新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第28話です。

「羽瀬川小鷹」視点。


第一章 十年前の決着編
決着の代償


 あいつの家に向かう最中も、俺は考えていた。

 あいつを助ける、救いだすということにが、どういうことかを。

 俺の決意が示したその行為が、どのような結果に繋がるかを。そして、それにどんな代償が発生するかを。

 まず、夜空を救うと言っても、ただの友達まがいの俺が、他人様の家庭の事情を解決しようとするのはおこがましい行為だ。

 下手に介入しようものなら、夜空のお母さんに警察やら呼ばれて終わりだ。なにせ相手は、よっぽどにまいっている人らしいからな。

 そもそも十数年解決しなかった問題を、俺のような一般庶民の覚悟ごときが解決しようと考えること自体が、哀れで仕方がない。

 それくらい、俺にだって理解はできる。

 だからといって、ただ俺が謝ってもう一度友達になろうだなんて言い出すのは、過程を吹っ飛ばして結果に満足するだけの行為だ。

 結果だけでは意味がない。今の羽瀬川小鷹と三日月夜空にたいして、結果なんてのは時間稼ぎでしかない。

 だとすると、俺とあいつの十年つもりにつもった因縁に決着をつけるとするなら……。そこには、何かの代償が発生する可能性は大いにありうる。

 俺が覚悟すべきはそこにある。そしてその代償は……確実に夜空に払わせるわけにはいかない。

 あいつの傷や重みは、俺がすべて引き受ける。俺に求められる覚悟や決意は……。

 

「……ここか。夜空のアパート……懐かしいな」

 

 夜空の住むアパートの前に立ち、時が来たことを改めて実感する。

 懐かしいなとあえて口にしたのは、過去が付きまとうことを受け入れた証拠を、口に出して感じるためだ。

 十年前に一度、あいつの住むアパートの近くまで来たことがある。

 家で遊ぼうと声をかけたが、あいつは絶対に俺を家に入れることはなかった。

 今思えば、あいつの母親に……俺を会わせたくなかったんだろう。

 そしてそれは今だって同じだろう。あいつは何が何でも、己の母親に俺を会わせるつもりはなかったはずだ。

 その理由は想像できる。全ては、俺たちの核を担うあの言葉に……答えはある。

 

 ピンポーン……。

 

 チャイムを鳴らせる俺。このチャイムは、決着への狼煙だ。俺にはそう感じる。

 もし引き返すという選択肢を取るのなら、もうあいつが玄関を開けるまでのこの間だけだ。

 最も、誰が引き返すか。そんな無様な真似はしない。

 俺は決めた。全てを変える。過去の因縁を引きずったくそみたいな青春はもううんざりだ。

 俺たちは新しいステージに立たなければならない。これは、そのための過去への……青春への反逆だ。

 

 ガチャ……。

 

 玄関が開いた。そして、少女が一人顔を出す。

 その少女は俺を見るなり、目を見開いて驚愕した。

 そんな少女に対し、俺は笑って言ってやった。

 

「……久しぶり……だな。さあ……腹を割って話そうぜ……"親友"」

「……なんで」

 

 俺の言葉に、夜空はぼそりとそう呟いて、玄関で固まった。

 刹那の沈黙が流れる。一瞬だが、俺たち二人にはとても長く感じた。

 そして、先に動いたのは夜空だった。

 

「……はっ! ちょっ……。い、今はちょっと母親と立てこんでてだな」

「知ってるよ。もう全部……」

「なっ! なら尚更だ! 帰ってくれ!!」

「……それで俺が素直に尻尾振って帰ると……思ってるのか?」

 

 俺がそう威圧すると、夜空はびくりと体を震わせた。

 いつもなら逆の立場だ。あいつに振りまわされるのが俺だった。

 だが今日は違う。今日だけは、俺に振りまわされてもらうぞ……三日月夜空。

 

「……誤解の無いように言っておく。別に俺はお前の母さんを説得しに来たとかそんなんじゃない、お前に話があって来ただけだ」

「なら、別に私の家じゃなくても……」

「……そうやっていつまでも、お母さんから逃げるのか?」

「は……はぁ!?」

「お前がお母さんに何をされたか、まぁ概ね事情は理解しているつもりだ。理解しているつもり……って時点で俺を信じろってのも無理な話だが。お前の気持ち、募らせている思いを……。せめて自分の母親にくらい、わかってもらえよ」

 

 そう、俺が一方的な都合で物を言うと。

 夜空がキッと俺を睨みつけ、そして怒りを露わにして言い返す。

 

「ふ……ふざけたことをぬかすな。この裏切り者が!!」

「なんとでも言えよ。だが俺の存在が、お前の気持ちの証拠なんだよ。どんだけ偽りを重ねても、事実は一つだけだ」

「な、なにが事実だ。そんなもの……」

「だから俺と証明するんだ。お前自身にとって最も大切な存在に覆された。お前の信じた想いってやつをな」

 

 これで夜空を完全に論破できた……わけではないが。

 こんな大それた言葉を、すらすらとよくもまあ言えた物だ。

 夜空はいつも見栄を切った大ごとを口にする。だから俺もそれにのっとり、大げさに言ってみせたが。

 どうしろこうにしろ、ここで夜空に拒絶され引きさがったら、もう何も変わらないんだよ。まぁ警察呼ばれたら引き下がるをえないが。

 

「夜空。これが最後のチャンスだと思え。偉そうに口にするようで悪いが、お前にだって覚悟を決めてもらう」

「……最後の……チャンス」

「……お前には、これから先やってもらうべきことがたくさんあるんだ。俺はもう目を背けない、逃げないと決めた」

「……」

 

 そう、俺が真剣な眼差しで真意を送ると。

 夜空は観念して、俺を家の中に入れることを決めた。

 夜空の家か。ってよく考えれば、女の子の家に入ることになるのか。

 女子の家はこれで二度目だが、別にやましい思いなんて抱いていない。

 玄関を通り、居間に差し掛かると、夜空の体がぶるぶる震えるのが見て取れた。

 よほど、身近の誰かに母親を見られたくないようだ。

 そして俺は、居間に足を踏み入れると。

 そこには、椅子に座ってテレビを見ている夜空の母がいた。

 自分の娘が誰かを連れて来たというのに、見向きもしない。興味も示さない。

 これだけで得られる情報と言うのは少ないものだが、俺にはなんとなく感じ取れた。

 自分の子を温かく見守る親というものは、俺は溢れるほどに感じてきた。

 だからこそわかった。この人は、自分の子をもう自分の子として見ていないんだと。

 

「……誰が勝手に他人を家に入れていいって言ったのよ。この障害」

 

 そう、俺たちを見ることなく口にする夜空の母親。

 自分の娘にむかって……障害だと?

 くそっ。関わるつもりはもうとうないが、その言葉……聞き流せるもんじゃねえぞ。

 

「ご、ごめんなさい。でも私……この人と話があるので、許してくださいお母さん」

 

 その夜空の口ぶり、俺の知っている女の様子とまるで異なっていた。

 十年前の少年、そして現在の少女とも全く違う。全てに怯えきった子狐のような。

 あの夜空をこんなにするまで。いったい何がどうなってやがる。

 すると、夜空の母親は夜空の方へ振り向いた。

 夜空の母親……ってだけでも大体想像つくが、年にしては肌つやもいい美人な母親だった。

 だがどこか疲れでやせこけている。夜空と同じで笑ってくれれば、愛想も良くて理想的な母親という一面を充分に感じ取れるのだが。

 そんな母親は、俺を見るなり苦い表情を浮かべこう苦言を漏らした。

 

「……あんたも堕ちたか。そんなヤバそうな男に身体を売ったか。友達も信じられる人もいないで、最終的には女を売ったか」

 

 と、突拍子もないことを口にした夜空の母。

 おいおい、なにを自分の娘に言ってるのかわかってんのか。この人、自分の娘を何一つ信じていない。

 それどころか、夜空がどうなってもいいみたいな口ぶりじゃねえか。

 

「そ、そんなんじゃないです。は、羽瀬川くんは見た目は人を殺してそうですが、根はいい人です」

「人を殺してそうですは言いすぎじゃね!?」

 

 夜空の例えが少々あれだったので、緊迫した間でついついツッコミをいれる俺。

 

「お、お邪魔します。夜空……さんの部活の副部長やってます。は、羽瀬川小鷹です」

 

 正直挨拶自体したくなかったが、ここは礼儀というものだ。

 俺の挨拶に対し、夜空の母親は母親らしい姿一つ見せずに、ずんぐりかえってこう一言。

 

「……あっそ。あなたも災難ね。うちのドブネズミに目をつけられて。目触りでしょうに、別に無理して付き合わなくてもいいのよ」

 

 と、またも夜空をドブネズミと比喩して母親らしくない言葉を投げつける。

 ……このクソ女。自分の娘にドブネズミだと? 目障りだと……?

 ははっ……やっべぇ。知らねぇうちに拳握ってらぁ。もう、警察呼ばれてもいいくらいのことしそうだわ。

 

「ちょっ、あんた!」

「小鷹!!」

 

 俺が身を乗り出そうとすると、夜空は俺の手をこれでもかというくらい強く掴み。

 そして、涙目になりながら俺を引きとめる。

 その顔を見て、俺は心が揺さぶられた。

 

「夜空……?」

「……お願い。こらえてくれ、そしてもう……これ以上は」

 

 そう、壊れそうになりながら夜空は懇願する。

 俺はそれを見て、ぐっとこらえる。

 だが、そんな俺たちのことなど知らず。夜空の母は、俺たちの過去へと足を踏み入れる。

 

「てか、その染めそこなった金髪……。ひょっとしてあんたが、夜空の言ってたタカってやつ?」

「あ、は……はい、そうですけど」

 

 そう俺が素直に答える。

 一応俺の事は、夜空から聞いていたのか。

 すると、夜空の母親は、俺がタカだと知ると、追撃が如く心ない言葉を投げかけた。

 

「あぁそう。それはまぁ……大層"余計な事"をしてくれたわねぇ」

「……は?」

 

 聞き間違いかと思った。

 俺はつい、呆けるように返した。

 そして夜空の母親の言葉は、止まらぬことを知らず。

 

「うっざかったのよね。私があのクソ男と色々喧嘩して傷ついてる時に、急に笑って家に帰って来たんだもの。それで一人呑気に、親友ができたなんて口にするもんだからさぁ。もう蹴り飛ばしたくなったわよ」

「……んだと?」

「この私があの時どれだけ辛かったか。そこの障害は理解一つせず、幸せな家庭が当たり前のように、私とあのクソ男も仲直りできるって、どの口が言ってるのかってもうイライラしてたのよ」

 

 そう、マシンガンのように最悪なことを口にしまくる夜空の母親。

 やめろよ。やめろって、てめぇ近くに、夜空がいるんだぞ……?

 

「お……お母さん?」

「そもそも何が親友よ。私その親友に大切だった男取られたんですけど、その立場利用されたのよ。そんな哀れな母様の近くでまぁ親友の素晴らしさを語ってくれたことで、本当に……目障りな小娘」

「そ、そんな。私はただ……あなたがくれた言葉が大切で。ただ、親友がとても大切な物だってことを、証明したくって……」

「んなもんあんたの一人都合じゃないのよ。てか私があなたに贈った大切な言葉……? あぁ、たった一人でもいいから大切な親友を作れってやつ? あんなくだらないのまだ大切にしてたんだ。なんという親孝行な娘、だけどそれが目ざわり」

「うっ……うぅぅ……」

「そうやってあんたは私を笑ってただけでしょ。あんた私が憎いはずよ、きっとそうよ。私の哀れな姿貪って笑って、自分はまだましだって言い聞かしているだけでしょ? そうにきまってる」

「違う!! 違う違う違う!! 私はお母さんに笑ってもらいたかっただけで!!」

「その気遣いがまた目ざわり!! 所詮は子供の言うことよ、大人の世界なんて一つもわからないくせに、大それたこと口にしてんじゃないわよ。このクソガキ!!」

 

 ……もう、限界だった。

 それらを聞いて、俺は冷静さを失った。

 すまねぇ夜空。俺はもう、自分を抑えられる気がない。

 俺は無言で、前へと歩いて行く。

 

「……」

「こ、小鷹! もう帰ってくれ、私は」

「……え? なんだって?」

 

 俺は、あえてその言葉を口にした。

 それだけは、聞き流したかった。

 ここで本来なら、引くべきなのだろう。他人である俺は、黙って帰るべきなのだろう。

 だが、それで、変革がなされるわけがない。

 このまま夜空が傷ついて……親友が傷ついて。それを黙って見過ごせる親友がこの世にいるだろうか。

 それこそ、そこの女の言う通りになる。親友って間柄は、そんな都合のよい関係じゃないんだ。

 時には笑い、時には励まし。そして時には喧嘩して、否定しあいながらも最終的には認めあう。

 確かにそれこそ絵空事かもしれねぇ。理想論かもしれねぇ。だけど、それに向かって共に進んでいこうとすることは大切だろう。

 子供だからなんだ。大人だから正しいのか。そんなの……関係ないだろう。

 それを、あんたが夜空に教えてあげるべきだったんだ。なのに……なのに!!

 

 ――あんたは自分の娘を、俺の親友を全否定したんだ!!

 

「う゛ぉるぅああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 腹の底から、自分の出しうる限り低く怖い声で雄たけびをあげる。

 それを聞いて、夜空と夜空の母親がギョッとした顔で驚いた。

 

「なっ、なによ!?」

「なによじゃねぇだろうが!! てめぇが……てめぇが夜空を笑うんじゃねぇーーーーーーーーーーー!!」

 

 俺はそう全力で怒号をあげて。

 そんな俺に、夜空の母親が言い返す。

 

「あ、あんたには関係ないでしょうが!!」

「黙れ! 少なくとも俺の方が……こいつのことを理解できる!!」

「ぐっ……。あんたは夜空のなんなのよ!?」

「俺は、夜空の……」

 

 そう問われ、俺はそこで詰まってしまう。

 だが、そこで答えを出せないようでは、俺はこいつに勝てない。

 だから俺は、今この場で誰もが納得できる答えを叫んだ。

 

「俺は夜空の……。たった一人の親友だ!!」

「小鷹……」

 

 俺の言葉で、少しばかりは傷ついた夜空が救われたのかはわからない。

 だが言葉だけでは変わらない。俺は夜空を救うというのはおこがましい。救われるのは夜空自身が行動で成さなくてはならない。

 だからこそ、今この場で否定された夜空の全てを、俺が肯定する。

 そこにいる最低な母親の言葉の数々、全て俺が覆す。その先は、夜空次第だ。

 だから、俺は……!!

 

「あ、あっそう。親友って言葉は便利なことで、結局は身体目的でしょうに」

「いつだれがそんなこと口にした!? あんたに夜空の全てを決める権利があんのか!? こいつの尊厳、こいつの決意、全部あんたの腐った考えでまかり通らないとならない決まりでもあるというのか!?」

「……あんた生意気よ。赤の他人がどの口で、人様の母親に口出してるの!? これ以上喚いたら警察呼ぶわよ!! たかがガキが粋がってんじゃないわよ!!」

「……そう言えば、俺が黙ると思ってんのか?」

「はい?」

「俺は、親友のためならどんな汚名だってかぶれるんだ。どんな代償だって負えるんだ。俺には親友のためになんだってできる覚悟があるんだ!」

 

 俺は真っ向から自身の覚悟を叫びに乗せた。

 

「それに、警察に呼ばれて困るのはあんただろ。あんたがこの数年で夜空にやって来た事を良く知る住民だって多いはずだ。なんで今まで大ごとになってこなかったか、わかるか?」

「そ、それがどうしたのよ」

「夜空が、あんたを庇ってたからだ!!」

「そ、そんなの言いがかりよ!!」

「まだわかんねぇのか!?」

 

 夜空の母親の物分かりの無さに、夜空を理解してなさに、俺は怒りのままにそう問う。

 

「な、なにが……?」

「夜空は、あんたを憎んでなんていない。嫌いにはなったかもしれないが、失望したかもしれないが……。夜空は、それでもあんたを信じつづけていたんだ!!」

「な、なにを根拠に!」

「さっき言っただろ! 私はお母さんに笑ってもらいたかっただけって。夜空はあんたが過去を引きづって傷つき続けるのを見てられなかったんだ! 自分も似た立場にいるからなおの事、あんただけは……救われてほしかったんだよ!!」

 

 次第に、俺は涙を滂沱と流していた。

 夜空の悲しみが俺に流れてくるようだった。だからこそ、胸が痛くて。

 夜空が否定されたことは、俺が否定されたことと同義だ。

 俺たちの友情を否定された。だから痛くて、だからこそわかってもらいたくて。

 

「それをあんたは子供が言うことだと、友情ごっこがどうだの御託並べやがって。ふざけるな!! 事実は一つだ!! 夜空はあんたが贈ってくれた言葉に従い、不器用ながらもあんたの言葉を思ってきたんだ!! あんたは、そんな夜空を笑ったんだ。あんたは夜空を裏切ったんだよ!!」

 

 俺は夜空の母親の全てを否定する。怒りに任せて、叫びに否定の数々を乗せる。

 それに対し、夜空の母親は逆上する。そしてテーブルの上にあったガラスの灰皿を俺に投げつけた。

 それが俺の頭にあたり、俺は頭から流血する。

 

「小鷹!!」

 

 隣から夜空の叫びが聞こえてきた。

 だが俺は引かない、恐れない。

 そうだ、今こそ……俺は代償を払う時なんだ。

 

「黙りなさい……。黙りなさい黙りなさい!! あんたみたいなクソガキが、大人の私を否定するな!!」

 

 そう、夜空の母親は台所へと向かってくる。

 立っている俺たちを押しのけ、そして包丁を握りしめ俺を睨みつけた。

 

「お、お母さん!!」

「うるっさいのよあんたらは!! あんたらに、私の気持ちがわかるわけがないのよ!!」

「……」

「あの男は……私は愛していたのに。あの女は、ずっと友達だって言ってくれたのに。それを、それを……私を笑って私から全部奪っていった。私を捨てたのよ!!」

 

 そう自身の苦しみを訴える夜空の母親。

 それに対し、俺は目をそらさずに、言い返した。

 

「……全部奪われた? 一つだけ……残ってるだろ」

「な、なにを……」

「だから夜空はあなたを見捨てなかった。自分だけでも母親が信じた物になろうって……願い。だか……ら、それを、わかってもらい……たくてずっと。なのにどうして、どうしてあんたは、ずっと過去を引きずるだけで、身近にある物を信じようとしなかった!?」

 

 それは、俺が泣きじゃくりながら口にした言葉は、夜空の母親だけに向けた物じゃななかった。

 それは、夜空にも言いたかった言葉だ。

 夜空もこの人も、美しい過去にある物だけにこだわった。身近に信じてくれるものに、目もくれずに。

 夜空も俺も似ている。ただ信じるだけじゃない、信じてほしかった。小さく、目立たなくても、見てもらいたかった。

 これは、夜空の気持ちの代弁でもある。

 

「……もし、その包丁で俺を刺したければ、刺せばいい。これが、夜空の気持ちの証明になるなら」

「く、口だけよ。どうせ逃げだす」

「……逃げねぇよ」

 

 夜空の母親の威圧に、俺は冷徹に、頑として引くことなく返した。

 それに威圧される夜空の母。本当にこのまま刺すってなら、やればいい。

 別に脅しで終わるとは思っていないからな。最も、俺がここで刺されたら夜空が一番迷惑を被るから。

 そこが問題か。だから致命傷を避けないと。

 

「や、やめろ。やめろぉぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 と、緊迫した状況で、夜空が叫んだ。

 俺と夜空の母は、二人で夜空を見る。

 夜空は泣いていた。苦しげに、ぽたぽたと床に涙を落して。

 

「なぜだ!? なぜだ!! どうしてお前達がそんな言い合いをしなきゃいけないんだ!!」

「夜空……」

「……私がいるから、私が邪魔なのだ。わ……私はぁぁぁぁぁ!!」

「夜空!!」

 

 泣き叫び、夜空はその場から立ち去った。

 しまった! 今の状況じゃあいつ、何をしでかすかわからない。

 すぐに追いかけないと、大変な目に会う!!

 

「……なによ、わけわかんないわよ」

 

 そう、立ちすくむ夜空の母。

 俺は去り際、最後にこう言い残した。

 

「……急がなくてもいい、過去の事を引きずったって別にいい。けど……やっぱりあなたが、夜空を信じてあげるべきだ」

「……私に、そんな資格はないわ」

「資格? そんなもの、あなたがあの子を腹を痛めて生んだ大切な娘。それだけで充分だろ」

 

 そうとだけ言い残し、俺は夜空の後を負った。

 今ならまだ間に合う。あいつが変な気を起こす前に。

 と、アパートから降りて少し進んだ道の奥で、夜空の姿が見えた。

 

「夜空!」

「ひっ!」

 

 交差点を渡る前に声をかけ、夜空をせき止める。

 

「はぁ……はぁ……。ほんとごめん、俺も熱くなって、あそこまでやるつもりはなかったんだ!!」

 

 俺はとりあえずそう謝罪をすると。

 夜空は起こることなく、切なげに笑って俺に言葉を返した。

 

「……ふふっ。やっぱりタカはタカだ。大事なものが困っていたら、干渉せずにはいられない」

「まったく。いつまでも大人にはなれない。俺だってお前と同じだ。過去に囚われて、前に進み切れない人間だ」

 

 俺がそう自虐すると、夜空は申し訳なさそうな顔で。

 

「……やっぱり、お前もお母さんも、私がいたからおかしくなったんだな」

「夜空。バカなことを言うな、俺にもお前の母さんにも、お前と言う存在は必要だ!」

「私さえいなければ、お前たちは……」

「ふざけたことを言うな!!」

 

 夜空の無責任な発言に、俺は夜空の肩を掴み怒りを露わにして反論した。

 

「小鷹……?」

「……お前がソラだとわかった時、確かに俺は恐怖した。俺はお前を否定しようとした。それは事実だ変わらない」

「……」

「だけど、それでも俺はお前を否定しきれなくて。そんな自分も否定しきれなかった。結果的にお前と喧嘩してしまったが、それでも……心の奥底にはお前がいたんだ!!」

「……」

「全てを投げ出すな。言っただろ、お前にはまだやるべきことがたくさんあるんだ。隣人部はどうなる? お前を信じたものを見捨てるな。あの場所がお前の嘘で塗り固めて生まれた空間だというなら、お前が全て本物にすればいい」

「……できるわけが、ない」

「何度失敗したって構わない。俺はお前の親友だ。何があろうと、俺はお前を忘れない、お前を見捨てない。俺が、お前を助けてやる!!」

「そ、そんな言葉なんか!!」

 

 そう、夜空が俺を突っぱねて横断歩道へ走って行く。

 と、俺はそこであることに気づく。

 横断歩道は赤信号。ということは車が……。

 するとつかの間、青信号の車がこちらへやってくる。

 

「はっ! 夜空ぁぁぁぁぁ!!」

「なっ!」

 

 俺は車に轢かれそうになる夜空を、全力で庇いに行く。

 俺は夜空を突きとばした。すると当然、代わりに事故に合うのは。

 ……そうか。これが、代償か。

 ついさっきも頭を怪我したばかりなのに。ははっ、俺ってそんな熱血漢あふれるキャラだったかな。

 まだ、夜空と語り合うことが……たくさんあったのにな。

 

「――ソラ、ごめん」

「た……タカぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 ドガン!!

 

-----------------------

 

 ……うん?

 ここは……病院か。

 白い天井、そして顔をあげると、包帯が巻かれて大きくなった足。

 確か、夜空を庇って俺が事故に合って……。

 

「……小鷹」

 

 そう、聞き心地の良い声が俺の耳に入ってくる。

 隣を見ると、そこには夜空がいた。

 その顔は、とても申し訳なさそうにしている。

 

「……よかった」

 

 夜空が安堵した。

 俺は実感がないまま、とりあえず話しかける。

 

「……あんまり覚えてないけど、確か車に轢かれて。なんか頭も痛いし」

「あぁ、本当に……すまない」

 

 そう、俺の知っている三日月とは打って変って、しょぼんと素直に謝る彼女がいた。

 それを見て俺は、違和感を感じてどうにもいえない表情になる。

 

「んだよ。いつもなら余計なことをしてくれたとか言う所を、素直か」

「……今回ばかりは、私だって申し訳なさでいっぱいだ」

 

 と、本当に俺に感謝しつくせないといった表情を浮かべる夜空。

 

「そっか。てか夏休み最後に事故って、お前も危険なことすんなよ。本当にむかつく女だな」

「……? あ、あぁ……ごめん」

「んだよ、似合わねぇ。つか、なんでお前を庇ったんだっけか。でも、女の子が近くで怪我しそうになるってのは、動かざるを得なかったのかな」

「まったく。タカは本当に、私にとっては正義の味方みたいだ」

 

「――タカ? 誰それ?」

 

「――え?」

 

 俺は聞き覚えの無い名前に、思わず問う。

 

「……お前の、十年前私がつけたあだ名だが」

「十年前……お前が? よくわかんねぇんだけど」

「なっ。どういう……ことだ?」

「だから、俺がお前と出会ったのは……"聖クロニカ学園に転校してきて"からだろ」

「……え?」

 

 俺が極々当たり前のことを言うと、夜空は驚愕の眼差しで俺を見つめた。

 てか十年前って……あれ?

 確かに俺はずーっと友達なんていなかったし、十年前つったらおぼろげにしか記憶がない。

 ただ、髪の色でいじめられていた。そんな"記憶しかない"しなぁ。

 

「……私とお前は、十年前に親友だったん……だぞ?」

「いやだから。知らないって、俺とおまえが親友? それどこの世界線? 俺とお前なんて相性最悪じゃねぇか、どこをどうやったら親友になるんだよ」

 

 俺がそう茶化すように返すと。

 しばしの沈黙の後、夜空は涙を流した。

 俺には、その涙の意味が理解できなかった。

 

「小鷹……。お前まさか……事故のショックで"記憶"が……」

「なに泣いてんだよ。お前が俺のために涙を流すことなんてあったっけか? あぁでも前に雨の日で……」

「……そっか。ごめんな小鷹、ごめん……ごめんね。わた……し」

 

 そう、俺の手を強く握りしめて、嗚咽を漏らすように声を出さずに夜空は泣く。

 俺には、なんでこいつが泣いてるのかがわからなかった。

 だが、なんだろう……。このもやもやした感覚。

 俺の心に棘のように突き刺さっている。この……違和感。

 

「……んだよ、なに泣いてんだよ。てか、俺も……なんか泣けてきた」

「う……うぅ」

「くそっ……。わけ……わからねぇ」

 

 これが、なんの涙なのか分からない。

 だが、どこかからかお告げのように聞こえてくる。代償という言葉。

 俺は、何かを失ったのか。大切な何かを……。

 それが、三日月夜空と関係しているのか。

 

 それを失ったことで、何かが……変わる?

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