新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

31 / 32
第31話です。


オワリノハジマリ

 ――少女の儚い願いさえも、その少年は遠くから嘲笑った。

 自分一人、一方的に全てを捨て去って。

 その憎き少女一人の悲しむ顔を見たいがために、少年は捨ててはならない物まで捨ててしまった。

 

-----------------------

 

 激動の二学期の始まり、ホームルームが終わり昼休み。

 小鷹と夜空の教室での関係性は、小鷹が転校してきた初日のごとく戻ってしまった。

 けして二人が混じり合うことのない。それどころか、そんな可能性すら消えてしまった現在の状況。

 当然、夜空も小鷹に話しかけようとしないし、小鷹も夜空に話しかけようとしない。

 そして当たり前か、クラスメートも二人とはまったく話をしたことがないためか、二人の関係性の変化に気づくことなどまずありえないだろう。

 他の生徒が夏休みのことを楽しく話す中、小鷹と夜空の二人の世界だけは、凍りついたかのように動いていなかった。そんな中。

 

「あ、あの……羽瀬川くん?」

 

 一人の女子生徒が、小鷹の席に行き話しかけた。

 その瞬間、教室の空気が痺れるのを、そこにいた皆が感じ取った。

 そして小さな声で聞こえてくる。「おいやめとけよ」だの「髪のこととか聞いたらきっとキレるぞ」だの「中身はどうせ変わってねえんだろ? 髪の色元に戻しただけで不良やめたわけじゃねえって」だの、小言で話す生徒達。

 それらを聞いていた夜空は、表に出せない苛立ちを覚えていた。彼女の正義感は、人を見かけで判断したあげく、悪者と決めつけ聞こえないように悪口を言っているそいつらのモラルが許せなかったのだ。

 が、そこで夜空が噂話をやめろと、口出すをするのには彼女という存在が、その教室ではあまりにもちっぽけすぎた。

 目立つし、怪しまれる。それ以前に、彼が髪の色を黒く染めてしまった原因は自分にあるので、小鷹を庇うのはお門違いだ。

 どう庇ったって、どう味方をしたって。小鷹にはそれが、夜空の贖罪としか捕えられないだろう。

 

「……」

 

 一方で話しかけられた小鷹はというと。

 夜空から見ても、彼に起きた変化の振り幅が、大きすぎるのは一発で分かった。

 小鷹はというと、その女子生徒に話しかけられたことに対し、"まるで動じていない"のである。

 今までなら、動揺してひきつった笑顔を浮かべ、怖がられるのが関の山だろう。

 だが、今の髪を黒く染めた小鷹は、そんな失敗などは犯すことなく。まるでその生徒に、話慣れていますといった感じにこう返した。

 

「……どうしました?」

 

 声に震えがない。

 声色も緊張して低くなることもない。

 今の小鷹には、かつてまで抱いていた他人への恐怖という感情が、まったく消え失せてしまったのである。

 それは夜空から見ても、もう彼女が今まで知っていた羽瀬川小鷹ではない。

 ――そこにいるのが、羽瀬川小鷹ではないことを思い知るには充分の光景だった。

 

「な……なんか雰囲気変わったね。か、髪の色染めてたの……元に戻したからかな?」

 

 女子生徒も、恐る恐る話を続けるが。

 小鷹は女子生徒に対し、まったく興味を抱かず、そこにある"オブジェクト"に対して敵した対応をするかのように、話返した。

 

「そうかな? 確かに髪の色を染めて、ちょっとすがすがしい気分ではあるけど?」

「そ、そうなんだ。って……染めた? 染めていたのを元に戻したんじゃなくって?」

 

 生徒がその質問をした瞬間、小鷹を纏っていた空気が一瞬、どす黒くなるのを夜空だけが感じ取った。

 そう、小鷹の髪は染めていたんじゃなくて、元々ああいう髪の色をしていただけ。

 それが彼のマイナスイメージを決定付けていただけ。彼は何も悪くない。

 どんなに彼を苦しめただろうか。しかしそのくすんだ金髪の地毛は、彼の死んだ母親が息子に残した大切な物。

 他の生徒は、そんな環境を知ろうともせず、今まで彼を妨げ、空気から省いていた。

 それが、髪の色を黒くしただけで、話しかけてくるものだから、小鷹にとっては複雑な気分だっただろう。

 だが、そんな気分を害していようとも、小鷹はそれを表情には出さない。

 

「……ああ、あの髪の毛は地毛なんだよ」

「え? あんな変な色の髪なのに……はっ!」

 

 つい生徒が口を滑らせた。

 他の生徒達も、夜空でさえも、そこから思わず目を反らしてしまうくらい、空気が更に邪悪な物になるのがわかった。

 この発言にはさすがの小鷹も、ほんの一瞬だけ、目の色が変わった。

 それは、今まで彼が見せた拙い表情とはまた違った、恐ろしさを感じ取るには充分のものだったという。

 

(ぐっ……。この教室には馬鹿しかいないのか!!)

 

 夜空は反射的か、この教室の連中のモラルの低さに呆れそう頭の中で思ってしまう。

 一方で、散々なことを言われた小鷹はというと、それでも動揺を見せない。

 少し前の小鷹なら、事故にあい変貌する前の小鷹なら、ここで失態を犯していてもおかしくはないはずなのに。

 

「……はは、ははは」

「は、羽瀬川くん」

「いやぁ参ったなぁ。そんな風に思われてたなんて。この学校に転校してきてから皆に怖がられてるとは思ってたけど」

 

 演技じみたように返す小鷹。

 それに対して、女子生徒はびくびく怯え始めた。

 目から、涙が滲み出て来ている。

 

「そ……その。ごめん……なさい」

「はっ。なんで謝るんですか? 謝るくらいなら余計なこと言わなきゃいいじゃん」

「ひっ……ひっく」

 

 小鷹はただ冷徹に言葉を返しているだけだ。それだけで生徒は泣いてしまい、まるで小鷹が悪者のようになっていく。

 結局はこれである。小鷹が生徒達に植え付けた嫌悪感は、髪の色だけでは直るものではないのである。

 次第に周りの生徒も、小鷹に対し不穏な表情を向けるようになっていく。

 

「ちょ、ちょっとこのヤンキー!! そんな言い方ってないじゃん!!」

「おい馬鹿やめろって! そんなこといったら噂通り殺されるかもしんねえぞ!!」

「ああもうおしまいだぁ!! 今まで怒らせないように変に関わらないでいたのによぉ!!」

 

 と、周りの生徒は小鷹を悪役を着せ、好き放題小鷹の傷つく発言を容赦なく小鷹に浴びせる。

 この罵倒の嵐を、夜空一人だけが、腸煮えくりかえりそうな気持ちで聞いていた。

 最初に小鷹に心無い言葉を浴びせたのは誰だ。なのになぜ小鷹ばかりが責められているのだろうかと。

 

「別に、なにもしませんよ。人を殺したら警察に捕まっちゃうじゃないですか? 私、暴力とか嫌いなんですよ」

 

 それに対しての小鷹の返しはこれである。

 この他人への対応の仕方、厄介事のあしらい方を、夜空本人が一番知っていた。

 このやり方は、つい昨日までの彼女自身のやり方だ。

 隣人部を創部し、大切な物を失う前の、人を作っていた三日月夜空のやり方そのものだった。

 なぜ小鷹が夜空みたいになっているのか。

 恐らく彼にとっては、最も否定した相手の人格が、記憶を失ったことでリセットされ、その少女と似たような屈辱を経験したことによって、まるごと憑依したのだろう。

 憑きものが落ちて腑抜けになってしまった今の夜空とは、全く対照的である。

 

「うるせえよ! お前の悪い噂全部耳にしてんだぞ!!」

「出てってよいい加減! あんたが転校してきて教室の空気悪くなる一方なんだよ!!」

「この不良! 社会のゴミ!!」

 

 もはや一線を超えた発言。

 等々夜空はブチ切れた。

 バンッと机を叩いてたちあがり、皆を敵視してこう言い放った。

 

「貴様ら!! そうやって人を悪者扱いして言いたい放題……恥ずかしくないのか!!」

 

 そう夜空が叫ぶと、生徒達が一斉に凍りついた。

 

「何が助け合いの精神だ! 学校のパンフレットにも書いてあっただろう!! 貴様らがやっているのはただの慣れ合いか! 結局は気にいった連中とつるんで自分を強く見せてるだけじゃないか! 貴様らは高校生ではない、小学生にも劣るまぬけd」

 

 そんな夜空の必死の演説の最中。

 それを小鷹が横切る。

 

「……黙れよ人格破綻者が。聖人の振りしてまともなことしゃべってんじゃねえよ」

「なっ!!」

 

 そのやり取りを聞いて、教室中がまたも震えだした。

 

「こだっ……羽瀬川?」

「いるんだよなぁ、人の不幸を前にして自分は味方ですいい子ですって正論振るやつ。そう言う奴が一番不幸をおかずにしてる癖によ」

「そっ! そんな人の道を外したこと!!」

「あれ? じゃあ俺が今こんなんになっちゃった大本の原因って……なんでしたっけ?」

「うっ!!」

 

 小鷹に完全論破される夜空。

 以前までの全く逆の展開である。これも互いの人格の変化が織りなす現象なのだろうか。

 動揺する夜空の元に、小鷹が歩み寄り。

 そして、冷徹な声で夜空に耳打ちをする。

 

「……余計なことしてる場合かお姫様。その正義感、つまらないところで使ってんじゃねえよ」

「……小鷹」

「あんたはこれから、"俺との契約"を果たさなきゃいけないんだろ? お前の心と体が……ボロボロになるその時までよぉ」

 

-----------------------

 

 それは、あの祭り会場でのことである。

 電話越しに話していた小鷹が電話を切り、夜空の方へと歩いてくる。

 そして姿を露わしたそれは、夜空の知らない少年の姿をしていた。

 くすんだ金髪ではなく、黒い髪をした変わり果てた少年の姿である。

 

「こだ……か。その髪の色は……?」

「染めたよ。あの髪の毛のままだと頭が痛くて仕方がねえんだよ。夢の中でくだらないガキ二人が遊んでてよぉ、毎日が眠れねえんだよぉ」

 

 小鷹は自分で選択をした。今までの自分のコンプレックスを、アイデンティティーを捨てることを。

 そうでもしないと、いつまでも羽瀬川小鷹は、自分の周りの人たちが求めている物でしかいられないことを知ってしまったから。

 羽瀬川小鷹が他者の物ではない、自由な人の姿になるには、もうこれしかなかったのだ。

 それが……母親との絆を断ち切る形になったとしても。

 

「そ……そこまでお前は……苦しんで」

「あ? 哀れんでくれてるんですかお姫様。まったくお優しいことですねぇ、胸糞が悪くなってくる」

 

 もう、こうなってはかつての友情の復活なんて騒ぎではない。

 小鷹を小鷹たるものでなくしてしまった。もうソラとタカの友情の話などしている暇もない。

 この男には妹だっている。父親だっている。慕っている後輩だっている。

 それを、たったひとつの友情のこじれが全ての崩壊を生んだのだとしたら、もう夜空には友情の復縁ではなく、彼個人を取り戻すことを優先するしかない。

 それはなんとしてでもしなくてはならない。夜空は必死に小鷹の心に呼び掛ける。

 

「小鷹。わ、私なんでもするから……。だから、戻って来い!! お前はそんな……かつての私のようなそんな……そんな目をしてはいけないんだ!!」

「ははっ。戻って来い……か。戻るも何も、これが俺だよ」

「小鷹! 羽瀬川小鷹!!」

「すがすがしい気分だ。今までの俺は、色んな物に存在価値を押し付けられていた。くすんだ金髪の不良、優しいお兄様、自慢の息子、変わった髪の先輩。そして……お姫様の大切な者のダミー」

 

 そう自分を自虐する小鷹。

 恍惚な笑顔を浮かべ、今の自分の自由を噛みしめ、喜びにうち震える。

 

「わ、私は……なんてことを」

「あーーーーーーっははははははは!! さいっこうの気分だぜ!! 大切なもんだってこだわって、出来のいい妹の良い兄だったり、学校の不良扱いに甘んじたり、友達が欲しいと頑張ったりなんてしちゃったりしてさ、そんでもってお前なんかのために頑張って……」

「あ……あぁ」

 

「もう全部しなくていいんだよ!! クソみたいな物語の主人公である必要もねえんだよ!! 俺は……自由なんだよーーーーーーーーー!!」

 

 そう全てを勝ち得たように叫ぶ小鷹を、夜空はただ……見ていることしかできなかった。

 残された夜空には、いったいどのような運命が待っているのだろう。

 運命の主人公という肩書の少年は、物語からはじき出された。

 ならば、その片割れが成さなくてはならないことは。

 

「……お前も捨ててみろよ。隣人部も、楠幸村も、志熊理科も。そしてお前が良く口にする、そのタカっていうクソみたいな親友の事も」

「……」

「捨てろよ。気持ちがいいぜ? そうすりゃあもう、何にも縛られなくて済む」

 

 その小鷹の囁きは、悪魔のささやき。

 悪魔の誘い。忘れることで、捨てることで人は前に進めるという、難しい用で一番簡単な選択肢。

 人が全てを投げ出し諦めることを選択する時に、行きつく残念な結果の一つが、捨て去ることである。

 取り残された夜空は、こう答えを返した。

 

「……いやだ」

「なに?」

「"嫌だ"って……言ったんだこのヘタレ!!」

 

 そう言って夜空は小鷹を突きとばした。

 これには小鷹も唖然とする。

 

「私は……私は捨てないからな!! お前みたいに、愚策に陥ってなどたまるか!!」

「……そうか。じゃあ全部背負うってのか?」

「そうだ!! お前も必ず元に戻す!! その腐った根性、私のこれからの行動を焼きつけさせて、もう一度あの熱い眼差しを取り戻させてやるのだ!!」

「……これからの……行動?」

 

 そう小鷹が問いかけると、夜空は小鷹の顔を真っ直ぐ見やり言い放つ。

 小鷹の黒く染まった心に訴えかけるように。

 

「羽瀬川小鳩、楠幸村、志熊理科。あいつらは隣人部の大切な部員、私の大切な後輩だ!!」

「なーにが大切な部員だ。道具だろ? 装備品だろ?」

「違う!! だからあいつらが心に抱える歪みも理解できる。だからあいつらは隣人部を求めてきた。なら、求めて入部してきたのなら、それは絶対に結果にするんだ!!」

「結果に? 友達作りごっこの何があいつらの役に立つ。あいつらの歪み、心の底にうごめく怒り、悲しみ、痛み。それらがお前の考える簡単なことで晴らせる物じゃないと思うがな」

 

 そう小鷹は冷徹に言い捨てる。

 今の小鷹だからこそわかる。

 呑気に傍観しているだけのヘタレな少年ではないからこそ、あの連中のどす黒いものまで感じ取ることができている。

 

「あれらは……今の俺と同じ目をしてる。ちょっと前のあんたと同じ……っていえば伝わりやすいか。というか今の俺からすればあんたの歪みなど、自分よがりの小さなもんにすぎないがな」

「……そうだな。今のお前やあいつら、そして……柏崎星奈に比べれば、私の苦しみなど、簡単なものだっただろう」

「そうだ。自分の苦しみにすら押しつぶされて失敗した今のお前が、あいつらに結果を与えるって言ってんだぞ? お前、自分の言っていることの重大さを理解できてるのか?」

「……」

「耐えられないぞ、押しつぶされるぞ、強大な歪みを目の前にして、自分の非力さに呪い殺されるぞ。仮に全部を受け止めきったとしても、その時お前……今の心を保っていられるのか?」

「……ああ、私がどうなろうと。私は……私が助けたいと思った者のために全てを捧げる。今決めた、ここで決めた。やりとげる、やり遂げて見せる」

 

 夜空は、相当な覚悟だった。

 例え自分の心が汚れ消えかけても、これから自らが観測する数多くの歪みに対しても向き合うと小鷹に言い放つ。

 その表情は迷いなし。今までの彼女は迷ってばかりだったが、今度こそは迷わないと、諦めずにやり通すことを決めた。

 その目には熱い焔が宿っていた。今の小鷹を圧倒するほどの視線を浴びて、小鷹は押されつつも、意地になり言い返す。

 

「うっ……。その目、お前……自分がどうなってもいいと?」

「ああ。もう私には何もいらない。青春もいらない、友達もいらない、私には……あいつらが友達に囲まれて、映画のような恋愛をして、アニメや漫画のような学園生活を送って、まだ見せていない笑顔でいつか笑ってくれたら。それだけで、私にはもう何も……いらない」

「言ったな? やるんだな? 全部助けるんだな? 全部に味方するんだな? 助けたいと願った者のためなら、世界すら敵に回すんだな?」

 

「――大切なものをすべて捨てない代わりに、自分が得るべきだった全てのものを……破棄するんだな?」

 

 それは、小鷹の最終質問だった。

 その問に、首を縦に頷けば、もう少女は逃げることすら許されなくなる。

 

 ――三日月夜空は破滅し。

 ――三日月夜空が望んだ者達は全てを得る。

 

 そんな過酷な運命の物語の始まりの合図となる。

 それを知って尚、夜空は躊躇なく、首を縦に振った。

 

「わかった。三日月夜空、俺と契約しろ」

「……ああ」

「お前が作った隣人部、お前の命を持ってして……全てを……救う契約だ」

 

 その悪魔の契約に、夜空は迷わず契約する。

 

「この羽瀬川小鷹、お前の破滅を責任を持って見届ける。お前の苦しみ、悲しみ、痛み。全ての負は俺が観測する」

「ああ、よろしく頼む」

「俺はお前を逃がさない。もし逃れようものなら……そうだな、お前の目の前で自分の首を切り落とすとしようか。お前の中途半端な志が、大切な者を殺す結果をお前に与えてやる」

「……」

 

「なにせ俺(はせがわこだか)は、お前にとって……特別な存在らしいからなぁ~」

 

 その時の小鷹の笑顔は、今までの慣れないが故の怖い笑顔ではなく。

 心の底から出た、本物の恐怖の笑顔だった。

 

-----------------------

 

 礼拝堂の『談話室4』

 そこが、彼女らが所属する『隣人部』の部室である。

 隣人部とは、友達作りの部活である。

 自分にとって掛け替えのない友達を作るための術を、学ぶ部活である。

 当然、目的は友達を作り、人並みの青春を送ること。

 それが、隣人部の部員皆の目標……だった。

 その目標、到達すべき結果を、一人の少女だけは……強制的に破棄させられた。

 その少女の行きつく先は、自ら以外が全てを得るために、自らが孤独になる結果。

 だが少女に迷いない、少女は迷わない。

 それが、かつての親友だった少年との……約束という契約なのだから。

 

 がちゃり、夜空が扉を開けた。

 誰もいないかと思ったが、そこには小鷹とその妹小鳩を除く、二人の生徒が来ていた。

 楠幸村と、志熊理科である。

 

「あ~ら~。誰かと思えば可愛い後輩を置いて逃げ出そうとした情けない部長じゃないですかぁ~」

 

 扉を開けて早々、理科はいつものように夜空に悪態を突く。

 いつもなら夜空は怒りをあらわにするのだが、もう……そんな必要はない。

 怒りなどいらない、夜空がこの二人に向ける感情は……無償の愛。

 

「あぁ、勝手なことしてすまなかったな」

 

 理科にそう言われ、ぐうの音も出ないといった具合に夜空は一つわびを入れる。

 すると理科は続けざまに悪態を続ける……のだが。

 

「まったくいつも一人で勝手に。本ばかり読んで友達作りが大切などとまるで責任感も感じ取れないようなことばかり言って、心配なんてしてるわけじゃありませんが、一応理科達にとっては大切な部長な……んです……から」

「……そうだな、これからは隣人部らしく、きちんとした友達を作り楽しい学園生活を送れる未来を作るように、部長として精一杯努力するよ」

「……」

 

 その夜空の誠意のこもった発言を聞いて、理科と幸村は、言葉に現わせられないような変化を感じ取った。

 夜空はいたって以前と同じように振舞っているはずだった。多少丸くなったかのようには見えているだろうが、理科や幸村から見れば何も変わっていないはずである。

 少なくとも夜空はそう見せてはいた。だが、この二人がその変化に無頓着で終わるはずがなかった。

 

「……なにがありました? 先輩」

 

 理科はわざとらしく、笑顔で夜空に問う。

 

「別に、夏休みもっと色々できたなぁと思っているだけだ」

「……そうですか。じゃあこう尋ねればいいですかねぇ」

 

 しらばっくれる夜空に、理科は多少の苛立ちを表に出して、夜空に問う。

 

「……お前……誰だ?」

 

 その理科の問いに対して、夜空は笑顔を浮かべて言葉を返す。

 その笑顔には、なにもなかった。ただ空虚に、頬笑みを浮かべているだけ。

 

「私は……三日月夜空だよ」

 

-----------------------

 

 これから始まる。

 私の物語が、これより始まる。

 私は全ての味方になってやる。大切な者たちの、全てになってやる。

 もう失わないために、大切な人達を、失いたくないから。

 失うなら、失うことが決めつけられているとしたら。それは私の幸福でいい。

 私のあり得たであろう青春を犠牲に、理科や、幸村や、小鳩や、柏崎や……。

 小鷹が、笑ってくれるなら。

 

 ――私は、自分の存在そのものでさえ……捨ててやるよ。

 

 

 第一章……完結。

 

-----------------------

 

「三日月夜空……。つまらなくなったものね」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。