「???」視点。
……これで満足か? 守った気になって、救った気になって。
親友だから助けたい。自分が傷つけたからこそ、その傷を癒したい。
その行いは良心によるものか……。それとも、ただの欲望か?
そんな問いばかりが、夢の中で繰り返された。
少年はなにをしていたのだろうか。ついさっきまで、何者になった気になっていたのだろうか。
一つの物語の主人公として、悲劇のヒロインを救いだした。そんな王道を歩いていたのだろうか。
歩けると思っていたのか? そのような王道を。中途半端な気持ちで、お前みたいな弱虫が。
その青春の中心人物として、華やかしい青春の裏に隠された絶望の数々を……。
その激動を、お前が全て受け入れられると思っていたのか?
そのような蔑みが、頭の中で流れた気がした。
それを言われることによって、正義の騎士を語っていた少年は、現実へと引き戻されたような気がした。
未だ少年は夢の中。目を覚ました先には、非力を受け入れなければならない現実が待っている。
理想は全てに立ち向かえる勇気を持った、青春ラブコメの中心人物だっただろうか。
少年はそのような存在に、なれるはずだった。
しかし目を覚ませば、友達一人としていない、非力な少年。少年という存在は、それに値する。
もう一度やり直すか? もう一度挑んでみるか?
ならやってみればいい。行きつく先は、また繰り返しだ。
羽瀬川小鷹は何度でも失敗する。お前が、"羽瀬川小鷹である限り"……。
その問いを投げかけられた時、羽瀬川小鷹という存在だったものは苦しんだ。
自分が羽瀬川小鷹である限り、"とある一人の少女にとって"の羽瀬川小鷹である限り。
その存在に降りかかるのは、主人公として受け止めなければならない、ありとあらゆる試練だ。
「……ああ、そうだな。俺は何もできなかった。きっと次も、ただ何もできないだけだ」
……なら、"あの女"はどうする?
その問いに対して、羽瀬川小鷹は……答えを選ぶ。
「……わかったよ、俺は過去を……"捨てる"」
それは、少年が決断した。記憶の改ざんだった。
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夏休みもあとわずか。
この日、一人の少女は、一人でお祭りの会場に来ていた。
浴衣を着こなし、その姿は他人の目を引きつける麗しき大和撫子であった。
しかし、どれだけ綺麗な格好をしても。彼女には一緒にお祭りに行く人は一人もいなかった。
誰と行くわけでもないのに、気合を入れて浴衣で来るうら若き少女などいるだろうか。普通に考えれば、いるわけがない。
周りを見渡せば、友達や恋人と並んで歩く人達。
その周りという存在から言わせれば、それが当たり前の光景なのだろう。
だが少女、三日月夜空という存在に、それを言わせるには少々酷な話だった。
少女はこの日、一人の少年をお祭りに誘っている。
最も誘っただけで、来る可能性としては極めて低い相手である。
なぜならその少年は、三日月夜空という少女を……"世界で最も敵視"している者だからだ。
といえば少女には酷な話だろう。故にこう言えばいいだろうか、少女にとっては最も味方であった存在だったが、わけあって敵になってしまったと。
これがRPGのようなゲームの世界なら、よくある光景なのだろう。洗脳や悪落ちなど、設定は作り放題だ。
だが、少女が生きているのはごく普通の学生生活。少女一人が生きる世界としては当たり前すぎて狭すぎる。
だのにどうしてか、親しかった少年は今……彼女の敵へと変貌を遂げた。
まるで世界が、彼女を試しているかのように。
この祭り会場は、街からすれば極々小さな行事にすぎない。
子供から大人、一人から多数。飲んだり食べたり遊んだり、そんな楽しい場所。
そんな場所でも、少女からしたらとても大きな世界に見える。
学生生活を送る日々の大多数が、空に籠る日々の少女からすれば。
ごく普通の人たちが普通に送る日々が、少女からすれば尊い。
事情知らぬ他人からすれば簡単な話だ。ただおかしくもない話、気の合う相手を見つけて話をして、気がついたら仲良くなって、毎日を楽しめばいい。
だが少女にはそんな簡単なことが、日常において普通であることの事柄が、とてつもなく難しいのだ。
学校の難しいテストが簡単でも、ひねくれる相手を論破することが簡単でも。そんな他人からすれば難しいと思えることが少女にとってはとても簡単だったとしても。
そんなことを簡単と思えるよりも、ただ他の人が普通に過ごしている世界を手に入れることを望んだのだ。
それが、簡単だと思えるのなら。
ここまで苦労はしなかっただろう。ここまで捻じれることはなかっただろう。
ここまで歪むことはなかっただろう。ここまで拗れることはなかっただろう。
たった一つ大切な友情を、そう簡単に失うことなど……なかっただろう。
待ち望んでも現れない。そいつはけして現れない。
待ち望む少女の願いを、何知らぬ他人は気付くこともない世界。
少女の表情に見せない涙を、けして世界は知ることはない。
今の少女を現わす言葉は孤独。ゼロの地点に、一歩すら踏み出せずにいる状態。
踏み出しようが無い、どう踏み出せばいいかわからない。それだけ世界とは彼女にとって、手ごわく、恐ろしく、強大な相手だということだ。
そんな世界を作り出してしまった元凶というのもまた、少女自身であるというのが、残酷なる真実なのだ。
――私はこれからどうすればいい。大切な約束を果たすなどと、口出任せにいったが、今の私の先にあるものは……いったいなんなのだ。
そうだ。これが結果だ。残念な結果がこれだ。
あの緊迫したやり取りの先に、激動など訪れるものか。
今の私には、話し合うべき相手を自分の前から引きずりだすことすら、できないということだ。
1時間、2時間と時間だけが過ぎていく。
時間が流れるたびに悲しくなる。どうして来てくれないのだと、来ない理由などわかっていても、そうあいつの責任にしたくなる。
そして3時間が過ぎたあたりで、私は諦めた。
祭り会場を離れる。一人途方に暮れる。
その最中、仲良く祭りを楽しむ小さい子供たちが目に映る。
そしてまた悲しくなる。私という存在は、あの子供たちにも劣ると。
あんな小さな子供にさえできる簡単なことを、私はできない。隣人部はできないのだ。
「……小鷹、もう……無理なのか」
そう、目から雫が流れそうになりながら呟いた時だった。
電話がかかって来た。相手は……。
「!? もしもし!!」
相手は小鷹だ。私はすぐに電話を取ると。
約束一つ守らない少年の第一声は、けして罪悪感など感じさせないかのように。
『ようお姫様、お祭りは楽しんでるか?』
まただ。また私には覚えのない男の口調だった。
私が歪めてしまったその男の第一声は、私を嘲笑うものだった。
「楽しんでいるか……だと? 私は、お前が一向に現れなくて最悪な気分だ!!」
むきになったか、そう言い返してしまった。
違うだろ、私にはその少年にそう言い返す資格などないくせに。
と、私の怒りを聞いてか、少年はなんともうれしそうなトーンで。
『おぉそうかそうか。お姫様は人ごみが苦手だもんなぁ。そんな場所でたった一人さびしく楽しめるわけねぇか』
私の耳にうずく、そんな声で少年は私を馬鹿にする。
この男はかつての親友のタカじゃない。そして、私の知る羽瀬川小鷹という少年でもない。
お前は誰だ? 私はあの熱い目を持った少年を、なんていう姿に変えてしまったんだ。
哀れな少女の独りよがりが、一人の少年を、どうしてこんなにも残酷に変えてしまったんだ。
『ったく別に一人でも色々できるだろ。お祭りで食べるタコ焼きはおいしいぞ? わたあめは甘いぞ? 射的は当たれば爽快だぜ? ってなんだ? なぜ俺が知ってるかって? 家族で何回か行ったことあるからだよ言わせんなよバカが』
「……私は、家族でさえもまともにお祭りに来たことはない」
『あぁ? ああそうか思い出した。お前親にも見捨てられてたもんなぁ。確か俺はそんなお前の家に行って……。あれ? なんで俺お前のために怒ってお前の親御さんと喧嘩なんてしたんだっけ? 今思えばバカバカしい行動だよなぁ。俺はお前のなんなんだって話だよ。行動が理にかなってねぇぞ』
小鷹はそういって自分に言い聞かせるようなしゃべりかたで、長く独り言を言っている。
そう、小鷹には私と親友だったころの記憶が無くなっている。私を庇って、車にひかれたショックでだ。
故に今の小鷹の心境と、私を救おうと動いていた小鷹の行動につじつまがあわなくなっているのだ。だから小鷹は頭を抱えているのだろう。
結局は自分のせいだ。そうわかってはいるが、小鷹の発言に心傷つく自分がいた。
「……お前は、私のためにあの女に怒りを向けたんだ」
『だから……。なんでそんな無駄なこと。俺はお前が傷つこうと関係ねえってのに! むしろ傷だらけになって再起不能になってくれればせいせいするってのに!!』
「……」
『あぁもうなんだこれ! てめえに何か言うたびに頭の中でうっせぇんだよあぁ!!』
「小鷹っ! もう……やめ……」
『はぁ……はぁ……。ククク、にしてもお前……。せっかくのお祭りだってのに、ぶらぶら散歩とはよ。よく悪い男に絡まれなかったなぁ』
そんな小鷹の発言に、私は違和感を覚えた。
まるで、さっきまでの私の行動を、小鷹は知っているかのような物言いだった。
私は、まさかと思った。
「お前……。近くにいるのか?」
『……はは、ったく相変わらず鋭いなお姫様よぉ。いったい何探してたんだよ、時間が立つ度に中央広場の時計気にして。そんなに誰を……待ってたんだぁ?』
その小鷹の悪意ある発言を聞いて、等々私の怒りも爆発した。
そう、この男は私の気持ちを知ってか知らずか、ただ遠くで姑息に、私の困り果てる姿を見て笑っていたのだ。
「ふざっけるな!! 私は!! 待ってるって言っただろ!!祭りに来てほしいって、私が……どんな気持ちで!!」
『あはははははは!! 俺も言っただろうがよぉお姫様!!お前みたいな性悪女なんかと関わるなんてごめんだってなぁ!!』
「ぐっ! 姿を見せろ!! 一発ぶん殴ってやる!!」
私は何を言うのか。むしろ殴られるのは私の方だろうに。
こんなにも小鷹を好き勝手巻き込んで、自分の都合で部活動まで作って。
どうしてこんなにも、私は自分勝手なのだ。
だが、火がついた感情は抑えられない。
『……仕方ねぇな。どうやらあんたはまだ俺にこだわっているようだしな』
「あぁ、お前とは決着をつけなきゃいけないんだ!!」
『決着……か。よくわからないが、お前はまだ全てを捨て去る覚悟がないみたいだな。ったく強がってる割には弱点丸出しなお姫様だな』
「捨て去る……だと? そんな簡単に、捨てるなんてできるわけないだろ!!」
『どうだか? あんたにはできなくても、俺にはできるね』
「なに!?」
『お前の戯言も、お前が俺に押し付けてる十年前の友情とやらも。俺にとっては足枷となっている"大切な母親との絆"ってやつでさえもな』
そう電話越しに言い放って、小鷹は向こう側から姿を現した。
そしてその小鷹の姿を私が観測した時、新たな物語が幕を開けたような気がした。
たったひとつの、かすかに残った繋がりでさえ、千切れたような気がした。
――そう、この瞬間。
ソラとタカの親友という関係は――三日月夜空と羽瀬川小鷹という対をなす関係へと、完全に変わった。
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夏祭りの夜から一週間。
この一週間、隣人部の部室には、誰一人として顔を出す物はいなかった。
色々あった夏休み、少女と少年が過ごした、短いようで長過ぎた、激動の夏休み。
この夏休みで、少女達は何かを変えることができただろうか。
いやできなかった。変えたのではない、変わり果ててしまった世界を、受け入れることしかできなかった。
物語はけして最後はハッピーエンドで終わるとは限らないと、正義は必ず勝つのが物語ではないと教えられた。
そんな残念な結果に終わってしまった。少女のこの先の未来には、いったい何が待っているのだろうか。
9月1日、朝。
聖クロニカ学園は二学期制なので、新学期というわけではない。
夏休みが終わった最初の日となるこの日。
物語の主人公である少女――三日月夜空。
そしてもう一人の主人公である少年――羽瀬川小鷹。
その二人が2年5組の教室では、担任の先生が生徒の名前を呼びあげて出欠を取っていた。
それをぼーっと無気力で聞いていた。腰まで伸びた長い綺麗な黒髪をしたのが、夜空という少女だ。
次々と名前が呼びあげられる。そんな次に呼ばれたのが、少女にとって因縁となる相手。
「羽瀬川ー」
「はい」
夜空の後ろに座っているその少年は、"ハッキリと返事をした"。
そう、自分が羽瀬川小鷹であると……ハッキリそう言ったのだ。
その返事を聞いて、教室が小さくざわついた。
周りから聞こえてくる。やっぱりそうだ……だとか、一体何があったのか……だとか、今になって心を入れ替えたのか……だとか。
そんな噂される少年の方へ、夜空も悲しそうな表情を浮かべ視線を向けた。
この2年5組において、羽瀬川小鷹という少年の印象は――くすんだ金髪の眼つきの悪いヤンキー。というのが当たり前だった。
夜空でさえ、ヤンキーとは思ってないにせよ、くすんだ金髪であることこそが、羽瀬川小鷹が羽瀬川小鷹であることの最重要な要素であったことだろう。
そして彼は、そのくすんだ金髪に対してかつて、こう言ったこともあった。
――これは、死んでしまった母親との思い出。残った唯一の絆の証であるのだと。
だが、今の羽瀬川小鷹の髪の毛の色は……。
――全てと捨てる覚悟を示した。過去と完全に決別した……"漆黒"に染まっていたのである。
「……小鷹」
夜空は小さくそう呟いて、小鷹から視線を背け、正面へと向いた。
そんな彼女を見て小鷹は、特に何を思うこともなく、ただのくだらないものを見るような目で見た。
もう小鷹にとって三日月夜空は、かつての親友ではなかった。小鷹にとって夜空は、全力で潰すべき敵でしかない。
くすんだ金髪をコンプレックスとしながらも、アイデンティティーとしていた少年は、そこには存在していなかった。
そこにいるのは、親友と家族との絆を犠牲にしてでも、大切な物を捨ててでも、変わることを強要された少年だった。
「……さよならだ、タカ」
そう夜空は呟いて、止めることのできない涙を流した。
声に出したくなくても、嗚咽が止まらず口から出てしまう。
そんな彼女を、クラスメイトや教師はなにがあったのだろうかと、困惑の表情で見た。
「み、三日月。いったいどうした?」
教師が心配そうに声をかけると、夜空は首を横に振る。
そんな中でも、小鷹は何も思わなかった。
何も思わず、ただそれがうっとおしいものであるかのように見る。
もう、彼には夜空という存在は……必要ないのだ。
小鷹は全てを捨てた。
夜空も全てを捨てようかと思った。
――だが、夜空には結局の所、それはできなかった。
そう……彼女は捨てる選択肢を選ぶことはなかった。
そしてそれは、この先に彼女に待ち構えている。
――さらなる激動の青春を意味していた。
「――潰してやるよ、三日月夜空」
その少年が発した敵意こそが、夜空の運命の物語の、再始動であることを意味していた。