ハゲと修羅 作:コテコテ
一時間前 ミッドチルダ とある競技場のトレーニングルーム
白髪の少女——確かリンネとかいったが——と先生がこの広いトレーニング場の中心で向かい合う。立ち姿は対称的だ。リンネの方は遠目から見てもやる気が見えるというか、鬼気迫るというのが適当だ。先生がいつも通りなだけになおさら際立っている。
「気合は十分なようだが少し力み過ぎだ。何を焦ってるんだ?」
「やっぱりジェノスさんもそう思う? ホント心配だよ。絶対無茶するもん」
俺の隣では護衛対象のガキ——サンサーラ・バレーノが二人から目を離さず眺めていた。口で言っている割に不安に駆られている様子もなくむしろ笑顔すら見える。
「なら何故笑っている?」
「単純に試合として面白そうだから。リンネは僕がチョップで倒されるところを見てるし、サイタマさんはリンネの試合を見てる。互いが相手の力量をそこそこわかってる上でどんな戦い方をするのかなって」
「そういうことか」
そういえばコイツはリンネ・ベルリネットのファンだったな。応援している選手が先生相手にどう出るか気になるのは何らおかしくない。
「今ので納得するんだ……」
「どんな理由があっても本気で心配なら笑っていられるはずがない」
「はは……まあ悲観はしてないよ。リンネもメチャクチャ強いからね。このハンデならリンネにもワンチャンあるかもしれないし」
「……」
サンサーラには悪いがそれはあり得ない。先生なら恐らく両手両足を縛られていても負けるほうが難しいだろう。敢えて言うなら魔法というものがやや不確定要素だが、さっきの試合を見た限り不安材料にはならない。
「でも負けて気分を変えるのも悪くないと思うんだよね」
「何?」
負けるのが悪くないだと? 確かに敗北から学ぶことは多いことに異論はないが、リンネにとってこの手合わせは先生の強さの秘訣を知るチャンスだ。それをサンサーラは負けてもいいだと?
「リンネがこうなったのは学校で虐められたせいで養祖父を看取れなかったからなんだ。そこからは大切なものを守れるようにとか、誰からも見下されたくないとかの一点張り。遊びに行ったらバケツにゲロってた、なんてこともあったよ」
「……確かに気持ちをリセットするという意味で敗北は十分なきっかけになる。周りが見えてないヤツにはちょうどいい仕置だ」
俺も人のことを言える身じゃないがな。
「両者構えて!」
リングでは何故か審判に名乗り出たバングが二人に声をける。促された二人が前に出た。
「ん?」
ってちょっと待て……!
「おい。なら奴が笑わない理由は!」
「こんなとこで笑ってられるか、ってことだろうね」
「お前! 知っていて言わなかったのか!?」
くそっ! 俺としたことが! このガキに聞いておけば先生の手を煩わせることはなかったのか!!
「けど本人から聞いたことはないから本当のところはわからないよ。それに……」
「それに何だ」
「なんかサイタマさん、自分から試合をするよう仕向けた気がするんだ」
「!」
言われてみれば提案したのは先生からだった。先生の性格からして面倒なことは極力避けるはずが、自分からハンデを申し出てまで手合わせを願い出るのはらしくない。そこまでして笑わない理由が知りたいのか、それとも他に目的があるのか。
「始めッ!」
先生はいったい何を?
———————
「始めッ!」
「行きます」
「おっ!」
開始の合図と同時にサイタマさんに向かって走り出す。ライフはたったの五、回避は不可、ガードも片腕だけ。これだけのアドバンテージがあって守りに入る理由はない。相手に反撃の間を与えず攻め続けて、出来るだけ早く一撃を当てる!
「へー。ガキなのに動くの早いな。魔法のおかげ?」
試合が始まったというのに緊張感の欠片もない。構えていた腕もいつの間にか下がっている。バカにしているのだろうか? いつもなら頭にくるだろうが今はチャンスに集中しよう。遠慮なくやらせてもらう!
「っと」
振り抜いた右腕は彼の左腕に止められる。自分でもかなり強めに打ったつもりだ。いつもなら試合が決まってもおかしくないが、サイタマさんは表情一つ変えない。
「おおっ」
次の左腕は右肘で受け止められた。これもめいいっぱい打ったのに手応えがまるでない。まるで鋼鉄の壁を相手に殴っているみたいだ。一方でサイタマさんは、私は全力で打ち込みを珍しいものでも見るように不思議そうにしていた。
「子供の割に強いパンチだな。受けたときに変な感じするしこれが魔法か。なあ、他にもいろいろあるのか?」
「ッ!」
ほ、本人は思ったことを口にしているだけなんだろう。多分私をバカにするつもりなんて毛頭ない。けど私だって、コケにされるために格闘技をやってるんじゃない!
「舐めるなァ!!」
渾身の突きは手で弾かれる。目論見がない訳じゃない。ここまででサイタマさんが当分攻める気がないと見当はついた。余裕なのか様子を見るためなのかわからないが私にはありがたい。ここで勝負を決めてやる!
「よっ」
そう思ったのに——
「ほっ」
右ストレートが腕で止められた。
「よっ、はっ」
右の連続ジャブは全部肘に当てられた。
「ほっ、はっ、ほっ」
左右のコンビネーションは全部指で弾かれた。
「ほっ、とっ、ほっ」
フェイントを交えたフックは上から叩き落とされた。
「ほいっと」
素早く屈んでサイタマさんの視界の外から打ち込んだアッパーは右手で蓋をされ、ボディーブローは右手で掴まれた
「ふう……」
左右の腕を意識させたところでの回し蹴りは脚が上がりきる前に左手に押さえられた。
「なんでッ!?」
全然効かない! 全部防がれる! ガードの上からといっても強打を何度も受けてるのに引くどころか一歩も動かない。もちろん強いとは思っていた。簡単にいかないと覚悟もしていた。だけどこんなの聞いてないっ!!
「ん? もう終わりか? もっと魔法見てみたいけどもう無理?」
拳も蹴りも効かない。脚を使ってもフェイントをかけても止めてくる。スキだらけなのに異常な動体視力と反射速度で全部防いでしまう。結局スキが全く見えない。しかもガードの強度は人の域を超えている。だけど魔法は全く使ってない。知っている人がいるから教えて欲しい——なんなのこの人。
「まだです!」
打撃は全く効かない。全部防がれるなんて初めてだった。だけどまだ手は残っている。ハンデとサイタマさんの油断を利用したら勝機は充分ある。
「そうか。やってみろ」
「言われなくても!!」
今の自分の最速の動きでサイタマさんの懐に入り込む。さっきと同じようにここまでは反応を見せない。さっきならここからアッパーやボディに打ち込んだ。だけど今度は、私は相変わらずダラリと下がったサイタマさんの左手を力一杯掴んだ。
「おっ?」
さすがのサイタマさんも予想外だったようだ。ある意味でさっきまでの攻撃は全部このための伏線だったとも言える。もちろんここまでに勝負を決められたらよかったんだけど、今ここで決めたらなんの問題ない。
「はあぁぁぁぁァァァ!!!」
サイタマさんに背を向け、前に転がるようにその左腕をしっかり巻き込む。一撃通せば私の勝ち——たった五しかないライフを確実に削るため、ここまで素振りも見せずに温存していた私の最も得意とする技だ。
「お、おおォォォォ!?」
この投げ技で勝負を決める!!
「はぁッ!!」
ぐるりと一回転し、床に力一杯叩きつける。ドン! と大きく音がして、落とした近くが小さく揺れるほどの衝撃が腕を伝った。さっきとは違う確かな手応え。そして背中から落とされたサイタマさんは——
「…………」
全く動かなかった。
「おお!!」
ギャラリーから声が上がる。主にサー君みたいだけどあのおじいさんも感心してくれているように見えた一方で、若い男の人は腕を組んで黙ったままだった。けど周りの様子はなんだっていい。技が決まったときの感覚が、今まで勝負が決まったときと違いなかった。
「ハァ……ハァ……勝った」
勝ったんだ、私。私は勝った。あんなに強い人に勝てた。
「でも」
喜びも余韻も達成感もない。全力で戦って辛うじて勝てたのにそういった感情は全く湧かなかった。空っぽになった今の私の中にある想いは一つしかない。
「強かった」
本当に強かった。言葉では言い表せないほどに。もし彼が最初から攻めるつもりだったら私は勝てなかった。あの理不尽なハンデが一つでもなかったら絶対に勝てなかった。
私は勝ったんじゃない。
「でも約束は約束です」
勝たせてもらった——普段ならとても不名誉な勝ち方。けどこれで充分なんだ。この強さの秘密がわかるのなら、名誉なんか幾らでも捨ててやる。
「私の勝ちですサイタマさん。貴方の強さの秘訣、教えて頂きます」
今日私は、かけがえのない力を手に入れたんだ。
「あーびっくりした。まさか投げられるとは思わなかった」
ぇ……?
「そッ!?」
なんでッ!!?
「よっこらせ……あーあ。汚れちゃったじゃんか。吹っ飛ばされないようにガードしてたのに意味なくなった……」
「そんなッ!? ラッ! ライフ! そうだライフはッ!!」
意識があってもライフがゼロなら私の勝ちだ! あんなに強く投げられて残っているはずがない。
LIFE 5
「なんッ!!?」
な……なんで?
「なんでッ!?」
なんで? なんで? なんで? なんで? なんで? なんでなんでなんでなんでなんで? なんで全然減ってないのッ!!
「なんでって……俺に効いてないからとしか……」
「効ぃて、ない……」
効いてない? アレが!?
「……嘘だ」
「いや実際効いてねーんだから嘘もクソもないじゃん」
「嘘だッ!!」
そんなの違う違う違う! 絶対ない絶対違う! だってそんなの理不尽だ! 私はちゃんとしたよ? 全力で投げたよ? 手なんか抜いてない……なんでこんな……こんなのって……
「人間じゃない……」
「悪いけどお前も充分人間やめてるぞ」
「うるさいッ!」
貴方と比べて欲しくないよッ!
「まあいいや。別にどっちでもいいし。そんなことよりお前」
お前……私のこと?
「もう終わりなのか?」
頭から冷水を浴びせられたようだった。頭に昇っていた血が全部引いてしまった気がした。
「終わり?」
イヤだ。まだ終わりたくない。終わりなんて、絶対イヤだ! 私にまだできることは? 格闘術はもう意味がない。当てても効かないから。じゃあ何なら効き目があるの? できたらミドルレンジで、防がれず、かつダメージを通す手段……
「無理だよそんなの……」
それしかない。だけど今更一石三鳥の都合のいい方法なんてある訳ない。それこそ魔法だ。だけどあのサイタマさんに魔法なんて……
——もっと魔法見てみたいんだけど——
そういえば言ってたっけ? 魔法をもっと、見てみたい……もっと……見てみたい…………魔法を、見てみたい……?
「あった」
ガードされず近づかずにダメージを通す方法が。もし推測が正しかったらサイタマさんは……
「なんだやんのか」
そうと決まれば急がないと! すぐにリンカーコアから大量の魔力を叩き出す。足元には紅い魔方陣が浮かび上がって回転を始めた。
「おお! なんか魔法っぽい!!」
「!!」
やっぱりそうだ! 最初は魔法を使う格闘技を初めて見たのかと思ったけど今の言葉で確信した。
サイタマさんは今まで魔法を見たことがない。
ならこの勝負はまだわからない!
「これで!」
ダメなら本当に後はない。だから!
「終わりです!」
ここで絶対に勝つには——
「え? ビーム?」
最大出力の砲撃魔法しかないんだ!!
「いや待てって。これ全然魔法じゃねーじやん!」
サイタマさんはおそらく魔法を見たことがない。つまり彼自身に魔力ダメージの耐性がない可能性が高い。回避禁止のルールで砲撃を避けられないサイタマさんは魔力ダメージを負うしかなく、人外の力を持つ彼でも耐える術はない。
「くそっ。なんか期待外れだし避けたら負けだし——」
あれ? サイタマさん?
「とりあえず殴っとく!」
えっ? 殴るって意味が……ってちょっとなんで!? なんで砲撃が真っ二つになっ———
〜オマケ〜
「……予想通りだな」
「……予想通りじゃな」
「あのハンデだったらワンチャンあると思ったんだけどな〜。結局勝負にもならなかった」
「しかし先生を投げたのは見事だった。ハンデの趣旨通りなら一撃を入れたリンネの勝利だ」
「リンネの投げ技くらってライフが減らないっておかしいんだけど。砲撃魔法を真っ二つにするとか、リンネが壁にぶつかる前に受け止めてるし」
「まだ先生の凄さをわかってないな。あれぐらいなら俺でも〝焼却〟で造作無い。先生はその気になれば隕石すら破壊する」
「お前ほどの才能をしてあの程度のことがまだできんのか。言いつけ通り練習をしてる?」
(…………キチガイサイボーグと人外武術家め!!)