新約 僕は友達が少ないIF   作:トッシー00

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第6話です。

「羽瀬川小鷹」視点。


大雨の中で少年と少女は……

 隣人部創部から十日経った。

 外は雨が降っている。それも大雨だ。

 

 そんな中で、俺は与えられた部室で一人たたずんでいる。

 一方でもう一人は、言葉にならない感情をぶちまけて、このひどい雨が降りしきる外へと走っていった。

 

 どうしてだ。俺は何をやっているんだ。

 今、俺は……何をやっているんだ。

 

 人と人との因果なんて、俺には遠すぎてよくわからない。

 ただ俺がそのことで悩むことといえば、どうして"俺なんだ"……ということだ。

 

 ――どうしてこの場にいるのが、俺なのか……。

 

-----------------------

 

 隣人部創部一日目の放課後。

 俺はこの度隣人部の部長に就任した三日月夜空に連れられ、昨日話し合いをした談話室4へと移動した。

 どうやらこの部屋が俺たちの部室になるようだ。

 言っちゃなんだが、まだ詳細も聞かされていない謎の部活に対し、このような立派な部屋が与えられるというのは少しばかり重荷だ。

 テレビもあってトイレやシャワールーム。ぶっちゃけ人が住めてしまうほどだ。

 談話室4の扉を開けると、そこにはケイト先生が座っていた。

 

「やっほっほー。なるべくお急ぎでたのむよ。こっちは仕事で忙しいし、コーヒーが冷めてしまったじゃないか」

 

 相変わらず軽いノリで俺たちを出迎えるケイト先生。

 言った通りなのか、テーブルには冷めたコーヒーが2カップ置いてある。

 

「んで? 私たちに言いたい事ってなんだ?」

 

 そう夜空がケイト先生に質問。

 部活を作るにあたって、とりあえずケイト先生が顧問をやることになったわけだが。

 確かに部活である以上、顧問から何かを言い渡されるのは当たり前だろうか。

 

「な~に。まずは隣人部創部おめでとう。と、浮かれてばかりはいられない。さっそく顧問から課題を出してやろうと思ったわけだよ」

「課題だと?」

 

 ケイト先生がそう言うと、夜空の表情が少しばかり濁った。

 まさかとは思うがこの女、課題なしで好き勝手できるとでも思っていたのか。

 いくら部活とはいえ部長の判断だけで活動を執行できるわけがないだろ。

 もしそれができるなら、野球部は毎日部室に籠って麻雀やってるよ。

 

「むむ……。それで、いったい課題とはなんだ?」

「その前に、まず記念すべき最初の部員に部活の信念とやらを伝える必要があるだろう。隣人部という名称だけで何をするかわかる人間なんていないよ」

 

 そう、俺が今にも疑問に思っていた所を的確についてくるケイト先生。

 さすがはやり手だ。夜空みたいな捻くれた生徒相手にも臆することなく教師を全うするその姿、信頼できるなぁ~。

 

「……それもそうだな。せっかくだ、隅から隅まで説明してやろう。目ん玉見開いて良く見ろよ小鷹」

「あぁ……」

 

 そう夜空が言うと、俺はごくりと唾を飲み込んだ。

 一体なにをやらさ……もとい、なにをするんだこの部活だ。

 すると、夜空は口で語るより先に、一枚の絵の描かれた紙を取り出した。

 そしてそれを、俺の目の前に提示する。

 

「……なんじゃこれ?」

 

 それを見た俺の最初の一言がこれ。

 その絵、なにやら山の頂上で人らしき生き物……これふなっしー?、そいつが生きているおにぎり? みたいなやつを食べようとしている光景。

 今にもおにぎり(仮)が助けを求めているような、シュールだが残酷さが滲み出るような絵だった。

 そして、その絵の上にずらずらと長ったらしい言葉が書いている。

 

「わかったか? 小鷹ならこの絵と文章の意図が伝わるはずだ」

「なるほどね、一日一回俺がお前の指示で生徒一人をカツアゲしろと」

「おい」

 

 俺が半分冗談半分本気でそう答えると、夜空が鋭いチョップを俺にお見舞いした。

 だってこの光景、怖い奴が怯えてるやつ襲ってるにしか見えねえじゃねえか。俺の印象丸っきり再現してんじゃねえか。

 俺も認めたくありませんよ。けど人様から見た俺ってこういうイメージなんだろ?

 

「じゃあなんだよ……」

「いいから、絵はどうでもいいから。その上の文章読んでみろ」

 

 文章?

 夜空に言われた通り、俺は文章の方に目をやる。

 文章は以下の通り、こう書かれている。

 

 

 とにかく臨機応変に隣人

 とも善き関係を築くべく

 からだと心を健全に鍛え

 たびだちのその日まで、

 共に想い募らせ励まし合い

 皆の信望を集める人間になろう

 

「とにかく……心を……鍛え……その日まで……皆の。んだよ時間制限付きか? ノルマとか破ったら罰金か?」

「貴様いい加減にしないと本気で怒るぞ……」

 

 そう体をぴくぴく震わせている夜空。怒るぞってもう怒ってんじゃねぇかよ。

 てか俺もそうやって自虐するあたり、やっぱり心のどこかでもう諦めてるのかな。

 

「飛ばして読むな。それに、その文章の真の意図がお前にはわからないのか?」

「意図? ただそれらしいことを長ったらしく書いているだけじゃねえか。結局なにをやるんだよ?」

「まったく。それを斜めに読んでみろ」

 

 斜め?

 俺は夜空の言う通りに、その文章を斜めに読んでみる。

 

「ともだち……募集? んっんー、それで?」

 

 俺は率直に斜めに読んでみて、それでもよくわからなかったためそう聞き返すと。

 

「そうだ。それ以上でも以下でもない」

「……つまり、この部活は友愛会か何かか?」

「なんでそっちの方面にネタを持っていこうとするのだ!!」

 

 そう夜空はぷんすか怒っている。

 どうやらこれはそのままの意味で、隣人部とは文字通り。

 友達を作る部活……なのである。

 ……なるほど、友達を作る部活だ。

 そっかー。友達作りか。それを部活でやっちゃうわけですなー。

 

「夜空。お前やる時はやるんだな」

「絶対今お前私を馬鹿にしただろ」

 

 そう素直に言う俺だが、夜空は気に食わない顔で返す。

 ということで部活についての詳細は分かった。これだけわかれば問題ないだろう。

 

「理解してくれたかな小鷹くん?」

「あぁ、友達作り。全国目指してがんばるぜ」

「意気込みや良し。そこで私からの最初の課題だ。耳かっぽじって良く聞きたまえよ」

 

 そうケイトは、まるでクイズ番組で正解を発表するような時のように、妙に間を溜め始めた。

 その瞬間ばかりは、夜空も何を言われるのだろうとひやひやしている。

 ひやひやというか、夜空の表情からは苦みを感じる。

 まるで、ケイト先生に余計なことをするなと言わんばかりに。

 

「え~隣人部諸君、今日から二週間以内に三人目の部員を探し部活に勧誘すること。もし二週間後までに入部希望者がいなかった場合、この部活は廃部ということで」

「!?」

 

 そう、ケイトはきっぱりと口にした。

 俺たちへの課題。それは隣人部の部員数を三人にするというものだった。

 友達の少ない俺たちへの配慮なのか、五人とかではなく三人と、最初にしては軽めの課題だった。

 

「実の所この学校の部活の最低人数は三人なんだ。だからどうにしろこうにしろ、後一人は必要なのよ。それに友達百人作ろう見たいなノルマ掲げているなら、いずれは全生徒を部員にするくらいやってもらわないとね」

「なるほどね。たった一人、とは言えど……。今の俺たちには難しい課題かもしれないな。な、夜空……」

 

 と、俺は夜空の方に目をやる。

 その時の夜空の顔が、なんというか予想以上に、ダメージを受けているかのような表情だった。

 そんなにこの課題が難しかったのか。いやいやいくら俺らがぼっち同盟だったとしても、たった一人部活に勧誘するくらい簡単だろ。

 なのに、どうして……そんなにお前は、そんなにも苦々しい表情なんだ。

 なんだ? 何か気に食わないことでもあるのか?

 

「小鷹くんはやる気だとして。よーぞらくん、どしたね?」

「後一人をこの部活に……か。べ、別に二週間なんて短くなくても、一ヶ月くらいでいいんじゃないか?」

 

 そう、誤魔化しと焦りが混じり合うような声で夜空は言う。

 どうした? まさか本当に自信がないのか?

 

「おいおい夜空。たかが一人だろ? そんな一ヶ月もいらな……」

 

 俺がそう声をかけると、夜空はキッと俺の顔を睨みつけた。

 思わず怯んじまった。いったいなんだってんだよ……。

 

「小鷹は黙っていろ。これは私の……くっ」

 

 そう言い終わると、夜空は半分諦めたかのように、扉の方へと足を運ぶ。

 そして去り際、俺たちに向かってこう言い残した。

 

「……後一人くらい、すぐ見つけてやる」

 

 そう言って、夜空は部室から去って言った。

 残された俺とケイト先生。

 そうやって単独行動か、まったく……どうにもついていけないな。

 

「なんか気にいらなさそうだったな、どうしたんだ?」

「さあ、わたしにはわからんよ。その真意を知るのは彼女だけってね。ただ……」

 

 ケイト先生はそうぼやくように言った後、俺の方を見やる。

 そして俺の肩を叩き、俺の心に付きつけるように、こう言った。

 

「ただどこか、彼女の真意には……君がいるような気がするんだよねぇ~」

「え? 俺? そんなわけないでしょ。俺は巻き込まれただけですよ。あいつは俺の事をただの同類としか思ってないんだよ」

「あはは、その方が……君にとって"都合がいい"のかな?」

 

 そう、意味深な一言を告げた後、ケイト先生も部室から去って言った。

 

-----------------------

 

 翌日の放課後。

 

「隣人部の部員を募集してます~。あと一人です。よろしくお願いしま~す」

 

 俺たちはさっそく次の日から、学校の校門前で捜索したチラシを配り部活の宣伝を始めた。

 ちなみにチラシというのは、先日のあの残酷な絵が描かれたあの紙だ。

 一方で他の生徒達はそのチラシを何の文句も言わずに素直に受け取ってくれている。

 ……受け取ってくれているというよりは、俺の顔色を伺って受け取らざるを得ない感じになっているというか。

 これ受け取って笑顔振りまかないと羽瀬川小鷹に殺されちゃうよみたいな、なんかそんな感じにも思えてきた。

 

「隣人部入りませんか? 俺と友達になってくださ~い」

「と……友達ですか? あの、週にいくらくらい払えば許してもらえますか?」

「い、いやそんなんじゃなくて……」

 

 案の定、後半にはそのようなことが言葉として俺に突き刺さる。

 誤解という弓矢。これほど痛いものだとは、痛すぎる。

 って、俺が痛い思いをしている最中あれだが……。

 

「部長~? なんで椅子にふんぞり返ってるんだよ?」

「んあ~」

 

 等の部活の代表さんは、最初からこの調子だ。

 部活を作っておいて課題を全くこなそうとしない、全部俺に丸投げ。

 てめぇなんのためにこの部活思いついたんだよ、して作ったんだよ。友達欲しいんじゃなかったのか?

 

「部長が宣伝しなきゃ入るやつも入らないだろうが。てかお前容姿だけは完璧なんだから少しは自分の強みを生かして宣伝しろよ」

「くだらん。というか貴様たまに傷つくことを言うな。容姿だけだと? 私は容姿も頭も完璧だ」

「へぇへぇ~。わかりましたよわるうございましたよ。でもよ、こういう見せる所で見せてこそ、リーダーの器が満たされるってもんだろうが」

「とは言ってもだな……私には、お前さえ居てくれれば……」

「くだらねぇこと言ってないでよ。所詮俺とお前は"友達ができるまでの利害関係"でしかないんだからよ、お互いに真の友達を作ろうや」

「!?」

 

 俺が冷めた口調でそう言うと、夜空がほんの少しだけ、激情を露わにしたような気がした。

 ……しまった。少し怒っていたのかむきになりすぎたか。ひょっとしたら多少は、この女も傷ついたのかもしれない。

 利害関係か……。例えが悪すぎたか、でも……この女からしたらそうでしかないんだろうよ。

 俺も思いたくないけどよ、お前のその態度見てたら……嫌でも思わざるを得ないだろ。

 こんな……誰も信じたくないみたいな面見せられたらよ……。

 

「……帰る」

「お、おい! 本当に部活どうなってもいいのか?」

「……知るか」

 

 そう言い残して、夜空は夕日が暮れる中を帰っていく。

 なんだよそれ。洒落にならねぇよ。どうしてお前はそうなんだよ。

 くっそ。俺はなんのためにここまで頑張ってるんだよ。なんで、俺が……。

 片づけでもするか、まぁ後一週間以上はある。その中であいつも、少しは考えを変えてくれるはずだ。

 

「あっ……」

 

 と、チラシが一枚風に飛ばされてしまった。

 一枚くらいならどうってことない気がするが、資源は大切にとも言うし。

 風に煽られる中、俺はそのチラシを追う。

 すると、奥にいた誰かがチラシを拾ってくれた。

 

「あ、ごめん。拾ってくれてありがとう」

 

 俺はその奥にいる人物に対して礼を言う。

 その人物は、なんともまた、綺麗という言葉が似合う格好をしていた。

 俺とは違う本物の、美しい金髪だ。

 目は青色。外人を思わせるような人形のような美少女。

 左側の髪に付けている蝶のアクセサリーが、その用紙をさらに見栄え良くしている。そんな気がした。

 見た限り全員の注目を浴びるような、そんな気がした。

 

「あ、あの……それ……」

「……」

 

 俺がチラシを指さすと、少女は何も言わずにそれを俺によこした。

 そして表情を一つ変えずに、その場から去っていった。

 やっぱり怖がられたのかな、表情には出していなかったけど、俺みたいなのと関わりたくなさそうな顔してたし。

 

「……帰るか」

 

 俺はそう呟いて、その日の勧誘はこれ以上行わなかった。

 

-----------------------

 

 その後も毎日、休みの日を除いて俺たち隣人部は部員の勧誘に精を出した。

 生徒会の許可を貰って掲示板にチラシを張ったり、休み時間や放課後に必死に声かけしたり。

 あぁ頑張った。やれるだけやったよ。"俺だけ"がね。

 

 気がつけば、十日ほど経っていた。

 その日の放課後は部室に来ていた。外は大雨が降っている。

 この雨では校門での宣伝はできない。なら学校内に残っている生徒を中心に宣伝するしかない。

 だが、やっぱりこのままでは、宣伝は俺だけで行うことになる。

 今日ばかりは、俺も等々限界が来ていた。

 

「なぁ部長さんよ」

「なんだ小鷹」

「なんだじゃねぇよ。そろそろいい加減にしろよお前」

 

 いつもはこの女が主導権を握っていたが、今日ばかりは好きにはやらせない。

 勝手気ままに俺を巻き込んで、こんなことまでやらせやがって。

 そりゃ俺だってこの部活のままに、友達を作りたいと思ったよ。

 友達作れるかなって願ったよ。だけど、結局全部……。

 

「お前、なんのためにこの部活作ったんだよ?」

「なんのって、友達を作るためだ」

「じゃあなんでもうすぐ部活が潰れるってのにそんな余裕ぶってんだよ……」

 

 俺がそう尋ねると、夜空は言葉を返さない。

 それが俺には、おちょくられているようにも感じた。

 だからこそ俺は、らしくない言葉を夜空に浴びせる。

 

「……あ~あ。なんだよ一体。可愛い女の子と楽しく部活をエンジョイできるかと思ったらよ、やっぱりお前は最低だよ。少しでも信じた俺が馬鹿だったよ」

「…………」

「言っておくけどよ、俺はお前の駒でも部下でもない。最も、お前だって俺の事をその程度としか思ってないんだろうがな」

「…………」

 

 ……そろそろやめろと、俺は自分自身を止めようとする。

 だけどどうしてだろうな、ここで引きたくないって、引いたら嫌だって、そう思う俺がそれを勝る。

 そしてなんでだろう。目の前にいる冷めた女が、少しだけ悲しそうに体を震わせてるって思うのは。

 

「転校してきたぼっちの不良に目を付けてよ、同類扱いしてんじゃねぇよ。俺はお前とは違う、俺は……本当に信じれる友達を作るつもりだ」

「…………」

「一人でなんでもできる気になってんじゃねぇ。そうやってお前は、お前を信じてきた誰も彼もを足蹴にしてきたのか? ったく見てられねぇよ」

 

 そう悪口を浴びせた俺を、この瞬間夜空は、とてつもない表情で睨みつけてきた。

 正直怖かった。何が怖かった? 夜空の表情が……じゃない。

 そいつの、顔から滲み出る奥に眠る……なんかよくわからない。

 けどすごい重たいような、その重い何かが……怖いと感じた。

 

「ひょっとしてお前、俺を誰かと重ねて見てたりすんのか? 俺はお前にとって、誰かの変わりでしかないのか? どうなんだよ言ってみろよ」

「……やめろ」

「やめられるわけねぇだろ。ここまでお前に振りまわされて感謝の一つもないんだからな。この際言わせてもらうがよ、俺は……"お前が嫌いだよ"」

「!?」

「何たくらんでるか知らないけどよ、なんで俺なんだよ。お前からしたら、"俺じゃなくても"よかったんじゃないのk」

 

 パシンッ!!

 

 その……一瞬だった。

 恐らく俺は、言ってはいけないことを言ってしまったのかもしれない。

 夜空は俺の言葉を遮るかのように、夜空は俺の頬を渾身の力でひっぱたいた。

 ものすごく痛かった。俺は言葉で返すことができなかった。

 ただ敵意のある目で夜空をにらみ返した。だが夜空は引くことはない。

 恐らく今の俺の顔は普通の生徒なら怯んで逃げ出すくらい怖かったはずだ。

 だが夜空の湧き出る感情が、そんな恐怖をも押し返したのだろう。

 

「誰の……誰のために……私は……」

「え?」

「小鷹の馬鹿……お前が……そんなことを言ってしまったら……私……うぅ……」

 

 この時の夜空は、泣いていた。

 まさかと思った。言いすぎたと後悔した。

 まさか泣くとは思わなかった。だけど……なぜ。

 そして、夜空は逃げ出すように、部室から外へと走っていった。

 

-----------------------

 

 外は大雨だ。

 そして、俺は部室で一人たたずんでいる。

 夜空に勝った愉悦感か、いや……どちらかというと彼女への申し訳なさだった。

 大人げなかった。なさけねぇ、あいつだって一人の女の子だったのに。

 ひょっとしたら、心のどこかで友達を求めていたのかもしれない。

 そうだ、よくよく思い返せば俺……あいつのことを何も知らない。

 何も知らないで、あんなことやこんなこと。俺……馬鹿みたいだ。

 

「あーあー泣ーかした。先生~、羽瀬川君が女の子泣かせました~」

「……先生はあなたでしょうが」

 

 後ろから聞こえてきたのは、ケイト先生の声だった。

 どうやら、先ほど泣きながら廊下を走る夜空を目撃したらしい。

 

「んで? なにがあったのさ?」

「あぁ、ちょっと喧嘩しちゃって」

「それで女の子泣かせるまで罵倒り倒しちゃったわけだ。君って見た目だけじゃなくて中身も悪だったんだねぇ」

「勘弁してくださいよ……」

 

 ケイト先生の何気ない言葉攻めに、俺は無気力に答える。

 と、俺の反応を見てなのか、ケイト先生はなんとなく俺の心情を理解してくれたのか、はぁ~とため息をついて椅子に座る。

 

「ま、ここ数日の君達を見せてもらったけど。そりゃああそこまで使い倒されちゃ、優男の君でもぷっつんきちゃったわけだね」

「もうしわけねぇ。本当はここまでやるつもりはなかったんだが……」

「そこはドンマイとしか言いようがない。それとも……小鷹君は知らず知らずのうちに夜空の触れちゃいけないところに触れてしまったのかもしれないね」

「……」

 

 そうケイト先生は冷静に分析する。

 やっぱりそんなところなのか、今までどんだけ嫌味を言っても気にもしなかったあいつが、あそこまで感情を露わにした所を見る限りは。

 思い返せばあいつ、ケイト先生にしてもなににしても、俺がどこかに関わった時に表情を歪めていたような。

 前は俺が夜空と利害関係と皮肉った時、そして今回……あいつが一番感情を見せた瞬間。

 

 俺が……あいつを嫌いだと言ってしまった時……か?

 

「あいつ……なんで俺なんだろう……」

「さあ。ひょっとして知り合いかなにか?」

「いや、俺にあんな女の知り合いはいないよ。この学校で初めて会った」

「そっかい」

 

 そうだよな。俺と三日月夜空はこの学校で初めて会った。

 なのに、あいつは俺に目をつけ、俺に執着している。

 俺の事が好きなのか、そううぬぼれる俺じゃない。

 やっぱり同類扱いされているだけなのか、いや……それにしても……なにか……。

 

「ま、だが人と人との因果なんてものは、計り知れないものと言うからね」

「因果……ね……」

「別に昔がどうとか過去がどうとか関係なしに、この時この瞬間で出会いがあったのなら、それは偶然……あるいは必然という物なのだろう」

 

 そう……なのかな。

 ケイト先生の言う通り、そんなもんなのかな……。

 

「前にも聞いたよね。今の自分が困っている誰かを助けることができるとしたら……その誰かを助けるために努力できる? って」

「確かに……言ってましたね」

「それは、彼女を救える人間が君しかいないかもしれないってことだよ。君にしか救えない人間がいる。その事実を目の前にした時、君はそうやって好き勝手御託並べて、自分じゃなくてもいいだなんて言ってしまっていいのかな?」

「俺じゃなければ……救えない……か」

「人と人とが関係を持つことで生きている世界だ。その関係が時には善と悪に別れるけども、わたしたちは生きている。一人だけではない、誰かと共に……ね」

「…………」

「君みたいな不良もどきのぼっち転校生でも、因果というものがある限りは……誰かを救えると思うよ」

 

 そうケイト先生が語り終わると、俺に安いビニール傘を手渡す。

 

「彼女の事だ。大雨なんて関係なく外に飛び出したかもしれない。風邪をひくと大変だから、さっさと迎えに行ってやるといい」

「……わかった」

 

 俺はそのビニール傘をもらい、すぐさま外へと向かう。

 もし、ケイト先生の言う通り、俺と夜空に因果というものがあるというなら。

 もし本当に、三日月夜空を救える人間が、俺しかいないというならば……。

 向き合ってみるのも、悪くないかなって……。

 

-----------------------

 

 学校付近を探してみたが、結局見つからなかった。

 家に帰ったのだろうか、だったらいいんだけど。

 あいつの電話番号とか分からないし、連絡のしようがない。

 ……俺にしか救えない人間か。それはひょっとしたら、あれが最後のチャンスだったのかな。

 きっと明日から、あいつは俺に話しかけてなんて来ないだろう。

 当たり前だろうな。あそこまで言ってしまったんだから。

 もう、関わることもないだろう。きっとあいつは、他の誰かが救ってくれるはずだ。

 もしくは、いつのまにか勝手に救われるはずだ。

 

 もう……俺には関係ない……はずだ。

 関係ない、はずなのに……。

 

「…………」

 

 ……なんでだろうな。

 もう関係ないって、思ったばっかりなのに。

 たまたま通った地元付近の公園で、それを発見してしまった。

 降りしきる大雨の中、たそがれる三日月夜空の姿を。

 雨の中だというのに、微動だにしない夜空の姿を。

 

「……お前、なにやってんだよ」

「……」

 

 俺はすぐさま彼女の近くへとかけよる。

 制服はびしょ濡れ、今にも風邪をひくかもしれないくらい、身体が冷たい。

 どうしてこうなるまで、こんなところで黙っていられるかな。

 やっぱり、見てられねぇよ。

 

「……なんの用だ?」

「用? んなの決まってるだろ」

 

 俺は決め台詞のようにそう言って、夜空に傘をかける。

 

「"大事な部員仲間"を、心配してここまで来たんだよ」

 

 ちょっとかっこつけちまったかな、中学生くらいまでなら言ってもいい台詞だったかもしれない。

 だがやっちまったもんはしかたない、最も、こいつが許してくれる保証はないが。

 今さら仲間とは、俺も都合が良すぎだ。

 さきほどのビンタ一発に加え、腹でも殴られるんじゃないかな。

 

「……仲間?」

「その、悪かったよ。言いすぎたごめん。後四日でなんとかもう一人部員増やすから、約束すっからさ。その……許してくれよ」

「……」

 

 俺がそう言うと、夜空はうっすらと笑って返した。

 その言葉には力が無い。

 どこか諦めた。だけど、どこか諦めきれていない。

 何かに安心したような、そんな気持ちが籠ったような、空を切るような笑いだった。

 

「はは、ははは。本当にこのバカは……そうじゃ……ないのに」

「え?」

「……仕方ない……許してやる」

 

 そう言うと、夜空は立ちあがる。

 なんやかんやで、許してもらえた。

 これはひょっとしたら、まだ始まりでしかないのかもしれない。

 俺とこいつの――三日月夜空の青春滑稽劇の、始まりでしか。

 

「その、家まで送っていくよ。なんなら俺への罰だって言うなら、傘だけお前にやってもいいし」

「……ああ、ならそうしよう。お前傘なしで帰れ」

「ひでぇ……」

 

 そう夜空は非常にも俺にそう告げた。

 この野郎、さっきちょっとしょぼくれたとことか可愛いなと思ったのに。

 

「わかったよ。また明日な」

「……」

 

 そう、俺が夜空の元から去ろうとした時。

 気のせいか、夜空が俺の制服の裾を引っ張って、俺が帰るのを止めたような気がした。

 気がした。じゃない……。まるで怯えた子猫のように、裾を引っ張って、怯えたように縮こまっている。

 更に気のせいか、夜空が啜り泣いているような気がした。やっぱり……よくわからないやつだ。

 

 俺にとって三日月夜空は、よくわからないやつだ。

 

 容姿も頭も完璧。なのに、大きなものが欠けている。

 

 俺にとって……よくわからないやつ。

 

 そして……俺にしか救えないやつ。

 

 この時この瞬間、俺はたくさんのことが頭をよぎった。

 俺の因果。俺の過去。俺のこの先、何が起こるかの不安や様々。

 

 大雨が降る中で、佇む俺と怯える夜空。

 

 そんな俺と夜空の隣人部。先にあるのは……。

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