6/2 甲飛合格時の年齢を修正
某国の密偵疑惑(一) IS学園
桜は中央列の最後尾で肩をすくめていた。
――落ち着かんなあ。
IS学園一年三組の教室。周囲を見渡せばすべて同い年の少女たち。
女子しかいない学び舎は人生で初めての環境である。しかも寮生活と来て、三年もの期間を女の園で生活することになると思うと、桜としても作郎としても胸が高鳴った。
作郎の頃は一七歳で甲飛予科練(甲種飛行予科練習生)に合格して
桜は緊張しながらも
――それにしても綺麗な子ばかりやね。目の毒や。
周囲の様子を把握できるのが最後尾の強みと言える。桜が勘定したところ、教室内の外国人と日本人の比率は一対二である。留学生の内訳はスラヴ系が一人いて、残りは南米やアフリカ大陸出身と思われた。
――なかようなりたいなあ。
透き通った白肌や、褐色や赤みのかかった肌を目にする度にそう思った。
話し声が少なく、教室に妙な緊張感が漂っている。担任の教員が姿を見せるのを待っていたことや、クラスメイトの三分の一が外国人のため、みんな何をどう話していいのか戸惑っていた。
さて、今年のIS学園には特例措置として男子生徒が一名入学している。
一組だけ生徒が三一名存在し、他の三クラスは三〇名である。ISが女性にしか乗れないという特徴から、IS学園は女性の方が圧倒的に多いと思われがちだが、実は男性職員の方が多い。学園には防諜部やネットワーク管理部、警備部などの他に、ほかにもアリーナを始めとする施設への清掃・保守・点検系の業務に携わる男性職員が多数働いている。しかし、これらの職員は普段生徒と接点を持つことはなかった。
桜は特待生の話を受けた際に、学園の概要として職員の男女比率について軽く説明を受けていた。しかし接点がないということはつまり、女の園に変わりないという認識でいた。
なかなか教員が姿を現さなかった。初日で配布物があるから手間取っているのか、と桜は勝手に想像する。
それから五分ほど経過して、ようやく二人の女性が姿を現した。一人は長い髪をうなじの位置で結った女性である。化粧っ気がなく、眉の形を整えた程度で、病的に青白い肌をしていた。一年三組と書かれた黒い出席簿を小脇に抱えていたことから、おそらく担任の先生だと推測できる。もう一人は最初に入ってきた教員よりもいくらか若い。肌は日に焼けており、耳の形がはっきりわかるほど髪を短く刈り込んでいた。一八〇センチ以上はあるだろうか、手足が長く、福耳だった。桜は初々しさよりもむしろ身体的特徴の方が気になった。
出席簿を持った先生が教卓に立つ。桜は目元の涼やかな女性という感想を抱いた。
教室の投影モニターに二人の名前が大きく映し出された。
「よろしい。皆さん席についてますね。私はあなたたち三組の担任になった
「
つまり教壇に立つ女性が連城先生で、のっぽの方が弓削先生である。
桜は名前の響きに懐かしさを覚えつつ、二人の先生を見比べていた。
作郎の最後の勤務地となった基地では、よく世話になっていた弓削大尉のことを思い出す。大黒様というあだ名で呼ばれており、主計科の先任士官のくせによく持ち場を抜け出しては、私物のカメラで搭乗員を撮影していた。菊水一号作戦による出撃が延期となった雨の日、仲間たちとの集合写真は遺書と共に実家に送られていた。
桜は幼い頃、佐倉家の土蔵で自分の遺品を発見している。そして集合写真をデータ化して携帯端末に保存していた。
――連城なんて名字、そんなにあらへん。まさか……。
集合写真には、布仏少尉と連城中尉が佐倉作郎を挟んで映っている。この連城中尉は基地偵察隊に所属しており、陸軍から譲渡された百式司偵(一〇〇式司令部偵察機)に乗って強行偵察をこなすなど優秀な搭乗員だった。連城中尉がその後どうなったかを桜は知りたいと思った。
連城は生徒全員の視線を一身に浴びながら、その姿から想像もつかぬほど大きな声を出した。
「一年間皆さんと一緒に過ごすことになります。もし困ったことがあれば私か弓削先生に相談してください。ISに乗りたいとか勉強で質問がある、とか何でも構いません」
弓削が同じ言葉を英語で言い直す。連城は弓削が言い終えるのを待ってから再び口を開いた。
「私は一般教養の担当なのでIS搭乗資格を持っていません。実技面に関しては弓削先生に聞くようにしてください」
生徒の視線が、連城の言葉を訳している弓削に集まった。
「みなさん。これから一年間、一緒に学びましょう」
連城が
「授業は原則日本語で行います。留学生の中で日本語に不安がある者は手を挙げてください」
桜は実際のところどうなのだろう、と思って留学生たちを見やった。
一〇人中三人が手を挙げた。連城と弓削が分担してその留学生の元へ向かいヒアリングを実施している。IS学園が所属国のIS委員会と折衝する際に入学予定者の言語能力について確認を行っている。学力検査や面接などはその国の公用語で行われるため、入学時でも日本語に不安を抱える生徒が少なからずいた。
またISを発明したのは日本人の篠ノ之博士とはいえ、マニュアルや文献は多言語で書かれていた。篠ノ之博士も世界中で使用されることを考慮しており、ISソフトウェアのインターフェイスは
――国際的やなあ。うちの近所にも一人おったんやけど、あれを外人言うのはちょっとなあ。
桜の幼なじみにはコテコテの大阪弁を話すスペイン系の少女がいた。彼女は英語やスペイン語とその方言を話すことができた。桜はある目的のために彼女から外国の言葉を学び、習得には六年の歳月を要している。だが、その幼なじみが使う言葉はなまりが激しく、桜はその怪しげな発音が普通だと思い込んでいた。
連城と弓削がヒアリングを終えて教壇に戻った。すると弓削がにこやかな笑みを浮かべて、軽く咳払いをしてから日本語でこう付け加えた。
「もし皆さんの親族や知人に
弓削はその場をなごませたつもりになって一歩下がった。
桜は思わぬ一言に口をぽかんと開けていた。連城が何事もなかった顔つきで締まらない空気の中を泳いで、軽く手を打った。
「それでは、みなさんの自己紹介をしてもらいましょう。出席番号一番からお願いします」
▽
授業終了のチャイムが鳴った。桜はほっと息を吐くと、緊張をゆるめて椅子に浅く座り直した。スカートを少しめくって黒いニーソックスの位置を直してから、だらしなく足を投げ出していた。
「疲れたあ……」
桜は先ほどの自己紹介で、標準語を使おうと気を付けたつもりが途中でつっかえて素が出てしまった。頭の切り替えに要した数秒の間にクスクスと笑い声が聞こえ、開き直って普段と同じく伊勢なまりの言葉を使っていた。桜は仕方なく、笑いが取れただけでもよかった、と考えることにしていた。
この手の失敗は
桜はポケットから携帯端末を取り出して、お守り代わりに保存していた集合写真を画面に映し出した。真ん中にはかつての自分が映っている。女として生まれ変わった今だからこそ分かるのだが、作郎は案外美しい眉をした好青年だった。
改めて右隣に映った
「さーくらさんっ」
「誰かっ」
桜は
「ええっと……
彼女は弓削先生ほどではないが背が高く、見るからに活発そうな雰囲気である。セミロングの黒髪で、目がぱっちりとした少女だった。笑うとえくぼができた。健康的な肌に制服の上からでも分かるくびれた腰、そして短めのスカートから太股がすらりと伸びており、目のやり場に困るくらいにとても魅力的な姿形をしていた。
「うれしいっ。私の名を覚えてくれたんですね!」
朱音はスキンシップを好む性質なのか、突然桜の体に抱きついた。桜は不意打ちを食らって目を白黒させた。
「いきなり抱きつくのは構わんけど。一体全体どうして」
「佐倉さんとお友達になりたいと思ったんです。もしかして今の失礼だった?」
「ちょっとびっくりしただけで気にしとらんわ」
少し陰を見せていた朱音の顔がぱあっと明るさを取り戻す。そして、桜の手の中にあった携帯端末に目を止めた。朱音は画面に映し出されているのが、二〇代と思しき青年の顔だと気がつく。写真はセピア色で少々古さを感じたが、その青年の顔の造りと笑顔がとても美しかった。先ほど、桜がその写真を愛おしそうに眺めていたことから、朱音は桜と青年の関係にある仮定が思い浮かんだ。
「……その写真。もしかして佐倉さんの想い人なんですかあ?」
桜はとっさに携帯端末を顔の前まで持ち上げた。布仏少尉の顔を拡大させたままになっていた。セピア色に加工しており、注意して見れば飛行服だとわかってしまう。戦時の写真を眺める女子高生などいない、と気付いて慌てた。
桜は遠くを眺めるような、少しだけ寂しげな顔つきで言葉を濁した。
「この人、
横恋慕は余計だった。だが、布仏少尉に許嫁がいたのは事実である。相棒のような関係で、
そんな桜の表情を恋の色と受け取ったのか、朱音は顔を真っ赤にして黄色い声を上げた。
「お、大人……」
「そう言われると少し照れるなあ」
瞳を輝かせる朱音を見て桜は頬をかいた。
今にして思えば作郎は布仏少尉の人柄と腕を好いていた。あの屈託のない姿を見ることが叶わないのだと思うと寂しくなった。
「そういえば、さっき先生が佐倉さんのこと特待生って言ってたけど、本当なんですか?」
「……なんか、気がついたらそうなってたわ」
「すごいよねー。佐倉さんって、代表候補生とかじゃないんでしょ?」
「まあな。ISに乗ったんは入試が初めてや」
すごいすごい、と持ち上げられて桜は気を良くしていた。
桜は、正直なところ特待生待遇の理由をよく理解できていなかった。「実技試験の成績がずば抜けて良く、教員と企業の推薦があった」とIS学園の職員から説明を受けている。その上、貴重なISの専任搭乗者に内定されたことも知らされていた。だが、どんな機体がもらえるかまでは機密扱いのため教えてもらえなかった。また企業側も調整に手間取っているらしく、
一番驚いたのは授業料だけでなく、その他経費までもが免除になっていたことである。その職員によれば、専任搭乗者への補助金が充てられているとのことだった。衣食住を保証され、大きな期待を寄せられていると気付いた桜は、浮かれる気持ちを引き締めて事前課題に取り組んでいた。
朱音は人なつっこそうな笑みを浮かべた。
「一条じゃなくて朱音でいいよお。佐倉さんのことも下の名前で呼びたいからさ」
朱音が気さくな調子で呼び名の変更を申し出る。桜としては姓と名の読み方が一緒なのでどちらでも良かった。
「わかった。朱音って呼ぶわ。私のことは
「うん。改めてよろしくね」
▽
初日の授業内容はIS理論の概要や一般教養だった。事前学習の成果もあり、今のところついていけなくなるような事態に陥る可能性は低いと言えた。
昼休みになって他のクラスメイトと一緒にしゃべっていた朱音が、桜を昼食に誘った。
「ええよ。同席させてもらうわ」
桜の返事に朱音がはしゃぎながら抱きついてきた。何かとスキンシップをとりたがる子だと思い、もちろん悪い気はしなかった。
言い出しっぺの朱音が先導して食堂に向かう道すがら、
「食堂かあ。学校説明会の時にも行ったなあ」
と桜がひとりごちる。すると朱音の隣にいた長い髪の少女が思い出したように声をあげた。
「佐倉さんも説明会にいたんだ」
「ま、まあね……」
学校説明会で迷子になって大泣きしたことから、桜は気恥ずかしさに耐えきれず言葉を濁していた。
その後安芸とは食堂で再会した。桜は姉にひどく心配をかけたことを気に病んだ。だが、学校説明会の場には多数の参加者がいたので自分の顔までは覚えていないだろう、と楽観視していたが、現実は残酷である。
「一条さん知ってる? 説明会にタレントの
桜は思わず生唾を呑み込んでいた。姉の安芸はモデル業の傍ら、タレントとしても活躍していた。順調に仕事が増えておりテレビや雑誌への露出が多くなっていた。
――安芸ねえって目立つから……。
そのクラスメイトに気付かれないよう顔を伏せる。桜はマスメディアの威力をうっかり失念していたのである。
「なんか、連れの子が迷子になったみたいでさ……すごく心配していたから覚えてるんだよねえ」
「……へ、へえ」
桜は背中を丸めて相づちを打った。朱音がやにわに桜の顔をのぞき込んだ。
「桜って安芸にすごく似てない?」
姉妹だから似ていて当然である。次女の奈津子は父親似なので桜とはあまり似ていなかった。長女の安芸は目鼻立ちが祖母の佳枝とそっくりだった。桜もその血を濃く受け継いでいた。
桜は遅かれ早かればれる、と思って観念していた。
「あれ……迷子になったん私や」
桜は学校説明会の失態で笑われると思って身構えていたら、彼女たちにとっては身内にタレントがいることの方が重要だった。
「うそっ、親戚なの?」
「年の離れた姉が東京の大学やから付き添いで」
「だから似てるんだー。桜ってきれいだもん」
「そ、そうなん?」
桜は間接的に美人だと言われ、面はゆさに頬を緩ませていた。
「いいなあ。中学ではいっぱい告白されなかった?」
「ま、まあ。……二、三度」
「もしかして付き合ったりしたことあるとか?」
桜は慌てて首を振った。
「丁重にお断りしたから、みんな友達止まりやった」
「うそだあ」
桜は男と交際することに抵抗感を抱いていた。作郎として意識が強く、どちらかと言えば女の方を好いていた。だが、それが恋愛感情だと判断する術がなかった。
かといって、いかにも男嫌いな雰囲気を醸し出すことが得策ではないと考え、照れ隠しとも取れる曖昧な答えを返したに過ぎなかった。
助け船を求めて朱音を見上げる。だが、彼女の中では桜が横恋慕していることになっており、不義理な恋に身を委ねているという妄想で彩られていた。
食堂に到着すると、券売機の前で同じ色のリボンを身に着け、桜と同じぐらいの年頃の少女たちが券売機の前に並んでいる。
桜たちもその列に並び、定食の食券を買い求めていた。学生証がプリペイドカード代わりになっており、桜のカードには特例措置として食費免除を示す印が刻まれている。そのため残金を示す赤色のセグメントは常に「9999」が表示されるようになっていた。
プラスチックトレーを片手に定食の列に並ぶと、前方に男子生徒の背中が見えた。一緒に並んでいた朱音の顔を見やった。
「例の一組の男子やね」
「そうだよ。織斑一夏くん」
朱音が答える。
朱音は二限目が終わってすぐ、一組前の廊下にたむろっていた人混みをかき分け、一夏の顔を確かめに行っていた。
世界で初めての男性ISパイロットとなった一夏だが、すぐにISに起動させた事実をマスメディアに公表されて
まずIS学園の入試会場となった施設の一部が、私立
また例年、施設のすべての入り口に人を配置して、誤って迷い込んだ受験生に適切な会場への道を教えている。監視カメラの映像によれば、一夏は入り口を間違えてIS学園側の受験会場に入場しようとしており、職員に呼び止められ藍越学園の会場に移動するように促されている。
当時、実技試験で使用するISはその補機を含め、試験会場の側に設けられた仮設倉庫に集められていた。訓練機とはいえISは貴重である。そのため、仮設倉庫や試験会場にはIS学園の職員や通行証を持った企業の技術者、そして受験生以外は通過できないよう有人による何重もの確認態勢がとられていた。
だが、一夏はどういうわけか
拘束直後の一夏の発言によれば職員の引率に従ったという。監視カメラの映像を確かめたところ、奇妙なことに、そのような人物の姿は全く映し出されていなかったのである。しかも、一夏が述べた職員の特徴と一致する人物は、IS学園の職員や支援に来ていた企業の技術者、受験会場となった施設の関係者の中に存在しなかった。
世界初の男性ISパイロットの発見は最初に政府、次にIS委員会、その次に企業や研究機関という形で段階的に情報が通達された。監視体制が整ってから一夏の存在がマスメディアに公開された。その情報は統制され、小出しにされていた。
結局、IS起動から入学までの間、一夏の行動は大きく制限された。学園の敷地や研究施設から外出する場合は行き先の申告が必要となり、監視がつくことになった。彼は一人になることを許されなかった。
桜は一夏が大変な目に遭っていたとは知らず、彼の背中が織斑千冬の立ち姿と重なっていると気付いたくらいだった。
――貴重な男子かあ。一緒にバカなことやってみたいとは思うけど、今は女やし……。
桜は予科練の仲間たちと暇を見つけては他愛もないことで騒いでいたことを思い出した。その仲間たちと騒ぐことはもう叶わない。桜として転生しただけではなく、同期の戦闘機専修搭乗員の戦死率が九割を超えていたことが大きく影響している。結局、終戦を迎えることができたのはたったの一名に過ぎなかった。その唯一の生き残りも一〇年以上前に没している。
そのとき香辛料の爽やかな香りに気を取られて一夏から注意を逸らす。桜はカウンターの奥で大釜に入った料理が次々と盛りつけられていく様子を眺めていた。
「花より団子だよねえ」
朱音がつぶやいた。一夏を眺めていても腹はふくれない。口の中が唾液であふれており、お腹が鳴りそうだった。
「まあ……」
桜はあいまいに返事をした。ぼんやりとした顔つきになって、料理に気を取られて心ここにあらずと言った
「でも、桜にはあの人がいるもんね」
「ち……ちゃうわ!」
やや間があって、桜は布仏少尉の事だと気付いて、びっくりするあまり大声を上げてしまった。
「すみません。……本っ当にすみません」
前を並んでいた上級生が驚いて振り返った。すぐさま周囲の不興を買ってしまったと気付いて、大慌てで何度も頭を下げていた。
周りの目が減ってほっと胸をなで下ろした桜は、朱音を小突いて耳元でささやいた。
「あの写真のことは内緒にして欲しいんやけど」
「……合点承知」
朱音が白い歯を見せて爽やかな笑みを浮かべ、親指を立てて快諾する。朱音は秘めた恋を共有する背徳感に心が躍っていた。
――あかん。思いっきり誤解されとる。あの横恋慕が余計やった……。
一方、桜に
ようやく桜の番が回ってきた。カウンターから聞こえる声に従って小鉢や皿をトレーに載せていく。
おばちゃんは笑顔になって、裏返して重ねてあったどんぶりを手に取り、ご飯を山盛りいっぱいによそった。
「はいよ!」
「ありがとなー」
どんぶりを受け取った桜は、奇異の視線に気付いて辺りを見回した。桜を見ているのではなく、手元に視線が注がれている。
――なんやの。もうっ。
先んじて四人掛けのテーブル席を確保していたクラスメイトは、桜のトレイの片隅でひときわ目立つ白米の頂に目を奪われていた。
桜の隣を朱音が陣取る。クラスメイトの微妙な視線を全く気にせず、全員席に着いたことを確認した桜が手を合わせて「いただきます」と口にした。
「桜……それって」
朱音がこらえきれずにどんぶりを指さす。他のクラスメイトも一緒になって頷いた。
「ライスメガ盛りやな。説明書きにあったよ」
桜は「見れば分かる」と思って特に説明しようとは思わなかった。が、年頃の少女である朱音はその場にいる全員の思いを代弁するかのような口振りになった。
「そんなに食べて……太らない?」
「全然。私は陸上部やって毎日山道を走ってたからいつもこんくらい食べとったんやけど」
朱音たちはそれぞれの運動部の友人を思い浮かべたが、やはり納得がいかない様子でいた。
「炊きたてはうまいわあ。……みんな、食べないん?」
桜にとって食欲を満たすことの方が重要だった。桜の食べっぷりに呆れつつ、朱音たちは二つ返事で昼食に箸をつけていた。