新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第25話です。

『羽瀬川小鷹』視点。


逃げ出した先の報い

 それは、至って普通に見えて、至って不思議でもないことだ。

 俺は部活に入った。部活に入って、たくさんの仲間を得た。

 その仲間と一緒に話したり、部活の方針を決めたり、ともに何かをやったり。

 周りからすれば、ごくごく普通の事だ。だが、今俺に置かれているこの瞬間は、普通とは言い切れない程に歪だ。

 

 その部活は、嘘にまみれている。

 誰もが嘘をついている。誰もが、己の傷を隠し生きている。

 互いに話すことも、内容を決めて行うことも、全てが格好だけで、その実態は偽りだ。

 そう……嘘の塊だ。可愛い女の子に囲まれた、人から見れば羨ましいこの環境は……傷だらけの理想郷とは程遠いディストピア。

 

 だが……俺は手に入れた。

 その嘘を壊すことができる可能性を。

 一人の堕ちた少女を……救うことができる可能性を。

 その少女が作った嘘の塊を……誰よりも嘘が嫌いな少女が作らざるを得なかった虚実を……。

 

 かつての俺の親友。優しさという裏切りによって傷つき、堕落を続けるその親友を。

 だが、その親友を救うということには、大きな責任が問われる。

 その親友を救うということは……大きく先に進むことを強制されるということ。

 歪な存在が無理やり先に進むということは、必ずどこかにリスクが発生する。それは明確なことだ。

 だが進まなければ。この嘘の空間に未来はない。いつ明日が来なくなるかわかりやしない。

 このまま停滞を続ければ、やがては大きな爆発が訪れる。それを俺は……わかっていながら動こうとしなかった。

 他の誰かがやってくれる。俺じゃなくても大丈夫。手に入れた可能性から目を反らし、考えていたのは逃げることだけ。

 

 俺は……逃げたかった。小さな裏切りが大きくなった罪の対象から。

 もがき、あがき……。それでも俺は……。

 

-----------------------

 

 夏休み中盤。

 

「星奈! どういうつもりだ!?」

 

 俺は学校の外のベンチの近くで、彼女に怒りを向ける。

 そんな俺の問いに対し、星奈は表情一つ変えず、いつもの冷淡な振る舞いで答えた。

 

「べつに。ただ家で面白い写真をパパに見せてもらったから、あんたにも見せてあげようかなと思って……」

「……だからって、わざわざあんなわざとらしく隣人部の部室で」

 

 星奈の悪気ある行動に対し、俺は困惑しながら言葉を返した。

 この夏休みに入って、ますますこいつが隣人部と絡むことが多くなった。

 だが関われば毎度のように星奈は部員と喧嘩し、ただでさえ陣形の取れていない俺たちの輪をかき乱して帰っていく。

 俺としてはこいつを信じてやりたい。こいつがリア充なのはいいとして、その立場を使って弱い立場の人間を嘲笑っていないことを。

 なにより俺のお父さんの親友の娘さんだ。俺も星奈とはお父さんと理事長――天馬さんのような仲になりたいと思っている。

 だが、こいつやっぱり……。

 

「まぁ座ってよ。立ってるのはつらいのよ。座ってから耳にタコができるくらい聞いてあげるから」

「……」

 

 俺は収まらない怒りと動揺を一旦捨てて、星奈の隣に座った。

 そして、再度真剣な眼差しを星奈に向けた。

 

「……星奈。あいつらを遊び半分でからかう目的なら、もうやめてくれ」

「……」

「隣人部は、確かにお前が思っているような普通の集団じゃない。言っちゃあれだが、全員が何かしらの負を抱えている。幸せや平穏、充実なんて言葉から弾かれた奴らの集まりだ。お前のような高みにいる人間からすれば、落ちこぼれの集団かもしれない」

 

 俺は思っていてもけして口にするべきではない例えを、容赦なく口に出していく。

 そうだ。今俺が口にした通りが、隣人部の実態だ。

 だが口に出している俺自身が、傍観者としているわけじゃない。この俺自身だって……その枠には当てはまる。

 大小はあるかもしれない。あいつらの歪みは俺以上かもしれない。俺はまだ幸せ者なのかもしれない。

 だがそうだったとしても、あの部活でやろうとしていることに大小の差はない。皆がそれぞれ、大きな野望を胸に宿している。

 だからこそ、いつもあの殺伐とした空気の中で、皆の目には火が宿っている。

 変わることを望んでいる。無論、俺だって……。

 

「頑張ってるんだ。変わることを望んで、例えそれが他人からすれば小さいことだって、大きなことになるかもしれない。だから……」

「……そう」

「お前だってどんな奴にだって嫌われたくないだろ? お前はあんなにもたくさんの生徒から熱い眼差しを向けられているじゃないか。理事長の娘として歪みない完璧な存在。俺だってお前の事を尊敬している。まぁその……他の男子のやつらは若干いきすぎた崇拝をしているかもしれないが……俺はそういうのじゃなく、普通にお前の事を憧れとして見たいわけだし」

 

 長々しく何を言っているのか、だが俺は今思える柏崎星奈に対しての個人としての思いを口にした。

 心の中で引かれているかもしれない。学園で顔が怖いというだけで怖がられている一人ぼっちの俺を。

 疑われているのかもしれない。俺のこの言葉が虚言ではないかと、親同士の付き合いを武器にして近づいているのではないかと。

 それならそれでいい。星奈ほどの容姿を持つなら、男の下心を疑ったって罰にはならないだろう。女として当然の判断なのかもしれない。

 

「……その言葉、親同士の付き合いに免じて信じてあげるわよ」

「……理由はどうあれ、ありがとうと言わせてもらうよ」

「少なくとも、他の連中よりは信用に値する。ただそれだけよ」

 

 そう、星奈は遠くを見るように言った。

 それは褒められているのか、まぁ褒められていることとしよう。

 とすると、今度は星奈の話題に合わせるとしよう。

 その写真の話だ。ちらっと見えたが、小さいころの俺と星奈が写っていた。

 俺には覚えがない。とすれば、小学校より小さい頃の話だろうか。

 この女とは、初対面ではなかったというわけか……。

 俺と星奈にも、何かしらの因果が絡んでいたというわけなのか……。

 

「……にしても、親同士がそうなら子供の俺らもってことか」

「反応が薄いのね」

「いや、ちょっとは驚いてるよ。俺の幼馴染がこんな美人な女の子だったなんてな」

 

 そう、さりげなく星奈を褒めて言う俺。

 深い仲ではないが、友達の少ない俺にも遠い過去に小さな友達がいたということに、少しだけ嬉しく思っている。

 柏崎星奈。そして……あの女か。

 ……あの女、この写真を目にした時驚愕して固まっていたな。なにしろ、予想以上のショックを受けていた。

 まるで、自分の中の理想が全て打ち砕かれたかのような、そんな顔を浮かべていた。

 もちろん、それが俺との十年前の思い出が関わっているのは間違いないが、いくらなんでも執着しすぎだ。

 そんな、たかが小学生同士の友情一つに……。

 

『あの子がまだ小さかった時に、あの子の家庭に異変が起きた』

 

 ……。

 

『そんな時期に、よぞにゃんには友達が出来たらしい』

 

 …………。

 

『あぁ、辛い時期に心を許せる友達が出来た。あの子にとっては必要な……逃げ道だったのかもしれない』

 

 ……。

 もし、その立場が俺だったとしたら。

 俺には母さんがいない。小さいころに亡くしてしまったからだ。

 その、例えば……母さんが死んだのがあいつと出会う寸前の話だったとしたら。

 自らが大切にしているものを失った直後に、それを埋めてくれる何かを得たとしたら……。

 その存在に対する価値ってのは……他人が思っている以上に、心の溝に大きく当てはまるくらいに、深く重いものになるんじゃないだろうか。

 俺にとっては初めてできた親友。そう、長い人生にとっての小さな要素でしかない。

 だがあいつにとっては、幼い自分に降りかかった果てしなく大きな不幸、それに取って代わるとても大きな要素だったんじゃないだろうか。

 その大きな要素、自分の不幸を埋めてくれる私にとっての最初の存在。

 最初の親友。最初の少年。最初の英雄……。

 あいつにとっての最初というのは……不幸からやり直すための新たな始まりという十年前の俺との思い出というのは……。

 けして……何にも汚されたくない。あいつにとってなによりも大切なものだったんじゃないだろうか。

 だとしたら……。それから逃げ出している俺はいったい……。

 

 それを……重いと避けている俺は……。

 

「小鷹? どうしたのよ顔色が悪いわよ?」

「……星奈。やっぱりこの写真、あの女には見せていいものじゃなかった」

「……」

 

 俺はぼそりとそういうと、星奈は黙ってしまう。

 そのまま、神妙な空気が俺たち二人に流れる。

 そして俺は考える。夜空の限界についてを。

 最近になってますますあいつの気力が減っていっている。あいつが俺に送る視線には気付いていたが、見ないふりをしてきた。

 恐らく、夜空はあと一つでも……何かしらの刺激を与えれば壊れる。俺はそう考えていた。

 それだけ俺が、気付いていないころに送ったあいつへの心ない言葉の数々と、そしてソラだと気づいてから露骨に避けてきた報いなのだろう。

 それらが、遅かれ早かれもうすぐ形となって俺に襲いかかってくるだろう。と、心の中で俺は想像していた。

 その時俺は……きっと。

 

「……なるほど、やっぱり気付いていたのね」

「え?」

「気付いていて見ないふりをしてきた。あの三日月もそうなら、あなたもあなただったってことね。あ~バカらしい」

「……まさか」

 

 俺は、星奈の口ぶりを聞いてハッとなった。

 まさかとは思うが、こいつ。

 

「……知ってたのか?」

「成り行きでね」

「……知ってて、あいつの心の傷に付け込んだのか?」

「まぁ、そういうことになるわね」

 

 俺の問いに対し、星奈が気持ちのこもらない発言で返した。

 それに対し、俺の中で純粋な怒りが湧きあがる。

 だが、その怒りを星奈にぶつける資格が、俺にあろうか。

 例えそれが八当たりだったとしても、あいつを拒絶した俺には。

 

「小鷹、よく聞きなさい。あなたにとって、とても大切なことになるから」

「……なんだよ?」

「……汚れ役なら、私が全部負ってあげる。だからあなたに、臆病者のあなたにたった一つの奇跡をあげる」

 

 そう言って、星奈はベンチから勢いよく立った。

 たった一つの奇跡を、俺に……。

 どうして、これ以上関係のないお前が……何をしでかすっていうんだ。

 それに対し俺は、止めるべきなのか。余計な事をするなと、釘を刺すべきか。

 だが、そうしたところでこの女は止まるだろうか。止まった所で、壊れる寸前の夜空と俺の関係に、何かしらの進展が生まれるのか。

 考えても答えが出なかった。俺は……何もできなかった。

 たった一つ、俺は星奈に尋ねた。

 

「どうして、そこまで俺に……?」

 

 その俺の問いに、星奈は軽く笑って、こう返した。

 

「……"嘘だらけの"私に、あなたは本当の言葉をくれた。そのささやかなお返しよ」

 

-----------------------

 

 ――俺にとってその少年は、親友ってだけじゃなかった。

 少年としての純粋なその正義感に、俺は思い焦がれた。

 初めて会った時、ソラはいじめられていた俺を助けてくれた。

 そのことに対して恥ずかしさが相まって、むきになってソラを殴ってしまったけど。

 弱い物じゃないと、意地を張ってしまったけど。

 俺は、その時ばかりは……正真正銘、弱い奴だった。

 髪の毛の事をバカにされ、やり返さないのが偉いことだと思った。

 自分の心に従うことなく、変に大人ぶっていた俺がいた。

 母さんを失った父さんや、小さい妹に心配かけないように、子供という自分を封印していた俺がいた。

 それを強いことだと思っていた。変に他のやつらを、いじめていたやつらを子供のやることだと見下していた。

 だが、実際は一人でさびしかっただけ。その一人ぼっちが嫌だっただけだ。

 変にやり返せば下手に敵を増やす。暴力を振るえば人が離れていく。

 それが嫌だった。それが嫌で、強がりという弱さを見せ続けていた。

 そんな俺の弱さに、純粋無垢な気持ちで救ってくれたのが……お前だったんだ。

 その後、俺はようやく自分の中の枷を外し、やり返した。味方がいることが、なにより心強かった。

 そして喧嘩し終わって、お前は俺の親友になってくれた。

 親友になった後、俺はずっとお前のやることなすことを見てきた。

 

 喧嘩すれば強いし、困っている老人がいれば小さい体で助けたがるし。

 

 弱っている動物がいれば見て見ぬふりする他の大人と違って必死に介抱する。

 

 かみなり親父に怒られそうになった時は、正直に謝って怒られる。

 そう、何を成すにも勇敢で、男気があって……。俺は、そんなお前を傍で見続けていた。

 

 そんなお前に……ソラという少年に俺は……憧れていたんだ。

 

 ずっと、友でありたかった。俺の憧れの親友、ずっと見ていたいと思っていた。

 そんなお前を……見続けたいと心から……。

 

-----------------------

 

 ピロリ~♪

 

 ベンチで一人たそがれていると、メールの着信音が鳴った。

 着信画面を見ると、そこには夜空からのメールが表示されていた。

 

『部活をやるから、部室に来てほしい』

 

 もう午後の二時、こんな時間から部活をやるのか……?

 この時、俺はどこかしら察していた。

 このメールはフェイクだ。部活なんかやらない、俺を呼び出すためのメールだ。

 正直放って帰ってしまってもよかった。

 どうしてか。嫌な予感がするからだ。

 予感……。とにかくやばそうな、ビリビリと空気に伝わる悪寒を感じた。

 

「……行くしかない……か」

 

 結局、俺は逃げない選択をした。

 あいつがどんな状態でいるかはわからない。

 だが、ここで逃げても変わらない。

 それに対し、俺の勇敢な決断に対し、天がどのような結果を出すのかはわからない。

 わからないことだらけ。だが……行くしかなかった。

 

 がちゃ……。

 

 俺は隣人部の扉を開いた。

 開くと、そこにいたのは夜空だった。

 その夜空を見た瞬間、予感が現実になると悟った。

 この女から伝わる。目には見えないながらもこの身を串刺しにしそうな何かがはっきりとわかった。

 だが、俺は逃げ出さなかった。というより……動けなかったんだと思う。

 

「よお……。って、他のやつらは?」

 

 俺はわざとらしく、軽い口調で言った。

 それに対し、夜空は無言で圧力を与えた。

 部活をやるのは嘘だろう。何か別の目的がある。

 

「あれ? 部活やるんじゃないのか?」

 

 口を開くのをやめようか、俺の言葉なんて茶番でしかない。

 そんな能天気を演じていても、表情が嘘を付けない俺がいた。

 そして等々、夜空は口を開いた。

 

「……夜空?」

「……小鷹、お前には……けして失いたくない、手放したくない親友がいるか?」

「ん? なんだよいきなり」

「自分にとって大切な、掛け替えのない親友はいるか?」

 

 その問いに、夜空の重くのしかかる問いに、俺は唾をごくりと飲んだ。

 お前のその問いに対しては、虚実など無縁。適当に答えるだけ、意味のないものと判断した。

 俺は覚悟した。もう、知らないふりができなくなることに……。

 

「……あぁ、いる」

「……」

「俺に大切な言葉を教えてくれた。俺に掛け替えのない時間をくれた。俺に……友情の素晴らしさを教えてくれた」

「……」

「俺にあだ名をくれた。小さい時に苦しい思いをしていた俺を、そいつの存在が救ってくれた。今でも……俺の心に残っている」

 

 本心だった。俺が今語ったこと全て、嘘偽りのない俺の言葉だ。

 この言葉で満足してくれるだろうか。こいつの方から、俺をタカと呼ぶのだろうか。

 この際だ。もう受け止めよう。もう羽瀬川小鷹個人として、三日月夜空個人を見ることはできなくなる。

 過去が付きまとう。それによって他のやつらを巻き込むことになる。それを、思い知ればいいのだろう。

 

「……夜空」

「そうか、そんな親友がいたのか……」

 

 困惑する俺に対し、夜空は凍えるように、小さく呟いた。

 そして、俺を見て夜空は……儚げに笑ってもう一度。

 

「……よかった。そんなに大切な……親友がいたんだ」

 

 泣いていた。俺は申し訳ない気持ちになった。

 そして夜空が近づいてくる。十年前の少年と似ているようで、全く違う表情で。

 その瞬間、俺は反射的に後ずさった。一歩ずつ、夜空から逃げるように後ろへ歩を戻した。

 

 やばい……。やばい、やばいやばいやばいっ!

 

 そう、俺はどこかで……この夜空がとてつもなく危険な状態だと察したのだ。

 だが後ろの扉は閉まっている。それに気づいた時には遅く、夜空は目の前にいた。

 そして、彼女は俺に対し……。

 

「なっ!?」

 

 俺に対し、唇を重ねた。

 そしてそのまま勢いで、俺を床に押し倒した。

 思いっきり頭を打った俺は、キスされた衝撃を忘れるくらい痛みを感じ、もがき苦しむ。

 

「いってぇーーーーーーー!! よ、夜空なにを!?」

 

 夜空の顔が目に映った時、首元に強烈な痛みを感じ、俺の全身を苦しみが襲った。

 その、俺の目に映る夜空の顔は、全ての憎しみを一つにまとめたような、凶悪な形相をしていたのだ。

 まるで、俺を本気で殺そうというくらいの……迫力を感じた。

 俺は苦しみも勝ることながら、絞りだるように夜空に対し言葉を発する。

 

「がっ!! よぞ……ら……なに……を……」

「お前が……お前が悪いんだ……。全部お前の……!!」

「ぐっ……や……やめろ……。どうして……こんな……」

「……」

 

 俺がいくらもがこうが、夜空はけして首を絞める力を緩めない。

 ものすごい力で俺を絞め殺そうとする夜空。

 それに対し俺は必死にもがく、だが同時に諦めを抱いていた。

 そう……これは俺に対しての罰だ。

 俺が、夜空をソラだと知っていながら……拒絶し続けていたことに対しての報い。

 だから、受けなくてはならないと思った。それが大惨事になろうと、俺はもう逃げられなかった。

 

「あぁ……がっ!!」

 

 意識すら朦朧としてきた時、俺は怒り狂う夜空を見て、十年前を思い出す。

 十年前、互いに信頼しながら、けして裏切ることはないと信用しながら、一緒に遊んだソラとの思い出を。

 あの時のソラの、忘れられない笑顔。あいつと共に過ごした、掛け替えのない日々。

 その笑顔と、日々を殺したのが……俺だっていうなら……。

 だったら俺は……この女に殺されても……おかしくはないのだろうか。

 

 ――あぁ。

 なんかもう……どうでもいい。

 

 ソラ、それがお前の望んだことだっていうなら。

 俺は、甘んじて受けてやるさ。

 殺せばいい。それが裏切った俺に与えられる罰だっていうなら。

 俺は……三日月夜空に殺されてやるよ。

 

『――タカ!』

 

 ……えっ?

 突如聞こえた、ソラの叫びが……。

 

『行っちゃいやだ!! タカ!!』

 

 ……そうだ。

 何を……俺は考えている。

 もし、こいつが我に返って、自らの手で親友を殺したことを自覚したら、こいつはどう思うだろう。

 あのソラが、タカを殺したって思い知ったら。きっとソラは……。

 

「た……たすけ……」

 

 だめだ……。だめだ!!

 それだけは……させてたまるか!!

 今俺は……三日月夜空に殺されてはいけない。この女の手に……かかったら。

 取り返しのつかないことになる。だから……。意地でも俺は。

 この女に……殺されるわけには!!

 

「助けて……ソラ……」

「……え?」

 

 俺は、必死の思いでソラに助けを乞う。

 三日月夜空。お前の中に……ソラという少年がまだ残っているなら。

 お前は俺を殺せない。あのソラが……俺の憧れた正義感あふれるあの少年が。

 親友を手にかけるなんてあり得ない。だから……!!

 

「あ……こだ……か……」

「うっ……げほげほ!!」

 

 夜空は呆然となって、その手から力が抜ける。

 俺はすぐさま馬乗り状態を解いて、夜空の元から抜け出す。

 そしてせき込んだ。苦しみから解放され、流し目で夜空を睨んだ。

 ソラ。俺はお前を信じていた。そうだよなぁ……お前が俺を殺せるわけがないもんなぁ。

 だが……お前は俺を殺したいほど憎んでいた。

 そして三日月夜空になったお前が……俺を殺そうとしたのは事実だ。

 変わり果てたソラ。俺の憧れだったお前は今、ここまでひどく堕ちてしまった。

 それを改めて目にし、俺は自然と怒りに支配される。

 

「うっ……うおぉえ! げほっ!! うおぇええええええええええええぇぇぇ……」

 

 そして無様に、そこらに汚物を吐き散らす夜空。

 自分のやったことに対し、取り返しのつかないことと知ってひどく動揺していた。

 ――この女が……ソラのなれの果て……?

 

 そうか……そうかよ。お前は……そんなになってまで俺を……。

 はっ……ははは。ククク……ふふふ……そうかよ。

 そんなになってまで、俺に責任を押しつけたかったのかよ。自らの嘘さえ、俺のせいにするつもりだったのかよ。

 

「夜空……お前……」

「がほっ!! がっ……私……あぁ……ど、どうして……あ、あああああああああぁぁああぁぁぁぁあっぁぁあっああああぁぁ!!」

 

 そして、この無様な女の悲鳴を聞いて、俺は等々……ソラという親友に対してすら失望した。

 なんという愚かだ。なんという醜さだ。汚くて、見るに堪えないクソだ。

 それがかつての俺の所業なのか? 違う……違うよ。これが、ソラという少年の正体なんだ。

 そうだ……そうに違いない。俺のソラが……こんなクソみたいな女なわけがないって、そう思っていたのにな。

 そうやって可愛い姿で俺に助けを求めて。やめろよふざけるなよ……もうお前なんて……。

 

「……まさか、お前に殺されかける日が来るとはな」

「ち……ちが……違うんだ」

「……何が、違うんだよ?」

「違う……私はただ……」

 

 俺は収まらない怒りを、冷徹な言葉に乗せてかつて親友だったものにぶつける。

 もう、自分で制御できない。慈悲一つ与えられない程。

 俺が抱き続けた罪の意識が、歪んだ形となって俺を包み込み制圧する。

 その結果、俺の中で一つの答えが生まれた。

 

「……こんなことに」

「……なるくらいなら」

 

 そして、一人の少年と少女は同時に口を開く。

 かつて親友同士だった。二人に溝が大きく空いた。

 それはもう、埋まることはないだろうと、後悔すらさせてくれないように。

 

「「最初から……親友になんてならなければよかったんだ」」

 

 その言葉を最後に、俺は一人部室から去った。

 そして部室近くの廊下で、俺は身震いを抑えられなくなり。

 かつての親友に対して抱いてしまった歪んだ感情に対し、もう後悔を抱けなくなり。

 

「……なんで俺、なんで俺こんな。こんなの……俺は望んでなんか」

 

 あふれ出る涙。

 それが止まらなくなって、一人男泣きをする。

 自分が親友に対してやってしまったことが、償うこと一つ出来ないほど進んでしまった現実に。

 それに対し、先ほどの自分の情けなさに、涙を流すことしかできず。

 

「ごめん……ソラ。ごめんな……ごめん……あぁ……あああああああああっあああぁああああぁぁああっああああああ!!」

 

 一人ぼっち、廊下で哀れな叫びをぶちまけた。

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