とある脇役達の物語   作:waiwai

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第4話

「──駆逐艦『ファラガット』より警報。3時方向、距離1万2000より敵攻撃機と思われる反応多数接近。艦隊防空圏到達まで約600秒」

 

 照明が絞られ、薄暗いブリッジ内にオペレーターの報告が響く。それを皮切りにするように、一気に様々な声が飛び交い始める。

 

「全艦、対空戦闘用意。艦隊間データリンクは?」

「正常に作動しています。統制射撃戦可能です」

戦闘空中哨戒(CAP)任務中の《インディゴ》中隊へ通達。直ちに発見された敵部隊を迎撃せよ」

『──こちら《インディゴ》中隊、了解した。速やかに目標へ向かう』

「待機中の連中も順次発艦させろ。CAPの連中だけじゃ防ぎきれん」

 

 艦隊に属する巡洋艦や駆逐艦の砲座が起動し、艦隊の真横方向を指向する。同時に、発艦済みだったCAP任務のシルス戦闘機が次々に翼を翻し、敵へと向かう。艦隊の中央にいる2隻の空母の甲板にシルスが並べられ、発艦の合図を待つ。

 各部署が急速に戦闘態勢を整えていく様を、司令官は黙って見つめていた。やがて、配置完了の報が入ると同時に、艦載機部隊の管制士官が叫ぶ。

 

「《インディゴ》、交戦(エンゲージ)! 指揮官機より通信、敵は護衛機を伴う模様!」

「後続を出せ!」

『了解。《バーミリオン》各機、続け』

 

 司令官の命令に、空母から後詰めの部隊が舞い上がる。そうこうしている内に、状況は新たな段階へと進んでいく。

 

「敵編隊、防空圏へ侵入しつつあり」

「迎撃始め」

「了解。各艦、対空ミサイル発射始め!」

 

 敵編隊を射程内に捉えた艦が、次々に砲門を開く。多数のミサイルが発射されたことがスクリーン上の戦域図に表示される。数十秒の間を置いてミサイルの信号が途絶える。迎撃は成功したかに思えたが──。

 

「……! 敵編隊、尚も80パーセントが健在!」

「《バーミリオン》中隊、接敵します!」

 

 編隊を殲滅出来るだけの物量が投下されたにもかかわらず、ほとんどが命中していない。敵が何らかの欺瞞行動でかわしたのは明白だった。《バーミリオン》中隊がそれらを迎え撃つが、5、6機を墜としたに留まる。

 

「敵、個艦防空圏に侵入……いえ、ミサイル発射されました!」

「近接防御始め! 回避運動自由!」

 

 残った“敵機”は10機以上。それらはいずれも2発の対艦ミサイルを抱えていた。計20発を越える銛が艦隊を襲う。やがて、スクリーン上の艦艇を示すいくつかのアイコンが点滅し、複数の艦艇が被弾したことをブリッジに示した。

 

 

 

 

 

「──第1次演習は終了。繰り返す、第1次演習終了。艦載機部隊は速やかに帰投せよ」

「各艦へ通達。陣形の再構築急げ」

 

 中型空母『アクィラ』のブリッジで、アーウィン・フレーザー二等宙佐は、先程とは打って変わって緩やかになったアイコンの群れを見つめ、小さく息を吐いた。周囲には気取られないようにしたつもりだったが、つき合いの長い副官の目はごまかせなかったようだった。

 

「……不満そうだな」

「……まあ、な。あんまりいい結果じゃないよな」

 

 副司令エーベルハルト・ヴィルケ三等宙佐にそう返しつつ、彼は後ろに控えている二人の幕僚に問いかけた。

 

「アリョーシナ一尉、何か意見は?」

「何とも言えませんね」

 

 幕僚の一人、通信幕僚のマリーヤ・アリョーシナ一等宙尉が、気難しげな表情で答えた。

 

「攻撃側、防御側共に、命中精度が低いです。初期よりはマシですが、程度問題ですね。特に防御側は、データリンクで射撃データの共有が可能にもかかわらず、撃墜3機は酷いです。動員、編成から1ヵ月前後と言う事実は考慮してもいいですが、泣き言吐いている余裕は無いですから」

「攻撃側も、シミュレーションでは命中率50パーセントを記録していますが、実際には30パーセント弱です。まあ、実機に慣れていないパイロットやWSOが多いせいもあるでしょうけど。それと、機数不足もありますね。飽和攻撃でもない限り、艦隊相手に打撃は望めません。これは、防御側にも当てはまります」

 

 もう一人の幕僚、航海幕僚の御門楓一等宙尉も問題点を指摘する。アーウィンはそれらを聞き、嘆息しながら再度問う。

 

「聞きたくは無いんだが……つまり、単純に言い換えると?」

「質量共に、絶対的に足りていない。こうなります。ついでに付け加えさせていただくならば、日頃からの練成不足のツケが回ってきたとも言えます」

「耳が痛いな」

 

 マリーヤの辛辣な物言いに、指摘された側もした側も苦笑を浮かべるしかない。足りない部分はお互い十分理解しているが、現状ではどうしようもないことだ。また、練成不足に関しても、現場の努力だけではどうにもならなかった。それを承知の上で、マリーヤは敢えて問題点を再認識させたのだろう。

 

「量はもうどうにもならんだろうが、質については向上の余地がある。練成は今以上に派手にやろう。幸い、物資は後2ヵ月はもつ計算だからな」

「そうですね。司令部は当然として、現場の意見も取り入れて訓練計画を練り直します」

「よろしく頼むわ。で、他に何か足りない物あるか? 可能なら上申しておくが」

「あ、じゃあ一つ」

 

 アーウィンの問いに、楓が手を挙げた。彼女は真面目だった顔を緩めて、右手の人差し指を顔の前に立てたポーズでその言葉を口にした。

 

「この服、地味なんでどうにかなりませんかー? 部隊の士気向上に差し支えると思うんですけど」

 

 彼女が話題にしたのは、彼女らが着ている制服のことだった。皇国軍の白メインの明るいイメージのある軍服と違い、濃緑で飾り一つない、まさに地味という単語がぴったりの制服だった。

 

「まあ、言わんとしているところは理解できるが……聞くだけ聞いておこう。具体的には?」

 

 制服の変更など、それこそすぐにできるものではない。それでも一応意見を集めておくのも指揮官の仕事、とアーウィンは割り切り、そう尋ねた。対する楓は満面の笑みを浮かべて答える。

 

「えっと、色が明色なのは当然として。あとは女子のスカートをヒラヒラにしてほしいんです」

「……色は分かるが、スカートの変更に意味はあるのか?」

 

 後半の意図が掴めず首を傾げるアーウィンに、楓は嬉々として言い切った。

 

「当然です! だって、ヒラヒラしてないと女の子のスカートの中覗けないんですよ!」

 

 ブリッジ内に、沈黙が訪れる。女性クルーはその瞬間に不自然なまでにコンソールに集中し、男性陣は一言一句聞き逃さないように耳をそばだてる。

 アーウィンからすれば、理解に苦しむ一言だった。出来れば関わり合いになりたくないが、会話の糸口を作った手前、聞かないフリをするわけにもいかない。助けを求めるように周りの同性に視線を向けるが、エーベルハルトは露骨に顔ごと目を逸らし、今まで会話に入ってこなかった中年の艦長は、手元で雑務をこなしているようだった。尤も、端末に表示されているのが家族からの手紙な時点で逃げたい一心がばれていたが。

 

「……それが、士気向上に繋がるのか?」

 

 苦し紛れに放った疑問も、強い語調で肯定される。

 

「そうですよ! 男の子達の士気はもう天にも届かんばかりに上がっちゃいますよ! 女の子だって同じです!」

「……で、本音は」

「私が見て楽しみたいだけです!」

「……ああ、そうだろうな。そんなことだと思ったさ」

 

 楓の力説にアーウィンは投げやりな口調で応じた。彼に代わり、マリーヤが厳しい口調で諌めにかかる。

 

「御門一尉。貴女、自分の欲望のために職権を乱用してはいけないと何度言ったら……」

「えー」

 

 楓は頬を膨らませて子供のように不満を露わにする。が、すぐにその表情は悪戯っ子のそれに変わる。

 

「そんなこと言って、実は自分の見せるのが恥ずかしいんでしょ。あ、でも今日のマリっちゃん、黒のレー……」

 

 その瞬間、目にも止まらぬ速さでマリーヤが楓の背後に回り、首を腕でフックする。

 

「黙ってなさい。というか、いつ見たのよ!?」

「だってマリっちゃん無防備すぎるんだもの。朝ごはんが大好物の目玉焼きだったから嬉しかったのは分かるけど、下のガードお留守にしちゃ駄目だよ?」

「普通はその瞬間を狙わないわよッ!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い争う二人を横目に、アーウィンは疲れた表情でエーベルハルトに話しかけた。

 

「……もうこいつら纏めて宇宙に放り出していいか?」

「やってもいいが、幕僚全滅して私達の仕事量が殺人的になるだけだと思うが」

「あーそうだった畜生。女三人で姦しいとは言うが、二人でもなるとは思わなんだ」

「御門一尉が二人分担当してるようだがな」

 

 そんなことを言い交わしている間にも、女性幕僚達の会話は更にエスカレートしていた。

 

「そうそう、いつも目の保養をさせてくれるマリっちゃんに耳よりな情報ー」

「……一応遺言として聞いておくわ」

「うんうん、そんな素直なマリっちゃんが大好きだよ。──司令の好み、お淑やかなタイプだってさ」

「……死にたいの?」

「またまたぁ。カエちゃん知ってるよ。マリっちゃんがアレ穿いてくるの、司令と一緒の時間が多い時──」

「し・に・た・い・の?」

 

 アーウィンが不穏な空気に気付き視線を移すと、マリーヤが一層強く腕に力を込めている様子が視界に入った。楓が真っ青になりながら笑顔なのがやや恐ろしい。

 

「……アリョーシナ一尉。その辺にしとけ。棺桶は必要な奴の分しかないぞ」

「そうですね。残念ですが、司令の言う通りですね」

 

 そう言って、マリーヤは渋々と腕を離す。一方の楓は、窒息死の危険から脱したばかりにもかかわらず、元気な声を発した。

 

「あ、それじゃああたしは物資消費量の見積もり、計算し直してきますねー」

 

 そう言い残し、楓は軽やかな足取りでブリッジを出ていく。後に残されたのはぐったりと手近の椅子に座りこむマリーヤと微妙な面持ちになったアーウィン以下ブリッジ要員の大半、そして何故か悔し涙を流して項垂れる一部男性クルーだった。

 

「……まあ、何だ。悪いな、いつもストッパー役押し付けて」

 

 楓と入れ替わりに入ってきた従兵からドリンクボトルを受け取り、アーウィンはマリーヤを労いながら手渡す。彼女はボトルを受け取りながら力無い笑みを返す。

 

「もう慣れましたから。それに、楓も相当ストレス溜まってるでしょうから、これくらいは」

 

 もちろん、時と場所は選んで欲しかったですけど、と言う彼女に、アーウィンもボトルを手にしながら気難しげな顔になる。

 

「確かに、あいつは色々役職兼ねてるからなぁ。本職の航海に、副職の補給に……」

「航宙も兼任です。私なんかは通信と砲雷、それと名目上になっている法務なのでたまに手伝うのですが……それでも仕事量が多すぎます」

 

 そこまで言って、マリーヤは何かを決意した目でアーウィンに問いかける。

 

「司令、何とかして司令部要員を増やせませんか? このままでは、誰か一人倒れた瞬間司令部が機能しなくなります」

「まあ、いつかはそういう具申が来るだろうとは思っていたが。とは言ってもなぁ……参謀教育どころか、士官教育受けた奴自体、希少だからな……」

「それは分かっているのですが……」

 

 納得いかないと言いたげなマリーヤに、アーウィンは内心では同意しながらも諭すように語りかける。

 

「大体だな──仮に幕僚が来たとしても、間違いなく御門並みの変人が来るんだがそれでもいいのか?」

「彼女はもう変態です……何でウチにはまともな元軍人がいないのでしょう……」

「まともなのは軍辞めてねえよ普通。というか、お前は比較的まともだろ」

「……私は場の空気を読めず、疎まれるだけの存在ですよ。ここだと、受け入れてもらえますが」

 

 マリーヤはどこか寂しげな笑みを浮かべる。アーウィンは言葉に詰まり、後頭部を掻いて済まなさそうに応じる。

 

「……悪い。あまり思い出したくないだろ」

「いいんですよ。今は笑い話にできる環境ですから」

「……そうか」

 

 今後気をつけようと戒めを胸に誓う彼に、マリーヤは不意に真顔になると、顔を彼に近づける。

 

「……それと、これはついでですが、先程の楓と私の会話は忘れて下さい。ええ、絶対に」

「よく分からんが……俺、基本的にお前らの話聞いてないぞ。脳の容量オーバーするの目に見えてるから」

「そ、そうですか……」

 

 ほっとした様子のマリーヤに、アーウィンは疑問符を浮かべるが、「まあいいか」とすぐに忘れることにした。

 

「あ、司令に一つお聞きしたいことが」

「ん?」

 

 そのまま数分が過ぎ去った後、唐突にマリーヤが声を上げる。何事かと顔を向けたアーウィンに、彼女は他に漏れ聞こえないよう囁きかける。

 

「……我が部隊の練成にも関係するのですが……例のクーデターの噂の件です」

 

 マリーヤが言うのは、つい数日前から艦内に伝わりだした、噂の一つだった。曰く、どこそこの大貴族が反乱を起こしたから自分達も動いたのだと。その内容も様々で、もう鎮圧されて掃討戦の段階、未だ激戦中、そもそもクーデター自体デマである等、尾びれがついて小さな混乱を引き起こしていた。事実を確認しようにも、辺境で訓練中の彼らが得られる情報などたかが知れている。

 

「通信科に軍の回線を傍受させてみたのですが……」

「ああ、そんなことやってたな。で、結果は?」

 

 アーウィンは彼女に傍受を許可していた。犯罪行為に等しかったが、そうでもしない限り情報は集まらないし、足がつくようなヘマはやらかさないだろうという通信科への信頼もあった。

 

「ええ……どうやら、相当大事のようです。昨日まで第2方面軍の通信量の増大が確認されていますし、その中では、『本星失陥』や『第1方面軍壊乱』といった単語が数多く見られます」

「そいつはまた……穏やかじゃないな」

 

 アーウィンも表情を険しくする。デマや流言にしては物騒過ぎる。それに数多く見られるということは、ある程度裏付けもあるのだろう。無論、情報撹乱の可能性も否定できないのだが。

 それに、彼が気にかけるのは『本星失陥』の単語だった。それは白き月がクーデター勢力の手に落ちたということとも取れるし、そこを守る艦隊には、彼らの恩師ともいえる人物がいる。その消息も気になったのだ。

 マリーヤもそれに行き着いたのだろう。どこか浮かない顔だ。それでも、彼女は職責を果たすべく、アーウィンの手元の端末を操作し、周辺の宙域図を表示した。

 

「この周辺で有力な皇国軍は、クリオム星系の駐留艦隊です。尤も、巡洋艦1、駆逐艦2の小艦隊ですが」

「そいつらは何かアクションを起こしたか?」

「いえ。クリオムの軌道上で待機しつつ、情報を得ているようです。無論、こちらは気付かれていません」

「まあ、接触しても期待できないだろうしな……ああ、上からも情報は下りてきていないぞ。本社が第3の勢力圏にある以上、当然だろうが」

 

 もし彼らが第3方面軍の支配宙域で活動していたのなら上層部からの支援を受けられただろうが、第2方面軍では遠すぎて連絡を取ることさえおぼつかない。

 

「やはり、ですか……期待はしていませんでしたが……」

 

 落胆を露わにするマリーヤ。情報を司る立場の彼女からしてみれば、現状は歯がゆい限りなのだろう。

 

「気持ちは分かるが落ち着け。人間、どうしようもないことだってあるさ」

「それはそうでしょうが……私としては悔しい限りです」

「ま、俺も同意見だがな。ったく、どこかに都合よく情報落ちてないかな」

 

 諭した直後に説得力を奪い去るセリフを吐くアーウィンに、マリーヤが苦笑いした、その時。オペレーターの一人が声を上げる。

 

「あの、司令……星間ネットで何か変な声明が出されているようなのですが……」

 

 二人は思わず顔を見合わせた。まさかという思いが湧きあがる。

 

「……メインスクリーンに出してくれ。それと、御門一尉を呼び出し……」

「お呼びとあらば即参上ー!」

 

 妙な掛け声と共に飛び込んできた楓に一瞬視線が集まるが、誰もが即座に無視した。

 

「アリョーシナ一尉、一応だが録画準備頼む」

「了解しました」

「ヴィルケ三佐、各艦にも通達を……」

「もうやってある」

「流石に仕事早いな」

「うぅ、スルーされたぁ……」

 

 ブリッジに一気に活気が戻る。唯一の例外は放置されて萎れていた楓だけだが、彼女も一応は軍人上がり、すぐに自分の配置に就く。

 

「映像、スクリーンに回します」

 

 オペレーターが端末を操作しながら言う。そしてメインスクリーンは、黒を基調とした演壇と、その中央に立つ一人の男を映し出した。その背後には、女性一人と不気味なマスクを付けた兵士が十数人。

 

「何か気味悪いですねー……」

 

 楓の感想には反応を示さず、アーウィンはオペレーターに尋ねた。

 

「これはどのチャンネル使ってる?」

「それが……全帯域なのですが……」

「何……?」

 

 アーウィンは思わずオペレーターを凝視してしまう。彼女が「妙な」といった意味が理解できたのだ。その理由は──。

 

「全帯域の使用、って……皇王陛下の声明発表ぐらいのはずですが」

「だけど、あの人陛下じゃないよ。若すぎるもん」

 

 マリーヤの疑念の言葉に、楓も首を傾げながら応じる。一方、エーベルハルトは顎に手を当て、何事か考えていた。

 

「ハルト、どうした?」

「いや……あの顔、どこかで見た記憶があるんだが……」

 

アーウィンの問いにエーベルハルトが答えた直後、画面の向こう側から答えが来た。

 

『──愛すべき皇国の臣民達よ。私はエオニア・トランスバール。トランスバール皇国第14代皇王である』

「……エオニアだと!?」

 

 そう叫んだのは、艦長だった。彼は艦長席から腰を浮かし、画面を凝視している。

 

「エオニアって言うと……」

「5年前、大規模なクーデターを起こして追放された皇太子だったな。私達がまだ軍人に成り立てだった頃の話だったと思うが」

 

 アーウィン達からすれば、知識でしか知らない男だ。だが、艦長の世代では実際に鎮圧に駆り出された者も多いのだろう。

 

「……にしても、皇王陛下名乗る割には人材に恵まれてねぇな。後ろのアレ、女一人除けば、他全部戦闘用ドローンだろ」

「だな。まあ、エオニア皇太子が追放される時、家臣は根絶やしにされたし付いていけたのはたった数人だって話だからな。それも致し方ないだろう」

「ざまあ見ろって思う俺は捻くれてるか?」

「いや。だが、そう言ってられるのも今の内だろうな。エオニア側が優位に立ったと確信すれば、日和見連中は雪崩を打ってエオニアに付くだろうさ」

「バスに乗り遅れるなってか。クソみてぇな話だな」

「身の安全を考えるのは現実的な回答の一つだろう。責めるのは酷だ」

 

 そんな会話を交わしている内に、エオニアの演説は終わり、同じ映像が繰り返し流される。それに気付いたアーウィンは、そのままマリーヤに顔を向けた。

 

「──というわけで、アリョーシナ一尉。ろくに聞いてなかったんでまとめ頼む」

「私も頼む。聞く価値が無さそうだったんでな」

「司令はともかく、副司令まで……やりますけど」

 

 嘆息した彼女は、ポケットからメモ帳を取り出して要点を書き綴っていく。

 

・先代皇王や一部貴族は自身の権力のためにロストテクノロジーを独占していたので粛清した。なのでこのクーデターは正しい。

・まだ宇宙には発見されていないロストテクノロジーがあり、皇国を繁栄させるためにもそれが必要だから協力しろ。“月の聖母”シャトヤーン様も同意済み。

・今なら受け入れてやるから、こちらに付きたければ早くしろ。

 

「……こんなところですか」

「……どこから突っ込めと」

 

 マリーヤのメモを覗きこみながら、アーウィンは思わずそう漏らした。

 

「ロストテクノロジーを独占とか、誰に分かるんだよ。大体、ただでさえ繁栄してたじゃねぇか。未開惑星も同じ水準にするとか夢物語ほざくつもりじゃなかろうな」

「そもそも粛清とか言ってる時点でマイナスイメージ植えつけてると思うんですが……」

 

 エーベルハルトと楓も同じく意見を口にする。

 

「……シャトヤーン様の名を出すのは効果的かもしれないが、少し考えればおかしいだろう。説得力を増させたいならば、本人の口から言わせるのが一番だ。たぶん、白き月にはまだ手を出せていないな」

「というか、これで釣られてエオニア側に付くのいるんですか?」

 

 白き月の管理者シャトヤーンは、月の聖母と呼ばれトランスバール皇国民の崇拝を集めている。その名は確かにエオニアの演説に箔を付けるだろうが、本人が言っているという確信が持てない以上、今一つ説得力に欠ける。

 

「司令、各艦から意見を求める声が上がっていますが……」

 

 オペレーターが困惑した表情でアーウィンの方を見る。ブリッジ要員の大半が、艦隊内での問い合わせの対応に追われていた。

 

「……各艦には、司令部は現状協議中。待機せよと伝えろ。軽挙妄動は控えろ、ともな」

「は、はい!」

「艦内放送を私に回せ。……本艦のクルーにも同様の通達を出しますが、よろしいですか?」

「願います、艦長」

 

 指示が実行されるのを眺めていると、エーベルハルトがアーウィンにだけ聞こえるように呟いた。

 

「……で、これからどうするのだ?」

「どうって?」

 

 聞き返した彼に、エーベルハルトは真剣な目を向ける。

 

「とぼけている場合じゃない。エオニアを認めるのか、反逆するのか。どちらを選ぶ?」

「……お前こそ、耄碌したんじゃねぇの? まだ若いんだから気を付けろよ」

 

 茶化すように言ったアーウィンは、次の一言を発する時には一人の司令の顔に戻っていた。

 

「……奴が何と言おうと、平和を乱しているのは奴の方だ。そして俺達の部隊の設立理由は……」

「『皇国の平和を脅かす者は、何人たりとも許されざる』だろう?」

「よく分かってんじゃねぇか。なら──」

 

 その時、不意にオペレーターが鋭い叫びを上げる。

 

「司令、救難信号を受信しました!」

「どこからだ?」

 

 その問いには別のオペレーターが答える。

 

「当艦隊より10時方向、距離は不明ですが、3万はあるかと。通信、入ります」

 

 彼がコンソールを操作すると、切迫した男の声がスピーカー越しに伝わってくる。

 

『メーデー、メーデー! こちら、第1方面軍所属、駆逐艦『フォルゴーレ』。現在、我が艦隊はクーデター軍の追撃を受けつつあり。至急、救援を乞う!』

「……救難信号を更に受信。第2方面軍や……民間船の物もあります」

「……交戦中と思われる宙域、拡大します」

 

 メインスクリーンが、その宙域を映し出す。幾つかの光線が飛び交い、爆発の火球があちこちに起こる。一際大きい火球は、艦艇が撃沈された時のものか。

 通信は、尚も皇国軍側の劣勢を伝えていた。怒声や悲鳴の響きが、只ならぬ事態であることを否が応でも知らしめてくる。

 アーウィンはしばらくその通信に耳を傾けたまま沈黙する。エーベルハルトら司令部幕僚も、艦長以下のブリッジクルーも口を挟めない。そうして何分か経った後、アーウィンは決意したように顔を上げた。

 

「……アリョーシナ一尉。艦隊内の全回線を俺に回してくれ」

「了解」

「何するつもりだ?」

 

 興味深げな問いを投げかけるエーベルハルトに、アーウィンも不敵な笑みでもって応える。

 

「これは“俺達”の初舞台だ。指揮官から直接方針示した方が付いていきやすいし……不満を向ける先も明確になる」

「なるほどね……」

「回線、回します」

「おう」

 

 マリーヤからマイクを手渡され、アーウィンはそれを握りしめて立ち上がる。

 

「……こちらは部隊司令官、アーウィン・フレーザー二等宙佐だ。諸君らも今しがた知ったと思うが、現在、エオニア・トランスバールが起こしたクーデターによって、トランスバール皇国は大きな混乱に陥っている。これを聞いている諸君の中には、エオニアの主張に賛同する者も少なからずいるだろう」

 

 そう、司令部の面々からすれば性質の悪い冗談としか思えないエオニアの演説だったが、一部には同意できる部分もあったのだ。この宇宙には、まだ多くのロストテクノロジーが眠っているだろうし、それによって皇国が繁栄するというのならば万々歳だろう。だが──。

 

「……だが、例え奴の思惑がどうであれ、奴が皇国に弓引いたのは紛れもない事実である。そしてこれは、我が部隊にとって座視すべき事態ではない。我々が皇国の危機に備えて存在し続けたのは、まさに今のような事態のためである」

 

 危機への備えとは大げさな、と彼は言葉を紡ぎながらも内心で苦笑する。しかし、誇大妄想と嗤われてもおかしくない備えは、今、意味を成しつつある。

 

「よって、我々はこれよりクーデター軍と交戦態勢に入る。異議がある者もいるだろうが、申し立ては後で聞く。今は私に従ってほしい」

 

 そしてアーウィンは、これまでの静かな口調から一転、叩きつけるような声音で叫んだ。

 

「現時刻を以て、我が第1遊撃部隊は、所定の行動計画に則り皇国軍及び民間船の救援を開始する! 各員の奮闘と……武運を祈る!」

 

 

 

 

 

 ──これが、“コマース・ガード”社特務部隊“ゲシュペンスト”麾下、第1遊撃部隊の長きに渡る戦いの幕開けだった。




本当はまだ先があったのですが、長くなりすぎるのが確実なのでここで切らせていただきました。中途半端に思えた方は申し訳ありませんが、第5話をお待ち下さいませ。

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