とある脇役達の物語   作:waiwai

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第2話

「状況報せ」

 

 センパール校のある衛星都市より出港しつつあった“コマース・ガード”第2護衛隊、その旗艦、商船改造空母『アーチャー』のブリッジで、アーウィンは部下にそう命じた。それに答えたのは、第2護衛隊の唯一の参謀役、通信幕僚のマリーヤ・アリョーシナ一等宙尉だった。

 

「現在、《ウィザード》A小隊(アルファ)が出撃、後3分程でUAVをロストした地点に達します。また、《インディゴ・アルファ》と《プリースト》中隊全機で攻撃隊を編成し、発艦待機中。全機、対艦兵装です。センパール駐留艦隊へは連絡済みですが、恐らく、現時点で動くことは無いかと」

「御苦労。……で、どう見る?」

「……単なる事故ではないと思います」

「理由は?」

 

 問われ、マリーヤはセミロングの黒髪を片手でかき上げ、ハキハキとした口調で答える。

 

「いずれのUAVも、消息を絶つ直前まで何ら異常を示しませんでした。いきなり反応が消えたのです。これは、何者かによる攻撃と推測されます」

「なるほどな……俺も副司令も同意見だ」

 

 アーウィンは同意の頷きを示す。彼とエーベルハルトの推測の根拠は、消息を絶った場所の地形だった。小惑星帯であれば不測の事故と判断する材料となっただろうが、その宙域はデブリも小惑星も、隕石すらあまりない場所だったのだ。この状態で、2機も事故を起こしたと考えるのは、あまりにも不自然だった。

 

「では、海賊でしょうか?」

「……それも可能性は低いな。航行中ならいざ知らず、船団が入港中にUAVを墜としてもこちらを不要に警戒させるだけだ。そんなヘマをやる奴は、とうの昔に皇国軍によって駆逐されている」

 

 マリーヤの新たな推測は、エーベルハルトによって否定される。彼女も食い下がらず、「そうですね」と同意して見せた。彼らにとって、海賊との遭遇は日常茶飯事であり、当然その襲撃パターンもある程度予測できる。

 

「残るは内乱……ですか」

「そのとばっちりってわけだな。だとすると少し厄介か……」

 

 マリーヤの確信混じりの問いかけに、アーウィンは小さな呻きを上げる。現状、第2護衛隊は『アーチャー』の他、大企業ブラマンシュ商会が民間護衛企業向けに建造した小型フリゲート4隻で構成されている。フリゲートは生産・維持コストと航続距離に優れているが、その反面火力・防御力・速力は最小限だ。小艦艇を操る海賊ならまだしも、内乱となれば駆逐艦クラスが出てくる可能性が高い。これらと撃ち合うには荷が重すぎる。

 また、『アーチャー』も商船からの改装された艦であり、搭載機は“シルス”航宙戦闘機8機にスペクター攻撃機16機のみ。相手取れるのはどんなに奮闘しても駆逐艦換算で4隻までだ。もし、それ以上の戦力で来れば、その先に見えるのは全滅だ。

 ついでに言えば、センパール駐留艦隊も駆逐艦2隻に若干の小艦艇という編成であり、頼りにはできない。

 

「……逃げるか?」

「逃げられるなら、な」

 

 そしてその場合に取り得る“退却”の選択肢も無い。第2護衛隊、そして彼らが護衛してきた船団は鈍足であり、軍用艦艇にはいずれ追い付かれる。つまり、彼らが取れるのは交戦以外に無いのだ。

 エーベルハルトの問いはそれをクルーに自覚させるためのものだったのだろう。事実、ブリッジ内の空気は一層引き締まり、誰もが覚悟を決めたような表情となる。

 通信士の一人が報告を寄こしたのは、その時だった。

 

「《ウィザード・アルファ》、目標地点に到達しました」

「周囲に異常は?」

『こちら《ウィザード・リード》、目標ポイントに異常なし……いや、UAVのものと思われる残骸を発見』

 

 《レイピア》中隊の指揮官機からの報告と同時に、彼の乗るスペクターのカメラが映像を送ってくる。そこには、皇国内で広く使われている無人機の無残な姿があった。原型はほとんど留めておらず、辛うじて残った細長い胴体と根元まで抉られた右主翼がその名残を残している。

 

『損傷が酷いですね……ここまでバラされてると断言できませんが、駆逐艦クラスの主砲が直撃した場合、こうなると思います』

「解析はこちらでやる。《ウィザード・アルファ》は残骸を回収、至急帰投せよ」

 

 やはりか、と思いながらアーウィンは小隊に指示を出す。これでますます内乱の可能性が高くなったわけだ。そうなれば、一刻も早く彼らを撤収させなければならない。

 指揮官もそう感じたのだろう。即座に応答が返ってくる。

 

『了解。速やかに……おい待て、何だ?』

「どうした、《ウィザード・リード》」

 

 《ウィザード・リード》の疑問符に、アーウィンも怪訝な声で問う。ややあって、《ウィザード・リード》の困惑した声が返ってきた。

 

『当隊前方距離3000に駆逐艦……ありゃ、『スパード』級か……?』

「映像回せ」

 

 ブリッジのメインスクリーンに、《ウィザード・リード》からの映像が届く。確かに、皇国軍の主力駆逐艦『スパード』級だ。スマートな艦体、その両側に突き出した兵装ユニットは間違いない。だが──。

 

「あんな塗装の艦、見たことありませんけど……」

 

 マリーヤが判断に困るといった表情で呟いた。彼女の言う通り、その『スパード』級はおかしかった。皇国軍の正規塗装は純白に青のラインのはず。だが、目の前の艦は、黒を基調に赤紫のラインだ。どこか禍々しさを感じさせる。同様に見ていたエーベルハルトが、仏頂面のまま呟く。

 

「……特殊任務に就いている艦とかじゃないのか? 聞いたことは無いが」

「……《ウィザード・アルファ》、その駆逐艦とコンタクトは取れるか?」

『……駄目です。応答ありません。敵味方識別装置(IFF)にも反応なし』

 

 アーウィンが確認を取るも、《ウィザード・リード》からの返答は芳しいものではなかった。彼は通信士を一瞥するが彼女も首を力なく振りながら報告する。

 

「こちらも同様です。オープン・チャンネルで呼びかけているのですが……」

「……だそうだ、《ウィザード・リード》。悪いが、もう一仕事頼む」

『引き受けるしかないっすね……了解。ったく、危険手当上乗せですよ』

 

 《ウィザード・リード》のぼやきに、アーウィンは苦笑で応じる。

 

「人事部にはかけ合っておくさ」

『期待してますよ……《ウィザード・リード》、アウト』

 

 通信は打ち切られ、4機のスペクターは加速を始める。固唾を呑んで見守るブリッジ要員の前で、メインスクリーンは『スパード』級に最接近したスペクターの機影を映し出した。

 

『──こちらは民間護衛企業“コマース・ガード”第2護衛隊所属、《ウィザード》中隊A小隊。そこの駆逐艦、応答せよ。貴艦の現宙域に留まる目的を述べられるか、速やかに退避されたし。繰り返す──』

「……駄目かな、やはり」

 

 《ウィザード・リード》が呼びかけを始めるが、相変わらずだんまりを続ける駆逐艦を眺め、エーベルハルトが首を傾げて誰にともなしに言う。彼の推測──特務を担当する艦である可能性が高まっていたからだ。

 

「このまま、何事も無く立ち去ってくれればの話だが、な」

 

 反対に、アーウィンはその可能性を疑っている。あからさまに皇国軍ではないことを喧伝するような塗装だ。逆に目立ってしまうだろうし、特務ならこちらに存在がバレた時点で撤収にかかっているはずだ。

 様々な思惑が渦巻く中、《ウィザード・アルファ》の内の1機が駆逐艦と並走する位置についた、その時──。

 

『……ッ! ロックオン警報(アラート)!?』

 

 けたたましい警告音が通信に流れ、《ウィザード・リード》が悲鳴じみた叫びを漏らす。次にアーウィンが警告を飛ばすのと、《ウィザード・リード》が怒鳴るのはほぼ同時だった。

 

「《ウィザード・アルファ》、逃げろ!」

『《アルファ》全機、散開(ブレイク)!』

 

 4機が散開した直後、彼らの頭上から無数のミサイルと光弾が降り注ぐ。複雑な回避機動を取るスペクターだったが、その内の1機が被弾する。右主翼を光弾が掠め、翼端を削り取る。

 

『きゃあッ!』

『畜生、《ウィザード03》が被弾した!』

『クソったれ! 《リード》より《アルファ》各機! 《ウィザード03》は直ちに帰還しろ! 05、07は俺に着いてこい! 時間を稼ぐ!』

『了解!』

 

 通信系が慌ただしくなると同時に、『アーチャー』のブリッジも瞬く間に喧騒に包まれた。

 

「《ウィザード・アルファ》の直上に新たな駆逐艦1! 尚も砲撃中!」

「全艦、第1戦闘配備! センパール駐留艦隊に救難信号(メーデー)発信! 『我、所属不明艦ノ攻撃ヲ受ク』だ!」

「《インディゴ・アルファ》、《プリースト》緊急発艦(スクランブル)。目標、不明艦群」

「司令部より全艦、全機へ。先に発見した艦を《ボギー01》、新たな艦を同02と呼称!」

「《ウィザード03》帰還します! 整備班は緊急着艦の用意を! 医療班は格納庫へ!」

 

 警報が鳴り響き、クルーが部署へ駆ける足音が艦内にこだまする。同時に、待機状態にあったシルス4機とスペクター8機が甲板から放り出されるように発艦してゆく。

 最後の機が甲板を離れた際どいタイミングで、被弾機が甲板に滑り込む。右翼から煙を噴いた機体は甲板上でバランスを崩し、展開された制動ネットに斜めに突っ込んで停止した。

 

「《ウィザード03》着艦! 収容します!」

「攻撃隊、発艦完了。攻撃目標の指示を求めて……」

「どうした。報告は正確に」

 

 通信士の一人が報告を途中で切らす。エーベルハルトが促すと、彼は切迫した口調で叫んだ。

 

「《ウィザード・リード》より報告! 《ボギー02》、針路変更! こちらに突っ込んできます!」

 

 その瞬間、ブリッジ内に戦慄が走る。いち早く回復したのは、アーウィンだった。

 

「──《ボギー01》の針路は」

「反転しました! こちらから遠ざかりつつあります!」

 

 そこで彼は迷うことなく命令を下した。

 

「よし、攻撃隊は全機《ボギー02》を狙え。01は無視しろ。但し、撃沈はするな、鹵獲する」

「了解。伝えます」

 

 アーウィンの冷静さに我を取り戻したのか、クルーは落ち着いた仕草で職務を再開する。部下の様子を観察しながら、苦々しげに呟く。

 

「クソ……本当に撃ってくるなんてな……」

「奴らが何であれ、過ぎたことは仕方ない。攻撃隊が仕事を果たすことを期待しよう」

「それしかできんか……ったく、これだから指揮官って役職は……」

「ま、貴様の反応は良かったさ。私が貴様の下につきたくなるだけのことはあるな」

「お褒めのお言葉は無事に生き残れてから頂きますよっと」

 

 適当な会話をエーベルハルトと交わす間に、スクリーンに表示された攻撃隊と《ボギー02》の距離は急速に縮まりつつあった。そして、管制士官が緊張を孕んだ声で報告した。

 

「攻撃隊、接敵しました!」

 

 

 

 

 

目標視認(ターゲット・インサイト)。全機、攻撃位置(アタック・ポジション)へ」

 

 攻撃隊総指揮官も兼ねる、《プリースト》中隊隊長エリオット・オースティン二等宙尉は、漆黒に彩られた駆逐艦を睨みながら11機の部下に告げる。シルス4機の《インディゴ・アルファ》が前に出ると、《プリースト》の2個小隊がそれぞれその斜め後ろにつき、三角形を形成する。

 

(全く。無茶苦茶だぜ、おい)

 

 展開を終えた部隊を眺めながら、彼は忌々しげに思う。海賊相手に命のやり取りをしてきたことは数多くあれど、軍の駆逐艦と正面から殴り合うなど想像もしていなかった。そして、出来れば永遠にしたくもない。

 尤も、えり好みしていられる状況ではないのも確かだ。彼は未だ前線に留まる《ウィザード・アルファ》に呼びかける。

 

「《ウィザード》、助けに来てやったぞ! とっとと逃げろ!」

『有難い、感謝する!』

 

 それまで牽制に回っていた3機のスペクターが、翼を翻して艦隊の方に機首を向ける。どれも損傷を被り、1機は制御系をやられたのか、挙動が怪しくなっている。

 内心で敵へ罵声を投げかけながら、彼は努めて冷静を装って下令する。

 

「……全機、いつも通りの手順で仕掛けるぞ! ビビるなよ、《インディゴ・リード》?」

『誰がだ、ドアホウ! てめえこそ、しくじるんじゃねえぞ!』

「ぬかせ、間抜けが。カードのツケ、返すまで墜ちるなよ?」

『てめえこそ、俺が勝ち越すまでくたばるなよ!? ──《インディゴ・アルファ》、突入!』

 

 《インディゴ・リード》の号令一下、4機のシルスが駆逐艦に向かって常識的な(・・・・)最大加速で突撃する。皇国軍でも主力航宙戦闘機として使われている機体の胴体下には、対艦用装備として中型ミサイルが1発ずつ積んでいる。

 駆逐艦側も新たな脅威を認識したらしい。今まで《ウィザード》を追撃していた砲火が止む。急接近する《インディゴ》に狙いを定めているはずだ。それを証明するかのように、駆逐艦の両舷からミサイルがばら撒かれる。

 通常なら、回避運動で避けるところだ。だが、《インディゴ・リード》が取ったのは、全く別の方策だった。

 

『そんなヘナチョコ弾に当たってやるかよ、馬ぁ鹿野郎!』

 

 してやったりという《インディゴ・リード》の快哉が通信を駆け巡る。彼らはミサイルが直前に迫った瞬間、更に増速をかけたのだ。結果、常識的なシルスの速力を予測していたミサイルの誘導装置は対応できず、全て《インディゴ》の後方にすり抜ける。

 彼らのシルスは、エンジンを軍用から更にカスタマイズしたものに換えていたのだ。正規軍では安全面から許されない行為、だが民間企業までもがそれに従う道理はない。

 回避しない分距離を稼いだシルスは、次々に対艦ミサイルを放ち、更に接近して小型ミサイルを叩きこむ。大抵はこれで目標にかなりの損害を与えられるはずだが──。

 

『クソ、しくじった!』

 

 《インディゴ・リード》の悪態が届く。目標を穿つはずだった対艦ミサイルは、いずれも回避行動を始めた駆逐艦の脇を流れてゆく。回避のせいでも、《インディゴ・アルファ》がミスしたわけでもない。

 

「《リード》より《プリースト》全機へ。目標は電子欺瞞(ジャミング)を行っている模様。各機、直接照準で叩きこめ」

 

 エリオットはミサイルが命中しなかった種明かしを部下に伝える。次いで、後席の兵器管制士官(WSO)にからかい混じりの口調で話しかける。

 

「おい、三尉。漏らしたくなっても我慢しろよ? 俺の愛機がションベン臭くなるのは嫌なんでね」

「も、漏らしたりなんてしませんッ」

 

 相方となって日が浅く、これが初陣の少女が緊張こそすれど怯えていないことに満足したエリオットは、「じゃ、いくぞ」の一言と共に機体を加速させた。7機のスペクターがこれに続く。

 皇国宇宙軍のドクトリンにより、あまり重要視されなくなった一世代前の攻撃機は、中型対艦ミサイル2発を腹に抱え、他にも副兵装として中口径レーザー砲2門を搭載している。速力ではシルスに及ばないが、火力・装甲・ペイロードでは遥かに勝っている。また、中古機が溢れた結果、民間護衛企業で最も多く使われている機体でもある。

 軍に半ば厄介払いされた機体が、己の仕事を奪った艦を撃破しようとする。エリオットがそんな皮肉な運命に口元を歪めていられたのは、ほんの一瞬のことだった。《ボギー02》が射撃を再開したのだ。

 対艦ミサイルが命中しなかったとはいえ、小型ミサイルは何発か被弾したようだ。弾幕がやや弱まっている。

 8機はその合間をすり抜けるように突撃を継続する。何度か至近弾が機を揺さぶるが、異常は無い。エリオットからしても、少し外がうるさい程度の認識だ。

 

「目標、ロック……無誘導で撃ちます!」

「当てられるならやっていいぞ!」

 

 WSOの具申に無意識に怒鳴り返す。聞く必要は無いのだ。どうせロックしてもジャミングで外されるのだから。

 数秒後、「発射!」の掛け声と同時に機体が僅かに揺れる。2発の重量物が消えたために、バランスが崩れたのだ。エリオットは操縦桿を抑え込みながらついでとばかりにレーザーも撃ちこんで離脱する。狙いは両舷の兵装ユニット。ここを潰し、次いで機関部を適度に損傷させればこの艦は無力化される。

 

「……目標に命中多数! 沈黙します!」

 

 離脱してからややあって、WSOの歓喜の声が届く。エリオットが首だけ後ろに曲げれば、両舷から火を噴きあげて沈黙した駆逐艦が視界に映った。前進も止まっている。どうも、兵装ユニットの誘爆が機関部にまで及んだらしい。

 

「手間が省けたな……」

 

 そう呟き、彼は母艦に報告を送るべく通信機のスイッチを入れた。彼らの仕事はここで終わり。後は司令部の仕事なのだから。

 

 

 

 

 

「終わったか……」

 

 《ボギー02》沈黙の報を受け、アーウィンはほっと一息吐く。なし崩しに発生した戦闘だったために、殉職者を含めたある程度の損害は覚悟していたが、死者なし、損傷機は全て修理可能という予想以下の被害に留まっていた。

 

「で、どうする?」

「鹵獲するに決まってんだろ。ここまで苦労したんだ。乗ってる奴らの横っ面ぶん殴らないと気が済まん」

 

 エーベルハルトの問いかけに、アーウィンは憮然とした表情で答える。既に第2護衛隊は、《ボギー02》を視認できる位置まで進出していた。

 

「《ボギー01》、ロストしました」

「……仕方ないだろうな。こちらには余裕が無かった」

「ま、そうだな……」

 

 もう1隻が消えていたことに、二人とも特に反応は示さなかった。一応、シルスとスペクターが4機ずつ残っているが、やや不安が残るし、出撃させれば部隊を丸裸にすることにもなる。

 

「あの、司令……」

「ん?」

 

 女性通信士が言いにくそうな表情でいるのを認め、アーウィンは顎で促す。彼女は間を置いてから、躊躇いがちに切り出した。

 

「その……《ボギー02》の艦内をスキャンしたのですが、生体反応が一つも検出されませんでした」

「……は?」

 

 アーウィンはその報告に呆気にとられる。エーベルハルトが後を引き継いで問う。

 

「主要ブロックだけじゃないのか? 全ブロックか?」

「はい。全てのブロックにおいて、生体反応がありません。これは……」

「明らかにおかしい、な」

 

 攻撃によってクルーが全滅する、という可能性はまず無いと言っていい。軍艦には無駄なスペースなど存在せず、重要区画でなくともクルーが配置される部署も多い。主計科の戦場である食堂などがいい例だろう。その点から言えば、生体反応ゼロというのは、おかしいにも程があった。

 

「どういうことだ……」

「それも捜索部隊を乗りこませれば分かるだろう。人員の編成は……」

「あの、今気づいたんですが……」

 

 二人の会話に、マリーヤがおずおずと割り込む。二対の視線に射すくめられ、彼女は思わず肩を縮こまらせるが、それにもめげず発言した。

 

「映画とかだと、激しく抵抗したのに、こんなに大人しく捕まえさせてくれるものでしょうか? 例えば……」

 

 一瞬、ブリッジが静まりかえる。マリーヤ自身、自分の言葉が何を連想させるのかに思い至り、身を強張らせた。

 

「……全艦、対ショック防御! 《ボギー02》は自爆する可能性が高い!」

 

 アーウィンがそう怒鳴った直後、男性通信士が絶叫を上げる。

 

「ぼ、《ボギー02》より、高エネルギー反応──!」

 

 彼の言葉は最後まで発されることは無かった。漂流していた駆逐艦が突如として爆発したのだ。巨大な火球が漆黒の宙に生まれ、次いで衝撃波と無数の破片が第2護衛隊を襲う。

 シールドに当たった破片が艦を激しく揺さぶり、悲鳴がブリッジ内で連鎖する。アーウィンも手近なパネルに掴まって衝撃をやり過ごす他ない。

 衝撃波と破片の雨は数分続いた。それが止んだ後、アーウィンは即座に叫ぶ。

 

被害報告(ダメージ・レポート)!」

「本艦、損傷なし!」

「僚艦各艦、異常なしです!」

「《インディゴ・アルファ》及び《プリースト》、全機健在!」

 

 損害は無かったことに安堵し、アーウィンは再度スクリーンに視線を戻す。そこには駆逐艦の艦影は無く、細かく砕かれたデブリが漂っているだけだった。

 

「一体……何だっていうんだ……?」

 

 訳が分からず立ち尽くす彼の疑問に答える者は、この時点では一人もいなかった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから数日後。トランスバール本星の衛星軌道上に位置する近衛軍総司令部。その一室で、二人の男が椅子に座り、向かい合っていた。

 

「──以上が、当社の部隊が不明艦艇と交戦した際の戦闘詳報(アクション・レポート)です」

 

 スーツ姿の中年男性が紙媒体にプリントアウトされた資料を机の上に滑らせる。皇国近衛軍第1艦隊司令長官のコンラート・ローゼンベルガー准将は、気難しげな表情でそれを眺めた。

 そこには、“コマース・ガード”第2護衛隊が交戦した不明艦の情報があった。尤も、対象が自爆したために、あまり量は多くない。彼はその情報をもたらした男に語りかける。

 

「……どう見るかね、オットリーニ君?」

「……私は一介の企業家ですので、何とも……」

「おや、君は私の元生徒ではなかったのかね? センパールをかつて首席で卒業した優秀な元軍人が、自身の見解一つ述べられないとは……」

 

 嘆くような言い草に、“コマース・ガード”社長、アンドレーア・オットリーニの顔が引きつった。彼らはかつて教官と生徒の関係にあったが、その力関係はこの歳になっても続いているようだった。

 アンドレーアはしばし悩んだ後、「あくまでも私見ですが」と前置きして続けた。

 

「第2護衛隊司令官フレーザー二佐は、大規模内乱の予兆と一応結論付けていますが、私としても概ねは同意見です」

「一応、と言ったな? その根拠は」

「行動がチグハグすぎます。こっそりと隠れてよからぬことを企んでいるかと思いきや、UAVを墜として注意を惹きつけ、挙句派手に交戦して自爆しています。これでは、何か大きな物事が動いていると自ら宣伝しているようなものです」

 

 アンドレーアの目は、社長のそれでなく、軍人の物に変わっていた。まだ現役でいられるな、と感心しつつ、コンラートは更に問いかけた。

 

「ならば何だと考えている?」

「……その動機が分からないから、こうして閣下の元に持ち込んだのです。これは私の手に余ります。まあ、この不明艦の行動は何となく察しがつきますが」

「それは?」

 

 一息置き、アンドレーアはゆっくりと己の推察を話し始めた。

 

「……この艦が自爆する直前に行われたスキャンでは、生体反応が一切検知されなかったそうです。無力化を狙い、成功させた以上、全滅はあり得ません……人が最初からいたのであれば、ですが」

「……無人艦だったと、そう言いたいのかね、君は?」

 

 僅かな驚愕を表に出したコンラートに、アンドレーアは頷いて見せる。

 

「はい。であれば、本来あり得ない行動を繰り返すのも理解できます。恐らく、インプットされた命令──センパールを監視するか何かでしょう──を遂行しようとしていたところを、偶然UAVによって発見され、つい撃墜してしまった……そんなところではないでしょうか」

「しかし、全自動で軍艦を動かすなど……どれだけ高等な技術なんだ?」

「はい。ですから……」

「なるほど、な」

 

 コンラートは呻き声を上げて沈黙する。軍艦を少人数で動かすことこそできるが、完全無人化はしばらく出来ないだろう、というのが一般的な見解だ。そうするには、現行の人工知能(AI)の性能が不足しているのだ。逆に言えば、それが可能と出来るのは、余程の財力と技術力を持つ組織となる。

 アンドレーアもそれに気付き、コンラートに協力を願ったのだろう。彼は近衛軍に属しながら裏の世界ともそれなりに繋がりのある大貴族だった。彼であれば、そういった組織の動きも分かると踏んだのだろうが、コンラートはかぶりを振った。

 

「残念だが、どこかの貴族が反乱を起こしそうという噂は無いな。まあ、上手く隠蔽しているのだろうが、今のところ宇宙は至って平和だ」

「そうですか……ですが」

「うむ。“例の部隊”、召集を始めた方がいいかもしれん。何か、嫌な予感がする」

 

 “例の部隊”とは、コンラートが“コマース・ガード”内で唯一関わった組織だった。一歩間違えれば皇国へ反逆を企てていると断定されがちな行動だったのだが、彼は敢えて関わりを持っていた。そこには、大貴族の力がどうしても必要だったためだ。尤も、現在は動く必要もないため休止状態にある。

 

「そうですね。私もそう思っていたところですよ」

 

 そう言って、アンドレーアも立ち上がる。方針がある程度定まった以上、迅速に動くべきだった。彼は山高帽をかぶり、部屋を出て行きかけ、立ち止まって顔だけ振り向かせる。

 

「ああ、そうそう。教官殿は、第一線で活躍する生徒達へ何かメッセージは?」

 

 その言い方に、コンラートは苦笑して応じた。

 

「特に無いさ。あの年頃は、褒めると図に乗りかねんからな」

「未だに子供扱いですか? 私から見ればもう立派な男ですがね」

「私からすれば子供同然だよ。違うかね」

「道理ですな。それでは」

 

 気取った仕草で帽子を掲げ、笑いながらアンドレーアが退室した。一人きりになった室内で、コンラートは自分のデスクに歩み寄ると、そこに立てかけてあった小さな写真立てを手に取った。

 そこには、十数人の若者が彼を囲んで集合している写真が収まっていた。彼はその中で、黒髪を無造作にはねさせた青年を認め、小さく苦笑する。

 彼の心中では、自分の考えが早とちりであればいいと思っている。全てが無駄になればいい。そうなれば、笑い話として、酒の席の肴程度にはなるだろう。

 彼はただ願った。この宇宙が、数百年続いてきた皇国の平和が、これからもずっと続くことを。

 

 

 

 

 

 ──それから一月後、それが儚い望みであったことを、彼は否応なしに思い知らされることとなる。

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