ハゲと修羅 作:コテコテ
ミッドチルダ とある競技場のトレーニングルーム
「うっ……」
「あっ、目が覚めた」
聞き馴染みのある声が聞こえる。私の知り合い兼ファンの男の子の声だ。ゆっくり目を開けると、おかっぱ頭のこれも見慣れた顔が私を見下ろしていた。確か名前は…………ええっと?
「早速僕の名前忘れてるよね?」
「……忘れてません」
「じゃあ言ってみてよ。今度も制限時間は三秒。サン、ニイ——」
「えっ?」
だから三秒で思い出せる訳ないって!
「イチ、ゼロ! あーあ。また駄目だ。一日で忘れるってさすがの僕も怒るよ? サンサーラ・バレーノ。覚えた?」
「はい……」
これは本気で取り組まないとマズいかもしれない。どうして彼の名前は何回会っても覚えられないんだろう? わからない。
「はぁ……けどそんだか元気なら大丈夫そうだね。吹き飛ばされたときはどうなるかと思ったよ」
「あ……」
そうだ! サイタマさんが独り言を言って、その後で砲撃が割れて……
「簡単に言うとね? 君の砲撃をサイタマさんの拳圧が真っ二つにして、そのまま君も吹き飛ばしたんだ」
「そん——」
そんな、と言いかけて口を噤む。私が最後に見た光景はまさにそれだったからだ。放った砲撃が、サイタマさんが腕を振り上げたと思ったすぐ後で真ん中から割れた……夢かと思ったけど現実だったんだ。
「私は……負けたんですね」
「うん。パンチ一発でライフ全部持ってかれてた。君の完敗だ」
「…………」
持てる力を全部ぶつけても表情一つ変えられなかった。ハンデをもらった上に手加減までされたのに手も足も出ず、得意の投げ技は決めたところで全く効かなかった——私は負けたんだ。サイタマさんに。あの理不尽な強さに。
「手も足もでなかったんだ。心中は察するよ。けどこれを自分を見つめ返すチャンスにしたらいい。よく考えて身の振り方を決めたら——」
「——決めたよ」
「はい?」
何もかも捻じ伏せる圧倒的な強さに!
「私、あの人を目標にする」
「え゛!?」
「試合の前や最中は勝つことばかり考えてた。入りはどうするのか、何を攻めの軸に据えるのか、どう決定打を与えるのかとか」
「ええっとリンネ?」
だけどサイタマさんの前じゃ意味なんかなかった。
「私が必死になって立てた算段をサイタマさんは策とも思ってくれなかった。当たり前だよ。おじいちゃんを生き返らせられないように、今の私がサイタマさんに勝てる訳がなかったんだ」
彼は私が目指す理想を体現した偉大な先達。向けられる悪意や理不尽な暴力を捻じ伏せ、誰にも見下されない強さ、大切なものを守れる力を示してくれた。私を想ってくれている人達が安心してくれるだけの強さを教えてくれた。
「本当にスゴい人だよ。本当にッ!」
だから、彼のようになりたいと心から思った。
「ふーん。そっか、そうなっちゃったか」
ところでさっきからサー君は何をしてるの? 顔をしかめたり頭を抱えたりして、今は苦笑いして首を捻って……なんだかバカにしてる?
「何ですか。言いたいことがあるなら言ってください」
「また他人行儀に……まあいいや、そんなことより前向きに考えるよ。タガが付いたって思ったらそんなに悪いことじゃない。いざとなったらサイタマさんに任せたらいいし」
「?」
言いたいことがわからないけど私をバカにしているんじゃなさそう。でも『いざとなったらサイタマさんに任せる』ってどういうことだろう。たぶん私のことだろうけどちょっと不服だ。
「いつも見て欲しいぐらいなのに」
『いざとなったら』じゃなくて毎日見てもらいたい。指導したもらうなんて高望みじゃなくて。憧れの人がいてくれたらもっと頑張れる、なんて。
「見てどうすんだ。俺は何も教えられねーぞ」
「そばに居てくれるだけでいいんです! それだけで前へ進もうと思えます!!」
「悪いけど俺はガキに興味ねーから。他を当たってくれ」
「あっ! 違います!! そんなつもりじゃなくて目標という、い、みで…………」
あれ。私は誰と話してるの? サー君以外に他に誰かいた? というより私の後ろにいるのは誰?
「ああそっちか。でもどっちみち俺は忙しいしそりゃ無理だな〜」
「サイッ!? サイタマさん!?」
振り向くと頭の中にあった顔がすぐ近くで私を眺めていた。落ち着け私! さっそく変な目で見られたくはない!
「大丈夫か?」
「大丈夫ですっ!」
「ホントに?」
「はいっ!!」
大丈夫かと聞いてる割に心配しているように見えない。そして無表情がちょっと恐い。
「そういやさっきはすまん。ビームを吹っ飛ばすだけにするつもりだったんだけど加減ミスった」
「いいんです。私が貴方より弱かった。それだけですから」
「いや、弱い奴が俺を投げられる訳ないから。ガキの割には強いって。結構マジで」
「え、あっ、ありがとうございます……」
素っ気ないけど邪心が見えないサイタマさんの言葉は真っ直ぐだ。つまり〝強い〟って言葉は彼の素直な思いで、その……とっても嬉しい。
「大人になったら俺並みに強くなったりして、なんてな。はは」
えっ?
「んじゃそろそろ戻るか。帰って明日の買い出し計画を立てたいし」
私が……サイタマさんと並べるかもしれない?
「あれ? リンネが勝っても笑わない理由、聞かなくていいの?」
「もういいよ。本物の魔法も体験できたから。そんなことより早く帰りたい」
「いい加減だね〜。そこがサイタマさんらしいけど。いいよ。他の二人は通路のチェックしてるし早く追いつこう」
「サイタマさん!」
まだ帰らないで! 聞きたいことがあるから!
「今のって……私が貴方に追いつけるかもしれないって……本当に?」
もちろん全力で彼を目指していくつもりだ。そのためにも今まで以上に頑張るつもりだ。だけどこれからのことを考えようとしても私がサイタマさんに届く姿を想像もできなかった。それをあの人は容易くできると言う。
「そんなの誰にもわかんねーよ。けど届きたいなら届くまで努力するしかねーだろ」
届くまで努力……
「努力で届くんですか?」
「少なくとも俺は毎日のトレーニングでここまで来た。弱気になる前にできると思わなきゃできるもんもできやしねぇぞ。お前も勝っても笑わないぐらいには死に物狂いでやってきたんだろ?」
な、何で知ってるの!?
「どうしてそれを!?」
「あんなに目が血走ってたら誰でもわかる」
「あぅ……」
無神経そうなサイタマさんに悟られるなんて……そんなにわかりやすかったんだ……
「お前が何で必死なのかはわからねーけど、俺を投げられるぐらい強くなってるなら間違ってないんじゃねーか? 今まで通り続けてりゃ、いつかは届いてもおかしくないと思うぜ」
届く……? 届くかもしれない……! 私がサイタマさんに!?
「本当ですかっ!?」
「だから嘘はつかねーって……それじゃあな。もし俺と同じぐらい強くなったら、その時は何でも好きなもん奢ってやる」
「————!!」
嬉しい! とっても嬉しいっ!! 格闘技をやっていて幸せなんてほとんど思ったことはなかった。辛いトレーニングを積んで試合に臨むだけで楽しくなんて全然なかった。けど今日だけは……!!
「待ってください! あと一つだけお願いします」
「え……まだあるの?」
さすがに今度はちょっと面倒臭そうな顔を見せられたけどこれだけは譲れない。
「あの……」
明日からはまた日常に戻る。見つけた目標に届くために今まで以上に厳しく、辛い道を歩いていくことになる。そうした中で私が私でいられるためにどうしても欲しかった。
「写真、一緒に撮ってくれませんか?」
———————
—— ミッドチルダ・とある競技場の選手用通路——
「サイタマ先生」
「ん?」
「なぜ先生は彼女と試合を組んだのですか?」
先生がリンネ・ベルリネッタに勝利して数十分後、俺とバングが通路の安全を確保したところに先生とサンサーラが戻ってきた。二人によるとリンネは無事目を覚ましたらしく、トレーニングルームで別れてきたという。今は警戒態勢で迎えが来ている出入り口に向かっているところだ。
「お前聞いてなかったっけ? 笑わない理由を知りたいからって言ったじゃん」
「いえ。俺が聞きたいのはなぜ試合という手段を用いたのかということです。まず彼女をよく知るサンサーラに尋ねてもよかったのではないですか?」
「ああ、そういうことか」
結局先生がリンネと試合を組んだ理由は思いつかなかった。魔法を体感すること以外で、今更彼女との手合わせで先生が得られるものはないだろう。俺の考えてが及ばない何かを知りたかったとしか考えられない。
「本人がいるなら直接聞いた方がいいだろ。それに笑わないってことは戦いがつまんねーか、やたらストイックってのが定番だし。それなら戦ったらすぐわかる」
「なるほど! 戦闘中でも相手の発言や挙動を分析して心理状態を読み、既に目的を果たしていた……さすがです! 先生!!」
「いや読むも何も二択だから。血眼で殴ってくる奴がつまんねーとか思ってる訳ねぇから」
絶対的な力で生まれる余裕を利用した戦略は素晴らしいの一言だ。やはり学ばなくことはまだまだある。
「僕にとっても悪くない方法だった。結果オーライだけど」
「お前のは只のお節介だったろ」
「サイタマさんだって煽ってたね? そんなに強くなって欲しいの?」
「俺は聞かれたから答えただけだって。俺を目指すのも挫折するのも好きにしろって感じ。俺も好きにしてきたから指図する気なんかねーよ」
「ふーん」
「……」
好きにする……それがどれだけ難しいことか先生はわかっているのだろうか。現実に打ちのめされてもがいている人間が世の中にどれだけいることか。俺然り、リンネ・ベルリネッタ然りだ。
「そうか……!」
だから奴も先生に惹かれたのかもしれない。何事も苦としない圧倒的な強さは、力を求める俺達にはあまりに眩しい。同じ願望があり、同じ人物を慕う者として意見を交えるのも悪くないかもしれない。
「今度話してみるか」
サンサーラに頼めば何とかしてくれるだろう。奴も先生について聞きたいことは山ほどあるに違いない。互いにメリットがある。
「何? なんか言った?」
「いえ何も」
私用を先生に伝える必要もない。屋敷に着いたところでサンサーラを呼び出そう。
一時間後 とある自動車の車内
「ふふっ……♪」
迎えの自動車の中で一人幸せそうに笑う白髪の少女。もし家族の誰かやコーチが今の彼女を見たらさぞ驚くに違いない。普段はせいぜい微笑むといった程度にしか笑わない少女が頬を幾分上気させ、一枚の写真を見つめながら表情を緩めているのだ。運転手も困惑したように頻りにバックミラーに目をやっていた。
「ふふッ♪」
もう何度目かわからない笑い声。少女の視線はやはり手に持つ写真に注がれている。普段はストイックな彼女をここまでだらしない顔にさせる写真に写っているのは——
殺風景なトレーニング場を背景に、当の少女が可愛らしく両手を身体の前で重ねていた。やはりいつもに比べて表情が穏やかで幾分嬉しそうに見える。それでも見る人が見れば目を丸くするのだが、この写真最大のインパクトはその背後に立つ青年だ。少女が女の子らしい身だしなみをしているだけに、スキンヘッドは印象がいいとは言えない。しかも上下ジャージ姿でボヤーっのした顔つきが更に評価を下げている。
「ふふ♪」
少女はニヤつくのを止めない。もしかしたら止められないのかもしれない。結局両親の待つレストランに着くまでの間、一度も写真から目を離すことはなかった。
この一週間後、リンネ・ベルリネッタはかつての親友と再会することになる。
〜オマケその壱〜
「見てください。先ほど搬送された患者のレントゲン写真です。左の肋が全て折れています」
「酷い有様だな。確か患者も相手もDASSアンダー世代のワールドランカーだって? 化け物みたいな蹴りでもくらったのか」
「相手はパワーヒッターだったようですが……」
「言ったところで子供だろ。一、二本ならともかく全部はな……」
「患者の同伴者によると相手選手が客席の応援弾幕を見た直後のことだったと。今までとは比べものにならない蹴りだったらしいです」
「弾幕? 家族か恋人でも来ていたのか?」
「それは何とも……掲げていたのはスーツを着た子供とスキンヘッドの男だったとしか聞いてなかったので」
「…………面倒だな。お前はあまり深入りするなよ。俺が相手をするから」
「はい」
〜オマケその弐〜
「うわ……なんだこれ。クマでも暴れたんですかね? 修理ってレベルじゃない」
「壁には無数の穴。床はクレーターだらけ。窓は枠ごと吹っ飛んでドアは跡形すらねぇ。家具は先に運び出したようだが、これじゃあ形が残っていたら御の字だな。何があったんだ?」
「この部屋はここの一人娘の部屋ですね。ほら、DASS U–15で一位の……」
「あの子が? 何度かここに改装で来た時に顔を合わせたが礼儀正しい子だったぞ。ここの主人とはもう十年の付き合いになるが……こんな酷いものは初めてだ」
「使用人の間の噂じゃあ突然ここで暴れだしたそうです。『ひーろーきょうかい』やら『ひーろーねーむ』が『ひどい』とか……泣きながら暴れて手がつけられなかったと」
「わからんな。思春期の乙女心が爆発したのか?」
「この有様じゃ笑えないですよ」
「だろうな。なら俺達は自分の仕事をするまでだ。半日で元どおりにするぞ」
「了解」
ご愛読ありがとうございました