※『三日月夜空』視点。
翌週。
ケイトの出した課題の最終日。
この日までに部員を一人入れないと、隣人部の創部が撤回されてしまう。
つまり、始まったばかりの私の青春が、早くも終わってしまうということだ。
今日中にもう一人、必死になって見つけなければならない。……というのに。
「え~。羽瀬川くんは風邪をひいてお休みです」
朝、担任の先生がそう説明して朝礼を進めた。
小鷹が風邪をひいて休んだ。風邪をひいた理由は、そんなの決まっている。
あの大雨の中傘無しで帰ったからだろう。私の嫌味な冗談を鵜呑みにして。
対して私はなんだ。意地張って雨の中逃げ出してピンピンしている。馬鹿じゃないのか……。
何もできなかったくせに。思い通りに行かないからって自暴自棄になっていたくせに。
それで全部あいつにあたって。そのざまがこれか。
罰を受けるべきは私のはずだ。いや……今の現状が私にとっての罰なのか。
だとしたら、それを受け入れるべきか。受け入れて……全てを諦めるべきか……。
「あのヤンキー、風邪ひいて倒れてんのか……」
「関係ないでしょ。むしろ平和だし、もうちょっと風邪ひいててくんないかな~」
「お前それ本人の前で言ってみろよ。お前が言ってたってことチクってやるからな」
「や、やめろよ今のなし!」
「冗談だよ。俺だってあんな怖い奴に近づきたくないしな~」
……とか、なんとか色々聞こえてくる。
何も知らないくせに。あいつのことを何も知らないくせに。
見た目だけで、風貌だけ見て。ただあいつを悪い奴だと認識して。
そうやって気のいい奴だけで集まり群がり、虫唾が走る。
お前らのそれは友達同士って言わないんだ。そのお前らこそが……利害関係って奴だ。
気が合わなくなったら縁を切り、都合のいい時に仲直りして。
優しくて人当たりのいい人ほど……誰かから何かを奪っていくんだ。
情けない奴ほど、都合のいい方へと逃げていくんだ。
あの女が……私の家庭をめちゃくちゃにしたように……。
あの男が……私と母を捨てて逃げだしたように。
私は……そんなやつにはなりたくないんだ。
私は……本物の友達を作って見せるんだ……。
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昼休み。
私はケイトのいる教会へと足を運んだ。
そこでまるで、私を待っていたかのようにケイトが椅子に座って待っていた。
「来ると思ったよ……」
「ぐっ……」
正直行くかどうかは迷った。
行けばまたこの女は、そうやって私を観察して楽しむからだ。
このシスターは食えない。常に笑顔を光らせて、優しさを前面に押し出して。
だけどやっぱり信じられない。それは私の被害妄想が激しいからじゃない。
高山ケイトは……どこかで人間を"嫌っている"から。そんな気がするからだ……。
「三人目の部員。今日までに集めないと廃部ってこと……理解してるね?」
「……あぁ」
「言っておくけど相方がいないからと延長はしないよ。その相方に全部まかせっきりで疲労させて、こうなったのは全部あなたのせいだ。だから私は同情しない」
そう、いつも以上にどこか、厳しく私を責めるように言うケイト。
そのどこかには静かな怒りすら感じられる。
きっとここ二週間の動きは全部見られていたのだろう。その光景にどれほど失望したことだろう。
この女は去年の秋から私を観察し、執拗以上に迫ってきた。
それは、落ちぶれた私がどれだけこの学園で這いあがれるかを見たかったからだろう。そしてこいつの思惑通りに私は行動し始めた。
だが結果はこれだ。だから今、ケイトは私に失望しているのだ。
「話はそれだけか?」
「ん? それだけだけど?」
「ならば失礼する。一秒でも無駄にはできないんでな……」
「おや? 諦めないんだね」
そうわざとらしく、嫌味ったらしく言ってくるケイト。
その彼女の対応に、私は感情を露わにしなかった。
当然だ。そこで私に言い返す資格がどこにある。
こんな無様な私が、感情に身を任せてはますます滑稽になるだけだ。
だからこそ私に今できるのは、こんな私のために頑張ってくれたあいつのために。
最後の最後まで、抗うことだけだ。
「諦めたら……あいつに顔向けできない」
「それは良いことだ。ご武運を……祈っているよ」
そう、静かに笑いながら願うケイト。
その願いの中に、嘘はどれだけ混じっているのだろうか。
やっぱり……この女は食えない。
昼休みはまだ少しある。
放課後では間に合わないだろう。少しでもこの時間で手ごたえを与えておくんだ。
あいつの場合は評判と人相でダメダメだったが、私ならなんとかできるはずだ。
……いや、どうだろうか。容姿は整っていても一年と数ヶ月空気同然だったぼっち女が、急に出しゃばったところで誰が食いついてくれる。
都合が良すぎるんじゃないか。そんな態度を一変させて近づいて、誰が私の味方をしてくれる。
ならばなりふり構わず人に声をかけるのは駄目だ。多分私の精神がもたない。
だから知っている奴に的を絞ろう。私が一年と数ヶ月、少しでも長く関わった人間と言えば……。
……。
………。
――いねえじゃん!!
誰だよ私と仲良くしてくれた奴! 私がいつ一緒に勉強したり弁当食べたりカラオケ行ったり永谷に買い物行ったりしたよ!
記憶にございまっせんったらございませんっ! 結論的に顔見知り一人さえいないよ! ケイトと小鷹除いたらね!!
一時的に手を貸してくれと頼むこともできない。いったいどうすれば、どうすれば効率よく三人目見つけられるんだ。
誰か、口車に乗せられそうな弱そうな奴いないか。そうだ私は口が達者なんだ。だから上手く騙して丸めこんでしまえば……。
「……楠……幸村」
突如私の口から出た名前がそれだった。
印象が大きくて弱そうな奴。あのオカマならうまく丸めこめるかもしれない。
いや、きっと頼まれたら断れなさそうな奴だ。元々友達いなさそうな奴だし、あいつなら短期決戦で丸めこめる。
そうとなったら早速幸村のいる教室へ乗り込もう。いや~人って追い詰められた時こそ考えが浮かぶ物だね。
「一年一組の五時間目は科学か。だったら科学室にいるはず……」
私はそこらにいた適当な先生から一年の情報を聞きだし、科学室へと向かった。
科学室か、そういえば隣にはあの理科室がいたな。
理科室。あの哀れな科学者気取った女が住んでる教室だったな。確か名前は志熊理科……。
あの女がいる場所を通り過ぎるだけでも寒気がするくらいだが、今は我慢しないとな。
隣人部の首さえ繋がれば、もうあんなクソメガネと関わることもなくなる。一生な。
そんなことを思いながら、特別教室棟の廊下を進んで行き、科学室の近くへと差し掛かったその時。
どがしゃーーーん!
「なんだ!?」
突如、小さな爆発音が聞こえた。
何かが爆発したような音。そして漂ってくる危ない匂い。
なんだ、なにが起きた。私はあたりを見渡す。
そしてその原因となる教室を見つけた。それが……理科室。
あの女がいる理科室。爆発はそこからした。
「なにが起こったのだ? いったい常日頃なにしてるんだあのクソメガネは……」
つい気になってしまったが、私には関係ないことだ。
そうだ、関係ないことだ。私は幸村に用があって科学室へと向かっているのだ。
理科室には用はない。だから私には……関係ない。
関係……。
「ははは。自分が起こした不始末くらい自分でかたつけられるだろう。なにせあいつは社会人らしいしな……」
そうやって自分に言い聞かす私。
だけどなぜだろう。言っている事と考えている事が一致しない。
言葉ではそう言っているのに、考えている事は……『このまま誰も来なかったらどうなるのか』、『発見が遅れたらどうなるのか』ってことだ。
なんでそう考える? どうして? 関係ないのに、私にはあいつを助ける義理はないのに。
なのになぜ私はあいつの心配をしているんだ。あいつは私にあれだけのことを言った奴だ。助けるどころか話すことすらないのに。
……いや違う。間違っているぞ私。
助ける義理が無い? 話すことすらない相手?
そんなの関係ないだろう。今この現状で私が事件の第一発見者で、助けられるのが私しかいない、そうじゃないのか。
そこで見て見ぬふりをしたら、私がクズのように思っていたそこらのやつと一緒になる。そうじゃないのか。
だったら、答えは一つだ。そうだ、一つしかない……。
「くそっ!!」
私は走った。科学室ではなく理科室にだ。
理科室の扉を思いっきり空けると、そこからはやばい匂いが漂ってきた。
私はすぐさま口と鼻を押さえ、理科室の中に入る。
(志熊……理科……)
そして理科室に入ってすぐ、私は倒れている志熊理科を見つけた。
このクソメガネが! あれだけ啖呵切っておいてどうして人様に迷惑かけてるんだよ!!
私はそういった理不尽な怒りを抑えながら、すぐに理科室の窓を全開にした。
これで危ない匂いが外へ逃げていく。後は、この女を外へ運ばないと……。
だがあいにく私は力自慢の男子生徒ではない。これでもかよわい女の子なんだ。ははは冗談はよせ。
「……もう少し我慢してろ!」
私は理科室から飛び出し、特別教室棟に誰かいないか探しまわった。
「なんか匂わね?」
「てかさっき大きな音してたじゃん」
「なんかあったんじゃないの~」
と、階段の方からなんとも呑気な会話が聞こえてきた。
この腐れ連中が、なんかあったんじゃないの~じゃなくてなんかあったんだよ!!
他人事のように思っている暇があったら少しは私の駒として動け!!
「おいそこの一年!!」
私は声のする方へ向かい、そこにいた一年の男子生徒数名に声をかけた。
焦りで誤魔化しているが、内心赤の他人に声をかけるなんて恥ずかしいことこの上ない。
ましてや今私は人助けをしているのだ。どこぞのヒーロー気取りだ。かっこつけすぎて恥ずかしさ百倍増しだぞ!
こんな時にあの金髪は休みだし。あいつがいるならあいつに頼めば解決するのに。
「は、はい!?」
「俺らですか!?」
「そうだ貴様らだ! あそこで人が倒れている。保健室まで運びたい!!」
そう怒鳴り散らすように一年に向かって言うと、男子どもは乗り気で十人ほど私についてきた。
そんなにいらないんだが、まぁこの際文句は言っていられない。
そして理科室へとそいつらを誘導し、最低限の注意をしてそいつらに理科を運ばせた。
「こんな子、学校にいたっけ?」
「この際どうだっていいでしょ、困っているならお互い様ってね」
男子どもはそんなことを言いながら一致団結していた。
その会話の中に、どれだけの偽善が紛れ込んでいるのだろうな。
人を助けることをかっこいいと思って、感謝されることを望んでいる。
そう考えて蔑みたいが、助けてもらったのだ。今日だけは……私もポジティブにならせてもらう。
「……あっ」
保健室へ向かう途中、偶然幸村とすれ違った。
部活に誘わなくては、だが今、理科を保健室に運ぶ方が重要だ。
くそ、お前のせいだぞ……クソメガネ。
「どうやら気絶しているだけみたい、でも発見が遅れていたら危なかったわね」
「そうですか……」
保健室につくなり、保険の教師が理科を容体を見る。
大事にはいたっておらず、休めば治るとのこと。
「発見したのは三日月さん?」
「あ、あぁ……」
そう保険の教師は、私に向かってほほ笑んだ。
やめてくれ、近くには無関係な一年もいるのに。
「ありがとう。意外と優しいのね」
「むっ……」
そう私を評価する教師。
隣にいた一年どもも、知らぬ間に私の事を尊敬の目で見ている。
こんな視線、私は欲しくない。
「……授業が始まるので、失礼します」
「そう、ありがとう」
去り際、教師がそこに寝てる理科の変わりに感謝を述べた。
感謝か、まったく……あなたのような純粋な人の感謝ほど……心に障る。
それを温かく感じればいいのか、当たり前のように強がればいいのか。
わからないから……困る。
「……一年、迷惑をかけた。授業に遅れるから……もう行った方がいい…ぞ」
「は、はい!」
最後の最後で緊張がほぐれたか。
またいつもの私に戻ってしまった。人に話しかける際につい気持ち悪くなってしまう。
だがどうにか自我は保てたな、うん……今日の私は百点満点だ。
しかし……部員の募集は……放課後におあずけとなってしまった。
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そして放課後。
ほとんどの生徒が下校する中、私は三人目を見つけなければならない。
私は隣人部の部室にポスターや入部届けを取りに行った。
「……小鷹。私にできるだろうか、もう一人の部員を見つけることが」
つい、そこにいないあいつに対して弱音を吐いてしまった。
この二週間、あいつ頼りだったからな。あいつ、私と違って人と関わるのは得意そうだから。
私は口が達者だが口下手なんだ。虚構ばかりが口から出て、本心が出てこないんだ。
本当は三人目なんて欲しくない。あいつと二人だけがいい。
そう思っているから、その口から出てくる言葉がどれも軽くて、空を切るんだ。
そんな私の思いの無い言葉で、本当に友達を必要としてくれる人なんて……。
「……考えていても……仕方ないから」
そう覚悟を決め、部室から出ようとしたその時。
コンッコンッ!
突如、部室のドアが鳴った。
誰だ? まさかケイト……私を笑いに来たのか。
だが時間は無駄にできない。さっさとあしらって部員を探しに行かないと。
がちゃり……。
そう、私は扉を開けた。
そこにいたのは……ケイトではなかった。
そこには、予想できなさそうで、どこか来るような気がしていたような奴がいた。
昼休み、私が助けた憎いやつ――志熊理科だった。
「ちゃーっす」
そう棒読み風に私に軽く挨拶してきた理科。
いったい何の用だ。ケイトの方がまだ良かったかもしれない。
そう悪いものを見るような私ではあるが……何を安堵している。
こいつが無事だったことにどこか安心をおぼえる自分がいる。今日の私は何かがおかしい。
「……なんだ?」
「おいおいお客様にたいしてなんだはないだろうが。礼儀がなってないんじゃないのかクソ先輩さまよ~」
いきなり強気に、そして偉そうにズカズカと部室の中に入ってくる理科。
そしてどしんとソファーに座って、ごほんごほんと咳をし……少しの間の後。
「ごほんっ! えーあーマイクのテスト中、マイクのテスト中~」
「……」
「え~。あぁいきなり無礼を失礼しました。三日月夜空先輩☆」
こういう風に反回転するように、急に礼儀正しい後輩キャラになる理科。
なんだ? なつっこい可愛げ満載な後輩でも気取っているつもりか? 逆にムカつくからやめてくれないかな……。
「……いったいなんのようだ?」
「何の用と言われますと。そうですねぇ、あなたはなんの用なら納得行くんですかねぇ~」
「……」
「この場合は率直に申しましょう。お昼の件は本当に、ほんっとうにありがとうございました!」
そう理科は深々と、というか土下座で私に感謝をしてきた。
やりすぎてどこか嫌味に感じる。考えすぎか、いやこいつはわざとやってるだろうな。
「……そうか、なら帰れ。私は忙しいんだ」
「あらそうでしたかそれは失礼。ですがどうしても一言お礼を言いたくてですねぇ~」
「貴様からのお礼なんていらん。私は感謝されたくて貴様を助けたんじゃない」
「まったく~。そういう所が気にくわねぇんだよこの根暗女が……」
私の反応に対して、またも理科は"素の状態"に戻る。
私としては、変に礼儀正しいキャラ作りよりこっちの方が聞いててせいせいするのだが。
そんな理科はまたもやキャラを作り替え、私に質問してきた。
「ちなみに一応お聞きしますが。忙しいとは何用で?」
「私が立ちあげた部活の部員募集だ。今日中に三人目を加えないと廃部になるのだ。貴様のように一人で日夜研究している奴には、そんなものいらないんだろうけどな」
そう私は理科に対して強がる。
貴様のように一人で……よく言うよ。つい最近まで私もこいつの同類だったのに。
大切な人がこの街に帰ってきたことで前進したのだろうか、あぁそうだ。それは大事な一歩前進なんだよ。
私とお前は今ここで異なる運命なんだよ。志熊理科。
「そうですかぁ~。それはお邪魔してしまい申し訳ありませんでした。そんな中悪いんですが、もう一つ用件があったんですよ。あぁ別にあなたに意地悪したくてすぐさま用件作ったわけじゃありませんからね~」
理科は説明口調で長々と言った。
ああだろうとこうだろうと関係ない。頼むから私の前から消えてくれ。
「……なんだ?」
「その、助けてもらったお礼といってはなんですが……あなたの願いを一つだけ、"なんでも"かなえてあげましょう」
……は?
こいつ、何言ってるんだ?
急に頭おかしくなったのか?
「何を馬鹿な。さっきも言っただろう、私は感謝してもらいたくて……」
「そうですよねぇ~。けどあなた悩んでますよね。たった今非常に悩んでますよね~」
そう、私を試すように囁いてくる理科。
貴様は、私をバカにしているのか。
これじゃまるで……。
「……なんでもかなえてやるか。だったらそうだな、一千万円ほしいな」
そう私は馬鹿にしたように理科に向けていった。
貴様の思い通りになんて行くか。適当にあしらってさっさと部員集めを。
「一千万円ですかぁ~。あったかなぁ~」
「……は?」
そう理科は、己のカバンの中に手を突っ込んで、何かを探し始めた。
「あったあった。はいこれ、私の預金の一部ですけど、ざっと一千万は入ってんじゃないですかねぇ~」
そう言って理科は通帳とキャッシュカードをテーブルの上にぽいっと投げた。
まさか、いやそんないくらなんでも冗談は……。
私はすぐさま通帳を開いて確認する。いや、本当は他人の通帳を勝手に見ることはいけないことなんだが……。
開いてみると、そこにはまさかの桁数が。こいつ……マジか?
「えぇと確か暗証番号は……」
「ちょ、ちょっと待て!!」
理科はマジだ。こいつ私の願いをマジで叶えるつもりだ。
別にそんな、本気で言ったわけじゃない。一千万円なんて欲しくない。
というかこいつ、どうしてそんな金持ってるんだ? 家が金持ちなのか。
この女もまた。生まれた時からリア充なのか。くそっ……。
「か、返す。さっきのは本気で言ったわけじゃない……」
「そうなんですかぁ~。ってことは私を甘く見たってことですよね?」
「……すまない」
何を謝ってるんだよ私は、私は何も悪くないだろ!
「それじゃあ何がほしいんですか? あなたの授業を全部免除扱いにでもしてあげますか? 家で寝てても卒業できますよ?」
「……貴様、いったい何者だ?」
「ただそこにいるだけの天才……ですが?」
天才だと? 本気か……でもさっきの金の話といい、こいつの言葉はきっとほとんどが本物だ。
聖クロニカ学園の理科室に住まう天才少女。そんな話聞いたことないが。
「そうですねぇ~。だったら……学園の生徒全員をあなたの思い通りに動くように洗脳してあげてもいいですよ?」
「……やめろ。そろそろ」
理科は本気の目で、本気の笑みで恐ろしいことを言い出した。
いい加減にしろ。そんなことして手に入れた人間関係に……何の意味がある。
「全員とはいかなくても、あなたの"お気に入り"をあなたの思い通りに動くようにでも……」
「やめろ!!」
これ以上は言わせてはならないと、私は声を張って理科の言葉をせき止めた。
その言葉の裏には、あいつがいる。遠回しにこいつ、小鷹の事を触れた。
いくらあいつが鈍感で"気付いていない"からって、無理やりあいつの心を操る……そんなことしたら。
あいつと私の"十年前"が……汚れるだけだ。
「……じゃあいったいなにしてほしいんですか?」
「決まってる。二度と私の前に現れるなこのクソメガネ!!」
「別にそれならそれでもいいんですけど、それマジで言ってます?」
「あぁ本気だ! お前の顔なんて見たくない!」
「……へぇ」
そう理科は、あざ笑うかのような笑みを浮かべて私を見下した。
「わっかりました。余計なお世話でしたねぇ先輩~」
「……二度と現れるな」
「ま、外も暗くなってきた所で、"隣人部の存続"がんばってくださいねぇ~」
「!?」
そう最後に吐き捨てるように、私の頭の中を埋め尽くす問題に干渉してきた理科。
その一瞬だけ、私は弱みを見せてしまった。
瞬間的に理科の方を見た。気付いてくれと、助けてくれと。
そのほんのわずかな私の隙を、理科は見逃さなかった。
そして無言で、迫るように私に近づいて来て……。
「……うだうだ悩んでんじゃねぇよ。どうすんだよてめぇの大事な部活はよぉ~?」
「ぐっ……!」
「素直に僕に言えばいいだろぉ~? 「助けたお礼に隣人部に入れ」ってよ」
「……誰が、そんな無様なこと」
そうだ。私は考えたさ。
そして見つけたさ。隣人部を存続するたった一つの方法。
理科を助けた見返りに、理科を部活に入れてしまえばいいんだ。
だがそんなの、意味ないじゃないか。これではただの利害の一致でしかない。
そんな方法で部員を増やして意味あるのか? って……よく考えろ。
幸村の時はこんなこと思ったか? どうなんだよ三日月夜空。
お前だって幸村騙して隣人部を存続させようとしていたじゃないか、その時点でもう矜持はズタズタなんじゃないのか?
だったら今、こいつに見返り求めたところで……同じじゃないか。
「まぁ別にあんたが自分の意地で僕を突っぱねても僕には関係ない。けどここで意地を捨てないで部員集まりませんでした隣人部は終わりですじゃ、やっぱ"何も変わらない"じゃないかよ」
「何も……変わらない」
「あんた言ったよな? 「失ったのなら取り戻せばいい。壊れたのなら直せばいい。私は取り戻す」って。「このくだらない青春に反逆する」って。あれは嘘か? 強がりか?」
「貴様……志熊理科!!」
「選べよ三日月夜空。これはあんただけの問題じゃない、"あんたの男"もだろ?」
そこでこの女は、小鷹を切りだしてきた。
もうこれでは、私に下がる手立てがない。
「学校に出てきてせっかく頑張った苦労が水の泡でしたじゃ、くだらないバッドエンド以上の駄作だ。それともあんたは、大した努力もしていないのに駄目だったよぉ~って泣きつくのか?」
「…………」
「……だんまりですか」
そう理科は大きくため息をついた。
そして鞄から、一枚の紙切れを提示した。
それは、隣人部の入部届けだった。
「……同情か?」
「違いますよ。これは僕の意思です。僕が僕のままに決めたことです。これなら見返りとかあなたのくだらないプライドとか関係ないでしょ?」
そう、どこか冷めたように言いながら、理科は入部届けにハンコを押した。
そしてそれを、私に無理やり握らせる。
「おめでとうございます先輩。あなたの青春はこれからだ! な~んてね、あひゃひゃひゃひゃ! まっじで腹痛いんですけど~!!」
「…………」
理科は馬鹿にするように私に言う。
それに対し私はどうすればいい? 喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
これは私の努力の結果なのか? 私の成果と言えるのか?
だがどうこの結果に文句を言おうと、結果的に私は……小鷹の意思をかなえたことになる。
『後四日でなんとかもう一人部員増やすから、約束すっからさ』
急に私は、雨の中で言われたその言葉を思い出した。
……そうだな、小鷹。
私の気持ちだけじゃない、お前も私の……隣人部の仲間だもんな。
そして……目の前にこの女も、今……この瞬間から。
「……礼は言わんぞ」
「言われる筋合いもありません、気持ち悪い」
とことん容赦の無い理科。一言一言が苦く引っかかる。
だけど、どうしてなんだろう。
大嫌いなのに、本気で苦手なのに……。なぜかこいつから強いシンパシーを感じるんだ。
それはあの時、助けなきゃいけないと思ったことと何か関係があるんじゃないのか。
どうしてなんだ。どうして私はこの女を……。
嫌いに……なりきれないんだ。
「……さっそく明日から活動を始める。入部したからには……サボるなよ」
「わかってますよ。一応言っておきますけど、情けとか同情とか哀れみとか気まぐれとか、そんなので入部したわけじゃないですから」
「……」
「……初めてだったから。僕が……僕のままでぶつかれた人間は」
最後に小さく呟き、理科は部室から出ていった。
志熊理科か、どうにも……この部活には普通の生徒は寄ってこないらしいな。
小鷹、お前は言ったよな。私がお前を同類扱いして、近づいたって。
それだけは違う。それだけに嘘偽りはない。
私は……私の失ったものを、取り戻したいだけだ。
だから、お前も理科も……けして私の同類なんかじゃない。
立場や形は同じかもしれないが、それぞれが……それぞれの思いを持っているのだから。
こんな私でも、本当の友情っていうのを手に入れたいから。だから……私は……。
――こうして……隣人部は正式に部活として認められた。