第3話は旧第2話です。最新話をご覧になりたい方は、第4話になります。
──“それ”を最初に認識したのは、皇国宇宙軍第1方面軍に属する、1隻の通報艦だった。
この艦は識別不明の反応多数を検知、これと接触した直後、『所属不明艦隊発見』『不明艦隊発砲。交戦中』『航行不能。総員退去発令』といった通信の後、消息を絶った。
この一件を、第1方面軍では始めは真に受けていなかった。何かの誤報、果ては悪質な悪戯と断定する者までいた。彼らは、つい先日自身の管轄下で起きた、謎の艦艇との交戦報告をも忘れきっていた。
彼らがそれを事実と判断できたのは、更に同様の報告が何件も上がってきてから。慌てた彼らは主力部隊の動員と本星への緊急警報を飛ばしたが、既に手遅れだった。
そして最初の通報艦撃沈から3日後。第1方面軍総司令部に謎の艦隊が出現。圧倒的な戦力差、そして何よりも動員の遅れからくる鈍さもあり、半日で第1方面軍主力は壊乱した。
更に、それから僅か4日後──。
スクリーンが、直視できない程眩い光に包まれる。即座に減光フィルターが作動したが、そこに映し出されていたのは、中央から真っ二つにへし折られた巡洋艦の残骸だった。
コンラートは、近衛第1艦隊旗艦『レゾリューション』の司令官席からそれを無感動に一瞥し、正面に視線を戻す。直後、オペレーターの切迫した報告が舞い込んできた。
「右30度、距離6000に巡洋艦4! こちらに突っ込んできます!」
「迎撃始め! 『ロイヤル・オーク』にも伝えろ!」
艦長が身を乗り出して命じる。2隻の『ザーフ』級戦艦は、艦上部に据えられた5連装3基の砲塔を旋回させ、光弾を叩きこむ。一拍遅れて艦の上下にあるミサイル発射管も無数のミサイルを放つ。
接近してきた巡洋艦は、先頭の2隻が集中砲火を浴び、瞬く間に爆沈する。残りの2隻も回避運動を行うことなく正面から突っ込み、砲門を開く前に沈められた。
コンラートは一時的に脅威が無くなった間に手元の戦況図を参照する。そこには、目を覆わんばかりの、皇国軍本星防衛艦隊の劣勢が表れていた。
(これが怠慢の代償、というわけか……)
見ている間にも1隻、また1隻と数を減らす味方を眺め、彼は唇を噛みしめた。メインスクリーンが映し出す敵艦隊は、いずれも闇のような黒一色。正確には赤系統のラインが入っているが、遠目には宇宙に溶け込んでいるようにしか見えない。いずれも、艦種こそ違えど、1ヵ月前に資料で見たカラーリングだった。
自分の動きは何もかも手遅れで無意味だったということか。彼は絶望の入り混じった目で戦況を見つめていた。やれることはやったはずだ。噂という形で迫る脅威の警告はしたし、艦隊の練度も可能な限り高めた。嘲笑覚悟で皇王陛下に奏上すらしたのだ。その結果が、目の前にあった。何ら、意味が無かったのだ。
「新たに駆逐艦4! 左舷方向より接近!」
「友軍駆逐艦2、迎撃します」
「援護射撃始め、味方に当てるなよ!?」
「近衛第2艦隊司令部より、救援要請!」
「アーネル大佐の巡洋艦部隊を充てろ! あそこが突破されれば総崩れになる!」
『レゾリューション』のブリッジも修羅場だったが、本星防衛艦隊よりはマシだっただろう。黒の艦隊は本星艦隊の絶対防衛ラインを突破することに躍起になっているようで、“白き月”の防衛に充てられた近衛軍には目もくれていなかった。たまに気まぐれのように中規模の艦隊が突撃して少なからぬ被害を及ぼしていたが、そこまで深刻ではない。
尤も、本星艦隊はその分致命的な打撃を受けつつあった。
『巡洋艦『セイロン』轟沈! 『ローリー』大破、落伍します!』
『第39駆逐隊全滅! 防衛ラインに穴が空くぞ!』
『後退、後退しろッ! このままだと俺達はオダブツだぞ!』
『どこに下がれって言うんだ、これ以上下がったら、本星が……!』
『第397、455機動群全滅! 第202機動群、損耗率80パーセント超えました!』
『こちら駆逐艦『ミラー』、僚艦は全て沈んだ! 畜生、誰か援護してくれッ!』
怒声、悲鳴、救援を求める声……阿鼻叫喚の地獄模様が、回線を通して伝わってくる。敵は無数とも思える数が湧きだし、その正体も不明とくれば、そうなっても仕方ないだろう。
そして、近衛軍にそれを救援する余裕は欠片もない。散発的とはいえ、こちらに来る艦隊はいずれも無視しえない規模で、その対処のために1艦たりとも動かすことはできない。近衛艦隊のクルーに出来ることは、降りかかる火の粉を払いつつ、本星艦隊が崩壊していく様を見守ることだけだったのである。
そして、遂に決定的な状況が訪れた。
「本星艦隊旗艦『ペンシルヴァニア』、ご、轟沈ですッ!」
「な……ッ」
オペレーターの報告に、艦長が顔色を変える。本星防衛ライン総司令部が、配置されていた宇宙港ごと粉砕されてから防衛戦の指揮を執っていた艦だ。それが何を意味するのかは、眼前の光景が物語っている。
「本星艦隊、隊列乱れます! 壊乱している模様!」
「敵艦隊多数、絶対防衛ラインを突破! 衛星軌道上に侵入しつつあります!」
「まずい……」
コンラートは絶望的な面持ちで立ち上がった。衛星軌道に侵入した敵艦が何をするか──彼は己の知識で、そして数多くの実戦で学んでいた。
軌道上に位置した黒の艦隊は、艦首をトランスバール本星のある一点に向けた。数十隻にも及ぶ艦隊は、一瞬だけ静止し──次の瞬間、そのありったけの火力を地上に解き放った。
「……!」
コンラートは声にならない呻きを漏らした。まるで流れ星のようにも見えた光弾の群れは地表のある場所──皇宮に降り注ぐ。数秒の後、円状に生じた爆炎が連鎖する。
「皇宮が……」
愕然とした艦長の声。黒の艦隊は電撃的に本星に迫っていたため、脱出の準備は行われていなかったはずだ。そして、皇宮には皇王始め、皇族の血縁にある全ての人間が揃っていたはず。これが意味するところはただ一つ。この日、トランスバール皇族の血はこの世から抹消されてしまったのだ。
「何という……」
コンラートもそれしか言うことができない。皇族もそうだが、その周囲には市街地があったはずだ。それも合わせれば、今の軌道爆撃でどれだけの人命が失われたのか、想像もつかない。
黒の艦隊は数斉射撃ち込んだ後、それで満足したのか後退していった。後に残されたのは、呆然自失となっている近衛艦隊と尚も粛然と存在する白き月、そして指揮系統を粉砕され、烏合の衆となって分散しつつある本星艦隊のなれの果てだけだった。
「……本星艦隊残存艦に向け、信号弾。生き残りをこちら側に集めろ」
「しかし司令官、皇宮は……」
絞り出すようなコンラートの命令に、生気の抜け切った顔で参謀長が呟く。そう、皇族が死に絶えた以上、自分達軍人は戦う意味を見失っている。そう言いたげな顔つきの参謀長に、コンラートは逆に生気を取り戻した。
「だから何だね? 敵の正体は不明だ。もしかしたら、皇国全ての人間を焼き払うつもりなのかもしれん。そして我ら軍人は皇族を守るだけが仕事ではない。皇国民全てを守るためにも存在しているのだ。それを忘れたか!」
最後は怒声にすらなっていたコンラートの一喝は、しかし、ブリッジの人間を動かすに十分だった。通信士が気を利かせたのか、艦隊全艦にも繋がっていたようで、各艦からは指示を求める声が相次ぐ。
その勢いに押されるかのように、彼は矢継ぎ早に命令を下す。
「残存艦艇の収容急げ。それが完了次第、白き月に針路を取る。それと参謀長、近衛艦隊の戦力再評価を頼む」
にわかに慌ただしくなったブリッジの中で、彼は椅子に座り直すと制帽を目深に被り直した。その奥で何を考えているのか、それは周囲からは判別できなかった。
「……残存艦艇は、我が近衛艦隊が、戦艦3、巡洋艦5、駆逐艦11、シルス航宙戦闘機38のみです。尚、第2、第3艦隊の司令部全滅につき、第1艦隊司令部が総指揮を執ることになります。この他にも、ヴァイツェン准将麾下の衛星防衛艦隊が、ほぼ無傷で残っています」
1時間後、コンラートは司令部付の大尉が報告するのを黙ったまま聞いていた。予想はしていたが、酷い有様だ。近衛艦隊は3個に分かれ、それぞれ戦艦3、巡洋艦6、駆逐艦18、数個戦闘機隊を有していたが、現在はその2割強しか残っていない計算になる。生き残りとて、損傷を抱えた艦が多い。
一方の衛星防衛艦隊は、白き月の警護を第一とする部隊だ。その性質上、白き月に張り付いたままだったため、近衛艦隊以上に戦力を残している。尤も、敵艦隊の侵攻が再開されれば一息に揉み潰されるだろうが。
「また、本星防衛艦隊残余はまず戦力として期待できません。大型艦の大半を失い、士気もどん底に落ちています。ここで使い潰すよりは、脱出させるべきかと」
「了解した……大尉、貴官が私の立場だとしたら、この先どのような方策を選ぶ?」
唐突な問いかけに、大尉は目を見開いた後、数分の間をおいてゆっくりと語り出した。
「……まず、第一に挙げるのは生き残りを掻き集めて敵艦隊へ殴りこみです。尤も、犬死となるのは確実なので除外します。閣下が自殺願望に満ち溢れているのなら是非ともお勧めしますが」
4つも階級が離れた上官への口調ではなかったが、コンラートにとっては不快ではなかった。寧ろ、最低限の礼儀を弁えていれば、この程度の毒舌は好みだった。
彼が目線で先を促すと、大尉は目礼で応じて続ける。
「第二の方策は、このまま全軍で白き月に籠ることです。あそこは要塞としてみればなかなか上等な場所です。数ヶ月は凌げるでしょう」
それに関しては、コンラートも同意できた。白き月はロストテクノロジーを皇国にもたらし、その後の繁栄を授けたということで崇拝の対象になっている。だが、軍人の視点から見れば、兵器工場に転用可能な設備を多数持ち、強力なシールドを張ることもできるという、鉄壁の要塞とも考えられた。
「しかし、これもお勧めしません。籠城戦を繰り広げたところで、援軍が来なければ飢え死にするのが早いか継戦能力を失うのが早いかという事態となり、第一案とさほど変わらなくなります。それに無敵の盾は存在しません。いつか破られる可能性も無くは無いかと」
「……では、どうする?」
コンラートの静かな問いに、僅かの間を空けて大尉は口を開いた。
「……私としては、打って出ることが最上と考えます。無論、敵にではありません。一時的にでも本星を放棄し、他の辺境……例えば、まだ手が及んでいないであろう第2、第3方面軍に合流するというのはどうでしょう?」
その具申は、司令部参謀の反発を招いた。
「何を言っているんだ、君は! 本星を捨てる? 考慮にも値しない!」
「大体、我々は近衛だ! 皇王陛下が亡くなったのならば、我らも命運を共にするのが……」
「何寝言吐いてるんですか?」
その瞬間、ブリッジに沈黙が下りた。誰もが、信じがたい目つきで大尉を見つめている。彼は不機嫌さを隠さずに周囲を睨み、言い切った。
「私は一般将兵にまで心中しろとは言えません。彼らは軍人です。であるからには、司令部は彼らが生存できるよう努力し、それが叶わずとも意味ある死を迎えさせてやるべきです。私は、つまらない意地で愚者と罵られるのだけは我慢できません」
言いたい放題だな、とコンラートは大尉を面白げに見やった。彼は顔を紅潮させ、肩で息をしている。一方の参謀達が別の意味で顔を真っ赤にし、口を開きかけた瞬間、コンラートはよく通る低い声を割り込ませた。
「……大尉、貴官の具申は一考の価値があるな」
「では……?」
怒鳴るタイミングを逃し、次いで唖然とした参謀達を尻目に、コンラートは大尉に頷いて見せる。
「ああ。近衛艦隊は、貴官の第三案を前提として行動準備に入る。参謀長、艦隊陣形の構築を頼む。大尉はその補佐に当たってくれ」
命じられた二人は、敬礼を送って各艦との回線を開き始める。コンラートは次にオペレーターに問いかけた。
「ヴァイツェン准将とは、まだ連絡が取れんか?」
「はい……先方を呼び出し続けてはいるのですが、『現在所用につき不在』としか……」
「ふむ……」
奇妙を感じ、コンラートは顎に手を当て黙り込んだ。先程から今後の行動について協議しようとしていたのだが、連絡がつかないままなのだ。尤も、無能な指揮官に在りがちな、逃亡の準備というわけではないことだけは確信できる。
ルフト・ヴァイツェンという男は、平民の身分でありながら准将という地位にまで上り詰めた軍人だ。もし貴族の血を引いていたのなら、方面軍司令官にまでなっていただろうという憶測まで成り立っている。そんな軍人が、長時間前線を空けることがあるだろうか。それも、いつ敵が襲ってくるか分からないというのに。
「……! 司令官! 全周波での通信が流れています! 発信源は……敵艦隊!?」
「スクリーンに出せ」
不意に、通信士が声を上げる。困惑した声は、黒の艦隊が今まで何ら反応を見せず機械的な動きしかしていなかったからだろう。コンラートは静かな声で命じた。
メインスクリーンが、映像を映し出す。そこには、皇国軍の物ではないブリッジらしき場所にたたずむ、浅黒い肌をした金髪の青年がいた。
「あれは……」
コンラートは大きな衝撃を受け、それだけを絞り出した。その姿は、彼が5年前、一度だけ見たものだ。その名を口にする前に、青年自身がその正体を告げた。
『旧政権に与する皇国軍残党に告げる。わが名はエオニア・トランスバール。トランスバール皇国第14代皇王である』
その名は、『レゾリューション』のブリッジに激震をもたらした。
「な……」
「馬鹿な、エオニア皇太子だと!?」
「追放されたはずじゃなかったのか!?」
その青年の名を知らない者は、皇国軍にまずいない。エオニア・トランスバール。5年前、大規模なクーデター未遂事件を起こし、宇宙の彼方に追放されたはずの、廃太子。その男が、謎の艦隊を率いている──それは、敵を謎のままにしておくより、遥かにショックな事実だっただろう。
『白き月のロストテクノロジーを独占し、怠惰を貪る旧態依然の俗物は、我が手により粛清された。諸君らには、私に敵対する意義は最早存在しない』
確かにな、とコンラートは妙に覚めた気分でエオニアの演説を聞いた。忘れられたはずの皇太子が現れた、という衝撃も、通り過ぎてしまえば何でもない。言っていることも、自らの行いを正当化するだけの言い訳に過ぎない。
『私の目的は、この宇宙に眠っているであろうロストテクノロジーを発掘し、皇国を更なる発展へと導くことである。皇国の繁栄のため、輝かしい未来のために、貴官らにも協力してほしいと、私は願っている』
「そのために白き月を明け渡せということか。馬鹿馬鹿しい」
コンラートの呟きは、ブリッジ内の視線を集める。しかし彼は、肘かけに頬杖をつき、完全に聞き流す態勢に入っている。
『……主君を失いながらも、尚も忠義を果たさんとする貴官らの心意気は、皇国のためにも是非とも必要だ。返答の期限は1時間後。貴官らの賢明なる判断を期待する』
演説は答えを待たずに一方的に打ち切られた。ざわめきが起こる中、コンラートは参謀長と大尉を呼んだ。彼は小声で二人に問いかける。
「……どう見るかね?」
「最悪ですな。我々は、これで大義を失ったも同然です」
「同感です。ったく、面倒な奴が出てきたもんです」
二人とも、コンラートと同意見だった。これがただの将軍によるクーデター、或いは未知の異星人の侵略であれば、まだ彼らも戦う大義名分があった。皇国民を守るためという、最大の理由が。
しかし、相手が唯一となった皇族となれば話は別だ。方法はどうあれ、血筋で見れば、エオニアが皇王の座に就くのはおかしくない。自分達が間違っているという、何よりの証拠となる。
万事休すか、とコンラートが思った時、通信士が待望の報告を寄こした。
「司令官、ヴァイツェン准将です」
「回してくれ」
スクリーンに、初老の将軍の姿が映し出される。ルフト・ヴァイツェンは、コンラートの姿を認め、深みのある声を放った。
『申し訳ない、ローゼンベルガー准将。少々、こちらでこみ入った事情があってな』
「いえ、構いませんよ。今しがた、相談の必要が無くなったようなので」
暗に打つ手なしということを告げると、ルフトもそれを感じ取ったのか、険しい顔つきになった。
『こちらでもエオニア皇太子……いや、最早エオニアと言った方がよいか。あの男の演説は届いておる』
(元皇族を呼び捨て、あまつさえ“あの男”呼ばわりか……何か考えがあるのか?)
コンラートの予想は当たった。ルフトはこう続けたのだ。
『こちらには、一案があるのだが……他には聞かせられぬ話なのだ』
「分かりました。少しお待ちを」
そう言って、彼は席を立った。参謀長に後を任せ、司令官室に急ぐ。
──それから3分後、彼は一人きりの状態でルフトと端末越しに向かい合っていた。
「それで、一案とは? 正直なところ、私としてはお手上げですよ。皇族が敵なんて、それこそこちらにも皇族の隠し玉でもいない限り、兵の士気が保てません」
コンラートとしては、本音半分、軽口半分のつもりだった。だが、ルフトが絶句している様を見て、彼の方が唖然としてしまう。
「……まさか?」
『うむ……そのまさかだ。白き月に、トランスバール家最後の一人が預けられていたことは、知らぬのだろう?』
「……初耳です。どなたですか?」
言ってみるものだ、と思いながらも、彼は首を傾げた。彼の知っている限り、皇族は皇宮に住まうはずだ。白き月にいること自体、意外としか言えない。
『シヴァ皇子という名を、聞いたことがあるのではないか?』
「……そういえば、何かの行事で拝見した記憶が……」
しかし、ルフトの一言で、コンラートも記憶を掘り起こす。まだ、自分の孫くらいの年齢だったはず。尤も、大々的に取り扱われたわけではないから、その程度の認識だ。
そして、一人だけ白き月に預けられていた理由も察しが付く。大方、世間に公表できない生まれだったのだろう。手元ではなく、白き月に身を置けば、下世話な輩に悪評を嗅ぎつけられることもない。結果として、その措置が正当な皇族の血を存続させたわけだ。
「……なるほど、皇族の生き残りを奉れば、我々も大義を得ることが出来ますな。『親を殺し、権力を簒奪した逆賊エオニアを討て』と」
『まさにその通り。また、シヴァ皇子自身もそれを望んでおられる』
「つまり、脱出の必要がある、というわけですな。了解しました。元より、我が艦隊は突破戦を想定して再編しています。そちらの準備が整い次第、いつでも動けますが」
『了解した。今、シヴァ皇子に『エルシオール』への移乗を始めていただいておる。今しばらく、待機してくれ』
その後、短い脱出作戦の打ち合わせが行われた。全てが終わり、彼がブリッジに戻ると、大尉が剣呑な目つきでコンラートを見つめていた。
「……どういうことです。私や若手士官らに脱出せよとは」
脱出作戦では、近衛艦隊と衛星防衛艦隊の一部が盾となり、ルフトが指揮する儀礼艦『エルシオール』と随伴艦隊を逃がすとなっていた。しかし、脱出の過程で、近衛艦隊に属する若手士官には、『エルシオール』や随伴艦艇への移乗が命じられていた。
「まさか司令官は……」
「勘違いするな。脱出艦隊の方が足が速く、戦場から離脱しやすい。つまり、損害を相対的に抑えられるのだ。私の艦隊は船足の関係上、しんがりで損害を受けやすいからな。若手をここで無駄死にさせるわけにはいかん」
自分の言葉を返され、大尉は黙りこくった。コンラートは尚も続ける。
「無論、我々も可能な限り努力する。しかし、世の中には力及ばぬ時もあるのだ。もしも我らが倒れた時、後を受けるのは貴官らのような若者だ。貴官らは逃がされるのではない。意志を継ぐために生かされるのだ」
参謀長や、それまで敵対していた参謀達、そしてブリッジクルーまでもが大尉に視線を注いでいる。その無言の訴えとコンラートの説得が止めになったのだろう。大尉はガクリと肩を落とした。
「……了解しました。ですが、私はまだ後継ぎになるつもりはありませんよ」
負け惜しみのような気分らしい大尉に、コンラートもからからと笑った。
「当然だ。私こそ、君のような若造に後れを取るつもりはないさ」
その一言に安堵したのか、大尉もつられるように笑みを浮かべた。もう大丈夫だろう、とコンラートは真顔に戻り、彼に向かって敬礼を送る。
「大尉、後を頼むぞ」
「はっ! 微力ですが、最善を尽くします!」
見事な返礼。大尉はそのまま踵を返し、ブリッジを出て行った。その後ろ姿を微笑ましく見つめたコンラートに参謀長が囁きかける。
「……本気で逃げられるとお考えで?」
「まさか。配置上、我々はまず逃れられんさ。だが……皇国の未来を繋ぐためならば、ここで礎になるのも悪くは無かろう?」
「全くもって。では、各艦への通達を徹底しておきます」
参謀長はそれだけ言い残し、傍から離れる。コンラートはブリッジを見渡し、全員が慌ただしく、しかし強固な意志を持って動いているのを確かめ、満足げな表情を浮かべていた。
期限の1時間後。再度エオニアからの通信が全周波で入る。
『時間だ。貴官らの──』
「作戦始め!」
「了解! 質量弾、投射始め!」
しかし、それに覆いかぶさる形で命令が飛び交う。直後、白き月の周囲に浮かんでいたデブリ群が一斉に炎の尾を引いて加速する。それらは白き月を包囲していた黒の艦隊に突っ込み、大部分が迎撃されながらも激突した。
宇宙空間に飛び散る黒の装甲。旧式のロケットブースターを取り付けた即席の弾丸は、しかしその質量に物を言わせ包囲網にひびを入れる。その隙をついて、近衛艦隊が出撃する。
「全艦、目標は前方ただ一点のみ! 撃ち方始め!」
混乱に乗じて出撃した近衛艦隊は、増強され戦艦6隻を核として再編されていた。その火力が正面の最も薄い一点に集中される。爆砕される艦艇。反撃の砲火は弱く、大した損害にならない。この瞬間、始めて皇国軍が戦力において上回った場面が現出された。
そこに出来た小さな穴は、すぐに別の艦によって埋められようとする。だが、後続していた『エルシオール』から発艦した5機の大型機がその穴に飛び込む。それらは次々に攻撃を黒の艦隊に叩きこみ、沈黙させてゆく。
「あれが紋章機……白き月から発掘された最強の戦闘機か……」
コンラートは感嘆の声を上げる。後に続くシルス部隊も懸命だが、5機に全く追いついていない。気がつけば、近衛艦隊だけでは開かなかったであろう突破口を、たった5機で開いて見せていた。過去の軍との演習で、巡洋艦2隻分以上の戦力を持つと言われていたが、それ以上にすら思える。
「脱出艦隊、包囲網抜けました!」
「よし、こちらも続くぞ! 包囲網を突破し次第、後衛各艦は180度回頭!」
オペレーターの報告に、コンラートは高揚した声で応じる。柄にもない、と内心の冷静な自分が苦笑しているが、構うものかと割り切る。
ふと思い立ち、艦外カメラの映像を手元のモニターに投影させる。彼らが放棄した白き月には、当然というべきか、黒の艦隊が迫っていた。艦隊からの砲撃で、白き月が炎上しているようにも見える。だが、よく見れば、それは全て直撃する前に不可視のシールドで阻まれていた。
「強引なアプローチでは、ガードの固い女にフラれるわけだ。当然の結果だな」
ひとりごち、その例えに苦笑してしまう。月の聖母と呼ばれる、白き月の管理者シャトヤーンは、謎となっている部分が多い。それを白き月の堅固さに例えてしまったわけだが、あながち間違っていないのかもしれないと思う。
そんな余計な思考を働かせている内に、艦隊は包囲網を抜け出していた。後ろからは追いすがる黒の艦隊。それは砂糖に群がる蟻の大群を連想させる。
一方の近衛艦隊は二つに分割されていた。一つはルフトの艦隊に追随する艦艇群。そしてもう一つは、反転して黒の艦隊に向き合う艦隊だ。『レゾリューション』を含む戦艦3、巡洋艦4、駆逐艦9はいずれも損傷激しく、足を引っ張ると判断された艦ばかりだった。
「さて、と」
迫りくる大艦隊を一瞥し、コンラートは晴れ晴れとした表情で、最後の命令を下した。
「後衛各艦、射撃自由。撃って撃って撃ちまくれ! 奴らに、近衛の意地を見せつけてやれッ!」
それに応えるように、16隻の艦艇は猛然と射撃を開始した。漆黒の宇宙は、瞬く間に無数の閃光によって彩られつつあった。
『エルシオール』のブリッジで、大尉はじっと後方の映像を見つめていた。再度の軌道爆撃で爆炎に包まれる本星と白き月、そして脱出艦隊の盾になるように砲戦を繰り広げるコンラート麾下の艦隊の姿が映されていた。
『皇国が……白き月が……!』
通信回線に、少女の悲鳴のような声が流れる。確か、紋章機のパイロットの一人だ。若い彼女にとって、この光景はショックしか与えないだろう。
「……ヴァイツェン准将。これからどこへ行きますか? やはり第3方面ですか?」
大尉は弱々しくなっていく砲火の瞬きから視線を逸らし、ルフトを見やった。敵は電撃的に第1方面と本星に侵攻していたが、一方で辺境を守る第3方面軍は手つかずのままのはずだ。今の内に駆け込めば、まだ何とかなるかもしれない。
だが、ルフトは首を横に振った。
「いや、まずはクリオム星系に向かう」
「クリオムですか? あそこはほぼ未開の星系、何も得る物は無いと思いますが」
しかもそこは第2方面軍の管轄下。つまり向かっている最中に陥落する可能性も少なくない。なのにわざわざ危険を冒すのだろうか。
大尉の疑念に気付いたのだろうか。ルフトは険しかった表情をやや緩めて答えた。
「あそこには、ワシの生徒達がおってな。彼らに、この『エルシオール』とエンジェル隊の指揮を任せようと思っておるのじゃ」
「……信頼できるのですか?」
「うむ。あやつは優秀ではあるのだが、それ以上に先が読めない男でな。ワシ以上にエンジェル隊を上手く指揮してくれるだろうと思っておる」
「そうですか……」
大尉は一応は納得したと引き下がる。さっさと第3方面軍に逃げ込んだ方がよいのではないかという思いは消えないが、ルフト程の将軍がそう言うのなら、決して無意味ではないのだろうと自身に言い聞かせる。
(それに……)
彼は周囲に気付かれないよう、そっと手元の端末にメモリースティックを差し込んだ。そこに記されていたのは、十数人の軍人、民間人の名の他に、第2方面軍管轄下に存在する、ある部隊のことだった。
このメモリーは退艦する直前に渡されたものだった。コンラートの言伝いわく、『必ず、ここにある情報は役に立つ』とのことだったが……。
「全てはたどり着けてからか……」
彼は呟き、メモリーを抜き出してポケットにそっとしまう。そこにあった情報は、いずれも正規軍人には見せられなかった。何しろ、皇国軍ではない艦隊が、第2方面軍のど真ん中で訓練しているのだから。
この日、トランスバール本星は陥落。これは皇国始まって以来の歴史的敗北、そして、平和な時の終わりを告げる鐘の声であったと、後の歴史家は記している。
相変わらず原作キャラの出番の少なさ。というか、忠実な再現が難しい……。
というか、オリ主すら出てないとかどういうことですかね。
まあ、徐々に原作組とも絡んでいくんじゃないかと。メインはオリキャラばっかですが。