ハゲと修羅 作:コテコテ
一時間前 ミッドチルダ とある競技場の選手用通路
「——じゃあ詳しいことは明日話し合いましょう。今日はお疲れ様」
「お疲れ様です。また明日お願いします」
簡単な試合の総括を終えてジルさんと別れる。一緒に出ることが多いけど今日はいつもと事情が違う。私は家族で久しぶりの外食で家に戻らずお店に行く予定。ジルさんも急用が入ったしまったので、こうして私は一人待ちぼうけになってしまった。試合が早く終わったので迎えが来るまでの待ち時間は、約二時間。
「……」
今日の試合は新しい動きを確認するのが目的だった。フットワークの軽い相手にどれだけやれるのか試すプランだ。ところが相手選手の防御があまりに軽くて数発打ち込んだだけでダウンしてしまったのだ。最低限の確認はできたとはいえ、正直期待外れもいいところだった。
「はぁ……」
ずっと楽しみにしていた食事なのに気持ちが上がらない。不完全燃焼、とは違うだろう。悔しかったことはあっても試合で胸が躍ったことはない。ガッカリしたというのがしっくりくる。やりたいことがやれなかった、試したいことが出し切れなかった、いわゆる残念な感じが凄いある。
「……物足りない」
あまりに手持ち無沙汰でポツリと漏らした本音。誰に話す訳でもない呟きは、そのまま空気に溶けて消えてしまうはずだった。
「そりゃあれじゃ物足りないよね」
「ッ!?」
しまった! 人の気配がわからなかったなんて! 声の聞こえた方に素早く身を翻して目に入ったのは、スーツを着こなすおかっぱ頭の男の子だった。
「あなたは……」
見知った顔。知り合い兼ファンの一人だ。名前は確か……………………あれ?
「あっ! また僕の名前忘れてるだろ!」
うっ……見た目の割に感が鋭い。昔からそうだ。一瞬黙っただけでも心の内を見破ってしまう。
「忘れてません」
「じゃあ言ってみてよ。制限時間は三秒。サン、ニイ——」
「えっ? ちょっと——」
待って! 三秒で思い出せる訳がない!
「イチ、ゼロ! あーやっぱり駄目だ。君が名前を覚えるのが苦手なのは知ってるけど、僕の名前ぐらいはそろそろ覚えて欲しいね」
「すみません」
「サンサーラだよ。サンサーラ・バレーノ。次に会うときは覚えといてよ」
「本当にごめんなさい」
彼の名前だけは何回会っても覚えられない。けれど名前の覚えが悪いのは昔から私の悪い癖だ。今回は本人が気にする性格じゃなかったけど、いつか痛い目に合わないとは限らない。早めに直さないと。
「怪しいなぁ……けど今はいいよ。今日はサインを頼みに来たんじゃないんだ。別の用事で君に会いに来た」
いつも彼が訪ねてくるときは大抵友達にサインを頼まれたときだ。書いて減るものでもなく、普段から応援してくれているお礼も兼ねていつも書いてあげている。それが違うというなら——
「なら話すことはありません。申し訳ありませんが帰ってください」
「ヒドイなぁ。僕は心配しているんだよ?」
「貴方に指図される覚えはありません」
「親戚のおじいさんが亡くなったのに?」
やっぱり……私の予想は正しかった。彼は
「勝っても全然喜ばない。負けてもちょっと悔しそうにするだけ。君さ、いつまであのこと引きずってんの? そんなのでずっとやっていけると思ってるの? ちょっとは先のこと考えたりしないの?」
「貴方には関係ないことです」
「いや、関係あるね。君が潰れちゃったら僕が嫌な気分になる。知り合いなだけでとばっちりを受ける僕の身にもなってよ。そんなのもわからないなんて格闘家以前に人としてダメ。わかる?」
「黙って——いえ、もう帰ってください」
彼はこの話になると途端に口数が増える。普段もよく喋るけど比べものにならない。正直言って余計なお世話だ。私が強くなれば彼も不快な思いをせずに済む。だから何を言われたって今のやり方は変えないし、強くならなきゃいけないことは変わらない。
「悪いけど簡単には帰らないよ。せっかく護衛を撒けたのに自分から戻るなんてバカはしない」
「でしたら貴方のお連れの方に——?」
え? 撒いた?
「撒いたって……まさか誰にも言わないで来たんですか!?」
「え? 何で焦ってるの?」
「何ッ……君のせいだよサー君!!」
当たり前だよ! 何で勝手に出歩いてるの!? 私には嫌な気分になるって言っておいて自分の周りは心配させていいの!?
「ははは。その呼び方懐かしいや。性格変わったと思ってたけどそうでもないじゃん。いや、変わったけど根っこは同じってことかな?」
何か言ってるけど構ってる場合じゃない。今頃ボディーガードの人達は必死で探しているはず。もしかしたら家族の方もいるかもしれない。大切な人達を不安にさせるなんて……そんなのは、絶対に嫌だ!
「早く連絡しないと!」
私の家の誰かに言えば彼の両親に伝えられる。通信を繋ごうとしたそのときだ。
「させない!」
ほとんど反射だった。大きく後ろに跳んだ直後、さっきまで私の顔があったところを不穏な音をたてた掌底が突き抜けていく。
「まだまだッ!」
顔馴染み男の子はもう視界にはいなかった。
代わりに懐の低い位置からサー君の声がする。
「ちっ!!」
体を反らして突き上げてきた拳をギリギリ避け、勢いのまま後ろにバク転で距離を取る。避けたはずなのに、信じられないほどの拳圧が前髪が大きく揺らした。
「これって……」
「バングさんとの約束を破っちゃうけど、こうでもしないと止められないからね。ワールドランク一位が相手だし、手加減なんてしてられない」
今のは素人の動きじゃない。格闘技の心得のある人間の打ち方だった。それも敢えて私が避けることのできるギリギリのタイミングで打てるほどの力量……動きの一つ一つに意味があって連動していく身体のこなしはワールドランカーでも比べものにならない。サー君がこんなに強いなんて全然知らなかった。だけど今はそんなのはどうだっていい。
「邪魔をするつもりですか?」
「どっちかって言うと君が邪魔してるんだけどなぁ。まあどっちでもいいけどね。だって——」
私が構えるのと同じタイミングで彼の両手が青い魔力で覆われる。その動作に躊躇はない。明らかに何かの武術の構えを見せるサー君を見て確信する。
「君はここで負けるし」
彼は本気で——
「かっこつけんな!」
「へぶぅぃッ!!?」
私を倒す——って誰あの人?
「事情がありそうだから話を聞いてりゃ、勝って笑うとか笑わねーとか人の勝手だろ。お前が倒して直るもんでもねぇんだし大人しくしてろ!」
な、何だろう。とにかくいろんなことが起こりすぎて処理しきれない……すごい音がしたと思ったら床は砕けてるしサー君は顔からめり込んでるしいつの間にか知らないスキンヘッドの男の人がチョップの構えのまま喋ってるし……あっ、サー君が起きた。
「イタタタ……ボディーガードが護衛対象をチョップするなんて聞いたことないよ。僕じゃなかったら大怪我だったって」
「魔法で丈夫になってるってさっき言ってたじゃん」
「それ、さっきの試合を見て言ってるでしょ? 十代トップクラスを基準にするのは間違ってると思うよ」
「るせー。つーか勝手に抜け出したお前がそもそも悪い! よりによっておれが子守のときに脱走しやがって。後でじいさんに叱られろ!」
全然状況は掴めない。だけど掴めないなりにわかったことがある。一つはこの人がとても強いこと。見た目は間の抜けた感じで魔力も感じないけど、サー君を一撃で止めたからには私達よりずっと強い。そして二つ目はサー君のボディーガードだということだ。ジャージの護衛なんて聞いたことも見たこともないけど二人の会話からして間違いない……来てくれてよかった。
「あ、あの! 彼のボディーガードの方ですよね?」
「うん。こいつの子守をしてるサイタマだ。お前大丈夫だったか?」
「サイタマさんが止めてくださったおかげで無傷です」
「迷惑かけて悪かったな。ええっと、お前は確か……ううんと……」
「?」
急に黙ると顎に手を当てて明後日の方向を見てしまった。どうやら私の名前を思い出そうとしてくれているらしい。サー君と一緒に試合を見てくれていたなら知っているのはおかしくない。
「ニドネ・オコラレッタ——」
「違います」
……サー君?
「違ッ!? 僕はちゃんと教えたよ!?」
「あ、ゴメン間違えた。リンネ・ベルリネッタだ」
「初めましてサイタマさん」
「ふぅ……」
もしかしたらサー君よりも苦手なタイプかもしれない。けど彼のおかげで決着はついた。私が見えないほどのスピードで床を叩き割るパワーを持つサイタマさんの前ではサー君にできることはないのだから。
「迎えの方も来ました。本当に帰ってください」
「ちえっ。また他人行儀ぶって。可愛くないやつ」
「何とでも言ってもらって結構です。サイタマさん、彼をお願いします」
口は達者なサー君もさすがにサイタマさんに抵抗する気はなく、大人しく隣に並んだ。このまま挨拶したら二人共部屋に戻っていく。何の疑いもなくそう思った。
「まだ帰らねーぞ。俺もお前に用があるんだ。聞きたいことがある」
「え?」
聞きたいことある? サイタマさんが? 今あったばかりの私に? いやでも試合を見ていたならあり得る。実力がある人なんだから私の戦い方で気になることがあって当たり前。少し相手をしたらすぐに帰ってもらおう
「手短にお願いします」
「お前さ、なんで試合の後で笑わないんだ?」
「……人の勝手です」
「そこの奴と違って直そうとかじゃねーんだけど。ダメ?」
「ダメです」
「割と知りたいんだけど」
「貴方には話せません」
「どうしても?」
「どうしてもです」
話す必要はない。さっきまで救いのヒーローだった彼に対して心を閉じていくのが自分でもわかる。心が閉ざされるという感覚をこんなにはっきり感じるのは久しぶりだった。
「ふーんわかった……じゃあこういうのはどうだ?」
少し考える素振りを見せると、サイタマさんが自分を親指で指差した。
「今からちょっとした試合をして、俺が勝ったら笑わねぇ訳を教えてもらう。逆にもしお前が勝ったら俺の強さの秘訣を教えてやる。もちろん俺にハンデはつけるから」
強さの秘訣?
「最初に言っておくが俺は三年……三年でここまで強くなった」
「さんッ……!?」
「ワールドランク一位のお前に攻め込んだサンサーラをチョップ一発で倒せるほどにな。どうだ? 知りたくねーか?」
三年!? 三年でここまでのレベルに!? 正直信じろと言われても難しい。私の話を聞きたいばかりにでっち上げたデタラメだろうか? けど騙そうとしているには現実味がない。それにもしその話が本当だとしたら……
「まだ二時間……」
迎えが来るまで時間はある。
「貴方の大切なものに誓って答えてください。その話に嘘はないですか?」
「失礼なヤツだな。なんで嘘なんかつくんだよ。嫌なら条件変えてもいいんだぞ」
「いえ! このままでお願いします!!」
「おう」
あの速さと強さを手に入れることができるなら私はどんなことだってする。なんなら彼の知りたいことを話して今すぐ教えてもらいたい。そんな簡単に教えてくれるはずないけど。
「ちょっとリンネ。ジルさんに言わなくていいの?」
サー君は少し嫌そうな顔をして私を見てきた。自分勝手なところはあるけど基本的に彼は私に優しい。試合のすぐ後であることとケガをするリスクを考えて乗り気じゃないんだろう。だけどこういうときは昔から強気で言えば!
「必要ありません。今は忙しいでしょうし私も疲労感はないですから」
「そりゃそうだろうけどさ……」
「それに貴方は回復系統の魔法が得意だったはずです。多少のダメージは貴方がいたら問題ないでしょう」
「はぁ……わかったよ。君、昔から頑固なところあるよね」
よし勝った!
「だけど二つ条件がある」
内心喜んでいると、珍しく真面目な顔をしてサー君が指を二本立てる。
「一つはDASSの設備を使ってルールに則ること。ただの手合わせじゃ余計なケガをしかねない。二つ目はサイタマさんには相当ハンデをつけること。この人が強いからだけじゃなくて、ケガ防止の意味でも絶対に軽くしたらダメだ。この二つを守るなら君の見届け人になってもいい」
「私は構いません」
「DASSのルールってさっきの試合のルールだよな? 俺もいいよ」
公式戦仕様のルールとクラッシュエミュレートをはじめとした設備を使わないといけないほどの実力差がある——暗に彼はそう言った。多分今まで戦ってきた相手の中でもトップクラスの一人に違いない。ハンデがあっても簡単なわけがない。けどそれでも、私は知りたい——いや違う。知らなきゃいけない。知って強くならなきゃいけない。そのためには勝つしかない。
「オッケー。なら管理人と話をつけてくるよ」
「ちょい待ち。ワシも一緒に行こう」
「ああ。また逃げ出されては面倒だ」
「せっ! 先生!? ジェノスさんも!?」
誰にも見下されず、大切なものを守れるようになるために。
〜オマケ〜
「それにしてもリンネってホント名前覚えるの苦手だよね」
「…………」
「そういやお前覚えられてなかったな〜」
「そういうサイタマさんもリンネの名前覚えてなかったじゃん」
「名前聞いたときは興味がなかったからしょうがない。後から思い出したし」
「リンネも興味がない相手の名前は大体覚えてないよ。似てるのかな?」
「周りに興味を持つことは強くなる上でも大切じゃぞ。案外ヒントとは己の視野から少し外にあるもの。おおそうじゃ!もしキミ達がワシの弟子になるというのならコツを教えても——」
「いや、別にいらないから。なんか調子狂うし、この話止めようぜ」
「そうですね。無意味な揺さぶり合いは不毛です」
「…………そうか」