようだった。

 さしずめ、空気の読めないあの女の言葉の一つが、耳に障ったのだろう。

 

「……小鷹ぁ」

 

 私の身体が勝手に動いた。

 あの二人の空間に、割り込んでやろうと思ったのか。

 小鷹のいる方向へ、歩み寄ろうとした時。

 パっと、誰かに腕を掴まれた。

 後ろを見ると、そこには理科がいた。

 理科は一瞬だけだが……とてつもない形相で私を睨んでいた。そして……。

 

「……せんぱ~い。すいません理科、人が多すぎて気持ち悪くなっちゃってぇ。やっぱり帰りましょうよ」

 

 そう、一瞬で表情を緩やかにして、私にそう提案をする理科。

 だが、私の腕を握るその手は、まるであざが残るかっていうくらいに、力強く握りしめていた。

 意気消沈している私は、痛みすらろくに感じないまま、力弱く……言葉を吐いた。

 

「……あぁ、帰るか」

 

 その私の言葉で、今日のプールは幕を閉じた。

 プールに来て、泳ぐことも遊ぶこともせずに。

 残った物は、心に負った傷だけだった。

 

 ――小鷹。

 ひょっとしたら、お前はもう……私たちの知らない所で、遠く及ばない場所まで進んでしまったのかもしれないな。

 私は知らなかったよ。だけどどうせなら、一言くらいほしかったな。

 友達を作る。今の私にできない遠い目標を、お前という奴は……。

 そうか……もうお前には、私は必要ないのか……。

 

 ――もうタカには、ソラは必要ないのか。

 

-----------------------

 

 翌日。夏休みは丁度半分を迎えたところだった。

 今日は六人全員がそろった。かといって、やるべきことも特にはない。

 いつもと変わらない日常。話がはずむこともない。

 そして小鷹がいるというのに、私は……彼と話をしたくなかった。

 話をするのが、何となく怖かったんだ。

 

「……夜空、俺なんかしたか?」

 

 空気に耐えかねて、小鷹が私にそう言ってきた。

 なんかしたか……か。まぁ正直に言うと、何もしていない。

 

「……別に」

「……そうかよ」

 

 そう、会話が弾まず、また無言が部室を包む。

 そんな重い空気をぶち壊すように、部室のドアにノック音が響き渡る。

 誰がやってきたのか。この際、誰でも関係はない。

 

「……出ていいか?」

「あぁ」

 

 小鷹がそう尋ねて、ドアの方へと向かう。

 そして小鷹がドアを開けると、そこには……。

 

「あら羽瀬川くん。おはよう」

 

 その、耳障りな軽い声が私の耳に聞こえてきた。

 驚いて目をやると、そこにいたのは柏崎だった。

 この部活の部員でもないくせに、何度もこの部室へやってきて。

 理科も幸村も、マリアも小鳩も、一斉に星奈を睨みつける。

 ここで歓迎ムードなのは、小鷹ただ一人だった。

 

「あ……。あんまりこの部室に来るなって」

「いちいち人の目を気にしろっていうの? このあたしがそんなちいさな器で収まると思っているの?」

 

 とかなんとか言っている柏崎。

 人の目も気にせず自分勝手が許されると思っている。さすがはお嬢様だ。考え方が庶民のそれとはわけが違う。

 

「……何の用だ?」

「……ちょっと顔を貸してくれないかしら? あんたとあたしにとって大切な話があるのよ」

 

 そう、小鷹を引きずっていこうとする星奈。

 だめだ。その光景を傍観し続けるなんてできない。

 私は少し意地になって、柏崎の方へずかずかと向かっていく。

 

「今は部活中だ。用件なら後にしろ」

「あら? 別に関係ないじゃない」

「あぁそうだな貴様には関係ないな!! 貴様に関係のない隣人部の部活動だからな!!」

「それを言うなら、あなたこそあたしと羽瀬川くんの話には関係ないじゃないのよ」

 

 私が言うと、柏崎も言い返してくる。

 何が関係ないだ。お前に小鷹の何がわかる。

 小鷹を……羽瀬川小鷹を一番理解できるのは……この私なんだよ!!

 

「帰れ!!」

「ちょ……離して!!」

 

 私は柏崎の腕を掴んで、強引に部室から追い出そうとする。

 この所業、まるであの時の男共と同じだ。

 この同じ光景で、小鷹は……どっちの味方をするのだろうか。

 

「あぁもう!!」

 

 そう、むりやり私の手を振りほどいた柏崎。

 その反動で、柏崎の胸ポケットから、一枚の写真が落ちた。

 

「な、なんだ?」

「……」

 

 柏崎より先に、私がその写真を拾う。

 そんな私に対し、返せと柏崎が言うと思ったが。

 その途端に、柏崎は目の色を変えて私を睨んだ。

 なんだ? 見られて恥ずかしい写真でもないということか……。

 そう思いながら、私は柏崎の落とした写真を見ると。私は言葉を失った。

 

 ――そこに写っていたのは、幼少期の小鷹と柏崎が遊んでいる光景だった。

 

「……あ~あ。一番見ちゃいけない人が……見ちゃったわね」

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