新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第24話です。

『羽瀬川小鷹』視点。


夜空のいない隣人部

 あの女が……三日月夜空が、俺のかつての親友だった少年だった。

 まずどうして性別を偽っていたのだとか、なんでそのことを言ってこなかっただとか、尋ねたい事が多すぎるが。

 それ以上に、俺はわからなくなっていた。俺にとっての……あの女がどういう存在であるかを……。

 あいつがソラだということを知って、別に喜ぶわけでもなかった。かといって、十年前の事を謝ろうと思うわけでもなかった。

 そう、あっさりしすぎていた。自分でも驚くくらい、冷めた気持ちを纏っていたのだ。

 タカにとってのソラ、羽瀬川小鷹にとっての三日月夜空。

 それはとても似ているようで、だけどまったく異なる関係になっていたんだと思う。

 だから俺は感動もしないし、かといってあいつとの思い出に対して深く思いこむこともなかった。

 だが、俺はいいとしても……夜空は今でも引きずっている。そのことに関して……俺はどう思うべきなんだろうか。

 すぐさまあいつに、久しぶりだなと言ってやるべきか。あの時はすまなかったと、謝るべきか。

 そうすれば、あいつは満足してくれるだろうか。納得してくれるだろうか。

 だがその果てに、あいつの歪みは元に戻るだろうか。俺の良く知るソラに、正義感の強い優しい少年に戻ってくれるだろうか……。

 そうだな、多分元には戻るかもしれない。だが……"変わる"ことはない。

 また何かあれば、再び歪んで今の夜空になるだけだ。そうだ……今ここで俺があいつに謝ろうが再会を祝おうが、変わる物は何一つない。

 それどころか、あいつが自分勝手で巻き込んだ者達を除け者にしてしまう可能性だって考えられる。

 理科や幸村は、夜空の自分勝手で付き合わされている。隣人部という仮初の箱の中に、連れ込まれたにすぎない。

 そんなあいつらに責任を取れる器を、夜空は持ち合わせてはいない。だから……今ここで俺が動くべきではない。

 そうだ。この学校に俺の良く知る親友はいない。だから三日月夜空は……ソラじゃない。

 

「ありがとう、私にこの日常を作るきっかけを与えてくれて……」

 

 ……なのに、なんでこいつが稀に言うそういう言葉に……心が揺れるんだろう。

 俺は、あいつに感謝なんかされるようなことをしただろうか……。

 本当は俺だって言いたかった。「お前のおかげでこの数か月、わりと楽しかった。ありがとな」って。

 だけど言えなかったんだ。強情を張ったんだ。お前の近くに行くことを……恐れてしまう俺がいた。

 お前を信じることを……拒んだ俺がいた。

 俺はお前の親友失格だよ。なにせ……俺はお前という存在を、ソラであった三日月夜空を……拒絶しているんだからな。

 

「夜空。お前は……ソラなんかじゃない」

 

-----------------------

 

 夏休みの初日。

 午前九時ごろ、俺は家にいた。

 夏休みも部活がある。しかし……部活があるというだけで、いつ何時に部活をやるのかを聞き忘れていた。

 それをいいことにしたのか、俺は部活に行く気分ではなかったからなのか、部屋で勉強をしていた。

 部活に行く。それはすなわち……あの女と顔を合わせるということになる。

 あいつがソラだと知って以降、俺は前ほど部活に行きたいと思わなくなっていた。

 三日月夜空は三日月夜空だ。だが……あいつがソラだったと意識するだけで、胃がムカムカする。

 自然とイラつきがこみ上げてくる。そうなるので俺は、極力あいつに近づこうとしなかったのだ。

 だがそれでサボった所で、結局は何も変わらない。いつまでもそうやって……互いに変化を求めないまま、都合のいい空間に停滞し続けることになる。

 そうすれば、他のやつらにも迷惑がかかる。俺の親友のせいで、余計なことに巻き込まれた理科や幸村に……。

 

「クックック。わが眷属よ、今日は部活に行かないのか?」

「……あぁ、なんか行く気無くしてな」

 

 そう、突如部屋にやってきた妹の小鳩に言われ、俺は投げ捨てるように答えた。

 

「……わ、我は別に行ってもよいぞ」

 

 と、なんとも珍しいのか、返ってきたのは意外な一言だった。

 小鳩は基本俺が部活に行こうとしない限り付いてこない。

 俺が行くから自分も付いていく。そんな程度しか部活の事を思っていない。

 小鳩もまた、夜空の口車に乗って部活に入らされた身だ。打ち込みようも軽いのは当たり前だ。

 

「珍しいな。どういう風の吹きまわしだ?」

「そういうのではない。ただ……なんとなく行きたくなっただけじゃ」

 

 そう、小さく答える小鳩。

 なんとなく……か。だが、小鳩が積極的に行動に移すのは珍しいことだ。

 小鳩は昔から俺の陰に隠れ、あまり前向きに動くことをしなかった。

 そんなこいつが、自分の意思で何かをしたいと言っている。なら、それに答えるのが兄の定めか。

 

「……そうか。したら午後から部活に行くか」

「……うん!」

 

 俺がそういうと、小鳩は元気よく答えた。

 そうだ。せっかくだしお昼ご飯を作っていこう。遅れたお詫びにはお誂え向きだろう。

 俺たちは学校に行く準備をし、十一時のバスに乗って学校へと向かう。

 午後からでも大丈夫だろうか。まだみんないればいいんだけどな……。

 ……みんないればいい……か。一人の女がいるのが嫌で部活をサボろうとしたくせに。

 まぁ、気にしなければいいだけだ。そうだ、気にするな。気にしなければ……。

 そして十二時、お昼時に到着し、すぐさま部室へ向かうと……。

 

「おつかれさまですはせがわせんぱい」

 

 と、部室にいたのは幸村一人だった。

 ん? なんでこいつ一人しかいないんだ……?

 誰もいないというなら、午前中で解散したということで理解できるんだが……。

 と、俺は机の上に置いてある置手紙を見つけた。

 そこには夜空と理科のメールアドレスが書かれていた。下には部員は全員登録しておくようにと書かれている。

 なるほど、連絡手段を忘れていたことに気がついたということか。これで全員に連絡ができるようになる。

 何気にちゃっかりしているな。まぁ……多分理科に言われて気がついたんだろうけど……。

 

「おつかれ。他のやつらは……帰っちゃったようだな」

「わたくしが来た時にはすでにおりませんでした。あったのはこのおきてがみだけです」

「なるほど……。これは悪いことをしちまったかな」

 

 俺はそう悪びれながら、副部長としてこの場合をどうするかを考える。

 せっかく昼ご飯をたくさん作ってきたわけだし、とりあえず……。

 

「幸村。昼ご飯は食べたのか?」

「いえ、まだたべておりませぬゆえ」

「それはよかった。腹が減っては戦は出来ぬってやつだな。みんなで昼ご飯にしようぜ」

「せんぱいのおてせいのごはんをたべられるとは。この幸村、今日かぎりでいのちくちはててもこうかいはありませぬ」

「物騒だからやめてくれないかな?」

 

 俺は幸村の大きなリアクションに冷や汗を流しながら、テーブルに弁当を広げる。

 と、部活の人数の事を考えて作った結果、今ここにいる三人で食べるには若干多い気がするな。

 

「クックック。あんちゃんの弁当あんちゃんの弁当」

「まぁ、この場合食べすぎるなとは言えないよな……。幸村もたくさん食べてくれ」

「はい、いただかせていただきます」

 

 こうして、三人でお昼ごはんを食べることに。

 その時、ナイスなタイミングで部室の扉が開く。

 

「なははー! 遊びに来たぞーーー!!」

 

 と、元気よく部室に入ってきたのはマリアだった。

 マリアはケイトの妹だ。そしてケイトから直接たまに面倒を見てやってくれと言われている。

 天真爛漫な子どもだが、友達が少ないのは俺たちと同じで、顔には出さないが寂しい日々を送っていたらしい。

 

「ってうおーーー!! なんかおいしそうなもの食べてるのだ!!」

 

 目を光らせて俺の作った弁当を見るマリア。

 

「久しぶりだなマリア。せっかくだし一緒にご飯食べないか?」

「おーーー! いいのか鷹次郎!」

「誰だよ鷹次郎って……俺の名前は羽瀬川小鷹だ!!」

 

 俺は間違えられた名前を訂正する。というか最近やたら名前間違えられている気がするんだが……。

 俺が誘うと、マリアは俺の横に来て割り箸を取った。

 これで少しは昼ご飯の量も減るだろう。

 そう思っていると、向かいにいた小鳩がなにやら気にいらなそうな目でマリアを見た。

 

「……なんやこいつは」

 

 そう、むくれながら言う小鳩。

 そういえば小鳩はあまり部活に来ないから、この子とまともに顔を合わせたことはないのか。

 見た目はほとんど同い年にしか見えない二人だが。これでもうちの妹の方が四歳年上なんだよな。

 

「あぁ小鳩。この子はマリアといってな、隣人部の……お客さんみたいなもんだ」

「違うぞ! 私は隣人部の顧問だぞ鷹次郎!!」

「あぁはいはいそうだったな。悪かったぞマリア~。あと俺は小鷹だぞ~」

 

 そう俺はマリアの頭を撫で撫でする。

 すると、向かいにいた小鳩は、更に機嫌を悪くして……。

 

「なっ! あんちゃんに……頭をなでられて……」

 

 俺はただマリアの頭を撫でただけ、なのに小鳩はすごく悔しそうな顔をした。

 そんなあいつに対し、マリアは純粋な目で見つめ、俺に尋ねてきた。

 

「なぁ鷹次郎。あのなんか変な格好している左右の目の色が違う気持ち悪い奴は誰なのだ?」

「だ、誰が変な格好じゃ! しかも気持ち悪いとは……このスレイブレッドのかっこよさを理解できへんのか!!」

 

 と、子供の悪愚痴に素直に反応してしまう小鳩。

 子供の素直な感想というのは悪気はない。が、時より大人の悪愚痴以上に心に突き刺さる物。

 なんか夜空と理科がいないから喧嘩もないと思ったが、どこかしこかこの部活では喧嘩が起こる物だな。

 ここは、皆の先輩として一人の妹の兄として、そして隣人部の副部長として被害を大きくしないよう対処しなくては……。

 

「マリア。あいつは俺の妹の小鳩だ。似てないけど、妹なんだぞ」

「ちゃうわあんちゃん! 我は偉大なる夜の王レイシス・ヴィ・フェリシティ・煌であるぞ……」

「へぇ~。小鳩はお寿司屋さんなのか~」

「誰がお寿司屋さんじゃ!!」

 

 マリアが小鳩をお寿司屋さんだというと(おそらくレイシスのシスを寿司だと思ったのだろう)、小鳩はさらに機嫌を悪くしたように怒り出した。

 小鳩のそのレイシスなんたらは、小鳩がハマっている中二病キャラだ。本名で言うと訂正するし、所構わずレイシスを演じる。

 そのせいなのか友達と遊びに行ったとかそういう情報を聞かない。我ながら可愛い妹であるが、やっぱり中身に問題がある。

 

「まぁ小鳩。何を怒っているかはわからないけど、今はご飯中だ静かにしなさい」

「う~。そいつだってうるさくしとろうに……」

 

 俺がちょっと叱ると、小鳩は拗ねたように小さく呟いて席に座った。

 これでくだらない喧嘩にはならずに済む。と、思った矢先……。

 

「このから揚げおいしそうなのだ!」

「あ! それうちが食べようとしていたもんじゃ!」

「そういうのは早い物勝ちだぞ寿司。文句言ってはいけないのだ」

「なんやと! てか誰が寿司じゃ!! レイシスだって言ってるじゃろ耳遠いんかこら!!」

 

 さっき落ちついてすぐに、また喧嘩になってしまった二人。

 う~んさっきから小鳩は何が気にいらないんだろうか……。

 

「こら小鳩。相手は年下だぞ、そんなむきになることないだろう」

「みゅ~」

「なはは怒られたのだ! 私はお前と違っていい子だからな、なぁ鷹次郎」

「そ、そうだな。さっきのから揚げだって別に小鳩から取った物じゃないし、マリアは何も悪くないぞ」

「あ……うーーー!!」

 

 俺がマリアを褒めて頭をなでると、小鳩はさらに唸りを上げた。

 そしてそのまま完全に拗ねたようで、俯いてしまった。

 

「まったく……。悪いな幸村、騒がしくて」

「かまいません。それに……しょくじはおおぜいでたのしくとるものです。たしょううるさくとも、かんだいにうけいれるが真の漢です」

「ふっ……。だが悪いことをしたやつにちゃんと叱ってあげられるのも、真の漢の役目だ」

「なるほど、それは気にしていませんでした。きびしさはやさしさのうらがえし……さすがははせがわせんぱいです」

 

 そう幸村は俺を讃えるような眼差しで見つめる。

 よくわからないが俺は幸村に褒められたらしい。

 だが、その何気ない言葉一つが、その人にとって大きな物になる場合もある。

 そう、何気ない言葉一つで……何気ない行動一つで……。

 

『……タカ』

 

 ……ちっ。お前は……出てくるんじゃねぇよ。

 俺の何気ない行動一つで、お前が変わり果てたって言いたいのか……。

 だったら……そう勝手に思ってろよ。俺には……。

 

「せんぱい。どうかされました?」

「あ……。だ、大丈夫だ」

 

 俺は幸村に心配され、平気な顔を見せる。

 俺も……気にしすぎだ。何をそこまで……夜空の事について考えている。

 そんな……好きでもない女の事なんか……。

 だが、やっぱり何かが足りない。

 今この場の隣人部には……大きく何かが欠けている。

 簡単には埋まらない大切なもんだ。そう……夜空がいない隣人部は……なにかが大きく欠けている。

 このご飯が終わったらどうする。あいつみたいに奇天烈なことをやりだそうとする積極性を俺は持ち合わせていない。

 

「……幸村。午後からの部活……なにかしたいことあるか?」

「いえ、せんぱいにおまかせします」

 

 そう、難しい反応が返ってきて俺は苦い顔をした。

 といっても、何をするにしても盛り上がりが欠けるな。

 この部活は比較的暗い奴が多いからな。

 

 コンコン……。

 

 そんなことを考えていると、ノック音が聞こえてきた。

 誰だろうか。俺は立ちあがって扉まで向かう。

 そして開けると、そこにいたのは……星奈だった。

 

「お前……」

「やっぱり部活やってたのね。なんか暇だから遊びに来ちゃった」

 

 そう呑気に言って、ズカズカと部室に入ってくる星奈。

 すると、入ってくる星奈を見て、さきほどまで無表情だった幸村の顔が歪んだ。

 俺以外の部活のやつらは、この柏崎星奈の事を毛嫌いしている。先日も終業式の日に空気も読まずに部室に来た時は、夜空と喧嘩をしていた。

 俺としては別に部室に来ることは構わないが……。まぁ、他の奴らの気持ちも考えれば……。

 

「あれ? 今日はうるさい二人はいないのね」

「うるさい二人……あぁ夜空と理科か。午前中で帰っちまったらしい。まぁちゃんと部活時間を決めていなかったのが悪いんだけどよ」

「そう……。でもきっとあの二人がいたら、あたしが来た瞬間に襲いかかってきてたでしょうね」

 

 そうやって星奈は、面白おかしく言った。

 星奈はこの学校の理事長で、常に男子生徒に囲まれている超絶リア充。隣人部の俺達からすれば遠い存在だろう。

 そんな彼女と俺は、親同士の付き合いの関係だ。だが別に意識するわけでもなく、彼女も俺に向ける感情と言えば、父親の面子しかないのだろう。

 だが終業式の日もそうだが、俺以外にも星奈はこの隣人部に対して……挑発的な物言いをしていた。

 前も、友情なんてくだらないと言っていたけど……。

 

「……せんぱい。この方はぶいんではありませんが」

「あんちゃん。そいつ……なんか怖い」

 

 案の定、星奈に敵意を露わにする幸村と小鳩。

 そんな二人に対して、星奈は冷徹な瞳を向ける。

 一触即発。夜空や理科のように行動には出さないが、目と目の間に火花が散っている。

 

「ま、まぁお前ら……。せっかくだし星奈、昼ご飯がまだ減って無くてな、お腹がすいてるならなんか食べて行けよ」

「あらそう? だったらいただくわ」

 

 星奈はそういうと、座って割り箸を手に取った。

 そして、二個ほど残っていたタコさんウインナーを掴んで。

 ウィンナーを眺めて、ひそかに笑みを浮かべて一言。

 

「……こういうタコの足が美少女の口の中に入っていくようなやつ、何度かゲームでやったわねぇ」

 

 急に何を言い出すのか、反応に困るようなことを言いだした星奈。

 つかそんなマニアックなゲーム。するのこのお嬢様は。

 

「例えばこう、そこの可愛い金髪のお嬢さん」

「わ……我か? く、クックック……貴様のようなむ……胸の大きい……まことに羨ましい。……な、やつにお嬢さんなど呼ばれとうないわ」

「……変わったしゃべり方をするのね。なんかちょっと可愛いわね。私の今やってるちょっとアレなゲームで悪党に犯されているヒロインに非常によく似ているわ」

「ぐ……ぐぐぐ……」

 

 なんという目でこいつは小鳩を見るのか。アレなゲームって言わずもがな、アレなゲームだよな……。

 実の妹をそんな如何わしい目で見られたことに、相手が男なら迷わず殴っている所だが……相手はまごうことなき美少女だし……。どうすればいいのか。

 なんか、今まで俺が抱いていたお嬢様な星奈が若干崩れて来たような……。

 

「……せんぱい。このおなごはいもうとさんをぶじょくしていますよ」

「侮辱っていうか……。なんか幸村さっきからちょっと口調が厳しくないか」

「さきほど星奈せんぱいが例えに出したのは。アルケミリアスというかいしゃがだしたブラッドワルキリアという成人向けのげーむのきゃらです」

「なんでおまえそんなこと知ってんだよ!!」

 

 意外なことに、幸村は小鳩の外見と星奈の発言だけでゲーム名まで答えやがった。しかも成人向けってマニアックだろそれ。

 って、良く考えたら幸村の性別は男だったな。そうだよな、年頃の男の子だったら成人向けのゲームにくらい手を付ける物か……。

 

「良く知っているわねあなた。楠幸村くん……だっけ?」

「う……」

「小鷹もそうだけど、私を見て足を舐めようとしない男子は非常に珍しい存在よ。他の男子は私を一目見ただけで虜になってあっという間に私の下僕になるというのに」

「お前……。いったいこの学校で何してんだよ……」

 

 噂には聞いていたが、この学校では星奈のファンクラブまで存在するほど、数えられる男子はほぼ星奈に下僕という扱いをされている。

 確かに綺麗で可愛いけど、俺はそんな下僕になりたいだなんて思ったことはないが。

 幸村はこいつの事を見て、どう思っているかは知らないけども。

 

「……そんなことはしりません。わたくし……あなたのことはきらいです」

 

 と、はっきり言ってしまった。

 嫌いな物は嫌いと言える。男気はあるが、別に今ここで言わなくてもいいことだと思うぞ幸村。

 

「……そう。特に何も思わないわ。"自分を偽って満足しているような弱い奴"を、気にかける心を私は持ち合わせていないし」

「……」

 

 星奈も相変わらず、挑発的な物言いをして幸村の反感を買う。

 だが幸村はこれ以上牙を向けることはなかった。そのまま黙って、椅子に座る。

 

「なあ鷹次郎。このおばさんは誰なのだ?」

「お……おば……」

 

 そう、無垢な顔で尋ねてきたのはマリアだった。

 星奈に向かっておばさん。子供って怖いな……。純粋無垢って怖いよ。

 これには先ほどまで冷静を装っていた星奈も、何か気に障ったようで。

 

「……ま、まぁ。あの捻くれた姉にこの妹か。き……気にしない気にしない」

 

 何かを言いたそうにしながらも、自分を抑え込む星奈。

 なんというか……やっぱりこの空気……耐えられない。

 なんでこんなに殺伐としなきゃいけないんだよ。仮にも友達作りの部活だろ。

 ここはこう……場を和ませるために一つ、俺が一肌脱ぐ必要が……。

 

「お、お前ら! そんな喧嘩ばかりすんな!!」

「別に喧嘩はしてないけど……」

「おなじくです」

「そんな、部員であろうとなかろうと、俺たちは友達作りの隣人部だ。幸村も、真の漢なら少しくらい性格がねじ曲がっている空気の読めない女の言動一つ、寛大に聞きいれるくらいの度量を持つべきだ」

「……小鷹。あんたさりげなくあたしをバカにしてないかしら?」

 

 俺が思ったことを言って幸村を説得すると。横から見るのも恐ろしいほどに睨みつけてくる星奈の視線を感じた。

 だがこれくらいで怯んでいては男がすたる。ここは全員が満足できるくらい、場を柔らかくするんだ。

 

「そこでだな。笑顔の少ないお前らのために、俺がとっておきのギャグを披露してやる!!」

「どうしてそんな流れになるのよ……」

「とくと聞け! 笑いすぎて顎が外れても文句言うんじゃねぇぞいくぞーーー!!」

 

 星奈のツッコミを軽く受け流し。

 ギャグに非常に自身のある俺は、瞬時に頭の中のギャグリストを整理し。

 その中で、一番爆発力のあるギャグをテイスティングして、恥などかなぐり捨てて披露する。

 

「チャンチャカチャンチャンチャチャンチャン、チャンチャカチャンチャンチャチャンチャン♪」

「「…………」」

「転校してきて注目浴びると思ったら~。顔を見て逃げて行きました~♪ チックs(ry」

 

 俺が全身全霊のギャグを披露すると。

 やり遂げたように綺麗な顔をする俺に対し、幸村と星奈と小鳩は、メチャクチャ苦々しい顔を浮かべていた。

 その奥で一人、大爆笑していたのはマリアだけ。

 

「あひゃひゃひゃひゃ!! 鷹次郎面白いのだあはははははは!!」

「だろう!! このネタの鉄板さを幼女でさえわかるってのに、お前ら三人はなんでわからないんだ!?」

「「……つか古いし!!」」

 

 俺が自信満々に言うと、幸村と星奈は声をそろえて俺に言葉を投げかけた。

 ちなみに小鳩は、兄の醜態を目にさらしたかのように顔を赤らめ手で押さえていた。

 あっれ~? なんでだろう? やる前にはこいつらが笑いをこらえて醜悪なんて忘れ去っているビジョンが見えたのに。

 

「ったく、ギャグが伝わらない奴らだな」

「……これほどの侮辱、初めて受けたわ」

「……なんでしょう。せんぱいとはいえひじょうにはらがたってきました」

「ちょっと! なんでそこまで言う必要がある。つかさっきまでの嫌悪感全部俺に向けられてねぇか!?」

 

 本気で心外だと言わんばかりの表情を浮かべる星奈と幸村。

 たかがギャグを一つ披露しただけなのに、なんという言われようか。

 うん。そうなんだな。こいつらにギャグは伝わらない。割り切ってしまえば簡単なことはない。

 

「……今日は帰るわ」

「お、おい。今度のは爆笑間違い無しだぞ!!」

「なんというか、今日の隣人部には……物足りなさを感じたわ」

 

 去り際、星奈はぼそりとそう口にした。

 それを聞いて俺は、内心ハッとなった。

 星奈から見てもわかる。この隣人部に対する違和感を。

 

「一つの集団の中にいなければならない大切な存在。そういうのってやっぱり……どんなことがあっても必要な物なのね」

「……星奈?」

「……小鷹。女の子って……複雑なのよ。男が女に対して抱く以上に……女の子が男の子に抱く感情って……どんなものでも……」

「……」

「気持ちって……想いってのは伝えるのは難しいものよ。だって……言葉通り……"重い"から」

 

 そう、俺に告げるように、星奈は部室から出て言った。

 その言葉は俺の耳に、嫌でも響いてくる言葉だった。

 複雑……か。それが……あの夜空であっても……か。

 そして想いは……伝えるのが難しい……。複雑な関係であるほど……遠回りしてしまうほど、難しい。

 

「……せんぱい。きにするひつようはありませぬ」

「そ、そうじゃ。あんちゃんはあんちゃんでいいんじゃ!」

 

 隣で、幸村と小鳩の励ましが聞こえてくる。

 気にしているように見えただろうか。いや、そう見えても仕方ないか。

 俺は今、この時期の俺は……とても複雑だ。複雑な気分だ。

 だがそれは、女の子のそれとはまた違った……複雑さだ。

 

「……幸村。お前は……誰かに伝えたい大切な想いってあるか?」

 

 そう幸村に質問をすると、幸村は物静かに答えた。

 

「……わかりませぬ。ただ……あるかもしれないし、ないかもしれない」

「今は、それでいいさ。そう、想いを伝えるのは難しい。だけどな……それを受け取るのもまた……難しいんだと俺は思う」

 

 俺は言った。単純な俺の意見だ。

 人間は時として個人の意見を言う。そしてそれは必ずしも全員を思いやってのことではないだろう。

 それを人は受け取る時、どう受け取れば平和に収まるのかを考える。

 人から人へと告げられる気持ちや思いが、人を傷つけることもあれば周りを大きく変化することもある。

 だから人は変化を求めると同時に恐れる。だから人は一番楽しいと思った現在を手放さないようもがく。

 今思えば、あの時の俺は幼かったからあんなにも大切な時を軽々と手放してしまったんだと思う。

 だからこそ今の俺は、その経験が……最も楽しいと思う現在を求め続けている。

 気づいていたことすら気づかぬふりをし、起こるかもしれない奇跡を目の前にして投げ出す。

 変化は必ずしもプラスになるのか、マイナスになるのか……それは起こしてみないとわからない。

 けど俺が起こしたかつての変化は、大きなマイナスを生んでしまった。だから俺は……変化から逃げることにした。

 こいつらといる現在の関係が、俺にとって心地いいから。だから……。

 

「……でも、やがてはわたくしたちはたがいに想いを告げ、そしてそれをうけとるひがくるやもしれません」

「……」

「こだかせんぱいはそのとき……漢としてそれを受け止めますか。それとも……逃げ出しますか?」

 

 その質問に対し、俺は歯と歯を噛みしめた。

 いざその時が来た時、俺はどうするべきなのか……。

 大きな変化を求めるか。それとも……平和のための停滞を求めるか。

 

「……わからねぇよ。そんなこと俺に聞かないでくれよ。だって……夜空は!!」

「え?」

 

 俺はつい、大きな声を出してしまった。

 そして幸村の驚いた顔で気付いた。この時、自然とあいつの名前を出していたことを。

 拒絶しておきながら、まだ貼りついて離れないあいつのこと、そしてあいつとの過去。

 優柔不断に。かといってどっちを選ぶことでも無く。

 幸村に対して、男気を見せることもできず……。俺は天井を見た。

 と、突如俺の手に、柔らかい感触が襲う。

 見ると、幸村だった。俺の右手を優しく握って、顔を近づけてくる幸村。

 つい見惚れてしまった。こいつは男のはずなのに……。

 だが、ちょくちょく感じる。この違和感はなんだ?

 

「……急がば回れとは言ったものです。こだかせんぱい」

「幸村……」

「回るべくなら回るべきです。時間をかけても……そこに……しあわせな終わりがあるなら」

 

 その言葉を受けて、俺は少しだけ……やる気を取り戻した。

 ふっと鼻で笑って、幸村に言葉をかける。

 

「……ありがとな幸村。お前のそういうところ、すごくいい部分だと思う」

「そ、そうです……か?」

「あぁ、惚れちまうよ」

 

 そういうと、幸村は割と本気で顔を赤くした。あれ? 幸村さん男ですよねぇ?

 時間をかけても……そこに幸せな終わりがあるなら……か。

 ハッピーエンドってやつか。誰も傷つかない、丸く収まる終わりがあるっていうなら。

 だったらもう少しだけ、回ってみるのもありだろう。

 

「もう午後二時か。そろそろ解散しようぜ幸村」

「はいっ」

「……あぁそうだ。そこにいるマリアなんだけどよ、俺が来れない時になんか栄養のあるもの食わせてやってくれ」

「わかりました。受けたわります」

 

 こうして、今日の部活は幕を閉じた。

 あとで夜空にメールしておかないとな。明日こそはちゃんと時間を決めて部活をやらないと。

 なにせ、あいつがいないと隣人部の時間は動かない。

 

「……あんちゃん。あの幼女の事をやたら気にいったようじゃ」

「そ、そんなことはねぇよ。なんだ嫉妬してるのか?」

「つーん」

 

 帰り道、拗ねる小鳩の顔を見て、俺は少しだけ癒された。

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