新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第23話です。

『羽瀬川小鷹』視点。


第一章 羽瀬川小鷹覚醒編
100%の残酷な真実


 ――最初から……親友になんてならなければよかったんだ。

 

 俺は後ろを見なかった。

 その言葉を口にして、けして彼女を見るようなことをしなかった。

 あいつの気持ちを知った。十年前のあの別れに対して、あいつがどのような想いを抱いていたかを思い知った。

 部室を出て、俺は首元を抑えながら、力なく廊下を歩く。

 まだ残っている。あいつに締め付けられた首の痣が。

 その苦しさが、ねばりつくように感触として残り。

 それが、身体の痛みではなく……胸の痛みへと変わる。

 

「……」

 

 今になって思う。

 どうして……こんなことになってしまったのか……。

 俺は十年前、この街を去った。

 たった一人の友に、何も告げずにこの街から消えた。

 別に俺が、そいつのことが嫌いだったからじゃない。

 十年前の俺の、小さな失敗だった。

 街から去ることを早めに言っておけばよかった。そして、あいつに言おうとした時に限って、あいつがやってこなかった。

 時と場合が悪かった。その歯車がかみ合っていれば、少しはマシな結果が待っていたのかもしれない。

 

 俺がこの学校にやって来た時、あいつはどのような気持ちを抱いたんだろう。

 

 それを想像してみた。あいつは……歓喜に満ち溢れていたんだろうか。

 それとも、あの時の恨みを晴らそうと……俺を貶めようと思ったんだろうか。

 そして、俺は自分の立場になって考えてみる。

 俺があいつのことを、早く気付いてあげていれば……。

 あいつは今、こんなことをしなくても済んでいたのだろうか……。

 何がどうなって、とことんまでかみ合わなくて。二人で遠回りし続けて。

 最終的に、一番やってはいけない結果に陥った。

 

「……なにが……友達だ。なにが親友だ。そんなに大切な物なら……どうしてこんなことになる。どうして……あぁぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁ!!」

 

 俺は喉の底から叫び、壁を思いっきり蹴った。

 怒りを何かにぶつけなければ気が済まない。そんな気分だった。

 俺は友情を大切にしていた。十年前にあいつに貰ったあの言葉を、ずっと大切にしていた。

 だが、その言葉をくれた親友によって、友情の大切さを否定された。

 

「くそったれが……くそがくそが!! あいつはずっと俺を恨んでいたんだ……憎んでいたんだ……。裏切った俺をあいつは……十年間ずっと。あんなに……醜く、堕ちた姿になってまで俺を……!!」

 

 俺は絶望に打ちしがれていた。

 たった一人の親友は、男ではなく女の子で。俺のせいであそこまで心が病んでいた。

 そのことに対する罪悪感もあった。だがそれを俺は、あいつという親友に対する失望で打ち消そうとする。

 俺はバカだ。なんという自分勝手だ。だがそうでもしないと自分を抑えられないから、俺は全部あいつのせいにしようとしている。

 途中で存在に気づき、それを恐れて見て見ぬふりをしていたくせにな……。あいつもくだらないが……俺だってくだらない人間じゃないか。

 

「……夜空……俺は」

 

-----------------------

 

 消せない過去は誰にだってある。

 もちろん俺にも――ある。

 寂しい別れの過去は俺が小学1年生の時だった。

 二週間後に遠くの街に引っ越すと父さんに告げられたあの時。

 その後何度か引っ越しを繰り返すことになる俺の人生での、初めての引っ越し。

 引っ越しをするということは、今住んでいる街を離れるということ。住み慣れた場所から新しい場所に移ることだ。

 当時の小さな俺には、それがどれだけ寂しいことかだなんて理解しきれなかっただろう。

 俺自身、街を離れること自体は特に嫌だと思うことはなかった。

 転校=学校が変わるということは本当にどうでもよかった。だけど、友達と離れるのだけは嫌だった。

 友達だなんて言葉ではかたつけられない、その少年は俺の"親友"だった。

 クラスの連中にいじめられていた俺を助けようとして飛び出してきて、その後なぜか俺と取っ組み合いの喧嘩になって、そして仲良くなった。

 授業が終わったらすぐさま学校を出て、そいつと一緒に毎日遊んだ。

 俺にとってあいつと過ごすその時間は、何よりもかけがえのないものだった。

 だからこそ――俺は言い出せなかった。

 この街を離れることを告げられて一日、三日、一週間経ってもあいつに別れを告げることができなかった。

 その間にあいつと遊んでいた時間、あいつの笑顔を見るたびに俺の中で罪悪感が湧いた。

 その笑顔を、俺は一瞬にしてぶち壊せるんだって。だからこそ俺はギリギリまであいつとの時間を楽しんだ。

 そして引っ越しまであと二日というところで。

 

「明日大事な話があるんだ。絶対に来てほしい」

 

 あいつは俺の頼みに頷き、そしてあいつも真剣な表情で言った。

 

「オレも、明日タカにとても大事な話をする」

 

 お互い、明日"大事な話をする"と約束してその日は家に帰った。

 今だからこそ思う。もしあの言葉が"最後の言葉"だって知っていれば、あれが最後だってわかっていたら、もっとあの瞬間を大切にできたはずだったと。

 そう、残り二日となるまで別れの話を黙っていたのは俺の優しさだった。だが時として優しさは思わぬ悲劇を生む。

 あいつは……結局来なかった。約束の明日は永遠に来ることはなかったんだ。

 何分経っても、何時間経っても、あいつは現れなかった。

 時間が経つ度に自分が震えていくのがわかった。罪悪感と恐怖で涙がどんどん出てきてそれが止まらないと知った時は遅かった。

 どうしよう、どうしよう、なんて自分の中で言い聞かせた時にはすでに夕日は沈んでいた。

 家に帰らない俺を心配して父さんが公園に迎えに来てくれた。でも俺はそこから離れたくなかった。

 きっとあいつは来てくれるって――来ないという現実を受け入れたくなくて俺は意地を張った。

 

「小鷹、もう諦めろ。きっとお前の友達はお前を許してくれるはずだ」

 

 って父さんが俺を慰めてくれた。

 その言葉を聞いて、俺は諦めた。

 たった一人の親友に別れを告げることを諦めた。親友――ソラは俺がいなくなったと知ってどう思い、どんな思いをしたのかなんて知る由もなかった。

 たくさん悲しんだはずだ。たくさん俺を恨んだはずだ。そして……壊れたはずだ。俺はその姿を想像することができなかった。

「時が経てば忘れる」なんて父さんは言った。中学に入るくらいまで俺はその記憶に縛られていた。

 中学に入るころには徐々に薄れていったが、時よりあいつの言葉を思い出した。

 

「百人分大切な友達を作れ、そうすればきっと輝かしい未来が待っている」

 

 ソラ……それはどこにある?

 その未来は……どこにある?

 何度もそう尋ねたが、その答えは返ってくることはなかった。あいつはもう……いないんだから。

 もう会うこともないって、中学三年生くらいのころ俺は踏ん切りをつけた。

 日本の人口は数億単位、その中からたった一人見つけるなんて奇跡に近い。

 奇跡なんて存在しない、あんなものはまやかしなんだって。俺もいい歳になったからよくわかる。

 気がつけば俺はあいつとの過去が、"どうでもいい事"になっていたのかもしれない。

 

 高校二年生の4月、俺はこの街に戻ってきた。

 あいつと初めて出会い、あいつと親友になったこの街に。

 この街に戻ってきて、俺はそいつのことを思い出した。

 今あいつは何をしているのだろうか、俺以上の親友を作れているだろうか。

 だなんて他人事のように思いながら、悲しい別れがあって俺は親友を裏切ったんだなんて自分に言い聞かせて格好つけて。

 そこで俺は、まだあいつのことを親友と呼んでいることに気がついた。

 

「……もし、奇跡っていうのがあって会えるんなら」

 

 なんて願ってみたりして、馬鹿だな俺だなんて言いながら俺は聖クロニカ学園に転入した。

 この学校にいるかもだなんて淡い期待を抱いてみたりして、"ソラ"が付く苗字か名前を持つ男子生徒を探したが同い年にはいなかった。

 それなりに友達作りも頑張ったが近づくだけで他のやつらは逃げていく。まぁそんなもんだろ。

 

 そして、あの日……。

 俺が何年振りか、あの時の夢を見た時。

 

 目が覚めると、そこにいたのは驚愕の表情を浮かべる夜空だった。

 しかも、俺の上にまたがっていた。俺は反射的に……。

 

「……なにしてんだお前!?」

 

 俺がそう驚いて言うと、あいつは硬直しているのか、そのまま動かず俺を見ている。

 まず俺の上にまたがっている時点で変な物だが、それ以上に。

 なんでこいつは、俺の首を掴んでいるのだろうか……。

 

「はっ! な……なんだ?」

「いや、お前がどうしたよ? その手はなんだ? 俺の首を掴んでいるが……」

「え? わ……私は……何を……」

「なんか信じられないものを見たような顔して……もしかして俺って寝顔も怖いのか? あまりの恐さに俺を"絞め殺そうと"したんじゃ……。これじゃおちおち寝てもいられねぇな……」

 

 この時俺は、冗談を言うようにそう返した。

 あえて抵抗もせず冗談で返したのは、こいつの反応を試したからだ。

 その結果夜空は、自身の行動に対して戸惑い、そして目を泳がした。

 

「ご、ごめん! 部室に入った途端狂暴なライオンが寝ている物とばかり」

「なに!? 俺の寝顔は幻すら相手に写すってのか!?」

 

 夜空の心外な言葉に対し、俺はあえて大げさに反応した。

 すると夜空は、てんやわんやになって、あたふたしていた。

 何をそんなに動揺しているんだ? この女は……いったい俺に何をしようとしていたんだ。

 この女と一緒に部活をやって、気がつけばこんな時期になっていた。

 三日月夜空。俺と同じで、友達の少ない少女。

 そんな慣れ合いが嫌いなこいつは、どうして俺に声をかけてきたのか。

 話を聞く限り、去年の一年間はどんな相手に対しても慣れ合おうとしなかったという話だが……。

 

「友達百人なんてできなくてもいいから、百人分大切にできるような本当に大切な友達を作りなさい……って」

 

 俺が色々考えていると、夜空が俺の寝言を口にした。

 その言葉は、かつての俺の親友が俺にくれた大切な言葉。

 この女にはもったいないくらいの意味が込められている。

 だが、こいつは部活を作ってまで友達を欲しているやつだ。

 ひょっとしたら、少しくらいは人並みの優しさが残っているのかもしれない。

 

「あぁ、もしかして寝言言ってたのか俺、恥ずかしいな」

「その言葉は……どうしたのだ?」

「あぁ、俺の親友が言っていた言葉なんだ」

「親友!?」

 

 俺が至って普通に言うと、夜空は本気で驚いた。

 なんというかすげぇバカにされた気分。俺にくらい心を許せる友はいるよ。

 こいつやっぱり心の中では俺をバカにしていたのか。この言葉も、俺の綺麗事だと思っているのだろうか。

 もしそうなら、俺は心外程度では済まさないだろう。だから、俺は思い出を語った。

 こんなやつに語った所で、こいつは笑ってすますんだろうけど……。

 

「す……すすすまない。そうかそうか、そりゃあまた……最高の親友だったんだな」

 

 そう、夜空は動揺しながらも、少し顔の力を抜いて言った。

 さっきからいったいどうしたのか、そんなに俺に親友がいたことが悔しいのだろうか。

 だが、意外な言葉を聞いたな。最高の親友だった……か。

 その言葉だけは、本当の言葉だと信じたくなる。

 だからこそ、ここからは俺は本心で夜空に語った。

 

「そうだ。俺の最初にできた最高の親友だ。その言葉もそいつのことも片時も忘れたことはねぇよ、忘れられるわけがねぇ」

 

 俺は真顔で言うと、夜空は身体をぶるぶると振るわせて聞いていた。

 なんというか、え? 哀れんでいるのか? てめぇまさかこの言葉が全部空想とか思ってんじゃないだろうな。

 でも、それにしてはこいつの反応は本気だった。いつものとかじゃなくて、俺の思い出に対して共感するような、そんな反応だった。

 もしかして、こいつにもいたのかな。最高の親友って奴が。

 だから、こいつがたまに見せる熱さや本気さって言うのに、惹かれてしまうのかな。

 その後も俺は、らしくないほどにこいつに過去を語りつづけた。

 別れの挨拶を言えなかったことや、裏切ってしまったことを。

 どうして、この女に対して話せたのかはわからない。だが、こいつに対して語ることを、拒まない自分がいる。

 不思議な気分だ。あぁ、悪くない気分だ。

 

「ソラっていうやつなんだけど、今はたしてどこでなにやってるんだろうか、今もこの町にいるのだろうか……」

「…………」

「できれば、もし神様ってやつが奇跡を起こしてそいつと再び会うことができるなら、そいつに一言謝りたいんだ。そいつは多分俺のことを許してくれはしないだろうが、それも全部俺のせいだ」

「そんなことは……ないと思うが。きっと……そいつはお前を"許してくれている"はずだ」

 

俺が自虐的に言うと、夜空からまたしても、意外な言葉が返ってきた。

かつての親友が、俺を許してくれていると、そう言ってきたんだ。

その言葉を聞いて、俺はなぜか……すごい心が楽になった気がした。

なぜかはわからない。だが……この夜空の言葉には……大きな意味があった気がした。

 

「ああ、まるで……」

 

 俺はそこで言葉を止めたが、その先に言おうとしていた言葉がある。

 でも、なぜか俺はそれを言えなかった。多分……言わなかったんだと思う。

 そこで言ってしまったら、大きな変化が起こってしまうと思った。

 だがそれは見かけだけで、結局は何も変わることがない。

 同じことを繰り返してしまう。そんな気がした。だから……。

 

「ありがとよ、俺の自慢の親友を、"最高の親友"って言ってくれて」

 

俺は夜空に感謝を言って、部室から出た。

 

「……忘れられないよな、忘れようと思っても……それが怖いのかもな」

 

-----------------------

 

『……※※。お前なら……わかってくれるだろう?』

 

「ハッ!」

 

 ある日の夜。

 俺はまた、あの夢を見て飛び起きた。

 その夢とは、親友――ソラに殺されかける夢だ。

 あの夜空との一件以来、何回も見るようになったいやな夢だ。

 額にかいた嫌な汗をぬぐって、俺は冷蔵庫に麦茶を取りに行く。

 

「……はぁ」

 

 コップ一杯の麦茶を飲んで、椅子に座って落ちついた。

 その後、数分間部屋に戻らず、椅子に座ってぼーっとしていた。

 

「……どうして、今頃あいつが」

 

 そんなことを口にして、俺はソラの事を考える。

 正義感に満ち溢れていた。猫が好きで、困っている人を見ると助けようとする。

 普段は強がっているのに、いざって言う時には小さく怯えて、泣き虫で。

 そんなあいつを、俺は裏切った形になった。

 でも、この俺があやふやに覚えていたくらいだ。きっとあいつは今頃、俺の事を忘れて友達を作って楽しい日々を送っているはずだ。

 俺の影響なんて微々たるものだ。だから……考えるだけ無駄なはずだ。だが……。

 

「……三日月夜空。良く見れば……似てる……よな」

 

 途端に、あの女の名前を呟いた。

 そして何を思ったか、俺はソラと夜空が似ているなどと口にした。

 いやありえない。あんな人の心の無いような女が、ソラなはずがない。

 ましてやあいつは女。ソラは男だ。だからそんなわけがないんだ。

 

「……あの歪んだあいつの性格。もし……俺のせいだとしたら」

 

 眠気か、俺は本当に何を言っているのか。

 そんな……重すぎる結果が俺に課せられるわけがないじゃないか。

 たかが一つの別れだ。俺が別れを言い忘れたくらいで、ソラがあそこまで堕ちるだろうか。

 極端すぎる。やめろ考えるな。考えるだけ無駄だ。無価値だ。

 夜空は夜空だ。俺なんて関係なく、あいつの歪みはあいつのものだ。

 

「……寝よう。あいつはあいつだ。そして……俺は俺だ」

 

 その後、俺は部屋に戻ってベッドに横たわる。

 そして考える。三日月夜空の事を……。

 思えば俺、あいつのことを何も知らない。

 ただ性格の悪い嫌な女。だが、あいつが元からああだったとは考えられない。

 何かがあって、あぁなってしまった。そんな女と、俺は同じ部活にいる。

 だとしたら、もしあいつを苦しめる何かがあるなら……俺たちは隣人部として、あいつの力になってやるべきか。

 もしそれで上手くいけば、あいつの歪みは取り除かれるのか……。

 

「……夜空の事……もっと知りたいな」

 

-----------------------

 

 その後日。

 俺は部活に行かず、ケイトの元へと向かった。

 

「おや小鷹くん。今は部活の時間じゃなかったかな?」

「まぁそうなんだけどさ、ちょっと聞きたい事があって」

 

 俺がそういうと、ケイトはコーラを片手に正面から俺を見た。

 

「どうした? 悩みなら聞こう」

「悩みというわけじゃないんだが……。夜空のことなんだけど……」

「ほう、君も青春しているね~」

「なんか勘違いされているような。その……去年のあいつって、どんな感じだったんだ?」

 

 俺がそう質問をすると、ケイトは思いだすように語った。

 

「ん~。いつも本ばかり読んでて、けして他人と関わろうとしようとしない。別に今年と何ら変わらない」

「そうか……。そんなやつがどうして、俺を部活に誘ったんだろうか……」

「それは私も思う所だよ。別に友達の少ないぼっちは君だけじゃない、だが彼女はどうしてか君に興味を示した。確かに授業の一環で組ませたのは私だが、それでも彼女が一時的なものにせず継続させたのはびっくりしたよ」

 

 それを言われて、俺は可能性について模索して見た。

 その可能性とは……三日月夜空が、ソラだという可能性だ。

 現状では、1%しかない。その理由は単純で、あいつが俺に対して興味を抱いたということだけ。

 その不明確な理由だけで充分だった。なぜなら、その可能性自体、俺が本当にしたくないことだったからだ。

 

「ねぇ、本当に君たち知り合いじゃないのかい?」

 

 そうケイトが訪ねてきた。

 俺は考えていた可能性もあり、多少面白おかしく俺は言葉を返した。

 

「ん~。あいつ俺の知っている奴に似てるんだよな。もしかしたら本人かもしれない」

「……そうなん?」

「あぁ、だけどそいつは男だし。あいつがわけあって男を演じていたとかならわかる話だが」

 

 そう、割とどうてもいいように俺は返すと。

 俺に対してケイトは、割と本気の表情で深く考えていた。

 

「……」

「まぁ忘れてくれよ、そんなロマンチックな話があるわけg」

「……それ、割と冗談で済まないかもよ」

 

 去り際、後ろから言われたケイトの言葉が俺の背中を射抜いた。

 思わず、俺は歩みを止める。

 

「なにを言ってるんだよ、そんな本気にならなくても」

「……よーぞらくんのことをよく知りたいんだったら、生徒会室に行ってみるといい」

 

 俺の言葉を遮って、ケイトは俺に生徒会室に行くことを勧めた。

 いったいどういうことだ? 夜空と生徒会、何の関係が。

 

「……なんで?」

「姉がいるんだよねぇ。よーぞらくんの。しかも生徒会長」

「……初耳だな。三日月なんて名字の人、他にいたか?」

「そこは……あまり触れてはいけないところなんだろうけども、とにかく話を聞いてみるのも一興だ」

 

 言い終わると、ケイトは仕事に戻った。

 生徒会室か。俺みたいな素行の悪い奴(と思われているような奴)が言ってもいいところなのか。

 色々心に響くことを言われて、嫌な思いをしなければいいが……。

 生徒会室に到着すると、俺は思わず唾を呑んだ。

 これはなんというか、罪を犯した者が警察に自首しに行くみたいな、そんな感覚に近かった。

 勘違いすんなよ。俺はけして生徒会に学園の文句を言いに来たとか、そんなんじゃないんだからね。

 

「……やめるかな」

 

 そして後ずさりする俺。

 ほらそうやってすぐに心が折れる。これはギャップ萌えとは言わないのは知っているが。

 肩を落として、後ろを振り向くと……。

 

「……え?」

 

 振り向くと、一人の女の子が荷物を持って立っていた。

 ショートカットのボーイッシュな美人さんだ。雰囲気が若干……夜空に似ていた。

 ということは、この人が夜空の……?

 

「……あの」

「呼ばれて飛び出てじゃじゃじゃじゃ~ん」

「……」

 

 そう、どこかの魔人のような前口上を口にする。

 そして俺を見ても、特に怯むこともなく。

 軽快な口調で、俺に話しかけてきた。

 

「どうした少年。生徒会に何か用かにゃ?」

「いや……その……」

「……おや君。今や学園の有名人の羽瀬川鷹人くんじゃないか」

「いや名前違います。小鷹です。って……」

 

 その少女は俺の事を知っていた。

 といっても素直に喜べるものではない。有名人とは悪い意味でということは百も承知だ。

 とまぁそれは置いておき。俺は前にいるこの人に要件を言うことに。

 

「あの? あなたがこの学校の生徒会長さん?」

「……あぁそうだよ。実質生徒会長みたいなもんだよ」

「意味がわかりませんが……。ってことは、あの……三日月夜空さんのお姉さん」

「え? いや違うけど」

 

 違うんかい!! あれ話となんか違う!!

 どういうことなのか、この人に聞いてみることに。

 

「その、この学校の会長がその夜空のお姉さんだってきいたんですけど……」

「ほう、まぁその通りだ。この学校の表の生徒会長はその人の姉だよ。だけどその表の生徒会長は小さな仕事を部下に任せる。仕事量ではこの副会長の大友朱音が上だ。だから生徒会長みたいなものだと言ったんだんぎゃ」

「……よくわからん。その、生徒会長に用があって来たんですけど」

「申し訳ないが今あいつは用事でいない。でも……私でよければ話を聞いてあげるよ。私は三日月夜空の姉ではないけど、先輩であるからな」

「え? そうなんですか?」

「あぁ、あの孤狼と呼ばれ誰とも慣れ合おうとしなかったガラス越しの美少女。その三日月夜空が唯一心を開ける相手とはこの副会長の大友朱音なのさ」

 

 そう、さっきも名乗ってきた気がするが、大友先輩は自信満々に言った。

 本当かどうかは分からないが。三日月夜空が唯一心を開ける相手……とは。

 

「……副会長は、とても偉大な方のようで」

「なにを褒めてるかな君は。まぁいいやこの書類を運べば今日の私のノルマはおしまいだ。あちらのテラスで話そう」

 

 そう書類を生徒会室に置いてくると、俺は副会長と一緒にテラスへ向かった。

 そして適当にコーヒーを持ってきて、俺の対面に座る副会長。

 

「んで? よぞにゃんのことで要件とはなに?」

「よぞにゃん?」

「あぁ、あの子猫が好きでね。存在も猫みたいだからよぞにゃんと……」

 

 俺はその話を聞いて、少しだけ顔を歪ませた。

 猫が好き……か。あいつも……猫が好きだったな。

 1%が5%になった。そんなことを思いながら俺は話を続けた。

 

「それで鷹丸くん」

「小鷹です」

「確かにあの子は気が難しくて、繊細な所もたくさんある。けども根はやさしい女の子だ。その……喧嘩することも多いだろうけど支えてやってほしい」

「いやあの、話がまるで見えないんですが……」

「え? 君はよぞにゃんの彼氏だろ? それで喧嘩しちゃって私のところへ来たんじゃ」

「ぶっ! か……彼氏じゃないです!! 部活仲間ですよ部活仲間!!」

 

 俺はとんだ勘違いをされている事に気づき、素早く訂正する。

 というか星奈にも間違われたが、周りの奴にはやっぱり……そう見られているのか。

 

「誤魔化し方がお上手だなぁ。女経験が豊富そうだね鷹太郎君」

「いや俺は彼女なんて作ったことありませんよ!! つか小鷹!!」

「そうだったか。でも……部活の仲間というだけでも……よぞにゃんにとって居場所が出来たことは私もうれしい」

 

 そう、安堵の表情を浮かべる副会長。

 それはまるで、後輩を思う先輩というより……妹を思う姉のようにも感じた。

 本当に……この人じゃないのか。

 

「何度も聞くようで失礼ですけど。本当にあなたがあいつのお姉さんじゃないんですか?」

「いやいや、あの子のお姉さんは別にいるよ」

「にしても、あの夜空が唯一心を開ける時点で、その姉と夜空は仲良くないんですか?」

「……まぁ、色々あんのよね」

 

 俺が迫るように言うと、副会長は深いため息をついてそう口にした。

 

「その、あの子の家庭の事情だから深くは言えないけども、私はあの子の姉から直々に見てあげてくれと頼まれている身なんだにゃ」

「……どういう……ことですか?」

「だから深くは言えない。君が本当にあの子の彼氏かなんかなら言ってやれる義理もあったんだが……。いや、待てよ」

 

 そう、副会長は一瞬、深く悩むように苦い表情を浮かべた。

 そして、ぶつぶつと何かを呟いている。

 

「……少しおかしい髪の色。眼つきが悪くて……名前が」

「え? なんです?」

「……鷹ノ助くん。君は……よぞにゃんのことをどう見ているの?」

「……もうなんでもいいや。あいつのこと……ですか? その、同じ部活の部長ってくらいしか」

「……」

「あいつ、いつも空気の読まない最悪なことばかり口にして、たまに本気で人を怒らせる事を平気で言うし。でも……そんなあいつにも、何かがあってあぁなったんじゃないかって考えて」

「……」

「それで、何も知らないであいつのことを批判するのもどうかなって思って。俺たちって友達を作るための部活なんです。だから、他人を否定し続けてたらだめだって思って、せめて俺だけでも、一生懸命やってみようって」

 

 そう、俺は副会長に熱弁をする。

 その言葉は本当だ。俺はけして隣人部を甘く見ていない。

 あの場所は俺にとって何かを成せるかもしれない場所なんだ。だからこそ、あいつがどんな思いで作ったかはわからないけど。

 俺は、少しでもあの場所を良くするために、まずは知ろうと思った。三日月夜空の事を……。

 そして……俺の疑念を晴らすためにも……。

 

「……今から、十年前の話だ」

「え?」

「あの子がまだ小さかった時に、あの子の家庭に異変が起きた」

「……」

「あの子の姉……"日向"と私は幼馴染で、日向は私に対してのみその時の悩みを打ち明けてくれた」

「……」

「お母さんとお父さんが毎晩喧嘩をしてるって。見たくないから何日か家に泊めてくれないかと、苦しむように言い続けてきた日向を、今でも覚えている」

 

 急に、あいつの家庭の出来事を語りだした副会長。

 あいつの家庭の事情。深くは聞いていない。いや、あまり触れてはいけないことだろう。

 だがこれでなんとなくだが、察してしまった。あいつの家庭の事情が、けして上手く言っていないことを。

 

「そんな時期に、よぞにゃんには友達が出来たらしい」

「……友達?」

「あぁ、辛い時期に心を許せる友達が出来た。あの子にとっては必要な……逃げ道だったのかもしれない」

「……その友達とは……どうなったんです?」

 

 俺は咄嗟に、そう質問をした。

 俺は知りたかった。知って、楽になりたいと思った。

 この時、俺はもしやと思って、心から恐れていた。

 俺と同じ十年前、あいつにできた友達。

 そして俺の疑念、あまりにもかみ合わせが良すぎたからだ。

 だからこそ、俺は結末に知り急いだ。

 

「……突然、その友達がいなくなったらしい」

「……あっ」

「何も言わずに、街から引っ越したらしいんだよねぇ」

「……」

「別れる何日か前に、私はよぞにゃんに相談を受けたんだ。友達に嘘を付いていて、そろそろ本当の事を明かしたいって」

「……」

「何を思ったか、自分を男の子だって偽っていたらしい」

 

 ……それらを聞いて、俺は、現実を直視するしかなくなった。

 俺は驚愕したまま、その話を聞き続けた。

 そうだ。俺には……その話を聞かなければならない義務があった。

 

「そんなこんなで友達が何も言わずにいなくなった途端に、あの子の家庭で色々あったらしく……そこから心を閉ざしたあの子を元気づけるのは大変だったよ」

「……そんな……ことが」

「街の人も良く知るほど仲が良かった姉妹だったが、その出来事を機にあの子は日向と話すことは無くなった。中学校では何度ももめ事を起こしたらしいし、彼女の家の近くの住民からは、虐待じゃないかってくらいの叫びが聞こえてくるという話を聞いたよ」

 

 それらを聞いて、もう充分だった。

 5%が、わずか数分で100%になった。

 そうか……そうだったのか。

 あの女が……三日月夜空が……俺の……。

 

「とにかく色々あったらしくて……鷹男くん?」

「……ふっ……ふふふ……あはははは……あーーーーーーーーーははははははは!! ひゃはははははははははは!!」

「……」

「お……俺は……無自覚に親友を地獄に送っていたのかよ。ならあの歪みは全部……俺一人の……ふはは、やっべぇ笑うしかねぇ……あはは……あはははははははは!!」

「……小鷹くん……君は」

 

 その後俺は逃げ出すように、テラスを後にした。

 そして凶悪な笑みを浮かべ、びびりながら通り過ぎる生徒なんていっさい気にせず。

 

「……俺にしか救えない存在……か。はははははは……重すぎるぜちくしょう」

 

 俺は目から涙を流して、自分を責めるように呟いた。

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