新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第26話です。

『羽瀬川小鷹』視点。


父親との電話

 静寂に包まれた廊下。

 壁を伝い、よろよろになりながら廊下を歩く。

 この空気は、正直嫌なものだった。

 黙っていては何も変わらないと、変化に対する思いを無情にも現実で思い知らせようとするこの空気が。

 

 変化か……。

 確かに変化は起きたと思うよ、最悪な形となってな。

 人生は上手くいかない、上手いようには転がらない。

 そう、変化を良い物にするためには、人は勇気を持たなければならない。

 俺には、その勇気が無かった。故に……変化は最悪な方へ転がった。

 

 どこかで俺は、急激な変化が起こることを恐れていたのか。

 あの女は過去を求めた。そして俺は現在を……。

 だが、隣人部に必要だったのは……明日だった。

 俺とあいつ、二人が作り出した隣人部という空間。明日を求めて集った仲間達。

 俺たち二人が巻き込んだ。巻き込んでいて……巻き込まれたあいつらが知らない所で、中心となる俺たちが同士打ちをした。

 一方的な都合ばかりを、押し通して。

 

「ふふ……。ったく馬鹿げてるんだよ。俺も……あの女も、結局は何一つ変えられない。明日どころか、過去だろうと現在だろうと……」

 

 俺はそう皮肉交じりに、笑うしかない現状に甘んじる。

 恐らくあの女は、隣人部を終わりにするだろう。

 巻き込んだ理科や幸村の気持ちなど知ったことなく、一方的に託して放り投げることだろう。

 俺としてはそのことに対して償わなければならない。だがそれを、全部あの女のせいにもできる。

 

『汚れ役なら、私が全部負ってあげる。だからあなたに、臆病者のあなたにたった一つの奇跡をあげる』

 

 急に、星奈に言われた言葉を思い出した。

 たった一つの奇跡か……。未だに、その意味が理解できねぇよ。

 仮にその奇跡、与えられたとして……。それを俺が生かせただろうか。

 いや、きっと不意にしただろう。こんな無様な結果なんだからな。

 

「あっれー? 小鷹くんこんなところでなにをしてるんだい?」

 

 と、正面から聞き覚えのある愉快な声が聞こえてくる。

 それはケイトだった。隣人部の顧問であるこの学校のシスター。

 あの嘘の空間で、あの茶番のためにわざわざ顧問になってくれた人だ。

 この人にも、悪いことをしてしまったんだな。

 

「別に……」

「んだよ愛想が無い。顔は怖くても君の明るいその性格、私は嫌いじゃないんだがね。そんな暗いと、顔に似合って怖く見えるよ」

「はっ。そうやって、いつもいつも元気でいられるわけじゃないんで」

 

 俺は今の自分の気分も相まって、ケイトと戯れるほど余裕が無かったのか、ケイトの言葉を軽く受け流す。

 そんな俺に対し、ケイトは何かしら察したようで、今ほど聞きたくない名前を出し、俺に尋ねてきた。

 

「あっはっは。さては……よーぞらくんと何かあったね?」

「……」

「あらら図星だよ。めっちゃ顔に出てしまっているよ~」

「……知るか」

 

 俺は少しばかりのしかかるような思い声色で、ケイトに返した。

 頼むケイト。今だけは放っておいてくれ。いつもなら軽い気持ちで談笑できるんだが。

 今だけは……マジでキレてっから……。

 

「もう知るか。三日月夜空も……隣人部も……過去の思い出も親友の事も。もう……全部知ったことか」

「荒れてるね小鷹くん。だが、全部放り出して投げ出して、それで解決できるなら構わないが……。本当にそれでいいのかな?」

「……」

「前から何かあるとは思っていたが……。因縁というのは簡単には切り離せないんだ。放り出しても、逃げてさえしても、最終的にはくっついてくる。罪の意識なんてのは怒りに身を任せても結果が残る限り、それが現実に存在する限りは見て見ぬふりなんてできないんだよ~」

 

 そう、人の気も知らないで長々と口にするケイト。

 うるさいな。ごちゃごちゃと、あんたに何がわかるっていうんだ。

 因縁だと。罪の意識だと……そんなもん。

 

「ケイト……。これ以上はマジ殺すぞ……」

 

 俺は背を向けてケイトに発した。

 きっと今の俺はめちゃくちゃやばい顔をしているはずだ。ただでさえ強面、多分この教師を泣かせる自身すらある。

 だから目は会わせなかった。本来教師に向かって口にする言葉ではないと知っていたが、今は自分の怒りを抑えられない。

 説教なら、後々聞きに行く。だから今だけは……。

 

「……あ~怖い怖い。君もよーぞらくんと似たような文句を口にする」

「ケイトっ……!!」

「わかったわかった。"今日は"見逃してあげるよ。家に帰ってゆっくり考えなさいな。ただ……」

 

 去り際、威圧する俺に対し背中から、ケイトは言葉で俺を射抜いた。

 

「……その罪からは、けして逃がしはしないからね」

 

-----------------------

 

 家に到着し、俺は重くのしかかったものを背負いながら、玄関で靴を脱ぐ。

 すると、俺が帰って来たのに気付き、妹の小鳩が玄関まで迎えに来た。

 

「あ、あんちゃん。いつもより遅いばい……」

 

 結構遅くに返ってきたからか、いつものレイシスではなく素の小鳩の出迎えだった。

 いつも通りおかえりとでも言えばいいものを、気分が悪かったのか無視して通り過ぎてしまった。

 

「……なっ、何かあったと?」

 

 当然というべきか、いつもと雰囲気が違うことを察した小鳩が俺を気遣う。

 余計な心配をかけたくはないが、どうも平常心を保てるほどの余裕もないらしい。

 

「……ちょっとな」

 

 誤魔化すには意味を成さないと判断し、俺は少しばかり濁して言うと、小鳩は黙りふけってしまった。

 ……思い返してみれば、俺が機嫌を悪くして家に帰ってきたことなんて、初めてな気がする。

 だからこそなのか、新鮮なのか、小鳩は何をしていいかわからなくなったのだろうか。リビングであたふたしていた。

 我が妹に心配させるとは。お兄ちゃん……駄目な奴だな。

 

「く……ククク。何があったかはわからぬが、眷属の無礼な態度一つ見過ごすのが主としての寛大な……」

「小鳩……。ちょっと黙っていてくれ」

「ひっ! ふ……ふいぇ?」

 

 何をやっているのか、冷たく小鳩にそう言い放つ俺。

 だが、今は静かに考えていたい。ゆっくり、足りなすぎる時間でも少しは。

 自分とって人生の中で最も大切だった友情を破壊した。

 十年間纏っていた物との決別。それに対して軽々対処できるほど、俺はできた人間ではなかった。

 その後、俺は一時間ほど部屋でたそがれ、午後六時半を過ぎたあたりになって。

 夜ご飯を作らないわけにはいかなかったので、台所へ向かう。

 その際リビングで小鳩と目が合い、怯える小鳩を見て多少申し訳なく思う。

 どれもこれも……全部あいつの……。

 

 三日月夜空の……せいだ!!

 

 がしゃん!!

 

「ひぃ!」

 

 台所へ付くと、俺は前触れなく椅子を蹴り飛ばした。

 駄目だ……。怒りが収まりつかねぇ。

 くっそ。駄目だ腹が立つ。むかつくむかつく。

 あの女……。あの女さえいなければ俺は……。

 

「あ……あん……ちゃん?」

 

 すると、涙目な小鳩の震えた声に気が付き、俺は我に返った。

 やばい、完全にびびってしまっていた。

 ここは……謝った方がいいか。

 

「……ごめん。き、気にするな。夜ご飯の支度をするから」

 

 俺はおぼつかない口調で小鳩に言って、なんとか安心させる。

 いや、多分余計に不安にさせただろうか。

 考えるな。そうだ……考えなければ。

 

「……」

 

 ただ無言で、黙々とご飯の支度をする俺。

 普段は後ろからアニメの音声が響き渡るのだが、小鳩はテレビすら見ないで黙っている。

 そのことに対しても俺は何とも思わず、考えるのは今日の出来事の事ばかり。

 あいつとの友情、俺がもう少し早めに動けば変わっていたのか。

 俺が気付いてあげれば……よかったっていうのか。

 だがそうすれば、隣人部はどうなる。理科や幸村は、夜空の都合で置いて行かれるかもしれなかった。

 それを見ても俺が下手に対処すれば、俺があいつを街においていった事に対しての罪が付いてくる。

 俺があいつを歪ませた。その事実だけがただ付きつけられ、それがあいつらを巻き込んだことに繋がる。

 そうならないよう俺はあえて見ないふりをした。時間さえ動かなければ、あの歪な空間でも壊れることはないと。

 だが、俺のこの勝手な考えが、今の事態を引き起こした。夜空が壊れてしまった。壊れたあいつを俺は、無情に突き放した。

 失敗した。失敗した失敗した失敗した。

 だ、だったら他に選択肢はあったか。例えば隣人部を立ち上げる前に気づいて。

 いや、俺が気付いたのは大友先輩の証言があってこそだ。それまでは疑うまでが限界だった。

 隣人部が無ければ俺があいつをソラだと気付くことはなかった。だから、隣人部の創部は脱がれない。

 失敗した。失敗した失敗した失敗した。

 だ、だったら。俺がこの聖クロニカに転校してこなければ。

 

「痛っ!!」

 

 と、あらゆることを考えている最中、激痛が襲い我に帰ると。

 左の親指から、血がだらだらと流れていた。

 やっべやっちまった。野菜の皮むきに失敗するなんて、きっと余計なことを考えていたからだ。

 ちょっとばかし肉がえぐれてるな。ジンジンして結構痛い。

 

「あんちゃん! だいじょぶか!!」

 

 と、俺を心配して台所へかけてきた。

 

「ば、絆創膏持ってくる!!」

 

 と、慌てふためきながら絆創膏を取りに行く小鳩。

 その間も、俺は上の空で、痛みだけを感じて遠くを見ていた。

 痛みか……。こういう傷ってのは、消毒して絆創膏を貼れば治る。

 だが……心の痛みは治らない。

 心の痛みには絆創膏も、消毒薬もない。

 だから治らない。だが……それでも癒すことはできる。

 その痛みに対し、向き合ってくれる人の心さえあれば。

 

「……あ」

 

 まただ……。

 俺はまた、人知れず涙を流す。

 

「あ、あんちゃん! そんな痛かったと!?」

「……うん。痛いよ……すげえ痛いよ。我慢できないくらい……痛い」

 

 なんという情けないことか。

 俺は痛みを小鳩に訴え、我慢できずにぐずぐずと泣く。

 無論、それは傷の痛みじゃない。胸の痛みだった。

 心の傷で、胸が苦しい。

 

-----------------------

 

 結局小鳩には、インスタントラーメンで我慢してもらった。

 その後小鳩はいつもより早めに部屋に戻った。

 俺は一人、リビングでテレビを見てぼーっとしていた。

 その間も、俺はこの事態にどうすればならないかなんて、無駄なことを考えていた。

 考える。そして答えにたどり着かない。それを繰り返して午後の十時半を回ったころだった。

 突如、家の電話が鳴った。

 

『おう小鷹、元気にしてたか?』

「と、父さん?」

 

 俺は電話を取って、少しばかり驚いた。

 相手は俺の父親である"羽瀬川隼人"。

 小さい頃母親を亡くして以来、男手一つで俺と小鳩をここまで育ててくれた。俺の最も尊敬している人の一人だ。

 考古学者をしており、昔から仕事の都合で転勤が多かった。ソラと別れたのもその転勤があったからだ。

 そんな父さんは今アメリカにいる。俺たちも本来はアメリカに行く予定だったが俺達がそれを嫌がったため俺達は実家のマイホームに残ることになった。

 そして父さんが親友であり星奈の父親でもある聖クロニカ学園の理事長の柏崎天馬さんに便宜を図って、聖クロニカ学園に転入することになった。

 仕事で忙しい中俺たちにそれほどの苦労もさせない、子供達のことをきちんと考えておりその上人当たりもいい。

 父さんは俺や小鳩と違って友達が多い、『僕は友達が多い』という作品があったらきっと主人公だろうな。

 そんな父さんだが、いつも前触れなく突然電話をくれる。

 俺としては慣れたことだが、今日に限って電話が来るとは……。

 

『学校では上手くやってるか? なんかザキんとこに挨拶しに行ったとか聞いたが、あいつのキャラは結構濃かっただろう。真面目そうでキャラが濃いやつだからなぁ』

「あ、あぁ。最初は威圧されたけど、話してみるとすごい話しやすかったよ」

『はっはっはそうかそうか。あいつは見た目だけなんだよ。そこはお前とそっくりかもなぁ』

 

 と、相変わらずのテンションで話しかけてくる父さん。

 俺としては、今めっちゃ絶不調なんだけどな……。

 そんな俺の不調を、隠せるはずもなく、重いトーンで話していると。

 

『……小鷹、なんかあったのか?』

「え……?」

『明らかに、いつもと話し方が違う。なんか重苦しいぞ? まさか……夏風邪か? 夏休みに夏風邪引くとはもったいないことこの上ないな』

「……いや、風邪は引いてないよ。ただ……その……」

 

 やっべぇ。また涙出てきた。

 なんなんだよさっきから、俺はあの泣き虫とは違うんだって。

 もう十七にもなるってのに、ガキっぽく泣くんじゃねぇよ。

 

『……言いたい事があるなら、言え。なんでも聞いてやる』

「父さん……ごめん。俺……」

『ただ、国際電話って料金高いらしいからな、そこらへんは考えて話をまとめてほしいな』

「……台無しだぜ親父」

 

 父さんの冗談(というか結構本気)を聞いて、俺の涙は吹っ飛んだ。

 俺は遠慮なく、自分が今抱えている問題を父さんに打ち明けることに。

 

「俺さ、今日……喧嘩しちゃったんだよ」

『喧嘩ぁ? また珍しいこともあるもんだな。つかお前喧嘩する相手いたのか?』

「あぁ、この学校に転校してきてから部活に入って、ずっと前から仲の悪かった部長と……溜まりにたまったものが破裂するかのような大喧嘩を繰り広げて……」

『そ、そうか……。なんつうかその……。お前からのそういう相談……初めてだな』

 

 父さんは電話越しで、少しばかり困ったようにそう言った。

 確かに初めての事だ。中学の時は学校の様子を話すほど話題なんてなかったし、つか友達いなかったし。

 

『それはその……お前が悪かったのか? それとも相手方が悪かったから喧嘩になったのか?』

「……正直、お互い様だ」

『お互い様なら、互いに悪かったと握手でも交わせば?』

「いや、もう……そんなんじゃ仲直りできない。なにせ……十年間つもりに積もった因縁なんだから」

『……まさか、十年前お前が別れを告げられなかったって子と』

 

 やたら察しがいいのか、親父は俺とその相手の状況をなんとか掴んでくれた。

 その後、そいつが少年ではなく少女だったという事実や、俺との十年前を意識するあまりにやらかした数々のこと。

 そして俺がそれに対し、どういう気持ちを抱いてきたか。対処できず今になって悩みまくっている事などを話した。

 

『……そりゃなんというか、めっちゃ大変だったな。つかお前、部活に入ったこともそうだが、色々激動しすぎちゃいないか?』

「あぁ、もう何が何だかわからない。隣人部もそうだが、この数ヶ月、俺にしては大きなことが起こりすぎだ。そしてこれから先も付きまとう。父さん、俺はどうすればいいんだ? どうすれば……」

『どうすればと言われても、逆に聞くが……お前はどうしたいんだ?』

「だから……それがわからないんだ」

 

 俺は自棄になってか、答えを投げ出すように父さんに今の心境明かす。

 父さんが答えを持っているわけじゃない。だがわかっていても、答えを求めずにはいられない俺がいた。

 

『そうさな、じゃあ質問を変えてみるか。お前……その子の事どう思ってる?』

「え?」

『その……お前との過去のために間違いを犯したその女の子の事だよ』

「……俺は……許せない」

 

 俺は正直に、そう答えた。

 

「許せないんだ。確かにあいつが歪んだのには俺の一因もある。だが……それなら素直に俺に打ち明けてくれればよかった」

『……』

「それをあいつは、自分と同じ立場の人達を巻き込んで。自分の都合ばかり押し通して……助け一つ求めず。自分勝手に暴走して自滅して……俺はそれが……許せない」

『……そっか』

 

 俺がそう自分の思いを伝えると、父さんは優しい声でこう返した。

 

『それな小鷹。大きな勘違いをしている』

「か、勘違い?」

『あぁ、それは"許せない"んじゃない。"許さない"、"許したくない"だけだ。お前が意地を張っているだけだ』

「……許さない、許したくない……?」

『確かにその子は大きな間違いをしたかもしれない。自分勝手に突き進み、戻れない所まで来て、意地張って失敗した。だがその行動の真意を、けして無下にしていい物じゃない』

「だ、だがあいつは……。他の人たちの気持ちさえ犠牲にして!!」

 

 俺が強く否定をすると、父さんは夜空を庇うように返す。

 

『別に、その夜空って子の味方をするわけじゃないんだが。きっと……その子迷っていたんじゃないか?』

「え?」

『人の本質なんてのは、簡単には変わらないもんだ。それがどれだけ歪もうが、人が本来持つ性格や矜持は、簡単にはねじ曲がらない。優しさや情なんてのを簡単に捨てれる奴ってのは、そいつは……もう人間じゃねぇよ。それこそ……記憶や自分を失わない限りはな』

「……だ、だとしても!!」

 

 俺が強情を張ると、父さんは俺をなだめるように、まずは落ち着くようにと言った。

 そして、今度は父さんの考えを俺に話してきた。

 

『気になる点がいくつかある。まずどうしてその子、お前に自分のことを話さなかったんだろうか』

「そ、そりゃ……。十年前と今の自分を比べてほしくなかったからじゃ」

『まぁ……それもある。故に……"それしかない"とは言い切れない』

「父さん……?」

『真実はいつもひとつ。だが真相は一つとは限らない。もしその子がお前との過去だけが原因で自身が歪んだのだとするなら、それを戻してしまえば解決する。そこに……歪んだ自分と比べられたくないからってだけでそれをやめてしまうのは、ちと気が弱過ぎではないか?』

「た、確かに……」

 

 父さんはまるで名探偵のように、次々と己の持論を並べて行く。

 

『次に、その子はどうして部活って手を思いついたんだろうな』

「……それは、俺を拘束できる場所が欲しくて」

『……お前、結構自意識過剰だな』

「う、うるせぇ!」

『まぁいいや、自分のことを話すのが苦手な子だ。時と場所を確保したいと考えてもおかしくはない。だが……それは一要素であって、お前と話すのなら部活なんて使わなくてもできる』

「……そう、だな」

 

 ……そうだ。なぜ気付かなかったんだ。

 あの女は……なんで部活なんて手を使おうと思ったんだろう。

 あの時話した話題がたまたま部活についてだったからか、いや……それだけにしては思い切りが良すぎる。

 俺を拘束する目的にしても、父さんの言う通り、転校してきて人が寄ってこない俺と話す機会なんていくらだってある。

 だとしたら……考えられるのは一つ。周りの目がある場所で、俺と話すことができなかったから。

 しなかったんじゃないんだ……。"できなかったんだ"。

 

『そして最後に、お前目的ならどうして他の部員を集めたんだろうな』

「そ、それについては明確だ。うちの部活は三人以上いなければ……」

『じゃあ……"誰だっていい"よな?』

「!?」

『なんでその部長……。自分と似た立場の特殊な生徒に絞って入部させたんだろうな。お前の存在もある、学校に迷惑をかけない程度に脅して仮入部でもさせて幽霊部員とすることで、人数を確保するという手だってある。なのになんで、わざわざ本格的に入部させて部活動まで行う必要があったんだ?』

 

 俺は、圧倒されていた。

 俺は考えもしなかった。夜空の行動の真相を。

 ただ明確にわかる程度のことだけに目を向けていた。だが、父さんは俺が話したことを聞いただけで、軽く想定して見せた。

 これは、多くの友人を持ち他者の気持ちを理解し続けてきたからこその技術だった。

 

『以上の事をまとめるとだな。その子の悩みにはお前との過去だけじゃない何かがあり、なるべく学校全体に知れ渡らないように配慮する必要があり、そして……自分の境遇に対して引け目を感じており、お前の過去を取り戻すことではない、大きなことを成してもっと"別の大きな何か"を払拭しようとしていた……』

「ま、まさ……か……」

『その子……。何か"家庭に事情"を抱えていないか?』

「!?」

 

 俺はこの時ほど、父さんという人間がすごいと思ったことはなかった。

 数多くの問題に関わってきて、そして自分自身が大きな不幸を知っている者。

 そして、その不幸を退けた者だけができる強さだった。

 俺はそれを、電話越しに体感した。そして戦慄した。

 

『十年前にお前に裏切られたことにだって、十年間癒えない傷になって残りつづけるのはおかしいだろ? だって十年だぞ、お前が忘れられてその子が忘れられないわけがないんだ。それを引きずるほどの何かが……あったとしか考えられない』

「……そうだ。どうして俺、知っていながらそれを踏まえて考えられなかったんだ?」

『親に知られたくないから教室で大きなことはできない。問題がある家庭には教師の目が行き届く。お前の容姿を考慮するなら、不良みたいなやつと娘がつるんでいるだなんて情報、親に密告されたくはなかったんじゃあないかな』

 

 俺は、それらを聞いて確信した。

 夜空の歪みは……俺との過去だけではない。

 改めて、その歪みの原初、そのことに目を向ける。

 それは……三日月夜空の家庭の事情。

 だから、俺との過去を取り戻すだけでは、けして変わることはない。

 そうだ。俺とあいつの過去、それに決着をつける前に。

 あいつと対話をする前に、まずはあいつの……閉ざされた心を。

 そして、それを救えるのは……。

 

『――それは、彼女を救える人間が君しかいないかもしれないってことだよ。君にしか救えない人間がいる。その事実を目の前にした時、君はそうやって好き勝手御託並べて、自分じゃなくてもいいだなんて言ってしまっていいのかな?』

 

 途端に、ずっと前にケイトが言っていた言葉が俺の中で再生された。

 あいつの歪みは、あいつのものだ。

 そしてあいつの償うべき罪も、あいつのものだ。

 だが……それらは自己修復できたとしても。その原因となっている決定的な何か。

 それを修復するためには……他の誰かの力が必要だ。

 そう、ソラとタカの過去以上にあいつの障害となるべき問題……。

 ようやく……全ての真実が見えてきた。

 

『なぁ小鷹、お前は自分が"救われたい"と思うことをどう思っているんだ?』

 

 父さんは突如真剣な口調で俺にそう聞いてきた。

 

「それは……傲慢だから悪いこと……かな」

『自分勝手と言えば悪く聞こえるな、だけどな……もし他人がお前に『救われてほしい』と思っていれば、お前が救われることは正義に繋がるだろう』

「俺が救われることを、望んでいるやつら……」

『それと同じで、彼女が救われたいと思っている事は、けして都合のいいことじゃない。きっとお前の他に……夜空ちゃんが救われることを望んでいる人達が……いるんじゃないかな?』

 

 父さんにそう言われ、俺は心の中で同意していた。

 あいつは確かに間違った。だからといって、救われるに値しない人間じゃない。

 むしろ、あいつの間違いを修復するには、あいつが救われるしかない。

 いや、あいつだけじゃない。あいつとの因果がある、俺自身もだ。

 そして救われるためには、勇気が必要だ。一つでも先を進もうとする、勇気が……。

 過去でもない、現実でもない。見えない明日を見ようとする……覚悟が。

 

『そんなお前と夜空ちゃんが今、部活の奴らのためにできることはなんだ?』

「……俺達が和解すること。俺達が救われることだ」

『それが、隣人部……だっけ? 友達を作る部活としての最初の成果になる。それがやがて部活の未来にも繋がる気がする。って……父さんは思うんだけどな』

「ということは、俺と夜空の関係は……」

『もうお前ら二人だけの問題じゃねぇ、お前ら二人の問題は部活全体の問題だ。だからそれを正しいことと信じて進め』

 

 父さんは力強く、俺を後押ししてくれた。

 もう俺は、怖いと思う必要はないのかもしれない。俺はただ、あいつに全てをふつけるだけだ。

 今日得た怒りも、痛みも、苦しみも……。

 抱え込んでいた俺の全てをぶつけ、俺自身もあいつの全てを受け取ればいい。

 それがどういう結果になろうと、もう俺は怖くない。

 最悪の結果が待っているかもしれない。だけど俺は、俺のためあいつらのため……。そして夜空のために最高の結末を描いてみせる。

 それが俺の……みんなが信じてくれるであろう正義だと思うから。

 

「……父さん」

『なんだ?』

「父さんにとって、友達ってなに?」

 

 俺はこの会話を通して思ったことを純粋に聞いた。

 その答えを、聞いてみたいと思ったから。

 

『――そうだな、簡単にいえば心から信じてくれる人、心から信じられる者かな』

 

『――人間、何か行動を起こそうとする時にそれを正しいことだと信じようとする。自分のことだから正しいと思うことは当り前だろう』

 

『――だけどそれは自己満足でしかない。その時友達は、自分が行おうとしていることを正しいと信じてくれる。反対に間違っているであろうことは間違っていると指摘してくれるだろう』

 

『――友達が正しいと信じてくれるから俺達はそれを信じて正義を行える。間違っていると指摘をしてくれるから間違いを起こさないようにできる』

 

『――そして間違ったとしても、本気で対話して解決することことだってできるだろう。だって友達なんだからな。遠慮をするな迷惑をかけろ。自分の全てを伝えそいつの全てを受け入れてやれ。そしてそいつを……友達である"そいつら"を100人分大切にしてやれ。そしたらお前は、そいつらに1000人分大切にされるはずだ』

 

 父さんは俺の質問に対する、最高の答えを用意してくれたと思う。

 ありがとう父さん。大げさかもしれないが俺にとってこの問題は大きなことだ。

 友達も少ない俺が、最初に経験した大きな出会いと別れ。そのことに対する全ての因縁。

 夜空……ソラ。俺はお前との出会いも別れも全て大切にする。お前の悩みも思いも見て見ぬふりをして逃げ出したかもしれない、だが俺は今改めて、それらに向き合おうとしている。

 傲慢だと笑うがいい、都合がいいと馬鹿にするがいい。だけど俺は覚悟を決めた。その覚悟は誰にも否定させやしない。

 過去があるから現在があり、それが未来へとつながる。俺はそう信じている。

 俺はあの時、お前との楽しかった日々がほしかったんじゃない。

 きっと、タカという少年は……。ソラとの今ではなく……明日を……。

 

『おっと、長く話し過ぎたな。じゃあな小鷹』

「……本当に、ありがとう父さん」

『なに気にするな。親ってのはな……どんなことがあっても子供の味方をするもんだ。そして……子供を信じつづけるものなんだよ』

「……俺、父さんの子供で本当によかったよ」

『バーロー、泣かせんじゃねぇよ。あ、そうだ小鷹。最後に一ついいか?』

 

 そう、最後に言い残したように、父さんはこんな質問を俺にぶつけてきた。

 

「なに?」

『お前さ、その夜空って女の子に……ホレたの?』

「ぶっ! べ、別にそんなんじゃねぇよ! ちっげぇよ!!」

『はっはっは。グッナーイ☆』

 

 そう軽快に電話を切って、しばしの沈黙が流れた。

 そして俺は、改めて覚悟を決める。

 夜空と、腹を割って話す覚悟。

 そして……あいつの持っている事情と、向き合う覚悟を……。

 

「……待ってろよ……泣き虫」

 

 先ほどまでの重さが嘘のように軽くなり、俺は自室に戻って思いっきり寝た。




アナザーワールドでは最低な父親だったので、今作ではめっちゃいい親父にしました(笑)。
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