『三日月夜空』視点。
私は思い知らされた。
あの時から……全ては始まりから……。
私という存在に、価値など無かったことを。
一人の少年のたった一人の親友。最も傍にいる存在。
その居場所、存在価値、それらが……私の勝手な思い込みだったことを。
彼にとっての私は……ただの代替え品でしかなかったことを……。
――私はあの時から……誰かの大切な存在になんて、なっていなかったんだ。
こんな最低な私にも友達はいる。それは『空想の中』だけど……
私の歪みの象徴、エア友達の『トモちゃん』。
それがどういったものでも構わない、自分が作り出したものならばけして自分を裏切ることはないだろう。
トモちゃんは私を理解してくれている。私以上に……。
「久しぶりに、お話しようか」
……そうやって、またいないやつに頼るのか。
いるはずもない幻に縋るのか。そうやって満足して一時をしのぐのか。
いつまでそんなことをやれば気がすむ。いつまでこんなわびしい思いをしなければならないんだ。
「……あぁぁぁぁぁぁぁ!!」
一人しかいない教室の机を、私は力いっぱいに蹴り飛ばした。
空想を愚かと笑ったかと思えば、そこらのものにあたる始末だ。
どうしてだ。どうしてこうなった。私はただ……親友との日々を取り戻したいだけなのに。
失った時間を取り戻し、止まった時間の針を動かしたいだけなのに。
それなのに、知ってはならないことまで思い知らされ、輝かしい過去まで犯され、踏みにじられた。
どうしてだ。私はどうして隣人部なんてものを立ち上げたんだ。痛い目に合うためか。どうして……どうして私だけだ!!
「小鷹と……柏崎が……。私よりもはるか前に……しかも、親絡みの付き合いだったなんて……」
私は頭を抱える。
彼の最も傍にいるのだと思い込んでいた自分の愚かさを恥ながら。
「あいつの最も傍にいたのは……私じゃなくてあいつだった。今この時いや……あの十年前からずっと。だったら……私は……わたしはぁぁぁぁぁぁ!!」
頭を抱えていても、何も変わらないのを知っている。
誰かが変えてくれるわけでもない。慰めてくれるわけでもない。
唯一信じていた友人も、もう私の傍にいない。
エア友達に頼るのもバカバカしい。親だって……あんなクソみたいな親なんて。
だったら先輩か……。いや、こんなゴミみたいな私にいつまで優しくしてくれるかなんてわからない。あの人にだけは嘘をつきたくない。
だとしたら残っている物はなんだ。私を、私が助かる道は……。
「誰か……私はどうすればいい!! どうして私だけがこんなにも不幸なんだ。なんて……なんて私は可哀そうなんだ……」
そう、言うだけでも恥ずかしい哀れな言葉を並べて、自問自答を繰り返す。
ここまで落ちぶれてしまった。もう、かつて傍にいと思っていた男に見せる顔もない。
もう……私に残っている物は……。
ガラガラガラ……。
「ハッ!」
突如、教室の扉が開いた。
誰かが入ってきた。まずい、こんな哀れな所を見られたりでもしたら。
だがもう逃げ場がない。私は扉の方を見る。
すると、そこにいたのは……。
「あんた、こんなところでなにやってるの?」
そう、きょとんとした顔で私に声をかけてくる人物。
私にとって最も顔を合わせたくない人物。柏崎星奈だった。
私は悲しみと憎しみが混じったような顔で、強がって見せた。
「ん~。夏休みも教室で一人で勉強? 偉いわねぇ~。まぁどんだけ頑張ってもこのあたしには勝てないだろうけど、まぁ私の次点くらいには頑張れば立てるんじゃない?」
そう、挑発じみた口調で言う星奈。
その高飛車な傲慢さ、私としては頭にくるものがある。
だがそれ以上に、その傲慢さで、強引に小鷹をその手におさめた。
この女が、私の気持ち一つ理解すること無く、強欲のままに小鷹を奪った。
家族絡みの付き合いを理由に、友達の少ない小鷹に付けいったんだ。
「……」
私は無言で睨みつけた。これでもかってくらいに睨みつけた。
だが星奈は引くことはせず、あざ笑うかのように私の傍へとやってくる。
「まぁこれも何かの縁ってやつ? 悩みごとなら一つくらいなら聞いてあげるわよ?」
「……」
「あなた神龍って知ってる? しかもナ○ック星の神龍なら願いを三つ叶えてくれるんだってぇ~。呪文は確か……タッカラプト ポッポルンガ プピリット パロ! イエーイ!! そんな感じだっけ?」
そう、どこぞの願いを叶えてくれる龍の話を、私のテンションを一切気にせずに持ちかけてくる星奈。
まずい……。ぶん殴りたい。いや……殺したい。
「まぁこの私が庶民一人の願いを三つなんて叶えるほど暇じゃないから、悩み一つくらいなら聞いてあげるわ。それを叶えるかはあんたの頑張りにかかってるけど」
「……消えろ」
「それが願い? つまんないわねぇ。羽瀬川くんとの大切な、まぁ私にとってはさほどどうでもいい……そんな話をしてきた後で幾分暇なんだけどなぁ」
それを、わざと私に聞こえるように大声で言う星奈。
やめろ……その口そろそろ閉じないと。
私は小さく、拳を握りしめて、怒りを抑えつけた。
こんなところで理事長の娘と喧嘩などしてたまるか。くだらない感情が己を滅ぼすんだ。
「……そういえばあんた、羽瀬川くんのことを名前で呼んでいるわよね? それはなんで? 大した仲がいいわけでも彼女というわけでもないのに、部活の決まりか何か?」
「……貴様には関係ない。それは、私と小鷹の問題だ」
「そう、あなたと羽瀬川くんの問題。あなた達しか知らない問題?」
「あぁ。貴様には……何一つ関係ない」
そうだ。
私と小鷹が親友だったことは、私たちだけの過去、私たちだけの思い出であり、私と奴が決着をつけるべき問題だ。
この女の存在などどうでもいい。こうなればもう……思い切ってあいつに打ち明けてしまうか。
……だけど、もし私が、こんな私が……ソラだって知ってしまえば。
「……そっか。そうやっていつまでも自分の箱に閉まっていちゃあ、そんな"大切な過去"を美化して眺めて撫でているようじゃ、手遅れもいい所よね」
「……え?」
「今の孤独な自分があるのは、過去の大切な親友が何も言わずに離れてしまったせい。それが心の傷になって何も信じられなくなってしまった。だから自分には過去しかない。自分には過去の親友がいてくれれば、あとは何もいらない」
「……かしわ……ざき?」
突如、柏崎は私の心を見透かすような口ぶりで、語りだした。
私の心に、けして踏み入れられたくない部分に、ずかずかと入ってくる。
まさか……。いやなぜだ。いつ、どこで、なんで……。
なんで……よりにもよってこの女が……。
「……あ」
「今はこんなに可愛そうで不幸な私にも……大切な友達がいた。そう……"タカ"が私を大切にしてくれた。羽瀬川小鷹が……この街に帰ってきてくれたんだ……ってね」
その瞬間だった。
私は、自分で自分をコントロールできなくなった。
暴走するかのように、それは本能のままに……。
「うわああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
「!?」
私は何も考えず、柏崎に襲いかかった。
だが、その私をすり抜けて、柏崎は私の服の首元を掴み。
そして私を壁に押し当てて、後ろから冷徹な瞳で私を見る。
そんな彼女を私は、これまでにない形相で負けじと睨みつけた。
「ふざけるな……ふざけるなぁぁぁぁぁ!! なぜお前が知ってる!?」
「なぜ知ってる? あなたが教室で一人で話していたのをたまたま聞いてしまったからよ」
「ぐっ……。許さない!! 私は貴様を許さない!!」
と、私は全身全霊の力で柏崎の拘束から逃れようとするが。
思いのほか柏崎の力が強く、形勢は柏崎が圧倒的有利な状況に。
ふざけるな。全てを奪われ、壊され。そのあげくに武力でも敵わないだと……。
こんなこと、あってたまるか!!
「殺す……殺してやるぅぅぅぅぅぅ!!」
「あらら物騒ね。私にはあなたに殺される理由が思いつかないわ」
「黙れ……。あいつは私の親友だ。貴様は私の大切な親友をかどわかし、友達の少ないあいつに付けこんで!!」
「思いこみも甚だしいわね。小説家にでもなったらどう?」
そう、さきほどまで警戒にしゃべっていた柏崎が、まるで人が変わったかのように、凍りつくような目で私を観測する。
だが、ここでこいつに屈してしまえば。もう私には……正真正銘何も残らない。
だから負けられない。この女には……この女には……!!
私は一生懸命抵抗する。そして手をはねのけたとおもえば、今度は両手を掴まれ、再度壁の押しあてられる。
そして、接触するくらい顔を近づけられ、互いに睨みあう。
「貴様は……これ以上私から何を奪う気だ!!」
「……さっきからうるさいわね。小鷹は私の親友だとか、大切な思い出がどうだとか、それを私に取られた奪われた……。あ~あ、ばっかじゃないの?」
「なに!!」
「じゃあ私から逆に聞いてあげるわよ。あなたこそ……誰かを犠牲にしようとしたり、何かを奪ったりしてるんじゃないの?」
「なっ!!」
そう、漬け込む様な質問をされ、私はつい動揺してしまう。
「あなたはなんのために隣人部を作ったの? もしその理由が……小鷹と自分の仲を取り戻したいという自分勝手な理由なら……あなたの周りにいるあの頭がいいだけの科学者バカ女と、女々しいガキはなんなのよ?」
「うっ……。あいつらは勝手に部活についてきただけだ!!」
「へぇ~。確かこの学校の部活って部員が三人いないと成立しないわよね? 本当に勝手に付いてきたと、ビックリ○ンチョコのおまけのシールみたいな言い方で誤魔化せるもんなの?」
「そ……それは……」
「せっかく小鷹のために作った部活が、部員不足で潰れては元も子もないと……ただ部活の継続させるためだけに……友達がいないことをいいことにそこに付け込んだんじゃないの?」
「き、貴様と一緒にするな!!」
「一緒? それはこっちの台詞よ。友達の大切さを尊重しておきながら、自分の都合のために友達欲しい連中を巻き込んで、あわよくば捨てようとしたのは……あなたなんじゃないの?」
そう断言させられ、私は一瞬だけ、その言葉に動揺させられた。
まさに、今自分が最も聞きたくなかったことを、憎むべき相手に言われてしまった。
「……それは」
「それは? なんなのよ?」
「うっ……違う。私はただ……十年前のあいつとの過去を!!」
「ふざけんじゃないわよこの不幸ぶりが!!」
そう叫び散らして、私を地面に投げ捨てる柏崎。
その迫力に、思わず反撃することができなかった。
そして怯んでいる私に向かって、容赦ない柏崎の言葉責めは降りかかる。
「そんなに小鷹が大事? そんなに十年前の親友が大切? そこまでして過去を取り戻したい?」
「うぅ……。あたりまえだ!! 私は奴に裏切られたせいで……あの後もひどい目に会い続けて……。もう取り返しのつかない所まできたんだ!!」
「……あぁそう。そんなに大切な親友なんだ。じゃあ……そんな大切な親友の現在を奪い続けているのはどこの誰よ?」
「な、何が言いたい?」
「十年ぶりに自分の元にやってきた。お前は私を見捨てていなかった。そんなお前のために最高の青春をセッティングしてやるって……。そんな彼を無理やり部活に巻き込んで、部活というサークルで彼を縛りつけて……。彼の近くによる貴重な人達を、小鷹には似合わないと勝手に決め付け手を切らせようとする。そんなあなたの行動に、大切な親友は喜んでくれているのかしら?」
その一言が、更に私を震撼させた。
次第に、柏崎に対して抱く憎しみが、徐々に恐怖へと変わっていった。
もう最初に感じた柏崎の印象はどこかへ消えた。そこにいるのは……人の心に付け込む魔女だった。
「やめろ……」
「親友だから許される。親友だからこそしてあげられる。そうやって小鷹の傍にいた気になって……。あなた将来は汚い男に騙されるかもしれないわね。気をつけなさいな」
「……もうやめろ」
「それで自分に非があった時は、自分がこうなったのは十年前に親友が何もいなくなったことが原因と、あわよくば全部親友のせいにするのね」
……頼む、もうやめてくれ。
その星奈の言葉一つ一つが、私の身体を震わせる。
心を震わせる。気持ちがぐちゃぐちゃになる。
今までけして認めたくなかったことが、全て認めさせられるようで……。
もうただ、柏崎が怖かった。恐ろしかった。逃げたかった。
だがこの女は逃がしてくれない。私を完全に破壊するまで、逃がさないつもりだ。
「本当に……。普通にしていれば。あなたが過去に縋りつかないで、自分を可哀そうだなんて思わなければ、今頃こんなに悲惨な思いをしなくてすんだかもしれないのに」
「そんなことを……貴様のような幸せ者が口にしていい言葉ではない。貴様らのようなリア充は、人の不幸に付け込んで優しくし、救うと題して笑っているんだ!!」
「……独りよがりが良く言うわね」
抵抗する私を、柏崎はそう冷たく言って、床に押さえつけた。
どうしてだ。なぜ勝てない。なぜこいつをはねのけられない。
そして、どうしてこんなにも冷たい目を浮かべているんだこいつは。
いつものように他人を蔑んだり、憎んだりしているような目ではない。
こいつの目は……真の不幸を知っているような、凍りつくような目だ。
私は、こいつのその目に戦慄した。私の怒り一つ、凍りついてしまうようなその眼差しに。
「別に彼が転校してきた時に、久しぶりでも元気していたかでも、不幸ぶらずに話しかければよかったのにって……。私はそう言ったつもりだったんだけど」
「それが……それができれば苦労はしない!! 私にはそれが言えなかったんだ!!」
「どうして?」
そう重く尋ねてくる柏崎。
そこで、私は言葉が出てこなかった。
どうして……。そうだ。全部こいつの言う通りだ。
あの時、私がソラだとあいつに言ってしまえば、こんなことにはならなかったはずだ。
だが私はそれをしなかった。というより……できなかった。
言った所で信じてくれたか。いや……まずあだ名を知っているという時点で、信じるも信じないもないだろう。
なら、もしソラだと自身の正体を言えば、あいつが私に怒りを向けただろうか。
自分を騙していたのかと、そう怒っただろうか。
いや……それも考えられる可能性ではあるだろうが……。それでも、今の自分の所業の数々に比べれば……。
だったら、私が言わなかった理由は一つしかない。それは、私がけして認めたくない一因だった。
「……言えなかったからだ」
「だからどうして?」
「……それは、貴様には関係ない」
「困ったらそれ? 他人には関係ない、自分と小鷹にだけ関係のあること。だったら、今すぐにその理由、彼に言えるの?」
「うっ……」
「今電話で呼んであげるわよ。あなたが私に彼を奪われただのどうだの言うんだったら、誤解のないように私があなた達の友情を取り持ってあげるわよ」
そう、柏崎は自分の電話をいじりだした。
それを、私は咄嗟に抵抗して止めさせようとする。
「貴様にそんなことをしてもらう義理はない!!」
「……めんどくさい奴」
そうため息交じりで言うと、柏崎は電話をポケットに戻した。
そして、再び私に冷徹な瞳を向けた。
「要は……。今あなたは彼に自分がソラだって言いたくないわけでしょ」
「……」
「言えなかったんじゃない。"言えなくなった"のよ。あなたはこの学校で、かつての親友に自分の汚れきった姿を見せすぎた。故に……ソラだと名乗れなくなったんでしょ?」
「ち……ちが……あ、あぁ……」
「だからこそ、羽瀬川小鷹に自責の念を持たせようと画策した。自分がこうなってしまったのはお前のせいだと、そう思わせてじわじわ自分の正体に気づくように手を打った」
「やめ……これ以上言わないで……」
「そうすれば、罪意識に囚われた羽瀬川小鷹は……あなたのことしか考えられなくなる。そうすれば、過去の友情が再生される」
「あ……あぁ……」
「そのためなら、自身を想ってくれる後輩も、周りの人たちも関係ない。あわよくば……今の小鷹の心さえも……」
「やめろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
私は叫んだ。嘆くように崩れ落ちた。
全てを見抜かれた。私の歪みを握られた。
この憎ましい女に、一番吹き込まれたくなかった奴に……。
私はこれ以上は聞きたくないと耳をふさぎこんだ。
だが、柏崎は容赦しなかった。まだとばかりに私に現実を言い渡してくる。
「それを、肝心な彼は気付くこともなく。どんどん自分を差し置いて彼の傍に寄ってくる人達。苦しかったわよね、辛かったわよね。自分がこんなにも苦しんでいる横で、他の連中は自分にはできない方法で小鷹と信頼関係を結んでいく」
「やめろやめろやめろ!!」
「そしてこんな自分の気持ち一つ考えることなく、付き離していくかつての親友。こんなにも自分が想っているのに、無下に扱う彼が……憎くて憎くて仕方がなかったのよね」
「やめてください! お願いしますこれ以上は言わないでください!!」
「何をそんなに否定しているのよ。これは当然の感情でしょ? うらやましく思う心、妬ましく思う心、あの子さえいなければという疎ましく思う心……。そんな感情に苛まれて、愚かとしか言いようがないわね」
私は必死に耳をふさぐ。
だが、それらの言葉は私に耳にではなく、心に響く。
私が小鷹を憎み。小鷹を奪おうとする柏崎を憎み。近くで私よりも小鷹と親しげにできる理科や幸村を憎み。
過去の私とは到底似ても似つかない、憎しみに支配された哀れな女である自分自身すら憎む。
ここまで変わり果てた自分。もう戻れない所まで来てしまった。
だからこそ失敗しないように業を重ねる。それが愚かであろうとも。
だが、今になってそれを問われた時、追求された時。こんな私に、それらの業を受け止められる精神があろうか。
そう、リターンを考えずにリスクだけを重ねて行った。だからこそ……私は後悔し始めていた。
羽瀬川小鷹の親友。そんな私の存在が、最も羽瀬川小鷹にとって有害な存在と成り果てていた。
柏崎や理科や幸村は、何も悪くはない。ただ傷ついたあいつにとって、励みになっていただけ。
それを奪おうとしていたのは誰だ。最も小鷹を想っていたはずの私だ。そんな慣れの果てを、私は認めたくなかった。
「……どうしてこんなことになっちゃったのか。今どうして自分がこんなにも苦しまなければならないのか。わかる?」
「う……うぅ……」
「誰だって間違えたくなんてないわよ。間違いを否定したいわよ。清算したいわよ。けど……間違えは消せない。失った物は完全な形には戻らないのよ」
「……そんなの、貴様に言われるまでもない。私が……一番良く知っている。でもあいつは……タカは私を見てくれないんだ……。あいつが私を……置き去りにしていくんだ」
「ならそうやって、いつまでも自分を特別だって思っていればいい。人は追い詰められるほど、自分を特別だって思いたがるのよ」
そう言って、柏崎はがっかりしたように、私の元から去って言った。
無様だ。変な言いがかりをつけて喧嘩を売ったまではよかったが、ひねりつぶされ言いくるめられ。
地に伏せ、床を舐めるように野たれ死ぬ私は、三日月夜空の歪んだなれの果てとでも言うのか。
『悲劇のヒロインを気取るのは……そろそろ終わりにした方がいいかもよ? 今の君は、誰かに救われる価値もないつまんない女の子だ。間違えないように間違えないようにと無駄にあがき、困ったことがあっても近くにいる誰に頼るでもない。その意地が、自分にとって真に大切な存在を苦しめている事にも理解できず、無自覚に……独りよがりを続けている』
自然と、高山ケイトが私に行った言葉を思い出した。
あの言葉が私に放たれたあの瞬間には、もう……私は取り返しのつかないことをしていたということだろう。
だから彼女は答えを明かしたんだ。気付かせようとするのはやめたんだ。
だって……もう私は気付いていたのだから。
全てに気づき、それでも認めようとしなかったのは私だ。
認めれば、私の願いが全て水の泡になってしまうと……恐れたからだ。
想い続けていた。けして裏切ることのない大切な親友を見つけることを、その願いを。
否定されたそれを元に戻すことを。そのために、どんな犠牲を払うことさえ厭わないと。
だのに……私は……。
「……こんな……ことになるなら」
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がちゃ……。
隣人部の部室。
その小奇麗な部屋の扉が、ゆっくりと開いた。
全てに絶望した私の瞳が、その扉を映す。
そこに立っていた一人の男を、私はしっかりと見る。
「よお……。って、他のやつらは?」
そう、何も知らない男は、いつものように軽い口調で言った。
あの後、私は小鷹を呼び出した。
午後から少しだけ部活をやろうと、そういう理由で。
だが、本当の理由は……全てを確かめるためだった。
「あれ? 部活やるんじゃないのか?」
これは、私のこの数ヶ月の覚悟の全てだった。
今この瞬間に、私と奴の十年間が示される。
小鷹と夜空。タカとソラの……。
私と、お前の……。
「……夜空?」
「……小鷹、お前には……けして失いたくない、手放したくない親友がいるか?」
「ん? なんだよいきなり」
「自分にとって大切な、掛け替えのない親友はいるか?」
そう、私は俯いて小鷹に尋ねた。
すると小鷹は、良く分からないような顔をした後に。
私の心情を察したのかどうかは分からないが、突如真剣な表情になり、言った。
「……あぁ、いる」
「……」
「俺に大切な言葉を教えてくれた。俺に掛け替えのない時間をくれた。俺に……友情の素晴らしさを教えてくれた」
「……」
「俺にあだ名をくれた。小さい時に苦しい思いをしていた俺を、そいつの存在が救ってくれた。今でも……俺の心に残っている」
私は、それだけ聞ければ充分だった。
ならもう……迷うことはない。
私は……これ以上思い悩む必要はない。
私はゆっくりと、小鷹の近くへと歩み寄る。
「……夜空」
「そうか、そんな親友がいたのか……」
そう、寂しそうに私が言うと……小鷹は神妙な顔つきで私を見た。
その、笑顔で涙を浮かべる私を、小鷹は見てどう思っていたのか。
だがもう関係ない。そう、関係ないんだ。
私にとってもお前にとっても……その親友という存在は……。
「……よかった。そんなに大切な……親友がいたんだ」
そうほほ笑むと、私は前触れもなく……。
「なっ!?」
私は小鷹の顔に近づき、その唇にキスをした。そして……。
「ちょっ……!!」
ドサッ!!
私はそのまま小鷹を押し倒した。
小鷹の頭が床にぶつかり、もがく小鷹。
「いってぇーーーーーーー!!」
痛みで叫びを上げる小鷹。
その動揺する彼の首を、私はこれでもかというくらいの力で締め付けた。
「がっ!! よぞ……ら……なに……を……」
「お前が……お前が悪いんだ……。全部お前の……!!」
そう暴走するように、先ほどとは違って鬼のような形相で小鷹を絞め殺そうとする。
そうだ。お前が悪いんだ。あの時何も言わずに街からいなくなり、私を一人この街に残した。
それから私はどのような思いをしたか、お前に理解できるか……。できないよなぁ、お前は一人幸せになれればそれでいいんだもんなぁ!!
私はこんなにもお前の事を想い。お前がこの学校に戻って来た時は、身体の全てがあふれ出そうになるまで嬉しさが止まらなかったのに。
お前は何も思わない。私の想いに気づかないどころか、無下にさえする。
そして私を拒絶し、他のどうでもいいやつの方へ尻尾を振る。
私がどれだけそれを見て苦しかったか理解できるか!! お前に理解できるか!!
してくれよ!! 私の親友なら理解してくれ!! 私の全てを受け止めてくれ!!
お前へのこの友情と、憎しみ全てを……。受け入れろよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
「ぐっ……や……やめろ……。どうして……こんな……」
「……」
お前は私の親友なんだ。私の小鷹だ。私のタカだ。
他の奴には渡さない。お前は私の物なんだ!!
私の物にならないお前なんていらない!! ソラの親友じゃないタカなんていらない!!
お前が私の枷になるなら、私自らその枷をぶっ壊してやる!!
この憎しみ、晴れるまで貴様にぶつけてやる!!
「あぁ……がっ!!」
顔が青くなっていき、苦い顔を浮かべる小鷹。
それを見て、私は自身でさえ理解できない感情を抱く。
なぜ、こうなるまで私は自分を制御しなかったんだろう。
あの時も、あの時も、私が元に戻る手立てはあったはずだ。
かつてのソラという恥ずかしがりやな女の子は、けしてこんなことをする奴ではなかった。
これじゃあ、まるであの女のようだ。男に捨てられた、無様な私の母だ。
カエルの子はカエルということか……。私もまた、嫌っていた母親と同じ存在だったということだ。
道理で私は、自分が嫌いなわけだ。
「た……たすけ……」
――なぁ……小鷹。
お前は、十年前の少年を、どう見ていたんだ?
お前の目には、あの少年はどんな奴だったんだ?
そんな少年を、お前は本当に親友だと思っていたのかな。
お前にとってソラという少年は、本当の親友だったのかな……。
だったら……小鷹。
三日月夜空は……羽瀬川小鷹の親友に……なれたのかな。
「助けて……ソラ……」
「……え?」
突如、小鷹の口から出た言葉に反応し、私は手の力を緩めた。
そして目を見開いて、小鷹を見る。
小鷹を……かつての親友を見て、私は我に返った。
「あ……こだ……か……」
「うっ……げほげほ!!」
そして手を離し、小鷹を開放する。
苦しそうにせき込む小鷹。その彼を、呆然と眺める私。
私は……なんてことをしていたのか。どうして、こんなことに……。
「うっ……うおぉえ! げほっ!! うおぇええええええええええええぇぇぇ……」
突如吐き気が周って、その場で吐き崩れる私。
そんな私を、小鷹は流し目で見る。
「夜空……お前……」
「がほっ!! がっ……私……あぁ……ど、どうして……あ、あああああああああぁぁああぁぁぁぁあっぁぁあっああああぁぁ!!」
悲鳴が上がる。最後にして最大の間違いを犯した私のその悲鳴は、舞台で踊らされた家畜にも劣る姿だった。
そんな哀れな私に対し、小鷹は言葉にならない怒りで私を見た。
その怒りの中には、救いようのない哀れみさえ入っている。だがけして許しはしないといった、複雑な表情を浮かべていた。
「……まさか、お前に殺されかける日が来るとはな」
「ち……ちが……違うんだ」
「……何が、違うんだよ?」
「違う……私はただ……」
もう、言い訳もできない。
私達は、引き返せない所まできていた。
一人の少年と少女の友情。その物語の、終わりが近づいてきたのだ。
けしてあってはならない、悲劇の終わり。バッドエンドが。
「……こんなことに」
「……なるくらいなら」
そして、一人の少年と少女は同時に口を開く。
かつて親友同士だった。二人に溝が大きく空いた。
それはもう、埋まることはないだろうと、後悔すらさせてくれないように。
「「最初から……親友になんてならなければよかったんだ」」
その後、小鷹は部室から去っていった。
やりきれない、複雑な思いを残して。